説明

酸化還元物質の信号増幅検出方法及びその測定装置

【課題】酸化還元物質と導電性材料との間に電子授受させることにより高感度に応答し、測定電位の安定性に優れた酸化還元物質の信号増幅検出方法及びその測定装置の提供を目的とする。
【解決手段】測定装置は、半導体基板にソース電極部とドレイン電極部とその間にゲート部とを備えた酸化還元物質測定装置であって、ゲート部は、半導体基板上に絶縁層と導電性層と測定溶液又は測定ガスの注入部とをその順に有していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接触物質と導電性材料との電子授受による酸化還元物質の増幅検出法及びこの方法を用いた酸化還元物質の測定装置に関する。
特に酸化還元物質との電子授受を信号増幅して高感度に検出できるので酸化還元物質の定性、定量分析及び酸化還元酵素反応の検出方法に適用するのが効果的である。
【背景技術】
【0002】
従来、液中あるいは気体中の酸化還元物質は、電極電位や表面抵抗の計測にて検出していたが、信号量が小さく、ドリフトも大きく、感度が良くなかった。
特許文献1(特開平10−332423号)には、ケミカルCCD(ケミカル電荷結合素子)のゲート部に溶液を接触させた際に生じる界面電位の変化を半導体内部に蓄積する電荷量に変換及び積算増幅することにより微量な界面電位変化を測定する技術を開示する。
しかし、特許文献1に記載の技術においてはゲート部は絶縁膜で形成されていて、絶縁膜上に集積するプロトン等の電荷分布による絶縁膜分極作用に基づくものであるため、酸化還元物質の電子授受を直接測定できるものではない。
よって、絶縁膜上に集積するプロトンの安定性が低く、測定電位が安定しにくい技術的課題があり、測定電位も原理的にpH応答であるために酸化還元による電子授受を直接的に測定できなかった。
【0003】
【特許文献1】特開平10−332423号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、酸化還元物質と導電性材料との間に電子授受させることにより高感度に応答し、測定電位の安定性に優れた酸化還元物質の信号増幅検出方法及びその測定装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の趣旨は、イオン選択性電界効果トランジスタ(ISFET)やケミカル電荷結合素子のゲート部に金膜等の導電性膜を形成することで、酸化還元能を持つ接触物質と導電性膜とで電子授受させることができ、それらの酸化還元物質を高感度に検出・計測できる点にある。
【0006】
請求項1記載に係る酸化還元物質測定装置は、半導体基板にソース電極部とドレイン電極部とその間にゲート部とを備えた酸化還元物質測定装置であって、ゲート部は、半導体基板上に絶縁層と導電性層と測定溶液又は測定ガスの注入部とをその順に有していることを特徴とする。
ここで、半導体基板に形成するソース電極とドレイン電極とはnpn型のnチャンネルであっても、pnp型のpチャンネルであってもよい。
半導体基板上に形成する絶縁層は少なくとも一層が形成されていれば複層でもよく、材質も絶縁性を有すれば特に限定されない。
絶縁層の代表例としては、窒化ケイ素膜(Si)、五酸化タンタル膜(Ta)が挙げられる。
絶縁層の上に形成する導電性層は導電性の材料であれば特に限定されないが、測定対象となる接触物質と化学反応しないものがよく、金属性のものとしては、金、白金、銀、チタン、タングステン、イリジウム等の膜、あるいはそれらの合金の膜が例として挙げられ、非金属性のものとしては、ポリアセチレン、ポリアニリン、ポリピロール等の導電性高分子膜、導電性ダイヤモンド膜が例として挙げられる。
また、導電性層となる導電性膜の形成方法もPVD、CVD、メッキ方法、コロイド膜形成法等特に限定されない。
【0007】
本発明に係る酸化還元物質測定装置は、ソース電極部とドレイン電極部との間に形成するゲート部の絶縁層の上に導電性層を有している点に特徴があり、増幅素子として、ケミカルCCD及びISFET等に組み込んだ測定装置とすることができる。
【0008】
請求項2記載の発明は、ゲート部は、導電性層に酸化還元酵素を固定化してあることを特徴とする。
導電性層に酸化還元酵素を固定化すると酸化還元酵素反応や酵素の定性、定量分析に使用しやすくなる。
【0009】
請求項3記載に係る酸化還元物質の信号増幅検出法は、請求項1記載の酸化還元物質測定装置を用いて、測定溶液又は測定ガスの注入部に参照電極を配設してこの参照電極と半導体基板との間にゲート電圧を印加し、前記注入部に注入した検体によるソース電極とドレイン電極との間の出力変化を測定することを特徴とする。
これにより、溶液中の酸化還元物質あるいはガス中の酸化還元物質を高感度に検出でき、定性分析や定量分析ができる。
【0010】
請求項4記載に係る発明は、酵素反応の観測及び測定に適用した酵素反応の信号増幅検出法であって、請求項1記載の酸化還元物質測定装置を用いて、測定溶液の注入部に電子メディエーター物質と酸化還元酵素を注入し、測定溶液の注入部に参照電極を配設するとともに参照電極と半導体基板との間にゲート電圧を印加し、前記注入部における酵素反応をソース電極とドレイン電極との間の出力変化として測定することを特徴とする。
【0011】
請求項5記載に係る発明は、酵素基質の定性及び定量分析をしやすくしたもので、請求項2記載の酸化還元物質測定装置を用いて、測定溶液の注入部に参照電極を配設し、参照電極と半導体基板との間にゲート電圧を印加し、前記注入部に酵素基質を注入し、ソース電極とドレイン電極との間の信号増幅出力変化を測定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る酸化還元物質の測定装置及び検出方法においては、ゲート部に金膜等の導電性層を形成したので、液中および気体中に存在する酸化還元物質の電子授受能力の評価や、物質が既知である場合はその濃度を高感度に測定できる。
また酸化還元酵素反応を、導電性層と酵素との間接電子移動(電子メディエータを介する)あるいは直接電子移動により観測できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1に本発明に係る測定装置及び酸化還元物質の増幅検出法の模式図を示す。
図1に示す例は、シリコン半導体等のp型半導体基板にn型部21aのソース電極21とn型部22aのドレイン電極22とを設けたnpn型チャンネルになっている。
ソース電極21とドレイン電極22との間のゲート部10はp−Siの半導体基板上にSiO膜等の約50nm絶縁第一層13とその上にSi等の約70nm絶縁第二層12を形成し、さらにその上に金膜等の導電性層を形成してある。
金膜はスパックリング方法にて約50nmの薄膜層となっている。
この金膜は酸化還元物質との電子授受層となるのでその厚さは濃度等の測定範囲に影響を与え、40nm〜2μm程度の範囲がよい。
厚みが厚い方が電子授受量が多くなるが金膜の均一性を確保しやすい点では40nm〜200nm程度がよい。
また、ゲート部には図1に示すようにフッ素樹脂製等の立壁2を設けて測定溶液3を注入する注入部30を設け、注入部30にはAg/AgCl等の参照電極を配設してある。
【0014】
図1では、注入部30に測定溶液を入れる例を示したが、注入部にガス留部を形成し、ガスを注入あるいは循環させてガス中の酸化還元物質を測定することができる。
【0015】
参照電極4と半導体基板との間にゲート電圧5を印加し、測定溶液中に酸化還元物質が存在すると、酸化反応の場合には金膜から電子を抜き取り、逆に還元反応の場合には金膜中ヘ電子を注入するように作用するのでそれに伴い、絶縁層の分極比率が変化し、絶縁層と半導体基板との間の空乏層が変化し、ソース電極21とドレイン電極22との間の出力電圧が検出物質の物性や濃度により変化する。
これにより、酸化還元物質と導電層との電子授受を電荷信号として増幅検出できる。
【0016】
信号検出の増幅力を高めるには、図2及び図3に示すようにケミカルCCDに組み込んだ測定装置とすることができる。なお、図2にて2aはOリング等のシール材である。
図2は、検出部が1チャンネルの場合で図3は、検出部がCH1とCH2との2チャンネルとなっていて差分分析が出来るタイプとなっていて電極構造は同じである。
ゲート部で検出した電荷信号をpドープポリシリコン部24a、24b、24cの制御により積算検出できるようになっている。
なお、図2ではpドープポリシリコン部24bを制御してn型部23aに電荷を集積する。
【実施例1】
【0017】
図4に図2又は図3に示したようなケミカルCCDを用いて、フェロシアン化カリウム添加による出力電位変化を示す。
また、各種の酸化還元物質添加による金ゲート型ケミカルCCDの出力電圧変化の濃度依存性を図5に示す。
さらに本発明に係る導電性層(金膜)をゲート部に用いたものと従来の絶縁膜(窒化膜)ゲートとの酸化還元物質添加による出力電圧差の比較を図6に示す。
(実験方法)
(金膜(Au膜))
(1)バッファーで洗浄し、0.1M HEPES−NaOH(pH=7.0) 300μlを添加、15分エイジングを行った。
90分間経時変化を測定した。
(2)各濃度(1mM、2mM、5mM、10mM、20mM、50mM、100mM)のフェリシアン化カリウムを10分後に濃度の低い順に15μl添加した。
(3)同様の方法で、フェロシアン化カリウム、アスコルビン酸(VC)、過酸化水素の測定も行った。
(窒化膜(Si))
(1)バッファー洗浄し、まず、HEPES−NaOH(pH=7.0)300μlを添加し、15分エイジングを行った。
20分間経時変化を測定した。
(2)100mMのフェリシアン化カリウムを10分後に15μl添加した。
(3)同様の方法で、フェロシアン化カリウム、アスコルビン酸、過酸化水素の測定も行った。
実験結果において、K[Fe(CN)]とHの添加では、45μM〜7mMの濃度範囲で飽和曲線型の濃度依存性を示した。
これは、その電子吸引性によりAu薄膜中の電子を抜き取る為と考えられた。
また、電子供与性のK[Fe(CN)]やアスコルビン酸(VC)の添加では、5.5μM〜500μMの濃度範囲において出力減少が見られ、その後ほぼ飽和することが示された。
これは、金薄膜中に電子を送り込むためと考えられた。
また、金膜と窒化膜との酸化還元物質応答を比較すると、金膜と窒素化膜でアスコルビン酸は逆の応答を示した。
これは、金膜で酸化還元の応答を示し窒化膜でpH応答を示したために逆の性質示したと考えられた。
他の物質はpH応答がないために、窒化膜で応答を示さなかった。
これらのデータより、ケミカルCCDのゲート部を金薄膜でコートしたため為に酸化還元応答するようになったことが明らかに示された。
【実施例2】
【0018】
上記のように本発明に係る測定装置は、溶液中の酸化還元物質に対して出力応答を示すために、電子授受する気体成分においても出力応答を示すと予想される。
そのため、本発明に係るケミカルCCDがガスセンサとして応用可能かどうかを検討した。
例えば電子供与性の目安となるドナー数(DN)が電子受容性の目安であるアクセプター数(AN)に比べて大きな溶媒であるDMSO(ジメチルスルホキシド)の蒸気を金ゲート部に接触させたところ、大きな負の出力変化が観測された。一方AN>DNのメタノールの蒸気を接触させた場合には、正の出力変化が見られた。
これらの結果より電子授受能を持つガス成分の検出に有効であることが示された。
【実施例3】
【0019】
フェリシアン化カリウム等の電子メディエーターを介して酸化還元酵素反応をリアルタイム観測することを試みた。
グルコース脱水素酵素(GDH)の酵素反応を図7に示し、濃度依存性を図8に示す。 また、本センサの基質特異性を検討した結果を図9に示す。
(実験方法)
(濃度依存性)
(1)バッファーで洗浄後し、HEPES−NaOH(pH=7.0)240μl、GDH 30μl(終濃度10μg/ml)、フェリシアン化カリウム30μl(終濃度10mM)を添加し、15分エイジングを行った。30分間経時変化を測定した。
(2)10分後に各濃度(0mM、1mM、2mM、5mM、10mM、20mM、50mM、100mM)のグルコース30μlを添加した。
(基質特異性)
(1)濃度依存性と同様に溶液を調製し、30分間経時変化を測定した。10分後に各糖(グルコース、フルクトース、スクロース、ガラクトース、ラクトース)30μlを添加した。
(コントロール)
(1)各過程のネガティブコントロールを上記と同様の方法で、測定した。
実験結果より、GDHの酵素反応をリアルタイム観察できた。
また、約10μM〜10mMの濃度範囲でグルコース検出が可能であり、基質特異性も観察された。
【実施例4】
【0020】
酸化還元酵素の1つであるフルクトースデヒドロゲナーゼ(FDH)を、ケミカルCCDのゲート部の金膜に吸着固定化し、酵素基質を添加したところ、図10に示すように、予期したとおりフルクトースに応答した大きな負の出力変化が観測された。
また、グルコースやガラクトースには応答しないが、マンノースにはわずかに応答することが示された。
さらにセンサ出力のフルクトース濃度依存性を調べたところ、図11に示すような飽和曲線が得られ、1mM以下のフルクトースをセンシングできた。
以上の結果から、金膜と酵素との直接電子移動を信号増幅して測定でき、酵素センサとして応用可能であることが示された。
【実施例5】
【0021】
導電性膜と酸化還元物質との電子授受の高感度増幅検出は、金などの導電性材料の薄膜をケミカルCCDのゲート表面に様々な方法で形成することで実現できるが、増幅素子としては、ケミカルCCDだけでなく、ISFET(イオン セレクティブ フィールド エフェクト トランジスタ:イオン選択性電界効果トランジスタ)を用いることが可能である。
以下の図12には、ISFETのゲート表面に金コロイドを吸着により薄膜状に形成した後、緩衝溶液中に浸漬し、還元剤であるフェロシアン化カリウムを添加した際の応答を示す。
金コロイド層をつけていない通常のISFETでは、1mMになるようフェロシアンイオンを添加しても振動ノイズは見られるものの、出力の大きな変動はなかった。一方、金コロイド層を形成したISFETチップの方は、1mMのフェロシアンイオンの添加に伴い、3μV程度の出力低下を示した。
この結果より、ISFETのゲート表面に導電性膜を形成することにより、液中や気体中の酸化還元物質との電子授受をISFETの出力応答として検出できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、液中あるいは気体中の酸化還元物質の電子供与性あるいは受容性を基準物質と比較する形で定性分析でき、また出力の濃度依存性から高感度定量分析も可能となる。
よって一般的に酸化還元物質検出用センサとなるほか、酸化還元性のガス検出器や生体酸化還元物質の検出、定量に用いられる。
さらには、実施例に示すように、酸化還元酵素と導電性ゲート部との直接電子移動あるいは電子メディエーターを介する間接電子移動を利用するバイオセンサやバイオエレクトロニクス素子に応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る酸化還元物質測定装置の例を示す。
【図2】本発明をケミカルCCD(1チャンネル型)に組み込んだ例を示す。
【図3】本発明をケミカルCCD(2チャンネル型)に組み込んだ例を示す。
【図4】フェロシアン化カリウムに対するAuゲート型ケミカルCCDの出力変化を示す。
【図5】Auゲート型ケミカルCCDの出力電圧の酸化還元物質の濃度依存性を示す。
【図6】Auゲート型ケミカルCCDと窒化膜ゲートのケミカルCCDの各種酸化還元物質の出力電圧差を示す。
【図7】GDHの酸素反応とグルコース添加時の出力変化の例を示す。
【図8】出力電圧差のグルコース濃度依存性を示す。
【図9】出力応答から見た酵素の基質特異性を示す。
【図10】FDH固定化Auゲート型ケミカルCCDの種々の糖添加に伴う出力変化を示す。
【図11】FDH固定化Auゲート型ケミカルCCDの出力変化のフルクトース濃度依存性を示す。
【図12】ゲート上に金コロイド膜を形成したISFETのフェリシアン化カリウム添加に伴う出力電圧の変化を示す。
【符号の説明】
【0024】
10 ゲート部
11 導電性層
12 絶縁第二層
13 絶縁第一層
21 ソース電極
22 ドレイン電極
30 注入部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板にソース電極部とドレイン電極部とその間にゲート部とを備えた酸化還元物質測定装置であって、
ゲート部は、半導体基板上に絶縁層と導電性層と測定溶液又は測定ガスの注入部とをその順に有していることを特徴とする酸化還元物質測定装置。
【請求項2】
ゲート部は、導電性層に酸化還元酵素を固定化してあることを特徴とする請求項1記載の酸化還元物質測定装置。
【請求項3】
請求項1記載の酸化還元物質測定装置を用いて、測定溶液又は測定ガスの注入部に参照電極を配設してこの参照電極と半導体基板との間にゲート電圧を印加し、前記注入部に注入した検体によるソース電極とドレイン電極との間の出力変化を測定することを特徴とする酸化還元物質の信号増幅検出法。
【請求項4】
請求項1記載の酸化還元物質測定装置を用いて、測定溶液の注入部に電子メディエーター物質と酸化還元酵素を注入し、測定溶液の注入部に参照電極を配設するとともに参照電極と半導体基板との間にゲート電圧を印加し、前記注入部における酵素反応をソース電極とドレイン電極との間の出力変化として測定することを特徴とする酵素反応の信号増幅検出法。
【請求項5】
請求項2記載の酸化還元物質測定装置を用いて、
測定溶液の注入部に参照電極を配設し、参照電極と半導体基板との間にゲート電圧を印加し、前記注入部に酵素基質を注入し、ソース電極とドレイン電極との間の信号増幅出力変化を測定することを特徴とする酵素基質の定性及び定量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−20373(P2008−20373A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−193430(P2006−193430)
【出願日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)