説明

遮熱用コーティングの熱損傷による劣化の簡易評価システム

【課題】ジルコニア溶射材等の遮熱コーティング材は,ボイラー・タービンなどが発する高温度から,それらの制御システムを保全する熱遮へい板として用いられ,重要な装置の一部とされている.ところが,ボイラー・タービンなどの主装置の運転→停止→運転からくる,加熱→冷却→加熱の繰返し熱衝撃によって,熱遮へい板に熱応力や熱損傷をもたらし,重要な問題となっている.ところで,こうした熱サイクルに伴う熱応力をその場で直接測定できれば対策も立て易いが,実際にはそれは不可能である.そのため,FEMなどの解析手法に頼らざるを得なかった.
【解決手段】数回の熱衝撃(熱サイクル)を与えた熱遮へい板に一定の引張荷重を加え,そのときの表面ひずみの大きさやひずみの分布形態を直接に計測し,熱衝撃をうけていない部材のひずみ分布形態と照合することで,熱サイクルによる熱衝撃損傷を評価する.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,熱遮蔽に用いられるコーティング材の実機使用に伴う劣化度の評価に係わり,とくに解析を用いることなく非破壊・非接触で遮熱コーティング部材の劣化・損傷度を評価する方法に関する.
【背景技術】
【0002】
遮熱コーティング材の熱損傷による劣化・損傷度の評価方法については,これまで下記のような方法が提案されてきている.
【0003】
例えば,高温部品の遮熱コーティング材について,予め測定・作成しておいたレーザ加熱式熱サイクル試験の耐久性と高温曲げ試験の割れ限界歪との相関関係を基に,評価対象の高温部品について高温曲げ試験で遮熱コーティング材の表面歪量と割れ長さを測定して,高温部品の遮熱コーティング材の品質を評価する方法がある.
【0004】
例えば,機器の運転条件等の情報と,遮熱コーティングの縦き裂,横き裂およびエロージョンの各々の損傷の進行度を,トップ層の焼結とトップ層およびボンド層の酸化と疲労とを変数とする関数で表し,この関数より各損傷の進行度を予測する方法(なお,各構成要素の損傷進行に対する損傷因子および残留応力の相互作用を予め関数で表しておき,この関数より各損傷進行度を補正する)がある.
【0005】
例えば,最初に赤外線サーモグラフィ法により遮熱コーティングの内部剥離を検査し,さらに蛍光X線法による表面元素分析検査とこれに続く渦流探傷法による膜厚測定検査とを行い,その検査結果から遮熱コーティングの剥離・減耗等の有無を検出して劣化を診断する(確認のために渦流探傷法による膜厚測定検査を行う)方法がある.
【0006】
例えば,高温部品の加熱時間と加熱温度とボンドコート層中の界面酸化物形成金属の含有量の変化との相関を求め,実機で使用された高温部品の所定部位の遮熱コーティングのボンドコート層中の界面酸化物形成金属の平均含有量を計測し、この計測値と前記相関とから遮熱コーティングの寿命を推測する方法がある.
【0007】
例えば,超音波硬度計を用いて測定したロール表面の溶射皮膜初期硬度に対してロール中央部の溶射皮膜硬度が条件(HVc=1/2HVf)を満たすとき、溶射皮膜の劣化により炉内溶射ロールが寿命であると判定する方法がある.
【0008】
例えば,コーティング膜を施した棒状の試料を片持構造で支持し,試料の遊端側に曲げ量を与えて曲げ量の印加点とコーティング膜が最も破壊すると予想される位置を分離して摩擦音とアコースティックエミッション(AE)波とを分離できるように構成すると共に,曲げ量の印加に従って試料の両端に取付けたAE波検出器によってコーティング膜の破壊に伴って発生するAE波を検出し,検出器の双方に伝わるAE波の時間差からAE波の発生位置を特定する方法がある.
【0009】
上記手法は,いずれも間接的に熱応力・熱損傷を予測するものであり,熱損傷をうけた実機に対して直接的に熱損傷・劣化度を評価する方法とはいえない.
【特許文献1】特開2004−12390公報
【特許文献2】特開2004−156444公報
【特許文献3】特開2008−14748公報
【特許文献4】特開平8−166332公報
【特許文献5】特開平8−5530公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ジルコニア溶射材は,ボイラー・タービンなどが発する高温度から,それらの制御システムを保全する熱遮へい板として用いられ,重要な装置の一部とされている.ところが,ボイラー・タービンなどの主装置の運転→停止→運転からくる,加熱→冷却→加熱の繰返し熱衝撃(以下,熱サイクルと呼称)によって,熱遮へい板に熱応力や熱損傷をもたらし,トップコート層内には縦き裂を,ボンドコート層内には横き裂(またははく離)を生じることがあり,それによって熱遮へい効果が損なわれるなど重要な問題となっている.こうした熱サイクルによる損傷は,その他にも気孔の生成や皮膜自身の弾性率の低下などが上げられており,それも温度,熱サイクル数,急熱・急冷速度などの各因子によって種々変化するとされている.しかし,その原因は急熱・急冷の際に生じる熱応力とされていること以外,今のところ十分わかっていない.
【0011】
ところで,こうした熱サイクルに伴う熱応力をその場で直接測定できれば対策も立て易いが,実際にはそれは不可能である.そのため,FEMなどの解析手法に頼らざるを得ない.
【非特許文献1】吉岡洋明著 「耐熱材料の開発の現状と展望−ガスタービン材料と耐熱コーティング」 金属,75 2005年 pp.661-668.
【非特許文献2】小川和洋,庄子哲雄,青木久彦,藤田範生,鳥越泰治著 「熱遮へいコーティング(TBC)材の経年劣化機構解析」 日本機械学会論文集A,66 2000年 pp.1370-1376.
【非特許文献3】J.P.Singh,B.G.Nair,D.P.Renusch,M.P.Sutaria,M.H.Grimsditch著 「DamageEvolution and Stress Analysis in Zirconia Thetrmal Barrier Coating DuringCyclic and Isothermal Oxidation」 J Am Ceram Soc,84 2001年 pp.2385-2393.
【非特許文献4】大木基史,タン・チェク・フウ,武藤睦治,北英紀,海野泰明著 「耐摩耗プラズマ溶射セラミックコーティングの熱サイクル損傷特性」 溶射,36 1999年 pp.12-19
【非特許文献5】U.Rettig,U.Bast,D.Steiner,M.Oechsner著 「Characterizationof Fatigue Mechanisms of Thermal Barrier Coatings by a Novel Laser Based Test」 Journalof Engineering for Gas Turbines and Power,12 1999年 pp.259-264.
【非特許文献6】A.N.Khan,J.Lu著 「Thermal Cyclic Behavior of AirPlasma Sprayed Thermal Barrier Coatings Sprayed on Stainless Steel Substrates」 SurfCoat Technol,201 2007年 pp.4653-4658.
【課題を解決するための手段】
【0012】
本実施形態では,数回の熱衝撃(熱サイクル)を与えた実機の熱遮へい板に一定の引張荷重を加え,そのときの表面ひずみの大きさやひずみの分布形態を調べ,それが各種損傷とどのような関係があるかを調査することによって,定性的ではあるが,熱サイクルによる熱衝撃損傷の簡易的な評価方法を提供する.
【発明の効果】
【0013】
熱衝撃による遮熱コーティング材の損傷率・劣化度を直接的に評価できるので,これまでのシミュレーション解析による予測に比べて精度が高い.また,非接触で行うため部材を破損する恐れもない.さらに,用途に応じて広範囲または局所的な損傷・劣化の評価も可能である.こうした劣化度評価方法によれば,航空機のジェットエンジンやガスタービンなど事故を起こすと損害の大きい機器の運用に対して,保守・管理が非常に簡便で,しかも直接測定できるので精度も高く,安全性・信頼性の高い運用が可能となる.しかも,本法は広範囲の劣化評価のみならず局所的な損傷位置の検出も可能であり,部分的に損傷している場合などでは,あらかじめ損傷している部分が特定されておれば修復部品全体を修復する必要がないので,リサイクル面でも都合が良く環境負荷低減・コスト低減などに有効である.
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に,図1のフロー図を参照し,本発明の一実施形態を詳細に説明する.
【0015】
第1工程(S1) 劣化したと思われる対象部材に所定の引張荷重を加える工程.なお,荷重値は熱遮へい板の部位について予め用意した応力−表面ひずみ曲線により決定する.
【0016】
第2工程(S2) 工程S1の状態で部材表面のひずみをレーザーストレインアナライザー(ESPI法)により計測する工程.
【0017】
第3工程(S3) 工程S2で得られたひずみ値を2次元または3次元のひずみ分布に処理する工程.
【0018】
第4工程(S4) 熱遮へい板のコーティングが完全にはく離した状態の表面ひずみ分布を,工程S3で得られたひずみ分布と照合する工程.
【0019】
第5工程(S5) 工程S3で得られたひずみ分布と工程S4で得られたひずみ分布を積分することで面積または体積を算出し数式1により損傷率(劣化度)φを算出する工程.
【0020】
【数1】

【0021】
第6工程(S6) 工程S3で得られたひずみ分布から局所的に損傷・劣化した位置を判断する.
【0022】
第7工程(S7) 工程S5と工程S6より部材劣化度を総合的に判断する.
【0023】
劣化部材の表面ひずみの大きさやひずみの分布形態と各種欠陥との対応については溶射材の熱サイクル試験,有限要素解析およびESPI法による表面ひずみの測定によって明らかになったものであり,以下これについて説明する.
<供試材および試験片>
【0024】
供試材(基材)は,JIS
SUS304を切欠き付き板状試験片に機械加工したものを用いた.溶射は,大気プラズマ溶射装置を用い,ZrO2粉末を表1に示す条件で行った.
【表1】


<繰返し熱衝撃(略熱サイクル)試験方法>
【0025】
熱サイクル試験は,燃焼炎(H2/O2ガス)を試験片中央部切欠き付近のZrO2被覆部に当て(燃焼炎の当たる面積は,約7mm2),その部位が1173±3Kになるまで加熱保持後,直ちに試験片を283±1Kの水中に浸漬後急冷・攪拌させた.この加熱→冷却の一回の操作を1サイクル(1N)として,それを所定の回数(N=0,5,10cycles)繰返した.その後,定荷重(一定の引張荷重)試験に供した.
<熱応力解析方法>
【0026】
熱サイクルによる熱応力解析は,汎用の有限要素解析ソフト(Msc Co. Ltd. Marc 2007r1)を用いて行った.解析に用いた物性値のうち,皮膜表面の弾性率はナノインデンテーション法で測定した値を用いた.なお,熱サイクル数の増加に伴い熱応力がどのように変化するかを調べる際の解析には,簡易的に,弾性率のみは実測値を用い,それ以外は文献の値を用いた(表2参照).
【非特許文献7】大村孝仁,津崎兼彰著 「ナノインデンテーションによる材料評価」 まてりあ,46 2007年 pp.251-258.
【非特許文献8】福本昌宏,梅本実,岡根功,外山順敏,山崎隆典,西林景仁,太田弘道,友田陽著 「複合溶射皮膜の熱物性値と組織因子との関連」 溶射,28 1991年 pp.183-189.
【表2】

<定荷重試験および表面ひずみ測定方法>
【0027】
所定の熱サイクルを行った試験片に,それぞれ図2に示すような一定の引張荷重〔試験応力σ1=0,σ2=125MPa(基材(SUS304)の耐力σysの40%に相当する応力)(=σ2’=σ2’’)〕を負荷し,そのときの溶射皮膜表面(自由表面で平面応力状態を示す)に生じた荷重軸方向のひずみの大きさ(ε2,ε2’,ε2’’)および各測定点(位置)におけるひずみの分布形態をそれぞれESPI法で調べた.ただし,比較用としてσ3=165MPa(σysの53%)(=σ3’=σ3’’)〕を負荷し,そのときのひずみ(ε3,ε3’,ε3’’)も併せ求めたが,これについては別途後述する.なお,図3に示すとおり,すべての測定点3は,基材2に溶射されたZrO2被覆部1に燃焼炎が当たる円孔切欠き端部(d)点を中心に,上下(荷重軸方向(a)〜(f))18mm左右(荷重軸と直角方向(d)〜(h))9mmの範囲内で計8箇所とした.
<熱応力解析結果>
【0028】
熱サイクルを付与した後の応力分布をFEM解析により求めた.それを図4(a)〔N=0または1cycle〕および図4(b)〔N=5cycles〕に示す.なお,N=0とN=1cycleの両解析結果にはほとんど差が見られなかったので,同図(a)には,N=0cycle(弾性率E=64GPa)の場合の結果のみを示している.これより,両者共燃焼炎が吹き付けられた領域4では引張の熱応力が生じており,それは円孔切欠き端部でとくに大きく,しかもN=5cyclesの方が大きくなっており,熱サイクル数が増加すると外側(切欠き端部)から内側に向かって拡がっていることがわかる.熱サイクルによる熱応力は,皮膜表面5とその内部6の温度差や材料間の熱膨張差によって生じるとされているが,一般に,熱は周辺部から内部へと伝達するため,とくに試験片の端部付近はその中央部に比べて温度差が大きく,その付近に熱応力が集中する.
【非特許文献9】Y.Liu,C.Persson,J.Wigren著 「Experimentaland Numerical Life Prediction of Thermally Cycled Thermal Barrier Coatings」T.Therm Spray Technol,13 2004年 pp.415-424.
【非特許文献10】豊田政男著 「異材接合体の熱応力と溶射皮膜の残留応力」 高温学会誌 173 1991年 pp.346-353.<一定荷重下での表面ひずみの熱サイクル数による変化>
【0029】
熱サイクル(繰返し熱衝撃)による皮膜損傷は,熱サイクルの諸条件によって種々変化することが知られているが,一般的には,(i)熱応力の生成を始めとし,(ii)皮膜表面に生じる亀甲き裂,(iii)皮膜層内に生ずる表面に垂直な縦き裂,(iv)気孔,(v)(iii)とアンダーコート層内に生ずる表面に平行なき裂,(vi)基材界面に生ずる横き裂(はく離)および(vii)皮膜と基材界面に生ずる巨視的なふくれまたは皮膜脱落などが考えられている.
【非特許文献11】大木基文,武藤睦治,大原稔,高橋雅士,石橋達弥著 「遮熱コーティング材の熱サイクル損傷および遮熱特性」 溶接学会論文集,16 1998年pp.395-404.
【非特許文献12】福本昌宏,山崎隆典,岡根功著 「ZrO2/NiCrAlY溶射皮膜の繰返し熱衝撃破壊挙動」 溶接学会論文集,12 1994年 pp.137-141.
【非特許文献13】B.C.Wu,E.Chang著 「TheOxide Pegging Spalling Mechanism and Spalling Modes of ZrO2 8wt% Y2O3/Ni-22Cr-10Al-YThermal Barrier Coatings under Various Operating Conditions」 J Mater Sci,25 1990年 pp.1112-1119.
【非特許文献14】M.Gell,L.Xie,E.H.Jordan,N.P.Padture著 「Mechanismsof Spallation of Solution Precursor Plasma Spray Thermal Barrier Coatings」 SurfCoat Technol,189/189 2004年 pp.101-106.
【非特許文献15】川瀬良一,平井靖男著 「温度勾配下におけるアルミニウム溶射皮膜の防食性」 溶接学会論文集,3 1985年 pp.712-717.
【0030】
こうした皮膜表面または内部に生成したミクロおよびマクロな損傷欠陥は,外部からの一定荷重負荷のもとで様々な大きさの変形(ひずみ)を誘発するが,本研究では,図3に示した円孔切欠き近傍6の局部的変形(表面ひずみ)に関わる因子(0029の(i)~(vii)の一部または組合せ因子)によって考察する.すなわち,これら損傷(または欠陥)がこの測定位置近傍に多い程,それに相応して一定荷重下での表面ひずみにも大きな変化が現れることになる.図5,6,7は,上記0025および図2で示した方法で,熱サイクル(N=0,5,10cycles)を与えた試験片の表面ひずみを測定した結果である.なお,本記載結果は,各サイクルそれぞれ5本以上の試験片で行われたデータのうち,代表的なものを選んで記載したものであり,しかも比較し易いように縦軸のひずみはすべて同一スケールで表している.
【0031】
まずN=0cycle〔図5〕の結果には,熱衝撃そのものの影響は含まれず,試験応力σ2(一定荷重)のみによるひずみの分布様相を示しており,以下に示すN=5(図6)および10cycles(図7)の場合の熱損傷をうける前のひずみに相当する.これより,円孔切欠き近傍〔(c),(e)および(d)の一部〕に,不規則にひずみが変化する部分があること以外,全体的に小さなうねりを持った規則的な波状のひずみになっていることがわかる.とくに円孔部から離れ応力集中が小さいと考えられる箇所〔(a),(b),(h)〕でのひずみは小さく安定的である.
【0032】
次にN=5cycles〔図6〕になると,全体的にひずみは大きくなり,とくに円孔付近の広範囲3〔(a)〜(h)〕にわたって振幅が大きく,しかも波長の短いスペクトル状の不規則なひずみが多数認められる.こうした表面ひずみ波(またはひずみ形態)は,N=0cycleの場合には全く認められないことから,熱サイクル損傷をうけた皮膜表面のみに見られる特徴的なひずみ形態であると考えられる.また切欠き端部〔(c),(d),(e)〕に見られるスペクトル状のひずみは,熱応力が集中している箇所のひずみに相当し,これからN=0cycleの応力集中のみによるひずみ〔図5(c),(e)〕の影響分を差し引いたとしても,おそらく熱応力の影響がかなり多く含まれたひずみ様相と思われる.
【0033】
N=10cycles〔図7〕の場合,円孔縁近傍〔(c),(d)〕には,一部に振幅の大きいスペクトル状の不規則なひずみも見られるが,全体的には大きなうねりをもった波状のひずみとなっている.ひずみの大きさは,平均的にN=5cyclesの場合よりやや大きくなっている.こうした各サイクルのひずみの大きさや分布形態は,FEM解析による熱応力のそれと類似している.
【0034】
以上,ひずみの変化が最も著しいスペクトル状のひずみ形態を呈した結果から,切欠き端部〔(c)付近〕の各ひずみ(3者のN=0,5,10)のみを比較し表示したのが図8である.これより,相対的にN=10cycleの場合のスペクトル状のひずみ変動幅(振幅)9は,N=5cyclesのそれ8より大きくなっていることがわかる.このことは,たとえN=0cycleのひずみスペクトル7(応力集中によるひずみスペクトル)を差し引いたとしても,熱応力は,
N=10cyclesの方がN=5cyclesより大きく,そのためひずみの値も大きくなったものと考えられる.
<表面ひずみによる熱衝撃損傷評価>
【0035】
図9は,静的引張荷重下でのε−σ曲線を模式化して示したものである.ただし,試験応力(σ1〜σ7)のうち,同図にはσ2,σ3,σ7についてのみ記載してある.これより,σ2を加えたときに<I>の損傷13が生じたとすると,これによって誘発されたひずみε2がESPI法によって計測される.同じくσ3を加えたときは<II>の損傷14によるひずみε3が,σ7を加えたときは<IV>の損傷16によるひずみε7が計測される.例えば,熱衝撃を1回(N=1cycle)与えたものに,試験応力σ2と同一の応力を加えた場合,熱サイクルによりΔε1増加したひずみε2N1が計測される.このε2N1はεとσが相関関係にあることから,σ2にΔσ1増加させたときのひずみに相当する.また,このΔσ1はεを大きく変化させる原因となる熱応力や損傷などの応力に相当することから,そのときのひずみΔεを計測することによって熱サイクルによる損傷程度を評価することが可能であると考えられる.
【非特許文献16】新原美子,大谷幸三,徳田太郎,木戸光夫,原田良夫著 「ジルコニア溶射材の静的荷重下および熱サイクル下におけるはく離挙動」,溶射,45,2008年
【0036】
こうした熱サイクルを与えた試験片に一定荷重を加えたときの表面ひずみの値から,熱衝撃損傷を評価する方法を本実施例では提示・検討する.すなわち,N=∞cyclesで皮膜が完全に基材からはく離した(皮膜のない)表面のひずみは,基本的に基材のみによる表面ひずみであるとすると,基材の表面ひずみ11から試験応力のみによるひずみ〔溶射材のN=0cycleでのひずみ(図10斜線部の領域10)〕を差し引いた面積ΦAN=∞〔図10(i)〕を,損傷率100%と仮定する.同様に,N=5または10cyclesの熱サイクルを与えたときのひずみ12,13から試験応力のみによるひずみ10を差し引いた面積をΦAN=5またはΦAN=10とする〔図10(ii),(iii)〕.これより,完全にはく離した場合のひずみΦAN=∞を基準として,各熱サイクル数でのひずみとの関係から損傷率φを評価する式を,数1で表すことができる.
【0037】
このΦAN=xに5または10サイクルによるΦAを代入すると,各サイクルでの損傷率φが算出できる.これによりφを求めた結果を図11に示す.ただし,同図には後述する試験応力σをσ3(=165MPa)に変化させた結果も併記してある.これによると,測定点によって損傷率φは異なっており,とくに,切欠き端部〔(c),(d)〕でのφは他の測定点に比べると高く,しかも熱サイクル数の増加と共に徐々に高くなっている.
【0038】
ところで,Δεは熱サイクル数によって変化し,試験応力σの大きさによってもそれは変化すると思われる.そこで,上記0027および図2で記述したように,試験応力σを基材の耐力σysの53%(σ3=165MPa)に変化させて,上記0030〜0037と同様な試験を行った.結果は省略するが,試験応力σ2(σysの40%)の結果(図5,6,7を参照)に比べると,ひずみは大きくなっているが,ひずみの形態そのものは類似した傾向になった.円孔切欠き端部での損傷率は,試験応力σ2に比べると高くなった〔図11(c)(d)〕.これは,円孔切欠き端部では応力集中(本試験片の応力集中係数α=2.4)により,基材の耐力以上の比較的大きな応力が切欠き端部に加わったため,損傷も大きくなったものと考えられる.
【0039】
これらの結果と実際の損傷との対応を調べるため,熱サイクル数と共に損傷率が高くなった切欠き端部付近の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行った.その結果を図12に示す.これより,N=5cyclesではトップコート層内に縦き裂14,16の生成が認められ,N=10cyclesでは,とくにσ2の場合,トップコート層/ボンドコート層界面に平行な横き裂15が生成し,σ3の場合には,溶射皮膜と基材界面付近に平行な横き裂17の生成も認められた.これより,本研究で提示した熱衝撃損傷率の熱サイクル数に伴う変化は,実際に生じる皮膜表面・内部の損傷状態にほぼ対応しており,本試験範囲内では,熱応力の高い円孔切欠き端部で損傷率が最も高く,しかもそれは熱サイクル数の増加と共により高くなっていることがわかる.
【0040】
以上の結果より,一定荷重を加えたときの実際の表面ひずみの大きさや分布形態を調べることによって,定性的ではあるが溶射皮膜の損傷程度を予測できることがわかった.しかし,熱サイクル数の多い場合には,損傷も大きく,仮にこれに大きな試験応力を負荷させると,それによる損傷も著しく大になり,両者の影響度合が区分けできなくなる.そのため,実際に評価を行う場合,基準とする試験応力σをいかなる値に設定するかは,あらかじめ材料および熱サイクル数ごとに試験応力を設定し,ひずみを測定するなどデータベースの構築を行っておく必要がある.これについては,今後さらにデータを蓄積し,より詳しく検討してみる必要がある.
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は,とくに遮熱部材に用いられるジルコニア溶射材等の遮熱コーティングが熱損傷により劣化する程度を解析ではなく実際に非破壊で計測・評価可能なシステムであり,炉材等の高温用部材の信頼性・安全性を確保するための劣化度評価方法として非常に有効な手段である.なお,本実施形態による劣化度の評価は,部材表面のひずみを直接的に測定する手法を用いており,遮熱コーティング材のみならず,他のめっき等の各種コーティング材について熱損傷による劣化以外(例えば,コーティング材の腐食疲労劣化度・進行度)の評価にも適用できる.

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の評価システムのフローを示す図である.
【図2】本発明のひずみ測定における定荷重試験の条件(σ:試験応力,ε:測定ひずみ)を示す図である.
【図3】本発明の表面ひずみの測定位置と箇所を示す図である.
【図4】本発明のFEM解析による熱応力分布を示す図である.
【図5】本発明の熱サイクル前の一定荷重下での表面ひずみ分布を示す図である.
【図6】本発明の熱サイクル後(N=5cycle)の一定荷重下での表面ひずみ分布を示す図である.
【図7】本発明の熱サイクル後(N=10cycle)の一定荷重下での表面ひずみ分布を示す図である.
【図8】本発明の切欠き端部〔(c)〕における3者のスペクトル状のひずみ模様の比較を示す図である.
【図9】本発明の静的引張荷重下でのε−σ曲線と各応力下での皮膜損傷を表す模式図である.
【図10】本発明のスペクトル状のひずみ模様から求められる面積の各サイクル数での比較を示す図である.
【図11】本発明の熱サイクルと各測定点における熱衝撃損傷率との関係を示す図である.
【図12】本発明のSEMによる一定荷重下における溶射材断面の形状を示す図である.
【符号の説明】
【0043】
1 ZrO2溶射皮膜
2 基材(SUS304)
3 ひずみ測定箇所
4 燃焼炎が吹き付けられた箇所
5 ZrO2溶射皮膜
6 基材(SUS304)
7 N=0cycleのひずみスペクトル
8 N=5cycleのひずみスペクトル
9 N=10cycleのひずみスペクトル
10 N=0cycleのひずみスペクトル
11 基材のひずみスペクトル
12 N=5cycleのひずみスペクトル
13 N=10cycleのひずみスペクトル
14 熱衝撃(N=5cycle)によりZrO2皮膜に生じた縦き裂
15 熱衝撃(N=10cycle)によりZrO2皮膜に生じた横き裂
16 熱衝撃(N=5cycle)によりZrO2皮膜に生じた縦き裂
17 熱衝撃(N=10cycle)によりZrO2皮膜に生じた横き裂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱損傷をうけたセラミックス系溶射部材に一定の静的な荷重を加えた状態下で,その表面ひずみをレーザーストレインアナライザー(ESPI法)で測定し,熱衝撃をうけていない部材の表面ひずみと照合することで,部材の損傷度評価が非破壊で可能な評価システム.

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−151584(P2010−151584A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−329350(P2008−329350)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(595115592)学校法人鶴学園 (39)
【Fターム(参考)】