酸化インジウム微粉末及びスズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法
【課題】 安定した透明性及び優れた導電性あるいは熱線遮蔽性を有するITO膜を得ることのできる真空成膜用焼結体の形成に適し、かつ、塗布法あるいは樹脂中分散法にも好適な六方晶系酸化インジウム微粉末あるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の安定的な製造方法を提供する。
【解決手段】酸化インジウム水和物、あるいは酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系酸化インジウム微粉末、あるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【解決手段】酸化インジウム水和物、あるいは酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系酸化インジウム微粉末、あるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明性を有し、かつ導電性及び熱線遮蔽性に優れる薄膜あるいは成形体を形成できる六方晶系酸化インジウム微粉末及び六方晶系スズ含有酸化インジウム(ITO)微粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スズ含有酸化インジウム(ITO)は太陽電池や液晶ディスプレイ等の透明電極、エレクトロルミネツセンスディスプレイやタッチパネル等の透明導電膜、あるいは車両用窓ガラスや建築用ガラス等の透明熱線遮蔽膜の形成用材料として広く用いられている。スズ含有酸化インジウムからなる透明導電膜あるいは透明熱線遮蔽膜の形成技術としては、スパッタリング法、真空蒸着法、CVD法、塗布法等が挙げられ、一般的に用いられている手法は真空成膜法である真空蒸着法及びスパッタリング法であり、夫々その蒸着源あるいはターゲットとしてはスズ含有酸化インジウムの焼結体が用いられている。焼結体は一般に酸化インジウム粉末と酸化スズ粉末を混合、あるいは共沈反応に由来する酸化インジウム水和物と酸化スズ水和物の混合物を焼成しスズ含有酸化インジウムとした後、成型、焼結することにより製造される。この焼結体に最も望まれる特性は高焼結密度であり、充分な密度を有しない焼結体であると、真空蒸着法ではスプラッシュ(ITO焼結体から破損微粒子が飛散する現象)、スパッタリング法ではノジュール(ITO焼結体表面に黒色突起物が発生する現象)という不具合が夫々発生する。そのような高焼結密度の焼結体を得るために、特定の条件下で焼結する方法が提案されている。例えば、酸化インジウムと酸化スズを主成分とする粉末混合体をプレス成型し、1気圧以上の加圧酸素雰囲気中で焼結させる方法(例えば特許文献1参照)、あるいは焼結時に1000℃以上1300℃以下の温度範囲に2時間以上保持した後に昇温し、1500℃以上1650℃以下の温度範囲で1時間以上保持する方法が提案されている(例えば特許文献2参照)。
【0003】
しかし、これらの方法は特殊な雰囲気下、あるいは1500℃以上の高い温度範囲での操作を含むため、設備費用がかかる上に焼結体が異常粒成長を起こしやすく、ターゲットの大型化に対しても制約が多いという問題を有している。その様な問題を解決する方法として、焼結し易く、高密度の焼結体を得るのに適した原料としての酸化インジウム微粉末あるいはスズ含有酸化インジウム微粉末及びその製造方法が提案されている。(例えば特許文献3〜5参照)
【0004】
また、近年の微粒子製造技術の発展に伴い、これらの真空成膜法等に代わって、微粉末を用いてこれを塗布することにより成膜、あるいは有機樹脂中に分散させ成形体とする方法が開発され、この塗布法あるいは樹脂中分散法に適したスズ含有酸化インジウム微粉末が提案されている。例えば透明導電膜用途向けでは本発明者等も、スズ塩及びインジウム塩の溶液に温度を30℃以下に保持しながらアルカリ水溶液を添加して得られた酸化スズ及び酸化インジウムの水和物を加熱処理する方法を提案している(例えば特許文献6参照)。また、熱線遮蔽膜用途向けではxy色度図上でx値0.220〜0.295、y値0.235〜0.325の色調を有し、格子定数が10.110〜10.160Åであり、赤外領域またはその近傍の最低カットオフ波長が1000nm以下であることを特徴とする赤外線カットオフ粉末が提案されている(例えば特許文献7参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酸化インジウムあるいはスズ含有酸化インジウムの結晶構造としては、立方晶系と六方晶系が知られているが、特許文献3〜7に記載される方法に限らず、特に明確に結晶系を特定しない場合には立方晶系を意味するものであり、一般に工業的に実用化、製造されている酸化インジウム微粉末及びスズ含有酸化インジウム微粉末は何れも立方晶系の結晶構造を有するものである。特許文献3〜5で提案する高密度の焼結体が得られるとされる酸化インジウム粉末あるいはスズ含有酸化インジウム粉末は、何れもこれらを用いることによって得られる焼結体においてその理論密度が7.15g/cm3程度と記されていることから結晶構造は立方晶系であると判断される。また、塗布法あるいは樹脂中分散法に適するとして提案される本発明者らによる特許文献6に記載する方法で得られるスズ含有酸化インジウムも立方晶系であり、特許文献7では格子定数を明示しており立方晶系であることが明確である。立方晶系の結晶構造を有するスズ含有酸化インジウム微粉末は、低粉体抵抗、高熱線遮蔽性及び易分散性は示すものの、耐酸化性、耐熱性等の環境安定性に問題を含むものであった。
【0006】
一方、六方晶構造は立方晶構造に比べInイオン間の距離が短いため、より大きな移動度が発現し、導電性及び熱線遮蔽性に優れており、粉末の理論密度(7.31g/cm3)ならびに圧粉密度が高いことから、これを成型し焼結させた場合には立方晶系より高密度の焼結体が得られる。同様に、塗布法あるいは樹脂中分散法においては膜中あるいは成形体中での粉末充填性に優れ、透明導電層の低抵抗化及び熱線遮蔽層における近赤外線遮蔽性能の向上に有利であり、耐酸化性、耐熱性等の環境安定性にも優れる。
【0007】
そのような六方晶構造を有するスズ含有酸化インジウム粉末の製造方法としては、インジウム塩並びにスズ塩を含む水溶液をアンモニアで中和し、反応溶液pHを6.8〜7.5の範囲で制御し、得られた中和物をろ過、乾燥、大気中600〜700℃で仮焼した後、還元雰囲気中350〜450℃で還元焼成する方法が提案されている(例えば特許文献8参照)。また、アルカリ水によりインジウム塩:スズ塩の水溶液を中和する際に、その水溶液を含んだままで乳化機を通して循環させながら中和する方法が提案されている(例えば特許文献9参照)。
【0008】
しかしながら、特許文献8に記載された方法では、六方晶系(コランダム型)のITOを得るためには、アンモニアを中和剤として用いることが不可欠であると開示し、かつアンモニアを中和剤として用いたとしても、反応のpHが6.8未満または7.5を越える場合はBixbyte型(立方晶系)のITO微粉末になるとし、しかも仮焼する温度も600〜700℃と狭い範囲でなければならないとあり(第3頁左欄第6〜15行)、目的の六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を得るためには、反応条件、仮焼条件等、極めて複雑である。
また、特許文献9に記載された方法は請求項4、〔0015〕、〔0079〕からも明らかなように、中和の際に乳化機を用いて、反応液を撹拌槽と乳化機の間で循環させる必要があり決して簡便な方法とは言い難く、かつ、機械的な手段に依存する方法であるが故に安定的に特定の結晶系を生成させるという点で問題を含むものである。
【0009】
【特許文献1】特開平3−207858号公報
【特許文献2】特開平11−106217号公報
【特許文献3】特開平6−191846公報
【特許文献4】特開平10−182150号公報
【特許文献5】特開2001−172018号公報
【特許文献6】特開平6−227815公報
【特許文献7】特開平7−69632号公報(請求項1)
【特許文献8】特開平11−157837号公報(請求項2)
【特許文献9】特開平2003−40620号公報(請求項4)
【0010】
本発明の課題は、透明性を有し、導電性、熱線遮蔽性、耐酸化性、耐熱性に優れるITO膜を得ることのできる、真空成膜用焼結体の形成に適し、かつ、塗布法あるいは樹脂中分散法にも好適な六方晶系酸化インジウム微粉末及び六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を容易に、かつ、安定的に製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の発明に係る。
1.酸化インジウム水和物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
2.無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである上記記載の六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
3.酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
4.無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである上記記載の六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸化インジウム水和物あるいは酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物の酸化物への分解過程において、150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気処理することにより、六方晶系酸化インジウム微粉末及びあるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を安定的に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、無酸素〜低酸素の雰囲気とは窒素あるいはアルゴン等の不活性ガス雰囲気、水素あるいはアンモニア等の反応性ガス雰囲気、過熱水蒸気雰囲気、あるいは真空雰囲気を言う。ここで低酸素の雰囲気とは酸素の量が5.0vol%以下の雰囲気を指す。
過熱水蒸気とは、飽和水蒸気に対し圧力を上げることなくそのまま熱を加えたものを言い、標準の大気圧であれば100℃で沸騰して蒸発して出て来る水蒸気が飽和水蒸気であり、この飽和水蒸気にさらに熱を加えたものが過熱水蒸気である。
【0014】
本発明での出発原料となる酸化インジウム水和物あるいは酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物の製造方法は特に限定するものではなく、例えば酸化インジウム水和物の製造方法であれば、公知の方法である塩化インジウム、硝酸インジウム等のインジウム塩の溶液に中和剤としてアンモニア等のアルカリ水溶液を添加する方法を挙げることができる。また、その際の中和剤は特に限定されず、NaOH、KOH等のアルカリ金属水酸化物、Ca(OH)2等のアルカリ土類金属水酸化物、Na2CO3等のアルカリ金属炭酸塩、アンモニア等のいずれをも使用することができ、中和反応時のpHも特に限定するものではなく、通常の中性域となるpH5.0〜9.0という広い範囲で行うことができる。また、反応時に乳化機を用いるなどの特殊な操作も必要としない。さらに、出発原料となる各水和物の粒子径に関しても限定されないが、一般的に真空成膜用焼結体には1次粒子径として0.1μmを超えるものが好適で、0.12〜0.50μmがより好適であり、比表面積(BET法による)としては1.5〜20m2/gが好適である。また、塗布法あるいは樹脂中分散法には1次粒子径として0.1μm以下のものが好適で、0.01〜0.1μmがより好適であり、比表面積としては5〜120m2/gが好適である。
【0015】
本発明では酸化インジウムの水和物あるいは酸化スズの水和物及び酸化インジウムの水和物の混合物をスラリー状あるいはろ過により脱水した後に150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気で処理する。この温度範囲を外れる無酸素〜低酸素雰囲気処理では、その後の酸化物への分解工程において如何なる雰囲気、温度に設定しても六方晶系の酸化物とはならず、立方晶系の酸化物もしくは両結晶系の混合物しか得られない。
【0016】
150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気処理することによる結晶系への作用は明らかではないが、当該条件下で得られた生成物のX線回折による同定では特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察されたのに対し、上記以外の条件下、例えば通常の大気雰囲気下で得られた生成物は特定不能のピーク並びにIn(OH)3、あるいは立方晶系の酸化物のピークが観察されるがInO(OH)のピークは観察されない。また、無酸素〜低酸素雰囲気処理であっても、150℃未満では特定不能のピーク並びにIn(OH)3のピークは観察されるがInO(OH)のピークは観察されず、350℃を越えると特定不能のピーク並びにInO(OH)の他に立方晶系の酸化物のピークが観察されるようになり、温度が高くなるに従いInO(OH)の割合が減少、ついには観察されなくなる。即ち、当該条件下ではその後の加熱分解により六方晶系の酸化物となる前駆体InO(OH)が選択的に生成するものと推定される。
【0017】
無酸素〜低酸素雰囲気処理における処理時間は特に限定するものではないが、上記したように当該処理が六方晶系の酸化物の前駆体であるInO(OH)の生成を安定的に行うことを目的とするものであることから30分以上が好ましく、特に1〜7時間程度がより好ましい。
【0018】
本発明においては、酸化インジウム水和物あるいは酸化スズの水和物及び酸化インジウムの水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気処理した後、さらに加熱分解することにより六方晶系の酸化物とする。加熱分解温度は360〜1200℃と広い温度範囲を採用することができ、好ましくは400〜1000℃の範囲で行うことができる。360℃に満たない場合は前駆体の酸化物への分解が不十分でInO(OH)が残存するため、導電性及び熱線遮蔽性が発現し難くなったり、緻密な成型体を得難いことから高密度の焼結体が得られない。また、1200℃を超える場合には粒子間焼結が進み、真空成膜用焼結体向けには粉末としての焼結性が損なわれてしまう他、塗布法あるいは樹脂中分散法においては透明性及び分散性を損なう結果となる。加熱分解の際には、必要に応じて窒素,アルゴン等の不活性ガス雰囲気あるいは水素,アンモニア等の還元性雰囲気にて処理すれば、酸素欠損による空孔の存在によって導電性及び熱線遮蔽性は更に向上する。
【0019】
本発明において得られる微粉末中の六方晶系酸化インジウムあるいは六方晶系スズ含有酸化インジウムの割合は100%のものを目的としているが、勿論少量、例えば10%以下、好ましくは5%以下、更に好ましくは1%以下の他成分、例えば立方晶系酸化インジウムあるいは立法晶系系スズ含有酸化インジウムを含んでいても良い。
以上のような条件により、透明性を有し、導電性、熱線遮蔽性、耐酸化性、耐熱性に優れるITO膜を得ることのできる、真空成膜用焼結体の形成に適し、かつ、塗布法あるいは樹脂中分散法にも好適な六方晶系酸化インジウム微粉末あるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を容易に、かつ、安定的に得ることができる。
【実施例】
【0020】
以下に本発明の実施例について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0021】
参考例1
<酸化インジウムの水和物の調製>
塩化インジウム(InCl3)75.9gを水4.0Lに溶解し、プロペラ撹拌しながらこれに2%NaOH水溶液を60分かけて添加し、pHを最終的に8.0とすることにより、酸化インジウム水和物を生成させた。この間、液温は40℃を維持した。
【0022】
参考例2
<酸化スズ及び酸化インジウムの水和物の調製>
塩化第1スズ(SnCl2・2H2O)3.9g及び硝酸インジウム[In(NO3)3・3H2O]121.6gを水4.0Lに溶解し、プロペラ撹拌しながらこれに2%アンモニア水を75分かけて添加し、pHを最終的に6.0とすることにより、酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物を共沈させた。この間、液温は20℃を維持した。
【0023】
実施例1
参考例1によって得られた酸化インジウム水和物を洗浄した後120℃にて乾燥した。次いでこの乾燥物を成育電機工業製のバッチ式過熱蒸気発生装置を用い250℃の過熱水蒸気にて60分間処理をした。得られた処理物のX線回折パターンを図1に示すが、特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。さらにこれを大気中800℃にて180分加熱分解処理をすることにより酸化インジウム微粉末を得た。該微粉末は1次粒子径0.12μm、比表面積12m2/gで、そのX線回折パターンは図2に示すように六方晶系特有のピークが観察された。この酸化インジウム微粉末に対し酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し、1.5×102MPaの圧力にてφ200mm金型で成型し、さらにCIPにより2.0×102MPa処理した後、大気中にて1400℃で15時間焼結させた。得られた焼結体の密度は7.25g/cm3で相対密度は99.4%であった。(理論密度7.292g/cm3は、密度7.31g/cm3の六方晶系酸化インジウムが95重量%、密度6.95g/cm3の酸化スズが5重量%として算出)
【0024】
実施例2
参考例2によって得られた酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の共沈物を洗浄した後120℃にて乾燥した。次いでこの乾燥物を成育電機工業製のバッチ式過熱蒸気発生装置を用い190℃の過熱水蒸気にて60分間処理をした。得られた処理物のX線回折パターンは図3に示すが、特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。さらにこれを窒素ガス雰囲気下で400℃にて180分加熱分解処理をすることによりスズ含有酸化インジウム微粉末を得た。該微粉末は1次粒子径0.035μm、比表面積25m2/gで、そのX線回折パターンは図4に示すように六方晶系特有のピークが観察された。
【0025】
実施例3
過熱水蒸気を窒素ガスとする以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。窒素ガス雰囲気下250℃にて処理した後得られた生成物のX線回折パターンは、実施例1と同様に特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンも実施例1と同様に六方晶系特有のピークが観察された。該微粉末は1次粒子径0.12μm、比表面積12m2/gであった。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.26g/cm3で相対密度は99.6%であった。
【0026】
実施例4
過熱水蒸気処理の代わりに250℃にて還元雰囲気処理(水素0.2%含有窒素ガス)する以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。250℃にて還元雰囲気処理後得られた生成物のX線回折パターンは、実施例1と同様に特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンも実施例1と同様に六方晶系特有のピークが観察された。該微粉末は1次粒子径0.12μm、比表面積12m2/gであった。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.25g/cm3で相対密度は99.4%であった。
【0027】
比較例1
過熱水蒸気の温度を140℃とする以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。過熱水蒸気処理後に得られた生成物のX線回折パターンを図5に示すが、特定不能のピーク並びにIn(OH)3のピークは観察されたが、InO(OH)のピークは観察されなかった。また、大気中800℃での加熱分解後に得られた酸化インジウム微粉末のX線回折パターンを図6に示すが、立方晶系特有のピークが観察された。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.18g/cm3で相対密度は98.5%であった。
【0028】
比較例2
過熱水蒸気の温度を140℃とする以外は実施例2と同様にしてスズ含有酸化インジウム微粉末を得た。過熱水蒸気処理後に得られた生成物のX線回折パターンを図7に示すが、特定不能のピーク並びにIn(OH)3のピークは観察されたが、InO(OH)のピークは観察されなかった。また、窒素ガス雰囲気下400℃での加熱分解後に得られたスズ含有酸化インジウム微粉末のX線回折パターンを図8に示すが、立方晶系特有のピークが観察された。
【0029】
比較例3
過熱水蒸気の温度を380℃とする以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。過熱水蒸気処理後得られた生成物のX線回折パターンを図9に示すが、特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークの他に、立方晶系の酸化物のピークが観察された。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンは図10に示すように、六方晶系のピークの他に立方晶系のピークが観察された。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.19g/cm3で相対密度は98.6%であった。
【0030】
比較例4
過熱水蒸気処理の代わりに250℃にて大気雰囲気処理する以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。250℃にて大気雰囲気下で処理した後得られた生成物のX線回折パターンを図11に示すが、特定不能のピーク並びにIn(OH)3あるいは立方晶系の酸化物のピークが観察され、InO(OH)のピークは観察されなかった。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンは比較例1と同様に、立方晶系特有のピークが観察された。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.18g/cm3で相対密度は98.5%であった。
【0031】
以上の実施例及び比較例において、前処理及び加熱分解で得られた生成物の物性を表1〜2にまとめて示す。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例1によって得られた、250℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図2】実施例1によって得られた、大気中800℃での加熱分解処理実施後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図3】実施例2によって得られた、190℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図4】実施例2によって得られた、窒素ガス雰囲気下400℃での加熱分解処理実施後のスズ含有酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図5】比較例1によって得られた、140℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図6】比較例1によって得られた、大気中800℃での加熱分解処理実施後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図7】比較例2によって得られた、140℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図8】比較例2によって得られた、窒素ガス雰囲気下400℃での加熱分解処理実施後のスズ含有酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図9】比較例3によって得られた、380℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図10】比較例3によって得られた、大気中800℃での加熱分解処理実施後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図11】比較例4によって得られた、大気雰囲気下250℃で処理後の生成物のX線回折パターン。
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明性を有し、かつ導電性及び熱線遮蔽性に優れる薄膜あるいは成形体を形成できる六方晶系酸化インジウム微粉末及び六方晶系スズ含有酸化インジウム(ITO)微粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スズ含有酸化インジウム(ITO)は太陽電池や液晶ディスプレイ等の透明電極、エレクトロルミネツセンスディスプレイやタッチパネル等の透明導電膜、あるいは車両用窓ガラスや建築用ガラス等の透明熱線遮蔽膜の形成用材料として広く用いられている。スズ含有酸化インジウムからなる透明導電膜あるいは透明熱線遮蔽膜の形成技術としては、スパッタリング法、真空蒸着法、CVD法、塗布法等が挙げられ、一般的に用いられている手法は真空成膜法である真空蒸着法及びスパッタリング法であり、夫々その蒸着源あるいはターゲットとしてはスズ含有酸化インジウムの焼結体が用いられている。焼結体は一般に酸化インジウム粉末と酸化スズ粉末を混合、あるいは共沈反応に由来する酸化インジウム水和物と酸化スズ水和物の混合物を焼成しスズ含有酸化インジウムとした後、成型、焼結することにより製造される。この焼結体に最も望まれる特性は高焼結密度であり、充分な密度を有しない焼結体であると、真空蒸着法ではスプラッシュ(ITO焼結体から破損微粒子が飛散する現象)、スパッタリング法ではノジュール(ITO焼結体表面に黒色突起物が発生する現象)という不具合が夫々発生する。そのような高焼結密度の焼結体を得るために、特定の条件下で焼結する方法が提案されている。例えば、酸化インジウムと酸化スズを主成分とする粉末混合体をプレス成型し、1気圧以上の加圧酸素雰囲気中で焼結させる方法(例えば特許文献1参照)、あるいは焼結時に1000℃以上1300℃以下の温度範囲に2時間以上保持した後に昇温し、1500℃以上1650℃以下の温度範囲で1時間以上保持する方法が提案されている(例えば特許文献2参照)。
【0003】
しかし、これらの方法は特殊な雰囲気下、あるいは1500℃以上の高い温度範囲での操作を含むため、設備費用がかかる上に焼結体が異常粒成長を起こしやすく、ターゲットの大型化に対しても制約が多いという問題を有している。その様な問題を解決する方法として、焼結し易く、高密度の焼結体を得るのに適した原料としての酸化インジウム微粉末あるいはスズ含有酸化インジウム微粉末及びその製造方法が提案されている。(例えば特許文献3〜5参照)
【0004】
また、近年の微粒子製造技術の発展に伴い、これらの真空成膜法等に代わって、微粉末を用いてこれを塗布することにより成膜、あるいは有機樹脂中に分散させ成形体とする方法が開発され、この塗布法あるいは樹脂中分散法に適したスズ含有酸化インジウム微粉末が提案されている。例えば透明導電膜用途向けでは本発明者等も、スズ塩及びインジウム塩の溶液に温度を30℃以下に保持しながらアルカリ水溶液を添加して得られた酸化スズ及び酸化インジウムの水和物を加熱処理する方法を提案している(例えば特許文献6参照)。また、熱線遮蔽膜用途向けではxy色度図上でx値0.220〜0.295、y値0.235〜0.325の色調を有し、格子定数が10.110〜10.160Åであり、赤外領域またはその近傍の最低カットオフ波長が1000nm以下であることを特徴とする赤外線カットオフ粉末が提案されている(例えば特許文献7参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酸化インジウムあるいはスズ含有酸化インジウムの結晶構造としては、立方晶系と六方晶系が知られているが、特許文献3〜7に記載される方法に限らず、特に明確に結晶系を特定しない場合には立方晶系を意味するものであり、一般に工業的に実用化、製造されている酸化インジウム微粉末及びスズ含有酸化インジウム微粉末は何れも立方晶系の結晶構造を有するものである。特許文献3〜5で提案する高密度の焼結体が得られるとされる酸化インジウム粉末あるいはスズ含有酸化インジウム粉末は、何れもこれらを用いることによって得られる焼結体においてその理論密度が7.15g/cm3程度と記されていることから結晶構造は立方晶系であると判断される。また、塗布法あるいは樹脂中分散法に適するとして提案される本発明者らによる特許文献6に記載する方法で得られるスズ含有酸化インジウムも立方晶系であり、特許文献7では格子定数を明示しており立方晶系であることが明確である。立方晶系の結晶構造を有するスズ含有酸化インジウム微粉末は、低粉体抵抗、高熱線遮蔽性及び易分散性は示すものの、耐酸化性、耐熱性等の環境安定性に問題を含むものであった。
【0006】
一方、六方晶構造は立方晶構造に比べInイオン間の距離が短いため、より大きな移動度が発現し、導電性及び熱線遮蔽性に優れており、粉末の理論密度(7.31g/cm3)ならびに圧粉密度が高いことから、これを成型し焼結させた場合には立方晶系より高密度の焼結体が得られる。同様に、塗布法あるいは樹脂中分散法においては膜中あるいは成形体中での粉末充填性に優れ、透明導電層の低抵抗化及び熱線遮蔽層における近赤外線遮蔽性能の向上に有利であり、耐酸化性、耐熱性等の環境安定性にも優れる。
【0007】
そのような六方晶構造を有するスズ含有酸化インジウム粉末の製造方法としては、インジウム塩並びにスズ塩を含む水溶液をアンモニアで中和し、反応溶液pHを6.8〜7.5の範囲で制御し、得られた中和物をろ過、乾燥、大気中600〜700℃で仮焼した後、還元雰囲気中350〜450℃で還元焼成する方法が提案されている(例えば特許文献8参照)。また、アルカリ水によりインジウム塩:スズ塩の水溶液を中和する際に、その水溶液を含んだままで乳化機を通して循環させながら中和する方法が提案されている(例えば特許文献9参照)。
【0008】
しかしながら、特許文献8に記載された方法では、六方晶系(コランダム型)のITOを得るためには、アンモニアを中和剤として用いることが不可欠であると開示し、かつアンモニアを中和剤として用いたとしても、反応のpHが6.8未満または7.5を越える場合はBixbyte型(立方晶系)のITO微粉末になるとし、しかも仮焼する温度も600〜700℃と狭い範囲でなければならないとあり(第3頁左欄第6〜15行)、目的の六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を得るためには、反応条件、仮焼条件等、極めて複雑である。
また、特許文献9に記載された方法は請求項4、〔0015〕、〔0079〕からも明らかなように、中和の際に乳化機を用いて、反応液を撹拌槽と乳化機の間で循環させる必要があり決して簡便な方法とは言い難く、かつ、機械的な手段に依存する方法であるが故に安定的に特定の結晶系を生成させるという点で問題を含むものである。
【0009】
【特許文献1】特開平3−207858号公報
【特許文献2】特開平11−106217号公報
【特許文献3】特開平6−191846公報
【特許文献4】特開平10−182150号公報
【特許文献5】特開2001−172018号公報
【特許文献6】特開平6−227815公報
【特許文献7】特開平7−69632号公報(請求項1)
【特許文献8】特開平11−157837号公報(請求項2)
【特許文献9】特開平2003−40620号公報(請求項4)
【0010】
本発明の課題は、透明性を有し、導電性、熱線遮蔽性、耐酸化性、耐熱性に優れるITO膜を得ることのできる、真空成膜用焼結体の形成に適し、かつ、塗布法あるいは樹脂中分散法にも好適な六方晶系酸化インジウム微粉末及び六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を容易に、かつ、安定的に製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の発明に係る。
1.酸化インジウム水和物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
2.無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである上記記載の六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
3.酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
4.無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである上記記載の六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸化インジウム水和物あるいは酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物の酸化物への分解過程において、150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気処理することにより、六方晶系酸化インジウム微粉末及びあるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を安定的に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、無酸素〜低酸素の雰囲気とは窒素あるいはアルゴン等の不活性ガス雰囲気、水素あるいはアンモニア等の反応性ガス雰囲気、過熱水蒸気雰囲気、あるいは真空雰囲気を言う。ここで低酸素の雰囲気とは酸素の量が5.0vol%以下の雰囲気を指す。
過熱水蒸気とは、飽和水蒸気に対し圧力を上げることなくそのまま熱を加えたものを言い、標準の大気圧であれば100℃で沸騰して蒸発して出て来る水蒸気が飽和水蒸気であり、この飽和水蒸気にさらに熱を加えたものが過熱水蒸気である。
【0014】
本発明での出発原料となる酸化インジウム水和物あるいは酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物の製造方法は特に限定するものではなく、例えば酸化インジウム水和物の製造方法であれば、公知の方法である塩化インジウム、硝酸インジウム等のインジウム塩の溶液に中和剤としてアンモニア等のアルカリ水溶液を添加する方法を挙げることができる。また、その際の中和剤は特に限定されず、NaOH、KOH等のアルカリ金属水酸化物、Ca(OH)2等のアルカリ土類金属水酸化物、Na2CO3等のアルカリ金属炭酸塩、アンモニア等のいずれをも使用することができ、中和反応時のpHも特に限定するものではなく、通常の中性域となるpH5.0〜9.0という広い範囲で行うことができる。また、反応時に乳化機を用いるなどの特殊な操作も必要としない。さらに、出発原料となる各水和物の粒子径に関しても限定されないが、一般的に真空成膜用焼結体には1次粒子径として0.1μmを超えるものが好適で、0.12〜0.50μmがより好適であり、比表面積(BET法による)としては1.5〜20m2/gが好適である。また、塗布法あるいは樹脂中分散法には1次粒子径として0.1μm以下のものが好適で、0.01〜0.1μmがより好適であり、比表面積としては5〜120m2/gが好適である。
【0015】
本発明では酸化インジウムの水和物あるいは酸化スズの水和物及び酸化インジウムの水和物の混合物をスラリー状あるいはろ過により脱水した後に150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気で処理する。この温度範囲を外れる無酸素〜低酸素雰囲気処理では、その後の酸化物への分解工程において如何なる雰囲気、温度に設定しても六方晶系の酸化物とはならず、立方晶系の酸化物もしくは両結晶系の混合物しか得られない。
【0016】
150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気処理することによる結晶系への作用は明らかではないが、当該条件下で得られた生成物のX線回折による同定では特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察されたのに対し、上記以外の条件下、例えば通常の大気雰囲気下で得られた生成物は特定不能のピーク並びにIn(OH)3、あるいは立方晶系の酸化物のピークが観察されるがInO(OH)のピークは観察されない。また、無酸素〜低酸素雰囲気処理であっても、150℃未満では特定不能のピーク並びにIn(OH)3のピークは観察されるがInO(OH)のピークは観察されず、350℃を越えると特定不能のピーク並びにInO(OH)の他に立方晶系の酸化物のピークが観察されるようになり、温度が高くなるに従いInO(OH)の割合が減少、ついには観察されなくなる。即ち、当該条件下ではその後の加熱分解により六方晶系の酸化物となる前駆体InO(OH)が選択的に生成するものと推定される。
【0017】
無酸素〜低酸素雰囲気処理における処理時間は特に限定するものではないが、上記したように当該処理が六方晶系の酸化物の前駆体であるInO(OH)の生成を安定的に行うことを目的とするものであることから30分以上が好ましく、特に1〜7時間程度がより好ましい。
【0018】
本発明においては、酸化インジウム水和物あるいは酸化スズの水和物及び酸化インジウムの水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素雰囲気処理した後、さらに加熱分解することにより六方晶系の酸化物とする。加熱分解温度は360〜1200℃と広い温度範囲を採用することができ、好ましくは400〜1000℃の範囲で行うことができる。360℃に満たない場合は前駆体の酸化物への分解が不十分でInO(OH)が残存するため、導電性及び熱線遮蔽性が発現し難くなったり、緻密な成型体を得難いことから高密度の焼結体が得られない。また、1200℃を超える場合には粒子間焼結が進み、真空成膜用焼結体向けには粉末としての焼結性が損なわれてしまう他、塗布法あるいは樹脂中分散法においては透明性及び分散性を損なう結果となる。加熱分解の際には、必要に応じて窒素,アルゴン等の不活性ガス雰囲気あるいは水素,アンモニア等の還元性雰囲気にて処理すれば、酸素欠損による空孔の存在によって導電性及び熱線遮蔽性は更に向上する。
【0019】
本発明において得られる微粉末中の六方晶系酸化インジウムあるいは六方晶系スズ含有酸化インジウムの割合は100%のものを目的としているが、勿論少量、例えば10%以下、好ましくは5%以下、更に好ましくは1%以下の他成分、例えば立方晶系酸化インジウムあるいは立法晶系系スズ含有酸化インジウムを含んでいても良い。
以上のような条件により、透明性を有し、導電性、熱線遮蔽性、耐酸化性、耐熱性に優れるITO膜を得ることのできる、真空成膜用焼結体の形成に適し、かつ、塗布法あるいは樹脂中分散法にも好適な六方晶系酸化インジウム微粉末あるいは六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末を容易に、かつ、安定的に得ることができる。
【実施例】
【0020】
以下に本発明の実施例について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0021】
参考例1
<酸化インジウムの水和物の調製>
塩化インジウム(InCl3)75.9gを水4.0Lに溶解し、プロペラ撹拌しながらこれに2%NaOH水溶液を60分かけて添加し、pHを最終的に8.0とすることにより、酸化インジウム水和物を生成させた。この間、液温は40℃を維持した。
【0022】
参考例2
<酸化スズ及び酸化インジウムの水和物の調製>
塩化第1スズ(SnCl2・2H2O)3.9g及び硝酸インジウム[In(NO3)3・3H2O]121.6gを水4.0Lに溶解し、プロペラ撹拌しながらこれに2%アンモニア水を75分かけて添加し、pHを最終的に6.0とすることにより、酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物を共沈させた。この間、液温は20℃を維持した。
【0023】
実施例1
参考例1によって得られた酸化インジウム水和物を洗浄した後120℃にて乾燥した。次いでこの乾燥物を成育電機工業製のバッチ式過熱蒸気発生装置を用い250℃の過熱水蒸気にて60分間処理をした。得られた処理物のX線回折パターンを図1に示すが、特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。さらにこれを大気中800℃にて180分加熱分解処理をすることにより酸化インジウム微粉末を得た。該微粉末は1次粒子径0.12μm、比表面積12m2/gで、そのX線回折パターンは図2に示すように六方晶系特有のピークが観察された。この酸化インジウム微粉末に対し酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し、1.5×102MPaの圧力にてφ200mm金型で成型し、さらにCIPにより2.0×102MPa処理した後、大気中にて1400℃で15時間焼結させた。得られた焼結体の密度は7.25g/cm3で相対密度は99.4%であった。(理論密度7.292g/cm3は、密度7.31g/cm3の六方晶系酸化インジウムが95重量%、密度6.95g/cm3の酸化スズが5重量%として算出)
【0024】
実施例2
参考例2によって得られた酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の共沈物を洗浄した後120℃にて乾燥した。次いでこの乾燥物を成育電機工業製のバッチ式過熱蒸気発生装置を用い190℃の過熱水蒸気にて60分間処理をした。得られた処理物のX線回折パターンは図3に示すが、特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。さらにこれを窒素ガス雰囲気下で400℃にて180分加熱分解処理をすることによりスズ含有酸化インジウム微粉末を得た。該微粉末は1次粒子径0.035μm、比表面積25m2/gで、そのX線回折パターンは図4に示すように六方晶系特有のピークが観察された。
【0025】
実施例3
過熱水蒸気を窒素ガスとする以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。窒素ガス雰囲気下250℃にて処理した後得られた生成物のX線回折パターンは、実施例1と同様に特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンも実施例1と同様に六方晶系特有のピークが観察された。該微粉末は1次粒子径0.12μm、比表面積12m2/gであった。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.26g/cm3で相対密度は99.6%であった。
【0026】
実施例4
過熱水蒸気処理の代わりに250℃にて還元雰囲気処理(水素0.2%含有窒素ガス)する以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。250℃にて還元雰囲気処理後得られた生成物のX線回折パターンは、実施例1と同様に特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークが観察された。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンも実施例1と同様に六方晶系特有のピークが観察された。該微粉末は1次粒子径0.12μm、比表面積12m2/gであった。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.25g/cm3で相対密度は99.4%であった。
【0027】
比較例1
過熱水蒸気の温度を140℃とする以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。過熱水蒸気処理後に得られた生成物のX線回折パターンを図5に示すが、特定不能のピーク並びにIn(OH)3のピークは観察されたが、InO(OH)のピークは観察されなかった。また、大気中800℃での加熱分解後に得られた酸化インジウム微粉末のX線回折パターンを図6に示すが、立方晶系特有のピークが観察された。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.18g/cm3で相対密度は98.5%であった。
【0028】
比較例2
過熱水蒸気の温度を140℃とする以外は実施例2と同様にしてスズ含有酸化インジウム微粉末を得た。過熱水蒸気処理後に得られた生成物のX線回折パターンを図7に示すが、特定不能のピーク並びにIn(OH)3のピークは観察されたが、InO(OH)のピークは観察されなかった。また、窒素ガス雰囲気下400℃での加熱分解後に得られたスズ含有酸化インジウム微粉末のX線回折パターンを図8に示すが、立方晶系特有のピークが観察された。
【0029】
比較例3
過熱水蒸気の温度を380℃とする以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。過熱水蒸気処理後得られた生成物のX線回折パターンを図9に示すが、特定不能のピーク並びにInO(OH)のピークの他に、立方晶系の酸化物のピークが観察された。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンは図10に示すように、六方晶系のピークの他に立方晶系のピークが観察された。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.19g/cm3で相対密度は98.6%であった。
【0030】
比較例4
過熱水蒸気処理の代わりに250℃にて大気雰囲気処理する以外は実施例1と同様にして酸化インジウム微粉末を得た。250℃にて大気雰囲気下で処理した後得られた生成物のX線回折パターンを図11に示すが、特定不能のピーク並びにIn(OH)3あるいは立方晶系の酸化物のピークが観察され、InO(OH)のピークは観察されなかった。また、大気中800℃での加熱分解後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターンは比較例1と同様に、立方晶系特有のピークが観察された。次いで実施例1と同様にして酸化スズ微粉末を5重量%となるように混合し成型、焼結した後に得られた焼結体の密度は7.18g/cm3で相対密度は98.5%であった。
【0031】
以上の実施例及び比較例において、前処理及び加熱分解で得られた生成物の物性を表1〜2にまとめて示す。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例1によって得られた、250℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図2】実施例1によって得られた、大気中800℃での加熱分解処理実施後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図3】実施例2によって得られた、190℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図4】実施例2によって得られた、窒素ガス雰囲気下400℃での加熱分解処理実施後のスズ含有酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図5】比較例1によって得られた、140℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図6】比較例1によって得られた、大気中800℃での加熱分解処理実施後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図7】比較例2によって得られた、140℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図8】比較例2によって得られた、窒素ガス雰囲気下400℃での加熱分解処理実施後のスズ含有酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図9】比較例3によって得られた、380℃過熱水蒸気処理後の生成物のX線回折パターン。
【図10】比較例3によって得られた、大気中800℃での加熱分解処理実施後の酸化インジウム微粉末のX線回折パターン。
【図11】比較例4によって得られた、大気雰囲気下250℃で処理後の生成物のX線回折パターン。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化インジウム水和物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項2】
無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである請求項1記載の六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項3】
酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項4】
無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである請求項3記載の六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項1】
酸化インジウム水和物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項2】
無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである請求項1記載の六方晶系酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項3】
酸化スズ水和物及び酸化インジウム水和物の混合物を150〜350℃の温度域にて無酸素〜低酸素の雰囲気で処理した後、360〜1200℃の温度域にて加熱分解することを特徴とする六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【請求項4】
無酸素〜低酸素雰囲気が過熱水蒸気によるものである請求項3記載の六方晶系スズ含有酸化インジウム微粉末の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−306695(P2006−306695A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−201630(P2005−201630)
【出願日】平成17年7月11日(2005.7.11)
【出願人】(000237075)富士チタン工業株式会社 (11)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年7月11日(2005.7.11)
【出願人】(000237075)富士チタン工業株式会社 (11)
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