説明

酵母の形質転換方法

【課題】
酵母型と菌糸型の二形性を示す酵母を簡便に形質転換する方法を提供する。
【課題手段】
酵母型と菌糸型の二形成を示す酵母を液体培養し、得られた培養液を濾過することで酵母型細胞の懸濁液を調製し、エレクトロポレーションで遺伝子を導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母細胞を迅速に形質転換する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子操作技術により、バクテリア、酵母および真菌、動物細胞培養(ヒト、哺乳動物および昆虫細胞)を用いて、あるいはトランスジェニック植物および動物を用いて大量の有用タンパク質および他の組換え産物(ペプチド、ポリペプチド等)を生産することが可能となった。
【0003】
工業的観点から理想的な宿主系は、安全で、精製が容易で、天然タンパク質と同一の生物学的活性を有する組換え産物を高い収量および経済的に魅力のある経費で生産することができるべきである。すべての前記宿主系は組換え産物を生産する(潜在的)能力を有するが、これらの系が莫大な多様な組換え産物を効率的に生産するために完全に満足されているわけではない。例えば小胞膜内で自然に発現されるタンパク質はバクテリアで広く発現され得るが、バクテリアにはフォールディングを行うために必要な細胞装置が無いので正しくフォールディングされない。したがってフォールディングを必要とするタンパク質は、バクテリアで生産された時に活性が無いか、または大変低く、そしてタンパク質をフォールディングするためさらなる処置が必要となる。逆に真核生物のタンパク質は外来の昆虫または哺乳動物細胞の適切な細胞小器官で発現され得るが、これらの発現系は低収量ないしはその構築に過剰な経費を必要とするため汎用性に欠ける。
【0004】
これらの発現系の代替として有効なものは、真核生物細胞であり、そしてかなりの速度で増幅する真菌内での外因性タンパク質の発現である。特に、酵母を宿主とし、組換えDNA技術を用いた異種タンパク質生産系は、既に知られている微生物学の方法と組換えDNA技術を用いて容易に実施でき、かつ高い生産能力を示すため、既に大容量の培養も実施されて実生産に急速に利用されてきている。実生産にあたり、実験室で得られた菌体あたりの高い産生効率はスケールアップ後も維持される。
【0005】
しかしながら、実生産の場合にしばしば求められる、より低コストの生産法を考えた場合、菌体の増殖効率そのものの向上、目的異種タンパク質の分解の抑制、酵母特有の修飾の効率的実施、栄養源の利用効率の向上、などの異種タンパク質の産生効率を向上させる方策が必要と考えられる。そのためには不要遺伝子を破壊する、必要遺伝子を付加する等の酵母宿主の改変が提案されている(特許文献1参照)。その場合、改変した多数の酵母宿主すべてについて異種タンパク質が効率よく生産できるかについて検討する必要があり、そのためには改変された種々の酵母宿主を各々形質転換して、形質転換体を獲得する必要がある。
【0006】
酵母の形質転換方法としては、これまで酢酸リチウム法、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、ガラスビーズ法等の方法が開発されてきた。エレクトロポレーション法は簡便で効率の良い形質転換方法として広く用いられ、形質転換効率が高く、長期間保存可能なコンピテントセルの調製方法について多くの研究が成されてきた(非特許文献1〜3参照)。
【0007】
担子菌類の真菌であるシュードザイマ(Pseudozyma)属酵母は、真菌の最も進化したクラスの一員であり、そして他のいかなる微生物のクラスよりも系統発生的に動物細胞に近い。このことはそれらが酵母のサッカロミセス(Saccharomyces)およびピヒア(Pichia)のようなより下等な真菌、または大腸菌(E.coli)等のバクテリアおよびストレプトミセス(Streptomyces)属等の放線菌のような微生物よりも複雑なタンパク質を合成することを示す。しかしシュードザイマ(Pseudozyma)属酵母は系統学以外、遺伝学および生理学的にほとんど知られていない。例えば数種のシュードザイマ(Pseudozyma)属酵母は、工業的に重要な天然の酵素的タンパク質を生産することが知られている。
【0008】
これらには、例えば、シュードザイマ(Pseudozyma)属酵母を用いて天然のアスパラギン酸プロテアーゼを生産する方法に関するもの(特許文献2参照)、シュードザイマ アンタクティカ(Pseudozyma antarctica)(カンジダ アンタクティカ(Candida antarctica)としても知られている)由来の天然のリパーゼBに関するもの(特許文献3参照)等が挙げられる。
【0009】
一方、過去数年、真菌を含む多くの生物に関する遺伝的形質転換系が成功裏に開発されてきている。シュードザイマ(Pseudozyma)属酵母に関しては、最近になって、これらの生物内での遺伝的形質転換も組換え産物の生産を行うための方法として検討され始めている(特許文献4参照)。
【0010】
上に挙げた方法の状況を考慮すると、組換えポリペプチドを生産するための新たな、そして代替的な生物系および方法を提供する広い余地が未だに存在する。
【0011】
シュードザイマ(Pseudozyma)属酵母は現在、9種類以上知られている。すなわち、Pseudozyma antarcticaPseudozyma aphidisPseudozyma floculosaPseudozyma fusiformataPseudozyma parantarcticaPseudozyma plolificaPseudozyma rugulosaPseudozyma thailandicaPseudozyma tsukubaensis などである。これらの酵母種の中で、Pseudozyma antarcticaPseudozyma aphidisPseudozyma parantarcticaPseudozyma parantarctica Pseudozyma tsukubaensisの5種類は、糖脂質型バイオサーファクタントの一種であるマンノシルエリスリトールリピッド生産菌であることが知られている。Pseudozyma floculosaPseudozyma fusiformata、もまた糖脂質型バイオサーファクタント生産菌であり、それぞれフロキュロシン、ユスチラジン酸を生産する。
【0012】
糖脂質は、脂質に1〜数十個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系及び免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていることなどが明らかにされつつある。また、糖脂質は,糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する両親媒性物質は界面活性物質と呼ばれている。石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤(バイオサーファクタント)が利用されていた。近年、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、その生産量が飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となったが、この合成界面活性剤の使用量の拡大に伴って環境汚染が広がり、社会問題が生じている。このため、安全性が高く、環境に対する負荷を低減できる生分解性の高い界面活性物質の開発が望まれている。
【0013】
従来より、微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子系の界面活性物質の5つに分類されている。これらの中でも、糖脂質系の界面活性剤が最もよく研究されており、細菌及び酵母による多くの種類の界面活性物質が報告されている
【0014】
前記細菌としては、Pseudomonas属によるラムノリピッド(非特許文献4及び5参照)とユスチラジン酸(非特許文献6参照)、Rhodococcus属によるトレハロースリピッド(非特許文献7参照) などが知られている。しかし、いずれも生産量は15g/L以下である。
【0015】
前記酵母としては、Candida属やPseudozyma属等によるソホロースリピッドやマンノシルエリスリトールリピッド(特許文献5参照)などが知られている。
【0016】
前記ソホロースリピッドについては、Candida bombicolaを用いてグルコースとオレイン酸の流 加培養法により200時間で180g/Lの効率的なソホロースリピッドの生産が可能であることが報告されている(非特許文献8参照)。
【0017】
前記マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)については、Candida sp.B−7株を用いて5質量%の大豆油から5日間で35g/L(生産速度:0.3g/L/h、原料収率:70質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献9及び10参照)。また、Candida antarctica T−34株を用いて8質量%の大豆油から8日間で38g/L(生産速度:0.2g/L/h、原料収率: 48質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献11及び12参照)。同じく、 Candida antarctica T−34株を用いて6日間隔で計3回の逐次流加により24日後に25質量% のピーナッツ油から110g/L(生産速度:0.2g/L/h、原料収率:44質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献13参照)。
【0018】
Candida sp.SY−16株を用いて10質量%の植物油脂から回分培養法により200時間で50 g/L(生産速度:0.25g/L/h、原料収率:50質量%)のMELの生産が可能であると共に、流加培養法により20質量%の植物油から200時間で120g/L(生産速度:0.6g/L/h、原料収率:50質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献14参照)。
Pseudozyma aphidis株を用いて80質量%の植物油脂から流加培養法により24時間で13.9g/ L(生産速度:0.57g/L/h、原料収率:92質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献15参照)。
【0019】
また、醤油醸造工程において副産物として生産されるしょうゆ油(あぶら)を原料としてCandida antarctica T−34株Pseudozyma antarctica)を用いて7日間で8質量%のしょうゆ油から17g/L(生産速度:0.1g/L /h、原料収率:21質量%)のMELの生産が可能であることが提案されている(特許文献6参照)。
【0020】
Pseudozyma属の中で、Pseudozyma antarcticaPseudozyma aphidis は既知のバイオサーファクタント生産菌および生産酵母の中でも特に高いバイオサーファクタント生産性を有し、産業的利用価値が高いことは明らかであり、実際に、産業的な利用方法が考案されてきた(例えば、特許文献6を参照)。現在までのところ、マンノシルエリスリトールリピッドの生産方法において、生産条件の最適化や高生産菌の探索による生産効率(生産速度、対原料収率、及び収率)の向上が試みられ、上記の通り、比較的高い生産量が得られている。
【0021】
一方、マンノシルエリスリトールリピッドの生合成経路や生理的意義はほとんど分かっていない。その理由としては、マンノシルエリスリトールリピッド生産酵母であるPseudozyma属酵母のタンパク質あるいは遺伝子レベルでの研究がほとんど成されておらず、生化学的、分子生物学的知見が欠如していることが挙げられる。
【0022】
上に挙げた状況を考慮すると、Pseudozyma属酵母は、新たな異種タンパク質生産の宿主としてだけでなく、高機能な糖脂質の製造技術の開発にも重要な性質を有するにも関わらず、その研究基盤技術の整備は不十分である。Pseudozyma属酵母の遺伝子組み換え技術は、酵母やカビの方法を流用して一部行われてきたものの、その遺伝子組み換えの基盤技術は、近年の遺伝子組み換え技術の急速な進歩から立ち遅れているのが現状である。

【0023】
【特許文献1】国際公開第02/101038号パンフレット
【特許文献2】国際公開第01/96536号パンフレット
【特許文献3】米国特許第6,352,841号明細書
【特許文献4】特表2005−536989号公報
【特許文献5】特開2002−45195号公報
【特許文献6】特開2002−101847号公報
【非特許文献1】R. Daniel Gietz, Robert H. Schiestl, Andrew R. Willems, and Robin A. Woods, Yeast, 11, 355(1995).
【非特許文献2】J. R. Thompson, E. Register, J. Curotto, M. Kurtz and R. kelly, Yeast, 14, 565(1998).
【非特許文献3】T. Morita and K. Takegawa:Yeast, 21, 613(2004)
【非特許文献4】S.Itoh, H.Honda, Ftonami and T.Suzuki: J. Antibiotics,23,885(1971).
【非特許文献5】M.Yamaguti, A.Sato and R.Yukuyama: Chem.Ind.,17,741(1976).
【非特許文献6】S.S.Bhattacharijee, R.H.Haskins and P.A.Golin: Carbohyd.Res.,13,235(1970).
【非特許文献7】P.Rapp, H.Boch, V.Wary and F.Wagner: J.Gen.Microbiol.,115,491(1979).
【非特許文献8】U.Rau, C.Manzke and F.Wagner: Biotechnol.Lett., 18, 149(1996).
【非特許文献9】T.Nakahara, H.Kawasaki, T.Sugisawa, Y.Takamori and T.Tabuchi: J.Ferment.Technol., 61, 19(1983).
【非特許文献10】H.Kawasaki, T.Nakahara, M.Oogaki and T.Tabuchi: J.Ferment.Technol., 61, 143(1983).
【非特許文献11】D.Kitamoto, S.Akiba, C.Hioki and T.Tabuchi: Agric.Biol.Chem., 54, 31(1990).
【非特許文献12】D.KItamoto, K.Haneishi, T.Nakahara and T.Tabuchi: Agric.Biol.Chem., 54, 37(1990).
【非特許文献13】D.Kitamoto, K.Fijishiro, H.Yanagishita, T.Nakane and T.Nakahara: Biotechnol.Lett., 14, 305(1992).
【非特許文献14】金,伊炳大,桂樹徹,谷吉樹:平成10年日本生物工学会大会要旨,p195.
【非特許文献15】U.Rau, L.A.Naguyen, H.Roeper, H.Koch and S.Lang: Appl.Microbiol.Biotechnol.,(2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
上に挙げたとおり、Pseudozyma属酵母は産業的有用性が高いにもかかわらず、その遺伝子組み換えの基盤技術はいまだ途上段階にある。Pseudozyma属酵母を産業的に利用するために検討すべき課題の一つとして迅速な形質転換方法の開発が挙げられる。形質転換は遺伝子を細胞に導入する技術であり、全ての遺伝子組換え操作において重要な手段である。現在のところ、Pseudozyma属酵母の形質転換はスフェロプラストを作製する方法で行われているが、煩雑な前処理が必要で、かつスフェロプラストが不安定で、Pseudozyma属酵母の遺伝子工学的研究が立ち遅れている原因の一つとなっている。エレクトロポレーションをPseudozyma属酵母の形質転換に利用し、形質転換その簡便化、効率化を図ることは、当該酵母の遺伝子組換え技術の進展に関わる重要な課題であり、その産業利用のためにも必要な課題であると考えられる。
【0025】
エレクトロポレーション法は、多くの生物の形質転換技術に用いられており、特に簡便化、効率化が容易であることから普及し、多くの生物の研究および産業利用に貢献している。しかし、菌糸型と酵母型の二つの形態を示す酵母の場合、培養液中に混在する菌糸型の細胞は、薬剤耐性が高く、複数の核を有するなどの理由で、遺伝子の挿入に関係なく生育し、形質転換体の選別を困難にしており、エレクトロポレーション法の適用が遅れている原因である。このため、薬剤耐性の原因となる細胞壁を分解してスフェロプラストを使用する方法が用いられているが、上記したとおりスフェロプラスト法は種々の問題点を有する。したがって、簡便に菌糸状の細胞を除き、単一の細胞を得ることができれば、エレクトロポレーション法が利用可能になり、菌糸型と酵母型の二つの形態を示す酵母の研究・産業利用に貢献可能と考えられる。

【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明者らは、上記技術課題に鑑み、酵母細胞の形質転換に際し、酵母細胞を含有する培養液をフィルター濾過する手法を開発した。これにより、上記2つの形態を示す酵母の菌糸型細胞を除去し、酵母型細胞のみを簡便迅速に得て、細胞濾液をそのままコンピテント細胞懸濁液として形質転換に用いることが可能となるとともに、エレクロボレーション法を用いることが可能になり、特に、Pseudozyma属等の上記2つの形態を示す酵母を宿主とする場合において、極めて効率的に形質転換体を得ることができることを確認し、本発明を完成させたものである。
【0027】
すなわち、本発明は、以下に示されるものである。
(1)酵母細胞含有培養液をフィルター濾過後、得られる濾液中の酵母細胞を宿主として遺伝子を導入することを特徴とする、酵母細胞の形質転換方法。
(2)形質転換する酵母細胞が酵母型と菌糸型の二つの形態を示す酵母であることを特徴とする、上記(1)の形質転換方法。
(3)形質転換する酵母細胞がシュードザイマ(Pseudozyma)属の酵母であることを特徴とする、上記(1)または(2)の形質転換方法。
(4) 遺伝子導入がエレクトロポレーション法によることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の形質転換方法。

【発明の効果】
【0028】
本発明の形質転換法は、酵母細胞の培養液を濾過後、濾液を、実質的にはそのままコンピテント細胞懸濁液として形質転換することができるため、酵母細胞の迅速な形質転換方法として有効であり、形質転換する酵母が酵母型と菌糸型の二つの形態を示す酵母を宿主とする場合に特に効果的である。本発明によれば、培養液中に混在する菌糸型細胞に起因する上記形質転換体の選別の問題を解消するとともに、エレクトロボレーション法の適用を可能とする。
特に、現在Pseudozyma属酵母の形質転換に用いられているスフェロプラスト法では、細胞壁溶解操作、複数回の洗浄操作、スフェロプラストの安定化、寒天中への包埋操作などの煩雑な操作が必要であるが、本発明では、これらの煩雑な操作が不要になり、Pseudozyma属の酵母の遺伝子工学的研究のスピードアップに貢献し、宿主ベクター系の開発といった遺伝子組み換えの基盤技術の確立を加速させることができる。
【0029】
さらに、遺伝子組み換えの基盤技術が確立されれば、バイオサーファクタント生合成経路の解明が可能になり、これらの技術と情報を駆使してバイオサーファクタント生産効率の更なる向上、生産コストの低減なども期待される。また、本発明によれば、遺伝子組み換えの基盤技術の確立によって、Pseudozyma属酵母等の上記2つの形態を示す酵母を宿主とする異種タンパク質生産システムの開発も加速することが期待され、さらには、未利用の真菌微生物資源の利用拡大にも貢献するものである。

【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明につきさらに詳しく説明する。
(使用微生物)
本発明の形質転換法において好ましい宿主は、酵母型と菌糸型の二つの形態を示す酵母であり、具体的には、Pseudozyma属の酵母が挙げられるが、特に、有効性を発揮するもものは、Pseudozyma属に属する酵母がである。Pseudozyma属に属する酵母としては、 Pseudozyma antarcticaPseudozyma aphidisPseudozyma floculosaPseudozyma fusiformataPseudozyma parantarcticaPseudozyma plolificaPseudozyma rugulosaPseudozyma thailandicaPseudozyma tsukubaensis などの酵母が挙げられる。これまで、Pseudozyma属酵母の形質転換はスフェロプラスト法で行われており、形質転換法としてエレクトロポレーションを用いる方法は全く知られておらず、このことは、本発明者の新知見にかかるものである。
本明細書にいう上記酵母型の形態とは単細胞の状態であり、菌糸型の形態とは二核菌糸を形成し、菌糸体として増殖する状態を言う。
【0031】
(酵母の培養と培養液の濾過)
本発明における酵母の培養液組成、培養条件は、使用する酵母が生育可能なものであれば良く、特に限定されないが、Pseudozyma属酵母を用いる場合、その好適な培地組成及び培養条件は、例えば、以下のとおりである。菌体の培養に用いる培地は、YM培地(麦芽エキス3g/L、酵母エキス3g/L、ペプトン5g/Lグルコース10g/L)が望ましい。
培養は対数増殖の初期まで行い、培養終了後は滅菌状態を維持しつつ、フィルターろ過して酵母型の細胞のみを濾液として回収する。このとき、菌糸状の細胞の大部分は排除される。その後、該濾液をマイクロチューブに分注し、これをコンピテント細胞懸濁液として、次の形質転換プロセスに使用する。
使用するフィルターとしては、オートクレイブ滅菌可能であり、酵母型の細胞を通し、菌糸型の細胞を通さないものを使用する。例えば、CALBIOCHEM社製Miracloth、WHATMAN社製の各種ガラス繊維ろ紙GF/A等が挙げられる。
【0032】
(使用するベクターDNA)
形質転換に使用するベクターは、各酵母細胞で細胞内で保持できるものであれば、その起源等には特に制限はないが、例えば、宿主細胞の薬剤感受性を相補するための遺伝子等の選択マーカーを有するものが好ましい。該ベクターには、発現させる目的コード配列を含むDNAを挿入して組換えベクターとして形質転換に用いる。
Pseudozyma属酵母を宿主とする場合、使用ベクターとしては、例えばpUXV1ATCC 77463、pUXV2 ATCC 77464、pUXV5 ATCC 77468、pUXV6 ATCC 77469、pUXV7 ATCC 77470、pUXV8 ATCC 77471、pUXV3 ATCC 77465、pU2X1 ATCC 77466、pU2X2 ATCC 77467、pSceI-Hyg等が挙げられる。
【0033】
(形質転換)
本発明においては上記の濾液をコンピテント細胞懸濁液として用いて、上記組換えプラスミドを酵母細胞に導入するが、この組換えプラスミドの導入手段としては、種々公知遺伝子導入手段を用いることができるが、エレクトロポレーション法が好ましい。
エレクトロポーション法による場合、例えば、上記濾液に導入する組み換えベクターDNA1〜10μgを添加し、氷上に静置する。同じく氷上で冷却したエレクトロポレーション用キュベットに当該DNA添加濾液を入れ、通電する。通電条件は減衰波を用いる場合は2.0kV以上、短形波を用いる場合は1.0kV、パルス幅1.0ms、パルス間隔5secが望ましい。その後、速やかに500μLの冷却した1Mソルビトール溶液を入れ、氷上で5〜20分間静置する。当該懸濁液を選択プレート培地上に塗布し、24〜30℃で約2日インキュベートして形質転換体を得る。選択プレート培地中に含有する抗生物質の種類は、導入した薬剤感受性を相補するための遺伝子の性質によって選択する。またその添加量は、使用する微生物の感受性によって異なる。
【0034】
本発明の目的のために、以下の用語は次のように定義する。
【0035】
本明細書で使用する用語「遺伝子」は、タンパク質(もしくはポリペプチド)またはその機能的断片の生産の原因となるDNA配列を意味することを意図とし、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、またはRNA分子をコードする染色体DNA、プラスミドDNA、cDNA、合成DNAまたは他のDNA、および発現の調節に関与するコード配列を挟む領域を指す。
【0036】
本明細書で使用する用語「ベクター」は核酸配列、例えばプラスミド、コスミド、ウイルスに由来するか、または化学的もしくは酵素的手段により合成されたDNAを指し、この中に1以上の核酸の断片が挿入もしくはクローン化され、ここで核酸は特定の遺伝子をコードする。ベクターはこの目的に1以上の独自な制限部位を含むことができ、そしてクローン化された配列が再生されるように定めた宿主もしくは生物中で自律的に複製することができる。ベクターは直線状、環状またはスーパーコイル状の立体配置を有することができ、そして特定の目的に他のベクターもしくは他の物質と複合化することができる。ベクターの成分は限定するわけではないがDNAを包含するDNA分子;切り出し(excision)タンパク質もしくは他の所望する生成物をコードする配列;および転写、翻訳、RNA安定性および複製のための調節要素を含むことができる。
【0037】
「コード配列」という表現は、タンパク質、ポリペプチドまたはペプチド配列をコードする連続する順次のDNAトリプレットの領域を指す。

【実施例】
【0038】
以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。実験例等では、形質転換用プラスミドDNAとして公知のpUXV1ATCC 77463を使用した。
【0039】
実施例1
(1)Pseudozyma antarctica KM-34 (FERM P-20730)をYM液体培地で1日振とう培養し、得られた培養液を滅菌したフィルター(Miracloth、CALBIOCHEM社)で濾過した。得られた濾液中には酵母型の細胞の大部分が含まれており、培養液中の菌糸状の細胞を除くことができた。50μl の濾液に2μl (10μg) のpUVV1 pUXV1ATCC 77463を添加し、エレクトロポレーション用のキュベットに移した後、Gene Pulser Xcell (BIO-RAD社) を用いて通電した。通電条件は、C=25μF; V=2.3kVで行った。通電後の液中に500μl の1M 冷ソルビトールを加えた後、選択プレート上に塗り広げた。このとき、選択プレートは250μg/ml のハイグロマイシンBを含むYNB固体培地を用いた。2日後、5個のハイグロマイシンB耐性コロニーが生育してきた。
【0040】
(2)上記で得られたハイグロマイシンB耐性コロニーを培養し、細胞を液体窒素による凍結・融解で処理後、処理液の遠心上清から、プラスミドDNA抽出キット(MagExtractor、TOYOBO社)を用いてpUVV1 pUXV1ATCC 77463 を回収した。回収液を用いて大腸菌を形質転換し、得られた形質転換体からpUVV1 pUXV1ATCC 77463を回収した。図1には、大腸菌から回収したpUVV1 pUXV1ATCC 77463をBamHI で処理した後の、アガロース電気泳動の結果を示す。図1によれば、回収された遺伝子の長さはpUVV1 pUXV1ATCC 77463と一致する。
【0041】
実施例2
実施例1で得られたハイグロマイシンB耐性コロニーおよびエレクトロポレーション前のコロニーを100μg/mlハイグロマイシンB添加液体培地中で振とう培養した。図2に示す試験管の写真のうち、コントロールはエレクトロポレーション前のコロニーの培養結果、Trensformant No.1〜4 は実施例1で得られたハイグロマイシンB耐性コロニーの培養結果である。図2によれば、実施例1で得られたハイグロマイシンB耐性コロニーはハイグロマイシンB添加液体培地中で生育可能であり、ハイグロマイシンB耐性の形質を獲得していることが分かる。
【0042】
実施例3
Pseudozyma antarctica JCM 10317 株をYM液体培地で1日振とう培養し、得られた培養液を滅菌したフィルター(Miracloth、CALBIOCHEM社)で濾過した。得られた濾液中には酵母型の細胞の大部分が含まれており、培養液中の菌糸状の細胞を除くことができた。50μl の濾液に10μl (20μg) のpUVV1 pUXV1ATCC 77463を添加し、エレクトロポレーション用のキュベットに移した後、Gene Pulser Xcell (BIO-RAD社) を用いて通電した。通電条件は、C=25μF; V=2.3kV、C=25μF; V=1.5kVおよびsquare wave, 1.0 ms Pulse length, 2 pulses, 5 sec pulse interval, V=1.0kVで行った。通電後の液中に500μl の1M 冷ソルビトールを加えた後、選択プレート上に塗り広げた。このとき、選択プレートは250μg/ml のハイグロマイシンBを含むYNB固体培地を用いた。2日後、ハイグロマイシンB耐性コロニーを計測した。表1によると、通電を、square wave, 1.0 ms Pulse length, 2 pulses, 5 sec pulse interval, V=1.0kVで行った場合が最も良好な形質転換効率を示した。
【表1】

【0043】
実施例4
Pseudozyma antarctica KM-34 (FERM P-20730)をYM液体培地で1日振とう培養し、得られた培養液を滅菌したフィルター(Miracloth、CALBIOCHEM社)で濾過した。得られた濾液中には酵母型の細胞の大部分が含まれており、培養液中の菌糸状の細胞を除くことができた。50μl の濾液に10μl (0.1, 1, 10μg) のpUVV1 pUXV1ATCC 77463を添加し、エレクトロポレーション用のキュベットに移した後、Gene Pulser Xcell (BIO-RAD社) を用いて通電した。通電条件は、square wave, 1.0 ms Pulse length, 2 pulses, 5 sec pulse interval, V=1.0kVで行った。通電後の液中に500μl の1M 冷ソルビトールを加えた後、選択プレート上に塗り広げた。このとき、選択プレートは250μg/ml のハイグロマイシンBを含むYNB固体培地を用いた。2日後、ハイグロマイシンB耐性コロニーを計測した。表2によると、1μgのpUVV1 pUXV1ATCC 77463を添加した場合が最も良好な形質転換効率を示した。

【表2】

【0044】
実施例5
Pseudozyma antarctica JCM 10317 株、Pseudozyma rugulosa JCM 10323 株、Pseudozyma parantarctica JCM 11752 株、Pseudozyma aphidis JCM 10318 株、をYM液体培地で1日振とう培養し、得られた培養液を滅菌したフィルター(Miracloth、CALBIOCHEM社)で濾過した。得られた濾液中には酵母型の細胞の大部分が含まれており、培養液中の菌糸状の細胞を除くことができた。50μl の濾液に10μl (1μg) のpUVV1 pUXV1ATCC 77463を添加し、エレクトロポレーション用のキュベットに移した後、Gene Pulser Xcell (BIO-RAD社) を用いて通電した。通電条件は、square wave, 1.0 ms Pulse length, 2 pulses, 5 sec pulse interval, V=1.0kVで行った。通電後の液中に500μl の1M 冷ソルビトールを加えた後、選択プレート上に塗り広げた。このとき、選択プレートは250μg/ml のハイグロマイシンBを含むYNB固体培地を用いた。2日後、ハイグロマイシンB耐性コロニーを計測した。表3によると、Pseudozyma antarctica JCM 10317 株が最も良好な形質転換効率を示し、その他のPseudozyma属酵母においてもハイグロマイシンB耐性の形質転換株が得られている。

【表3】

【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】Pseudozyma antarctica KM-34 (FERM P-20730)に導入したプラスミドDNA (pUVV1 pUXV1ATCC 77463) を回収し、制限酵素処理した後のアガロースゲル電気泳動の結果
【図2】プラスミドDNA (pUVV1 pUXV1ATCC 77463) を導入したPseudozyma antarctica KM-34 (FERM P-20730)がハイグロマイシンB耐性の形質を獲得していることを示す写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母細胞含有培養液をフィルター濾過後、得られる濾液中の酵母細胞を宿主として遺伝子を導入することを特徴とする、酵母細胞の形質転換方法。

【請求項2】
形質転換する酵母細胞が酵母型と菌糸型の二つの形態を示す酵母であることを特徴とする、請求項1の形質転換方法。

【請求項3】
形質転換する酵母細胞がシュードザイマ(Pseudozyma)属の酵母であることを特徴とする、請求項1または2の形質転換方法。

【請求項4】
遺伝子導入がエレクトロポレーション法によることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の形質転換方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−173070(P2008−173070A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−10470(P2007−10470)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】