説明

重イオンビーム照射によるシクラメン植物の突然変異株の作出方法

【課題】シクラメン植物の新しい変異株を効率よく作出できる新しい方法を提供することが課題である。
【解決手段】
シクラメン植物の塊茎に重イオンビームを照射し、当該照射処理をした塊茎を育成し、変異の生じたシクラメン植物を選抜することを特徴とする、シクラメン植物の突然変異株の作出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シクラメン植物の組織、器官の小片の培養で得たカルスと、カルスの培養で得た不定胚、不定芽と、不定胚、不定芽の再生で得たシクラメン幼植物個体とを経て得られるシクラメン塊茎に、重イオンビームを照射することにより、シクラメン植物の突然変異株を作出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シクラメン植物は、花卉鉢物類の中でも多くの消費者から親しまれる主要な花卉園芸植物のひとつである。しかし、従来の一般的なシクラメン植物の育種方法は、主に交配育種法に限られており、優良な花色や花弁形状等の形質を備えた新品種を作出するためには、多くの交配を繰り返す必要があり、長期間を要する問題点がある。
【0003】
これらの育種期間を短縮する方法としては、短期間に植物の形質を改変することができる突然変異による育種法を利用する手段がある(非特許文献1、参照)。近年では、その突然変異原として、イオン化された炭素や窒素などの各種元素をサイクロトロンにより加速して得られる重イオンビームを用いて突然変異を誘発する方法が開発されている(非特許文献1及び2、参照)。これらの重イオンビームを用いる公知の技術としては、例えば、突然変異体植物を作出する方法(特許文献1、参照)、不稔植物を作出する方法(特許文献2、参照)、キメラ植物を作出する方法(特許文献3、参照)などが報告されている。しかしながら、特許文献1による方法は、重イオンビームの照射対象が受粉後の植物子房であるため、照射可能な時期は、植物が開花している時期に限られ、さらには重イオンビームを照射することができる時間も受精後からの、わずかな一定時間に限られる短所がある。また、特許文献2及び特許文献3による方法は、突然変異によって誘発される形質がそれぞれ不稔形質及び葉の斑入りのみに限られるものである。したがって、これらの方法においては、花卉園芸植物の育種において重要な育種目標とされる花色や花弁形状の改変が可能であることは特許文献2及び3に全く示唆されていない。
【0004】
この他、重イオンビームを変異原として用いることによって突然変異体を作出するに至った花卉園芸植物の例としては、ウマノアシガタ、カーネーション、キク、サンダーソニア、ダリア、バーベナ、バラ、パンジーゼラニウム、ペチュニア、ホトトギスなどがある(非特許文献1、特許文献4、参照)。
【0005】
シクラメン植物については、シクラメン植物の胚様体に重イオンビームを照射した実験の報告(非特許文献2、参照)や、カルス、不定胚、幼植物個体に重イオンビームを照射した実験の報告(非特許文献2、非特許文献3、参照)がある。しかし、非特許文献2及び非特許文献3には、いずれも、重イオンビームの照射線量と重イオンビームの照射を受けた胚様体やカルス、不定胚、幼植物個体の生存率との関係の測定値が示されているのみであり、シクラメン植物が重イオンビーム照射に対して弱いことを示唆するけれども、シクラメン植物の突然変異体の作出方法を記載するには至っておらない。したがって、従来では、シクラメン植物においては重イオンビームの照射によって、未だ満足のいく頻度で突然変異体を誘導する方法は確立されていない。なお、非特許文献3の著者の一部は、本発明の発明者であるところ、同文献には「幼植物個体」(plantlet)なる用語の定義の記載はないが、同文献に記載の「幼植物個体」とは、直径5mm未満の塊茎と、葉、葉柄、及び根からなるものを指している。なお、本明細書でも「幼植物個体」なる用語は前述と同様のものを指すものとする。
【0006】
他方、一般に、植物組織の組織培養によりカルスを作り、そのカルス上に不定胚、不定芽を形成させ、不定胚、不定芽からその植物の幼植物個体などを再生する方法、ならびにこれらに用いられる植物組織培養用培地は公知である(非特許文献4、参照)。また、シクラメン植物からそれの不定胚又は不定芽を植物組織培養法により作成する方法も知られている(特許文献5及び特許文献6、参照)。
【特許文献1】特開平9−28220号公報
【特許文献2】特開2002−125496号公報
【特許文献3】特開2003−199447号公報
【特許文献4】特開2004−321057号公報
【特許文献5】特開平5−260870号公報
【特許文献6】特開平5−207830号公報
【非特許文献1】農山漁村文化協会編「農業技術大系花卉編」農山漁村文化協会2005年第5巻追録第7号124の11頁
【非特許文献2】農山漁村文化協会編「農業技術大系花卉編」農山漁村文化協会2005年第5巻追録第7号124の7頁
【非特許文献3】独立行政法人理化学研究所加速器年次報告2006年第39巻142頁
【非特許文献4】竹内、中島、小谷著「新植物組織培養」朝倉書店1979年第386頁〜第391頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
シクラメン植物の突然変異体、すなわち突然変異株を効率的に作出できる手段を確立できれば、これまでに長期間を要していたシクラメン植物の新品種開発を短期化することができる。本発明は、このような技術的課題をもとになされたものであり、シクラメン植物の突然変異株を効率よく作出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記した課題を解決するために種々、研究を重ねた結果、後記される本発明の方法のA工程〜D工程を経て収得し、重イオンビーム照射による処理を受けた前記の塊茎を用いてシクラメン植物を育成し、栽培して得られる成熟したシクラメン植物個体では花色変異株、花弁変異株、花粉欠失変異株などの変異株が良い頻度で出現できることが見出された。
【0009】
これらの本発明者らの知見などに基づいて、本発明は完成された。
【0010】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(9)である。
【0011】
(1) シクラメン植物の塊茎に重イオンビームを照射し、当該照射処理をした塊茎を育成し、変異の生じたシクラメン植物を選抜することを特徴とする、シクラメン植物の突然変異株の作出方法。
【0012】
(2)前記塊茎が、組織培養により作出したものであることを特徴とする上記(1)に記載の作出方法。
【0013】
(3)前記重イオンビームのLETが20〜4000keV/μmの範囲である上記(1)又は(2)のいずれかに記載の作出方法。
【0014】
(4)前記重イオンビームが炭素イオンビーム、ネオンイオンビーム、アルゴンビーム、鉄イオンビーム、又は窒素イオンビームである、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の作出方法。
【0015】
(5)前記塊茎の直径が3.0〜30.0mmである、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の作出方法。
【0016】
(6)得られたシクラメン植物の突然変異株が、花色の変異した突然変異株であることを特徴とする、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の突然変異株の作出方法。
【0017】
(7)得られたシクラメン植物の突然変異株が、花弁形状の変異した突然変異株であることを特徴とする、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の突然変異株の作出方法。
【0018】
(8)得られたシクラメン植物の突然変異株が、花粉を欠失した突然変異株であることを特徴とする、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の突然変異株の作出方法。
【0019】
(9)上記(1)〜(8)のいずれかに記載の作出方法により得られたシクラメン植物の突然変異株。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法を用いれば、シクラメン植物の突然変異株を効率よく作出することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
次に、本発明の方法について、工程をA工程〜J工程に分け、具体的に説明する。
【0022】
A工程:本発明によるシクラメン植物の突然変異株の作出における出発材料の調製
A工程は、後記のように行うことができる。ここで、本発明に用いるシクラメン植物は、サクラソウ科シクラメン属の植物であればいずれであってもよいが、ヘデリホリウム種(Cyclamen hederifolium)、グラエカム種(Cyclamen graecum)、プルプラセンス(Cyclamen purpurascens)、コウム種(Cyclamen coum)パーシカム種(Cyclamen persicum)が好ましく、特に、パーシカム種が好ましい。まず、シクラメン植物個体(1株)の組織又は器官、例えば、葉、葉柄、根、花柄、花弁、葯、塊茎などを切取り、採取して、これを有効塩素濃度0.1%〜1%、好ましくは0.25%〜0.5%の次亜塩素酸ナトリウム溶液に5分〜30分間、好ましくは10分〜20分間浸潰し、殺菌処理する。次いで、これら切り取った器官を取り出し、その表面に付着した次亜塩素酸ナトリウム溶液を滅菌水で3回洗浄して除いた後、これを無菌条件下で5mm〜10mm角程度の小切片とする。このようにして得た小切片を本方法で出発材料として用いる。前記の切り取った器官を先ず細断した複数の小切片を作り、それら小切片を前記の殺菌処理にかけてもよい。
【0023】
ここで、本発明のB〜E工程及びG工程に用いる培地成分、育成における諸条件などについて説明する。なお、本明細書において「育成」なる用語には、培養過程も含まれる。本発明の方法のB工程、C工程、D工程、E工程及びG工程で用いる固体培地としては、例えば、ムラシゲ・スクーグ培地(以下「MS培地」という)、ガンボルグのB5培地、ホワイト培地、ニッチ−ニッチ培地、N6培地などの公知の植物組織培養用の固体培地(非特許文献4、参照)を用いて行なうことができる。これらの固体培地の無機成分の濃度は、所定濃度をそのままか、もしくは3分の1又は2分の1に希釈したものを用いればよいが、本発明方法のB工程及びC工程では、所定濃度の無機成分を含むMS培地が好ましく、D工程、E工程及びG工程ではMS培地の無機成分を3分の1に希釈した培地(以下「1/3MS培地」という)を用いるのがよい。
【0024】
本方法のB工程、C工程、D工程、E工程及びG工程で用いる固体培地に配合される植物ホルモンは、オーキシン類としてインドール酢酸、α−ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酪酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−PA)、3,6−ジクロロメトキシ安息香酸、4−アミノ−3,5,6−トリクロロピコリン酸などが挙げられ、サイカイニン類としてベンジルアデニン(BA)、カイネチン、ゼアチンなどが挙げられ、ジベレリンとしてGA1、GA3、GA7などが挙げられるが、好ましくは2,4−PAを0.01mg/l〜10mg/l、NAAを0.01mg/l〜10mg/l、カイネチンを0.01mg/l〜1mg/l、BAを0.01mg/l〜1mg/l、ジベレリンを0.02mg/l〜2mg/lを添加して用いればよい。さらに好ましくはB工程においては2,4−PA 4mg/l、カイネチン 0.1mg/l、またC工程においてはNAA 0.01mg/l、BA 0.1mg/l、GA3 0.2mg/lを添加するのがよく、但し本方法のD工程、E工程及びG工程においては植物ホルモンを添加しないことが好ましい。
【0025】
本方法のB工程、C工程、D工程、E工程及びG工程で用いる固体培地の炭素源としては、ショ糖、ブドウ糖などの糖類が挙げられるが、好ましくはショ糖を20g/l〜90g/lの濃度で使用し、さらに好ましくはB工程においては50g/lの濃度で、そしてC工程、D工程、E工程及びG工程においては30g/lの濃度で使用されるのがよい。
【0026】
本方法のB工程、C工程、D工程、E工程及びG工程での培地のpHは4.0〜7.0、好ましくはpH5.8に調整する。
【0027】
また、本方法のB工程は暗黒条件、C工程、D工程及びG工程は光照射下で行われるのがよい。この場合の照度としては500ルックス以上で10000ルックス以下、好ましくは1000ルックス以上で5000ルックス以下であり、1日当り光の照射期、すなわち明期16時間であって、光の非照射期、すなわち暗黒下の育成の暗期8時間が適している。E工程及びF工程は暗黒条件であっても光照射下であってもよい。
【0028】
またB工程は25℃、C工程、D工程及びG工程は20℃の温度条件下で行われるのがよい。E工程及びF工程は、シクラメン植物の塊茎が枯死しない温度条件であればよく、この場合の温度としては0℃以上40℃以下、好ましくは4℃以上25℃以下の室温が適している。
【0029】
本方法のB工程、C工程、D工程、E工程及びG工程に用いる培地は固体培地がよく、又は液体であってもよいが、好ましくは固体培地を使用するのがよい。個体培地にはゲル化剤として寒天、アガロース、ゲルライト(ゲランガム)、カラギーナンなどが用いられるが、好ましくはゲルライトを0.1%〜2.0%の量で添加して用いるのがよい。
【0030】
本方法のB工程、C工程、D工程及びG工程に用いる培養容器は、例えば、一般的な組織培養工学に用いられるシャーレ、プラントボックス、プランタンボックス、細胞培養用フラスコ、スチロール製角型ケース、遠沈管、エッペンドルフチューブなどの容器が挙げられるが、B工程及びC工程においてはシャーレが好ましく、D工程及びG工程においては、プラントボックス又はプランタンボックスが好ましい。
【0031】
本方法のE工程及びF工程に用いる容器は重イオンビームが透過できる材料製の容器であればよく、例えば、一般的な組織培養工学に用いられるシャーレ、プラントボックス、プランタンボックス、細胞培養用フラスコ、スチロール製角型ケース、遠沈管、エッペンドルフチューブなどの容器や、紙袋、ビニール樹脂製の袋、ポリエチレン製の袋など袋状の容器が挙げられる。
【0032】
B工程:カルス形成及び不定胚形成
シクラメン植物の植物個体から調製した無菌の小切片を固体培地上に置床して60日〜150日間、好ましくは、90日〜120日間培養することにより、該小切片からカルスを形成させる。さらに培養を続けてカルス上に不定胚又は不定芽を形成させることができる。
C工程:幼植物個体の再生
B工程で形成した不定胚又は不定芽を固体培地に移植して30日〜120日間、好ましくは、60日〜90日間培養することにより、不定胚又は不定芽から発芽及び発根がおこる。これにより、シクラメン幼植物個体に再生させることができる。
【0033】
D工程:幼植物個体育成
C工程で再生させた、葉、葉柄、芽及び根をもち、塊茎の直径が0.5mm〜5mm、好ましくは、1mm〜3mm程度の幼植物個体を選抜し、固体培地に移植して50日〜150日間、好ましくは、90日〜100日間培養することにより葉、葉柄、根を展開伸長させて、1個の塊茎と複数の葉、葉柄及び根から成るシクラメン植物個体を得ることができる。
【0034】
E工程:塊茎の採取と置床
D工程で育成したシクラメン植物個体から塊茎の採取を行う。塊茎の大きさは重イオンビームが当てることができれば問題ないが、その直径が好ましくは3mm〜30mm程度、さらに好ましくは直径が5〜20mm程度、特に好ましくは直径が8mm〜15mm程度の大きさであり、塊茎表面に肉眼で確認される芽の数が1個〜20個程度、好ましくは2個から10個程度存在する塊茎を選抜し、葉、葉柄及び根を除去する。得られた塊茎の複数個を固体培地が装填された前述の容器に移植して置床する。これで重イオンビームを照射するF工程に備える
F工程:重イオンビームの照射
F工程に用いられる重イオンビームの種類は、突然変異を作出できるものであれば特に限定されず、例えば、炭素イオンビーム、窒素イオンビーム、ネオンイオンビーム、アルゴンイオンビーム、鉄イオンビームなどを用いることができるが、好ましくは、炭素イオンビームが適している。
【0035】
重イオンビームの照射線量は、重イオンビームの種類に応じて決めればよく、塊茎の生育を著しく阻害しない線量であればよい。ここで、線量は突然変異を作出できるものであれば特に限定されないが、好ましくは1Gy〜100Gy、さらに好ましくは5Gy〜25Gy、特に好ましくは8Gy〜16Gyである。
【0036】
重イオンビームのエネルギーは、突然変異を作出できるものであれば特に限定されないが、好ましくは核子あたり15〜200MeVである。
【0037】
重イオンビームのLETは、突然変異を作出できるものであれば特に限定されないが好ましくは20〜4000 keV/μmである。
【0038】
ここで、重イオンビームとは、ヘリウムより重い原子より電子をはぎとった原子核(イオン、荷電粒子)を加速した粒子線のことを指す。また、LET(Linear energy transfer、線エネルギー付与)はイオンが単位長さ進む間に物質に与えるエネルギー示す。なお、前記「単位長さ」は本明細書ではμmである。単位MeVはイオンビームの持つ核子あたりのエネルギーを示し、一般に大きな値の方がイオンビーム速度が大きい。
【0039】
G工程:重イオンビーム照射した塊茎の育成
F工程で重イオンビーム照射した塊茎を固体培地に移植して50日〜100日間、特に好ましくは60日〜90日間にわたり塊茎を育成することにより、塊茎から葉、葉柄、根を展開伸長させて、1個の塊茎と複数の葉、葉柄及び根をもつ若いシクラメン植物個体を得ることができる。
【0040】
H工程:予備栽培
G工程で育成した植物個体を通常の園芸に用いられる培土を充填した、植物鉢、プランター、セルトレイなどの容器に移植し、さらに栽培することができる。通常の園芸に用いられる培土とは、例えば黒土、赤玉土、鹿沼土、山土、まさ土、などの天然土壌もしくはピートモス、バーク、パーライト、ゼオライト、バーミキュライト、焼成藻土、ベントナイト、ドロマイトなどの土壌改良材、及びそれらの混合物などが挙げられるが、植物個体が生育できる培土であれば良く、これらに限定されるものではない。このH工程では、前記のG工程で収穫された複数本のシクラメン植物個体を、常用の園芸用培土に移植し、好ましくは、セルトレイに充填された常用の園芸用培土にセルトレイの1穴当り1〜3本ずつ分植状態で移植し、次いで常温でそれら移植後のシクラメン植物個体を20日間〜40日間にわたり予備栽培する。
【0041】
I工程:シクラメン植物の継続栽培
このI工程では、前記のH工程で予備栽培された複数本のシクラメン植物個体を、植木鉢又は他の栽培容器に充填された園芸用培土中に各容器ごとに1〜3本ずつ移植し、定植し、次いで温室内で自然光の照射下に10℃〜40℃の温度で、定植されたシクラメン植物の栽培を200日〜350日間行う。この際その定植されたシクラメン植物栽培を、シクラメン植物の開花が栽培中の全シクラメン植物の全数、もしくはほとんど全数について観察できるまで継続するのが好ましい。
J工程:変異株の判別及び選抜
前記のI工程で観察された開花した花を少なくとも1個もつシクラメン植物個体のすべてについて、花の外観を観察し、そして元のシクラメン植物個体(前記のA工程で前記のシクラメン植物の器官小片を採取した原料のシクラメン植物)に比べて、花色の変異していた花をもつ花色突然変異株のシクラメン植物個体と、花弁形状の変異していた花をもつ花弁突然変異株のシクラメン植物個体と、花粉を欠失していた花粉欠失の突然変異株のシクラメン植物個体と、全く花に変異形質を示さない無変異株のシクラメン植物個体とを判別し、変異株を選抜する。なお、他の方法で判別できる場合、例えば遺伝子の変異などを遺伝子工学的手段を用いて判別することができれば、上述の目視による判別に限られるものではない。
【0042】
以下に本発明の実施例を示して具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
A工程:シクラメン植物の器官の無菌な小片の調製
シクラメン植物(品種:ホクコーミニ3号)の葉を有効塩素濃度約0.5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液に20分間浸潰し、次亜塩素酸ナトリウム水溶液で表面を殺菌した後、滅菌水で洗浄した。殺菌された葉を1cm角に切断し、30枚の小片を調製した。
【0044】
B工程:カルス形成及び不定胚形成
MS培地の所定濃度の無機成分の他にショ糖50g/l、2,4−PA4mg/l、カイネチン0.1mg/lをそれぞれ加え、pH5.8とし、ゲルライト3g/lを添加して得られた培地を、35mlずつの分量で直径90mmのシャーレの6個に分注して固化させた。その後、上記の小片30枚を、1シャーレ当たり小片の5枚ずつを分宿してシャーレに置床した。これら小片を培地上で25℃の暗黒下で60日間培養し、カルス形成を行った。その後、そのまま同シャーレ上で前記と同培養条件でさらに60日間継続して培養すると、カルス上に不定胚が形成された。
【0045】
C工程:幼植物個体の再生
MS培地に対して所定濃度の無機成分の他にNAA0.01mg/l、BA0.1mg/l、シベレリン0.2mg/l、ショ糖30g/l、ゲルライト5g/lを添加して得た培土を、35mlずつの分量で直径90mmのシャーレの40個に分注して固化させた。次にB工程で得た不定胚を、1シャーレ当たり50mg〜100mgずつの分量で40枚のシャーレに分宿した形で移植した。さらに、不定胚を20℃、明期16時間、暗期8時間、照度3000ルックスで90日間培養することにより、不定胚から発芽及び発根した幼植物個体を得た。これら幼植物個体の中から、葉、葉柄、根をもち且つ直径が約1mm〜3mmの塊茎をもつシクラメン幼植物個体の400株を選抜した。
【0046】
D工程:幼植物個体育成
1/3MS培地に、ショ糖30g/lを加えpHを5.8とし、ゲルライトを4g/lを添加して得た培地を、100mlずつの分量で、寸法が80mm×80mm×90mmのプランタンボックスの複数個に分注して固化させて固体培地を作った。前期のC工程で選抜されたシクラメン幼植物個体の400株を、プランタンボックス1個当たり10株ずつ計40個のプランタンボックスに分宿した形で置床し、20℃、明期16時間、暗期8時間として、シクラメン幼植物個体を照度3000ルックスの光の照射下で90日間育成した。このことにより、シクラメン幼植物個体の葉、葉柄、根を展開伸長させて、1個の塊茎と複数の葉、葉柄及び根をもつ若いシクラメン植物個体を400株得た。
【0047】
E工程:塊茎の採取と置床
D工程で育成した植物個体から、塊茎の直径が8mm〜15mm程度であって塊茎表面に肉眼で確認できる芽の数が2個〜10個程度存在する植物個体の150株を選抜した。さらに、これらの葉、葉柄、根及び塊茎をもつシクラメン植物個体から、葉、葉柄、根をピンセットで除去し、塊茎だけを採取した。1/3MS培地に、ショ糖を30g/l、pHを5.8とし、ゲルライトを4g/lを加えて得た培地を、10mlずつの分量で装填された60mmのシャーレの計5枚に塊茎を分宿した形で、30個ずつ置床した。
【0048】
F工程:重イオンビーム照射
前記のE工程で塊茎が置床されてあるシャーレの計4枚を、核子当たり135MeVの炭素イオンビーム(LET23keV/μm)を、4Gy、8Gy,12Gy,16Gyずつの線量でシャーレ各1枚に照射した。なお、残る1枚のシャーレには、対照区(線量が0Gy)として、炭素イオンビームの照射を行わなかった。
【0049】
G工程:重イオンビーム照射した塊茎の育成
1/3MS培地に、ショ糖を30g/l、pHを5.8とし、ゲルライトを4g/lを添加して得た培地を、100mlずつの分量で、寸法が80mm×80mm×90mmのプランタンボックスの計30個に分注して、固化させた。次いで、F工程を経てビーム照射を受けた塊茎を、プランタンボックス1個当たり5個ずつ分宿した形で、プランタンボックスに置床した。置床された塊茎を20℃、明期16時間、暗期8時間、照度3000ルックスで90日間育成した。このことにより、塊茎から育成、再生されて、葉、葉柄、根を展開伸長させてもち且つ塊茎と複数の葉、葉柄及び根をもつシクラメン植物個体を収得した。
【0050】
H工程:シクラメン植物の予備栽培
G工程で収得した植物個体を培土(商品名:「PRO−MIX PGX」、Premier HORTICULTURE社製)を充填した100穴セルトレイ(穴の大きさ:25mm×25mm×4mm)に移植した。室温で30日間育成して予備栽培した。
【0051】
I工程:シクラメン植物の継続栽培
前記のH工程で予備栽培された植物個体を、培土(商品名:「PRO−MIX PGX」、Premier HORTICULTURE社製)が充填された直径150mm、深さ120mmのプラスチック製植木鉢の計150個の中に1個体ずつ分植して移植し、植木鉢で定植栽培した。この定植栽培は、ガラス温室内で最低温度が10℃以下、最高温度が40℃以上にならないように管理して自然光下で行った。しかもその定植されたシクラメン植物栽培を、シクラメン植物の開花が栽培中の全シクラメン植物の全数、もしくはほとんど全数について観察できるまで300日間継続した。
【0052】
J工程:変異株の判別
このJ工程では、前記のI工程で観察された開花した花を少なくとも1個もつシクラメン植物個体のすべてについて、花の外観を観察し、そして元のシクラメン植物個体(前記のA工程で前記のシクラメン植物の器官小片を採取した原料のシクラメン植物)に比べて、花色の変異していた花をもつ花色突然変異株のシクラメン植物個体と、花弁形状の変異していた花をもつ花弁突然変異株のシクラメン植物個体と、花粉を欠失していた花粉欠失の突然変異株のシクラメン植物個体と、全く花に変異形質を示さない無変異株のシクラメン植物個体とを判別した。すなわち前記のI工程において、植木鉢に移植してから300日間経過後に、開花が1本以上確認された植物体の花の外観を観察した。これにより、花色が変異した花(花色突然変異体)、花弁形状が変異した花(花弁突然変異体)、花粉を欠失した花(花粉欠失変異体)のいずれかが1本以上確認できた変異体の個体数を調査した。その調査の結果を下記の表1に示す。
【0053】
表1の開花評価個体数とは、開花が1本以上認められた植物個体の個体数である。また、変異体出現率とは、花色が変異した花をもつ変異株と、花弁形状が変異した花をもつ変異株と、花粉を欠失した花をもつ変異株とのうちのいずれか1本以上の花茎をもつことの確認できた変異株の個体数を、開花評価をしたシクラメン植物の個体数で除した百分率である。下記に具体的な計算式を示す。
【0054】
(a)表1の花色変異株のカラム

(b)表1の花弁形状変異株のカラム

(c)表1の花粉欠失変異株のカラム

【表1】

【0055】
表1に示すように、塊茎に炭素イオンビームを照射することにより、花色に変異が生じた変異株や、花弁形状に変異が生じた変異株や、花粉が欠失した変異株が高頻度で得られた。
【比較例1】
【0056】
シクラメン植物のカルスの調製
シクラメン植物(品種:ホクコーミニ3号)の葉を有効塩素濃度約0.5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液に20分間浸潰し、次亜塩素酸ナトリウム水溶液等で表面を殺菌した後、滅菌水で洗浄し、葉を10mm角に切断し、40枚の小片を得た。
【0057】
これらの小片40枚を、実施例1のB工程に示される培地に、1シャーレ当たり5枚ずつ計8枚のシャーレに置床した。これを25℃の暗黒下で60日間培養し、カルス形成させた。
【0058】
カルスへの重イオンビームの照射
前記のカルスを実施例1のB工程に示される培地10mlを加えた直径60mmのシャーレの計4枚に10個ずつ置床した。これらカルスを置床したシャーレ各1枚に核子当たり135MeVの炭素イオンビーム(LET23keV/μm)を、5Gy、10Gy,15Gyの線量ずつ照射した。なお、残る1枚のシャーレは、対照区(線量が0Gy)として炭素イオンビームを照射しなかった。
【0059】
これら照射後のカルスを再び実施例1のB工程に示される培地に1シャーレ当たり5個ずつ計8枚のシャーレに置床した。これらカルスを25℃の暗黒下で60日間培養し、不定胚形成させた。
【0060】
次に、実施例1のC工程に示される培地を35mlずつ直径90mmのシャーレに入れて固化させた。各線量区のカルスから形成した不定胚を、各線量区の1シャーレ当たり50mg〜100mgずつ5枚のシャーレに移植した。これら不定胚を20℃、明期16時間、暗期8時間、照度3000ルックスで90日間培養することにより、不定胚から発芽及び発根した幼植物個体を得た。
【0061】
次に、実施例1のD工程に示される培地を100mlずつ80mm×80mm×90mmのプランタンボックスに入れて固化させた。各線量区について、上記の幼植物個体から、葉、葉柄、芽及び根をもち直径が約1mm〜3mmの塊茎をもつ幼植物個体を500株ずつ選抜した。
【0062】
プランタンボックス1個当たり10個ずつの塊茎を計5個のプランタンボックスに置床した。これら塊茎を20℃、明期16時間、暗期8時間、照度3000ルックスで90日間培養することにより、シクラメン幼植物個体に育成した葉、葉柄、根を展開伸長させて、塊茎と複数の葉、葉柄及び根をもつ若いシクラメン植物個体を得た。次にこれらの植物個体を実施例1のH工程、I工程と同様の方法に従い、栽培を行った。その後、シクラメン植物変異株の個体数を実施例1のJ工程と同様に調査した。その結果を表2に示す。
【表2】

【0063】
表2に示すように、花色に変異が生じた変異株や、花弁形状に変異が生じた変異株や、花粉が欠失した変異株は、全く得られなかった。
【比較例2】
【0064】
シクラメン植物(品種:ホクコーミニ1号)の葉を有効塩素濃度約0.5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液に20分間浸潰し、次亜塩素酸ナトリウム水溶液等で表面を殺菌した後、滅菌水で洗浄し、葉を10mm角に切断し、30枚の小片を得た。これらの小片を、実施例1のB工程と同様の方法に従って培養を行い、不定胚を得た。
【0065】
不定胚を、実施例1のB工程に示される培地10mlを加えた直径60mmのシャーレの各1枚に1gずつ計4枚のシャーレに置床した。
【0066】
これらの不定胚を置床させたシャーレ各1枚に核子当たり135MeVの炭素イオンビーム(LET23keV/μm)を、5Gy、10Gy,20Gyの線量ずつ照射した。なお、残る1枚のシャーレは、対照区(線量が0Gy)として炭素イオンビームを照射しなかった。
【0067】
次に、実施例1のC工程に示される培地を35mlずつ直径90mmのシャーレに入れて固化させた後、各線量区の不定胚を、各線量区の1シャーレ当たり50mgずつ20枚のシャーレに移植した。これを20℃、明期16時間、暗期8時間、照度3000ルックスで90日間培養することにより、不定胚から発芽及び発根した幼植物個体を得た。
【0068】
次に、実施例1のD工程に示される培地を100mlずつ80mm×80mm×90mmのプランタンボックスに入れて固化させた。その固体培地にシクラメン幼植物個体を移植した。各線量区について、上記の幼植物個体から育成されて、葉、葉柄及び根をもち塊茎の直径が約1mm〜3mmの幼植物個体の600株ずつ選抜した。各線量区について、これら選抜された幼植物個体をプランタンボックス1個当たり10株ずつ、計60個のプランタンボックス内の固体培地に置床した。幼植物個体を20℃、明期16時間、暗期8時間、照度3000ルックスで90日間育成することにより、幼植物個体の葉、葉柄、根を展開伸長させて、塊茎と複数の葉、葉柄及び根をもつ植物個体を得た。
【0069】
次に、これらの植物個体を実施例1のH工程、I工程と同様の方法に従い、栽培を行った。その後、実施例1のJ工程と同様に変異株の個体数を調査した。結果を表3に示す。
【表3】

【0070】
表3に示すように、花色に変異が生じた変異株や、花弁形状に変異が生じた変異株や、花粉が欠失した変異株は、全く得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
一般的に、シクラメン植物の新品種を作出するためには、長時間を要する交配と選抜を繰り返す必要があり、長い年月を必要としていたが、本発明の方法を用いれば、効率的にシクラメン植物の突然変異株を作出することが可能であり、シクラメン植物の新品種の作出期間を大幅に短縮することができる。
【0072】
シクラメン植物の種々の変異株は園芸分野で有用である。また、近年、自然の作物や園芸植物に人為的に遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え植物が農業分野において利用されつつあるが、遺伝子組換え植物の花粉には、組換え遺伝子が含まれており、この花粉が飛散して野生植物と交配すると、自然環境に予期しない組換え遺伝子をもった植物が無秩序に増えてしまう危険性が問題視されている。本発明によって得られるシクラメン植物の花粉欠失変異株を、遺伝子組換えシクラメン植物を作出するための母材料として用いれば、このような花粉飛散の危険性が無い利点をもつ遺伝子組換えシクラメン植物の作出に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シクラメン植物の塊茎に重イオンビームを照射し、当該照射処理をした塊茎を育成し、変異の生じたシクラメン植物を選抜することを特徴とする、シクラメン植物の突然変異株の作出方法。
【請求項2】
前記塊茎が、組織培養により作出したものであることを特徴とする請求項1に記載の作出方法。
【請求項3】
前記重イオンビームのLETが20〜4000keV/μmの範囲である請求項1又は2のいずれかに記載の作出方法。
【請求項4】
前記重イオンビームが炭素イオンビーム、ネオンイオンビーム、アルゴンビーム、鉄イオンビーム、又は窒素イオンビームである、請求項1〜3のいずれかに記載の作出方法。
【請求項5】
前記塊茎の直径が3.0〜30.0mmである、請求項1〜4のいずれかに記載の作出方法。
【請求項6】
得られたシクラメン植物の突然変異株が、花色の変異した突然変異株であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の突然変異株の作出方法。
【請求項7】
得られたシクラメン植物の突然変異株が、花弁形状の変異した突然変異株であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の突然変異株の作出方法。
【請求項8】
得られたシクラメン植物の突然変異株が、花粉を欠失した突然変異株であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の突然変異株の作出方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の作出方法により得られたシクラメン植物の突然変異株。

【公開番号】特開2008−212120(P2008−212120A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−57690(P2007−57690)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、農林水産省、「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」府省連携型研究、課題「重イオンビーム照射による組換え花卉高品位化技術の開発」の成果、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】