説明

酒母の製造方法

【課題】発酵飲料を製造した場合に、香気成分のバランスの優れた発酵飲料を提供することの出来る酒母を、順応のための発酵を経ずして迅速に得る培養法を提供する。
【手段】酒母の原料とする酵母を、亜鉛、鉄およびマグネシウムからなる群から選択されるミネラルを含む培養液中で酸素の供給量を制限しつつ培養して増殖させること、不活性ガスを含む気体を供給して培養液中の溶存炭酸ガスを追い出しつつ、酵母数が培養開始時の3〜40倍になるまで培養して酒母とすることを特徴とする、発酵飲料製造のための酒母の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒母の製造方法に関する。特に、短期間に効率的に酵母を増殖させ、香味特性の優れた発酵飲料を生成し得る酒母を得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵飲料の生産において発酵に使用されるときの酵母は酒母と呼ばれる。発酵飲料の実生産に使用される大量の酵母(即ち、酒母)は、試験管等の小規模培養液として維持された酵母株から段階的に容量を拡大して培養することによって得られる。この際、通常は酸素ないしは空気を供給しながら培養することによって増殖効率を上げている。
【0003】
しかしながら、こうして得られた酵母は発酵速度が遅く(アルコールの生成速度が遅く)、それを用いた発酵によって得られる発酵飲料の香気成分バランスも悪いなど、その性質は必ずしも発酵に適したものではない。そのため、小スケールの培養液から増やした酵母は、発酵に適した状態に順応させ、実用可能な酒母とするために2〜3回程度の発酵(以下、順応発酵ということがある)を経る必要があり、したがって、酒母の製造は多くの時間を要するものであった。
【0004】
この問題を解決する一手段として、発酵飲料の製造に伴って生じた大量の酵母を発酵終了時に回収して、次回の発酵の酒母として再利用することも多い。しかし、酵母の再利用の回数には限度があるため、数回の連続醸造のあとは、新たに小スケールの培養液から大量の酵母を増殖させることが必要になる。あるいは、発泡酒製造のように酵母の増殖に必要な栄養源の含有量が少ない麦汁での発酵飲料製造工程から回収した酵母を連続的に使用するのは困難な場合があり、その場合は、発泡酒製造後に生じた酵母を、一旦、高栄養の麦汁などで順応発酵させてから酒母とする必要がある。
【0005】
一方、酵母の改質法としては、例えば特許文献1では、高濃度の亜鉛を添加した処理液に酵母を浸漬して亜鉛を吸収せしめることにより、酵母の発酵性や耐久性を高めることができるとされている。また、特許文献2では、醤油や味噌などの醸造食品の製造に用いる酵母を培養するにあたり培養中の溶存酸素量を制限することにより、得られる酵母の発酵性を高めることができるとされている。しかし、これらの文献には、発酵飲料の製造のための大量の酒母を、小規模培養から、順応発酵を経ずに製造する方法は開示されていない。
【0006】
したがって、特に小スケールから、発酵性の良い酒母をより簡便に得ることができ、かつ、当該酒母を用いて得られる発酵飲料の香味特性も良好な酒母の製造方法の開発は急務である。
【特許文献1】特許2537361
【特許文献2】特公平5-442268
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の現状に鑑み、十分な発酵性をもち、且つ、得られた酒母を用いた発酵飲料を製造した場合に、香気成分のバランスの優れた発酵飲料を提供することの出来る酒母を、順応のための発酵を経ずして迅速に得る培養法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するために、本発明者らは、酒母製造のための培養工程における酵母の増殖中に発酵への順応を行わせることができれば、発酵工程への酒母供給を効率良く行うことができると考えた。かかる考えに立脚して、各種条件で培養した酵母を酒母として、発酵飲料の製造に与える影響について鋭意検討した。その結果、驚くべきことに、麦芽等の穀物原料を用いる発酵原液に、1)少量のミネラル源、特に亜鉛を添加すること、2)酵母増殖量に影響を与えない範囲で酸素または空気を制限しつつ供給すること、3)酸素または空気の供給を停止した後、窒素などの不活性ガスを含む気体によって培養液の溶存炭酸ガス濃度を低減すること、の各工程のうち、1)により、または1)、2)を組合せることにより、または1)、2)、3)を全て組み合わせることによって、発酵性に優れ、香気成分バランスの優れた発酵飲料を提供することの出来る酒母を短時間に充分量製造できることを見出した。
【0009】
したがって、本発明の好ましい態様は、酒母の原料とする酵母を、亜鉛、鉄およびマグネシウムからなる群から選択されるミネラルを含む培養液中で、最終の酵母数に影響を与えない範囲で酸素を含む気体を制限しつつ供給して増殖させること、次いで酸素の供給を停止し、不活性ガスを含む気体を供給して培養液中の溶存炭酸ガスを追い出しつつ、さらに酵母数が培養開始時の3〜40倍になるまで培養して酒母とすることを特徴とする、発酵飲料製造のための酒母の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法により、少量の種酵母から醸造特性に優れた十分量の酒母が迅速に得られる。本発明の方法によれば、例えば、栄養源の少ない麦汁を用いる場合においても、高活性で優れた発酵特性を有する酒母を迅速に製造することができる。
【0011】
本発明の方法で製造した酒母は、発酵飲料の製造において発酵性能が高いことを特徴とする。ここで発酵飲料、そのなかでもビールテイスト飲料とは、麦芽や糖液などの糖質原料、ホップ類などを原料とし、酵母で醗酵させた飲料であって、ビールのような風味を有するものをいう。具体的には、ビール、発泡酒、雑酒、リキュール類、スピリッツ類、低アルコール麦芽発酵飲料(例えばアルコール分1%未満の麦芽発酵飲料)等をあげることができる。中でも、本発明の方法で製造した酒母が有する良好な発酵性は、栄養源の少ない培養液での発酵工程を経る飲料、例えば、発泡酒の製造において、酒母の順応発酵を不要または最小限にできる点で特に効果が大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明で酒母の製造に使用する酵母は、醸造用に通常用いられている酵母であれば特に限定されない。例えば、Wheihenstephan-34株などが挙げられる。
【0013】
本明細書中で、「酒母」とは、発酵飲料生産の発酵に使用される状態にある酵母および同使用の目的で増殖させた酵母を包含する。酒母は、試験管規模の小培養液から何段階かのスケールアップを経て増殖させたものでもよく、また発酵飲料の製造後に回収した酵母であってもよい。小培養液からスケールアップして酒母を得る場合には、本発明の方法は、最終の培養過程で実施すれば、発酵性の良好な酒母を得ることができる。発酵飲料の製造後に回収した酵母は、通常はそのまま酒母として使用できるが、酒母としての発酵性を高めるために本発明の方法を少なくとも一回実施することが好ましい。従って、本明細書中で、「酒母の原料とする酵母」とは、本発明の方法で少なくとも一回培養させて発酵性の良好な酒母を製造するための出発酵母を全て包含する。
【0014】
本発明の方法においては、酒母製造のための培地としては、発酵飲料の製造のための発酵原液とおなじもの、例えばビール製造と同様の麦汁を使用する。発泡酒やビールテイスト飲料の製造の発酵原液は、麦芽の使用比率(麦芽比率)が低いか麦芽以外の原料を用いているが、これらも酒母の製造に用いることが可能である。しかしながら、麦汁等のアミノ酸含量が低いなど、酵母の増殖に必要な栄養源が不足している場合は適宜それを補うような窒素源を添加する。また、培養中のpHは、4.0〜7.0に維持することが好ましく、pHが下がりすぎると酵母増殖が抑制されるため、必要に応じてpH調整剤を添加してpHの調整を行う。または、増殖に伴うpHの低下が少なくなるような添加窒素源、例えば、グリシンやグルタミン酸ナトリウムを使用する。

ミネラルの使用
本発明の方法においては、培養液のミネラル濃度を制御することを特徴とする。ミネラル源は、亜鉛、鉄、マグネシウムなどであるが、なかでも、亜鉛が好適である。ミネラル濃度の制御は、培養液の原料および加工方法を選択することによって、または、フリー体や塩の形で添加することによって、あるいは、それらを高濃度で取り込ませた酵母やその加工品(乾燥品など)を、必要により加熱処理して、添加することによって実施してもよい。そのような酵母としては、例えば、市販品として、Lallemand社製の製品名「Servomyces」などをあげることができる。培養液中のミネラルの含有量は特に限定されるものではなく、例えば、麦汁などの発酵原液中に溶解した状態でミネラル源としてのフリー体で、0.1〜1ppm、好ましくは0.5〜1ppm程度となるように添加することがよい。
【0015】
ミネラルを麦汁に添加するのは培養開始から発酵中に至る酵母増殖が終了するまでの間のどの時期でもよい。ミネラルの存在により、発酵工程における発酵速度が向上する。
酸素の供給
さらに、本発明の方法は、酸素を含む気体の供給量を、培養から発酵まで通して求められる酵母増殖量を達成するに必要な量を下回らない範囲で制限することも特徴とする。
【0016】
本発明の方法において、培養開始時の酵母は、1×106〜1×108個/ml、より好ましくは5×106〜5×107個/mlである。培養最終時の酵母数は5×107〜5×108個/mlである。
【0017】
酸素の供給は、酵母の増殖を迅速にする。酵母の増殖に必要な酸素の供給は、培養液へ酸素を含む気体(例えば、酸素または空気)を供給することによって行うことができる。酸素ないし空気の供給は連続的でも断続的でもよい。供給方法は特に限定されず、培養タンクへの配管を設置するなど適宜選択することができる。酸素の供給総量の調整は、一定流量の酸素を供給する時間の長さを変えることによって行うことができるし、あるいは、供給時間を一定にして流量を調整することによっても制御することができる。
【0018】
酸素または空気の供給量は、培養から発酵までを通して求められる酵母増殖量を達成するに必要な量を下回らないように設定する。発酵工程で求められる醸造成分の生成量を見ながら最適値を決定すべきである。最適の供給量は、各種培養条件や目標の酵母濃度、あるいは菌株によって、適宜設定すればよく、例えばWheihenstephan-34株を用いて酵母濃度が1mlあたり20×106で培養を開始し24時間で6〜8倍程度に増殖させる場合、目安として培養開始時に酸素を含む気体の供給を培養液1Lあたり酸素として毎分0.2〜2mL程度、好ましくは培養液1Lあたり酸素として毎分約1.2mLの量で開始する。例えば、空気の場合毎分1〜10ml、好ましくは約6mlの量で開始する。そして、酵母濃度が培養開始時の約3倍になった時点で酸素を含む気体の供給を止めれば、十分な増殖量を確保しつつ好ましい醸造成分の生成量を与える酵母を得ることが出来る。
窒素ガス等の供給
本発明の方法は、酸素を含む気体の供給停止後、不活性ガスを含む気体を培養液に供給することも特徴とする。培養中は、自身が生成する炭酸ガスによって酵母の増殖が阻害される場合があるので、酸素を含む気体を制限しつつ供給するという環境下において十分量の酵母を確保するためにはこれをできる限り回避すべく溶存炭酸ガスを除去することが望ましいためである。溶存炭酸ガス除去の方法は特に限定されることはないが、例えば培養液に窒素ガス等の不活性ガスを吹き込むことによって行うことができる。すなわち、培養中に酸素を含む気体の供給を停止する場合はその停止以降は培養液中の炭酸ガス濃度がおよそ0.2 v/v % を上回らないように窒素ガスなどを吹き込むことによって、炭酸ガスによる増殖阻害効果を抑制することができる。
例えば、培養液1Lあたり毎分0.8〜8mL程度、好ましくは培養液1Lあたり毎分約5mLの量とすることができる。
【0019】
この目的のために使用する不活性ガスを含む気体の例は、窒素、アルゴンおよびヘリウムである。経済性および安全性の観点から窒素が好ましい。
【0020】
本発明の方法により、酵母は培養開始時の3〜40倍の酵母数に増殖する。培養工程は10〜72時間に設定することができる。
【実施例】
【0021】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明する。

(評価項目および評価方法)
発酵用の酵母(酒母)を得るために、各種条件で培養した際の酵母の増殖量を評価項目とした。また、当該酒母を用いた発酵飲料を製造し、飲料の製造時の発酵工程における生菌率、発酵速度を評価項目とするとともに、得られた飲料の香りを評価項目とした。
【0022】
増殖量:培養工程で培養液を経時的にサンプリングし、酵母濃度を顕微鏡観察によって測定し、最大酵母濃度を得た。最大酵母濃度が、基準となる培養の際に比較して、20%以上高い場合を◎、同等の場合を○、基準となる培養よりも20%以上少ない場合を×として評価した。実施例1では対照品1を、実施例3では発明品3を基準とした。
【0023】
生菌率:醸造酵母に対して一般的に用いられているメチレンブルー染色法によって評価した。発酵終了時の生菌率が95%以上を◎、85%以上95%未満を○、80%以上85%未満を△、80%未満を×として判定した。
【0024】
発酵速度:発酵工程において、発酵原液中の残糖量が1.0%以下になった時点を発酵終了とし、要した日数を測定した。対照品1を基準として、発酵終了までの日数が、1日以上短縮された場合を◎、差が1日以内の場合を○、それよりも1日以上長い場合を×として判定した。
【0025】
香り:得られた発酵飲料について、良好な香り(エステル香など)の強弱やオフフレーバーの強弱を総合的に判断した。対照品1を基準とし、訓練されたパネラー5名によって、優れている場合を◎、同等の場合を○、やや劣っている場合を△、明らかに劣る場合を×として4段階で評価し、その代表値を記した。評価時の試料の温度は、約5℃とした。

実施例1:通気培養、ミネラル添加の効果

麦芽使用比率100%の麦汁を用いて定法により3回の発酵工程(連醸)を経た酵母(Weihenstephan-34)を遠心分離機で回収した。それを種酵母として用い、製造スケールを5Lとし、下述の各種条件下で培養し、培養終了時に遠心分離機で回収することによって、4種類の酒母を得た。すなわち、
対照品1は麦芽使用比率25%の麦汁に種酵母を添加し、24時間発酵を行った。
【0026】
対照品2は対照品1と同様の麦汁に種酵母を添加した後に24時間、酸素を通気しながら培養をした。通気量は毎分10mlとした。
【0027】
発明品1は24時間、酸素を通気しながら培養をした。その際、培養に用いる麦汁に麦汁中の亜鉛濃度が0.5ppmとなるように硫酸亜鉛を添加した。通気量は毎分10mlとした。
【0028】
発明品2は24時間、酸素を通気しながら培養をした。その際、培養に用いる麦汁に麦汁中の亜鉛濃度が1.0ppmとなるように硫酸亜鉛を添加した。通気量は毎分10mlとした。
【0029】
4種類の酵母(酒母)の製造工程における増殖量の結果を表1に示す。
【0030】
また、得られた4種類の酒母の一部を用いて、2Lの製造スケールで1週間の発酵期間を経て発酵飲料を製造した。麦芽25%および糖液75%の組成を用い、定法どおりに麦汁製造し、この麦汁に遠心処理によって上澄みを除去した酒母を1mlあたり20×106の酵母濃度となるように添加して発酵させた。その際のその生菌率、発酵速度および飲料の香りの評価結果を表2に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
表1および2に示した結果から判明するように、対照品1と比較して、通気培養した対照品2の酒母を用いた場合では、発酵は遅れるものの、酵母の生菌率は優れていた。しかしながら、それを用いた飲料の発酵工程では発酵速度および香りの点で不十分な結果であった。
【0034】
一方、亜鉛を添加して培養した発明品1および発明品2の酒母においては、対照品2に対してさらに生菌率が改善されていると共に著しく発酵速度が改善されており、通気培養酵母の持つ高い増殖倍率および生菌率を保ちつつ対照品1と同等の速度で発酵をさせることができた。生じた発酵飲料の香味についても、同様に通気培養した対照品2を酒母に用いた場合と比較して改善が認められた。

実施例2;酸素供給量の調整
次に酒母の製造中に、酵母に供給する酸素の総量の影響について検討を行った。酸素の供給総量の調整は、一定流量の酸素を供給する時間の長さを変えることによって行った。
【0035】
具体的には実施例1の種酵母を用い、5Lのスケールにて実施例1の発明品1と同様の条件(麦汁中の亜鉛濃度が0.5ppmとなるよう麦汁に硫酸亜鉛を添加し、毎分10mlで酸素による通気を実施)で培養を開始した。培養開始から酸素供給を停止するまでの時間はそれぞれ、約6時間、10時間、13時間、18時間、22時間とし、それ以後24時間まで培養した(それぞれ発明品3、発明品4、発明品5、発明品6および発明品7とした)。
【0036】
発明品1、3〜7の培養液から遠心回収した酵母を酒母として用いて、麦芽25%および糖液75%の組成の原料を用い、定法どおりに麦汁を製造し、発酵飲料を製造した。その際の生菌率、発酵速度および飲料の香りの評価結果を表3に示す。
【0037】
【表3】

【0038】
培養開始から6ないし18時間後に酸素供給を停止した試料(発明品3〜6)、すなわち、酵母濃度が培養終了時の1/4〜3/4倍程度の時点で酸素を停止した試料について、酵母増殖量および発酵速度を犠牲にすることなく、発酵飲料の香味特性を発明品1の酒母を用いた場合と同等以上で良好なものにすることが可能となった。
【0039】
すなわち、いずれの発明品についても、前述の発明品1に比較して、生菌率や発酵速度が対照品2よりも優れているという特長は維持しつつ、更に、培養終了時の酵母数の1/4〜3/4倍程度の時点を酸素供給の停止のタイミングとすることで、香味についても良好な飲料が得られる酒母を得られることが判明した。

実施例3:溶存炭酸ガス低減の効果
実施例1、2で得られた条件を元に実生産を想定した酒母の製造条件をさらに検討した。
【0040】
これまでの検討で良い結果の得られた発明品4の培養条件を元に、製造スケールを50Lとし、酒母を得るための培養を行った。
【0041】
すなわち、麦芽使用比率25%の麦汁に市販の亜鉛含有乾燥酵母(製品名:Servomyces;Lallemand社)を添加することによってこの麦汁の亜鉛濃度を約0.5ppmに調整し、酸素供給として同様の効果の期待できる空気を毎分300mlで10時間供給し、その後24時間まで培養し、発明品8の酒母を得た。
【0042】
発明品8の増殖量を評価したところ、発明品4に比較して大きく低下していた。この原因は、酸素供給(空気の供給)停止後の溶存炭酸ガス濃度の上昇によるものであると推定された。発明品4の発酵終了時の溶存炭酸ガス濃度(0.12(V/V%))に対し、発明品8では0.31%と増加していた(表4)。
【0043】
そこで、溶存炭酸ガス濃度を低減するひとつの方法として、酸素供給停止後に培養液への窒素ガスの供給を行った(発明品9)。
【0044】
その結果、発明品8を得る際の培養において、溶存炭酸ガス濃度は表4に示すとおり低減されて(0.14%)、発明品4と同等の充分な酵母増殖量を確保することができた。
【0045】
すなわち、酸素供給停止後においても、窒素を供給するなど、溶存炭酸ガス濃度を低レベルに制御することで、実生産スケールにおいても本発明が有効に実施できることが明らかとなった。
【0046】
【表4】

【0047】
実施例4:発泡酒の製造例
(1) 発泡酒用酒母の製造
試験管内の個体培地上に培養した酵母を100mlスケールから順次スケールアップしながら拡大培養を実施した。培養は麦芽使用比率100%の麦汁を用い、振とう、攪拌、もしくは空気の吹き込みによって酵母に連続的に酸素を供給しながら行った。
【0048】
このようにして5kLまでスケールアップした培養液から酵母を回収し、50kLの麦芽使用比率25%麦汁に添加して2種類の条件(対照品3及び発明品10)にて酵母培養を実施した。
【0049】
対照品3の酒母は開始時から培養終了時まで毎分250Lの空気を吹き込むことによって酵母に酸素を供給しながら培養を行って得た。
【0050】
一方、発明品10の酒母は次のようにして得た。すなわち、対照品3と同様の麦汁に培養開始時に市販の亜鉛含有乾燥酵母(製品名:Servomyces;Lallemand社)を添加することによってこの麦汁の亜鉛濃度を約0.5ppmに調整した。こうして得た麦汁に5kLまでスケールアップした酵母を添加し、毎分250Lの空気を吹き込みながら培養を開始した。培養開始からおよそ10時間後に空気の吹き込みを停止し、代りに窒素ガスの添加を毎分200Lの流量で開始した。窒素ガス添加は培養終了時まで実施した。いずれの培養においても増殖量は十分なものであった。
【0051】
(2) 発泡酒の製造
対照品3、発明品10の酒母を、順応発酵を経ずに、発酵飲料の製造に使用した。
【0052】
麦芽25%および糖液75%の組成の原料を用い、新たに定法どおりに製造された麦汁に各酵母を添加し、300kLの製造スケールで発酵を行った。
【0053】
発酵挙動および得られた発酵飲料の香味を評価したところ、対照品3を用いた発酵は通常より発酵終了までの期間が数日長くかかった上に、得られた飲料の香味も明らかに劣っていた。
【0054】
一方、発明品10を用いた発酵は通常の発酵と同等の日数で終了し、香味的にも通常の発酵工程で得られる飲料と同等であった。

実施例5:ビールの製造例

(1)ビール用酒母の製造
試験管内の個体培地上に培養した酵母を100mlスケールから順次スケールアップしながら拡大培養を実施した。培養は麦芽使用比率100%の麦汁を用い、振とう、攪拌、もしくは空気の吹き込みによって酵母に連続的に酸素を供給しながら行った。
【0055】
このようにして5kLまでスケールアップした培養液から酵母を回収し、50kLの麦芽使用比率100%麦汁に添加して2種類の条件(対照品4、発明品11)にて酵母培養を実施した。
【0056】
対照品4の酒母は開始時から培養終了時まで毎分250Lの空気を吹き込むことによって酵母に酸素を供給しながら培養を行って得た。
【0057】
一方、発明品11の酒母は次のようにして得た。すなわち、対照品4と同様の麦汁に培養開始時に市販の亜鉛含有乾燥酵母(製品名:Servomyces;Lallemand社)を添加することによってこの麦汁の亜鉛濃度を約0.1ppmに調整した。こうして得た麦汁に5kLまでスケールアップした酵母を添加し、毎分250Lの空気を吹き込みながら培養を開始した。培養開始からおよそ14時間後に空気の吹き込みを停止し、代りに窒素ガスの添加を毎分200Lの流量で開始した。窒素ガス添加は培養終了時まで実施した。いずれの培養においても増殖量は十分なものであった。
【0058】
(2) ビールの製造
対照品4、発明品11の酒母を用い、順応発酵を経ずに発酵飲料の製造に使用した。
【0059】
新たに定法どおりに製造された麦芽使用比率100%の麦汁に各酵母を添加し、300kLの製造スケールで発酵を行った。
【0060】
発酵挙動および得られた発酵飲料の香味を評価したところ、対照品4を用いた発酵は通常より発酵終了までの期間が1日長くかかった上に、得られた飲料の香味も明らかに劣っていた。
【0061】
一方、発明品11を用いた発酵は通常の発酵と同等の日数で終了し、香味的にも通常の発酵工程で得られる飲料と同等であった。

すなわち、本発明によって、小スケールから実生産スケールに拡大培養した直後の酵母を用いても香味的に優れた発酵飲料を生産することが可能であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0062】
以上記載のように、本発明により、少量の種酵母から醸造特性に優れた酒母が迅速に十分量得られることとなり、発酵飲料の製造までのリードタイムを大幅に短縮ことが出来る。また、比較的活性の低い酵母からも高活性の酒母が得られる、例えば通気時間の調整などによって得られる酒母の醸造特性を変化させることができるなどの種種の点において、その産業上の利用価値は極めて高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酒母の原料とする酵母を、培養液中に酸素を含む気体を供給しつつ増殖させる酒母の製造方法において、培養液が、亜鉛、鉄およびマグネシウムからなる群から選択されるミネラルを含む培養液であることを特徴とする、発酵飲料製造のための酒母の製造方法。
【請求項2】
酵母数が培養終了時の1/4〜3/4倍に達するまで、酸素を含む気体を供給しつつ酵母を増殖させることを特徴とする、請求項1記載の発酵飲料製造のための酒母の製造方法。
【請求項3】
酸素を含む気体の供給を停止した後、不活性ガスを含む気体を供給して培養液中の溶存炭酸ガスを追い出しつつ増殖させることを特徴とする、請求項2記載の発酵飲料製造のための酒母の製造方法。
【請求項4】
発酵飲料がビールまたはビールテイスト発酵飲料である、請求項1ないし3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
ミネラルを含む培養液が、亜鉛を添加することによって、亜鉛濃度0.1〜1ppmの培養液とすることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
不活性ガスが、窒素、アルゴンまたはヘリウムからなる群から選択される請求項3ないし5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
亜鉛の添加を、亜鉛含有酵母もしくはその加工品を培地に添加することにより行う、請求項5または6記載の方法。
【請求項8】
酸素を含む気体の供給量が培養液1Lあたり酸素として毎分0.2〜2mLである、請求項1ないし7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
不活性ガスを含む気体の供給量が培養液1Lあたり毎分0.8〜8mLである、請求項1ないし8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
培養液中の溶存炭酸ガス濃度が、酸素供給停止以後の培養期間を通じて0.2v/v %以下であることを特徴とする、請求項1ないし9のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
酒母の原料とする酵母が、試験管規模の培養液から増殖させた、発酵飲料製造の発酵工程を経ていない酵母である請求項1ないし10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
酒母の原料とする酵母が、発酵飲料製造の発酵工程から回収された酵母である1ないし10のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
酒母の原料とする酵母が、麦芽比率0〜50%の麦汁の発酵により発酵飲料を製造した発酵工程から回収された酵母である請求項12記載の方法。
【請求項14】
酒母の原料とする酵母を、1×106〜1×108個/mlで培地に仕込む、請求項1ないし13のいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
請求項1ないし14のいずれか1項記載の方法で得られた酒母。
【請求項16】
請求項15記載の酵母を用いる発酵飲料の製造方法。
【請求項17】
発酵飲料がビールである請求項16記載の方法。
【請求項18】
発酵飲料が発泡酒である請求項16記載の方法。

【公開番号】特開2006−212024(P2006−212024A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−1125(P2006−1125)
【出願日】平成18年1月6日(2006.1.6)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)