説明

遺伝子変換活性状態の細胞における遺伝的多様化のための方法

【課題】標的核酸配列または遺伝子産物の指向的かつ選択的な遺伝的多様化のための方法ならびに上記遺伝的多様化が可能な細胞および細胞株を提供する。
【解決手段】本発明は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより、任意の核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化のために特に有用な細胞系を提供する。この系は、細胞外刺激(例えば、他の細胞または分子との相互作用)またはB細胞抗原レセプターの維持を必要とせずに、再配列された免疫グロブリンV遺伝子をインビトロで恒常的に多様化するB細胞株に基づく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体産生細胞における免疫グロブリンの遺伝子変換と過剰変異との間の関連性を利用することによる、標的核酸配列または遺伝子産物の指向的かつ選択的な遺伝的多様化のための方法、ならびに上記遺伝的多様化が可能な細胞および細胞株に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子産物において多様性を生成するための多くのアプローチは、非常に多くの変異の生成に依存し、次にこれらの変異は、強力な選択技術を使用して選択される。しかしながら、これらの系は、多くの不都合を有する。突然変異誘発が、遺伝子構築物に対してインビトロで行われ、続いて、この遺伝子構築物が、インビトロで発現されるか、または細胞もしくは動物において導入遺伝子として発現される場合、生理的な状況における遺伝子発現は困難であり、そして変異体のレパートリーはそのうち固定される。一方、突然変異誘発が、生細胞において実行される場合、望ましい標的核酸へ変異を指向することが困難である。それゆえ、十分な効率を有する変異および選択のサイクルを反復することにより、亢進された活性を有する分子を単離する効率は、制限される。さらに、インビボでの無秩序な突然変異誘発は、毒性があり、そして高レベルの望ましくない二次変異を誘発するようである。
【0003】
自然状態では、選択された核酸配列の指向的多様化は、免疫グロブリン(Ig)遺伝子座の再配列されたV(D)Jセグメントにおいて生じる。抗体特異性の一次的なレパートリーは、免疫グロブリンV遺伝子セグメント、D遺伝子セグメントおよびJ遺伝子セグメントの接合を伴うDNA再配列のプロセスにより生成される。抗原接触に続いて、B細胞(その表面のIgが、この抗原に低い親和性または中程度の親和性で結合し得る)における再配列されたV(D)Jセグメントは、過剰変異による第二波の多様化に供される。この、いわゆる体細胞過剰変異は、二次的なレパートリーを生成する。その結果、増大した結合特異性が、選択され、体液性免疫応答の親和性の成熟を可能にする(非特許文献1)。
【0004】
顕著な多様性が、無秩序な組み合わせによって、この段階において創出されるように、マウスおよびヒトの免疫グロブリン遺伝子座は、V(D)J再配列に関与し得るV遺伝子セグメント、D遺伝子セグメントおよびJ遺伝子セグメントの大規模なプールを含む。他の種(例えば、ニワトリ、ウサギ、ウシ、ヒツジおよびブタ)は、それらの一次的なIgレパートリーを発達させるために、異なる戦略を使用する(非特許文献2)。単一機能のVセグメントおよびJセグメントの再配列後、ニワトリの軽鎖の遺伝子のさらなる多様化が、特化したリンパ系器官(ファブリーキウス嚢)における遺伝子変換により生じる(非特許文献3;非特許文献4)。このプロセスの間、非機能的な偽V遺伝子由来の配列のストレッチは、再配列されたV遺伝子に転移される。25個の偽V遺伝子が、機能的なV遺伝子の上流に位置し、そしてV遺伝子と配列相同性を共有する。ヒトおよびマウスにおける状況と同様に、抗原接触後の親和性の成熟は、ニワトリの脾性胚芽中心における過剰変異により生じる(非特許文献5)。
【0005】
Igレパートリー形成の3つ全てのB細胞特異的な活性−遺伝子変換(非特許文献6)、過剰変異およびアイソタイプスイッチ組換え(非特許文献7;非特許文献8)−は、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)遺伝子の発現を必要とする。AIDはDNA編集酵素であることが最初に提唱された(非特許文献9)が、より最近の研究は、AIDが、シトシンからウラシルへの脱アミノ作用によりDNAを直接修飾することを示唆する(非特許文献10)。しかしながら、その型において相違はあるものの、AID誘発DNA修飾の位置およびプロセスは、異なる種およびB細胞の環境において、組換えまたは過剰変異の選択的な発生を説明し得るので、このシトシン脱アミノ活性は、さらに調節されるはずである。特定のAID変異がスイッチ組換えに影響するが、体細胞過剰変異には影響しないという知見に基づいて、AIDが、スイッチ組換えを開始するために補因子の結合を必要とすることが示唆された(非特許文献11;非特許文献12)。
【0006】
DT40ノックアウト変異の分析は、RAD54遺伝子(非特許文献13)およびRAD52組換え修復経路の他のメンバーが、効率的なIg遺伝子変換のために必要とされることを示唆する(非特許文献14)。RAD51アナログおよびRAD51パラログの破壊は、Ig遺伝子変換を減少させ、そして再配列された軽鎖の遺伝子における過剰変異を誘導する(非特許文献14)。このことは、相同組換えによるDNA修復における欠陥は、Ig遺伝子変換から過剰変異へシフトし得ることを示唆する。
最近、免疫グロブリン遺伝子座における体細胞過剰変異の現象を利用して、恒常的かつ直接的な様式で標的遺伝子の変異を生成する、最初の細胞系が開発された。これらの細胞系は、変異の発生と選択との循環的な工程により、所望の活性を有する遺伝子産物を調製することを可能にする。それゆえ、特許文献1および特許文献2は、特定の核酸領域の指向性の恒常的な過剰変異が可能なヒトバーキットリンパ腫細胞株(Ramos)を記載する。これらの変異領域は、内因性の再配列されたVセグメント、または過剰変異を指向する制御配列へ作動可能に連結された外因性の遺伝子であり得る。トランスフェクトされる構築物が、主に、染色体の位置に無秩序に挿入されるので、この細胞系の顕著な不都合は、ヒト細胞が、標的組込みにより効率的に遺伝子操作され得ないことである。
特許文献2はまた、Ig遺伝子座において遺伝的多様性を生成するための別の細胞系も記載し、この細胞系は、ニワトリB細胞株DT40に基づく。DT40は、細胞培養の間、再配列された軽鎖免疫グロブリン遺伝子の遺伝子変換を継続する(非特許文献15)。重要なことに、この細胞株は、トランスフェクトされる構築物の無秩序な組換えに対する標的組込みの高い比を有し、それゆえ、効率的な遺伝子操作を可能にする(非特許文献16)。特許文献2によれば、相同組換えおよびDNA修復に関連するRAD51遺伝子のパラログのDT40における欠失は、遺伝子変換の低下と再配列されたVセグメントの過剰変異の併発的な活性化とを導く。しかしながら、この系の主要な不都合は、変異細胞が、X線感受性および染色体の不安定性により示されるようなDNA修復の欠陥を有することである。これらの変異体はまた、低い増殖速度および低い遺伝子ターゲティング効率も有する。したがって、この系は効率的な遺伝子多様化および選択のために適切ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第00/022111号パンフレット
【特許文献2】国際公開第02/100998号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Milstein、C.およびRada C.Immunoglobulin genes、Academic Press、London、第2版、1995年、p.57〜81
【非特許文献2】Butler、J.E.Immunoglobulin diversity,B−cell and antibody repertoire development in large farm animals.Rev.Sci.Tech.1998年、17、p.43〜70
【非特許文献3】Reynaud、C−A.ら、A hyperconversion mechanism generates the chicken light chain preimmune repertoire.Cell、1987年、48、p.379〜388
【非特許文献4】Arakawa、H.およびBuerstedde、J−M.Immunoglobulin Gene Conversion:Insights from Bursal B Cells and the DT40 Cell Line.Dev.Dynamics、印刷中
【非特許文献5】Arakawa、H.ら、Immunoglobulin gene hyperconversion ongoing in chicken splenic germinal centers.EMBO J.1996年、15、p.2540〜2546
【非特許文献6】Arakawa、H.ら、Requirement of the Activation−Induced Deaminase(AID)Gene for Immunoglobulin Gene Conversion.Science2002年、295、p.1301〜1306
【非特許文献7】Muramatsu、M.ら、Class switch recombination and hypermutation require activation−induced cytidine deaminase(AID),a potential RNA editing enzyme.Cell、2000年、102、p.553〜563
【非特許文献8】Revy、P.ら、Activation−induced cytidine deaminase(AID) deficiency causes the autosomal recessive form of the Hyper−IgM syndrome.Cell、2000年、102、p.565〜575
【非特許文献9】Muramatsu、M.ら、Specific expression of activation−induced cytidine deaminase(AID),a novel member of the RNA−editing deaminase family in germinal center B cells.J.Biol.Chem.、1999年、274、p.18470〜18476
【非特許文献10】Di Noia、J.およびNeuberger、M.S.Altering the pathway of immunoglobulin hypermutation by inhibiting uracil−DNA glycosylase.Nature、2002年、419、p.43〜48
【非特許文献11】Ta V.T.ら、AID mutant analyses indicate requirement for class−switch−specific cofactors.Nat.Immunol.2003年、4、p.843〜848
【非特許文献12】Barreto、V.ら、C−terminal deletion of AID uncouples class switch recombination from somatic hypermutation and gene conversion.Mol.Cell、2003年、12、p.501〜508
【非特許文献13】Bezzubova、O.ら、Reduced X−ray resistance and homologous recombination frequencies in a RAD54−/− mutant of the chicken DT4O cell line.Cell、1997年、89、p.185〜193
【非特許文献14】Sale、J.E.ら、Ablation of XRCC2/3 transforms immunoglobulin V gene conversion into somatic hypermutation.Nature、2001年、412、p.921〜926
【非特許文献15】Buerstedde、J−M.ら、Light chain gene conversion continues at high rate in an ALV−induced cell line.EMBO J.1990年、9、p.921〜927
【非特許文献16】Buerstedde、J.M.およびTakeda、S.Increased ratio of targeted to random integration after transfection of chicken B cell lines.Cell 1991年10月4日 67(1):p.179〜88
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、先行技術の系の不都合を克服し、そして、なおさらなる利点を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(発明の要旨)
本発明の第一の局面において、過剰変異によって完全にか、または部分的に置き換えられた遺伝子変換を有する遺伝的に改変されたリンパ系細胞が提供される。この細胞は、RAD51遺伝子(重要な相同組換え因子をコードする)のパラログおよびアナログをコードする遺伝子において有害な変異を有さない。詳しくは、この細胞は、野生型の相同組換え因子を含む。インタクトな相同組換え機構のため、本発明に記載の細胞は、高効率の組換えおよび高精度の修復を有し、そして通常の速度で増殖する。
【0011】
本発明の細胞は、免疫グロブリンのレパートリーを発達させるために遺伝子変換の機構を使用する動物種から得られる、免疫グロブリンを発現するBリンパ球である。これらの種は、例えば、ニワトリ、ヒツジ、ウシ、ブタおよびウサギである。好ましくは、この細胞は、ニワトリの嚢リンパ腫から得られる。最も好ましくは、この細胞は、DT40細胞株から得られるか、またはDT40細胞株に関連する。
【0012】
さらなる実施形態において、本発明に記載の細胞は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化を可能にする。標的核酸は、タンパク質をコードし得るか、または調節活性を保持する。タンパク質の例は、免疫グロブリン鎖、選択マーカー、DNA結合タンパク質、酵素、レセプタータンパク質またはそれらの一部である。好ましい実施形態において、この標的核酸は、再配列されたヒト免疫グロブリン遺伝子のV(D)Jセグメントである。調節性の核酸の例は、転写調節エレメントまたはRNAi配列である。
【0013】
標的核酸が、過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより多様化される一実施形態において、本発明に記載の細胞は、標的核酸に対する遺伝子変換ドナーとして働き得る、少なくとも1つの配列を含む。
【0014】
さらなる実施形態において、この標的核酸は、遺伝的多様化を指向する制御核酸配列へ作動可能に連結された外因性の核酸である。
【0015】
さらなる実施形態において、この標的核酸は、本発明に記載の細胞において、所望の活性を示す細胞の選択を促進する様式で発現される。この選択は、細胞内の、細胞表面上または細胞外における、標的核酸の活性に対する直接的な選択であり得る。代替的に、この選択は、レポーター核酸の活性に対する間接的な選択であり得る。
【0016】
さらなる実施形態において、本発明は、本発明に記載の細胞において、標的核酸の遺伝的な多様化を調節する遺伝的手段を提供する。この調節は、シス作用性調節配列の改変、遺伝子変換ドナーの数を変更すること、またはトランス作用性調節因子(例えば、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)またはRAD51のアナログもしくはパラログ以外のDNA修復因子もしくはDNA組換え因子)の改変によるものであり得る。好ましくは、この細胞は、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)を条件的に発現する。
【0017】
第二の局面において、本発明に記載の細胞から得られる細胞株が提供される。好ましい実施形態において、この細胞株はDT40またはその改変物である。
【0018】
第三の局面において、過剰変異によって完全にか、または部分的に置き換えられた遺伝子変換を有するリンパ系細胞を含むトランスジェニック非ヒト動物が提供される。上記トランスジェニック非ヒト動物において、この細胞は、RAD51タンパク質のパラログおよびアナログをコードする遺伝子において有害な変異を有さない。そして、この細胞は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせによりトランスジェニック標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化が可能である。好ましい実施形態において、この動物はニワトリである。
【0019】
さらなる局面において、本発明は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化が可能な細胞を調製するための方法を提供する。この方法は、以下の工程を包含する:(a)標的核酸を含む遺伝学的構築物により、遺伝子変換が可能なリンパ系細胞をトランスフェクトする工程、および(b)内因性V遺伝子セグメントの一部がこの標的核酸に置き換えられた内因性V遺伝子セグメントを有する細胞を同定する工程。
【0020】
さらなる実施形態によれば、この標的核酸を含む遺伝学的構築物はさらに、標的核酸に対する遺伝子変換ドナーとして働き得る、少なくとも1つの配列を含む。標的核酸を含む遺伝子座は、この遺伝子座の異なる構成要素を含む構築物による単回のトランスフェクションまたは複数回のトランスフェクションにより構築され得る。
【0021】
所望の活性を有する細胞に対する選択が間接的である実施形態において、本発明の方法は、さらに以下の工程を包含する:(c)この標的核酸により影響され得るレポーター遺伝子を含むさらなる遺伝学的構築物により、工程(b)由来の細胞をトランスフェクトする工程。
【0022】
さらなる実施形態において、本発明の方法は、さらに(d)トランス作用性調節因子を条件的に発現させる工程を包含する。好ましい実施形態において、このトランス作用性調節因子は、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)である。
【0023】
特に好ましい実施形態によれば、この標的核酸は、標的組込みにより細胞に挿入される。
【0024】
さらなる局面において、所望の活性を有する遺伝子産物を調製するための方法が提供される。この方法は、以下の工程を包含する:(a)標的核酸を発現するために適切な条件下で、本発明に記載の細胞を培養する工程、(b)細胞の集団中で、所望の活性を有する変異遺伝子産物を発現する細胞を同定する工程、(c)工程(b)において同定された細胞由来の1つ以上のクローンの細胞集団を樹立する工程、ならびに、このクローン集団から、改善された所望の活性を有する遺伝子産物を発現する細胞を選択する工程。
【0025】
一実施形態において、工程(b)および工程(c)は、最適化された所望の活性を有する遺伝子産物が産生されるまで反復的に繰り返される。
【0026】
さらなる実施形態によれば、最適化された所望の活性を有する遺伝子産物を産生する細胞が同定された場合、遺伝的多様化は、例えば、トランス作用性調節因子の発現のダウンレギュレーションにより、停止され得る。このトランス作用性調節因子は、例えば、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)または、RAD51のパラログもしくはアナログ以外の、相同組換えもしくはDNA修復に関与する因子であり得る。
【0027】
別の実施形態において、標的核酸の多様化は、さらに、標的配列の最適化(例えば、Ig過剰変異のホットスポットの導入またはGC含量の増加)により改変される。
本発明のさらなる局面において、所望の活性を有する遺伝子産物の調製のための、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化が可能な細胞の使用が提供される。
本発明は例えば、以下の項目を提供する:
(項目1)
過剰変異によって完全にか、または部分的に置き換えられた遺伝子変換を有する、遺伝的に改変されたリンパ系細胞であって、該細胞は、RAD51タンパク質のパラログおよびアナログをコードする遺伝子において有害な変異を有さない、細胞。
(項目2)
野生型の相同組換え活性を備える、項目1に記載の細胞。
(項目3)
影響されていない増殖速度を有する、項目1または2に記載の細胞。
(項目4)
高精度のDNA修復能を有する、項目1〜3のいずれか一項に記載の細胞。
(項目5)
免疫グロブリンを発現するB細胞である、項目1〜4のいずれか一項に記載の細胞。
(項目6)
ニワトリ、ヒツジ、ウシ、ブタまたはウサギ由来である、項目1〜5のいずれか一項に記載の細胞。
(項目7)
ニワトリの嚢リンパ腫細胞である、項目1〜6のいずれか一項に記載の細胞。
(項目8)
DT40細胞またはその派生物である、項目1〜7のいずれか一項に記載の細胞。
(項目9)
活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)を発現する、項目1〜8のいずれか一項に記載の細胞。
(項目10)
項目1〜9のいずれか一項に記載の細胞であって、該細胞は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化が可能である、細胞。
(項目11)
前記標的核酸は、タンパク質をコードするか、または調節活性を発揮する、項目10に記載の細胞。
(項目12)
前記標的核酸は、免疫グロブリン鎖、選択マーカー、DNA結合タンパク質、酵素、レセプタータンパク質またはそれらの一部をコードする、項目11に記載の細胞。
(項目13)
前記標的核酸は、ヒト免疫グロブリンV遺伝子、またはその一部である、項目12に記載の細胞。
(項目14)
前記標的核酸は、転写調節エレメントまたはRNAi配列を含む、項目11に記載の細胞。
(項目15)
さらに、前記標的核酸に対する遺伝子変換ドナーとして働き得る、少なくとも1つの配列を含む、項目10〜14のいずれか一項に記載の細胞。
(項目16)
前記標的核酸は、標的組込みにより、染色体の所定の位置へ組み込まれる、項目10〜15のいずれか一項に記載の細胞。
(項目17)
前記標的核酸は、遺伝的多様化を指向する制御核酸配列へ作動可能に連結される、項目11〜16のいずれか一項に記載の細胞。
(項目18)
所望の活性を有する前記標的核酸の変異体を含む細胞の選択を促進する様式で、該標的核酸を発現する、項目11〜17のいずれか一項に記載の細胞。
(項目19)
前記選択は、前記細胞内、該細胞表面上または該細胞外における、該細胞内の前記標的核酸の活性に対する直接的な選択である、項目18に記載の細胞。
(項目20)
前記選択は、レポーター核酸の活性に対する間接的な選択である、項目18に記載の細胞。
(項目21)
遺伝子変換および過剰変異による前記標的核酸の遺伝的多様化は、遺伝子操作により調節される、項目10〜20のいずれか一項に記載の細胞。
(項目22)
前記調節は、シス作用性調節配列によるものである、項目21に記載の細胞。
(項目23)
前記調節は、遺伝子変換ドナーの数、方向、長さまたは相同性の程度を変更することによるものである、項目20または22に記載の細胞。
(項目24)
前記調節は、トランス作用性調節因子によるものである、項目20〜23のいずれか一項に記載の細胞。
(項目25)
前記トランス作用性調節因子は、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)である、項目24に記載の細胞。
(項目26)
前記トランス作用性調節因子は、RAD51のパラログまたはアナログ以外のDNA修復因子またはDNA組換え因子である、項目24に記載の細胞。
(項目27)
項目1〜26のいずれか一項に記載の細胞から得られる細胞株。
(項目28)
過剰変異によって完全にか、または部分的に置き換えられた遺伝子変換を有するリンパ系細胞を含むトランスジェニック非ヒト動物であって、該細胞は、RAD51タンパク質のパラログおよびアナログをコードする遺伝子において有害な変異を有さず、そして、該細胞は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせによりトランスジェニック標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化が可能である、トランスジェニック非ヒト動物。
(項目29)
過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより、標的核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化を可能にする細胞を調製するための方法であって、該方法は、a)該標的核酸を含む遺伝学的構築物により、遺伝子変換が可能なリンパ系細胞をトランスフェクトする工程、および(b)該標的核酸により置き換えられた、内因性V遺伝子またはそのフラグメントを有する細胞を同定する工程、を包含する、方法。
(項目30)
前記標的核酸を含む遺伝学的構築物は、前記標的核酸に対する遺伝子変換ドナーとして働き得る少なくとも1つの核酸をさらに含む、項目29に記載の方法。
(項目31)
前記標的核酸を含む遺伝子座は、複数回のトランスフェクションにより構築される、項目29または30に記載の方法。
(項目32)
さらに、(c)前記標的核酸により影響され得るレポーター遺伝子を含むさらなる遺伝学的構築物により、前記工程(b)由来の細胞をトランスフェクトする工程、を包含する、項目29〜31のいずれか一項に記載の方法。
(項目33)
さらに、(d)トランス作用性調節因子を条件的に発現させる工程を包含する、項目29〜32のいずれか一項に記載の方法。
(項目34)
前記トランス作用性調節因子は、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)である、項目33に記載の方法。
(項目35)
前記標的核酸は、標的組込みにより、前記細胞の染色体の特定の位置に挿入される、項目29〜34のいずれか一項に記載の方法。
(項目36)
所望の活性を有する遺伝子産物を調製するための方法であって、該方法は、以下の工程:(a)標的核酸を発現するために適切な条件下で、項目11〜26のいずれか一項に記載の細胞を培養する工程、(b)該細胞の集団中で、細胞所望の活性を有する変異遺伝子産物を発現する細胞を同定する工程、(c)工程(b)において同定された細胞由来の1つ以上のクローンの細胞集団を樹立する工程、ならびに、該クローン集団から、改善された所望の活性を有する遺伝子産物を発現する細胞を選択する工程
を包含する、方法。
(項目37)
前記工程(b)および前記工程(c)は、反復的に繰り返される、項目36に記載の方法。
(項目38)
さらに、遺伝的多様化を停止する工程を包含する、項目36または37に記載の方法。
(項目39)
前記標的核酸の多様化は、さらに、標的配列の最適化により改変される、項目36〜38のいずれか一項に記載の方法。
(項目40)
前記遺伝的多様化は、トランス作用性調節因子の発現のダウンレギュレーションにより停止される、項目36〜39のいずれか一項に記載の方法。
(項目41)
前記トランス作用性調節因子は、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)である、項目40に記載の方法。
(項目42)
所望の活性を有する遺伝子産物を調製するための、項目10〜26のいずれか一項に記載の細胞または項目27に記載の細胞株の使用。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】(図1.ψV遺伝子欠失)(A)ニワトリの再配列されたIg軽鎖遺伝子座およびψVノックアウト構築物の物理的地図。この遺伝子座は、機能的なVセグメントの上流の全25個のψV遺伝子を含む。pψVDel1−25構築物およびpψVDel3−25構築物の標的組込みによるψV遺伝子のノックアウト戦略が、以下に示される。関連するEcoRI部位のみ、示される。(B)EcoRI消化後の、(A)に示されるプローブを使用する、野生型クローンおよびノックアウトクローンのサザンブロット分析。野生型遺伝子座は、12kbのフラグメントとしてハイブリダイズするが、ψV部分的遺伝子座およびψV遺伝子座は、それぞれ7.4kbのフラグメントおよび6.3kbのフラグメントとしてハイブリダイズする。(C)AIDの状態。AID遺伝子を、PCRにより増幅し、AID cDNA発現カセットの存在または欠如を確かめた。
【図2】(図2.コントロールクローンおよびψVノックアウトクローンのsIgM発現分析)(A)元のsIgM(+)クローンに由来する代表的なサブクローンのFACSの抗IgM染色プロフィール。(B)24個のサブクローンの測定に基づく、sIgM(−)ゲートに入る事象の平均パーセント。
【図3】(図3.ψVノックアウトクローンのIg軽鎖配列分析)AIDψVクローンおよびAIDψV部分的クローンの変異プロフィール。J−Cイントロンに対するリーダー配列由来の領域内の異なる配列において同定された、全てのヌクレオチド置換が、AID前駆体クローンに存在する再配列された軽鎖配列上にマッピングされる。AIDψVクローンおよびAIDψV部分的クローンの変異が、上記および下記の基準配列にそれぞれ示される。欠失、挿入および遺伝子変換の事象もまた、示される。ホットスポットモチーフ(RGYWおよびその相補的なWRCY)が、太字で強調される。
【図4】(図4.過剰変異細胞株の変異プロフィール)(A)特定の数の変異を保有する配列のパーセント。各々鋳型されないヌクレオチド置換が計数されるが、複数個のヌクレオチドが関与する遺伝子変換、欠失および挿入は、単一の事象として計数される。PM、点変異;GC、遺伝子変換;D、欠失;I、挿入。(B)ψVノックアウトクローンおよびXRCC3ノックアウトクローン由来の配列内のヌクレオチド置換のパターン。遺伝子変換事象の一部としてのヌクレオチド置換は、除外される。転換(trv)に対する転移(trs)の比もまた、示される。(C)鋳型されないヌクレオチド置換変異のホットスポットの優先傾向。ホットスポットモチーフ(RGYWおよびその相補的なWRCY)内に発生する変異が、パーセントにより示される。(D)自発的に死ぬ細胞の指標としての、トリパンブルー陽性細胞。
【図5】(図5.未選別のAIDψV細胞由来のゲノム配列内および選別されたIgM(−)AIDψV細胞由来のcDNA配列内のヌクレオチド置換の分布)変異の数は、50bp毎に計数され、そして、軽鎖ゲノム遺伝子座またはcDNA配列の、対応する物理的地図とともに示される。
【図6】(図6.Ig遺伝子変換およびIg過剰変異の調節を説明するモデル)
【図7】(図7.GFP遺伝子のインサイチュ突然変異誘発)(A)Ig VJ置換ベクター。(B)過剰変異によるGFP遺伝子のインビボ変異誘発。(C)ψVドナー置換ベクター。(D)遺伝子変換および過剰変異による、GFP遺伝子のインビボ突然変異誘発。
【発明を実施するための形態】
【0029】
(発明の詳細な説明)
本発明は、過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより、任意の核酸の指向的かつ選択的な遺伝的多様化のために、特に有用な細胞系を利用可能にする。この系は、細胞外刺激(例えば、他の細胞または分子との相互作用)またはB細胞抗原レセプターの維持を必要とせずに、再配列された免疫グロブリンV遺伝子をインビトロで恒常的に多様化するB細胞株に基づく。
【0030】
本明細書で使用される場合、「指向的かつ選択的な遺伝的多様化」は、特定の細胞の、内因性の核酸またはトランスジェニック核酸の特定の領域の核酸配列の変更を引き起こす能力をいい、したがって、これらの領域外の配列は、変異に供されない。
【0031】
「遺伝的多様化」は、核酸内の個々のヌクレオチドまたはヌクレオチドのストレッチの変更をいう。本発明に記載の細胞における遺伝的多様化は、過剰変異、遺伝子変換または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより生じる。
【0032】
「過剰変異」は、バックグラウンド以上の比率での、細胞における核酸の変異をいう。好ましくは、過剰変異は、一世代あたり、10−5bp−1から10−3bp−1の間の変異の比率をいう。これは、バックグラウンドの変異比率(一世代あたり、10−9変異bp−1〜10−10変異bp−1のオーダー(Drakeら 1988))およびPCRにおいて観察される自然発生的な変異を大幅に超過する。Pfuポリメラーゼによる30サイクルの増幅は、産物において0.05×10−3変異bp−1未満を生成する(この場合、100個の観察される変異において1個未満の原因となる)(Lundbergら、1991)。
【0033】
「遺伝子変換」は、配列情報が、一方の相同的な対立遺伝子からもう一方の相同的な対立遺伝子へ、一方向性の様式で転移される事象をいう。遺伝子変換は、テンプレートを切り換えし、そして相同配列から転写するDNAポリメラーゼの結果、または.ヘテロ二本鎖の形成後のミスマッチ修復(一方の鎖から除去され、そしてもう一方の鎖を使用する修復合成により置換されるヌクレオチド)の結果であり得る。
【0034】
過剰変異および遺伝子変換は、B細胞の免疫グロブリンV(D)Jセグメント内に天然の多様性を生成する。過剰変異は、抗原刺激後のマウスおよびヒトのような種の胚芽中心において生じる。遺伝子変換は、抗原刺激に関係なく、ニワトリ、ウシ、ウサギ、ヒツジおよびブタのような種における、ファブリーキウス嚢のような主要リンパ系器官または腸関連リンパ系組織において生じる。ニワトリにおいて、上流の偽V遺伝子由来のストレッチは、再配列されたV(D)Jセグメントに転移される。それゆえ、本発明によれば、細胞または細胞株は、好ましくは、その再配列された免疫グロブリン遺伝子を多様化し得る免疫グロブリン産生細胞または細胞株である。
【0035】
過剰変異の開始と遺伝子変換の開始との間の直接的な関係は、本明細書において報告される実験において、初めて証明される。具体的には、細胞培養において遺伝子変換を継続する細胞株における、偽V遺伝子の部分的な欠失または完全な欠失は、免疫グロブリン遺伝子座における過剰変異の活性化につながる。全ての偽V遺伝子の欠失は、遺伝子変換の停止および高比率の過剰変異の同時活性化をもたらし、一方で少数の偽遺伝子の欠失は、遺伝子変換のダウンレギュレーションおよび、完全な偽遺伝子の欠失について観察されるものよりは低い比率での過剰変異の同時活性化をもたらす。したがって、利用可能な偽遺伝子ドナーの数は、遺伝子変換の比率に直接的に相関し、そして過剰変異の比率に逆相関する。遺伝子変換および過剰変異は、互いに相反的な関係にあると説明される。それゆえ、本発明は、過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより、標的核酸を遺伝的に多様化することを可能にする細胞系を、初めて提供する。したがって、これらの2つの事象の寄与は、遺伝子変換ドナーの数、その方向、またはその相同性の程度もしくは長さを変更することにより調節され得る。
【0036】
過剰変異活性のみを有する細胞系(例えば、ヒトバーキットリンパ腫細胞株Ramos(WO00/22111およびWO02/100998)に基づくもの)を上回る、本発明に記載の細胞系の利点は、1つの細胞において、過剰変異および遺伝子変換による遺伝的多様化を組み合わせる能力である。例えば、遺伝子変換ドナーは、好ましい方法で標的核酸活性に影響するような配列を含むように操作され得るので、より多くの規定される変更が、無秩序な過剰変異ではなく遺伝子変換により標的遺伝子に導入され得る。こうして、試験前の配列ブロックは、無秩序な過剰変異により組み合わされるので、遺伝子変換および過剰変異は、所望の改変体を生成する機会を増大し得る。標的遺伝子の特定の領域と同一な配列を有する偽遺伝子はまた、過剰変異が非変換部分においてのみ持続する効果を有する頻繁な変換により、標的核酸の一部を安定的に保持するために使用され得る。このアプローチは、標的核酸が、最適な活性を安定的に維持する領域を含む場合、有用である。
【0037】
遺伝子変換活性状態の細胞における相同組換え活性の抑制に基づく細胞系(WO02/100998)を上回る、本発明に記載の細胞系の利点は、通常の増殖速度、耐放射線性およびDNA修復能力に反映される細胞の遺伝的安定性である。
【0038】
全ての公知の系を上回る、本発明の細胞系の特定の利点は、本発明に記載の細胞の、トランスフェクトされた核酸構築物を標的組込みにより相同な内因性遺伝子座に組み込む能力である。
【0039】
「標的組込み」は、相同組換えによる、内因性遺伝子座への、内因性の核酸配列と相同な核酸配列を含むトランスフェクトされた核酸構築物の組み込みである。標的組込みは、規定の染色体位置へ、任意の核酸を直接挿入し得る。好ましい実施形態において、目的の遺伝子産物をコードする核酸は、再配列されたV(D)Jセグメントまたはその一部の代わりに、免疫グロブリン遺伝子座へと標的組込みにより挿入される。
【0040】
好ましい実施形態において、本発明に記載の細胞は、インビボでIg遺伝子変換を起こす細胞に由来するか、または関連する。インビボでIg遺伝子変換を起こす細胞は、例えば、主要リンパ系器官において表面Igを発現するB細胞(例えば、鳥類の嚢のB細胞)である。主要リンパ系器官のB細胞に由来するリンパ腫細胞は、本発明に記載の細胞および細胞株を構築するための、特に良好な候補である。最も好ましい実施形態において、この細胞は、ニワトリの嚢リンパ腫細胞株DT40に由来する。
【0041】
過剰変異および遺伝子変換による恒常的な遺伝的多様化のプロセスは、所望の活性、新規の活性または改善された活性を有する遺伝子産物を産生するために、本発明において使用される。
【0042】
「標的核酸」は、本発明に記載の細胞内の核酸配列または染色体領域であり、これは、指向的かつ選択的な遺伝的多様化に供される。標的核酸は、内因性か、またはトランスジェニックのいずれかであり得、そして、遺伝子産物をコードする1つ以上の転写単位を含み得る。
【0043】
本明細書において使用される場合、「導入遺伝子」は、例えば、トランスフェクションまたは形質導入により、細胞に挿入される核酸分子である。例えば、導入遺伝子は、所望の位置において細胞のゲノムに挿入され得る、異種の転写単位を含み得る。
【0044】
一実施形態において、導入遺伝子は、免疫グロブリンを産生する細胞において見出される免疫グロブリンV遺伝子、またはV遺伝子のフラグメントである。好ましくは、標的核酸は、ヒト免疫グロブリンV遺伝子である。この場合において、本発明に記載の細胞は、任意の所定の抗原に結合し得るヒト抗体改変体の「工場」である。
【0045】
あるいは、標的核酸は、非免疫グロブリン核酸(例えば、選択マーカー、DNA結合タンパク質、酵素またはレセプタータンパク質をコードする遺伝子)である。例えば、新規の蛍光選択マーカーは、遺伝子変換ドナーとして働く他の公知のマーカー(異なる蛍光スペクトルを有する)の助けを借りた過剰変異または過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより、公知のマーカーを変異させることにより生成され得る。
【0046】
本発明の一実施形態において、標的核酸は、直接的に、目的の遺伝子産物をコードする。このような核酸の遺伝的多様化は、コードされる遺伝子産物の切断またはその初期配列の変更をもたらす。毎回の多様化および選択について、改善された活性を有する遺伝子産物を発現する細胞が探索される。
【0047】
代替的に、標的核酸は、調節エレメント(例えば、プロモーターまたはエンハンサーのような転写調節エレメント)または干渉RNA(RNAi)である。この実施形態において、標的核酸により影響され、かつ同定可能な遺伝子産物をコードする、さらなる核酸(レポーター遺伝子)が、目的の標的核酸を保持する細胞を同定するために必要とされる。
【0048】
標的核酸の遺伝的多様化が、過剰変異と遺伝子変換との組み合わせにより生じる実施形態において、遺伝子変換ドナーとして働き得る、さらなる核酸が、細胞のゲノムに、好ましくは標的核酸の上流に挿入される。
【0049】
「遺伝子変換ドナーとして働き得る核酸」は、標的核酸と相同な配列を有する核酸である。天然の遺伝子変換ドナーの例は、特定の種の免疫グロブリン遺伝子座における偽V遺伝子である。
【0050】
本発明の一実施形態によれば、標的核酸の指向的かつ選択的な多様化が可能な細胞は、規定の染色体部位での標的組込みによって、宿主細胞へ標的核酸を挿入することにより構築される。この目的のために、トランスフェクトされる構築物は、所望の染色体組み込み部位に相同な、標的核酸配列の上流および下流を含み得る。好ましくは、この細胞は、導入遺伝子が、遺伝子変換および/または過剰変異の事象の標的になるような相同組み換えまたは遺伝子ターゲティングによって、内因性V遺伝子またはそのセグメントをこの導入遺伝子に置換することにより構築される。
【0051】
別の実施形態において、本発明に記載の導入遺伝子はまた、遺伝子変換および/または過剰変異を指向する配列を含む。したがって、遺伝子産物を発現し得、そしてこの転写単位に対する過剰変異および遺伝子変換を指向する完全な遺伝子座は、細胞に転移され、そして無秩序な染色体への組み込み後においても活性的に多様化される。
【0052】
標的組込みにより導入遺伝子を組み込まれたクローンのスクリーニングは、サザンブロット分析またはPCRにより行われ得る。
【0053】
好ましい実施形態において、本発明に記載の導入遺伝子は、この導入遺伝子が安定的に組み込まれたクローンの選択を可能にする選択可能なマーカー遺伝子を含む。続いて、この選択可能なマーカー遺伝子は、組換えにより除去され得るか、または他の方法により不活性化され得る。
【0054】
本発明は、さらに、所望の活性を有する標的核酸を保持する細胞についての細胞の増殖および選択の度重なる繰り返しにより、所望の活性を有する遺伝子産物を調製するための方法を提供する。本明細書において使用される場合、「選択」は、標的核酸内の配列の改変の存在の決定をいい、この配列の改変は、標的核酸によりコードされる遺伝子産物の所望の活性または標的核酸の調節機能の所望の活性をもたらす。
【0055】
遺伝子変換および過剰変異のプロセスは、免疫グロブリン分子において改善された結合特異性または新規の結合特異性を生成するために、インビボで使用される。それゆえ、所望の抗原に結合し得る免疫グロブリンを産生する本発明に記載の細胞を選択すること、そして次に、さらなる変異の発生を可能にするためにこれらの細胞を増殖させることにより、所望の抗原への改善された結合を有する免疫グロブリンを発現する細胞が、単離され得る。
【0056】
種々の選択手順は、所望の特異性を有する変異の単離のために適用され得る。これらとしては、蛍光細胞分析分離(FACS)、磁性粒子を使用する細胞分離、抗原クロマトグラフィー方法および他の細胞分離技術(例えば、ポリスチレンビーズの使用)が挙げられる。
【0057】
蛍光細胞分析分離(FACS)は、細胞の異なる表面分子(例えば、表面提示される免疫グロブリン)に基づいて、細胞を単離するために使用され得る。分離されるべきサンプルまたは集団内の細胞は、細胞表面分子に結合する特異的な蛍光試薬により染色される。これらの試薬は、蛍光マーカー(例えば、フルオレセイン、テキサスレッド、マラカイトグリーン、緑色蛍光タンパク質(GFP)または当業者に公知の任意の他の蛍光団)に(直接的にか、または間接的にかのいずれかで)連結された目的の抗原である。次に、この細胞集団は、FACS機器の振動フローチャンバーへ導入される。このチャンバーを出ていく細胞の流れは、シースの緩衝流体(例えば、PBS(リン酸緩衝食塩水))に入れられる。この流れはレーザー光により照射され、そして各々の細胞は蛍光(蛍光標識抗原の結合を示す)について測定される。細胞の流れ内の振動は、細胞の流れを小滴へ細分化し、この小滴は、微小な荷電を帯びる。これらの小滴は、蛍光標識抗原に対するそれらの親和性にしたがって、異なる細胞集団を回収するために、コンピュータ制御下の電気偏向板により導かれ得る。この様式において、目的の抗原に対して異なる親和性を示す細胞集団は、この抗原を結合しない細胞から容易に分離され得る。FACSにおける使用のためのFACS機器および試薬は、世界中の供給源(例えば、Becton−Dickinson)またはサービス提供者(例えば、Arizona Research Laboratories(http://www.arl.arizona.edu/facs/))から広範に利用可能である。
【0058】
特定の抗原に対する細胞表面タンパク質の親和性にしたがって細胞の集団を分離するために使用され得る、別の方法は、アフィニティークロマトグラフィーである。この方法において、適切な樹脂(例えば、CL−600セファロース、Pharmacia Inc.)は、適切な抗原に共有結合される。この樹脂は、カラムに封入され、そして細胞の混合集団は、このカラムを通過させられる。適切な時間(例えば、20分間)のインキュベーション後、未結合の細胞は、(例えば)PBS緩衝液を使用して洗い流される。このことは、目的の抗原に結合する免疫グロブリンを発現する細胞の部分集合のみを残す。次に、これらの細胞は、(例えば)過剰量の目的の抗原を使用するか、または樹脂から抗原を酵素的にか、もしくは化学的に切断することにより、このカラムから溶出される。このことは、特異的なプロテアーゼ(例えば、ファクターX、トロンビン、または抗原−樹脂複合体に予め取り込まれた適切な切断部位を介してカラムから抗原を切断する、当業者に公知の他の特異的なプロテアーゼ)を使用して行われ得る。代替的に、非特異的なプロテアーゼ(例えば、トリプシン)は、樹脂から抗原を除去するために使用され得、それにより目的の抗原に対する親和性を示した細胞の集団を解放し得る。
【0059】
本発明は、初めて、標的核酸の遺伝的多様化を調節し得る機構を提供した。本発明者らにより示されるように、活性化誘導性脱アミノ酵素(AID)は、免疫グロブリン遺伝子座において遺伝子変換ならびに過剰変異を調節する因子である。AIDは、隣接するドナー配列が存在する場合には変換トラクト(tract)を導き、それが存在しない場合には点変異を導く、再配列されたV(D)Jセグメントにおいて共通の改変を誘導することが示唆される。したがって、AID発現を調節することにより、両方の事象が調節され得る。好ましい実施形態において、AID遺伝子は、標的核酸を含む細胞において一過的に発現される。例えば、AIDは、薬物応答性プロモーター(例えば、テトラサイクリン応答性遺伝子発現系)下で発現され得る。そうでなければ、遺伝子発現は、誘導性の組換えによるAID発現カセットの切除により、停止され得る。AID発現の停止は、標的配列のさらなる多様化を防止する。好ましくは、AID発現は、所望の活性を有する遺伝子産物を産生する細胞において、この所望の活性の損失を導き得るさらなる変異を防止するために、停止される。
【0060】
本発明は、以下の実施例により例示される。
【実施例】
【0061】
(1.AIDは、共通の中間体による免疫グロブリンの遺伝子変換および過剰変異を開始する)
本明細書において、ψVドナーの除去が、ニワトリB細胞株DT40において、AID依存性Ig過剰変異を活性化することが報告される。このことは、Ig遺伝子変換および過剰変異が、同一のAID惹起性の中間体に由来する競合経路であることを示す。さらに、ψVノックアウトDT40は、Ig過剰変異の分子機構にアプローチするための理想的なモデル系として、そしてインサイチュ突然変異誘発のための新規のツールとして提案される。
【0062】
(方法)
(細胞株)
DT40Cre1(v−myb導入遺伝子に起因して、Ig遺伝子変換の増大を示し、そしてタモキシフェン誘導性Creリコンビナーゼを含む)は、以前に記載されている(Arakawaら、2001)。DT40Cre1AID−/−を、DT40Cre1の両方のAID対立遺伝子の標的破壊により生成した(Arakawaら、2002)。AIDを、loxPに挟まれた(floxed)AID−IRES−GFP二重シストロン性カセット(AIDおよびGFPの両方が、同一のβ−アクチンプロモーターから発現される)の安定的な組み込み後に、DT40Cre1AID−/−から取得した。AIDψVを、pψVDel1−25のトランスフェクションによって、AIDから取得した(図1A)。次に、再配列された軽鎖遺伝子座へこの構築物を組み込んだ安定なトランスフェクト体を、遺伝子座特異的PCRにより同定した。pψVDel1−25の標的組込みは、ψV25の0.4kb上流から始まり、ψV1の1bp下流で終わるψV遺伝子座全体の欠失をもたらす。AIDψV部分的を、pψVDel3−25のトランスフェクションにより、AIDψVと同様な方法で生成した。標的組込みによるpψVDel3−25のトランスフェクションは、ψV25の0.4kb上流から始まり、ψV3の1bp下流で終わるψV遺伝子座の部分的な欠失を導く。細胞培養およびエレクトロポレーションを、以前に記載されるように実行した(Arakawaら、2002)。XRCC3−/−を、XRCC3ノックアウト構築物のトランスフェクションに続いて、XRCC3遺伝子のアミノ酸72〜170を欠失させることにより、DT40Cre1から取得した。まず標的組込みの生じたクローンを、ロングレンジPCRにより同定し、そして次に、このXRCC3欠失を、サザンブロット分析により確認した。
【0063】
(Ig復帰変異アッセイ)
サブクローニング、抗体染色、フローサイトメトリーおよびsIgM発現の定量化は、以前に記載されている(Arakawaら、2002)。この研究で使用された全てのクローンは、遺伝子変換事象による元のC118(−)改変体(Buersteddeら、1990)の軽鎖のフレームシフトの修復に起因して、sIgM(+)であった。
【0064】
(PCR)
PCRに誘発される人工的な変異を最小化するために、PfuUltraホットスタートポリメラーゼ(Stratagene)を、配列決定前の増幅のために使用した。ロングレンジPCR、RT−PCRおよびIg軽鎖配列決定を、以前に記載されるように実行した(Arakawaら、2002)。Ig軽鎖プラスミドクローンのプロモーター領域およびJ−Cイントロン領域を、M13順方向(forward)プライマーおよびM13逆方向(reverse)プライマーを使用して配列決定した。Bu−1遺伝子およびEF1α遺伝子を、それぞれ以下のプライマーの対を使用して増幅した:
【0065】
【化1】

これらの遺伝子のPCR産物を、pBluescriptプラスミドベクターへクローニングし、そしてM13逆方向プライマーを使用して配列決定した。
【0066】
(結果)
(再配列された軽鎖遺伝子座におけるψVドナー配列の標的欠失(targeted deletion))
2つのψVノックアウト構築物を、ゲノム配列をクローニングすることにより調製した。このゲノム配列は、意図される欠失の末端の地点(loxPに挟まれたgpt(グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ)カセット(Arakawaら、2001)の上流および下流)に隣接する。標的組込みにおいて、第一の構築物(pψVDel1−25)は全ての偽遺伝子(ψV25〜ψV1)を欠失させる一方で、第二の構築物(pψVDel3−25)は大半の偽遺伝子(ψV25〜ψV3)を欠失させる(図1A)。表面IgM陽性(sIgM(+))クローン(loxPに挟まれたAID−IRES(内部リボソームエントリー部位)−GFP導入遺伝子のトランスフェクションおよび安定的な組み込みにより、DT40Cre1AID−/−細胞(Arakawaら、2002)から取得した)を、ψVノックアウト構築物のトランスフェクションのために選択した。このAID再構成クローン(AIDと名づけた)は、有害なIg軽鎖の変異の出現が、sIgMの発現の欠失により容易に検出され得、そして、GFP標識されるAID発現が、DT40Cre1から受け継がれたCreリコンビナーゼ導入遺伝子のタモキシフェン誘導後に停止され得るという利点を有する(Arakawaら、2002)。
【0067】
AIDクローンへのψVノックアウト構築物のトランスフェクション後、再配列された軽鎖遺伝子座の標的欠失を含むミコフェノール酸耐性クローンを同定した。これらの初代ψVノックアウトクローンは、2つのloxPに挟まれた導入遺伝子(再配列された軽鎖遺伝子座内に挿入されたgptマーカー遺伝子およびAID前駆体クローンのAID−IRES−GFP遺伝子)を含む。gpt遺伝子は、隣接する転写またはクロマチン構造を撹乱させ得るので、初代ψVノックアウト体を、低濃度のタモキシフェンに曝露し、次に限界希釈によりサブクローニングした。この方法では、二次的なψVノックアウトクローンが、単離され得、これらは、gpt遺伝子のみが欠失しているか(AIDψVおよびAIDψV部分的)、またはgpt遺伝子とともにAID−IRES−GFP遺伝子が欠失している(AID−/−ψVおよびAID−/−ψV部分的)かのいずれかである。再配列された軽鎖遺伝子座におけるψV遺伝子の破壊およびAID過剰発現カセットの除去を、それぞれサザンブロット分析(図1B)およびPCR(図1C)により確かめた。
【0068】
(AID陽性クローンにおけるψV遺伝子の欠失後のsIgM発現の減少の拡大)
有害なIg変異の比率を推定するために、DT40Cre1、AID、DT40Cre1AID−/−およびψVノックアウトクローンの各々24サブクローンについての2週間の培養後、sIg発現を、FACSにより測定した(図2Aおよび2B)。インタクトなψV遺伝子座を有するコントロールの分析は、DT40Cre1およびAIDサブクローンに対してそれぞれ平均0.52%および平均2.27%がsIgM(−)細胞であるが、DT40Cre1AID−/−に対しては、わずか0.08%がsIgM(−)細胞であることを明らかにした。自然発生したsIgM(−)DT40改変体の以前の分析は、約3分の1が、再配列された軽鎖Vセグメントにおいてフレームシフト変異を含み、これは、Ig遺伝子変換活性の副産物としてみなされたことを示した(Buersteddeら、1990)。現在、この考えは、AID陰性DT40Cre1AID−/−クローン(Ig遺伝子変換活性を失っているはずである)が安定的にsIgM(+)であり続けるという知見により支持される。最も興味深いことに、AID陽性ψVノックアウトクローン(AIDψV部分的およびAIDψV)のサブクローンは、sIgM(−)集団を急速に蓄積する一方で、AID陰性ψVノックアウトクローン(AID−/−ψV部分的およびAID−/−ψV)のサブクローンは、sIgM(+)を維持する(図2Aおよび2B)。このことは、偽遺伝子の欠失が、AID発現細胞において、有害な軽鎖の変異の比率を劇的に増大することを示唆する。
【0069】
(ψVドナーが無い状態での、過剰変異によるIg遺伝子変換の置き換え)
新規に同定された変異活性を分析するために、ψVノックアウトクローンの再配列された軽鎖VJセグメントを、サブクローニングから5〜6週間後に、配列決定した。全部で135ヌクレオチドの変更(図4A、表1)を、AIDψVクローン由来の95個の配列内のVリーダーとJ−Cイントロンの5’端との間の0.5kbの領域において見出した(図3、参照配列の上)。野生型DT40細胞に見られる変換トラクトとは対照的に、ほぼ全ての変更は、単一の塩基置換であり、少数の短い欠失およびジヌクレオチド変更以外に、変異のクラスターは観察されなかった。再配列されていない軽鎖遺伝子座のψV遺伝子をなお含むAIDψVにおける変換の事象の欠如は、Ig遺伝子変換が、再配列された軽鎖遺伝子の多様化のために、同一の染色体上のψV遺伝子のみを補充することを確かにした(Carlsonら、1990)。AID−/−ψVクローン由来の95個の軽鎖遺伝子配列の収集物において、配列の多様性は見出されなかった(図4A、表1)。このことは、AIDが変異活性のために必要とされることを示す。
【0070】
AIDψV部分的クローンに由来する配列は、たまに、残存するψV1およびψV2により起因され得る変異のストレッチを示す(図3、参照配列の下)。それにもかかわらず、AIDψV部分的の変異の大部分は、AIDψV細胞により見られるような、単一の鋳型されない塩基置換である(図4A、表1)。おそらくPCRアーチファクトである3塩基置換のみが、AID−/−ψV部分的クローンの92個の配列において見出された。このことは、遺伝子変換およびAIDψV部分的の変異活性の両方がAID依存的であることを確かにした。
【0071】
(ψVノックアウトクローンの新規の変異活性は、体細胞の過剰変異に酷似する)
ψVノックアウトクローンにおいて発見された単一のヌクレオチド置換が優勢なIg変異活性は、体細胞の過剰変異がIg遺伝子変換にとって替わったことを示唆する。しかしながら、AIDψV部分的クローンおよびAIDψVクローンにおけるヌクレオチド置換と胚芽中心のB細胞におけるIg過剰変異との間に相違がある。ここで、これらのクローンは、A/T塩基においてほとんど変異を示さず、トランスバージョン変異への偏りを示す(図4B)。
【0072】
代表的に、Ig過剰変異は、V(D)Jセグメントの相補性決定領域(CDR)への偏りを伴って、転写された遺伝子の配列の1kb以内に限局化する一方で、C領域の下流において変異が存在しないか、または少数の変異が存在する(LebecqueおよびGearhart、1990)。AIDψVクローンにおける変異が同様の分布に従うか否かを調べるために、配列分析を、再配列された軽鎖遺伝子のプロモーター領域およびJ−Cイントロンまで拡大した(図5)。変異は、プロモーターの近傍およびJセグメントの下流のイントロン内において見出されるが、頻度のピークは、明らかにCDR1およびCDR3(これらはまた、DT40における遺伝子変換が生じやすい部位である)と一致する(未公開結果)。全点変異のおよそ半分が、RGYW(R=A/G;Y=C/T;W=A/T)配列モチーフ内またはその相補的なWRCY内に収まる(図4C)。これらは、ヒトおよびマウスにおけるIg過剰変異のホットスポットとして公知である。
【0073】
RAD51パラログの欠失が、DT40においてIg過剰変異を誘導することが以前に報告された(Saleら、2001)。ψV遺伝子陰性バックグラウンドおよびRAD51パラログ陰性バックグラウンドにおいて過剰変異活性を比較するために、XRCC3遺伝子を、DT40Cre1クローンにおいて破壊し、そして再配列されたVJ遺伝子を、サブクローニングから6週間後に配列決定した。AIDψVクローンにおける変異スペクトルおよび以前に報告されたもの(Saleら、2001)と類似して、XRCC3−/−細胞由来の配列における変異は、トランスバージョンへの偏りおよびA/T塩基における変異の欠如を示す(図4B)。それでもなお、XRCC3変異体における変異率は、AIDψVクローンにおけるものの約1/2.5倍、そして野生型DT40およびAIDψVクローンと比較すると、XRCC3変異体は、明らかに増殖の遅い表現型であった(図4D)。
【0074】
AIDψVクローンにおいて、sIgMの発現の欠失をもたらす変異を同定するために、選別されたsIgM(−)細胞由来の94個の軽鎖cDNAを増幅し、配列決定した。この収集物において、1つの短い挿入および5つの欠失が検出された(表1)が、245個の全ての変異のうちの89%は、VJセグメント内の単一ヌクレオチド置換である(図5)。驚くべきことに、ほんの約10%の配列が、停止コドンまたはフレームシフトを含み、sIgM(−)発現の欠失が主に、Ig軽鎖タンパク質およびIg重鎖タンパク質の対合に影響するアミノ酸置換によりもたらされることを示唆した。
【0075】
(過剰変異のIg遺伝子座特異性)
線維芽細胞(Yoshikawaら、2002)およびB細胞ハイブリドーマ(MartinおよびScharff、2002)におけるAIDの高発現が、トランスフェクトされた導入遺伝子において頻繁な変異を誘導することが報告されている。偽遺伝子の欠失が全体的な過剰変異性の表現型を誘導したことを除外するために、B細胞特異的マーカーBu−1および翻訳延長因子EF1αをコードする遺伝子の5’端を、AIDψVクローンについて配列決定した。唯一の1bp欠失のみが、Bu−1遺伝子の95個の配列内において見出され、そして2つの単一ヌクレオチド置換がEF1αの89個の配列内において見出された(表1)。これらの変更は、多分PCRアーチファクトを示すので、このことは、ψV欠失により誘導される過剰変異がIg遺伝子座特異的であるという考えをさらに支持する。
【0076】
(考察)
これらの結果は、偽遺伝子近傍のドナーの欠失が、DT40においてIg遺伝子変換を無効にし、かつ、Ig過剰変異に酷似する変異活性を活性化することを示す。この新規の活性と体細胞の過剰変異との間で共有される特徴としては以下が挙げられる:1)AID依存性、2)単一ヌクレオチド置換が優勢であること、3)5’転写領域内の変異の分布、4)ホットスポットについての偏り、および5)Ig遺伝子特異性。インビボにおけるIg過剰変異についての相違は、A/T塩基における変異が相対的に欠如していること、およびψVノックアウトクローンにおいてトランスバージョン変異が優勢であることのみである。しかしながら、この相違はまた、過剰変異性EBVで形質転換されたB細胞株(BachlおよびWabl、1996;Failiら、2002)およびRAD51パラログのDT40変異体(Saleら、2001)においても見られ、このことは、Ig過剰変異性の活性の一部が、形質転換されたB細胞株において失われていることを示す。興味深いことに、AIDψVクローンにおけるIg過剰変異の比率は、DT40Cre1の祖先におけるIg遺伝子変換の比率よりも高いようである。このことに対する説明は、数個の変換トラクトが、同一のドナーおよび標的配列のストレッチに限定され、したがって何の痕跡も残さないことであり得る。
【0077】
Ig遺伝子変換のブロックによるIg過剰変異の誘導は、どのようにして過剰変異と組換えとが開始され、そして調節されるかを説明する単純なモデルを支持する(図6)。これらの事象の始めには、AIDにより直接的または間接的のいずれかで誘導される、再配列されたV(D)Jセグメントの改変がある。近傍のドナーの欠如または高い相同組換え活性の欠如において、この損傷部位の初期設定のプロセシングは、単一ヌクレオチド置換の形態でのIg過剰変異を誘導する(図6、右側)。しかしながら、ドナー配列が利用可能である場合、AIDにより誘導された損傷部位のプロセシングは、Ig過剰変異へのシフトが依然として可能である、鎖の交換前の段階、およびIg遺伝子変換に向かう方針が定まった、鎖の交換後の段階に分かれ得る(図6、左側)。この第一の段階の完成は、RAD51パラログの関与を必要とする一方で、この第二の段階には、RAD54タンパク質のような他の組換え因子が関与する。
【0078】
方針におけるこの相違は、なぜ、RAD51パラログの破壊は、Ig遺伝子変換を減少させるだけではなく、Ig過剰変異を誘導する(Saleら、2001)一方で、RAD54遺伝子の破壊は、Ig遺伝子変換を減少させる(Bezzubovaら、1997)のみであるのかを説明する。このモデルはまた、細胞の相同組換え活性が低いことが、変換ドナーの存在下においてさえもIg遺伝子変換を防止することを予測する。このような相同組換えの低い活性は、ヒトB細胞およびマウスB細胞が、再配列されていないVセグメントの形態の近接する候補ドナーが存在するにもかかわらず、Ig遺伝子変換を決して使用しないこと、ならびに胚芽中心のB細胞が、Ig遺伝子変換からIg過剰変異へシフトしたことの理由になり得る(Arakawaら、1998)。
【0079】
AIDおよびψVノックアウトDT40クローンは、Ig遺伝子変換および過剰変異に対するトランス作用性因子およびシス作用性調節配列の役割に対処するための強力な実験系である。代替的な動物系または細胞培養系と比較して、この系は、以下の利点を提供する:1)Ig遺伝子変換およびIg過剰変異の平行分析、2)条件的なAID発現、3)遺伝子ターゲティングによる簡単なゲノム改変、4)正常な細胞増殖および修復効率、ならびに5)過剰変異のIg遺伝子座特異性。DT40細胞株において、遺伝子特異的な過剰変異を誘導する能力はまた、生物工学において用途を見出し得る。1つの可能性は、ニワトリの抗体をコードする領域をそのヒトの対応するものと置き換え、次いで、Ig過剰変異により継続的に発達するレパートリー由来の抗体親和性の成熟を刺激することである。
【0080】
(2.遺伝子変換および過剰変異による、GFPのインビボ標的変異誘発)
緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードする遺伝子は、本発明の細胞系(特にDT40細胞株)を使用して遺伝的に多様化され得る標的核酸の一例である。標的組込みによりIg軽鎖遺伝子座に挿入されたGFP遺伝子は、過剰変異に供され、そして色、強度および半減期に関するその活性は、時間とともに発達する(図7B)。過剰変異と遺伝子変換との組み合わせが、これらのGFP活性を改変するために使用される場合、GFPに対する遺伝子変換ドナーとしての役割を果たし得る改変GFP配列もまた、Ig遺伝子座に挿入される(図7D)。
【0081】
Ig軽鎖VJ遺伝子を任意の核酸標的により置き換えることを可能にするIg VJ置換ベクター(pVjRepBsr)が、図7Aに示される。変異誘発に対する潜在的な標的は、SpeI部位(XbaI部位、NheI部位、AvrII部位およびSpeI部位と互換性である)へクローニングされ得る。例えば、GFP遺伝子は、pVjRepBsrを使用する標的組込みによりIg軽鎖遺伝子座に挿入され得る。Ig ψV遺伝子の軽鎖遺伝子座を任意の核酸標的により置き換えることを可能にするψV遺伝子ドナー置換ベクター(pPseudoRepBsr)が、図7Cに示される。強力な遺伝子変換ドナーは、NheI部位またはSpeI部位(XbaI部位、NheI部位、AvrII部位およびSpeI部位と互換性である)のいずれかへクローニングされ得る。NheI部位は、2つのloxPの間に位置するため、この部位は、条件的なノックアウト設計のために使用され得る。pPseudoRepGptおよびpVjRepBsrを使用する段階的な標的組込みにより、ψV遺伝子は、ψGFP遺伝子およびその改変体(例えば、ψCFP:青色蛍光タンパク質およびψYFP:黄色蛍光タンパク質)により置き換えられ得、そしてVJ遺伝子は、GFP遺伝子の遺伝的多様化をモニターするためのフレームシフト変異を保有するGFP(FsGFP)により置き換えられ得る。FsGFPにおけるフレームシフトは、テンプレートとしてのψGFP、ψCFPおよびψYFPの遺伝子変換により修復されることが予想される。加えて、この遺伝子は、さらに過剰変異により多様化される。
【0082】
【化2】

【0083】
【化3】

【0084】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
明細書中に記載の発明。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−210229(P2012−210229A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−172914(P2012−172914)
【出願日】平成24年8月3日(2012.8.3)
【分割の表示】特願2006−553570(P2006−553570)の分割
【原出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【出願人】(501357201)ヘルムホルツ ツェントゥルム ミュンヘン ドイチェス フォルシュングスツェントゥルム フューア ゲズントハイト ウント ウムヴェルト (ゲーエムベーハー) (4)
【Fターム(参考)】