説明

遺体処置用組成物および処置法

【課題】 高吸水性樹脂を用いているにも拘わらず長期保存性に優れ、かつ、使用時にはガス圧を用いて容易に遺体内に注入でき、体液と接触すると瞬時に固化し漏れを確実に防止できる、総合的に優れた遺体の体液漏れ防止用組成物と漏れ防止処置法を提供すること。
【解決手段】 遺体処置用組成物は、精油または植物油を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末をエアゾール缶の中において分散させたものである。遺体からの体液漏れ止め処置法は、精油または植物を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末を分散させた遺体処置用組成物をエアゾール状態で遺体の内部に注入する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺体の体液漏出防止に関し、手間を要することなく瞬時に体液を固化(ゲル化)させて漏出を防止することができ、かつ、同時に体内菌の増殖を抑制し、消臭と腐敗抑制の効果を奏する組成物、および、この組成物を遺体内に容易に注入する処置法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者は、遺体の鼻や口に綿球を詰めるという従来から実施されている遺体の体液漏れ止め方法に代わる手法として、自重の数百倍もの水を吸収してゲル化する能力を有する高吸水性樹脂を用いる着想を得て、新規な提案を行い、実用化を図ってきた。
【0003】
まず、下記特許文献1により、高吸水性樹脂の微粉末を針なしの注射器に詰め、これを鼻や耳に注入することによる体液漏れ止め法を提案した。
【0004】
次いで、下記特許文献2により、作業性を向上させるため、高吸水性樹脂の微粉末を軟質ポリ塩化ビニルのチューブに詰めておき、これにガス・スプレー缶を接続して、ガス圧で瞬時に高吸水性樹脂の微粉末を遺体の体内に注入する方法を提案した。
【0005】
下記特許文献2により提案した方法は、実用化されており高い評価を得ているが、次のような問題もあった。チューブ先端のキャップを外し、一端をスプレー缶の噴射口に接続し、他端を遺体の鼻等に注入する際に、チューブを下に向け過ぎて高吸水性樹脂の微粉末がこぼれ落ちることがあった。また、挿入時のガス圧で、チューブが噴射口から外れるなどの操作性に問題があった。
【0006】
また、高吸水性樹脂の微粉末を詰めた軟質ポリ塩化ビニルチューブは、ゴム製キャップをはめて、ポリエチレン製の袋に包装して保管されるが、保管中に湿気によって凝集し、ガス圧による挿入が困難になることがあり、長期保存性に問題があった。これは、袋の中の湿気だけでなく、軟質ポリ塩化ビニルチューブに吸着された水分にも起因しているものと考えられる。
【0007】
本発明者以外からも、下記特許文献3に開示されたように、高吸水性樹脂をエタノールのような溶媒に分散させてゼリー状にしたものを注射器に詰めて保管するという提案があった。保管中の凝集の問題は解消するが、高吸水性樹脂が溶媒に取り囲まれているために、遺体の中で体液と接触してもゲル化するまでにかなりの時間を要するという、より大きな問題があり、上記の諸問題点を本質的に解決したものとはならない。
【特許文献1】特開平10−298001号公報
【特許文献2】特開2002−315792号公報
【特許文献3】特開2002−275001号公報
【特許文献4】特許第3456848号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような従来の問題点を解決して、高吸水性樹脂の微粉末を用いているにも拘わらず長期保存性に優れ、かつ、使用時にはガス圧を利用して容易に遺体内に注入でき、体液と接触すると瞬時に膨潤して漏出を確実に防止でき、総合的に優れた遺体の体液漏出防止用組成物と漏出防止処置法を提供するために考えられたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の遺体処置用組成物は、精油または植物油を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末をエアゾール缶の中において分散させたものである。
【0010】
本発明の遺体からの体液漏れ止め処置法は、精油または植物を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末を分散させた遺体処置用組成物をエアゾール状態で遺体の内部に注入する方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の遺体処置用組成物によると、精油または植物油を溶解させた液化ガス中に高吸水性樹脂の微粉末を混入してエアゾール缶に封入しているので、液化ガスの粘性率が高くなり、エアゾール缶を振って高吸水性樹脂の微粉末を一度分散させると、懸濁液の状態を長時間持続でき、処置時間に余裕を持たせることができる。
【0012】
精油を溶解させた液化ガス中に高吸水性樹脂の微粉末を混入してエアゾール缶に封入したものによると、体液の漏出防止とともに体内菌の増殖を抑制できるので、消臭と腐敗抑制の効果を奏することができる。
【0013】
本発明の遺体の処置法によると、エアゾール缶の中において、高吸水性樹脂の微粉末を液化ガスに分散させることにより、高吸水性樹脂の微粉末に流動性が付与され、均一なエアゾール状態で噴出させることができるので、高吸水性樹脂の微粉末をそのまま扱う従来のものに比して取扱いが簡単であり、熟練を要することなく遺体の体液漏出処置を簡単に実施することができる。
【0014】
従来より、消臭・腐敗抑制剤の注入処置は、体液漏れ止めの処置とは別に実施されていたが、本発明の体液漏れ止め用の高吸水性樹脂の微粉末に消臭・腐敗抑制剤をあらかじめ加えておくことにより、体液の漏れ止めと消臭・腐敗抑制の処置が一度で済ませることができて効率化を図ることができる。
【0015】
さらに、本発明の遺体に処置法によると、以下の3つの効果を奏することができる。
(1) エアゾール缶の噴射口に接続されたチューブの中を高吸水性樹脂の微粉末がガス圧で流れて遺体に注入されるので、チューブの中が空であるから抵抗はなく、エアゾールの圧力でチューブがはずれることはない。
(2) 押ボタンを押さない限り高吸水性樹脂が缶の外に出ることはないので、遺体に挿入する際にチューブを下に傾けても高吸水性樹脂の微粉末が漏出するという失敗の虞はなく、操作性は大幅に向上し、処置時間は短縮され、失敗も実質皆無になる。
(3) 高吸水性樹脂の微粉末は、外気の湿気から完全に遮断した状態でエアゾール缶の中に入れられ、吸湿性のない液化ガス中に分散した状態で保管されているので、保管中に凝集することが実質皆無であり、長期の保存性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のエアゾール用組成物は、液化ガスを溶媒として精油または植物油を溶質とした溶液中に高吸水性樹脂の微粒子を分散させたものである。
【0017】
本発明のエアゾール用組成物において用いる高吸水性樹脂の種類は、自重の100倍程度以上の吸水能力を有するものであれば、特に制約はない。しかし、エアゾール状に噴霧するという観点から、形状が球状の微粒子が望ましく、ポリアクリル酸ナトリウム系樹脂やビニルアルコール/アクリル酸共重合体、デンプン系改質物が適している。
【0018】
ここでいう「エアゾール」とは、必ずしも厳密なエアゾールを意味するものではなく、気化した液化ガスとともに高吸水性樹脂の微粉末が噴出する状態を表現したものである。
【0019】
本発明において用いる高吸水性樹脂の微粒子の粒径は、エアゾール化する際のバルブのステムオリフィスの大きさにより左右されるので特に規定はしないが、ステムオリフィスが0.5mm程度の孔径を有する場合には、150メッシュの篩いを通過する粒径が好ましい。
【0020】
液化ガスについても、特に制約はなく、LPG、ブタン、フロン、ジメチルエーテル(DME)およびこれらの混合物が使用できる。ただし、ジメチルエーテルは微量の水分を含むことがあり、高吸水性樹脂が凝集しないように注意を要する。また、フロンは噴射圧力が強いために作業性が良いとは言えない。LPGおよびブタンは、可燃性である点を除けば特に問題はなく、最も適している。
【0021】
エアゾール缶の中において、液化ガス中に固体の微粉末が底に沈殿していると、エアゾール缶の押ボタンを押したとき、初めに液化ガスだけが噴出し、次いで高濃度の固体懸濁液が噴出するのでエアゾール缶の噴出口が詰まりやすい。エアゾール缶の押ボタンを押す前に良く振るのは、中の液を均一な懸濁液にするためであり、固体エアゾールの使用法の常識である。
【0022】
また、液化ガス中において、高吸水性樹脂の微粉末の分散を良くし、均一な懸濁液の状態を長く持続させるために、高吸水性樹脂の微粉末の粒径を十分小さく4μm程度のものとすれば、5秒間程度、均一な懸濁液の状態を保つことができる。しかし、処置に際して、均一な懸濁液の状態を保つ期間が、さらに長いことが望ましい。
【0023】
そこで、均一な懸濁液の状態を長く持続させるために、微量の分散剤を配合することが知られている。分散剤としては、例えば、ソルビタンセスキオレエート、ポリオキシエチレングリコールモノイソステアレート等の界面活性剤、イソプロピルミリステート、ミネラルオイル、レシチン、スクワラン等が知られている。このように、分散剤を添加すると、均一な分散状態を保つ時間が30秒程度に長くなり、操作に余裕が生じ、また、多少粒径が大きい高吸水性樹脂微粉末も使用可能になる。
【0024】
しかし、分散剤に僅かでも水分が含まれると、高吸水性樹脂の微粉末が凝集してエアゾール缶の噴出口を詰まらせることがある。また、LPG、ブタン、フロン、ジメチルエーテルなどの液化ガスは、比重が小さく、かつ粘性率が低いので、液化ガス中に分散された高吸水性樹脂の微粉末は沈降し易い。
【0025】
そこで、透明な耐圧容器に、液化ガス(LPGガス40mL)、精油(サリチル酸メチルと樟脳油の混合物、質量比=1/1:10mL)、および高吸水性樹脂粉末[サンフレッシュST−500MPSA(サンダイヤポリマー株式会社製)30g]を封入し、よく振って高吸水性樹脂粉末を分散させた状態で放置したところ、液化ガス中に分散された高吸水性樹脂の微粉末が懸濁液の状態を30秒間以上持続することが確認できた。
【0026】
対比するために、透明な耐圧容器に、液化ガス(LPGガス40mL)および高吸水性樹脂粉末[サンフレッシュST−500MPSA(サンダイヤポリマー株式会社製)30g]のみを封入したものを作成したところ、余程強く振らないと均一に分散せず、懸濁液の状態は5秒程度しか持続でなかった。
【0027】
このように、精油を液化ガスに溶解させておくと、液化ガスの粘性率が高くなって、混合した高吸水性樹脂の微粉末の沈降を抑制するものと考えられる。そこで、サリチル酸メチル、樟脳油、ハッカ油、リモネンについて、それぞれ単独に同様の実験を行ったところ、高吸水性樹脂の微粉末の沈降を抑制することが確認できた。
【0028】
精油は、バクテリア、カビ、寄生虫、昆虫などを死に至らせるか、発育、増殖を阻止する作用があるので、本発明者が上記特許文献4で開示したように遺体処置洋消臭剤として使用されている。この精油を使用することにより、精油が消臭・腐敗抑制剤として作用し、ドライアイスなしでも、火葬までの期間の遺体の腐敗を抑制することができる。
【0029】
また、植物油(大豆油、ごま油、菜種油、サラダ油)についても同様の実験を行ったところ、高吸水性樹脂の微粉末の沈降を抑制できることが確認できた。したがって、遺体の消臭・腐敗の抑制を必要としない場合には、安価な植物油を使用してもよいのである。
【0030】
これらの沈降抑制剤としては、液化ガス中に溶解・分散するものであって、水分を含まない人畜無害のものであれば特に制約はない。
【0031】
エアゾール缶に用いるバルブは、ステムにステムラバーによる粉体の掻き落とし機能を付加した粉体バルブを用いることが有効である。通常のバルブでも、ステムオリフィスの孔径と吸収性ポリマーの粒径の組み合わせによっては問題なく噴霧させることも可能であるが、粉体の掻き落とし機能が付いたものが、より広範囲の組み合わせ(バルブのステムオリフィス径と吸収性ポリマーの粒径の組み合わせ)で安定した使用が可能となる。
【0032】
処置を実施する際には、
(1) エアゾール缶の噴出口に軟質ポリ塩化ビニル製チューブを接続して、エアゾール内容物を遺体内部に噴出できるように準備する。
(2) エアゾール缶を良く振る。
(3) チューブの先端を約2cmを遺体の口に挿入して、エアゾール缶の押ボタンを1〜2秒間押す。
(4) チューブを遺体の口から抜き出す。
(5) 以下、同様に上記(2)〜(4)の処置を各部位について繰り返す。
【0033】
なお、処置を実施する際に、処置者がエアゾール缶の噴出口に軟質ポリ塩化ビニル製チューブを接続してもよいが、製造段階であらかじめ接続しておけば、処置者の作業上の負担を軽減できる。チューブの材質は挿入に適した柔軟性のものであれば、特に規定するものではないが、透明であって、廉価な軟質のポリ塩化ビニルが好ましい。
【0034】
以下、本発明の実施例を説明する。遺体への処置は、大学病院において、専門家により実施されたものである。
【0035】
(実施例1)
サンフレッシュST−500MPSA(サンダイヤポリマー株式会社製)30gと消臭・腐敗抑制剤(サリチル酸メチルと樟脳油の混合物。質量比=1/1)10mLをブリキ製AE100YN45エアゾール缶に入れ、C(B)31644(0.5×2)×082バルブ(株式会社丸一製の粉体バルブ)を嵌め、LPG0.2MPaガス40mLを入れた後、押ボタンを取り付けた。
【0036】
このエアゾール缶の噴射口に、内径3mm、外径6mmの軟質ポリ塩化ビニル製チューブの一端を接続し、他端を遺体の鼻の中に約2cm挿入した。この状態で押ボタンを一押しすることで、エアゾール化した高吸収性樹脂および消臭・腐敗抑制剤混合物がスムーズに遺体内に注入できた。この操作は作業性が良く、また、十分な体液漏れ防止効果も認められた。加えて、火葬に付されるまでの3日間、夏期でもドライアイスなしで腐敗臭の発生は感じられなかった。
【0037】
(実施例2)
実施例1におけるサリチル酸メチルと樟脳油の混合物の代わりに、大豆油0.5mLを添加したエアゾールを調製した。
【0038】
効果を確かめるために次のようなモデル実験を実施した。調製したエアゾール缶にチューブを接続し、水500mLを入れたPETボトルの中にチューブの先端を入れて押しボタンを押し、高吸水性樹脂を噴射できるかどうか、および、水をゲル化させ得るかどうかを確認した。実験したところ、缶を強く振って30秒放置してから噴射しても問題なく噴射でき、PETボトルの水がゲル化した。
【0039】
(実施例3)
実施例1におけるサリチル酸メチルと樟脳油の混合物の代わりに、ミネラルオイル0.2 gを添加したエアゾールを調製した。実施例2と同様の実験を実施し、缶を強く振って30秒放置してから噴射しても問題なく噴射でき、PETボトルの水がゲル化した。
【0040】
(実施例4)
実施例1におけるサリチル酸メチルと樟脳油の混合物の代わりに、ラノリン0.2gを添加したエアゾールを調製した。実施例2と同様の実験を実施し、缶を強く振って30秒放置してから噴射しても問題なく噴射でき、水がゲル化した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
精油を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末をエアゾール缶の中において分散させたことを特徴とする遺体から体液の漏れを止める遺体処置用組成物。
【請求項2】
精油が、サリチル酸メチルと樟脳油の混合物であることを特徴とする請求項1に記載の遺体処置用組成物。
【請求項3】
植物油を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末をエアゾール缶の中において分散させたことを特徴とする遺体から体液の漏れを止める遺体処置用組成物。
【請求項4】
高吸水性樹脂がポリアクリル酸ナトリウム系樹脂であることを特徴とする請求項1または請求項3の何れかに記載の遺体処置用組成物。
【請求項5】
精油を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末を分散させた遺体処置用組成物をエアゾール状態で遺体の内部に注入することを特徴とする遺体からの体液漏れ止め処置法。
【請求項6】
精油が、サリチル酸メチルと樟脳油の混合物であることを特徴とする請求項4に記載の遺体からの体液漏れ止め処置法。
【請求項7】
植物油を溶解した液化ガス中に、水をゲル化する能力を有する高吸水性樹脂の微粉末を分散させた遺体処置用組成物をエアゾール状態で遺体の内部に注入することを特徴とする遺体からの体液漏れ止め処置法。
【請求項8】
高吸水性樹脂がポリアクリル酸ナトリウム系樹脂であることを特徴とする請求項5または請求項7の何れかに記載の遺体からの体液漏れ止め処置法。

【公開番号】特開2007−204468(P2007−204468A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−345549(P2006−345549)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【出願人】(591231270)株式会社アゼックス (4)
【Fターム(参考)】