酸耐性を酵母に付与するペプチド
【課題】ストレス耐性が付与された微生物を提供する。
【解決手段】アミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLDを含むペプチド、およびこのペプチドを細胞表層に提示する酵母が提供される。上記ペプチドを細胞表層に提示する酵母には、酸耐性が付与された。
【解決手段】アミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLDを含むペプチド、およびこのペプチドを細胞表層に提示する酵母が提供される。上記ペプチドを細胞表層に提示する酵母には、酸耐性が付与された。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ペプチドおよび該ペプチドを表層に提示する酵母に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞表層は細胞が外界と接する唯一の場所である。細胞表層は、種々のストレスに対する主要な役割を演じ、生物は、その進化の過程でその生存のために多回にわたって細胞表層を改善している。
【0003】
細胞表層上の細胞壁が、ストレス耐性に対して大きな役割を有している。ストレス耐性を改善または付与するために、細胞壁の改変が行われている。細胞壁の改変のためには、種々の微生物において、細胞壁上に異種タンパク質を提示させることが試みられている。
【0004】
酵母においては、細胞表層の分子提示システムが確立されており、Aequorea victoria由来緑色蛍光タンパク質、Rhizopus oryzae由来リパーゼなどの多くのタンパク質が、酵母S. cerevisiaeの細胞表層での固定が成功している(例えば、特許文献1)。この分子提示システムはまた、機能的タンパク質およびペプチドを提示させることによってその細胞表層の性質を無作為に変化させるコンビナトリアルライブラリーの高スループットの構築およびスクリーニングを可能にした。細胞表層の性質をストレスの種類に応じて改変することができれば、極限環境微生物のように溶媒ストレス耐性を賦与することも可能であると考えられる。
【特許文献1】特開平11−290078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ストレス耐性が付与された微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLDを含むペプチドを提供する。
【0007】
本発明はまた、上記ペプチドを細胞表層に提示する酵母も提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、酸耐性を与えるペプチドが提供される。このペプチドが細胞表層に提示される酵母には酸耐性が付与され、さらに熱耐性も付与され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、新規ペプチドを提供する。このペプチドは、図2Cに示されるような、アミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLD(配列番号2)を含む(アミノ酸は標準の一文字表記コードで表す)。このペプチドを微生物(例えば酵母)の細胞表層に提示させることにより、提示された微生物は酸耐性が付与され、そしてさらに熱耐性も付与され得る。
【0010】
通常の酵母であれば、生育極限のpHは2.4であり、生育極限の温度が37℃ぐらいである。pH2.4と2.3との間では、酵母の生死を左右するギャップが存在する。以下の実施例に例示した形質転換酵母では、そのギャップを乗り越えてpH2.3および39℃の温度にて生育可能であった。なお、酸耐性および熱耐性の付与は、上記の生育可能となったpHおよび温度の値に限定されない。酸耐性の付与とは、至適pHを酸性側にシフトさせる性質をいう。同様に、熱耐性の付与とは、至適温度をより高温にシフトさせる性質をいう。
【0011】
本明細書中では、以下、上記ペプチドを、便宜上、「酸耐性付与ペプチド」ともいう。
【0012】
図2Cは、酸耐性付与ペプチドをコードするDNAフラグメントの塩基配列(配列番号1)およびそのコード化アミノ酸配列(配列番号2)を示す。酸耐性付与ペプチドとしては、上記アミノ酸配列からなるペプチドが特に好ましいが、当該ペプチドと実質的に同等の性質を有する(例えば、酸耐性の付与が可能である)限り、アミノ酸の改変(例えば、置換、付加、欠失)、あるいは縮重などによるDNAフラグメントの変異による塩基配列の変更はあってもよい。
【0013】
酸耐性付与ペプチドの調製および利用は、当業者に周知の方法に基づいて行われ得る。
【0014】
酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示させるために、例えば、以下に詳述する細胞表層提示システムが利用され得る。
【0015】
酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示するために、例えば、微生物が酵母の場合は、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカー付着認識シグナル配列、または、(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインが利用され得る(例えば、特許文献1など)。表層提示するためのタンパク質を総称して、単に「アンカータンパク質」ともいう。
【0016】
酵素について用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン(GPIアンカーとして使用)、FLO1タンパク質(FLO1タンパク質は、N末端側のアミノ酸長を種々改変して、GPIアンカーとして使用し得る:例えば、FLO42、FLO102、FLO146、FLO318、FLO428など;Appl. Microbiol. Biotech.,60巻,469-474頁,2002年:なお、FLO1326とは、全長FLO1タンパク質を表す)、FLOタンパク質(GPIアンカー機能を有さず、凝集性を利用するFLOshortまたはFLOlong;Appl. Environ. Microbiol.,4517-4522頁,2002年)、ペリプラズム局在タンパク質であるインベルターゼ(GPIアンカーを利用しない)などが挙げられる。
【0017】
まず、(a)の細胞表層局在タンパク質のGPIアンカー付着認識シグナル配列について説明する。GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元付近で切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0018】
ここで、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外(ペリプラズムも含む)に分泌されるタンパク質(分泌性タンパク質)のN末端に結合している、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列をいい、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際に除去される。発現産物を細胞膜へ導くことができる分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列でも用いられ得、起源は問わない。例えば、分泌シグナル配列としては、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンのシグナル配列、発現産物自身の分泌シグナル配列などが好適に用いられる。細胞表層結合性タンパク質に融合している他のタンパク質の活性に影響を及ぼさないのであれば、分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0019】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0020】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着認識シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれる。よって、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0021】
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、酸耐性付与ペプチドをコードするDNA配列に置換することにより、GPIアンカーを介して酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示するための組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、酸耐性付与ペプチドをコードするDNAを導入することが好ましい。このようなDNAを酵母に導入して発現させることによって細胞表層に提示されたペプチドは、そのC末端側が表層に固定されている。
【0022】
次に、(b)の細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインについて説明する。糖鎖結合タンパク質ドメインとは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が、細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることのできるドメインをいう。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメイン、FLOタンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。この糖鎖結合タンパク質ドメインは、分泌シグナル配列の下流にある。分泌シグナルについては、上述したとおりである。
【0023】
この細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)と酸耐性付与ペプチドとを結合することにより、細胞表層に目的のペプチドが提示される。酸耐性付与ペプチドは、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)のN末端側にも、C末端側にも結合させることができる。本発明においては、細胞表層に酸耐性付与ペプチドを提示するための組換えDNAを得るために、(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−酸耐性付与ペプチドをコードする遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子;あるいは(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−酸耐性付与ペプチドをコードする遺伝子を作製し得る。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、一部のみ存在してもよいが、存在しなくてもよい。また、凝集機能ドメインを用いる場合は、ドメインの長さを調節しやすいため(例えば、FLOshortまたはFLOlongのいずれかを選択できる)、より適切な長さで酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示できる点で、ならびに酸耐性付与ペプチドのN末端またはC末端のどちらの側でも結合させることが可能な点で、非常に有用である。
【0024】
酸耐性付与ペプチドは、アンカータンパク質などの要素に直接結合されていてもよいし、リンカーを介して結合されていてもよい。このようなリンカーの設計および作製は、当業者によって適宜なされ得る。
【0025】
上記の各種塩基配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。結合は、適切な制限酵素、リンカーなどを用いて行うことができる。
【0026】
酸耐性付与ペプチドを細胞表層に発現するためにそれぞれ、プラスミドの形態のベクターが作製され得る。DNAの取得の簡易化の点からは、大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。ベクター作製の出発材料としては、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)とColE1の複製開始点とを有しており、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有することがさらに好ましい。また、酸耐性付与ペプチドをコードする遺伝子を発現させるために、この遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節配列をも含んでいることが望ましい。
【0027】
あるいは、酸耐性付与ペプチドを細胞外に分泌させても、このペプチドは分泌後に細胞表層に吸着および被覆され得るので、分泌型プラスミドの利用も可能である。分泌型プラスミドについては、「アンカータンパク質」の利用を除いて、細胞表層提示システムに関して上述した通りである。
【0028】
上記プラスミドが導入された宿主細胞において、導入された酸耐性付与ペプチド遺伝子の発現および細胞表層への固定を確認するために、タグ(例えば、FLAGタグ)を発現させるようにすることもできる。このようなタグは、所望の構造遺伝子の塩基配列の下流に、リンカーを用いて連結し得る。このようなリンカーの設計は、当業者が通常用いる手順に基づいて実施できる。あるいは、タグが所望の構造遺伝子の塩基配列の下流に連結されるように設計したプライマーを用いて、PCRによって、タグと所望の構造遺伝子との連結物を調製し得る。
【0029】
プラスミドが導入された酵母は、選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(上述))で選択され得る。上記のように、タグ(例えば、FLAGタグ)をコードする配列を予めプラスミド中に挿入し、抗タグ抗体(および必要に応じて蛍光標識抗体)を用いる免疫抗体法を用いて、酸耐性付与ペプチドの発現および細胞表層への固定を確認できる。
【0030】
形質転換酵母は、この酵母を維持し得る培地を含む懸濁液中で低温保存または凍結保存され得るか、あるいは低温乾燥または凍結乾燥して保存され得る。
【0031】
形質転換酵母は、担体に固定化されていてもよい。本明細書において、担体とは、酵母を固定化することができる物質を意味し、好ましくは、水またはある特定の溶媒に対して不溶性の物質である。本発明に用い得る担体の材質としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリウレタンフォーム、ポリスチレンフォーム、ポリアクリルアミド、ポリビニルフォルマール樹脂多孔質体、シリコンフォーム、セルロース多孔質体などの発泡体あるいは樹脂が好ましい。増殖および活性が低下した酵母あるいは死滅した酵母の脱落などを考慮すると、多孔質の担体が好ましい。多孔質体の開口部の大きさは酵母によっても異なるが、酵母が十分に入り込めて、増殖できる大きさが適当である。50μm〜1,000μmが好適であるが、これに限定されない。
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
(材料および方法)
(使用した株および培地)
大腸菌DH5α[F-, endA1, hsdR17 (rK−, mK+), supE44, thi-1, λ−, recA1, gyrA96, ΔlacU169 (φ80lacZΔM15)](Toyobo, Osaka, Japan)を、組換えDNA操作のための宿主として使用した。S. cerevisiae MT8-1(MATa, ade, his3, leu2, trp1, ura3)(Tajima et al. 1985, Yeast 1: 67-77)およびBY4741(MATa, his3, leu2, met15, ura3)(EUROSCARF, Frankfurt, Germany)を細胞表層のペプチドの提示のための宿主として使用した。大腸菌を100μg/mlアンピシリンを含有するLuria-Bertani(LB)培地[1%(wt/vol)トリプトン、0.5%酵母エキス、および0.5%塩化ナトリウム]中で増殖させた。MT8-1形質転換体をSDC+AHLU培地[0.67% yeast nitrogen base without amino acids(YNB), 2%グルコース、0.5%カザミノ酸、0.002%アデニン、0.002%ヒスチジン、0.003%ロイシン、および0.002%ウラシル]中で増殖させ、そしてBY4741形質転換体をSD+HLM培地(0.67% YNB、2%グルコース、0.002%ヒスチジン、0.003%ロイシン、および0.002%メチオニン)中で増殖させた。酸性培地での培養には、緩衝剤として0.75%グリシンおよびpH制御のために適量の塩酸を培地に添加した。
【0034】
(ペプチドの作製のためのプラスミドの構築)
DsRed2をコードするDNAフラグメントを、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-GCCCGGCTCGAGGTGGATCTGGTGGCGCCTCCTCCGAGAACGTCATCACCG-3’(配列番号3)および5’-TCGCGGGTCGACCAGGAACAGGTGGTGGCGGCCCTCGGTGCG-3’(配列番号4)。テンプレートはpDsRed2-N1(Clontech Laboratories Inc., CA, USA)を使用した。XhoIおよびSalIでの消化後、このフラグメントを、XhoIにて消化したpMWFD(Takayama et al. 2006, Biotechnol Prog 22: 939-943)に挿入した。得られたプラスミド(pDRFD1と称する)をXhoIおよびKpnIで消化し、そしてDsRed2、FLAGタグ、およびα-アグルチニンのC末端側半分をコードするフラグメントを、pCAS1(Kato et al. 2006, Appl Microbiol Biotechnol 72: 1229-1237)のXhoI−KpnIセクションと置き換えた。このようにして得られた、ランダムペプチド細胞表層提示用プラスミドをpKRD1と命名した(図1A)。
【0035】
EGFPをコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-GATCCCCTCGAGGGTGGATCTGGTGGCGTGAGCAAGGGCGAGGAGCTGTTCAC-3’(配列番号5)および5’-GCGGCCGTCGACCTTGTACAGCTCGTCCATGCCGAGAGTGATC-3’(配列番号6)。テンプレートはpEGFP(Clontech Laboratories Inc.)を使用した。XhoIおよびSalIでの消化後、このフラグメントを、XhoIにて消化したpMWFDに挿入した。得られたプラスミドをpKGD1と命名した。以下のオリゴヌクレオチド5’-ATAGAGCTCATGCAACTGTTCAATTTGCCATTGAAAGTTTCATTCTTTCTCGTCCTCTCTTACTTTTCTTTGCTCGTTTCTGCCAGATCTGGATCCATA-3’(配列番号7)および5’-ACAGGATCCAGATCTGGCAGAAACGAGC-3’(配列番号8)を用いてアニールおよび伸長させたグルコアミラーゼ分泌シグナルをコードするDNAフラグメントを、SacIおよびBamHIで消化した。EGFP-FLAGをコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-TACTAGGATCCCCATGGCTCGAGGGTGGATCTGGTGGCGTGAGCAAGGGCGAGGAGCTGTTC-3’(配列番号9)および5’-AGTATGTCGACTTACTTGTCATCGTCATCCTTGTAATCAGATCCAC-3’(配列番号10)。テンプレートはpKGD1を使用した。得られたフラグメントをBamHIおよびSalIで消化した。これらの消化DNAフラグメントをpWGP3(Takahashi et al. 2001, Appl Microbiol Biotechnol 55: 454-462)のSacI−SalIセクションに連結した。得られたプラスミドをpGGS1と命名した。グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)プロモーターからGAPDHターミネーターまでのセクションをコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-ACTGAAAGCTTACCAGTTCTCACACGGAAC-3’(配列番号11)および5’-ATGCTGGTACCTCAATCAATGAATCGAAAATGTCATTAAAATAG-3’(配列番号12)。テンプレートはpGGS1を使用した。HindIIIおよびKpnIでの消化後、フラグメントをpYEX-BX(Clontech Laboratories Inc.)の同じ部位に挿入した。得られたプラスミドをpYEX-SGと命名した。グルコアミラーゼ分泌シグナルおよびマルチプルクローニング部位をコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-CTTAAACTTCTTAAATTCTACTTTTATAGTTAGTC-3’(配列番号13)および5’-GACGGCTCGAGGCTAGCGCATGCGCGGCCGCCAGATCTGGCAGAAACGAGCAAAGAAAAGTAAG-3’(配列番号14)。テンプレートはpGGS1を使用した。SacIおよびXhoIにて消化したPCRフラグメントを、pYEX-SGのSacI−XhoIセクションと置き換えた。このようにして得られた分泌用プラスミドをpULSG1と命名した。
【0036】
pMWFDをXhoIおよびKpnIで消化し、そしてFLAGタグおよびα-アグルチニンのC末端側半分をコードするフラグメントを、pYEX-SGのXhoI−KpnIセクションと置き換えた。得られたプラスミドのEcoRI−XhoIセクションを、以下のオリゴヌクレオチド:5’-AATTCGAATTCATGCAACTGTTCAATTTGCCATTGAAAGTTTCATTCTTTCTCGTCCTCTCTTACTTTTCTTTGCTCGTTTCTGCC-3’(配列番号15)および5’-GACGGCTCGAGGCTAGCGCATGCGCGGCCGCCAGATCTGGCAGAAACGAGCAAAGAAAAGTAAG-3’(配列番号16)を用いてアニールおよび伸長させたEcoRIおよびXhoI消化DNAフラグメントによって置き換えた。このようにして得られた細胞表層提示用プラスミドをpULFD1と命名した。
【0037】
スクリーニングによって選択されたペプチドをコードするDNAフラグメントをBglIIおよびXhoIで消化し、次いでpULFD1およびpULSG1のそれぞれの同じ部位に連結した。それぞれ得られたプラスミドをpULFD1-Scr35(図1B)およびpULSG1-Scr35(図1C)と命名した。コントロールプラスミドであるpULFD1CおよびpULSG1C(これらは、マルチプルクローニング部位を欠く)を、グルコアミラーゼ分泌シグナルおよびマルチプルクローニング部位を共にコードする遺伝子をグルコアミラーゼ分泌シグナルのみをコードする遺伝子と置き換えることによって構築した。
【0038】
(プラスミド操作および免疫蛍光染色)
25アミノ酸からなるコンビナトリアルランダムペプチドをコードするDNAフラグメントを、以下のオリゴヌクレオチドと共にクレノウフラグメント(Takara Bio Inc., Otsu, Japan)を用いる伸長反応によって生成した:5’-ACTGCCGCGGGT-(NNK)25TCTCGAGGTGGA-3’(配列番号17)および5’-TCCACCTCGAGA-3’(配列番号18)。SacIIおよびXhoIで消化した産物をpKRD1の同じ部位に連結し、この連結産物を大腸菌に導入した。この大腸菌形質転換体からプラスミドライブラリーを調製した。
【0039】
プラスミドを、RPM(登録商標)Yeast Plasmid Isolation kit(MP Biomedicals, CA, USA)を用いて酸性条件下で酵母細胞から単離し、次いでS. cerevisiae MT8-1宿主細胞に再導入した。酵母形質転換体を無作為選抜し、その酸耐性を調べた。
【0040】
細胞表層提示の確認のための免疫蛍光染色を、FLAGタグを用いて以下のようにして行った。酵母細胞を1%ウシ血清アルブミン(Sigma-Aldrich, MO, USA)中で30分間インキュベートし、その後免疫蛍光染色前に供した。免疫蛍光染色を、FLAGタグに対するマウスモノクローナル抗体(Sigma-Aldrich)(一次抗体)を1:300希釈率で用いて行った。細胞および抗体の混合物を室温にて1.5時間インキュベートした。リン酸緩衝生理食塩水(PBS;pH7.4)緩衝液で洗浄した後、細胞を1:300希釈のAlexa Fluor 488結合体化抗マウスIgG抗体(Invitrogen, CA, USA)(二次抗体)と、室温にて1.5時間反応させた。PBS緩衝液で洗浄した後、染色した細胞を蛍光顕微鏡下で観察した。
【0041】
(グルコース取り込み活性の測定)
SD+HLM培地中で24時間増殖させ増殖が落ち着き始めたところの細胞を採取し、そしてPBS緩衝液および無グルコースYNB+HLM培地で洗浄した。洗浄した細胞を、最終濃度1mMの2-(N-(7-ニトロベンズ-2-オキサ-1,3-ジアゾル-4-イル)アミノ)-2-デオキシグルコース(2-NBDG; Invitrogen)を含有する無グルコースYNB+HLM培地中に再懸濁したところ、600nmでの光学密度(OD600)は2.0であった。陰性コントロールとして、2-NBDGを含有していない無グルコースYNB+HLM培地を用いた。30℃にて20分インキュベートした後、すぐにPBS緩衝液で細胞を十分に洗浄し、そしてPBS緩衝液中に再懸濁したところ、600nmでの光学密度(OD600)は5.0であった。グルコース取り込み活性をモニタリングするのに、Fluoroskan Ascent FL(Labsystems, Helsinki, Finland)を用いてこれらの懸濁液の100μlにおけるλex=485nmおよびλem=538nmでの蛍光の増加を測定した。
【0042】
(分泌ペプチドのウェスタンブロット分析)
3,000gでの遠心分離によって培養培地を調製し、濾過滅菌した。この培養培地にプロテアーゼインヒビターカクテル(Sigma-Aldrich)を添加し、そして培養培地をAmicon(登録商標)Ultra-4(Millipore, MA, USA)およびMicrocon(登録商標)YM-10(Millipore)を用いて濃縮した。タンパク質試料を、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)および2-メルカプトエタノールと共に95℃にて3分間加熱した。このタンパク質試料を濃度勾配ゲル(5-20%)SDS-PAGEにて分離し、そしてゲル上の分離されたタンパク質を、セミドライブロッティング装置(ATTO, Tokyo, Japan)を用いてニトロセルロース膜(Bio-Rad Laboratories Inc., CA, USA)に転写させた。膜上のタンパク質を、抗FLAG M2(登録商標)モノクローナル抗体−ペルオキシダーゼ結合体(Sigma-Aldrich)と反応させ、そしてECL Plus Western Blotting Detection System(GE Healthcare)を供給者により詳述されたプロトコルに記載のように用いて、X線フィルム(GE Healthcare UK Ltd., Buckinghamshire, England)上に検出した。
【0043】
(チモリアーゼ感受性アッセイ)
SD+HLM培地中で24時間増殖させ増殖が落ち着き始めたところの細胞を、チモリアーゼ(zymolyase)反応緩衝液(50mM Tris-Cl, pH7.5, 10mM MgCl2)で洗浄し、そしてチモリアーゼ反応緩衝液および10μg/ml チモリアーゼ100T(Seikagaku Corporation, Tokyo, Japan)および0.5mM トリス(2-カルボキシ-エチル)ホスフィン塩酸(TCEP;Sigma-Aldrich)を含有するチモリアーゼ反応緩衝液中に再懸濁したところ、600nmでの光学密度(OD600)は0.6であった。この混合物を30℃にて穏やかに振盪させながらインキュベートし、そしてUV-1700分光光度計(Shimadzu, Kyoto, Japan)を用いてインターバルを置いてOD600をモニタリングし、生存率(%)を測定した。
【0044】
(結果)
(コンビナトリアルランダムペプチドライブラリーの構築およびスクリーニング)
25アミノ酸からなるコンビナトリアルランダムペプチドをコードするDNAフラグメントを、NNK配列を含有するオリゴヌクレオチドを用いて生成した(図1A)。これらのフラグメントを酵母細胞表層提示用カセットベクターpKRD1に挿入し、コンビナトリアルランダムペプチドライブラリーを構築した。これは、約1×106の独立したペプチドをコードしている。これらのコンビナトリアルペプチドは、蛍光タンパク質DsRed2と共に提示された。無作為に選択したプラスミドによりコードされたペプチド配列を個々にDNA配列決定にて決定し、それらの全てが互いに異なることを確認した。
【0045】
プラスミドライブラリーをS. cerevisiae MT8-1宿主細胞に導入した。形質転換体をSDC+AHLU(pH2.2)アガロース培地上でスクリーニングした。この培地で、コントロールとしたpKRD1を保有するMT8-1は生存できず、1×106クローンの中から1つの酸耐性株のみが単離できた。
【0046】
酸耐性のプラスミド依存性を確認するために、得られた酵母株からプラスミドを単離し、これをpKRD1-Scr35と命名した。単離されたプラスミドpKRD1-Scr35で形質転換されたMT8-1細胞の酸耐性をスポットアッセイによって調べた(図2A)。pKRD1(上の段)またはpKRD1-Scr35(下の段)で形質転換したMT8-1細胞(OD600=1.0)の10倍希釈(右端)、5倍希釈(中央)、希釈なし(左端)を、SDS+AHLU培地(左側)、および塩酸を添加することによりpHを2.4に調整したSDS+AHLU培地(右側)にスポット上に播き、30℃にてインキュベートした。pKRD1-Scr35を保有するMT8-1細胞は、酸性条件下でコントロール細胞よりもずっと良好な増殖を示した。この所見は、得られた酵母株の酸耐性がこの形質転換プラスミドにのみ依存することを示した。
【0047】
(挿入されたペプチドの位置決めおよび分析)
得られた酵母細胞における融合ペプチドScr35の細胞表層提示を、FLAGタグに対する免疫蛍光染色によって確認した(図2B)。Scr35の細胞表層提示は、蛍光顕微鏡下で明確な蛍光が観察されることによって確認された。この観察は、Scr35が細胞表層における酸耐性の獲得において重要な役割を演じることを示した。
【0048】
Scr35のアミノ酸配列を決定するために、pKRD1-Scr35中のScr35をコードするDNAフラグメントを配列決定した(図2C)(図中、「DNA」は塩基配列、「AA」はアミノ酸配列を表す)。Scr35は、12個(48%)の疎水性アミノ酸、9個(36%)の中性アミノ酸、1個(4%)の酸性アミノ酸、および3個(12%)塩基性アミノ酸からなるものであった。SOSUI(http://bp.nuap.nagoya-u.ac.jp/sosui/;Hirokawa et al. 1998, Bioinformatics 14: 378-379)を用いるハイドロパシープロット分析によって示された通り、全体的には、Scr35は疎水性を示した(データは示さず)。興味深いことに、NCBI BLASTサーチ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)によって決定された通り、Scr35は、Picrophilus torridus(これは、およそほぼ0のpHでかつ65℃までの温度にて増殖し得る:Futterer et al. 2004, Proc Natl Acad Sci USA 101: 9091-9096)由来の仮定上の膜貫通タンパク質PTO1510の一部に高い類似性を示した(データは示さず)。
【0049】
(他の増殖条件に関するScr35の影響)
他の増殖条件に関するScr35の影響を調べるために、広く使用されているS. cerevisiae BY4741株を別の宿主として採用した。BY4741宿主細胞をpULFD1-Scr35(図1B)で形質転換し、細胞表層上にScr35を提示させた。このScr35の提示は免疫蛍光染色によって確認し(データは示さず)、そして酸耐性および熱耐性についてスポットアッセイによって調べた(図3A)。pULFD1C(上の段)またはpULFD1-Scr35(下の段)で形質転換したBY4741細胞(OD600=0.1)およびそれらの5倍系列希釈物を以下の通りスポット上に播き、培養した:左側群 SD+HLM培地上で30℃インキュベート;中央群 および塩酸を添加することによりpHを2.3に調整したSD+HLM培地上で30℃インキュベート;および右側群 SD+HLM培地で39℃インキュベート。pULFD1-Scr35で形質転換され、細胞表層上にScr35を提示したBY4741形質転換体もまた酸耐性を示した。興味深いことに、この形質転換体は、高温(39℃)にて、コントロールであるpULFD1C形質転換体よりもわずかに良好な増殖を示した。
【0050】
他の増殖条件に関しては、低濃度のグルコース濃度の変更を用いた。pULFD1CまたはpULFD1-Scr35で形質転換したBY4741細胞を、2%または0.02%のグルコース濃度のSD+HLM培地で、30℃にてpH5.4で培養した。これらの酵母細胞は、増殖が落ち着き始めたところまで予備培養し、その後これらのグルコース調整培地に供した。図3Bおよび図3Cは、それぞれ通常のグルコース濃度(2%)および低濃度のグルコース(0.02%)下での培地における各形質転換酵母の増殖曲線を示す(両図とも、黒三角はpULFD1C形質転換酵母であり、白菱形はpULFD1-Scr35形質転換酵母である)。結果は、2つの独立試験の平均を示す。通常のグルコース濃度(2%)下では、Scr35を提示するBY4741細胞は、コントロール細胞と同様の増殖曲線を示した(図3B)。他方、低濃度のグルコース(0.02%)下では、Scr35提示細胞は、コントロール細胞よりも相対的に良好な増殖を示した(図3C)。この観察は、Scr35提示酵母が、細胞へのグルコースの取り込みをより効果的に行い得ることを示唆した。
【0051】
(グルコース取り込み活性の比較)
Scr35提示酵母におけるグルコース取り込み活性をコントロール酵母と比較するために、2-(N-(7-ニトロベンズ-2-オキサ-1,3-ジアゾル-4-イル)アミノ)-2-デオキシグルコース(2-NBDG)(これは、d-グルコースの蛍光誘導体である)を、生存細胞のグルコース取り込み活性を定量測定するために用いた。2-NBDGは、S. cerevisiaeではd-グルコースと同様のアフィニティーで細胞に取り込まれる(Achilles et al. 2004, Cytometry A 61: 88-98)ので、生存酵母のグルコース取り込み活性が定量測定され得る。
【0052】
Scr35提示酵母細胞およびコントロール細胞を1mM 2-NBDGを含有する無グルコースYNB+HLM培地中でインキュベートし、そして細胞に取り込まれた2-NBDGに起因する蛍光強度を測定した(図4)。3つの独立試験の結果を示し、誤差バーは標準偏差を表す。Scr35提示酵母は、コントロール酵母よりも1.25倍高いグルコース取り込み活性を示した。この観察は、低濃度のグルコース下でScr35提示酵母のより良好な増殖が見られたことの裏づけとなり、そしてこれらの結果は、Scr35を提示することによりグルコース取り込み活性が増大されることを示した。
【0053】
(より高いpHでの増殖)
Scr35提示酵母は、酸性培地でコントロール酵母よりも良好な増殖を支援した。したがって、より高いpHでのScr35提示酵母の増殖を調べた。通常のSD+HLM培地の初期pHは約5.4であり、このpHは、酵母が培地中で増殖するにつれて徐々に約2.9にまで変化する。培地pHを高い(7.0)状態とするために、SD+HLM培地に、2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸(MES)を緩衝剤として最終濃度50mMにて添加し、NaOH溶液を用いてpHを7.0に調整した。Scr35提示酵母細胞およびコントロール細胞をこの緩衝培地(pH7.0)中で、グルコース濃度を2%および0.02%として増殖させた。これらの酵母細胞は、増殖が落ち着き始めたところまで予備培養し、その後これらのグルコース調整培地に供した。
【0054】
図5Aおよび図5Bは、それぞれ通常のグルコース濃度(2%)および低濃度のグルコース(0.02%)下での高pH(pH7.0)培地における各形質転換酵母の増殖曲線を示す(両図とも、黒三角はpULFD1C形質転換酵母であり、白菱形はpULFD1-Scr35形質転換酵母である)。結果は、2つの独立試験の平均を示す。通常のグルコース濃度下では、Scr35提示酵母はコントロール酵母よりも増殖が劣っていた(図5A)。この観察は、酵母の至適pHがScr35の提示によって酸性pHにシフトすることを示した。しかし、高いpHでScr35提示酵母の増殖が劣ることは、グルコース濃度を減少させることによってある程度回復された(図5B)。これらの観察は、グルコース取り込み活性がpHストレスと増殖との間の関係に影響すること、およびScr35の提示によるグルコース取り込み活性の増大が酵母の酸耐性に至ることを示した。
【0055】
(Scr35の分泌および被覆による酸耐性の獲得)
強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)と融合したScr35を分泌する分泌型プラスミドpULSG1-Scr35(図1C)、およびEGFPのみを分泌するコントロールプラスミドのpULSG1Cを、材料および方法にて記載した通りに構築した。これらのプラスミドでBY4741宿主細胞を形質転換し、そしてそれらの酸耐性をスポットアッセイによって調べた(図6A)。pULSG1C(上の段)またはpULSG1-Scr35(下の段)で形質転換したBY4741細胞(OD600=0.1)およびそれぞれの5倍系列希釈物を、SD+HLM培地(上側群)、および塩酸を添加することによりpHを2.3に調整したSD+HLM培地(下側群)にスポット上に播き、30℃にてインキュベートした。Scr35分泌酵母は、Scr35提示酵母と匹敵する酸耐性を示した。この観察は、細胞壁結合ドメインによるScr35の固定(アンカリング)が、酸耐性獲得に必ずしも要求されるわけではないことを示した。
【0056】
さらに、培地へのこれらのタンパク質の分泌は、材料および方法に記載のウェスタンブロット分析によって調べた(図6B)。分泌EGFP(28.8kDa)が培地中に明確に検出された(図6Bのレーン1)が、分泌Scr35融合EGFP(32.0kDa)は培地中にほとんど検出されなかった(図6Bのレーン2)。この観察は、Scr35融合EGFPのほとんどが細胞上に残っていることを示した。細胞における分泌Scr35の局在位置を調べるために、融合EGFPを観察した。酵母細胞をSD+HLM(50mM MES, pH7.0)中で48時間インキュベートし、そして蛍光顕微鏡下で観察した(図6C)。コントロール酵母細胞では、EGFPが細胞全体で観察された(図6Cの(b))。他方、Scr35分泌酵母では、Scr35融合EGFPが環状の蛍光として観察された(図6Cの(d))。これらの観察から、分泌したScr35が酵母細胞表層に吸着および被覆されて、細胞表層に提示されたScr35により付与されるのに匹敵する酸耐性が付与されたようであった。
【0057】
(Scr35産生酵母の細胞表層性質)
細胞壁完全性(Cell wall integrity;これは細胞壁性質の1つである)を、Scr35による細胞表層性質の改変を確認するために、チモリアーゼ感受性を測定することにより調べた。チモリアーゼは、主としてβ-1,3-グルカナーゼで組成され、この酵素は主として細胞壁上のβ-1,3-グルカンを標的する。したがって、これは、細胞壁完全性のモニタリングに有用である(Yazawa et al. 2007, Yeast 24: 551-560)。pULSG1CまたはpULSG1-Scr35によるBY4741形質転換体を増殖が落ち着き始めるまで培養し、そしてチモリアーゼで消化した。図7は、チモリアーゼ消化によるこれらの形質転換体の生存率(%)の経時変化を示し、黒三角はpULSG1CによるBY4741形質転換体であり、白菱形はpULSG1-Scr35によるBY4741形質転換体である。3つの独立試験の結果を示し、誤差バーは標準偏差を表す。図7に示される通り、酵母細胞は、分泌したScr35のためにチモリアーゼに対して感受性となった。この所見は、酵母細胞表層性質がScr35によって改変されることを実証した。pULFD1CまたはpULFD1-Scr35によるBY4741形質転換体のチモリアーゼに対する感受性もまた調べた。しかしながら、Scr35の有無によるチモリアーゼに対する酵母細胞の感受性の差異はほとんどなかった(データは示さず)。チモリアーゼに対する感受性が提示型酵母において観察されなかったことは、おそらく、α-アグルチニンのC末端側半分とグルカン網目との間の共有結合の形成による細胞壁完全性の増大に起因した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
微生物を利用する種々のラインにおいて、酸性下または加熱下での処理を伴う場合であっても利用可能な微生物(特に、酵母)が得られる。本発明によれば、例えば、微生物を利用したバイオエタノールの製造方法において、酸耐性および熱耐性を改良した形質転換微生物が好都合に用いられ得る。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1A】ランダムペプチド細胞表層提示用プラスミドpKRD1の模式図である。
【図1B】Scr35細胞表層提示用プラスミドpULFD1-Scr35の模式図である。
【図1C】Scr35分泌用プラスミドpULSG1-Scr35の模式図である。
【図2A】スポットアッセイにより調べた、pKRD1で形質転換されたMT8-1細胞およびpKRD1-Scr35で形質転換されたMT8-1細胞の通常培地および酸性培地における増殖形態を示す写真である。
【図2B】pKRD1-Scr35で形質転換されたMT8-1細胞の位相差顕微鏡写真(a)および蛍光顕微鏡写真(b)である。
【図2C】Scr35をコードするDNAフラグメントの塩基配列(配列番号1)およびそのコード化アミノ酸配列(配列番号2)を示す図である。
【図3A】スポットアッセイにより調べた、pULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の通常培地、酸性培地、および高温培地における増殖形態を示す写真である。
【図3B】通常のグルコース濃度(2%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図3C】低濃度グルコース(0.02%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図4】pULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の、2-NBDGを含有する無グルコースYNB+HLM培地中でのインキュベートにより取り込まれた2-NBDGに起因する蛍光強度を表すグラフである。
【図5A】高pH(7.0)での通常のグルコース濃度(2%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図5B】高pH(7.0)での低濃度グルコース(0.02%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図6A】スポットアッセイにより調べた、pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の通常培地および酸性培地における増殖形態を示す写真である。
【図6B】pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞のウェスタンブロット分析の結果を示す電気泳動写真である。
【図6C】pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞(a,b)およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞(c,d)の位相差顕微鏡写真(a,c)および蛍光顕微鏡写真(b,d)である。
【図7】pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞のチモリアーゼ消化による生存率(%)の経時変化を表すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ペプチドおよび該ペプチドを表層に提示する酵母に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞表層は細胞が外界と接する唯一の場所である。細胞表層は、種々のストレスに対する主要な役割を演じ、生物は、その進化の過程でその生存のために多回にわたって細胞表層を改善している。
【0003】
細胞表層上の細胞壁が、ストレス耐性に対して大きな役割を有している。ストレス耐性を改善または付与するために、細胞壁の改変が行われている。細胞壁の改変のためには、種々の微生物において、細胞壁上に異種タンパク質を提示させることが試みられている。
【0004】
酵母においては、細胞表層の分子提示システムが確立されており、Aequorea victoria由来緑色蛍光タンパク質、Rhizopus oryzae由来リパーゼなどの多くのタンパク質が、酵母S. cerevisiaeの細胞表層での固定が成功している(例えば、特許文献1)。この分子提示システムはまた、機能的タンパク質およびペプチドを提示させることによってその細胞表層の性質を無作為に変化させるコンビナトリアルライブラリーの高スループットの構築およびスクリーニングを可能にした。細胞表層の性質をストレスの種類に応じて改変することができれば、極限環境微生物のように溶媒ストレス耐性を賦与することも可能であると考えられる。
【特許文献1】特開平11−290078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ストレス耐性が付与された微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLDを含むペプチドを提供する。
【0007】
本発明はまた、上記ペプチドを細胞表層に提示する酵母も提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、酸耐性を与えるペプチドが提供される。このペプチドが細胞表層に提示される酵母には酸耐性が付与され、さらに熱耐性も付与され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、新規ペプチドを提供する。このペプチドは、図2Cに示されるような、アミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLD(配列番号2)を含む(アミノ酸は標準の一文字表記コードで表す)。このペプチドを微生物(例えば酵母)の細胞表層に提示させることにより、提示された微生物は酸耐性が付与され、そしてさらに熱耐性も付与され得る。
【0010】
通常の酵母であれば、生育極限のpHは2.4であり、生育極限の温度が37℃ぐらいである。pH2.4と2.3との間では、酵母の生死を左右するギャップが存在する。以下の実施例に例示した形質転換酵母では、そのギャップを乗り越えてpH2.3および39℃の温度にて生育可能であった。なお、酸耐性および熱耐性の付与は、上記の生育可能となったpHおよび温度の値に限定されない。酸耐性の付与とは、至適pHを酸性側にシフトさせる性質をいう。同様に、熱耐性の付与とは、至適温度をより高温にシフトさせる性質をいう。
【0011】
本明細書中では、以下、上記ペプチドを、便宜上、「酸耐性付与ペプチド」ともいう。
【0012】
図2Cは、酸耐性付与ペプチドをコードするDNAフラグメントの塩基配列(配列番号1)およびそのコード化アミノ酸配列(配列番号2)を示す。酸耐性付与ペプチドとしては、上記アミノ酸配列からなるペプチドが特に好ましいが、当該ペプチドと実質的に同等の性質を有する(例えば、酸耐性の付与が可能である)限り、アミノ酸の改変(例えば、置換、付加、欠失)、あるいは縮重などによるDNAフラグメントの変異による塩基配列の変更はあってもよい。
【0013】
酸耐性付与ペプチドの調製および利用は、当業者に周知の方法に基づいて行われ得る。
【0014】
酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示させるために、例えば、以下に詳述する細胞表層提示システムが利用され得る。
【0015】
酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示するために、例えば、微生物が酵母の場合は、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカー付着認識シグナル配列、または、(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインが利用され得る(例えば、特許文献1など)。表層提示するためのタンパク質を総称して、単に「アンカータンパク質」ともいう。
【0016】
酵素について用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン(GPIアンカーとして使用)、FLO1タンパク質(FLO1タンパク質は、N末端側のアミノ酸長を種々改変して、GPIアンカーとして使用し得る:例えば、FLO42、FLO102、FLO146、FLO318、FLO428など;Appl. Microbiol. Biotech.,60巻,469-474頁,2002年:なお、FLO1326とは、全長FLO1タンパク質を表す)、FLOタンパク質(GPIアンカー機能を有さず、凝集性を利用するFLOshortまたはFLOlong;Appl. Environ. Microbiol.,4517-4522頁,2002年)、ペリプラズム局在タンパク質であるインベルターゼ(GPIアンカーを利用しない)などが挙げられる。
【0017】
まず、(a)の細胞表層局在タンパク質のGPIアンカー付着認識シグナル配列について説明する。GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元付近で切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0018】
ここで、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外(ペリプラズムも含む)に分泌されるタンパク質(分泌性タンパク質)のN末端に結合している、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列をいい、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際に除去される。発現産物を細胞膜へ導くことができる分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列でも用いられ得、起源は問わない。例えば、分泌シグナル配列としては、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンのシグナル配列、発現産物自身の分泌シグナル配列などが好適に用いられる。細胞表層結合性タンパク質に融合している他のタンパク質の活性に影響を及ぼさないのであれば、分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0019】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0020】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着認識シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれる。よって、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0021】
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、酸耐性付与ペプチドをコードするDNA配列に置換することにより、GPIアンカーを介して酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示するための組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、酸耐性付与ペプチドをコードするDNAを導入することが好ましい。このようなDNAを酵母に導入して発現させることによって細胞表層に提示されたペプチドは、そのC末端側が表層に固定されている。
【0022】
次に、(b)の細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインについて説明する。糖鎖結合タンパク質ドメインとは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が、細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることのできるドメインをいう。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメイン、FLOタンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。この糖鎖結合タンパク質ドメインは、分泌シグナル配列の下流にある。分泌シグナルについては、上述したとおりである。
【0023】
この細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)と酸耐性付与ペプチドとを結合することにより、細胞表層に目的のペプチドが提示される。酸耐性付与ペプチドは、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)のN末端側にも、C末端側にも結合させることができる。本発明においては、細胞表層に酸耐性付与ペプチドを提示するための組換えDNAを得るために、(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−酸耐性付与ペプチドをコードする遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子;あるいは(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−酸耐性付与ペプチドをコードする遺伝子を作製し得る。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、一部のみ存在してもよいが、存在しなくてもよい。また、凝集機能ドメインを用いる場合は、ドメインの長さを調節しやすいため(例えば、FLOshortまたはFLOlongのいずれかを選択できる)、より適切な長さで酸耐性付与ペプチドを細胞表層に提示できる点で、ならびに酸耐性付与ペプチドのN末端またはC末端のどちらの側でも結合させることが可能な点で、非常に有用である。
【0024】
酸耐性付与ペプチドは、アンカータンパク質などの要素に直接結合されていてもよいし、リンカーを介して結合されていてもよい。このようなリンカーの設計および作製は、当業者によって適宜なされ得る。
【0025】
上記の各種塩基配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。結合は、適切な制限酵素、リンカーなどを用いて行うことができる。
【0026】
酸耐性付与ペプチドを細胞表層に発現するためにそれぞれ、プラスミドの形態のベクターが作製され得る。DNAの取得の簡易化の点からは、大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。ベクター作製の出発材料としては、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)とColE1の複製開始点とを有しており、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有することがさらに好ましい。また、酸耐性付与ペプチドをコードする遺伝子を発現させるために、この遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節配列をも含んでいることが望ましい。
【0027】
あるいは、酸耐性付与ペプチドを細胞外に分泌させても、このペプチドは分泌後に細胞表層に吸着および被覆され得るので、分泌型プラスミドの利用も可能である。分泌型プラスミドについては、「アンカータンパク質」の利用を除いて、細胞表層提示システムに関して上述した通りである。
【0028】
上記プラスミドが導入された宿主細胞において、導入された酸耐性付与ペプチド遺伝子の発現および細胞表層への固定を確認するために、タグ(例えば、FLAGタグ)を発現させるようにすることもできる。このようなタグは、所望の構造遺伝子の塩基配列の下流に、リンカーを用いて連結し得る。このようなリンカーの設計は、当業者が通常用いる手順に基づいて実施できる。あるいは、タグが所望の構造遺伝子の塩基配列の下流に連結されるように設計したプライマーを用いて、PCRによって、タグと所望の構造遺伝子との連結物を調製し得る。
【0029】
プラスミドが導入された酵母は、選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(上述))で選択され得る。上記のように、タグ(例えば、FLAGタグ)をコードする配列を予めプラスミド中に挿入し、抗タグ抗体(および必要に応じて蛍光標識抗体)を用いる免疫抗体法を用いて、酸耐性付与ペプチドの発現および細胞表層への固定を確認できる。
【0030】
形質転換酵母は、この酵母を維持し得る培地を含む懸濁液中で低温保存または凍結保存され得るか、あるいは低温乾燥または凍結乾燥して保存され得る。
【0031】
形質転換酵母は、担体に固定化されていてもよい。本明細書において、担体とは、酵母を固定化することができる物質を意味し、好ましくは、水またはある特定の溶媒に対して不溶性の物質である。本発明に用い得る担体の材質としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリウレタンフォーム、ポリスチレンフォーム、ポリアクリルアミド、ポリビニルフォルマール樹脂多孔質体、シリコンフォーム、セルロース多孔質体などの発泡体あるいは樹脂が好ましい。増殖および活性が低下した酵母あるいは死滅した酵母の脱落などを考慮すると、多孔質の担体が好ましい。多孔質体の開口部の大きさは酵母によっても異なるが、酵母が十分に入り込めて、増殖できる大きさが適当である。50μm〜1,000μmが好適であるが、これに限定されない。
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
(材料および方法)
(使用した株および培地)
大腸菌DH5α[F-, endA1, hsdR17 (rK−, mK+), supE44, thi-1, λ−, recA1, gyrA96, ΔlacU169 (φ80lacZΔM15)](Toyobo, Osaka, Japan)を、組換えDNA操作のための宿主として使用した。S. cerevisiae MT8-1(MATa, ade, his3, leu2, trp1, ura3)(Tajima et al. 1985, Yeast 1: 67-77)およびBY4741(MATa, his3, leu2, met15, ura3)(EUROSCARF, Frankfurt, Germany)を細胞表層のペプチドの提示のための宿主として使用した。大腸菌を100μg/mlアンピシリンを含有するLuria-Bertani(LB)培地[1%(wt/vol)トリプトン、0.5%酵母エキス、および0.5%塩化ナトリウム]中で増殖させた。MT8-1形質転換体をSDC+AHLU培地[0.67% yeast nitrogen base without amino acids(YNB), 2%グルコース、0.5%カザミノ酸、0.002%アデニン、0.002%ヒスチジン、0.003%ロイシン、および0.002%ウラシル]中で増殖させ、そしてBY4741形質転換体をSD+HLM培地(0.67% YNB、2%グルコース、0.002%ヒスチジン、0.003%ロイシン、および0.002%メチオニン)中で増殖させた。酸性培地での培養には、緩衝剤として0.75%グリシンおよびpH制御のために適量の塩酸を培地に添加した。
【0034】
(ペプチドの作製のためのプラスミドの構築)
DsRed2をコードするDNAフラグメントを、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-GCCCGGCTCGAGGTGGATCTGGTGGCGCCTCCTCCGAGAACGTCATCACCG-3’(配列番号3)および5’-TCGCGGGTCGACCAGGAACAGGTGGTGGCGGCCCTCGGTGCG-3’(配列番号4)。テンプレートはpDsRed2-N1(Clontech Laboratories Inc., CA, USA)を使用した。XhoIおよびSalIでの消化後、このフラグメントを、XhoIにて消化したpMWFD(Takayama et al. 2006, Biotechnol Prog 22: 939-943)に挿入した。得られたプラスミド(pDRFD1と称する)をXhoIおよびKpnIで消化し、そしてDsRed2、FLAGタグ、およびα-アグルチニンのC末端側半分をコードするフラグメントを、pCAS1(Kato et al. 2006, Appl Microbiol Biotechnol 72: 1229-1237)のXhoI−KpnIセクションと置き換えた。このようにして得られた、ランダムペプチド細胞表層提示用プラスミドをpKRD1と命名した(図1A)。
【0035】
EGFPをコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-GATCCCCTCGAGGGTGGATCTGGTGGCGTGAGCAAGGGCGAGGAGCTGTTCAC-3’(配列番号5)および5’-GCGGCCGTCGACCTTGTACAGCTCGTCCATGCCGAGAGTGATC-3’(配列番号6)。テンプレートはpEGFP(Clontech Laboratories Inc.)を使用した。XhoIおよびSalIでの消化後、このフラグメントを、XhoIにて消化したpMWFDに挿入した。得られたプラスミドをpKGD1と命名した。以下のオリゴヌクレオチド5’-ATAGAGCTCATGCAACTGTTCAATTTGCCATTGAAAGTTTCATTCTTTCTCGTCCTCTCTTACTTTTCTTTGCTCGTTTCTGCCAGATCTGGATCCATA-3’(配列番号7)および5’-ACAGGATCCAGATCTGGCAGAAACGAGC-3’(配列番号8)を用いてアニールおよび伸長させたグルコアミラーゼ分泌シグナルをコードするDNAフラグメントを、SacIおよびBamHIで消化した。EGFP-FLAGをコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-TACTAGGATCCCCATGGCTCGAGGGTGGATCTGGTGGCGTGAGCAAGGGCGAGGAGCTGTTC-3’(配列番号9)および5’-AGTATGTCGACTTACTTGTCATCGTCATCCTTGTAATCAGATCCAC-3’(配列番号10)。テンプレートはpKGD1を使用した。得られたフラグメントをBamHIおよびSalIで消化した。これらの消化DNAフラグメントをpWGP3(Takahashi et al. 2001, Appl Microbiol Biotechnol 55: 454-462)のSacI−SalIセクションに連結した。得られたプラスミドをpGGS1と命名した。グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)プロモーターからGAPDHターミネーターまでのセクションをコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-ACTGAAAGCTTACCAGTTCTCACACGGAAC-3’(配列番号11)および5’-ATGCTGGTACCTCAATCAATGAATCGAAAATGTCATTAAAATAG-3’(配列番号12)。テンプレートはpGGS1を使用した。HindIIIおよびKpnIでの消化後、フラグメントをpYEX-BX(Clontech Laboratories Inc.)の同じ部位に挿入した。得られたプラスミドをpYEX-SGと命名した。グルコアミラーゼ分泌シグナルおよびマルチプルクローニング部位をコードするDNAフラグメントをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。プライマーは以下を使用した:5’-CTTAAACTTCTTAAATTCTACTTTTATAGTTAGTC-3’(配列番号13)および5’-GACGGCTCGAGGCTAGCGCATGCGCGGCCGCCAGATCTGGCAGAAACGAGCAAAGAAAAGTAAG-3’(配列番号14)。テンプレートはpGGS1を使用した。SacIおよびXhoIにて消化したPCRフラグメントを、pYEX-SGのSacI−XhoIセクションと置き換えた。このようにして得られた分泌用プラスミドをpULSG1と命名した。
【0036】
pMWFDをXhoIおよびKpnIで消化し、そしてFLAGタグおよびα-アグルチニンのC末端側半分をコードするフラグメントを、pYEX-SGのXhoI−KpnIセクションと置き換えた。得られたプラスミドのEcoRI−XhoIセクションを、以下のオリゴヌクレオチド:5’-AATTCGAATTCATGCAACTGTTCAATTTGCCATTGAAAGTTTCATTCTTTCTCGTCCTCTCTTACTTTTCTTTGCTCGTTTCTGCC-3’(配列番号15)および5’-GACGGCTCGAGGCTAGCGCATGCGCGGCCGCCAGATCTGGCAGAAACGAGCAAAGAAAAGTAAG-3’(配列番号16)を用いてアニールおよび伸長させたEcoRIおよびXhoI消化DNAフラグメントによって置き換えた。このようにして得られた細胞表層提示用プラスミドをpULFD1と命名した。
【0037】
スクリーニングによって選択されたペプチドをコードするDNAフラグメントをBglIIおよびXhoIで消化し、次いでpULFD1およびpULSG1のそれぞれの同じ部位に連結した。それぞれ得られたプラスミドをpULFD1-Scr35(図1B)およびpULSG1-Scr35(図1C)と命名した。コントロールプラスミドであるpULFD1CおよびpULSG1C(これらは、マルチプルクローニング部位を欠く)を、グルコアミラーゼ分泌シグナルおよびマルチプルクローニング部位を共にコードする遺伝子をグルコアミラーゼ分泌シグナルのみをコードする遺伝子と置き換えることによって構築した。
【0038】
(プラスミド操作および免疫蛍光染色)
25アミノ酸からなるコンビナトリアルランダムペプチドをコードするDNAフラグメントを、以下のオリゴヌクレオチドと共にクレノウフラグメント(Takara Bio Inc., Otsu, Japan)を用いる伸長反応によって生成した:5’-ACTGCCGCGGGT-(NNK)25TCTCGAGGTGGA-3’(配列番号17)および5’-TCCACCTCGAGA-3’(配列番号18)。SacIIおよびXhoIで消化した産物をpKRD1の同じ部位に連結し、この連結産物を大腸菌に導入した。この大腸菌形質転換体からプラスミドライブラリーを調製した。
【0039】
プラスミドを、RPM(登録商標)Yeast Plasmid Isolation kit(MP Biomedicals, CA, USA)を用いて酸性条件下で酵母細胞から単離し、次いでS. cerevisiae MT8-1宿主細胞に再導入した。酵母形質転換体を無作為選抜し、その酸耐性を調べた。
【0040】
細胞表層提示の確認のための免疫蛍光染色を、FLAGタグを用いて以下のようにして行った。酵母細胞を1%ウシ血清アルブミン(Sigma-Aldrich, MO, USA)中で30分間インキュベートし、その後免疫蛍光染色前に供した。免疫蛍光染色を、FLAGタグに対するマウスモノクローナル抗体(Sigma-Aldrich)(一次抗体)を1:300希釈率で用いて行った。細胞および抗体の混合物を室温にて1.5時間インキュベートした。リン酸緩衝生理食塩水(PBS;pH7.4)緩衝液で洗浄した後、細胞を1:300希釈のAlexa Fluor 488結合体化抗マウスIgG抗体(Invitrogen, CA, USA)(二次抗体)と、室温にて1.5時間反応させた。PBS緩衝液で洗浄した後、染色した細胞を蛍光顕微鏡下で観察した。
【0041】
(グルコース取り込み活性の測定)
SD+HLM培地中で24時間増殖させ増殖が落ち着き始めたところの細胞を採取し、そしてPBS緩衝液および無グルコースYNB+HLM培地で洗浄した。洗浄した細胞を、最終濃度1mMの2-(N-(7-ニトロベンズ-2-オキサ-1,3-ジアゾル-4-イル)アミノ)-2-デオキシグルコース(2-NBDG; Invitrogen)を含有する無グルコースYNB+HLM培地中に再懸濁したところ、600nmでの光学密度(OD600)は2.0であった。陰性コントロールとして、2-NBDGを含有していない無グルコースYNB+HLM培地を用いた。30℃にて20分インキュベートした後、すぐにPBS緩衝液で細胞を十分に洗浄し、そしてPBS緩衝液中に再懸濁したところ、600nmでの光学密度(OD600)は5.0であった。グルコース取り込み活性をモニタリングするのに、Fluoroskan Ascent FL(Labsystems, Helsinki, Finland)を用いてこれらの懸濁液の100μlにおけるλex=485nmおよびλem=538nmでの蛍光の増加を測定した。
【0042】
(分泌ペプチドのウェスタンブロット分析)
3,000gでの遠心分離によって培養培地を調製し、濾過滅菌した。この培養培地にプロテアーゼインヒビターカクテル(Sigma-Aldrich)を添加し、そして培養培地をAmicon(登録商標)Ultra-4(Millipore, MA, USA)およびMicrocon(登録商標)YM-10(Millipore)を用いて濃縮した。タンパク質試料を、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)および2-メルカプトエタノールと共に95℃にて3分間加熱した。このタンパク質試料を濃度勾配ゲル(5-20%)SDS-PAGEにて分離し、そしてゲル上の分離されたタンパク質を、セミドライブロッティング装置(ATTO, Tokyo, Japan)を用いてニトロセルロース膜(Bio-Rad Laboratories Inc., CA, USA)に転写させた。膜上のタンパク質を、抗FLAG M2(登録商標)モノクローナル抗体−ペルオキシダーゼ結合体(Sigma-Aldrich)と反応させ、そしてECL Plus Western Blotting Detection System(GE Healthcare)を供給者により詳述されたプロトコルに記載のように用いて、X線フィルム(GE Healthcare UK Ltd., Buckinghamshire, England)上に検出した。
【0043】
(チモリアーゼ感受性アッセイ)
SD+HLM培地中で24時間増殖させ増殖が落ち着き始めたところの細胞を、チモリアーゼ(zymolyase)反応緩衝液(50mM Tris-Cl, pH7.5, 10mM MgCl2)で洗浄し、そしてチモリアーゼ反応緩衝液および10μg/ml チモリアーゼ100T(Seikagaku Corporation, Tokyo, Japan)および0.5mM トリス(2-カルボキシ-エチル)ホスフィン塩酸(TCEP;Sigma-Aldrich)を含有するチモリアーゼ反応緩衝液中に再懸濁したところ、600nmでの光学密度(OD600)は0.6であった。この混合物を30℃にて穏やかに振盪させながらインキュベートし、そしてUV-1700分光光度計(Shimadzu, Kyoto, Japan)を用いてインターバルを置いてOD600をモニタリングし、生存率(%)を測定した。
【0044】
(結果)
(コンビナトリアルランダムペプチドライブラリーの構築およびスクリーニング)
25アミノ酸からなるコンビナトリアルランダムペプチドをコードするDNAフラグメントを、NNK配列を含有するオリゴヌクレオチドを用いて生成した(図1A)。これらのフラグメントを酵母細胞表層提示用カセットベクターpKRD1に挿入し、コンビナトリアルランダムペプチドライブラリーを構築した。これは、約1×106の独立したペプチドをコードしている。これらのコンビナトリアルペプチドは、蛍光タンパク質DsRed2と共に提示された。無作為に選択したプラスミドによりコードされたペプチド配列を個々にDNA配列決定にて決定し、それらの全てが互いに異なることを確認した。
【0045】
プラスミドライブラリーをS. cerevisiae MT8-1宿主細胞に導入した。形質転換体をSDC+AHLU(pH2.2)アガロース培地上でスクリーニングした。この培地で、コントロールとしたpKRD1を保有するMT8-1は生存できず、1×106クローンの中から1つの酸耐性株のみが単離できた。
【0046】
酸耐性のプラスミド依存性を確認するために、得られた酵母株からプラスミドを単離し、これをpKRD1-Scr35と命名した。単離されたプラスミドpKRD1-Scr35で形質転換されたMT8-1細胞の酸耐性をスポットアッセイによって調べた(図2A)。pKRD1(上の段)またはpKRD1-Scr35(下の段)で形質転換したMT8-1細胞(OD600=1.0)の10倍希釈(右端)、5倍希釈(中央)、希釈なし(左端)を、SDS+AHLU培地(左側)、および塩酸を添加することによりpHを2.4に調整したSDS+AHLU培地(右側)にスポット上に播き、30℃にてインキュベートした。pKRD1-Scr35を保有するMT8-1細胞は、酸性条件下でコントロール細胞よりもずっと良好な増殖を示した。この所見は、得られた酵母株の酸耐性がこの形質転換プラスミドにのみ依存することを示した。
【0047】
(挿入されたペプチドの位置決めおよび分析)
得られた酵母細胞における融合ペプチドScr35の細胞表層提示を、FLAGタグに対する免疫蛍光染色によって確認した(図2B)。Scr35の細胞表層提示は、蛍光顕微鏡下で明確な蛍光が観察されることによって確認された。この観察は、Scr35が細胞表層における酸耐性の獲得において重要な役割を演じることを示した。
【0048】
Scr35のアミノ酸配列を決定するために、pKRD1-Scr35中のScr35をコードするDNAフラグメントを配列決定した(図2C)(図中、「DNA」は塩基配列、「AA」はアミノ酸配列を表す)。Scr35は、12個(48%)の疎水性アミノ酸、9個(36%)の中性アミノ酸、1個(4%)の酸性アミノ酸、および3個(12%)塩基性アミノ酸からなるものであった。SOSUI(http://bp.nuap.nagoya-u.ac.jp/sosui/;Hirokawa et al. 1998, Bioinformatics 14: 378-379)を用いるハイドロパシープロット分析によって示された通り、全体的には、Scr35は疎水性を示した(データは示さず)。興味深いことに、NCBI BLASTサーチ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)によって決定された通り、Scr35は、Picrophilus torridus(これは、およそほぼ0のpHでかつ65℃までの温度にて増殖し得る:Futterer et al. 2004, Proc Natl Acad Sci USA 101: 9091-9096)由来の仮定上の膜貫通タンパク質PTO1510の一部に高い類似性を示した(データは示さず)。
【0049】
(他の増殖条件に関するScr35の影響)
他の増殖条件に関するScr35の影響を調べるために、広く使用されているS. cerevisiae BY4741株を別の宿主として採用した。BY4741宿主細胞をpULFD1-Scr35(図1B)で形質転換し、細胞表層上にScr35を提示させた。このScr35の提示は免疫蛍光染色によって確認し(データは示さず)、そして酸耐性および熱耐性についてスポットアッセイによって調べた(図3A)。pULFD1C(上の段)またはpULFD1-Scr35(下の段)で形質転換したBY4741細胞(OD600=0.1)およびそれらの5倍系列希釈物を以下の通りスポット上に播き、培養した:左側群 SD+HLM培地上で30℃インキュベート;中央群 および塩酸を添加することによりpHを2.3に調整したSD+HLM培地上で30℃インキュベート;および右側群 SD+HLM培地で39℃インキュベート。pULFD1-Scr35で形質転換され、細胞表層上にScr35を提示したBY4741形質転換体もまた酸耐性を示した。興味深いことに、この形質転換体は、高温(39℃)にて、コントロールであるpULFD1C形質転換体よりもわずかに良好な増殖を示した。
【0050】
他の増殖条件に関しては、低濃度のグルコース濃度の変更を用いた。pULFD1CまたはpULFD1-Scr35で形質転換したBY4741細胞を、2%または0.02%のグルコース濃度のSD+HLM培地で、30℃にてpH5.4で培養した。これらの酵母細胞は、増殖が落ち着き始めたところまで予備培養し、その後これらのグルコース調整培地に供した。図3Bおよび図3Cは、それぞれ通常のグルコース濃度(2%)および低濃度のグルコース(0.02%)下での培地における各形質転換酵母の増殖曲線を示す(両図とも、黒三角はpULFD1C形質転換酵母であり、白菱形はpULFD1-Scr35形質転換酵母である)。結果は、2つの独立試験の平均を示す。通常のグルコース濃度(2%)下では、Scr35を提示するBY4741細胞は、コントロール細胞と同様の増殖曲線を示した(図3B)。他方、低濃度のグルコース(0.02%)下では、Scr35提示細胞は、コントロール細胞よりも相対的に良好な増殖を示した(図3C)。この観察は、Scr35提示酵母が、細胞へのグルコースの取り込みをより効果的に行い得ることを示唆した。
【0051】
(グルコース取り込み活性の比較)
Scr35提示酵母におけるグルコース取り込み活性をコントロール酵母と比較するために、2-(N-(7-ニトロベンズ-2-オキサ-1,3-ジアゾル-4-イル)アミノ)-2-デオキシグルコース(2-NBDG)(これは、d-グルコースの蛍光誘導体である)を、生存細胞のグルコース取り込み活性を定量測定するために用いた。2-NBDGは、S. cerevisiaeではd-グルコースと同様のアフィニティーで細胞に取り込まれる(Achilles et al. 2004, Cytometry A 61: 88-98)ので、生存酵母のグルコース取り込み活性が定量測定され得る。
【0052】
Scr35提示酵母細胞およびコントロール細胞を1mM 2-NBDGを含有する無グルコースYNB+HLM培地中でインキュベートし、そして細胞に取り込まれた2-NBDGに起因する蛍光強度を測定した(図4)。3つの独立試験の結果を示し、誤差バーは標準偏差を表す。Scr35提示酵母は、コントロール酵母よりも1.25倍高いグルコース取り込み活性を示した。この観察は、低濃度のグルコース下でScr35提示酵母のより良好な増殖が見られたことの裏づけとなり、そしてこれらの結果は、Scr35を提示することによりグルコース取り込み活性が増大されることを示した。
【0053】
(より高いpHでの増殖)
Scr35提示酵母は、酸性培地でコントロール酵母よりも良好な増殖を支援した。したがって、より高いpHでのScr35提示酵母の増殖を調べた。通常のSD+HLM培地の初期pHは約5.4であり、このpHは、酵母が培地中で増殖するにつれて徐々に約2.9にまで変化する。培地pHを高い(7.0)状態とするために、SD+HLM培地に、2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸(MES)を緩衝剤として最終濃度50mMにて添加し、NaOH溶液を用いてpHを7.0に調整した。Scr35提示酵母細胞およびコントロール細胞をこの緩衝培地(pH7.0)中で、グルコース濃度を2%および0.02%として増殖させた。これらの酵母細胞は、増殖が落ち着き始めたところまで予備培養し、その後これらのグルコース調整培地に供した。
【0054】
図5Aおよび図5Bは、それぞれ通常のグルコース濃度(2%)および低濃度のグルコース(0.02%)下での高pH(pH7.0)培地における各形質転換酵母の増殖曲線を示す(両図とも、黒三角はpULFD1C形質転換酵母であり、白菱形はpULFD1-Scr35形質転換酵母である)。結果は、2つの独立試験の平均を示す。通常のグルコース濃度下では、Scr35提示酵母はコントロール酵母よりも増殖が劣っていた(図5A)。この観察は、酵母の至適pHがScr35の提示によって酸性pHにシフトすることを示した。しかし、高いpHでScr35提示酵母の増殖が劣ることは、グルコース濃度を減少させることによってある程度回復された(図5B)。これらの観察は、グルコース取り込み活性がpHストレスと増殖との間の関係に影響すること、およびScr35の提示によるグルコース取り込み活性の増大が酵母の酸耐性に至ることを示した。
【0055】
(Scr35の分泌および被覆による酸耐性の獲得)
強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)と融合したScr35を分泌する分泌型プラスミドpULSG1-Scr35(図1C)、およびEGFPのみを分泌するコントロールプラスミドのpULSG1Cを、材料および方法にて記載した通りに構築した。これらのプラスミドでBY4741宿主細胞を形質転換し、そしてそれらの酸耐性をスポットアッセイによって調べた(図6A)。pULSG1C(上の段)またはpULSG1-Scr35(下の段)で形質転換したBY4741細胞(OD600=0.1)およびそれぞれの5倍系列希釈物を、SD+HLM培地(上側群)、および塩酸を添加することによりpHを2.3に調整したSD+HLM培地(下側群)にスポット上に播き、30℃にてインキュベートした。Scr35分泌酵母は、Scr35提示酵母と匹敵する酸耐性を示した。この観察は、細胞壁結合ドメインによるScr35の固定(アンカリング)が、酸耐性獲得に必ずしも要求されるわけではないことを示した。
【0056】
さらに、培地へのこれらのタンパク質の分泌は、材料および方法に記載のウェスタンブロット分析によって調べた(図6B)。分泌EGFP(28.8kDa)が培地中に明確に検出された(図6Bのレーン1)が、分泌Scr35融合EGFP(32.0kDa)は培地中にほとんど検出されなかった(図6Bのレーン2)。この観察は、Scr35融合EGFPのほとんどが細胞上に残っていることを示した。細胞における分泌Scr35の局在位置を調べるために、融合EGFPを観察した。酵母細胞をSD+HLM(50mM MES, pH7.0)中で48時間インキュベートし、そして蛍光顕微鏡下で観察した(図6C)。コントロール酵母細胞では、EGFPが細胞全体で観察された(図6Cの(b))。他方、Scr35分泌酵母では、Scr35融合EGFPが環状の蛍光として観察された(図6Cの(d))。これらの観察から、分泌したScr35が酵母細胞表層に吸着および被覆されて、細胞表層に提示されたScr35により付与されるのに匹敵する酸耐性が付与されたようであった。
【0057】
(Scr35産生酵母の細胞表層性質)
細胞壁完全性(Cell wall integrity;これは細胞壁性質の1つである)を、Scr35による細胞表層性質の改変を確認するために、チモリアーゼ感受性を測定することにより調べた。チモリアーゼは、主としてβ-1,3-グルカナーゼで組成され、この酵素は主として細胞壁上のβ-1,3-グルカンを標的する。したがって、これは、細胞壁完全性のモニタリングに有用である(Yazawa et al. 2007, Yeast 24: 551-560)。pULSG1CまたはpULSG1-Scr35によるBY4741形質転換体を増殖が落ち着き始めるまで培養し、そしてチモリアーゼで消化した。図7は、チモリアーゼ消化によるこれらの形質転換体の生存率(%)の経時変化を示し、黒三角はpULSG1CによるBY4741形質転換体であり、白菱形はpULSG1-Scr35によるBY4741形質転換体である。3つの独立試験の結果を示し、誤差バーは標準偏差を表す。図7に示される通り、酵母細胞は、分泌したScr35のためにチモリアーゼに対して感受性となった。この所見は、酵母細胞表層性質がScr35によって改変されることを実証した。pULFD1CまたはpULFD1-Scr35によるBY4741形質転換体のチモリアーゼに対する感受性もまた調べた。しかしながら、Scr35の有無によるチモリアーゼに対する酵母細胞の感受性の差異はほとんどなかった(データは示さず)。チモリアーゼに対する感受性が提示型酵母において観察されなかったことは、おそらく、α-アグルチニンのC末端側半分とグルカン網目との間の共有結合の形成による細胞壁完全性の増大に起因した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
微生物を利用する種々のラインにおいて、酸性下または加熱下での処理を伴う場合であっても利用可能な微生物(特に、酵母)が得られる。本発明によれば、例えば、微生物を利用したバイオエタノールの製造方法において、酸耐性および熱耐性を改良した形質転換微生物が好都合に用いられ得る。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1A】ランダムペプチド細胞表層提示用プラスミドpKRD1の模式図である。
【図1B】Scr35細胞表層提示用プラスミドpULFD1-Scr35の模式図である。
【図1C】Scr35分泌用プラスミドpULSG1-Scr35の模式図である。
【図2A】スポットアッセイにより調べた、pKRD1で形質転換されたMT8-1細胞およびpKRD1-Scr35で形質転換されたMT8-1細胞の通常培地および酸性培地における増殖形態を示す写真である。
【図2B】pKRD1-Scr35で形質転換されたMT8-1細胞の位相差顕微鏡写真(a)および蛍光顕微鏡写真(b)である。
【図2C】Scr35をコードするDNAフラグメントの塩基配列(配列番号1)およびそのコード化アミノ酸配列(配列番号2)を示す図である。
【図3A】スポットアッセイにより調べた、pULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の通常培地、酸性培地、および高温培地における増殖形態を示す写真である。
【図3B】通常のグルコース濃度(2%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図3C】低濃度グルコース(0.02%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図4】pULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の、2-NBDGを含有する無グルコースYNB+HLM培地中でのインキュベートにより取り込まれた2-NBDGに起因する蛍光強度を表すグラフである。
【図5A】高pH(7.0)での通常のグルコース濃度(2%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図5B】高pH(7.0)での低濃度グルコース(0.02%)培地におけるpULFD1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULFD1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の培養での細胞増殖の経時変化を表すグラフである。
【図6A】スポットアッセイにより調べた、pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞の通常培地および酸性培地における増殖形態を示す写真である。
【図6B】pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞のウェスタンブロット分析の結果を示す電気泳動写真である。
【図6C】pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞(a,b)およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞(c,d)の位相差顕微鏡写真(a,c)および蛍光顕微鏡写真(b,d)である。
【図7】pULSG1Cで形質転換されたBY4741細胞およびpULSG1-Scr35で形質転換されたBY4741細胞のチモリアーゼ消化による生存率(%)の経時変化を表すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLDを含むペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドを細胞表層に提示する酵母。
【請求項1】
配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列TLRVSFLSLRAYLLLRSVSQQLYLDを含むペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドを細胞表層に提示する酵母。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図6C】
【図7】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図6C】
【図7】
【公開番号】特開2010−116355(P2010−116355A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−291325(P2008−291325)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月7日 http://www.springerlink.com/content/16648qw35m020385を通じて発表
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月7日 http://www.springerlink.com/content/16648qw35m020385を通じて発表
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
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