説明

造血幹細胞分離材または分離方法

【課題】造血幹細胞を含む体液から簡便且つ効率的に造血幹細胞を分離することを可能とする分離材、およびその分離材を用いた分離方法を提供する。
【解決手段】平均繊維径が3マイクロメートル以上、4マイクロメートル以下の不織布から成る造血幹細胞分離材。また、この造血幹細胞分離材を充填した造血幹細胞分離装置2用い、(A)体液を造血幹細胞分離装置の入口側より導入し出口側より導出することにより造血幹細胞を造血幹細胞分離装置内に捕捉する工程と、(B)造血幹細胞分離装置内に捕捉された造血幹細胞を脱離するための溶液を造血幹細胞分離装置の出口側より導入し入口側より導出する工程を含む造血幹細胞の分離方法。これにより、効率よく造血幹細胞を回収でき、より濃縮率の高い造血幹細胞含有液を得ることが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造血幹細胞を含む体液から簡便且つ効率的に造血幹細胞を分離することを可能とする造血幹細胞分離材、およびその分離材を用いた分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血液学や科学テクノロジーの急速な進歩に伴い、全血・骨髄・臍帯血・組織抽出物をはじめとする体液から必要な血液分画のみを分離して患者に投与することで治療効果をより高め、さらに、治療に必要のない分画は投与しないことで副作用をより抑制する、という治療スタイルが望まれる様になってきている。例えば、血液輸血もその1つである。赤血球製剤は、出血および赤血球が不足する状態、または赤血球の機能低下により酸素が欠乏している場合に使用される血液製剤である。そのため異常な免疫反応や移植片対宿主病(GVHD)などの副作用を誘導する白血球は不要であり、除去する必要がある。場合によっては白血球に加えて血小板も除去することもある。
【0003】
一方、血小板製剤は、血液凝固因子の欠乏による出血ないし出血傾向にある患者に使用される血液製剤である。血小板製剤は、遠心分離により、血小板以外の不要な細胞や成分を除去することで採取されている。
【0004】
加えて近年、白血病や固形癌治療に向けた造血幹細胞移植が盛んに行われるようになり、治療に必要な細胞(造血幹細胞を含む白血球群)を分離し投与するようになってきた。造血幹細胞とは、CD34陽性の細胞、或いは造血因子を含む寒天様培地中でコロニーを形成可能な細胞のことを意味する。最近では、CD34陰性且つCD133陽性の細胞がより未分化な造血幹細胞であると考えられている。この造血幹細胞のソースとして、ドナーの負担が少ない、増殖能力が優れている等の利点から、骨髄や末梢血に加えて臍帯血も注目を浴びている。また近年、月経血中にも幹細胞が豊富に存在することが示唆され、これまで廃棄されていた月経血も貴重な幹細胞ソースとして利用される可能性がある。
【0005】
骨髄や末梢血に関して、不要な細胞を除き白血球を分離・純化して投与することが望まれている一方で、臍帯血についても血縁者のためのバンキングが盛んになり、使用時まで凍結保存する必要性から、凍結保存による赤血球溶血を防ぐことを目的に白血球は分離・純化されている。
【0006】
分離方法としてはフィコールを用いた比重液による遠心分離法や赤血球沈降剤であるヒドロキシエチルスターチを用いた遠心分離法が提案されているが、閉鎖系での処理が不可能であり異物や菌が混入すること、処理するのに要する時間が長いことなどの問題を有している。
【0007】
遠心分離法を用いない細胞分離方法として、最近では、赤血球と血小板は捕捉されず白血球のみを捕捉するフィルター材料を用いて白血球を回収する方法(特許文献1、特許文献2)、白血球及び赤血球を実質的に通過させることが可能である細胞分離材を用いた成体幹細胞分離方法(特許文献3)などが報告されている。
【0008】
ところが、最近になって造血幹細胞をより選択的に濃縮することが副作用が少なくより有効であると考えられるようになっており、バクスター社製の磁気細胞分離システムであるアイソレックスに代表されるCD34陽性細胞を選択的に分離する方法が開示されている。しかし、この分離方法は抗体を用いており費用と安全性の面で問題があると共に、造血幹細胞のうちCD34陽性細胞のみしか回収することが出来ず、現在議論されているCD34陰性のより未分化な造血幹細胞は回収することができないなど、様々な問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2001−518792号公報
【特許文献2】国際公開WO98/32840号
【特許文献3】特開2008−22822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、各血球成分を含む体液、或いはそれらを粗分離した体液から、高い収率で造血幹細胞を回収し濃縮することが出来る分離材と分離方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、従来は容易に実現することが困難であった、高い収率で造血幹細胞を回収し濃縮することを可能とする分離材と分離方法に関して、鋭意検討を行った。
【0012】
その結果、特定の性質を持つ不織布を用いると、より造血幹細胞を効率的に回収し濃縮することが出来ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち本発明は、以下に記述した造血幹細胞を濃縮し回収することが出来る分離材とそれを用いた造血幹細胞の分離方法に関する。
【0014】
(1)平均繊維径が3マイクロメートル以上、4マイクロメートル以下の不織布から成る造血幹細胞分離材。これによれば、造血幹細胞を効率的に回収し、濃縮することが出来る。
【0015】
(2)前記不織布を構成する材料がポリエステル樹脂であることを特徴とする(1)記載の造血幹細胞分離材。
【0016】
(3)前記ポリエステル樹脂がポリブチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする(2)記載の造血幹細胞分離材。
【0017】
(4)前記分離材が親水性処理されていないことを特徴とする(1)から(3)のいずれか1項に記載の造血幹細胞分離材。
【0018】
(5)(1)から(4)に記載の分離材が入口と出口を有する容器に充填された造血幹細胞分離装置。
【0019】
(6)(5)に記載の造血幹細胞分離装置の入口側に体液を収容する手段と、造血幹細胞分離装置の出口側に造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段を備え、
さらに、造血幹細胞分離装置の出口側に造血幹細胞分離装置に捕捉された成分を脱離回収するために造血幹細胞分離装置に対し体液とは逆方向へ流すための溶液導入手段と、この際に造血幹細胞分離装置の入口側から排出された捕捉された成分を収容する手段を備えた、造血幹細胞分離回路。これによれば、体液の送液と捕捉成分の回収を容易に行うことができる。
【0020】
(7)(5)に記載の造血幹細胞分離装置、或いは、(6)に記載の細胞分離回路を用いた造血幹細胞の分離方法であって、
(A)体液を造血幹細胞分離装置の入口側より導入し出口側より導出することにより造血幹細胞を造血幹細胞分離装置内に捕捉する工程、
(B)造血幹細胞分離装置内に捕捉された造血幹細胞を脱離するための溶液を造血幹細胞分離装置の出口側より導入し入口側より導出する工程
を含む造血幹細胞を分離方法。
【0021】
(8)工程(A)の前にプライミングする工程を含む(7)記載の造血幹細胞を分離方法。
【0022】
この分離材、細胞分離装置、或いは細胞分離回路を用いると、従来より効率的に造血幹細胞を回収し、より濃縮することが可能となる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、末梢血、臍帯血、骨髄、組織抽出物、月経血など各血球成分を含む体液またはそれらを粗分離した体液中から造血幹細胞を効率的に回収し、他の細胞よりも高い濃縮率にすることが可能となり、再生医療などの分野への幅広い利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の造血幹細胞分離回路の一例
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明について詳細に説明するが、本発明は以下の特定の例に限定されるものではない。
【0026】
本発明における体液としては、全血、骨髄、臍帯血、月経血、組織抽出物を使用することができ、また、ここではそれらを粗分離したものも体液に含むものとする。また動物種に関しても制限は無く、ヒト、ウシ、マウス、ラット、ブタ、サル、イヌ、ネコなど哺乳動物であれば何であっても構わない。さらに体液の抗凝固剤の種類も問わず、ACD(acid-citrate-dextrose)液、CPD(citrate-phosphate-dextrose)液、CPDA(citrate-phosphate-dextrose-adenine)液などのクエン酸抗凝固であってもヘパリン、低分子ヘパリン、フサン(メチル酸ナファモスタット)、EDTAで抗凝固していても良い。各分画を使用する目的に応じて影響がなければ体液の保存条件も一切問わない。
【0027】
本発明における造血幹細胞分離材としては、繊維径が3マイクロメートル以上、4マイクロメートル以下であることが、造血幹細胞の分離効率の点より好ましい。繊維径とは繊維軸に対して直角方向の繊維の幅であり、繊維径の測定は、不織布からなる分離材を走査型電子顕微鏡にて写真撮影し、写真に記載されたスケールから求めた繊維径の計算値を平均することにより求めることが出来る。つまり、本発明記載の繊維径とは、上記のように測定した繊維径の平均値を意味しており、50個以上、望ましくは100個以上の平均値である。但し、繊維が多数に重なりあった場合、他繊維が邪魔をしてその幅が測定できない場合、著しく直径の異なる繊維が混在している場合などは、そのデータは除いて繊維径を算出する。また、太さの大きく異なる、例えば7μm以上繊維径の異なる複数の繊維から構成される不織布の場合には、繊維径が細い方が分離効率への影響が大きいため、別々に繊維径を計算し、細い繊維径をその不織布の繊維径とする。
【0028】
本発明において、造血幹細胞分離装置に充填される造血幹細胞分離材を構成する材料は特に制限されないが、滅菌耐性や細胞への安全性の観点から、ポリエチレンテレフタート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレン、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリビニルアルコール、塩化ビニリデン、レーヨン、ビニロン、ポリプロピレン、アクリル(ポリメチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリアクリルニトリル、ポリアクリル酸、ポリアクリレート)、ナイロン、ポリイミド、アラミド(芳香族ポリアミド)、ポリアミド、キュプラ、カーボン、フェノール、ポリエステル、パルプ、麻、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリカーボネートなどの合成高分子、アガロース、セルロース、セルロースアセテート、キトサン、キチンなどの天然高分子、ガラスなどの無機材料や金属等を使用することができる。
【0029】
その中でも、特に本発明の造血幹細胞分離材を構成する材料として、ポリエステル樹脂を使用することが、造血幹細胞をより純化出来る点で好ましく、更にはポリブチレンテレフタレート樹脂であることがより好ましい。また、これらの分離材は、親水性コーティングや表面へのグラフト重合などによる親水性処理を実施しない方が、コーティング剤の剥離による人体への悪影響やグラフト重合による分離材強度の低下などの観点より、好ましい。また親水性処理をしない方が、造血幹細胞分離装置を製造する上で、手間が大幅に削減されることも利点である。
【0030】
本発明における造血幹細胞分離材の使用形態は前記分離材を容器に入れず使用しても良いし、体液の入口と出口を備えた容器に造血幹細胞分離材を入れて使用しても良いが、実用性を考慮すると容器に入れて使用する後者の方が好ましい。また血球分離材は適当な大きさに切断した平板状で体液を処理しても良いし、またロール状に巻いた形状で処理しても良い。
【0031】
本発明の造血幹細胞分離材を充填する体液の入口と出口を供えた容器、及び本発明に記載した方法を遂行するための部材等について説明する。
【0032】
本発明の造血幹細胞分離材を体液の入口と出口を供えた容器に充填する際には、圧縮して容器に充填しても良いし、圧縮せずに容器充填しても良い。造血幹細胞分離材の材質等に応じて適宜選定すれば良い。造血幹細胞分離材の好ましい使用例としては、不織布から成る造血幹細胞分離材を適当な大きさに切断し、厚み1mmから200mm程度に、単層または積層状態で使用することが好ましい。各分画の分離効率の面から1.5mmから150mmがより好ましく、さらに好ましくは2mmから100mmである。また容器に充填した時の厚みは1mmから50mm程度に、単層または積層状態で使用することが好ましい。各分画の分離効率の面から1.5mmから40mmがより好ましく、さらに好ましくは2mmから35mmである。
【0033】
また造血幹細胞分離材をロール状に巻いて、容器に充填しても良い。ロール状で使用する場合、該ロールの内側から外側に向けて体液を処理することにより血球を分離しても良いし、或いはその逆に該ロールの外側から内側に向けて体液を処理しても良い。
【0034】
造血幹細胞分離材を充填する容器の形態、大きさ、材質は特に限定はない。容器の形態は、球、コンテナ、カセット、バッグ、チューブ、カラム等、任意の形態であって良い。好ましい具体例としては、例えば、容積約0.1mLから400mL程度、直径約0.1cmから15cm程度の半透明の筒状容器、一片の長さ0.1cmから20cm程度の長方形または正方形で、厚みが0.1cmから5cm程度の四角柱容器等が挙げられるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
容器は任意の構造材料を使用して作製することが出来る。構造材料としては具体的には、非反応性ポリマー、生物親和性金属、合金、ガラス等が挙げられる。非反応性ポリマーとしては、アクリロニトリルブタジエンスチレンターポリマー等のアクリロニトリルポリマー、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレンとヘキサフルオロプロピレンのコポリマー、ポリ塩化ビニル等のハロゲン化ポリマー、ポリアミド、ポリイミド、ポリスルホン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルクロリドアクリルコポリマー、ポリカーボネートアクリロニトリルブタジエンスチレン、ポリスチレン、ポリメチルペンテン等が挙げられる。この中でも特に滅菌耐性を有する点で、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリメチルペンテン等が好ましい。
【0036】
一方、容器の構造材料として金属材料(生物親和性金属、合金)を使用する場合は、例えばステンレス鋼、チタン、白金、タンタル、金、およびそれらの合金、並びに金メッキ合金鉄、白金メッキ合金鉄、コバルトクロミウム合金、窒化チタン被覆ステンレス鋼等が挙げられる。
【0037】
本発明の造血幹細胞分離回路に関しては、閉鎖系で簡便に体液の処理を行える点を考慮し、造血幹細胞分離装置2の入口側に体液を収容する手段3(体液を供給する手段)と、造血幹細胞分離装置2の出口側に造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段5(回収する手段,但し、造血幹細胞分離装置を通過した溶液が必要ない場合は、そのまま廃棄することも可能で、その様な手段も含むものとする。)を備え、更に、造血幹細胞分離装置2の出口側に、造血幹細胞分離装置に捕捉された成分を脱離回収するために造血幹細胞分離装置に対し体液とは逆方向へ流すための溶液導入手段7と、この際に造血幹細胞分離装置2の入口側から排出された捕捉された成分を収容する手段6を備えている、という特徴を有することが好ましい。体液を収容する手段3、及び、造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段5は、取り扱いやすさの点よりバッグ形状が好ましいが、本発明はこれらに限定されない。
【0038】
また前記各収容手段はチューブなどによって接続されており、各チューブにはクランプ、二法活栓、三方活栓などの溶液の流れを制御できる手段が付属されていることが、使いやすさの点より好ましい。造血幹細胞分離装置2に捕捉された成分を脱離回収するために造血幹細胞分離装置に対し体液とは逆方向へ流すための溶液導入手段7とは、バッグなどに溶液を含ませる状態で提供しても良いし、シリンジに溶液を含ませる状態で提供されていても良い。この溶液導入手段7は、造血幹細胞分離装置2の出口側と造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段5の間に三方活栓等を介して枝分かれを有して配置することが、使いやすさの観点から好ましい(但し、最初に体液を流した後に、造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段5に置き換えて、溶液導入手段7を配置することも可能である。)。また、造血幹細胞分離装置2に捕捉された成分を脱離回収するために造血幹細胞分離装置に対し体液とは逆方向へ流す際に、造血幹細胞分離装置の入口側から排出された捕捉された成分を収容する手段6は、造血幹細胞分離装置2の入り口側と体液を収容する手段3の間に三方活栓等を介して枝分かれを有して配置することが好ましい(但し、最初に体液を流した後に、体液を収容する手段3に置き換えて、造血幹細胞分離装置の入口側から排出された捕捉された成分を収容する手段6を配置することも可能である。)。また、造血幹細胞分離装置の入口側から排出された捕捉された成分を収容する手段6は、容易に入手できること、更に操作後に取り扱いやすいことなどから、バッグ形状が好ましい。また、細胞培養可能なバック、凍結保存耐性を有するバック等を選択しても良い。図1に本発明の細胞分離回路を例示するが、本発明はこれらに限定されることはない。
【0039】
次に造血幹細胞の分離方法について説明する。
【0040】
本発明における造血幹細胞の分離方法とは、第一に体液を造血幹細胞分離装置の入口側より導入し出口側より導出することにより造血幹細胞を造血幹細胞分離装置内に捕捉する工程、第二に造血幹細胞分離装置内に捕捉された造血幹細胞を脱離するための溶液を造血幹細胞分離装置の出口側より導入し入口側より導出する工程、を含む造血幹細胞の分離方法である。造血幹細胞分離材に関しては上述したものを使用することができる。
【0041】
具体的には、第一の工程として、造血幹細胞分離装置に体液を入口側より注入し、造血幹細胞を造血幹細胞分離装置に捕捉させ、赤血球は造血幹細胞分離装置を通過させる。次に、必要に応じて、造血幹細胞分離装置内の洗浄操作を行う。この洗浄操作は必ずしも必要ないが、最終的に回収される造血幹細胞中の造血幹細胞以外の成分の混入を低減する上で行うことが好ましい。次いで第二の工程として、造血幹細胞の造血幹細胞分離装置の出口方向から、すなわち、体液や洗浄液の通液方向とは逆方向から、造血幹細胞分離装置内に捕捉された造血幹細胞を回収するために、溶液を導入し、造血幹細胞を高収率で回収し、濃縮することが出来る。
【0042】
以下、本発明の造血幹細胞の分離方法の各工程について、例を示して説明する。
【0043】
1)体液送液工程
造血幹細胞分離材を充填した造血幹細胞分離装置の体液入口側より体液を通液する際には、体液を入れた容器から送液回路を通じて自然落下で送液しても、ポンプにより送液しても良い。また、体液を入れたシリンジを直接、該容器に接続し、手でシリンジを押しても良い。ポンプにより通液する場合には、送液速度が速過ぎると分離効率が落ち、遅過ぎると処理時間が掛かり過ぎることから、0.1mL/minから100mL/minが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0044】
また体液送液工程の前処理として、生理食塩水や緩衝液で分離材を浸漬させる工程を実施しても良い。この操作は必ずしも必要ではないが、分離材の上記溶液への浸漬が分離効率の向上と血液流路確保に影響すると考えられるため、場合によっては実施することが好ましい。この前処理溶液としては各種溶液を用いることができるが、以下で説明する洗浄工程で用いる溶液と同一であれば溶液バックを共有できるため、回路システムの単純化と操作性の観点から同一であることが好ましい。前処理の液量としては、血球分離材が充填される容器の1倍から100倍程度が実用的であり好ましい。
【0045】
2)洗浄工程(洗浄操作は必ずしも必要な工程ではない)
洗浄液は、体液送液工程と同方向より回路を通じて、自然落下で送液しても、ポンプにより送液しても良い。ポンプにより送液する場合の流速は、体液送液工程と同程度であり、0.1mL/minから100mL/minが挙げられるが、これに限定されるものではない。洗浄量は容器の容量によって異なるが、洗浄量が少なすぎると容器に残存する赤血球成分が多くなり、洗浄量が多すぎると分離効率が落ちるとともに多大な時間を要することから、容器の0.5倍から100倍程度の容量で洗浄することが好ましい。
【0046】
使用できる洗浄液としては、赤血球を洗い流すことが可能であり、分離後の造血幹細胞含有液中における他血球の混入を抑制でき、造血幹細胞の捕捉状態を保持することができれば、どのような溶液を用いても構わないが、生理食塩水、リンゲル液、細胞培養に用いる培地、リン酸緩衝液等の一般的な緩衝液が好ましい。
【0047】
3)造血幹細胞の脱離
造血幹細胞分離装置に体液の通液とは逆方向(体液流出側)より溶液を注入し、造血幹細胞を脱離させる。溶液を注入する際には、分離溶液を予めシリンジ等に入れておき、シリンジのプランジャーを手や機器を用いて勢い良く押し出すことにより実行できる。回収液量や流速は、容器の容量や処理量により異なるが、容器の0.3倍から100倍程度の容量で、流速0.5mL/secから20mL/secが好ましいが、これらに限定されるものではない。また自然落下で溶液を導入しても、シリンジポンプで溶液を導入しても構わない。
【0048】
この際に使用する溶液は低張液であれば特に限定されないが、生理的食塩水やリンゲル液などの注射用剤として使用実績があるものや、緩衝液、細胞培養用培地等が挙げられる。
【0049】
また捕捉された細胞の回収率を上げるために回収液の粘張度を上げても良い。そのために上記分離溶液にアルブミン、フィブリノゲン、グロブリン、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ、ヒドロキシエチルセルロース、コラーゲン、ヒアルロン酸、ゼラチン等を添加できるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0050】
以下、実施例において本発明に関して詳細に述べるが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。以下の実施例および比較例で用いた不織布は各々1枚当りの厚みが異なっているため、容器に充填される枚数が異なっている。しかしながら総枚数の厚み、或いは、圧縮率(=容器に充填された際の厚み/送枚数の厚み)を統一しており、同一の条件下で実施したものである。
【0051】
(実施例1)
厚さ(内径)12mm、直径(内径)44mmの容器に、ポリブチレンテレフタレート製不織布(繊維径3.8μm、密度K1.3×10g/m)112枚を積層状態で充填し、細胞分離器を作成し、図1に示したような造血幹細胞分離装置を製造した。具体的には、細胞分離器の上流側に三方活栓を取り付け、チューブを介して血液バッグを(カワスミ社製、カワスミ血液分離用バッグ(容量200mL))接続し、細胞分離器の下流に三方活栓を取り付け、チューブを介して、細胞分離器を通過した溶液を回収するためのバッグを接続した。生理食塩水約100mLを血液バッグに導入し、生理食塩水が細胞分離器に流れるように三方活栓を調節した。血液バッグ中の生理食塩水が殆ど無くなったのを確認した後、細胞分離器上流の三方活栓を調整し、生理食塩水の流れを止めた。この時、血液バッグ中に僅かに生理食塩水が残るようにしエアがフィルター入らないように注意を払った。次に、ヒト末梢血(100mLをCPD28mLで抗凝固)を同じ血液バッグに導入した。同様に三方活栓を調整し、ヒト末梢血を細胞分離器に導入し、バッグに導出した。ヒト末梢血が血液バッグから無くなり、エアがフィルターに入る直前に、三方活栓を閉にした。細胞分離器から出口側の三方活栓以外を外した。4%ヒト血清アルブミン添加サリンヘス20mLをシリンジにとり、出口側の三方活栓より導入し、細胞分離器の入口側より導出し、遠沈管に回収した。処理前血液の血算、回収した溶液の血算を血球カウンター(シスメックス、K−4500)により測定し、白血球の回収率を算出した。さらに、処理前の血液、回収した溶液をFACS Lysing Solutionで溶血後、フローサイトメーター(BD FACSCanto)により単核球陽性率、顆粒球陽性率を求め、白血球数と各陽性率を掛けあわせて総単核球数及び総顆粒球数を算出した。回収した溶液中の総単核球数・総顆粒球数を処理前の総単核球数・総顆粒球数で割った割合を各々単核球回収率・顆粒球回収率とした。またISHAGEのガイドラインに準じて、CD34陽性細胞の細胞数をカウントし、同様にCD34陽性細胞の回収率を算出した。またコロニーアッセイによるコロニー数を測定し、コロニーの回収率を測定した。具体的には、白血球濃度2×10^6になるように調整し、メチルセルロース培地MethoCult H4034(StemCell Technologies社)3mLに対して0.3mLを添加した後、混合液1.1mLをペトリディッシュに分注し、37℃、5%CO2下で培養した。14日後に顕微鏡にて、赤血球系前駆細胞や白血球前駆細胞等の造血系幹細胞から成る各種コロニー数をカウントし、処理前と処理後の総コロニー数よりコロニー回収率を算出した。結果を表1に示した。
【0052】
【表1】

【0053】
(実施例2)
厚さ6mm直径18mmの容器に、ポリブチレンテレフタレート製不織布(繊維径3.8μm、密度K1.2×10g/m)28枚を積層状態で充填し、まず生理食塩水45mLを入口側よりシリンジを用いて手押しで通液した。次にCPD抗凝固の新鮮ヒト末梢血10mLを2.5mL/minを通液した。その後、通液とは逆方向より10%FBS添加MEM培地30mLをシリンジを用いて手押しで回収した。実施例1と同様に白血球回収率、単核球回収率、顆粒球回収率、CD34陽性細胞回収率、コロニー回収率を算出した。結果を表1に示した。
【0054】
(実施例3)
厚さ6mm直径18mmの容器に、ポリプロピレン製不織布(繊維径3.5μm、密度K8.3×10g/m)28枚を積層状態で充填し、まず生理食塩水45mLを入口側よりシリンジを用いて手押しで通液した。次にヒト臍帯血由来CD34陽性細胞を添加したCPD抗凝固の新鮮ヒト末梢血10mLを2.5mL/min、次に同方向より生理食塩水10mLを通液した。その後、通液とは逆方向より10%FBS添加MEM培地30mLをシリンジを用いて手押しで回収した。実施例1と同様に白血球回収率、単核球回収率、顆粒球回収率、CD34陽性細胞回収率、コロニー回収率を算出した。結果を表1に示した。
【0055】
(比較例1)
厚さ6mm直径18mmの容器に、ナイロン製不織布(繊維径5.0μm、密度K1.3×10g/m)36枚を積層状態で充填し、まず生理食塩水45mLを入口側よりシリンジを用いて手押しで通液した。次にヒト臍帯血由来CD34陽性細胞を添加したCPD抗凝固の新鮮ヒト末梢血10mLを2.5mL/min、次に同方向より生理食塩水10mLを通液した。その後、通液とは逆方向より10%FBS添加MEM培地30mLをシリンジを用いて手押しで回収した。実施例1と同様に白血球回収率、単核球回収率、顆粒球回収率、CD34陽性細胞回収率、コロニー回収率を算出した。結果を表1に示した。
【0056】
(比較例2)
厚さ6mm直径18mmの容器に、ポリプロピレン製不織布(繊維径2.4μm、密度K7.5×10g/m)30枚を積層状態で充填し、まず生理食塩水45mLを入口側よりシリンジを用いて手押しで通液した。次にヒト臍帯血由来CD34陽性細胞を添加したCPD抗凝固の新鮮ヒト末梢血10mLを2.5mL/min、次に同方向より生理食塩水10mLを通液した。その後、通液とは逆方向より10%FBS添加MEM培地30mLをシリンジを用いて手押しで回収した。実施例1と同様に白血球回収率、単核球回収率、顆粒球回収率、CD34陽性細胞回収率、コロニー回収率を算出した。結果を表1に示した。
【0057】
(比較例3)
厚さ6mm直径18mmの容器に、ポリブチレンテレフタレート製不織布(繊維径1.8μm、密度K8.6×10g/m)84枚を積層状態で充填し、まず生理食塩水45mLを入口側よりシリンジを用いて手押しで通液した。次にヒト臍帯血由来CD34陽性細胞を添加したCPD抗凝固の新鮮ヒト末梢血10mLを2.5mL/min、次に同方向より生理食塩水10mLを通液した。その後、通液とは逆方向より10%FBS添加MEM培地30mLをシリンジを用いて手押しで回収した。実施例1と同様に白血球回収率、単核球回収率、顆粒球回収率、CD34陽性細胞回収率、コロニー回収率を算出した。結果を表1に示した。
【符号の説明】
【0058】
1 チャンバー
2 造血幹細胞分離材が充填された容器(造血幹細胞分離装置)
3 体液を収容するための手段
4 プライミング液を収容するための手段
5 造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段
6 造血幹細胞を収容する手段
7 造血幹細胞分離装置内に捕捉された造血幹細胞を脱離するための溶液導入手段
8、9、10 三方活栓
11、12、13、14、15、16、17 回路


【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維径が3マイクロメートル以上、4マイクロメートル以下の不織布から成る造血幹細胞分離材。
【請求項2】
前記不織布を構成する材料がポリエステル樹脂であることを特徴とする請求項1記載の造血幹細胞分離材。
【請求項3】
前記ポリエステル樹脂がポリブチレンテレフタレート樹脂であることを特徴とする請求項2記載の造血幹細胞分離材。
【請求項4】
前記分離材が親水性処理されていないことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の造血幹細胞分離材。
【請求項5】
請求項1から請求項4に記載の造血幹細胞分離材が入口と出口を有する容器に充填された造血幹細胞分離装置。
【請求項6】
請求項5に記載の造血幹細胞分離装置の入口側に体液を収容する手段と、造血幹細胞分離装置の出口側に造血幹細胞分離装置を通過した溶液を収容する手段を備え、
さらに、造血幹細胞分離装置の出口側に造血幹細胞分離装置に捕捉された成分を脱離回収するために造血幹細胞分離装置に対し体液とは逆方向へ流すための溶液導入手段と、この際に造血幹細胞分離装置の入口側から排出された捕捉された成分を収容する手段を備えた造血幹細胞分離回路。
【請求項7】
請求項5に記載の造血幹細胞分離装置、或いは、請求項6に記載の造血幹細胞分離回路を用いた造血幹細胞の分離方法であって、
(A)体液を造血幹細胞分離装置の入口側より導入し出口側より導出することにより造血幹細胞を造血幹細胞分離装置内に捕捉する工程、
(B)造血幹細胞分離装置内に捕捉された造血幹細胞を脱離するための溶液を造血幹細胞分離装置の出口側より導入し入口側より導出する工程、
を含む造血幹細胞の分離方法。
【請求項8】
工程(A)の前にプライミングする工程を含む請求項7記載の造血幹細胞の分離方法。


【図1】
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【公開番号】特開2012−139142(P2012−139142A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293005(P2010−293005)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】