説明

酸化セリウムの薄膜結晶の製造方法

【課題】本発明は、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な薄膜結晶の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】硝酸セリウム水溶液とヘキサメチレンテトラミン(HMT)水溶液を混合した後、当該混合液を基板に塗布する。この基板に対してレーザー光を照射し、基板上に核を析出させることによって、基板上に結晶面がそろった酸化セリウム結晶の薄膜を形成する。上述した方法における硝酸セリウム水溶液およびHMT水溶液に関しては、所定の濃度条件の下、両者を混合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化セリウムの薄膜結晶の製造方法に関し、より詳細には、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な薄膜結晶の製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化セリウム(CeO/セリア)は、蛍石構造の酸化物のひとつであり、希土類元素を幅広く固溶する化合物としてよく知られている。従来、酸化セリウムは、その構造特性から、容易に酸素不足型の不定比性を示し、酸素を自由に吸蔵・放出することができるため、自動車の排気ガス助触媒などに利用されていたが、近年、このセリア系セラミックスの高い酸素イオン伝導度に着目した、固体酸化物型燃料電池(SOFC)へ応用が検討されている。すなわち、SOFCにおいて、セリア系セラミックスを電解質材料や電極材料として用いることによって、その動作温度を500〜600℃に下げ、SOFCの汎用性を拡大することが期待されている。また、SOFCの電解質材料であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)基板上に酸化セリウムを、その反応を阻害しない保護膜として成膜することによって、YSZ基板の耐久性の増加を図ることも検討されている。
【0003】
一方、酸化セリウム結晶を析出させる方法として、亜臨界または超臨界状態の高温高圧反応を応用した水熱法が知られている。特表2005−519845号公報(特許文献1)は、水熱法によって酸化セリウムの単結晶粉末を製造する方法を開示する。しかしながら、このような水熱法を応用して基板上に製膜された膜は、結晶性が低く、基板上にフレーク状の酸化セリウム結晶が堆積して膜状になっているに過ぎなかった。このような膜をSOFC等への応用することは極めて困難であり、SOFCや超伝導薄膜用基板に用いられる機能材料として応用展開するためには、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な薄膜結晶の製造技術の創出が必須であった。
【特許文献1】特表2005−519845号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記従来技術における課題に鑑みてなされたものであり、本発明は、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な薄膜結晶の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な薄膜結晶の製造方法につき鋭意検討した。その結果、本発明者らは、硝酸セリウム溶液とヘキサメチレンテトラミン(HMT)の溶液とを混合してなる混合液を基板に塗布し、これにレーザー光を照射することによって、当該レーザー光が核生成のためのトリガーとして作用して基板上に核が析出し、当該核を経ることによって、基板上に結晶面がそろった酸化セリウムの多結晶膜が成長する現象を見出した。同時に、本発明者らは、上述した方法における硝酸セリウム水溶液の濃度およびHMT水溶液の濃度に関して、酸化セリウムの多結晶膜が結晶面を揃えた状態で成長するための最適条件が存在することを見出し、本発明に至ったのである。
【0006】
すなわち、本発明によれば、酸化セリウムの多結晶膜を製造する方法であって、硝酸セリウム溶液とヘキサメチレンテトラミン溶液とを混合してなる混合液を基板上に塗布する工程と、前記混合液に対してレーザー光を照射する工程とを含む、酸化セリウム多結晶膜の製造方法が提供される。本発明においては、前記硝酸セリウム溶液の濃度を0.1M以下とすることが好ましく、前記ヘキサメチレンテトラミン溶液の濃度を0.04M以上とすることが好ましい。また、本発明においては、前記基板の温度を室温以上に保持することが好ましい。また、本発明においては、前記基板をセラミック基板、シリコン基板およびガラス基板からなる群より選択することができる。
【発明の効果】
【0007】
上述したように、本発明によれば、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な酸化セリウム多結晶膜の製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を図面に示した実施の形態をもって説明するが、本発明は、図面に示した実施の形態に限定されるものではない。
【0009】
本発明の酸化セリウム薄膜結晶の製造方法においては、まず、硝酸セリウム水溶液とヘキサメチレンテトラミン(HMT)の水溶液とを別々に調製し、両者を混合した後、当該混合液を基板に塗布する。
【0010】
図1は、本発明に使用することのできる酸化セリウム薄膜製造装置10(以下、薄膜製造装置10として参照する)を示す。薄膜製造装置10は、遮光板12によって外部から光が遮断された空間内に、レーザー光発生部14と、ホットプレート16とを含んで構成されている。本発明においては、基板18に対して、上述した手順で作製した混合液20を塗布した後、基板18をホットプレート16の上に載置する。図1に示す実施形態においては、ホットプレート16によって基板18を所定温度に保持可能に構成されている。
【0011】
次に、基板18に対してレーザー光発生部14からレーザー光Lを照射する。レーザー光Lが照射されることによって、基板18に塗布された混合液20中に酸化セリウム結晶成長のための核が析出し、当該核を経ることによって、結晶面がそろった酸化セリウム結晶が基板18上に成長する。本発明によれば、レーザー光を大面積にわたって走査・照射するにより、大面積の基板表面に均一に酸化セリウムの多結晶膜を形成することができる。
【0012】
なお、本発明においては、基板18として、セラミック基板、シリコン基板、ガラス基板、サファイア基板、酸化アルミニウム基板など適宜を用いることができる。また、本発明においては、照射するレーザー光として、例えば、ヘリウムネオンレーザーなどを適宜用いることができる。さらに本発明においては、酸化セリウムの析出過程において、基板18を室温以上に加温することが好ましい。以上、本発明の酸化セリウム薄膜結晶の製造方法の工程の概要について説明してきたが、本発明の上述した構成において、結晶面がそろった酸化セリウムの多結晶膜を基板上に好適に成長させるためには、混合液20における、硝酸セリウム水溶液の濃度とHMT水溶液の濃度の設定が肝要となる。以下、この点について説明する。
【0013】
上述した混合液20においては、下記化学式(1)および(2)によって表される2つの反応が競合する。
【0014】
【化1】

【0015】
【化2】

【0016】
混合液20において、上記化学式(1)が優先的に生じれば、基板18表面には酸化セリウムが析出するが、上記化学式(2)の反応が優先的に生じれば、水酸化セリウムが析出することになる。この点につき、本発明者らは、硝酸セリウム水溶液についてはその濃度を0.1M以下に調製し、また、HMT水溶液についてはその濃度を0.04M以上に調製した上で、両者を等量混合することによって、酸化セリウムの多結晶膜が結晶面を揃えた配向性の高い状態で基板上に成長することを見出した。ただし、本発明の方法は、硝酸セリウム水溶液とHMT水溶液とを体積において等量混合する工程に限定されるものではなく、調整された混合液中において、硝酸セリウムの濃度が0.05M以下であって、HMTの濃度が0.02M以上となるように、硝酸セリウム水溶液およびHMT水溶液について、それぞれの濃度および両者の混合比を決定することができる。
【0017】
上述したように、本発明によれば、従来の水熱法では不可能であった、酸化セリウムの多結晶膜の製膜を簡便な方法によって実現することができるため、酸化セリウムについて、以下に示す応用展開を図ることができる。
【0018】
従来からイットリウム系(YBa2Cu3O7) 酸化物高温超電導膜の基板材料として、熱伝導度や耐熱衝撃性が高く、大面積化が可能なサファイア(α-Al2O3)が有望とされているが、サファイアはYBa2Cu3O7と化学反応を起こすことに加え、YBa2Cu3O7と結晶構造が大きく異なり、格子不整合性が大きいため、サファイア基板上に直接YBa2Cu3O7をエピタキシャル成長させることは困難であった。この点につき、上記酸化物高温超電導膜の構成に本発明を適用し、格子長がYBa2Cu3O7とサファイアの間である酸化セリウムを両者の間に介在させる形で薄膜形成することによって、両者の格子不整合を緩和しつつ、化学反応を抑制するための中間層(バッファ層)として機能させることができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の酸化セリウムの薄膜結晶の製造方法について、実施例を用いてより具体的に説明を行なうが、本発明は、後述する実施例に限定されるものではない。
【0020】
硝酸セリウム水溶液(0.05M)とHMT水溶液(0.5M)を等量混合し、この混合液をアルミナ基板に塗布した。この基板を、図1に示した実験装置において、ホットプレート上に載置し、基板の温度を40℃に保持した状態で、ヘリウムネオンレーザーを照射したところ、基板上に白い膜が形成された。図2は、基板上に形成された膜試料のラマンスペクトルを示す。なお、図2において、符号Sは、市販の酸化セリウム(粉末)のスペクトルを示し、その下側には、レーザー光の照射時間(1分〜60分)とともにその際のスペクトルを示した。図2に示されるように、市販の酸化セリウムと同様のラマンシフトを示す結晶が基板上に形成されていることが確認され、本発明の方法によって、酸化セリウムの多結晶膜が作製されることが示された。
【0021】
図3は、上述した実験において作製された酸化セリウム結晶の結晶構造について行なったX線回析の結果を示す図であり、縦軸にX線強度を、横軸にレーザー光照射時間をとって示した。図3に示されるように、レーザー光の照射時間が長くなるとともに酸化セリウム(111)面が成長することがわかった。一方、水酸化セリウムは酸化セリウムよりも早い時点で(200)面の成長が見られるが、レーザー光の照射時間が長くなるに従って、消失する傾向にあることがわかった。
【0022】
図4は、上述した実験において、レーザー光を60分間照射して作製された酸化セリウム薄膜の顕微鏡写真を示す。図4に示される薄膜表面に見られる白い直線は、酸化セリウムのパラレルツインと推定され、ここでは(111)面が選択的に成長していることがわかった。
【0023】
さらに、硝酸セリウム水溶液とHMT水溶液について、それぞれのモル濃度を変化させて実験を行なった。具体的には、硝酸セリウム水溶液とHMT水溶液の濃度を変化させた水溶液を12通り調整し、これらを等量混合して、それぞれアルミナ基板に塗布し、基板の温度を40℃に保持した状態で、ヘリウムネオンレーザーを60分間照射した。その結果、それぞれの基板上に形成された膜について、ラマン分光分析およびX線回析を行なった。
【0024】
図5は、上述した実施例1〜12について、基板上に析出した結晶の種類を硝酸セリウム水溶液およびHMT水溶液のモル濃度(M)に関連づけてプロットした図であり、「◎」は、基板上に酸化セリウムのみが析出した結果を示し、「○」は、基板上に酸化セリウムと水酸化セリウムの両方が析出した結果を示し、「△」は、基板上に水酸化セリウムのみが析出した結果を示し、「×」は、基板上に酸化セリウムと水酸化セリウムのいずれも析出しなかった結果を示す。図2に示されるように、硝酸セリウム水溶液の濃度が0.1Mを越えHMT水溶液の濃度が0.04Mを下回る領域においては、水酸化セリウムの結晶と酸化セリウムの結晶が混在する状態、水酸化セリウムの結晶のみが析出する状態、および、いずれの結晶も析出しない状態のうちのいずれかの結果となった。一方、硝酸セリウム水溶液の濃度が0.004M〜0.1Mであって、HMT水溶液の濃度が0.04M〜1.4Mの領域においては、酸化セリウムの多結晶膜が安定して形成されることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上、説明したように、本発明によれば、酸化セリウムを高い結晶性をもって大面積で製膜することができる、新規な薄膜結晶の製造方法が提供される。本発明の製造方法によって、酸化セリウムの更なる応用展開が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】酸化セリウム薄膜製造装置を示す図。
【図2】基板上に形成された酸化セリウム膜試料のラマンスペクトルを示す図。
【図3】酸化セリウム結晶のX線回析図。
【図4】酸化セリウム薄膜の顕微鏡写真を示す図。
【図5】基板上に析出した結晶の種類を硝酸セリウム水溶液およびHMT水溶液のモル濃度に関連づけてプロットした図。
【符号の説明】
【0027】
10…酸化セリウム薄膜製造装置、12…遮光板、14…レーザー光発生部、16…ホットプレート、18…基板、20…混合液


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化セリウムの多結晶膜を製造する方法であって、
硝酸セリウム溶液とヘキサメチレンテトラミン溶液とを混合してなる混合液を基板上に塗布する工程と、
前記混合液に対してレーザー光を照射する工程とを含む、
酸化セリウム多結晶膜の製造方法。
【請求項2】
前記硝酸セリウム溶液の濃度を0.1M以下とすることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ヘキサメチレンテトラミン溶液の濃度を0.04M以上とすることを特徴とする、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記基板の温度を室温以上に保持することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記基板がセラミック基板、シリコン基板およびガラス基板からなる群より選択されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−190938(P2009−190938A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−33550(P2008−33550)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(505165251)学校法人幾徳学園神奈川工科大学 (14)
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】