説明

還元型チタン酸化物合成方法

【課題】所望のナノ構造を有するTi、Tiなどの還元型チタン酸化物を合成する。
【解決手段】前駆物質として所望のナノ構造を持たせたルチル型二酸化チタン(図中の(c)、(d))を使用し、これをCaHともに4日〜10日程度350℃で還元することで、前駆物質のナノ構造を維持した還元型チタン酸化物(図中の(a)、(b))を得た。これにより、可視光域を有効利用できる光化学反応、光電気化学反応用ナノ材料を容易に合成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は還元型チタン酸化物の合成に関し、より詳細には前駆物質である二酸化チタンのナノ構造を維持したままで還元型チタン酸化物に変換することができる還元型チタン酸化物合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタン(TiO)は紫外線のみを吸収する半導体であり,光触媒や光電反応に非常に広く使われる材料である。光触媒反応としては,よりエネルギーの高い紫外線の利用も望ましい場面は多い。しかし、光電反応による発電(Gratzel型の光電気化学デバイス)では、光のエネルギーの利用効率を考えた場合,太陽光の43%のエネルギーを占める可視光領域の光を吸収できないのは,大きな課題となっている(非特許文献1、2)。
還元型チタン酸化物とは,Ti2n−1のマグネリ(Magneli)相と呼ばれるn=4〜∞の亜量論酸化物相やTi相,Ti相,TiO相などを指す。これらは上記のTiOとは異なり、可視光領域の光を吸収することができる。また,Magneli相は室温においてもグラファイト並みの非常に高い電気伝導性を示す(1500S/cm程度)(非特許文献3)。Tiは、室温では100S/cm程度の比較的高い電子伝導性を示し、160℃程度以上で金属伝導を示すようになる。このように還元型チタン酸化物は可視光の吸収の点のみならず、電子伝導性も優れているため、電極や導電性フィラーとしての応用も充分に期待されている。
【0003】
しかしながら、酸化雰囲気においては、TiOが最安定構造であり、熱合成によって直接的に還元型チタン酸化物を得るためには、金属チタンや一酸化チタンという特殊な出発物質が必要であることや高い焼成温度、通常800〜1100℃が必要であるため、上記の応用のための微細構造、特にナノ構造、を得ることはできていなかった。また,水素気流中でのTiOの熱還元処理(800〜1100℃)や紫外線レーザー照射による還元法も検討されているが、出発物質と比べて粒子が熱的に成長してしまうため、ナノ構造を得ることは難しい。
【0004】
従来の還元型チタン酸化物合成方法の具体例を以下に示す。
従来の合成法1(非特許文献6、7):TiOの熱還元による合成法。これは高温による還元処理であり、800〜1100℃程度の高温で、還元剤と混ぜて加熱する。還元剤として水素ガスもしくは金属Tiの粉末を用いた合成が行われていた。これらの手法では加熱による粒子の肥大化が顕著であり、ナノ構造を得ることは難しい。
【0005】
従来の合成法2(非特許文献8、9):TiOの紫外線レーザーによる還元による合成法。本方法は薄膜のTiOを還元するのに検討されているものであるが、粒子を出発物質とした場合、上述した従来の合成法1と同じように粒子の肥大化が起こる。
【0006】
改良法1(非特許文献10):レーザーアブレーションを用いてTiO塊から粉末を飛散させて合成を行うものであり、還元型酸化物が混ざった状態のTiOナノ粒子を合成する手法が提案されている。この非特許文献によれば、還元型の粒子を形成できる可能性は示されているが、明確な結晶性が示されていないことや,混合物の一部が還元型であること、一定の相ではないことなど課題が多い。なお、形成される粒子径は10nm以下と、非常に小さい。
【0007】
改良法2(非特許文献2):上記のマグネリ相であるTi15とTiのナノワイヤの合成が報告されている。非特許文献2によれば、出発物質としてHTiを用いて、それを水素気流中で800〜1050℃で焼成することにより,上記のナノ構造体を得るに至ったとされている。本報告では30〜200nmの直径のナノワイヤが得られるとされている。これによれば結晶性はかなり良いものが得られるが、ナノワイヤ以外の形態のものを得られるかどうかは不明であり、また、より還元が進んだTiの方では出発物質と比べて明らかな構造の変化、即ち粒子の成長が見られる。
【0008】
還元型チタン酸化物を上に述べたような応用に実際に使用するに当たっては、TiOの場合(非特許文献5)と同様なナノ構造が必要とされる。しかし、上に例を挙げて説明したように、還元型チタン酸化物にナノ構造を持たせる合成方法はこれまでに確立されていなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、上述した従来技術の問題点を解消し、出発物質からの粒子成長がほとんど見られず、また出発物質の結晶構造は変化してもその形態(morphology)を良好に維持した還元型チタン酸化物を得ることができる新規な還元型チタン酸化物の合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一側面によれば、ルチル型TiOを400℃以下で還元することにより還元型チタン酸化物を合成する還元型チタン酸化物合成方法が与えられる。
ここで、還元剤として少なくとも一種類の水素化物を使用してもよく、またCaH、LiH,NaH,MgH、LiAlH、NaBHからなる群から選ばれた少なくとも一つを使用してもよい。また、還元剤としてCaHを使用し、325℃から400℃の範囲で前記還元を行なってもよい。また、合成される前記還元型チタン酸化物はコランダム構造を有してもよい。また、前記還元を行う時間は4日から10日の範囲としてもよい。また、合成される前記還元型チタン酸化物はTiとTiの少なくとも一方であってもよい。また、合成される前記還元型チタン酸化物はTiであってよい。また、前記ルチル型TiOのナノ構造が前記還元型チタン酸化物において変化しなくてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、出発物質であるTiOのサイズ及び形態を維持しながら還元型チタン酸化物を合成することができるので、出発物質に所望のナノ構造(寸法の1つ以上が1000nm以下、更に好ましくは100nm以下、の構造)を持たせておくことで所望のナノ構造を有する結晶性の良好な還元型チタン酸化物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ナノ構造を持つ酸化チタンからナノ構造を持つ還元型チタン酸化物を合成する過程を示す概略図。従来の還元方法では凝集した粒子ができたが、本発明の低温還元はナノ構造を持つ還元型チタン酸化物をもたらす。
【図2】350℃で4日間、10日間及び15日間還元したTiOナノ粒子のSXRDパターン。垂直マークはTi(上側)及びルチル型TiO(下側)についての許容Braggピーク位置(allowed Bragg peak position)を示す。
【図3】チタン酸化物の結晶構造の概略図。(a)ルチル型構造のTiO、(b)コランダム型構造のTi、(c)マグネリ相のTi。濃色の八面体((a)中の全ての八面体と(c)中の一部の八面体)は稜線共有サイト、淡色の八面体((b)中の全ての八面体と(c)中の一部の八面体)は面共有サイトを示す。
【図4】ルチル型TiOナノ粒子の還元による生成物(a、b)及びルチル型の前駆物質(c、d)の電子顕微鏡解析結果を示す像。(a、c)はSEM像。差込み図は夫々の粉末の写真。(b、d)は粒子のTEM像及びナノビーム電子線回折パターン。
【図5】TiO及びそれを還元したものから室温で取られた薄膜XRDパターンを示す図。(a)Al製サンプルホルダー。(b)前駆物質である20nm厚Ti薄膜。Siウエハ上にデポジットした薄膜でよく見られるように、Ti層は{001}配向性(六方晶系)を示した。(c)Ti膜を1100℃で酸化して得られたTiO薄膜。この膜も{100}配向性(ルチル型構造)を示した。(d)400℃で1時間還元後のTiO薄膜。この膜もコランダム型構造のTiの(110)面に起因するピークを示したが、これは{110}配向性を示す。グラフ中のアスタリスクマークは確認できないピークを示す。
【図6】薄膜XRD測定によって判定された結晶配向を示す図。(A)ルチル型TiO膜についての{100}配向から、稜線共有TiO八面体より成るルチル連鎖が基板に平行に整列していることがわかった。(B)コランダム型Ti膜についての{110}配向から、ルチル連鎖と同様な稜線共有サイトが基板に平行に整列したままであることがわかった。側面図イメージは面共有サイトが生成されたことによる正方晶系から六方晶系構造への変化を明確に示している。
【図7】350℃で5日間及び400℃で3日間の還元を行う前と後でのアナターゼ型TiOナノ粒子のSXRDを示す図。これらのデータは室温で取ったものである。垂直マークはTi(上側)及びアナターゼ型TiO(下側)の結晶構造から期待されるBraggピークの位置を示す。
【図8】(a)アナターゼ型TiOナノ粒子のTEM像及び選択領域電子線回折パターン。(b〜d)同じ粒子をCaHにより400℃で3日間還元したもののTEM像及び選択領域電子線回折パターン。
【図9】(a)アナターゼ型TiOナノ粒子のSEM像。(b)同じ粒子をCaHにより400℃で3日間還元したもののSEM像。
【図10】還元されたTiO(a)及びルチル型TiO前駆物質(b)のTi 2p及びO 1sの内殻順位(core-level)X線光電子スペクトル。丸いドットは実験で得られたスペクトルを、また他の線は近似曲線を示す。
【図11】バックグラウンド補正前の内殻順位X線光電子スペクトルデータを示す図。(a、c)350℃で10日間還元したTiOのTi 2p及びO 1sの内殻順位X線光電子スペクトル。(b、d)ルチル型TiOのTi 2p及びO 1sの内殻順位X線光電子スペクトル。電荷収集(charge collection)はC 1sを284.8eVにセットして行った。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本願発明者は、ルチル型のTiOを出発物質とし、これを低温においても強い還元力を示す水素化カルシウム(CaH)粉末と混合して従来の還元温度(1000℃近く)より格段に低い温度で反応させることによって、本発明の課題を達成した。この還元反応を行う温度は好ましくは350℃であるが、325℃から400℃の範囲が可能であることを確認した。なお、還元剤としては実施例で使用したCaHの他にも、これらに限定するものではないがLiH,NaH,MgHなどの金属水素化物(メタルハイドライド)や他の水素化物,例えば水素化アルミニウムリチウム(LiAlH)や水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)が使用可能である。
【0014】
実験とその解析により、ルチル型のTiOを本発明による低温での還元を行うことで、マグネリ相のTiを経由してTiを合成できることがわかった。マグネリ相はルチル型TiOと結晶構造の骨格が類似しているため、Tiまで形態変化を伴わない還元が進行する。このようにしてTiを合成し、更なる還元によってTiとすることで、粒子の構造が壊れる、すなわち凝結して粒子の肥大化が起こることが防止される。
【0015】
上記反応により、出発物質のルチル型TiOをナノ粒子とすることで、その形態やサイズはそのままに維持して、内部の結晶構造のみTiへと変化させることができる。この手法により、他の構造のルチル型TiO、例えばナノワイヤ、を用いた場合においてもナノ構造を維持したままの還元反応が達成できるものと考えられ、上記の応用が可能な還元型チタン酸化物の幅広い合成が可能になるものと言える。
【0016】
所要還元時間は還元する対象のサイズ及び生成すべき還元型チタン酸化物の種類に依存する。以下で説明する実施例の還元対象のナノ粒子をTiまで還元したい場合には10日間の還元を行えば反応は十分に進行し、それ以上長期間の還元を行ってもTiを得るという点では効果はない。Tiが混在した還元型チタン酸化物を得たいのであれば4日で十分である。
【0017】
これとは対照的に、TiOの多型の一つであるアナターゼ型TiOではTiOから直接Tiまで還元され、以下の実施例中でも説明するように、その際に著しい粒子の肥大化を伴う。
【0018】
更に熱力学的な考察を行った結果、従来のような高温での反応では、Ti2n−1(n≧4)のマグネリ相の中で、電子伝導性がグラファイト並みと非常に高いなど最も有用であるTiができにくく、他のTi2n−1(n>4)ができやすいことがわかった。本発明による低温での還元ではTiができやすいことが理論的に導かれ、また実験的にも確認できた。
【0019】
なお、以下の実施例では還元剤としてCaHを使用し還元時間を長くすることにより、最終的には全てTiにまで還元されることを確認し、このような条件では安定的に合成されるのはTiであることを示したが、還元温度、時間、及び/または還元剤を変更することにより、生成されるTiとTiとの比率が変化すると考えられる。特に、Tiの還元作用が比較的弱い還元剤を使用すれば、Tiのみを得ることも可能であると考えられる。なんとなれば、TiからTiへの還元では結晶内部に比較的大きな変化が起こるため、活性化障壁が存在すると考えられ、実際に反応時間を長くすることや温度を上げることでTiのみへと反応が進行することが実験事実として得られているからである。すなわち、弱い還元条件下ではその障壁を越えることができずにTiで反応が停止することが期待される。
【実施例】
【0020】
本発明では、図1に示すようにナノ構造を持つ還元型チタン酸化物をナノ構造を持つTiOから合成する簡単な方法が提供される。以下では、TiOナノ粒子を還元して粒子の成長を伴わずにTiナノ粒子に変化させる実施例を説明する。ここで、前駆物質として、800℃以上で得られる高温相であって室温で不可逆的に安定であるルチル型のTiOナノ粒子(四面体、P4/mnm)を選択した。入手したルチル型のTiOナノ粒子(石原産業株式会社製、10〜30nm)をそのまま使用し、Arで満たしたグローブボックス内で4倍モル過剰の水素化カルシウム(CaH)粉末(Aldrich製、90%)と十分に混合してから、CaHとTiOナノ粒子が更に良好に接触することで還元が均一に進行するようにするため、加圧してペレットに加工してから排気したガラス管内に封じた。このように準備した試料を、途中で粉砕しながら350℃で3通りの期間、すなわち4日間、その後更に6日間(合計10日間)及びその後更に5日間(合計15日間)加熱した。前述の途中での粉砕処理は、これらの期間の境目においてグローブボックス内で行った。CaHは固体還元剤であり、複合遷移金属酸化物からのトポタクティック酸素デインターカレーション(topotactic oxygen deintercalation)を行うために使用されてきた試薬であり(非特許文献12),酸素原子の一部を酸化物格子から除くために応用した。過剰のCaHと副産物のCaOはNHClの0.1Mメタノール溶液により除去した。このようにして得られた最終生成物を空気中で乾燥し、還元型チタン酸化物で典型的に見られる黒色の粉末(非特許文献7)を得た。得られた還元型チタン酸化物及び前駆物質のSEM像、粉末の写真、TEM像及びナノビーム電子線回折パターンを図4に示す(詳細は後述)。
【0021】
図2は、ルチル型TiOである前駆物質と還元生成物から、SPring−8のNIMSビームライン(BL15XU)で得られた(λ=0.65298Å)シンクロトロン粉末X線回折(SXRD)パターンの比較を示す。SXRDパターンの測定は、直径0.2mmのガラスキャピラリー中に封止されたサンプルに対して上記ビームラインに設置された大型のDebye-Scherrerカメラを使用して室温で行った。偏向磁石からの入射ビームを0.65298Åの波長に単色化し、イメージングプレートを検出器として使用した。SXRDデータは2θが0°から55°までの範囲で0.003°ステップで取られた。
【0022】
還元後に、SXRDパターンは大きく変化した。生成物の主要なピークは全て格子定数がa=5.0745(4)Å、c=13.7516(12)Åの六方晶系に簡単に指数付けされた。この格子定数はコランダム型Ti相(六方晶系、R−3c、図3(b)参照)に対応する。バルクTiについてのこれらの値(a=5.1570(4)Å、c=13.610(1)Å)と比較すると、この格子はa軸方向にかなり収縮し、c軸方向に膨張していた。この現象が起きた理由は、おそらくは低温での反応なので格子変換によって引き起こされた応力を緩和できず、更にはこのような格子に残留した応力が別の特徴をもたらしたためであると考えられる(非特許文献13)。4日間の還元後の少量の相として、Tiのマグネリ相(三斜晶系、I−1、図3(c)参照)によるものであるいくつかの弱い反射もまた見られたが、少なくとも6日間更に還元することにより、これらが完全に消失したことに注意する必要がある。
【0023】
これらの結果より、前駆物質であるTiOは成功裏にTiへと還元され、その結晶構造は正方晶系から六方晶系へと変換されたと結論付けられる。興味深いことに、この過程で可能な中間体、つまりマグネリ相であるTi2n−1(n>4)は観察されず、また、使用された温度が低いことと粒子が小さいことを考慮すれば、生成物の結晶性と一様性が高いように思われた。これらの中間体はTiO、Ti及びTiに比べて約10倍大きなエントロピーを有していることが報告されているので(非特許文献14)、このようなエントロピーの点ではできやすいマグネリ相が存在しないということは、エンタルピーが本システムのGibbsエネルギーにおいて支配的であることを意味する。すなわち、強力な還元剤であるCaHを使用することで、単に還元速度が大きくなっただけではなく、還元反応が一層エンタルピー志向となった、つまり中間体の量が減少したのである。従って、この低温還元によりこのような比較的一様なTi生成物が得られる。この特徴もまた強力な還元剤を使用した低温還元の重要な側面である。
【0024】
このような結晶構造が形態に与える影響を調べるため、走査型電子顕微鏡(TEM,JEOL製のJEM2100F)及び透過型電子顕微鏡(TEM,JEOL製のJEM2100F)を使用してその微小構造を観察した。図4(a)及び図4(b)に示すように、還元された粉末は幅が約20nmで長さが約50nmの米粒状のナノ粒子で構成されていた。興味深いことには、この形態は先駆物質の形態と全く同じであった。すなわち、この還元処理により粒子の形態を変更することなく酸素原子が取り除かれた。図4に示すナノビーム電子電回折(ED)パターンから、各々の個別の粒子はTiOについての正方晶系EDパターンとTiについての三方晶系EDパターンのいずれかを持つ単結晶ドメインから成っていることがわかった。これらの結果から、SXRDによって判定されるように、ルチル型構造のTiOからコランダム型構造のTiへの変換が裏付けられる。従って、低温還元により前駆物質と全く同じ形態を有し良好な結晶性をもつTiナノ粒子がもたらされたと断定することができる。
【0025】
ナノ形態を維持するこのような独特の還元のメカニズムについては、SXRD測定に基づいて、中間相としてのTiの形成が第1の重要な点であると考えられる。図3に示すように、ルチル型TiOは稜線を共有する八面体連鎖から成り、これらの連鎖は角を共有することによって互いに連結されている。その一方、コランダム型Tiは面を共有するTi八面体二量体から構成され、これらの二量体は角及び稜線共有によって互いに連結されている。TiはTi2n−1(n≧4)の同族列(homologous series)のメンバーであるが、これはコランダム状の層が挟み込まれたルチル型ブロックを有している(図3を参照)。この二重構造の中間体の存在が還元反応の間にナノ形態を維持することに重大な役割を演じているはずである。この考察は、結晶配向したTiO薄膜及びアナターゼTiOナノ粒子の還元から得られた結果によって裏付けられた。{100}配向した、ルチル連鎖が基板に平行に整列しているルチル型構造の薄膜を還元して、{110}配向したコランダム型構造のTi薄膜へ変化させた。コランダム型構造中の面共有サイトはc軸方向に沿って存在するので、このようなサイトは基板に平行に形成されることがわかった。この事実は、ルチル型連鎖の骨組みが、マグネリ相を経由した段階を踏んだ還元によって維持されるという考察と整合性が取れている(図5、図6を参照)。
【0026】
なお、図5に結果を示した薄膜XRD測定(2θ−θ走査)は以下のようにして行われた。装置としてはRINT2500HF(株式会社リガク製)を使用し、単色化された40kV、350mAにおけるCu Kα1を照射した。走査速度は1°/分、走査ステップは0.02°とした。ルチル構造のTiO薄膜は、20nm厚のTi膜を1100℃で12時間空気中でアニールして作製した。Tiの前駆物質膜は、Siウエハー上に電子ビームデポジションにより作製した。このようにして得られたルチル型膜を、CaHにより400℃で1時間還元した。
【0027】
図7〜図9に示すように、アナターゼ型TiO粉末についても還元してコランダム型構造のTiに変化させたが、その形態は維持されなかった。これによっても、マグネリ相を経由した段階を踏んだ還元の重要性を再度確認することができた。
【0028】
アナターゼ型TiO粉末の還元は、具体的には以下のように行った。アナターゼ型TiO粉末(石原産業株式会社製ST−21、直径約25nm)をCaH(Aldrich製、純度90%以上)と混合し、これを真空状態に封止して350℃で5日間、及び400℃で3日間加熱した。生成物をルチル型TiOの還元の際と同様のやり方で洗浄した。
【0029】
このような測定の結果、ルチル型の場合とは対照的に、図7に示すように、350℃で5日間の還元ではアナターゼ型の前駆物質は生成物中の主相として残っていた。また、コランダム型Ti、ブルッカイト型TiO及び未知の相が少量の相として観測された。400℃で3日間の還元を行うと、Tiが主相となり、アナターゼ型TiOは見られなかったが、ブルッカイト型TiO及び未知の相が少量の相として形成された。SXRDパターン中にはマグネリ相からの反射は観測されなかった。これらの結果は、アナターゼ相とルチル相とではTiへ至る反応経路及びその活性化エネルギーが異なることを示唆している。
【0030】
図8のTEM像に示されるように、アナターゼ型の前駆物質の場合の結晶構造のこの変換は重大な不均一粒子成長を引き起こした。この粒子成長は図9に示すSEM像によっても確認された。これに加えて、SXRDパターンから計算されたTiの格子パラメータはa=5.1375(9)及びb=13.641(3)であったが、これはルチル型から得られたTiのパラメータよりもバルクのものの方に近い。
【0031】
チタン金属上の表面に自然にできたTiO層は約8nmの厚さであると報告されている(非特許文献15)ので、Tiのナノ粒子がTiOに酸化される懸念があった。従って、14.0kVでのAl Kα1放射を与えて表面元素状態をX線光電子スペクトル解析(XPS、Thermo Electron Corporation製Theta Probe)によって解析した。
【0032】
より詳細には、XPSは上記装置を使用して以下のように行った。先ず、Arガスを使用して、電荷中和を行った。最初の測定として、広範囲調査スキャン(wide survey scan)により、表面の汚染を調べた。無視できる量のCa種のみがそのような汚染として検出されたが、表面は詳細な検討に十分なだけ清浄であった。このCa種をArエッチングによって完全に除去可能であるのを確認したので、検出されるCa種は残余のCaOによるものである。次に、表面元素状態と組成を解析した。電荷収集(charge collection)はC 1sピークが284.8eVであると設定して行った。Shirley法を使ってバックグラウンドを差し引いた。
【0033】
図10はTi 2p二重項領域(doublet region)及びO 1sピークのスペクトルを示すが、ここでShirley法によるバックグラウンド除去及びC 1sピークを上述のように仮定した電荷収集の後、ピークデコンボリューション(peak deconvolution)を行っている。還元後のスペクトルとTiOのスペクトルとを比較することで、前者の2p二重項ピークは結合エネルギーの低い方の領域で尾を引くことが判った。これはより低い原子価状態が存在することを示している。ピークデコンボリューションのこの尾は明らかにTiのTi3+の存在によるものであるが、これは457.0eVにあるTi 2p3/2についての小さなピークを示す。これに加えて、Ti 2p3/2の主要な鋭いピークが458.2eVに存在したが、これはTiOスペクトル中で観察されたように(458.4eV)、Ti4+によるものだと考えられ、表面に自然にできた2nm未満のTiO層の存在を意味する(この場合のXPSの深さ分解能である約2.1nmを考慮)(非特許文献16)。Ti3+/Ti4+の比はピーク面積から約34%であると判定された。従って、このような表面TiO層はナノ粒子のTi相が空気によって更に酸化するのを防止していた。O 1sピークについては、還元されたものと前駆物質のスペクトルは非常に似ていて、酸化チタン中のO原子によるものである約530eVに位置する大きなピークと、恐らくは表面欠陥サイトに基づくOH種によるものである532eV付近に位置する小さなピークから成っていた(非特許文献16)。
【0034】
以上で説明したように、ルチル型TiOナノ粒子をCaH粉末により350℃という低温で還元することで、還元前と同じ形態のコランダム型Tiナノ粒子を得た。
【産業上の利用可能性】
【0035】
以上詳細に説明したように、本発明により酸化チタンからそのナノ形態を維持したままで還元型チタン酸化物を合成する方法が与えられたので、例えばメソポーラス二酸化チタンからメソポーラス還元型チタン酸化物を合成するなどの多様な形態の還元型チタン酸化物合成への道が開かれた。これにより、本発明は還元型チタン酸化物の太陽電池、燃料電池その他の多様な分野への応答に大いに貢献するものと期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0036】
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【非特許文献12】Hayward, M. A.; Cussen, E. J.; Claridge, J. B.; Bieringer, M.; Rosseinsky, M. J.; Kiely, C. J.; Blundell, S. J.; Marshall, I. M.; Pratt, F. L. Science 2002, 295, 1882-1884.Tsujimoto, Y.; Tassel, C.; Hayashi, N.; Watanabe, T.; Kageyama, H.; Yoshimura, K.; Takano, M.; Ceretti, M.; Ritter, C.; Paulus, W. Nature 2007, 450, 1062-1065.Poltavets, V. V.; Lokshin, K. A.; Dikmen, S.; Croft, M.; Egami, T.; Greenblatt, M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 9050-9051.
【非特許文献13】Tobia, D.; De Biasi, E.; Granada, M.; Troiani, H. E.; Zampieri, G.; Winkler, E.; Zysler, R. D. J. Appl. Phys. 2010, 108, 104303.
【非特許文献14】Podshivalova, A. K.; Karpov, I. K. Russ. J. Inorg. Chem. 2007, 52, 1147-1150.
【非特許文献15】McCafferty, E.; Wightman, J. P. Appl. Surf. Sci. 1999, 143, 92-100.
【非特許文献16】Pouilleau, J.; Devilliers, D.; Groult, H.; Marcus, P. J. Mater. Sci. 1997, 32, 5645-5651.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルチル型TiOを400℃以下で還元することにより還元型チタン酸化物を合成する、還元型チタン酸化物合成方法。
【請求項2】
還元剤として少なくとも一種類の水素化物を使用する、請求項1に記載の還元型チタン酸化物合成方法。
【請求項3】
還元剤としてCaH、LiH,NaH,MgH、LiAlH、NaBHからなる群から選ばれた少なくとも一つを使用する、請求項2に記載の還元型チタン酸化物合成方法。
【請求項4】
還元剤としてCaHを使用し、325℃から400℃の範囲で前記還元を行う、請求項3に記載の還元型チタン酸化物合成方法。
【請求項5】
合成される前記還元型チタン酸化物はコランダム構造を有する、請求項1から4の何れかに記載の還元型チタン酸化物合成方法。
【請求項6】
前記還元を行う時間は4日から10日の範囲である、請求項4に記載の還元型チタン酸化物の合成方法。
【請求項7】
合成される前記還元型チタン酸化物はTiとTiの少なくとも一方である、請求項1から6の何れかに記載の還元型チタン酸化物の合成方法。
【請求項8】
合成される前記還元型チタン酸化物はTiである、請求項7に記載の還元型チタン酸化物の合成方法。
【請求項9】
前記ルチル型TiOのナノ構造が前記還元型チタン酸化物において変化しない、請求項1から8の何れかに記載の還元型チタン酸化物の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−214348(P2012−214348A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81599(P2011−81599)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】