説明

造血器型プロスタグランジンD合成酵素遺伝子欠損マウスとそのマウスを用いた試験方法

【課題】造血器型プロスタグランジンD合成酵素遺伝子欠損マウスの作成、及びその利用。
【解決手段】H−PGDS遺伝子の対立遺伝子の両方または片方が変異配列に置換されたノックアウトマウスを未分化培養ES細胞からターゲティング・ベクターを使用して作成。この合成酵素の欠損によって免疫系機能、中枢神経系機能、循環器系機能および生殖機能等に、先天性または反応性の障害を呈する遺伝子欠損マウスを得た。該マウスを使用し、アレルギー調節物質の個体内活性を試験、炎症物質の個体内活性を試験、組織傷害修復促進物質の個体内活性を試験等の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、遺伝子欠損マウスと、この遺伝子欠損マウスを用いた各種試験方法に関するものである。さらに詳しくは、この発明は、造血器型プロスタグランジンD合成酵素(H−PGDS)をコードする遺伝子がノックアウト(機能破壊)されており、この合成酵素の欠損によって免疫系機能、中枢神経系機能、循環器系機能および生殖機能等に、先天性または反応性の障害を呈する遺伝子欠損マウスと、この遺伝子欠損マウスを用いて上記機能障害に対する予防または治療薬剤の有効成分を試験する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
H−PGDS(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3等参照)は、各種の生理活性を有する体内物質プロスタグランジンD(PGD:非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6等参照)の産生機能を有する酵素であり、免疫担当細胞、生殖器官(非特許文献7、非特許文献8、非特許文献9等参照)に発現する。H−PGDSにより肥満細胞から産生されるPGDが炎症の増悪に関与することや、PGDの分解物質である15d−PGJが脂肪細胞の分化因子であることが知られている。
【0003】
H−PGDSは肥満細胞、抗原提示細胞あるいはTh2細胞に存在し(非特許文献10、非特許文献11、非特許文献12等参照)、アレルギーを始めとした各種炎症反応におけるPGDの産生に関わっている。これらの細胞から産生されたPGDは、2種類の受容体を介して様々な生理活性を示す。アレルギー反応においては気管支収縮、血管拡張作用によって気道狭窄をおこし(非特許文献13、非特許文献14等参照)さらには好酸球を始めとした炎症細胞を局所に集積させ病態の増悪に働く(非特許文献15、非特許文献16、非特許文献17等参照)。
【0004】
また、PGDは現在までに明らかにされている内因性睡眠誘発物質のうちで最も強い催眠作用を示す。ヒトにおいてトリパノソーマ感染によるアフリカ睡眠病患者において、病状の進行に伴い脳脊髄液中のPGDレベルが100−1,000倍上昇することが報告されている(非特許文献18等参照)。さらに全身性肥満細胞増多症の患者に見られる病理的な深い眠りにおいても血液中のPGDのレベルが150倍も上昇することが知られており(非特許文献19等参照)、病的睡眠におけるPGDの重要な役割が示唆されている。
【0005】
また、中枢神経系でのPGDの増減は、侵害的な刺激(例えば痛覚刺激)に対する感受性の変化にも関与することが知られている(非特許文献20、非特許文献21、非特許文献22等参照)。
さらに、生殖器官においてH−PGDSは、卵管に特異的に発現し(非特許文献23等参照)、生殖機能の調節に関係していること示唆される。
PGDは血小板凝集抑制作用を示すことも知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biochem.Biophys.Acta 572:43−51,1979
【非特許文献2】J.Biol.Chem.262:3820−3825,1987
【非特許文献3】Cell 90;1085−1095,1997
【非特許文献4】Prostaglandins Leukotrienes Essent.Fatty Acids 37:219−234,1989
【非特許文献5】FASEB J.5:2575−2581,1991
【非特許文献6】J.Lipid Mediators Cell Signalling,14:71−82,1996
【非特許文献7】J.Immunol.143:2982−2989,1989
【非特許文献8】J.Biol.Chem.270:3239−3246,1995
【非特許文献9】J.Immunol.1:164(5)2277−80,2000
【非特許文献10】J.Immunol 143:2982−2989,1989
【非特許文献11】J.Biol.Chem.270:3239−3246,1995
【非特許文献12】J.Immunol 164:2277−2280,2000
【非特許文献13】Vitam Horm.58:89−120,2000
【非特許文献14】FASEB J.11:2575−2581,1991
【非特許文献15】J Exp Med.193:255−261,2001
【非特許文献16】Science 287:2013−2017,2000
【非特許文献17】Blood 98:1942−1948,2001
【非特許文献18】Trans Royal Soc Trop Med Hyg 84:795−799,1990
【非特許文献19】New Engl.J.Engl.J.Med.303:1400−1494,1980
【非特許文献20】Brain Res.510:26−32,1990;J Pharmacol Exp Ther.278:1146−1152,1996
【非特許文献21】Proc.Natl.Acad.Sci.USA.96:726−730,1999
【非特許文献22】Eur J Pharmacol.377:101−115,1999
【非特許文献23】Eur.J.Biochem.267:3315−3322,2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のとおり、PGDとこれを産生するH−PGDSが生物個体の様々な生理機能に密接に関係しており、その欠損が種々のヒト疾患要因となりうることが示唆されている。
しかしながら、H−PGDS活性の欠損が動物個体に対してどの様に作用するのかについて、統制された条件下での研究を可能とするモデル動物系は確立されていない。
【0008】
また、そのようなモデル動物は、H−PGDS活性の欠損によって生じる各種疾患の予防もしくは治療薬剤の開発等にも極めて有効であろうと期待される。
この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであって、遺伝的にH−PGDS活性を欠損しているマウス個体を提供することを目的としている。またこの出願は、このマウス個体を用い、H−PGDS活性の欠損によって生じる各種疾患の予防もしくは治療物質の有効性を試験する方法を提供することを目的としてもいる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この出願は、上記の課題を解決するための発明として、ゲノムDNAのH−PGDS遺伝子が、そのエクソンIIがネオマイシン耐性遺伝子に置換された変異配列に相同組換えされたマウス胚性幹細胞を導入した初期胚を雌マウス体内で個体へと発生させて産生させたキメラマウスの子孫個体であって、生殖細胞および体細胞ゲノムDNAのH−PGDS遺伝子が変異配列に置換されている遺伝子を提供する。
【0010】
なお、この遺伝子欠損マウスは、H−PGDSの対立遺伝子の両方または片方が変異配列に置換されていることを好ましい態様の一つとしている。
【0011】
さらにこの出願は、以下の各種試験方法を提供する。
(1)アレルギーを調節する物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスのアレルギー反応を測定することを特徴とする試験方法。
(2)急性炎症を引き起こす物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの急性炎症反応を測定することを特徴とする試験方法。
(3)肥満および脂肪細胞分化調節物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの肥満状態を測定することを特徴とする試験方法。
(4)組織傷害を調節する物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの組織の損傷を測定することを特徴とする試験方法。
(5)睡眠調節物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの睡眠状態を測定することを特徴とする試験方法。
(6)鎮痛物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの痛覚刺激に対する反応性を測定することを特徴とする試験方法。
(7)血液凝固抑制物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの血液凝固の程度を測定することを特徴とする試験方法。
(8)不妊改善物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスの雌に、妊娠前または妊娠後に候補物質を投与し、この雌マウスの子宮における受精卵の着床状態または胎仔の発育状態を測定することを特徴とする試験方法。
(9)麻酔物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの麻酔状態および/または麻酔からの覚醒状態を測定することを特徴とする試験方法。
(10)生理不順改善物質の個体内活性を試験する方法であって、上記の遺伝子欠損マウスの雌に候補物質を投与し、この雌マウスの性周期、排卵数および/または各種ホルモン量を測定することを特徴とする試験方法。
【発明の効果】
【0012】
この発明によって、H−PGDS遺伝子がノックアウトされており、この合成酵素の欠損によって免疫系機能、中枢神経系機能、循環器系機能および生殖機能等に、先天性または反応性の障害を呈する遺伝子欠損マウスが提供される。この遺伝子欠損マウスを用いることによって、上記の機能障害に対する予防または治療薬剤の有効成分を動物個体レベルで試験することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】マウスH−PGDS遺伝子の構造(上段)、ターゲッティング・ベクターにおける変異配列の構造(中段)および相同組換え後のマウスゲノムDNA(下段)を示す模式図である。
【図2】各マウスの尾部から抽出したDNAのサザンブロット分析の結果である。
【図3】各マウスの脳から抽出したmRNAのノーザンブロット分析の結果である。
【図4】各マウスの卵管から抽出したH−PGDSの酵素活性の分析の結果である。
【図5】アレルゲンを免疫した遺伝子欠損マウスならびに野生型マウスにアレルゲンを暴露した後、肺胞洗浄液中の炎症細胞の内訳を計測した結果である。
【図6】遺伝子欠損マウスならびに野生型マウスの気道にリポポリサッカライドを投与した後、肺胞洗浄液中の炎症細胞を計測した結果である。
【図7】遺伝子欠損マウスならびに野生型マウスの脳に外科的に損傷を与えた4日後の損傷部位の組織像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
この発明の遺伝子欠損マウスは、公知の標的遺伝子組換え法(ジーン・ターゲティング:例えば、Methods in Enzymology 225:803−890,1993)を用いることにより、例えば以下のとおりに作製することができる。
先ず、単離したH−PGDS遺伝子の配列中のエクソンIIをネオマイシン耐性遺伝子(Neo遺伝子)と置換し、またH−PGDS遺伝子の端部にヘルペスウイルスのサイミジンカイネース遺伝子(HSV−tk遺伝子)を付加してターゲティング・ベクターを作製する。このターゲティング・ベクターをマウスの胚性幹細胞(ES細胞)に導入し、細胞ゲノムDNAのH−PGDS遺伝子がターゲティング・ベクター中の変異配列に相同組換えされた細胞を選択する。このような遺伝子組換え細胞の選択は、G418を細胞培地に添加してNeo遺伝子を持たない非組換え細胞を除去し、さらにガンシクロビルを添加してHSV−tk遺伝子が残存するランダムな組換え細胞を除去することによって行うことができる。選択された遺伝子組換え細胞のH−PGDS遺伝子は、そのコード配列中にNeo遺伝子が挿入された変異配列であり、H−PGDSを産生することはできない。
【0015】
次いで、この遺伝子組換えされたES細胞をマウスの初期胚(胚盤胞)に注入し、この初期胚を雌マウスの体内で個体へと発生させ、キメラマウスを産生させる。そして、このキメラマウスと野生型マウスとを交配して子孫マウスを産生させ、これらの子孫マウスの中から、対立遺伝子の両方または片方に変異配列を有するマウス個体を選別することによって、この発明の遺伝子欠損マウスを得ることができる。H−PGDS産生能を持たない、またはH−PGDS産生量が野生型に比べて低い遺伝子欠損マウスを作製することができる。なお、後記する実施例にも示したように、対立遺伝子の両方が変異配列に置換されている遺伝子欠損マウス(ホモ接合体:−/−)は、野生型マウス(+/+)に比べH−PGDS活性は10%以下である。また、対立遺伝子の片方が変異配列に置換されている遺伝子欠損マウス(ヘテロ接合体:+/−)はH−PGDS産生量が野生型マウス(+/+)の約半分である。
【0016】
このようにして作成した遺伝子欠損マウスは、以下のとおりの試験方法に用いることができる。
【0017】
(1)アレルギー調節物質の試験方法
野生型マウス等に任意のアレルゲンを投与し、H−PGDS活性阻害剤を投与すると、非投与マウスに比べてアレルギー病態が軽微であるが、この発明の遺伝子欠損マウスは遺伝形質として、アレルギー病態が軽微である。そこで、アレルギー調節物質の候補物質を遺伝子欠損マウスに投与し、マウスのアレルギー状態を測定することによって、例えばアレルギー調節物質の個体内活性を試験することができる。さらに、アレルギーにおけるH−PGDSの重要性を評価することが可能になる。なお、マウスのアレルギー病態の測定は、例えば気道収縮等の呼吸機能、炎症細胞の局所への集積、皮膚の浮腫、血圧、引っ掻き行動等を経時的に測定することによって行うことができる。
【0018】
(2)急性炎症調節物質の試験方法
野生型マウス等にエンドトキシンなどの微生物由来の毒素を投与すると、例えば呼吸器においては顕著な好中球の集積を特徴とした急性炎症が認められるが、この発明の遺伝子欠損マウスは遺伝形質として、急性炎症が重篤である。そこで、例えば事前に任意の微生物由来毒素を遺伝子欠損マウスに投与し、次いで、抗炎症薬等の候補物質を投与して、動物の炎症状態を測定することによって、候補物質の薬効を評価することができる。
【0019】
(3)肥満および脂肪細胞分化調節物質の試験方法
この発明の遺伝子欠損マウスに肥満および脂肪細胞分化調節候補物質を投与し、この動物の肥満の程度(体重、脂肪組織重量、血液中の中性脂肪など)を測定することによって、候補物質の個体内活性を試験することができる。すなわち、遺伝子欠損マウスは、H−PGDSをほとんど、または半分程度しか発現しないため、それによって合成されるPGDやその代謝物である15d−PGJ(15−deoxyΔ12,14PGJ)の産生量が少ない。15d−PGJは体重増加や脂肪組織重量の増加に関与する物質であり、この動物は肥満よび脂肪細胞分化に異常が認められる。そこで、肥満および脂肪細胞分化調節候補物質を投与して、動物の肥満状態を測定することによって、候補物質の個体内活性を試験することができる。さらに、肥満の発症および脂肪細胞分化機構の解明にも利用することができる。
【0020】
(4)組織傷害調節物質の試験方法
この発明の遺伝子欠損マウスに組織傷害調節候補物質を投与して、この動物の組織傷害からの治癒の程度を測定することによって、候補物質の個体内活性を試験する方法である。すなわち、この発明の遺伝子欠損マウスに、人為的操作(外科的操作)によって組織傷害を起こすと野生型マウス等に比べて、治癒が早いことを特徴としている。従って、例えば、事前に人為的操作によって組織傷害を与え、次いで候補物質を投与して、治癒の程度を経時的に測定することによって、候補物質の個体内活性を評価することができる。
【0021】
(5)睡眠調節物質の試験方法
野生型マウス等にH−PGDS活性阻害剤を脳室内投与すると、顕著な睡眠障害が認められるが、この発明の遺伝子欠損マウスは遺伝形質としての睡眠障害を呈する。そこで、催眠薬等の有効成分となる睡眠調節物質の候補物質を遺伝子欠損マウスに投与し、マウスの睡眠状態を測定することによって、例えば副作用の少ない睡眠調節物質の探索、そのような物質を有効成分とする催眠薬の開発が可能となる。また、このような睡眠調節物質の探索等をとおして、哺乳動物における睡眠調節機構の解明も可能となる。なお、マウスの睡眠状態の測定は、例えば脳波、筋電、活動量、摂食・摂水量、体温等を経時的に計測することによって行うことができる。
【0022】
(6)鎮痛物質の試験方法
ヒトは健康時には接触刺激によって痛みを感じることはないが、例えば帯状疱疹に罹患した場合のような病的状況下では軽い触覚刺激でも激痛を起こす。これはアロディニアと呼ばれる現象であり、熱刺激や機械刺激による痛覚過敏とは区別されている(Textbook of Pain.3rd Ed,pp165−200,1994;Pain 68:13−23,1996)。この発明の遺伝子欠損マウスは、人為的操作によるアロディニアを全く示さず、熱刺激に対する痛覚過敏症状を示すことを特徴としている。
従って、この発明の遺伝子欠損マウスは、アロディニアおよび痛覚過敏誘発機構の解明に利用することができる。また、鎮痛物質の候補をマウスに投与し、このマウスの痛覚刺激に対する反応性を測定することによって、痛覚反応に選択的な鎮痛薬を開発することが可能となる。さらに、痛覚誘発機構の解明と新規な鎮痛薬の開発は、例えばモルヒネで抑えることのできないガン末期の激痛メカニズムを解明し、その対処療法を開発するにも有効である。
【0023】
(7)血液凝固抑制物質の試験方法
従来、動脈硬化モデル動物としては、強制的に動脈硬化を生じさせたラットやウサギが用いられてきたが、マウスはヒトによく似た摂食による動脈硬化を発症させることができる(Atheroscleosis 57:65−73,1985)。PGDは、血液凝固抑制作用を有することが知られており、動脈硬化による血管閉鎖を防止する。この発明の遺伝子欠損マウスは、H−PGDSをほとんど、または半分程度しか発現しないため、それによって合成されるPGDが少ないために、より顕著な形で動脈硬化症状を発症させることができる。
従って、動脈硬化を発症させた遺伝子欠損マウスに血液凝固抑制物質の候補を投与し、このマウスの動脈硬化の程度を測定することによって、ヒトの動脈硬化発症機構の解明とともに、新しい血液凝固抑制薬を開発することが可能である。
【0024】
(8)女性要因による不妊改善物質の試験方法
野生型の雌マウスでは、卵管で特異的にH−PGDSが発現するのに対し、この発明の遺伝子欠損マウスでは、分娩は正常ではあるが、妊娠期間の顕著な延長が認められる。従って、この遺伝子欠損マウスは、受精卵の着床不全や胎児の発育遅滞の優れた動物モデルであり、マウスの妊娠前または妊娠後に候補物質を投与し、この雌マウスの子宮における受精卵の着床状態または胎児の発育状態を測定することによって、女性要因による不妊を改善するための薬剤の開発が可能となる。
【0025】
(9)麻酔物質の試験方法
外科手術等の際には吸入麻酔物質を用いて全身麻酔を行う場合があるが、理想的な麻酔とは低濃度の吸入麻酔剤による無痛・筋弛緩・軽い睡眠状態をいう。しかし、麻酔状態には、性別・年齢・体格・健康状態等に依存した個体差があり、麻酔のかかりにくい患者では高濃度の吸入麻酔剤の使用により死に至る場合もある。このため、吸入麻酔剤の濃度は慎重に決定される必要があるが、吸入麻酔物質の中枢神経系への作用機序がほとんど解明されていないために、医療現場では熟練医師の経験則に頼らざるを得ないのが現状である。この発明の遺伝子欠損マウスは、吸入麻酔物質による麻酔の深度が浅いため、麻酔下および/または覚醒後の状態を測定することによって、痛覚消失・筋弛緩・睡眠に至るメカニズムを各々分離して解析することが可能である。これにより、現在使用されている吸入麻酔物質のより詳細な薬効評価が可能となるばかりか、新規の吸入麻酔物質の開発も可能となる。なお、マウスの麻酔状態としては、例えば正向反射の消失、無痛、筋弛緩、睡眠状態等をそれぞれ常法に従って測定することができる。また、覚醒状態は、例えば正向反射の回復、痛覚反応、筋力の回復、覚醒を測定することができる。
【0026】
(10)生理不順改善物質の試験方法
排卵周期と睡眠および活動量が同調することが知られている(Gen.Comp.Endocrinol.7:10−17,1996;Physiol.Behav.49:1079−1084,1991;Brain Res.734:275−285,1996;Brain Res.811:96−104,1998)。生活リズムの変調により生理不順が起こるが、ホルモンの分泌異常による生理不順は社会生活に支障をきたすような、例えば過剰睡眠等を引き起こす。この発明の遺伝子欠損マウスは、排卵期前後が延長された性周期を示し、その結果、野生型マウスに比べて性周期が長い。PGDは排卵誘発を促すホルモンの分泌量を変化させるため、この発明の遺伝子欠損マウスは、排卵の誘発機構および生理不順による過剰睡眠等の誘発機構を解明するために有効であり、新規の生理不順改善物質の開発が可能となる。
【0027】
以上の各試験方法においては、この発明の遺伝子欠損マウスのホモ接合型(−/−)およびヘテロ接合型(+/−)を適宜に使い分けることによって、H−PGDS産生量に依存した各種症状と、それに対する試験物質の効果を詳細に分析することが可能である。
【0028】
以下、実施例を示してこの発明をさらに詳細に説明するが、この発明は以下の例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
実施例1(遺伝子欠損マウスの作製)
公知のマウスH−PGDS遺伝子のエクソンII(H−PGDSの蛋白質翻訳開始領域)を含む領域をNeo遺伝子に置換し、さらにH−PGDS遺伝子の約7Kb上流にHSV−tk遺伝子を組み込んで変異配列を調製し、この変異配列をベクターに組み込んでターゲティング・ベクターを作製した(図1参照)。なお、図1にも示した様に、変異配列のH−PGDSコード領域は約3.4kbとなっている。
【0030】
電気穿孔法により、未分化の培養ES細胞(1.2×10個)にターゲティング・ベクターを48μg/mlの割合で導入して遺伝子導入ES細胞を得た。これらの細胞をプレートに播き、2日後にG418およびガンシクロビルを培地に添加して更に7日間培養し、G418およびガンシクロビルに耐性を示すコロニーを得た。これらのコロニを個別に分離し、さらに培養したのち、DNAを抽出してサザンブロッティングにより相同組換えES細胞を選別した。
【0031】
次いで、この相同組換えES細胞を、C57BL/6系マウスの胚盤胞へ常法により注入し、仮親マウスへ移植して個体へと発生させた。
その結果、10匹のキメラマウスを得た。得られたキメラマウスのうち、雄の個体と雌の野生型C57BL/6系マウスとを交配させて初代(F)マウスを得た。これらのFマウスから、サザンブロット分析により2倍体染色体の一方に変異配列が確認された個体(♂、♀)を選別し、これらを交配させて第2世代(F)マウスを得た。
【0032】
最終的に、これらFマウスから、サザンブロット分析により2倍体染色体の両方に変異配列が確認された個体(ホモ接合体)および片方に変異配列が確認された個体(ヘテロ接合体)を選別し、この発明の遺伝子欠損動物を作製した。
なお、Fマウスの野生型:ヘテロ接合体:ホモ接合体の比は約1:2:1であり、雌雄比は約1:1であった。ホモ接合体およびヘテロ接合体とも胎仔性致死は認められなかった。
【0033】
図2は、各マウスの尾部から抽出したDNAのサザンブロット分析の結果であり、野生型(+/+)は6.2kb、ホモ欠損型(−/−)は3.4kb、ヘテロ欠損型(+/−)はその両者の発現が確認された。
図3は、マウスの脳から抽出したmRNAのノーザンブロット分析の結果であり、H−PGDSmRNAは野生型でのみ発現が認められた。
【0034】
図4は、各マウスの卵管より抽出したH−PGDSの酵素活性の分析結果である。ホモ欠損型マウスのH−PGDS活性は、野生型マウスの10%以下、ヘテロ欠損型では約50%であった。
【実施例2】
【0035】
実施例2(遺伝子欠損マウスのアレルギー性気道炎症の測定)
実施例1で得た遺伝子欠損マウスを用いて、ヒト喘息モデルである抗原誘発肺炎症モデルを作製し、アレルギー反応の解析を行った。結果は図5に示したとおりである。すなわち、動物にアレルゲンである卵白アルブミンと水酸化アルミニウムアジュバントの懸濁液を投与して感作した。感作から数週間後に、マウスにアレルゲンを投与して、アレルギー性の気道炎症反応を惹起した。ヘテロ欠損型は、アレルゲン投与後の好酸球の肺への浸潤が、野生型に比べて有意に軽微であることが観察された。ホモ欠損マウスでは、アレルゲン投与後の好酸球およびリンパ球の肺への浸潤が、野生型に比べて有意に軽微であることが観察された。
以上の結果から、この発明の遺伝子欠損マウスは、アレルギー発症の機構を解明するためのモデル動物として有用であることが確認された。
【実施例3】
【0036】
実施例3(遺伝子欠損マウスの急性気道炎症の測定)
実施例1で得た遺伝子欠損マウスを用いて、ヒト敗血症モデルであるリポポリサッカライド誘発肺炎症モデルを作製し、急性炎症反応の解析を行った。結果は図6に示したとおりである。すなわち、動物に10μg/kgのリポポリサッカライドを投与して、急性の気道炎症反応を惹起した。ホモ欠損マウスでは、リポポリサッカライド投与後の好中球の肺への浸潤が、野生型に比べて有意に増加していることが観察された。
以上の結果から、この発明の遺伝子欠損マウスは、急性炎症の発症機構を解明するためのモデル動物として有用であり、新規抗炎症物質をスクリーニングする系としても有効であることが確認された。
【実施例4】
【0037】
実施例4(遺伝子欠損マウスの組織傷害の測定)
実施例1で得た遺伝子欠損マウスに外科的に傷害を与え、損傷部位の治癒の程度を解析した。結果は図7に示したとおりである。すなわち、マウスの頭部に外科的傷害を与え、数日後の組織損傷の程度を組織化学的に調べたところ、ホモ欠損マウスは、野生型マウスに比べて治癒が早いことが確認された。
以上の結果から、この発明の遺伝子欠損マウスは、組織傷害の修復機構を解明するためのモデル動物として有用であり、新規傷創治療物質をスクリーニングする系としても有効であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、医薬品の分野、特に、免疫系機能、中枢神経系機能、循環器系機能および生殖機能等に、先天性または反応性の障害を呈する遺伝子欠損マウスと、この遺伝子欠損マウスを用いて上記機能障害に対する予防または治療薬剤のスクリーニングの分野などにおいて利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素遺伝子が欠損しているマウス。
【請求項2】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素の対立遺伝子の両方が変異配列に置換されている請求項1に記載の遺伝子欠損マウス。
【請求項3】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素の対立遺伝子の片方が変異配列に置換されている請求項1に記載の遺伝子欠損マウス。
【請求項4】
アレルギー調節物質の個体内活性を試験する方法であって、請求項1〜3のいずれかに記載の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスのアレルギー状態を測定することを特徴とする試験方法。
【請求項5】
炎症物質の個体内活性を試験する方法であって、請求項1〜3のいずれかに記載の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの炎症の程度を測定することを特徴とする試験方法。
【請求項6】
組織傷害修復促進物質の個体内活性を試験する方法であって、請求項1〜3のいずれかに記載の遺伝子欠損マウスに候補物質を投与し、このマウスの組織傷害修復機能を測定することを特徴とする試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−246547(P2010−246547A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118181(P2010−118181)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【分割の表示】特願2002−18666(P2002−18666)の分割
【原出願日】平成14年1月28日(2002.1.28)
【出願人】(390000745)財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【Fターム(参考)】