説明

酵母エキスの抽出方法

【課題】味のバランスが良く、食塩の少ない酵母エキスを製造する方法。
【解決手段】酵母菌体より、アルカリイオン水を用いてエキスを抽出し、その後の工程で酸性水を用いてpH調整を行う。抽出の温度は70〜100℃、抽出する時間は10〜40分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抽出溶媒としてアルカリイオン水を用いる酵母エキスの製造方法とその酵母エキスに関する。
【背景技術】
【0002】
天然調味料である酵母エキスはそれ自体が肉エキス風うま味とこく味を持ち、かつ、食品に添加された場合、塩カドを抑える等、全体の味を調える効果があり近年、天然の食品素材への志向が高まっていることと相まって、加工食品の製造においても広く利用されている。酵母エキスの味質の成分としては、アミノ酸、ペプチド、糖類、5’−ヌクレオチドなどが挙げられ、中でも5’−ヌクレオチドはうま味付与として重要な成分である。
【0003】
かかる5’−ヌクレオチドを含む酵母エキスの製造方法としては、酵母菌体に熱水を作用させて抽出する方法、細胞壁溶解酵素やプロテアーゼなどの酵素を作用させてエキスを抽出する方法、あるいは水酸化ナトリウム等の塩基性物質を溶解した水溶液で抽出する方法等があげられる。(特許文献1)
【特許文献1】特開平6−70716号公報、特開平6−113789号公報、特開平7−39371号公報、特開平9−117263号公報、特開平10−179084号公報、特開平10−262605号公報、特開平11−187842号公報、特開平11−332510号公報、特開平11−332511号公報、特開2002−355008号公報、特開2003−325130号公報、特開2004−222623号公報、特開2004−229540号公報
【0004】
上記の酵素添加法を用いて抽出した酵母エキスは、熱水抽出に比べるとエキスの抽出は十分できるが、苦味成分等も多く抽出され、全体的に味のバランスが悪く、うま味の少ないものとなる。また、酵素自身が高価で反応工程が複雑で時間もかかるなど、問題点があった。
【0005】
他方、塩基性物質を溶解した水溶液を用いて抽出した酵母エキスは、熱水抽出と比べて雑味がやや少なく、うま味の強いものであるが、抽出後にpHを調整するために塩酸等の酸性物質を加える必要があり、この中和によって食塩が生成するために、風味に影響する。食塩を低減したい場合には、脱塩等の工程が必要となる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、味のバランスが良く、食塩の少ない酵母エキスを製造する方法を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、
(1)酵母菌体よりアルカリイオン水を用いてエキスを抽出することを特徴とする酵母エキスの製造方法、
(2)酵母菌体よりアルカリイオン水を用いてエキスを抽出し、その後の工程で酸性水を用いてpH調整を行うことを特徴とする酵母エキスの製造方法、
(3)アルカリイオン水を用いてエキスを抽出する際の温度が70〜100℃、抽出する時間が10〜40分であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の酵母エキスの製造方法、
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法で得られた酵母エキス、
に係るものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法であるアルカリイオン水抽出法では、熱水抽出と比べて、雑味の少ない酵母エキスが得られる。また、同じアルカリ性の水である塩基性物質水溶液を用いる場合と異なり、中和によって食塩が生成しないので、塩分濃度の低い酵母エキスが求められるケースでも、脱塩工程なしで対応できるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、酵母菌体よりエキスを抽出する溶媒がアルカリイオン水であることを特徴とする。
本発明で用いるアルカリイオン水は、水を電気分解することにより得られた、水酸イオンを多く含む水のことであり、pH9〜14のものであるが、pH11〜13のものがより望ましい。また、アルカリイオン水を製造する際に、電気分解を促進させるために塩化ナトリウム等の塩を少量添加したものでもよい。
【0010】
本発明で言う酵母菌体とは、食用に用いられるものであれば何でも良く、酵母エキスに適している酵母として具体的にはキャンディダ・ユティリス、サッカロマイセス・セレビシエ等が挙げられる。
酵母は、糖、窒素源、ミネラル等のような、一般的に用いられている培地組成で培養されたものでよい。
【0011】
酵母菌体は通常、酵母の培養液から遠心分離等により培地及び菌体外生産物を除くことで得られ、ケーク状又はスラリー状である。通常は、さらに得られた酵母菌体に水を加えて再度遠心分離等をすることで菌体を洗浄し、スラリー状の酵母菌体を得る。
【0012】
得られた酵母菌体のスラリーについて、菌体内の酵素を失活させるために90℃で20分前後、加熱処理を行う。この加熱処理は、エキス抽出前でも後でも良いが、旨味成分の含量を高くするためには、エキス抽出前に行うことが望ましい。
【0013】
加熱処理後の酵母菌体スラリーに対し、0.5〜10倍量のアルカリイオン水を添加し、加熱及び攪拌することにより、エキス分を抽出する。加熱温度は70〜100℃、望ましくは85〜95℃とする。加熱温度がこれより低すぎると、抽出率が落ちる。加熱・攪拌時間は10〜40分、望ましくは15〜30分とする。加熱・攪拌時間がこれより短すぎると抽出率が低くなり、これより長くても抽出率は上がらない。
【0014】
本発明で言うエキスとは、天然物からアルカリイオン水のような溶媒を用いて抽出できる成分のことであり、酵母エキスの場合は、核酸、ヌクレオチド、たんぱく質、アミノ酸等を主成分とする。
【0015】
酵母のエキス分抽出後の液は、酵母エキスの水溶液と菌体残渣との懸濁液となる。この懸濁液から、遠心分離等で残渣を除き、酵母エキス水溶液を得る。これについて、必要に応じて、酸性水でpHを調整してもよい。ここで用いる酸性水は、アルカリイオン水を製造する際に対極側に副生するものを用いると、好都合である。
【0016】
このようにして得られた酵母エキス水溶液はRNAを多く含んでおり、これに酵素であるリボヌクレアーゼを添加して60〜70℃で約3時間反応させ、次いでデアミナーゼを添加して40〜55℃、約2時間反応させることにより、強い旨味を有する核酸成分である5’−イノシン酸、5’−グアニル酸を生成させることができる。
【0017】
酵素反応により旨味成分が生成した酵母エキス水溶液は、濃縮して酵母エキスペーストにしたり、デキストリン等を添加して乾燥させて、酵母エキス粉末にしたりすることができる。
【実施例】
【0018】
以下に、本発明の実施例を述べる。
分析方法
RNA含量:酵母エキス水溶液中のRNA含量は、STS法分析(OD 260nm)とHPLC法で測定した。
固形分:菌体の重量は、菌体内酵素失活処理後の酵母菌体スラリー5mLを秤量瓶に取り、105℃の乾燥機で一晩放置後、測定した。
エキスの重量は、アルカリイオン水抽出後の酵母エキスの水溶液10mLを秤量瓶に取り105℃の乾燥機で一晩放置後、測定した。
対菌体エキス抽出率:エキス固形分(mg/mL)/菌体固形分(mg/mL)×100(%)で算出。
対菌体高分子RNA抽出率:抽出エキス中の高分子RNA(mg/mL)/菌体中の高分子RNA(mg/mL)×100(%)で算出。
【0019】
実施例1
キャンディダ・ウチリスATCC16321株の10%菌体懸濁液1000mLから遠心分離で菌体を得た。さらにこの菌体を水に再懸濁して遠心分離する操作を2回行い、菌体を洗浄した。こうして得た菌体に水を加え、全量700mLの重液とした。
本重液につき、90℃、20分間の加熱で菌体内酵素を完全に失活させた後、アルカリイオン水(pH12.4)を1400mL添加し、同温度で20分間攪拌しながらエキス分を抽出した。エキス抽出反応終了後、直ちに冷却し、遠心分離で菌体残渣を除去し、上澄液を得た。上澄液をSTS法で分析すると、菌体からの高分子RNA抽出率は90.1%であった。この上澄液を酸性水(pH3.0)でpH5.8に調整し、68℃に昇温後、リボヌクレアーゼ(天野製薬株式会社製5’−フォスホジエステラーゼ製剤)0.20gを少量の水に溶解したものを加え、68℃を維持して攪拌しながら3時間反応させた。
反応終了後、直ちに反応液の温度を68℃から50℃まで下げ、50℃になった所で、デアミザイム(天野製薬株式会社製デアミナーゼ製剤)0.15gを前記と同様に添加し、50℃の状態で攪拌しながら2時間反応させた。反応終了後、遠心分離で澱を除去した上澄液を濃縮、スプレードライし、酵母エキス粉末26.3gを得た。この酵母エキスをHPLC法で分析したところ、5’−グアニル酸8.0%、5’−イノシン酸7.3%、5’−ウリジル酸6.0%、5’−シチジル酸5.2%であった。また、この1%水溶液をパネリスト15名で官能評価したところ、酵母臭や苦味はなく、うま味が最初に強く感じられ後にはしつこく残らない、すっきりとした味であった。
【0020】
実施例2
キャンディダ・ウチリスATCC16321株の10%菌体懸濁液1000mLから遠心分離で菌体を得た。さらにこの菌体を水に再懸濁して遠心分離する操作を2回行い、菌体を洗浄した。こうして得た菌体に水を加え、全量700mLの重液とした。
本重液につき、90℃、20分間の加熱で菌体内酵素を完全に失活させた後、アルカリイオン水(pH12.4)を1050mL添加し、同温度で20分間攪拌しながらエキス分を抽出した。エキス抽出反応終了後、直ちに冷却し、遠心分離で菌体残渣を除去し、上澄液を得た。上澄液をSTS法で分析すると、菌体からの高分子RNA抽出率は92.0%であった。この上澄液を酸性水(pH3.0)でpH5.8に調整し、68℃に昇温後、リボヌクレアーゼ(天野製薬株式会社製5’−フォスホジエステラーゼ製剤)0.20gを少量の水に溶解したものを加え、68℃を維持して攪拌しながら3時間反応させた。
反応終了後、直ちに反応液の温度を68℃から50℃まで下げ、50℃になった所で、デアミザイム(天野製薬株式会社製デアミナーゼ製剤)0.15gを前記と同様に添加し、50℃の状態で攪拌しながら2時間反応させた。反応終了後、遠心分離で澱を除去した上澄液を濃縮、スプレードライし、酵母エキス粉末27.6gを得た。この酵母エキスをHPLC法で分析したところ、5’−グアニル酸7.7%、5’−イノシン酸7.1%、5’−ウリジル酸5.8%、5’−シチジル酸5.1%であった。また、この1%水溶液をパネリスト15名で官能評価したところ、酵母臭や苦味はなく、うま味が最初に強く感じられ後にはしつこく残らない、すっきりとした味であった。
【0021】
実施例3
キャンディダ・ウチリスCSB6316株(FERM BP-1657)の10%菌体懸濁液1000mLを、90℃、20分間の加熱で菌体内酵素を完全に失活させた後、アルカリイオン水(pH12.4)を2000mL添加し、同温度で15分間攪拌しながらエキス分を抽出した。エキス抽出反応終了後、直ちに冷却し、遠心分離で菌体残渣を除去し、上澄液を得た。上澄液をSTS法で分析すると、菌体からの高分子RNA抽出率は81.4%であった。
この上澄液を酸性水(pH3.0)でpH5.8に調整し、68℃に昇温後、リボヌクレアーゼ(天野製薬株式会社製5’−フォスホジエステラーゼ製剤)0.50gを少量の水に溶解したものを加え、68℃を維持して攪拌しながら3時間反応させた。反応終了後、直ちに反応液の温度を68℃から50℃まで下げ、50℃になったところで、デアミザイム(天野製薬株式会社製デアミナーゼ製剤)0.35gを前記と同様に添加し、50℃の状態で攪拌しながら2時間反応させた。反応終了後、遠心分離で澱を除去した上澄液を濃縮、スプレードライし、酵母エキス粉末47.8gを得た。この酵母エキスをHPLC法で分析したところ、5’−グアニル酸10.8%、5’−イノシン酸9.8%、5’−ウリジル酸8.1%、5’−シチジル酸7.1%であった。また、この1%水溶液をパネリスト15名で官能評価したところ、酵母臭や苦味はなく、うま味が段々と強く感じられるしっかりとした味であった。
【0022】
実施例4
キャンディダ・ウチリスCSB6316株(FERM BP-1657)の10%菌体懸濁液1000mLを、90℃、20分間の加熱で菌体内酵素を完全に失活させた後、アルカリイオン水(pH12.4)を2500mL添加し、70℃で20分間攪拌しながらエキス分を抽出した。エキス抽出反応終了後、直ちに冷却し、遠心分離で菌体残渣を除去し、上澄液を得た。上澄液をSTS法で分析すると、菌体からの高分子RNA抽出率は83.5%であった。
この上澄液を酸性水(pH3.0)でpH5.8に調整し、68℃に昇温後、リボヌクレアーゼ(天野製薬株式会社製5’−フォスホジエステラーゼ製剤)0.50gを少量の水に溶解したものを加え、68℃を維持して攪拌しながら3時間反応させた。反応終了後、直ちに反応液の温度を68℃から50℃まで下げ、50℃になったところで、デアミザイム(天野製薬株式会社製デアミナーゼ製剤)0.35gを前記と同様に添加し、50℃の状態で攪拌しながら2時間反応させた。反応終了後、遠心分離で澱を除去した上澄液を濃縮、スプレードライし、酵母エキス粉末49.7gを得た。この酵母エキスをHPLC法で分析したところ、5’−グアニル酸10.5%、5’−イノシン酸9.6%、5’−ウリジル酸7.9%、5’−シチジル酸6.9%であった。また、この1%水溶液をパネリスト15名で官能評価したところ、酵母臭や苦味はなく、うま味が段々と強く感じられるしっかりとした味であった。
【0023】
比較例1
キャンディダ・ウチリスATCC16321株の10%菌体懸濁液1000mLを実施例1と同様の方法で処理し、全量700mLの重液とした。本重液について、90℃、30分間の加熱で菌体内酵素を完全に失活させた後、90℃から50℃に反応温度を下げ、細胞壁溶解酵素0.35gを加え、同温度で2時間反応させた。反応終了後、直ちに冷却し、遠心分離で菌体残渣を除去し、上澄液を得た。上澄液をSTS法で分析すると、菌体からの高分子RNA抽出率は86.0%であった。この後、上澄液を実施例1と同様の方法でリボヌクレアーゼ(天野製薬株式会社製5’−フォスホジエステラーゼ製剤)0.20g、デアミザイム(天野製薬株式会社製デアミナーゼ製剤)0.13gを加え反応、処理後、濃縮、スプレードライし、酵母エキス粉末25.8gを得た。この酵母エキスをHPLC法で分析したところ、5’−グアニル酸7.5%、5’−イノシン酸6.9%、5’−ウリジル酸5.7%、5’−シチジル酸4.9%であった。また、この1%水溶液をパネリスト15名で官能評価したところ、酵母臭はしないが、アルカリイオン水で抽出したサンプルと比べると苦味が少し残り、また、うま味もあまり強く感じなかった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
このようにして得られた酵母エキスは、旨み成分を多く含むため、調味料の原料として、また加工食品等の風味を向上させるために、幅広く用いることができる。また、pH調整で酸性水を併用すると、食塩の無い酵母エキスも製造可能となり、後から食塩添加することで、自由自在に食塩濃度を調節した酵母エキスを提供できるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母菌体よりアルカリイオン水を用いてエキスを抽出することを特徴とする酵母エキスの製造方法。
【請求項2】
酵母菌体よりアルカリイオン水を用いてエキスを抽出し、その後の工程で酸性水を用いてpH調整を行うことを特徴とする酵母エキスの製造方法。
【請求項3】
アルカリイオン水を用いてエキスを抽出する際の温度が70〜100℃、抽出する時間が10〜40分であることを特徴とする請求項1又は2に記載の酵母エキスの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法で得られた酵母エキス。