説明

酸化スズ粒子及びその製造方法

【課題】膜にしたときの導電性や可視光に対する透明性が高い酸化スズ粒子を提供すること。
【解決手段】本発明の酸化スズ粒子は、ラマンスペクトル測定において、少なくとも37±9cm-1、57±9cm-1、97±9cm-1、142±9cm-1、205±9cm-1、255±9cm-1にピークを示す構造を有することを特徴とする。この酸化スズ粒子は、波長1500nmにおける赤外光の透過率が80%以下であることが好適である。また導電性を有することも好適である。更に、導電性を発現するドーパント元素を実質的に含まないことも好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な酸化スズ粒子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非導電性材料、例えばプラスチックに導電性を付与する方法として、プラスチックに導電性粉末を添加する方法が知られている。導電性粉末としては、例えば、金属粉末、カーボンブラック、アンチモン等をドープした酸化スズ等が知られている。しかし、金属粉末やカーボンブラックをプラスチックに添加すると得られるプラスチックが黒色になり、プラスチックの用途が限定されることがある。一方、アンチモン等をドープした酸化スズをプラスチックに添加すると、プラスチックが青黒色になり、カーボンブラック等と同様にやはりプラスチックの用途が限定されることがある。またアンチモンの使用に起因する環境負荷の問題もある。そこで、アンチモン等のドーパントを含まない酸化スズについての検討が種々行われている。
【0003】
例えば特許文献1には、水酸化テトラメチルアンモニウムをNH3/SnO2モル比0.01〜0.3の範囲で含有してなる粒子径30nm以下のアルカリ安定型酸化スズゾルが記載されている。この酸化スズゾルは、酸化スズ濃度がSnO2として15質量%以下のアルカリ型酸化スズゾルに水酸化テトラメチルアンモニウムを添加し、濃縮を行うことで製造される。
【0004】
酸化スズゾルの製造方法の別法として、特許文献2には、0.1〜8規定の塩酸にスズをHCl/Sn(モル比)=0.5〜1となるように添加し、この液に過酸化水素水を添加する方法が提案されている。同文献によれば、この方法で得られる酸化スズ粒子の平均粒子径は5〜100nmになるとされている。
【0005】
酸化スズ粒子そのものではないが、酸化スズ粒子を製造するための前駆体粒子として、薄片状の粒子形状を有し、Snを60〜88質量%、有機物をC基準で1〜15質量%含有する二酸化スズ前駆体粒子が提案されている(特許文献3参照)。この前駆体粒子は、XRD測定において約9°にシャープなピークを有するものである。同文献によれば、このピークは薄片状の粒子形状に由来するものであるとされている。
【0006】
しかし、上述の各技術によって製造された酸化スズ粒子は、これを膜にしたときの透明性や導電性が十分なものとは言えない。
【0007】
上述の各技術とは別に、二価の酸化スズに関し、a軸が0.5nm、b軸が0.572nm、c軸が0.1112nmの斜方晶の結晶構造を有するものが報告されている(非特許文献1参照)。同文献には、この酸化スズの空間群についての報告もある。しかし、同文献には、この酸化スズは不安定であり、他の構造の酸化スズへ容易に変化すると記載されている。また同文献には、この酸化スズの導電性や透明性については何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−359477号公報
【特許文献2】特開2008−222540号公報
【特許文献3】特開2008−150258号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Acta Crystallographica,vol16,p.22,1963
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
発明の課題は、前述した従来技術が有する種々の欠点を解消し得る酸化スズ粒子及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ラマンスペクトル測定において、少なくとも37±9cm-1、57±9cm-1、97±9cm-1、142±9cm-1、205±9cm-1、255±9cm-1にピークを示す構造を有することを特徴とする酸化スズ粒子を提供するものである。
【0012】
また本発明は、前記の酸化スズ粒子の好適な製造方法であって、
溶存酸素を除去した水中に、水溶性スズ(II)化合物を固体の状態で添加しこれを溶解させ、次いでアルカリを添加することを特徴とする酸化スズ粒子の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、膜にしたときの導電性や可視光に対する透明性が高い酸化スズ粒子が提供される。また、赤外光に対する遮蔽性が高い酸化スズ粒子が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、実施例及び比較例で得られた酸化スズ粒子のラマンスペクトルである。
【図2】図2は、実施例1及び比較例1で得られた酸化スズ粒子の可視光から赤外光の波長領域における透過率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の酸化スズ粒子は導電性粒子であり、ラマンスペクトル測定において、低波数領域、具体的には少なくとも37±9cm-1、57±9cm-1、97±9cm-1、142±9cm-1、205±9cm-1、255±9cm-1にピークを示す構造を有するものである。つまり本発明の酸化スズ粒子はラマン活性を有するものである。これまで知られている酸化スズ、例えばSnO2やSnOはこれらの波数の位置にラマンスペクトルのピークを示さない。つまり、これらの波数の位置にラマンスペクトルのピークを示す酸化スズ粒子はこれまで知られておらず、本発明の酸化スズ粒子は極めて新規なものである。なお本発明の酸化スズ粒子においては、ラマンスペクトルの測定条件によっては、上述したラマン散乱光のピークに加え、弱いピークも1又は2以上観察される。ラマンスペクトルの測定手順は、後述する実施例において詳述する。
【0016】
前記の波数の位置にラマンシフトのピークが観察される本発明の酸化スズ粒子は、該ピークが観察されない酸化スズ粒子に比べて導電性が高くなる。このような本発明の酸化スズ粒子のラマン活性は、該酸化スズ粒子を熱処理することによって消失することが本発明者らの検討の結果判明した。そして、ラマン活性が消失した酸化スズ粒子はもはや高導電性のものではなくなり、高抵抗を示す。このことから、本発明の酸化スズ粒子の導電性は、該導電性を発現する格子振動に由来するのではないかと本発明者は考えている。前記の熱処理は、例えば大気雰囲気中、450℃以上において2時間以上行われる。
【0017】
従来知られている導電性酸化スズは、一般に四価のスズに、アンチモン、ニオブ、タンタル等のドーパント元素をドープして導電性を高めていたところ、本発明においては酸化スズ中における格子振動をコントロールすることで、導電性を高めている。この構成を採用することによって、従来用いられてきたドーパント元素が有する不都合、例えば経済的に不利であることや、環境負荷が大きいこと等を克服しつつ、酸化スズ粒子の導電性を高めることが可能となった。二価のスズのみからなる酸化物は、導電性は有するものの黒色となり、透明性が要求される用途、例えば透明導電膜等に利用することができない。一方、四価のスズのみからなる酸化物は、二価のスズのみからなる酸化物に比べて導電性を高くすることができない。これに対して、本発明の酸化スズ粒子は白色系であり、透明導電膜等に利用することができ、かつ導電性が高いので、該透明導電膜等の導電性を高めることが可能となる。なお、本発明の酸化スズ粒子におけるスズの価数は、本発明者らが行った測定の範囲では明らかとはならなかった。
【0018】
本発明の酸化スズ粒子は、金属としてスズのみを有し、かつ他の元素として酸素のみ(場合によっては酸素及び水素のみ)を含み、更に導電性を発現するドーパント元素を実質的に含有しない、いわゆるノンドープのものであることが好ましい。酸化スズ粒子がノンドープのものであることによって、高価であり経済性に劣るか又は環境負荷の大きい元素である各種のドーパント元素を用いることなく、導電性の高い酸化スズ粒子を得ることができる。本発明の酸化スズ粒子がノンドープのものである場合、該酸化スズ粒子の化学分析値は、Snが70〜90質量%であり、Oが10〜30質量%である。これらの元素の他に微量のH等の存在が観察される場合がある。
【0019】
前記のドーパント元素としては、酸化スズに導電性を付与するために当該技術分野において従来用いられてきたものが挙げられる。そのような元素としては、例えばV、Nb、Ta、Cr、Mo、W、P、As、Sb、Bi、F、Cl、Br、Iが挙げられる。なお「実質的に含有しない」とは、意図的にドーパント元素を添加することを除外することを意図するものであり、酸化スズ粒子の製造過程において不可避的に微量のドーパント元素が混入することは許容される趣旨である。
【0020】
上述のとおり、本発明の酸化スズ粒子はドーパント元素を含有しないことが好ましい。しかし、酸化スズ粒子の個別具体的な用途によっては、ドーパント元素が含有されていてもよい。酸化スズ粒子にドーパント元素が含有されている場合、その量は、スズの全量に対して0.01〜20モル%、特に0.05〜15モル%であることが、経済性を損なうことなく、酸化スズ粒子の導電性を高め得る点から好ましい。この場合に含有し得るドーパント元素としては、上述した元素の1種又は2種以上が挙げられる。
【0021】
本発明の酸化スズ粒子は、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察された一次粒子の平均粒径が1〜5000nm、特に3〜3000nm、とりわけ3〜1000nmであることが好ましい。
【0022】
本発明の酸化スズ粒子は、これを膜状に成形した場合に、透明性の高いものである。例えば厚さ2〜3μmで、酸化スズ粒子の含有量が30〜80%の膜を製造した場合、この膜の可視光の全光線透過率は85%以上、特に90%以上という透明性の高いものとなる。また本発明の酸化スズ粒子は、赤外光に対する透明性が低いものである。例えば厚さ2〜3μmで、酸化スズ粒子の含有量が30〜80%の膜を製造した場合、波長1500nmにおける赤外光の透過率は好ましくは80%以下、更に好ましくは70%以下であり、波長2000nmにおける赤外光の透過率は好ましくは50%以下、更に好ましくは30%以下という赤外光遮蔽性の高いものとなる。膜の形成方法や、全光線透過率及び赤外光透過率は、後述する実施例において詳述する。
【0023】
本発明の酸化スズ粒子は導電性が高いことによっても特徴づけられる。具体的には、500kgf下での圧粉抵抗が105Ω・cm以下、特に104Ω・cm以下、とりわけ103Ω・cm以下という低抵抗のものである。圧粉抵抗の測定方法は後述する。
【0024】
次に本発明の酸化スズ粒子の好ましい製造方法について説明する。本製造方法においては、二価のスズの水溶性化合物を原料として用い、これを固体の状態で、溶存酸素が除去された水中に添加して溶解させ、更にアルカリを添加する。以下、具体的な工程について説明する。
【0025】
先ず原料として二価のスズの水溶性化合物を用意する。そのような水溶性化合物としては例えば二塩化スズ(II)を用いることができる。原料として四価のスズを用いることも考えられるが、二価のスズと四価のスズとでは、二価のスズの方が四価のスズよりも、目的とする酸化物が得られやすいことが本発明者らの検討の結果判明したことから、本製造方法では二価のスズを原料として用いている。
【0026】
二価のスズの化合物とは別に、溶存酸素が除去された水を用意する。溶存酸素の除去には、化学工学の技術分野において知られた手法を特に制限なく用いることができる。例えば窒素ガス等の不活性ガスのバブリングによって水中の溶存酸素を除去することができる。どのような方法で水中の溶存酸素を除去する場合であっても、溶存酸素の濃度が10ppm以下となるような除去を行うことが、目的とする酸化スズ粒子を首尾良く得ることができる点から好ましい。
【0027】
水中の溶存酸素を除去する理由は、溶存酸素の作用によって二価のスズの酸化と加水分解が生じることを防止するためである。例えば二価のスズの水溶性化合物として塩化スズ(II)を用いる場合、水中に溶存酸素が存在している場合には、酸化と加水分解によって水不溶性スズ化合物である酸化物、オキシ塩化物、オキシ水酸化物又は塩化水酸化物が生成しやすい。
【0028】
なお二価のスズの酸化と加水分解を防止するために、溶存酸素を除去することに代えて、液中に塩酸等の鉱酸を添加しておき、液性を酸性にすることも考えられる。しかしその場合には目的とする酸化スズ粒子を首尾よく得ることができないことが、本発明者の検討によって判明している。
【0029】
二価のスズの水溶性化合物を固体の状態で水に添加する理由も、二価のスズの加水分解を極力防止するためである。二価のスズの水溶性化合物の添加量は、添加後の水溶液における二価のスズのイオンの濃度が0.01〜3mol/L、特に0.05〜1.5mol/Lとなるような量であることが好ましい。
【0030】
二価のスズの水溶性化合物を固体の状態で水に添加するのに先立ち、水酸基を有する有機化合物を水に添加しておくことが有利であることが本発明者の検討の結果判明した。水酸基を有する有機化合物を含む水に、二価のスズの水溶性化合物を固体の状態で添加することで、水溶液中における二価のスズのイオンの量と、後述するアルカリの添加量とを広い範囲で設定することができるからである。つまり、二価のスズの水溶性化合物及びアルカリの添加量の自由度が高くなる。
【0031】
水酸基を有する有機化合物としては、低分子量の化合物及び高分子化合物を用いることができる。水酸基を有する低分子量の有機化合物としては、例えば一価のアルコールを用いることができる。この一価アルコールは、脂肪族のものでもよく、脂環式のものでもよく、あるいは芳香族のものでもよい。脂肪族の一価のアルコールとしては、例えば炭素数1〜6の一価アルコールであるメタノール、エタノール、n−ブタノール、n−ヘキサノール等が挙げられる。脂環式の一価のアルコールとしてはシクロヘキサノール、テルピネオール等が挙げられる。芳香族の一価のアルコールとしては、例えばベンジルアルコール等が挙げられる。
【0032】
一方、水酸基を有する高分子有機化合物としてはポリビニルアルコールやポリオールが挙げられる。ポリビニルアルコールとしては、変性されていないポリビニルアルコールそのもの及び変性されたポリビニルアルコールを用いることができる。ポリビニルアルコールは、完全けん化型と部分けん化型(けん化度=80〜90%)のどちらでもよい。変性されたポリビニルアルコールとしては、例えばカルボキシル基変性、アルキル変性、アセトアセチル変性、アクリル酸変性、メタクリル酸変性、ピロリドン変性、ビニリデン変性又はシラノール変性ポリビニルアルコール等を用いることができる。ポリビニルアルコール〔−CH(OH)CH2−〕nは、その平均重合度が、n=200〜30000、特にn=500〜10000のものを用いることが好ましい。この重合度は、例えばサイズ排除クロマトグラフィー(Size Exclusion Chromatography、SEC)を用いて測定することができる。一方、ポリオールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、グリセロール、ヘキサントリオール、ブタントリオール、ペトリオールを用いることができる。また、メトキシエタノール、エトキシエタノール、プロポキシエタノール及びブトキシエタノール等のセロソルブや、メトキシエトキシエタノール、エトキシエトキシエタノール、プロポキシエトキシエタノール及びブトキシエトキシエタノール等のカルビトールを用いることもできる。
【0033】
水中における水酸基を有する有機化合物の濃度は、該有機化合物が一価のアルコールである場合、0.005〜30質量%、特に0.01〜10質量%であることが好ましい。この範囲内であれば、水酸基を有する有機化合物の効果が十分に発現し、また増粘等の問題も起こりにくく、均一な粒径を有する目的とする酸化スズ粒子を首尾良く得ることができる。同様の理由により、水酸基を有する有機化合物が高分子化合物の場合、該有機化合物の濃度は、0.005〜10質量%、特に0.01〜5質量%であることが好ましい。
【0034】
水中における二価のスズと水酸基を有する有機化合物との比率は、Sn/OH(モル比)で表して、0.01〜150、特に0.03〜75であることが好ましい。この範囲内であれば、水中に未反応のSnイオンが残存しにくくなり、また副生成物であるSnO2又はスズオキシ水酸化物〔Sn32(OH)2〕が析出しづらくなる。
【0035】
溶存酸素が除去された水、又は水酸基を有する有機化合物を含みかつ溶存酸素が除去された水に、二価のスズの水溶性化合物を固体の状態で添加して、これを溶解させたら直ちにアルカリ(塩基性物質)を添加する。なお、二価のスズの水溶性化合物を溶解させる間においても、二価のスズの加水分解を極力防止する点から、不活性ガスのバブリングを継続しておくことが好ましい。
【0036】
アルカリの添加によって二価のスズが中和される。アルカリとしては、例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物、水酸化マグネシウム等のアルカリ土類金属の水酸化物、NaHCO3やNH4HCO3等の炭酸塩、アンモニア等が挙げられる。アルカリはその水溶液の状態で添加することが簡便である。該水溶液のpHは、アルカリが添加された後の混合水溶液のpHが2〜9、特に2.5〜7となるようなものであることが好ましい。混合水溶液のpHがこの範囲内であれば、目的とする酸化スズ粒子を単相で得ることができる。
【0037】
アルカリが添加された水は、開放下又は密閉下に加熱されることが、前記の中和を首尾良く行い、目的とする酸化スズ粒子を首尾良く得る点から好ましい。具体的には、アルカリが添加された水の温度は、40〜105℃、特に60〜100℃に維持しておくことが好ましい。
【0038】
アルカリの水溶液を添加する際には、アルカリの水溶液は所定の時間にわたって徐々に添加することが好ましい。アルカリの水溶液を一括添加した場合には、目的とする酸化スズの粒子が生成しないことがあるので注意を要する。アルカリの水溶液を徐々に添加する場合には、混合水溶液のpHが上述した範囲内に維持されるように、該アルカリの水溶液の添加速度を調節することが好ましい。
【0039】
このようにして、目的とする酸化スズ粒子が液中に生成する。この液中には、副生成物としてスズのオキシ水酸化物が共存している場合がある。そこで、この副生成物の除去を目的として、過酸化水素を液中に添加することが好ましい。過酸化水素の添加によってスズのオキシ水酸化物の酸化が進行し、二酸化スズが生成する。生成した二酸化スズは、微粒であり、沈降速度の差を利用した水簸によって分離できる。この場合、沈殿物は目的とする酸化スズ粒子であり、上澄み浮遊物はSnO2である。SnO2はアルカリ性で分散するので、例えばNH4OHを用いて液のpHを8以上11未満とし、更に高速攪拌機又は超音波照射によってSnO2を高分散させ、水簸を行うと分離効率が上がる。スズのオキシ水酸化物の酸化をコントロールすることを目的として、過酸化水素は、所定の濃度に希釈された水溶液として添加されることが好ましい。この観点から、希釈された過酸化水素の濃度は1〜15質量%程度であることが好ましい。
【0040】
このようにして得られた酸化スズ粒子は、例えばリパルプ洗浄を行うことで、不純物の容易な除去が可能である。洗浄は、分散媒である水の導電率が2000μS以下、特に1000μS以下になるまで行うことが、不純物の十分な除去の点から好ましい。
【0041】
リパルプ洗浄によって所定の導電率まで洗浄された酸化スズ粒子の分散液は、解粒操作に付される。それによって、酸化スズゾルが得られる。解粒操作には、例えばビーズミル等のメディアミルを用いることができる。この場合、各種のpH調整剤を液に添加して解粒操作を行うことで、酸化スズ粒子を単分散状態に近づけやすくなる。また、pH調整剤を解粒後に添加してもよい。pH調整剤としては、液のpHを3〜10、特に3〜6に調整できるものを用いることが好ましい。そのようなpH調整剤としては、例えば無機酸(塩酸、硫酸、硝酸等)やカルボン酸(酢酸、プロピオン酸等)などの酸類、及びアンモニア水やエタノールアミンに代表される有機アミン類等のアルカリ類が挙げられる。
【0042】
以上の操作によって、水を分散媒とする酸化スズゾルが得られる。この酸化スズゾルは保存安定性の高い透明分散液の状態となっている。この酸化スズゾルにおける酸化スズ粒子の濃度は0.1〜50質量%、特に1〜40質量%とすることが好ましい。この酸化スズゾルにおいては、酸化スズ粒子が高度に分散している。
【0043】
以上の方法によれば、液中(水中)でスズの酸化物を生成させるので、焼成によって得られた酸化スズを粉砕した後にゾル化する従来の方法に比べて、凝集が少なく分散性の高い酸化スズゾルを容易に得ることができる。
【0044】
また、本発明の酸化スズ粒子を有機溶媒に分散させて、単分散した透明分散液を調製することもできる。分散には例えばビーズミルやペイントシェイカーなどを用いることができる。有機溶媒としては、例えば多価アルコール、モノアルコール、セロソルブ、カルビトール、ケトン又はそれらの混合溶媒などを用いることができる。この透明分散液における酸化スズ粒子の濃度は0.1〜50質量%、特に1〜40質量%とすることが好ましい。この透明分散液は保存安定性の高いものである。この透明分散液は、例えばこれにバインダーを添加することで、インク原料として用いることができる。
【0045】
前記の多価アルコールとしては、例えばエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、グリセロール、ヘキサントリオール、ブタントリオール、ペトリオール、グリセリン等が挙げられる。モノアルコールとしては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、ノナノール、デカノール、テルピネオール、ベンジルアルコール、シクロヘキサノール等が挙げられる。セロソルブとしては、例えばメトキシエタノール、エトキシエタノール、プロポキシエタノール、ブトキシエタノール等が挙げられる。カルビトールとしては、例えばメトキシエトキシエタンール、エトキシエトキシエタノール、プロポキシエトキシエタノール、ブトキシエトキシエタノール等が挙げられる。ケトンとしては、例えばアセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジアセトンアルコール等が挙げられる。
【0046】
このようにして得られた酸化スズ粒子は、例えばその高い導電性を利用して、プリンタや複写機関連の帯電ローラー、感光ドラム、トナー、静電ブラシ等の分野、フラットパネルディスプレイ、CRT、ブラウン管等の分野、塗料、インク、エマルジョンの分野等など、幅広い用途に適用できる。また、赤外光に対する反射率が高いことの利点を生かして、赤外光遮蔽材の用途に適用することもできる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0048】
〔実施例1〕
3.98gの水酸化ナトリウムを490gの純水に溶解し、中和用のアルカリ水溶液を調製した(A液)。
これとは別に、純水490gが入ったビーカーに、1mmφのパイレックス(登録商標)製ガラス管を水面下まで差し込み、100mL/分で窒素ガスをバブリングして溶存酸素を除去した。純水中の溶存酸素の濃度は3ppmであった。そこに、ポリビニルアルコール(平均重合度n=400〜600、完全けん化型、以下「PVA」という。)0.5gを加え、85℃に加熱しながら溶解させてPVA水溶液を得た(B液)。
次いで、引き続き85℃に加熱されかつバブリングされたB液中に固体の無水二塩化スズ12.58gを溶解させてスズ水溶液を得た(C液)。溶解後、先に準備したA液を直ちに全量ゆっくりとフィードして母液を得た。母液の温度は85℃に維持しておいた。バブリングも継続させた。このときの母液のpHは2〜3であった。
A液の添加終了後、バブリングを停止して5分間母液のエージングを行った。次いで30%の過酸化水素水7.5gを純水30gに希釈した水溶液を、5mL/分で母液に全量フィードした。その後、5分間母液をエージングし、目的とする酸化スズ粒子を得た。
この粒子を含むスラリーを、ろ紙(アドバンテック社製 5C)を用いてろ過し、ろ過後、1Lの純水を加え通水洗浄した。このようにして得られたケーキを純水1Lにリパルプ洗浄し再度、ろ過及び通水洗浄した。この操作を3回繰り返して粒子を洗浄した。洗浄ケーキを120℃設定した熱風乾燥機で大気中において10時間乾燥させた。この粉末について、ラマン分光、圧粉抵抗、可視光の全光線透過率、波長1500nmの赤外光透過率、一次粒子の平均粒径、化学分析測定を以下の方法で実施した。ラマン分光の測定結果を図1に示す。図2には、可視光から赤外光の波長領域における透過率の測定結果が示されている(ただし実施例1及び比較例1のみ)。圧粉抵抗、可視光の全光線透過率、波長1500nmでの赤外光透過率、一次粒子の平均粒径及び化学分析の結果は、以下の表1に示されている。
【0049】
〔ラマン分光測定〕
レーザーラマン「NRS−2100」日本分光社製を用い、顕微分析法によって測定した。励起光には、He−Neレーザー(λ=632.8nm)を使用し、25〜600cm-1の範囲を4.81cm-1毎に測定してスペクトルを得た。測定試料はペレットとした。ペレットは、粉末0.2gを10φの金型に充填し、1ton/cm2プレスすることで作製した。
【0050】
〔圧粉抵抗〕
圧力500kgf/cm2で圧縮して得られたサンプルについて、三菱化学社製ロレスタPAPD−41を用い、四端子法に従い抵抗を測定した。
【0051】
〔可視光の全光線透過率〕
酸化スズ粒子7.4gを市販のアクリル樹脂6.4gとともにトルエン:ブタノール=7:3(重量比)混合溶液10gに添加し、ペイントシェーカを用いてビーズ分散して分散液を調製した。この分散液をPETフィルムに塗布し、1時間風乾して透明薄膜を形成した。この薄膜の膜厚を電子顕微鏡で観察したところ2μmであった。この薄膜を日本電色工業社の光線透過率測定装置NDH−1001DPを用いて全光線透過率を測定した。
【0052】
〔波長1500nmでの赤外光透過率〕
可視光の全光線透過率の測定で形成した前記の薄膜の赤外光透過率を、分光光度計「U−4000」日立ハイテクノロジー社製を用いて測定した。
【0053】
〔一次粒子の平均粒径〕
20個の酸化スズ粒子をSEM観察し、最大横断長を測定してその平均値を算出した。この値を一次粒子の平均粒径とした。
【0054】
〔化学分析〕
スズは、ICP(SPS−3000/SIIナノテクノロジー社製)を用いて定量した。酸素はガス分析装置(EMGA−620/堀場製作所社製)を用いて定量した。不純物元素である炭素は、ガス分析装置(EMIA−920V、堀場製作所製)を用いて定量した。同じく不純物元素である塩素は、吸光光度法(硝酸銀比濁法)によって定量した(無機応用比色分析編集委員会編「無機比色分析2」共立出版を参照のこと。)
【0055】
〔実施例2〕
実施例1において使用したPVAを添加しなかった。その代わりに、水酸化ナトリウムの使用量を2.66gに減量して、これを490gの純水に溶解し、中和用のアルカリ水溶液を調製した(A液)。これら以外は実施例1と同様にして酸化スズ粒子を得た。得られた酸化スズ粒子について実施例1と同様の評価を行った。
【0056】
〔比較例1〕
実施例1で得られた酸化スズ粒子を大気中450℃で3時間焼成した。焼成後の酸化スズ粒子について実施例1と同様の評価を行った。
【0057】
〔比較例2〕
酸化スズ粒子として高純度化学社製の試薬を用いた。この酸化スズ粒子について実施例1と同様の評価を行った。
【0058】
【表1】

【0059】
図1に示す結果から明らかなように、各実施例で得られた酸化スズ粒子は、特定の波数領域にラマンシフトのピークが観察されるものであることが判る。これに対して、比較例の酸化スズ粒子には、そのようなピークは観察されない。特に、実施例1と比較例1との対比から明らかなように、実施例1で得られた酸化スズ粒子を熱処理するとラマン活性が消失することは特筆すべき事項である。
また、表1及び図2に示す結果から明らかなように、各実施例で得られた酸化スズ粒子は、導電性が高く、可視光の透過率が高く、かつ赤外光の遮蔽性が高いことが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラマンスペクトル測定において、少なくとも37±9cm-1、57±9cm-1、97±9cm-1、142±9cm-1、205±9cm-1、255±9cm-1にピークを示す構造を有することを特徴とする酸化スズ粒子。
【請求項2】
波長1500nmにおける赤外光の透過率が80%以下である請求項1に記載の酸化スズ粒子。
【請求項3】
導電性を有する請求項1又は2に記載の酸化スズ粒子。
【請求項4】
導電性を発現するドーパント元素を実質的に含まない請求項3に記載の酸化スズ粒子。
【請求項5】
請求項1記載の酸化スズ粒子が水又は有機溶媒に分散してなる透明分散液。
【請求項6】
請求項1記載の酸化スズ粒子の製造方法であって、
溶存酸素を除去した水中に、水溶性スズ(II)化合物を固体の状態で添加しこれを溶解させ、次いでアルカリを添加することを特徴とする酸化スズ粒子の製造方法。
【請求項7】
不活性ガスのバブリングによって前記水中の溶存酸素を除去する請求項6に記載の酸化スズ粒子の製造方法。
【請求項8】
前記水が水酸基を有する有機化合物を含む請求項6又は7に記載の酸化スズ粒子の製造方法。
【請求項9】
水酸基を有する有機化合物がポリビニルアルコール、ポリオール又は一価の低級アルコールである請求項8に記載の酸化スズ粒子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−148928(P2012−148928A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−8982(P2011−8982)
【出願日】平成23年1月19日(2011.1.19)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)