説明

酵素燃料電池

【課題】環境又は生体に不利な影響等を与えないメディエータを使用する燃料電池を提供する。
【解決手段】アノード極及びカソード極が電解質膜を介して対向する燃料電池であって、少なくとも前記アノード極に酵素及びメディエータを有し、前記メディエータが、電子伝達可能な生体由来のタンパク質である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素を触媒として利用する燃料電池(以下、「酵素燃料電池」と呼ぶ場合がある)の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料のエネルギを直接電力に変換する装置であり、クリーンでエネルギ変換効率が高く、石油代替燃料の使用が可能であることなどから、その用途として、自動車用電源、携帯機器用電源等に用いられることが期待されている。
【0003】
燃料電池として代表的なものに、燐酸型燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC)、固体酸化物型燃料電池(SOFC)、及び固体高分子型燃料電池(PEFC)等がある。
【0004】
しかしながら、このような燃料電池は、解決すべき多くの問題点を有している。例えば、高い電気エネルギを得るために激しい反応条件(例えば、高温、強酸性溶液又は強アルカリ性溶液)を必要とすることである。また、ほとんどの燃料電池において、電極に使用される触媒は白金等の金属触媒であるが、これらは高価で利用に限界がある。さらに、白金等の金属触媒は比較的低い一酸化炭素濃度でも不活性化されるにもかかわらず、純水素以外の燃料を使用した場合には、一酸化炭素が容易に反応生成物として発生することである。
【0005】
このような問題点を解決すると期待されている燃料電池に、酵素を触媒として利用する燃料電池(酵素燃料電池)がある。酵素燃料電池は、白金等の金属触媒の代わりに酵素を触媒として使用し、アルコール、グルコース等を燃料に用いるものである。酵素を触媒として用いる酵素燃料電池は、生理的環境の室温、中性、大気圧という温和な条件下で作動(発電)できるという特徴を持っている。
【0006】
このとき、触媒として用いられる酵素は、通常固体電極と直接電子の授受を行うことが困難であるため、酵素−電極材間の電子の受け渡しを行う電子伝達物質(メディエータ)が用いられる場合が多い。
【0007】
従来、メディエータは、2−アミノ−3−カルボキシ−1,4−ナフトキノン(ACNQ)、ベンジルビオロゲン、メルドラブルー、メチレンブルー、メチルビオロゲン等の人工合成のメディエータ(例えば、特許文献1、非特許文献1)が用いられていた。
【0008】
人工合成のメディエータは、酵素反応によって生じた電子を効率的に電極材に伝達させることができるため、酵素燃料電池のエネルギ変換効率を増加させるが、毒性を持つものが多く、使用量又は使用後の処理において注意を払わないと環境又は生体に不利な影響等を与えてしまう場合があるという問題点を有している。
【0009】
【特許文献1】特開2005−310613号公報
【非特許文献1】カズ(Katz)ら、ハンドブック オブ フューエルセルズ(Handbook of Fuel Cells)、John Wiley & Sons,Ltd 2003年、21章(Chapter21)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、環境又は生体に不利な影響等を与えないメディエータを使用する燃料電池を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、アノード極及びカソード極を有する燃料電池であって、少なくとも前記アノード極に酵素及びメディエータを有し、前記メディエータが、電子伝達可能な生体由来のタンパク質である。
【0012】
また、前記燃料電池において、前記電子伝達可能な生体由来のタンパク質が、ヘモグロビン、フェレドキシン、シトクロムC551、及びアズリンのうち少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0013】
また、前記燃料電池において、前記酵素が、PQQ(ピロロキノリンキノン)型デヒドロゲナーゼを含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る燃料電池では、メディエータとして電子伝達可能な生体由来のタンパク質を用いることによって、環境又は生体に不利な影響等を与えないメディエータを使用する燃料電池を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の実施の形態について以下説明する。
【0016】
図1は、本発明の実施形態に係る酵素燃料電池の構成の一例を示す模式断面図である。図1に示すように、酵素燃料電池1は、アノード極室6と、カソード極室8と、アノード極10と、カソード極12と、電解質膜14とにより構成される。アノード極室6には燃料が充填され、カソード極室8には、酸素が充填されている。
【0017】
アノード極10は、電極材16と、酵素及びメディエータを含む酸化材18とを有し、燃料が充填されたアノード極室6に設けられている。 一方、カソード極12は、電極材16と、還元材22とを有し、酸素が充填されたカソード極室8に設けられている。
【0018】
酸化材18内のメディエータは、酸化材18内の酵素−電極材16間の電子の受け渡しを行う電子伝達可能な生体由来のタンパク質である。電子伝達可能な生体由来のタンパク質とは、生体(微生物〜人間までのあらゆる生き物)から得られる鉄、銅等を含む金属含有タンパク質であり、例えば、ヘモグロビン(Hemoglobin)、フェレドキシン(Ferredoxin)、シトクロム(Cytochrome)C511、シトクロムP450、アズリン(Azurin)、プラストシアニン(Plastocyanin)、シトクロムa,a,a,b,b,b,b,b,b555,b559,b562,b563,b565,b566,c,c,c,c,d,e,f,o,P−450、ヘモシアニン(Hemocyanin)、フェリチン(Ferritin)等が挙げられる。コスト、取り扱い、及び酸化材18内の酵素−電極材16間の電子の受け渡しを効率的に行うことが可能な点において、ヘモグロビン、フェレドキシン、シトクロムC511、アズリンであることが好ましい。特にコストの点では、食肉牛の処理過程等で、大量に取得可能なヘモグロビンが好ましい。また、特に酸化材18内の酵素−電極材16間の電子の受け渡しを効率的に行うことが可能な点では、後述する電極材16及び酸化材18内の酵素の種類により多少の影響は受けるがフェレドキシンが好ましい。
【0019】
電子伝達可能な生体由来のタンパク質の具体例として、ウシ由来のヘモグロビン(ナカライテクス社製)、クロストリジウム由来のフェレドキシン(SIGMA社製)、シュードモナス由来のシトクロムC551(SIGMA社製)、シュードモナス由来のアズリン(SIGMA社製)等が挙げられる。
【0020】
酸化材18内の酵素は、アノード極室6に充填される燃料(アノード極10に供給される燃料)の酸化反応に関与するものであり、下記に例示する燃料に応じて選択されることが好ましい。例えば、メタノールを燃料とする場合、メタノールからホルムアルデヒドへ酸化するアルコールデヒドロゲナーゼが挙げられる。また、例えば、グルコースを燃料とする場合、グルコースからグルコノラクトンへ酸化するグルコースデヒドロゲナーゼが挙げられる。
【0021】
上記酵素は、NAD依存型デヒドロゲナーゼ又はPQQ(ピロロキノリンキノン)型デヒドロゲナーゼであることが好ましい。NAD依存型デヒドロゲナーゼは、補酵素としてNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が用いられ、NADの存在下において燃料の酸化反応が進行する。一方、PQQ(ピロロキノリンキノン)型デヒドロゲナーゼは、生体由来の酵素であり、NADの補酵素の非存在下でも燃料の酸化反応が進行する。本実施形態では、酸化材18内のメディエータとして好ましいヘモグロビン、フェレドキシン、シトクロムC511、アズリンとの構造上の相性の点から、PQQ(ピロロキノリンキノン)型デヒドロゲナーゼが好ましい。
【0022】
また、PQQ型デヒドロゲナーゼの具体例として、アセトバクターパステウリアヌス(Acetobacter pasteurianus)、メチロバクテリウムエクストルケヌス(Methylobacterium extor quens)、パラコッカスデニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)、シュードモナスプチダ(Pseudomonas putida)、コマモナステストステロニ(Comamonas testosteroni)(NBRC 12048)由来のPQQ型アルコールデヒドロゲナーゼ、アセトバクターカルコアセチクス(Acetobacter calcoaceticus)、大腸菌由来のPQQ型グルコースデヒドロゲナーゼ等を用いることができる。PQQ型デヒドロゲナーゼのうちコマモナステストステロニ(NBRC 12048)由来のPQQ型アルコールデヒドロゲナーゼは、特にヘモグロビン、フェレドキシン、シトクロム、アズリンとの構造上の相性がよく、燃料の酸化反応を促進させる。
【0023】
また、 酸化材18内の酵素のその他の例として、糖代謝に関与する酵素 (例えばヘキソキナーゼ、グルコースリン酸イソメラーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、フルクトース二リン酸アルドラーゼ、トリオースリン酸イソメラーゼ、グリセルアルデヒドリン酸デヒドロゲナーゼ、ホスホグリセロムターゼ、ホスホピルビン酸ヒドラターゼ、ピルビン酸キナーゼ、L−乳酸デヒドロゲナーゼ、D−乳酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、クエン酸シンターゼ、アコニターゼ、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、2−オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ、スクシニル−CoAシンテターゼ、コハク酸デヒドロゲナーゼ、フマラーゼ、マロン酸デヒドロゲナーゼ等)等を用いることができる。
【0024】
アノード極室6に充填する燃料(アノード極10に供給する燃料)は、例えば、メタノール等のアルコール類、グルコース等の糖類、脂肪類、タンパク質、糖代謝の中間生成物の有機酸(グルコース−6−リン酸、フルクトース−6−リン酸、フルクトース−1,6−ビスリン酸、トリオースリン酸イソメラーゼ、1,3−ビスホスホグリセリン酸、3−ホスホグリセリン酸、2−ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、アセチル−CoA、クエン酸、cis−アコニット酸、イソクエン酸、オキサロコハク酸、2−オキソグルタル酸、スクシニル−CoA、コハク酸、フマル酸、L−リンゴ酸、オキサロ酢酸等)、これらの混合物等が用いられる。
【0025】
電極材16は、電極材16中に酵素及びメディエータを含む酸化材18をより多く浸漬又は固定化させることができる点において、多孔質材料であることが好ましい。例えば、カーボンフェルト、カーボンペーパ、活性炭等が挙げられる。
【0026】
アノード極10は、例えば、酵素及びメディエータを含む酸化材18をポリマー又は架橋剤により電極材16に固定化させ作製される。また、例えば、酵素及びメディエータを含む酸化材18を緩衝溶液に溶解させ、その溶解液を電極材16に浸漬させ作製される。
【0027】
酸化材18を電極材16に固定化させるために用いられるポリマーとしては、ポリビニルイミダゾール、ポリアリルアミン、ポリアミノ酸、ポリピロール、ポリアクリル酸、ポリビニルアルコール、ポリプロピレンと無水マレイン酸のグラフト共重合体、メチルビニルエーテルと無水マレイン酸の共重合体、オルソクレゾールノボラック型エポキシ樹脂などが用いられる。また、酸化材18を電極材16に固定化させるために用いられる架橋剤としては、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、グルタルアルデヒド、スベリン酸ジスクシミジル、スクシミジル−4−(p−マレイミドフェニル)ブチレート等が用いられる。
【0028】
緩衝溶液としては、MOPS(3−(N−morpholino)propanesulfonic acid)緩衝溶液、リン酸緩衝液、トリス緩衝液等が使用する酵素の至適pH及び使用目的に応じて用いられる。
【0029】
次にカソード極12について説明する。カソード極12を構成する還元材22は、電極触媒として白金等の金属触媒が担持された炭素粉末、又は酸素還元酵素及びメディエータにより構成されているものを使用することができる。
【0030】
還元材22が、酸素還元酵素及びメディエータにより構成されている場合、酸素還元酵素としては、ビリルビンオキシターゼ、ラッカーゼ、ペルオキシダーゼ等を用いることができる。また、メディエータとしては、上記説明したものと同様のものを用いることができる。
【0031】
還元材22が、金属触媒が担持された炭素粉末により構成されている場合、金属触媒として、例えば、白金、鉄、ニッケル、コバルト、ルテニウム等が用いられる。また、炭素粉末として、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、チャンネルブラック、サーマルブラック等のカーボンブラック等が用いられる。
【0032】
カソード極室8に充填させる酸素(カソード極12に供給される酸素)は、酸素が溶存した緩衝液等の溶液を用いることができる。また、フェリシアン化カリウム等の犠牲試薬を添加した緩衝液(酸素が含まれている)等を用いることができる。また、カソード極12を構成する還元材22が、白金等の金属触媒を担持した炭素粉末であれば、酸素ガスを用いることができる。
【0033】
酸素還元酵素及びメディエータを還元材22として用いる場合、カソード極12は、上記同様に酸素還元酵素及びメディエータをポリマー及び架橋剤により電極材16に固定化させ作製される。また例えば、酸素還元酵素及びメディエータを緩衝溶液に溶解させ、その溶解液を電極材16に浸漬させ作製される。ポリマー、架橋剤、緩衝溶液は、上記と同様のものを使用することができる。
【0034】
一方、金属触媒が担持された炭素粉末を用いる場合、カソード極12は、金属触媒が担持された炭素粉末を下記電解質膜と同様の電解質(例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸系の電解質)により電極材16に固定化させ作製される。
【0035】
電解質膜14は、電子伝導性を持たずプロトン伝導性を有するものであれば特に制限されるものではない。例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸系の樹脂膜、トリフルオロスチレン誘導体の共重合膜、リン酸を含浸させたポリベンズイミダゾール膜、芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸膜等が挙げられる。具体的にはナフィオン(登録商標)が用いられる。
【0036】
以上のように構成された本実施形態に係る酵素燃料電池1の発電反応について以下説明する。図2は、本実施形態に係る酵素燃料電池の発電反応を示す模式断面図である。図2に示すようにアノード極室6に充填する燃料(アノード極10に供給する燃料)をメタノールとし、酸化材内の酵素をPQQ型アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)とする場合を例として説明する。
【0037】
アノード極室6にメタノール及びカソード極室8に酸素を充填すると、アノード極10及びカソード極12での酸化還元反応は、下式(1),(2)によって表される。
【0038】
ADH
アノード極:CHOH → HCHO+2H+2e (1)
カソード極:2H+1/2O+2e → HO (2)
【0039】
図2及び上式(1)に示すように、アノード極10では、メタノールがADHによってホルムアルデヒドと水素イオンと電子とにする反応が行われる。電子は、メディエータによって電極材に運ばれ、さらに外部回路を通じてカソード極12に運ばれる。水素イオンは、電解質膜を介して、カソード極12に移動する。一方、図2及び上式(2)に示すように、カソード極12では、水素イオン、電子、酸素が反応して水を生成する反応が行われる。上記これらの反応によって、外部回路にエネルギを放出する。
【0040】
次に、本発明の他の実施形態について説明する。
【0041】
図3は、本発明の他の実施形態に係る酵素燃料電池の構成の一例を示す模式断面図である。図3に示すように、酵素燃料電池2は、アノード極10と、カソード極12と、電解質膜14と、セパレータ24とにより構成される。なお、図1に示した酵素燃料電池1と共通するものについては同一の符号を付している。
【0042】
酵素燃料電池2は、カソード極12に酸素ガスを供給・排出(アノード極10に上記燃料を供給・排出)することができるものである。酸素の拡散は、溶液中よりも気相中の方が大きいため、酸素の反応効率を高くするためには、酸素ガスであることが好ましい。但し、酸素ガスに限られるものではなく、酸素が溶存した溶液であってもよい。
【0043】
アノード極10は、電極材16と、酸化材18とを有するものである。酸化材18は、上記説明した酵素及びメディエータを含むものである。一方、カソード極12は、電極材16と、上記説明した酸素還元酵素及びメディエータ、又は金属触媒が担持された炭素粉末を含む還元材22とを有するものである。
【0044】
セパレータ24は、櫛型状の金属板又は焼成カーボン等のカーボン系材料等を使用することができる。櫛型状のセパレータ24の空洞部は、アノード極10及びカソード極12に上記述べた燃料及び酸素ガスを供給・排出するための燃料供給排出路28及び酸素供給排出路30となっている。
【0045】
以上のように構成された本発明の他の実施形態に係る酵素燃料電池2を燃料電池セルとして複数層積層し、燃料電池積層体としても使用可能である。
【0046】
上記これらの実施形態に係る酵素燃料電池は、例えば、携帯電話、ノートパソコン等のモバイル機器用小型電源、自動車用電源、家庭用電源、ペースメーカ等の生体埋め込み式チップ用マイクロ電源等として用いることができる。
【0047】
メディエータに電子伝達可能な生体由来のタンパク質を用いることにより、生体に及ぼす不利な影響等を与えないメディエータを使用する酵素燃料電池を提供することが可能であるため、特に、ペースメーカ等の生体埋め込み式チップ用マイクロ電源として好適である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例及び比較例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
<PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼの調製>
コマモナステストステロニ(NBRC 12048)株を下記組成の培地10mlに植菌し、振とう培養機TXY−16R−3F(高崎科学器械社製)を用いて培養(培養条件:30℃、120rpm、24〜72時間)した。培養後の培養液1.5mlを下記組成の培地100mlに加え、さらに振とう培養機TXY−16R−3F(高崎科学器械社製)を用いて培養(培養条件:30℃、110rpm、72時間)することによって、1Lの培養液を得た。
【0050】
(培地組成)
HPO・3HO 15.4g
KHPO 4.52g
MgCl・6HO 0.5g
(NHSO 3g
CaCl・2HO 17.1mg
FeSO・7HO 15mg
Yeast Extract 100mg/1L
また、上記培養直前に、1−Butanol(ナカライテスク社製)を0.3%及びPQQ(Methoxatin、SIGMA社製)を1μMとなるように添加した。
【0051】
次に、上記培養液を遠心処理(遠心処理条件:4℃以下、5000rpm、10分間)し、菌体(湿菌体重量3g)を回収した。得られた菌体は、10mMのMOPS緩衝液(pH7.5)に懸濁し、再度、遠心処理(遠心処理条件:4℃、5000rpm、10分間)を行い、洗浄した。
【0052】
続いて、菌体の湿重量を測定し、菌体の湿重量0.1gに対して、1mlの50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)及び1gのガラスビーズ(0.1mmφ、安井器械社製)を添加し、マルチビーズショッカー(安井器械社製)を用いて、菌体の破砕(破砕条件:0℃、2500rpm、2分間、3サイクル)を行った。
【0053】
破砕後、菌体を遠心処理(遠心処理条件:4℃、6000rpm、10分間)し、上清液を40mlの容器へ移し、上清液をさらに遠心処理(遠心処理条件:4℃、10000rpm、10分間)し、厚さ0.45μmのフィルタによりろ過し、無細胞抽出液(アルコールデヒドロゲナーゼ含有)のろ液を得た。
【0054】
得られた無細胞抽出液中の蛋白質濃度は、Protein Assay試薬(BIORAD社製)を用い、試薬に添付のBSA(Bovine Serum Albumin)を標準タンパク質として、以下のように測定した。得られた無細胞抽出液中の蛋白質濃度は、5.7mg/mlであった。
【0055】
<無細胞抽出液中の蛋白質濃度測定>
0.131,0.262,0.393,0.524,0.655,0.786,0.983mg/mlの濃度となるように調製したBSA溶液20μlを、純水で5倍希釈した染色試薬1mlに添加し、室温で5分間インキュベーションした。インキュベーション後、分光光度計DU7400(ベックマン社製)で、波長595nmの吸光度を測定した。測定後、添加したBSA濃度と波長595nmの吸光度の相関を求め、これを検量線とした。次に、MOPS緩衝液で10倍希釈した無細胞抽出液20μLを上記同様に、純水で5倍希釈した染色試薬1mlに添加し、室温で5分間インキュベーションした。インキュベーション後、分光光度計DU7400(ベックマン社製)で、波長595nmの吸光度を測定した。得られた吸光度と先に求めた検量線から、無細胞抽出液の蛋白質濃度を定量した。
【0056】
次に、HiTrap CM FFカラム(アマシャムバイオサイエンス社製)を用いてアルコールデヒドロゲナーゼの精製を以下の手順で行った(HiTrap CM FFカラムによるアルコールデヒドロゲナーゼの精製の詳細については、Eur.J.Biochem.235,690−698(1996)を参照)。まず、10mMのMOPS緩衝液(pH7.5)で平衡化したHiTrap CM FFカラム5mlに、上記調製した無細胞抽出液を27ml添加し、10mMのMOPS緩衝液(pH7.5)で洗浄した。洗浄後、0.1M〜0.5MのNaClの濃度勾配によってアルコールデヒドロゲナーゼを溶出させた。得られたアルコールデヒドロゲナーゼは、濃度4μMのPPQ及び5mMのCaClを添加した10mMのMOPS緩衝液(pH7.5)中で、25℃〜30℃で30分以上静置させた。これをPQQ型アルコールデヒドロゲナーゼ(コマモナステストステロニ由来)とした。PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼは、0.12mg/mlの濃度のものが3.5ml得られた。
【0057】
<酵素燃料電池の作製>
(実施例1)
図4は、実施例において使用した試験用酵素燃料電池の構成を示す模式斜視図である。図4に示すように、電解質膜14としてNafion117(登録商標、Aldrich社製、寸法:1辺20mm×厚さ0.2mm)の両側にアノード極10及びカソード極12を設けたシリコンラバー38、さらにその両側に白金線36を付けた集電用ステンレス板32(寸法:1辺20mm×厚さ0.1mm)及び絶縁材としてのアクリル板34(寸法:1辺50mm×厚さ3mm)を挟み、試験用酵素燃料電池3を作製した。集電用ステンレス板32は、外部回路とアノード極10又はカソード極12とを電気的に接続させるためのものである。
【0058】
図5は、実施例において使用したアノード極10(又はカソード極12)を設けたシリコンラバー38を示す模式斜視図である。図5に示すように、アノード極10(又はカソード極12)をシリコンラバー38(寸法:1辺20mm×厚さ3mm)の空孔部40(寸法:1辺10mm×厚さ3mm)に設けた。アノード極10は、電極材としてのグラファイトフェルト(Alfa Aesar社製、寸法:1辺10mm×厚さ3mm)に上記精製したアルコールデヒドロゲナーゼ(50μg/ml)及びメディエータとしてウシ由来のヘモグロビン(100μg/ml)(ナカライテクス社製)を浸漬させたものを使用した。一方、カソード極12は、グラファイトフェルト(Alfa Aesar社製、寸法:1辺10mm×厚さ3mm)に50mMのフェリシアン化カリウムを浸漬させたものを使用した。図4,5に示すように作製した試験用酵素燃料電池を実施例1とした。
【0059】
(実施例2〜4)
メディエータとしてクロストリジウム由来のフェレドキシ(SIGMA社製)、シュードモナス由来のシトクロムC551(SIGMA社製)、シュードモナス由来のアズリン(SIGMA社製)をそれぞれ用い、実施例1と同様に作製した試験用酵素燃料電池をそれぞれ実施例2,3,4とした。
【0060】
(比較例1〜3)
グラファイトフェルトのみ(上記PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼ及びメディエータを浸漬していない)の燃料極、グラファイトフェルトに上記PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼを浸漬した燃料極、グラファイトフェルトに上記PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼ及びメディエータの代わりに生体由来であるが電子伝達性のないBSA(SIGMA社製)を浸漬した燃料極を用い、実施例1と同様に作製した試験用酵素燃料電池をそれぞれ比較例1,2,3とした。
【0061】
下記表1に実施例1〜4及び比較例1〜3の上記アルコールデヒドロゲナーゼとメディエータの組成を示す。
【0062】
【表1】

【0063】
<エタノールを燃料とした場合の実施例1〜4及び比較例1〜3の電流値測定>
図4に示す実施例1のアノード極10に100mMのエタノールを20μl供給した後、アノード極10とカソード極12とを200オームの外部負荷を介して連結し、10分後、Agilent 34970A(Agilent Technologies社製)を用いて実施例1の電流値を測定した。実施例2〜4及び比較例1〜3の電流値も同様に測定した。また比較例1は、エタノールを供給しない場合の電流値も同様に測定した。図6にエタノールを燃料とした場合の実施例1〜4及び比較例1〜3(比較例1はエタノールを供給しない場合も含む)の電流値の結果を示す。
【0064】
<ブタノールを燃料とした場合の実施例1〜4の電流値の測定>
ブタノールを燃料としてアノード極に供給する以外は、上記エタノールを燃料として供給した場合と同様に、実施例1〜4の電流値を測定した。図7にブタノールを燃料とした場合の実施例1〜4の電流値の結果を示す。
【0065】
実施例1〜4、及び比較例2,3で使用した上記PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼ(コマモナステストステロニ由来)は、PQQを補因子とし、C末端にシトクロムCドメインを有すると報告されている(Protein Engineering 11,185−198(1998)参照)。図6に示すように、比較例2は、カーボンフェルトに上記PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼのみを浸漬させたアノード極を使用したものであるが、電子伝達可能な生体由来のメディエータを使用しなくても、シトクロムCドメインを経由して電極材に電子伝達させたことによると考えられる電流発生を観測した。しかし、上記PQQ型アルコールデヒドロゲナーゼと電子伝達可能な生体由来のメディエータを使用した実施例1〜4は、電子伝達可能な生体由来のメディエータを使用していない比較例1〜3より高い電流値を示した。実施例1〜4の電流値の向上は、メディエータとして使用したヘモグロビン、フェレドキシン、シトクロムC511、及びアズリンが、金属含有タンパク質であるため(比較例3のメディエータ(BSA)は、金属含有タンパク質ではない)、上記アルコールデヒドロゲナーゼから電極材への電子伝達が良好となることによるものである。さらに、実施例1〜4の生体由来の電子伝達メディエータのうち、フェレドキシンを用いた実施例2が、最も高い電流値を示した。
【0066】
図7に示すように、ブタノールを燃料として供給することにより、エタノールを燃料として供給する場合より(図6)、実施例1〜4それぞれの電流値を向上させた。これは、コマモナステストステロニ由来のアルコールデヒドロゲナーゼの基質(燃料)特異性によるものである。
【0067】
このように、電子伝達可能な生体由来のメディエータを用いることによって、生体に不利な影響を与えることなく、電流値を向上させる酵素燃料電池の提供が可能となった。また、コマモナステストステロニ由来のアルコールデヒドロゲナーゼを酵素として用いた場合、電子伝達可能な生体由来の電子伝達メディエータの中では、フェレドキシを用い、燃料としてブタノールを供給することにより、電流値を向上させることができた。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施形態に係る酵素燃料電池の構成の一例を示す模式断面図である。
【図2】本実施形態に係る酵素燃料電池の発電反応を示す模式断面図である。
【図3】本発明の他の実施形態に係る酵素燃料電池の構成の一例を示す模式断面図である。
【図4】実施例において使用した試験用酵素燃料電池の構成を示す模式斜視図である。
【図5】実施例において使用したアノード極10(又はカソード極12)を設けたシリコンラバー38を示す模式斜視図である。
【図6】エタノールを燃料とした場合の実施例1〜4及び比較例1〜3(比較例1はエタノールを供給しない場合も含む)の電流値の結果を示す図である。
【図7】ブタノールを燃料とした場合の実施例1〜4の電流値の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1,2 酵素燃料電池、3 試験用酵素燃料電池、6 アノード極室、8 カソード極室、10 アノード極、12 カソード極、14 電解質膜、16 電極材、18 酸化材、22 還元材、24 セパレータ、28 燃料供給排出路、30 酸素供給排出路、32 集電用ステンレス板、34 アクリル板、36 白金線、38 シリコンラバー、40 空孔部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード極及びカソード極を有する燃料電池であって、
少なくとも前記アノード極に酵素及びメディエータを有し、
前記メディエータが、電子伝達可能な生体由来のタンパク質であることを特徴とする燃料電池。
【請求項2】
請求項1記載の燃料電池であって、前記電子伝達可能な生体由来のタンパク質が、ヘモグロビン、フェレドキシン、シトクロムC551、及びアズリンのうち少なくとも1つを含むことを特徴とする燃料電池。
【請求項3】
請求項2記載の燃料電池であって、前記酵素が、PQQ(ピロロキノリンキノン)型デヒドロゲナーゼを含むことを特徴とする燃料電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate