重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法およびこれに使用するギ酸分解用触媒
【課題】重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方を、安全に、簡便に、効率的に低コストで製造するための方法を提供する。
【解決手段】製造方法は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法であって、特定のロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒とギ酸と水とを含み、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されているギ酸水溶液を準備する準備工程と、前記ギ酸水溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程によりギ酸を分解するギ酸分解工程とを含む。
【解決手段】製造方法は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法であって、特定のロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒とギ酸と水とを含み、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されているギ酸水溶液を準備する準備工程と、前記ギ酸水溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程によりギ酸を分解するギ酸分解工程とを含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法およびこれに使用するギ酸分解用触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
水素(H2)は、各種物質の合成、還元、石油の水素化脱硫、水素化分解等、多様な用途に用いられ、産業上のあらゆる分野で必要とされている。水素(H2)は、酸化により水を生じ、有害物質を発生することがないため、例えば、燃料電池等におけるクリーンな次世代燃料供給源として近年注目されており、水素(H2)の供給、貯蔵および利用技術は、産業上非常に重要視されている。水素(H)には、DおよびTの2種類の同位体が存在し、水素(H)が重要視されるのに伴って、これら同位体への関心も高まっている。現在、重水素(D)および三重水素(T)は、例えば、核融合炉の燃料として使用されている。三重水素(T)が、その放射性により安全面で問題があるのに対し、重水素(D)は、放射性がなく安全で安定であり、特にその活用が期待されている。現在、重水素(D)は、例えば、薬物代謝研究や触媒の活性測定等の、化学反応や物質のメカニズム・構造分析等において、例えば、重水素標識化合物の形態で、トレーサー等として利用されている。また、単結晶X線回折を用いて水素を含む化合物の水素(H)位置を厳密に決定することは困難であるが、水素(H)を重水素(D)で置換する事により、単結晶中性子線回折を用いて重水素(D)の空間配置を精度良く決定できる。重水素(D)は、また、例えば、光通信プラスチックファイバーにおける水素置換剤、航空機用耐熱性潤滑油におけるフッ素置換剤としての有用性や、有機材料に対する抗菌性付与効果が確認されており、一般産業分野でも重要性が高まっている。さらに、前述の水素(H2)の重要性の高まりにより、例えば水素(H2)に関する技術開発や研究等において、重水素(D)の利用が今後一層増すことは、確実である。
【0003】
重水素(D)は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の分子の形態で安定に保存することができる。現在、重水素(D2)は、白金電極上で重水(D2O)を電気分解することで製造されている。また、重水素化水素(HD)は、重水素(D2)と水素(H2)を混合し、金属担持固体触媒を用いてH/D交換反応により重水素化水素(HD)、重水素(D2)および水素(H2)の混合ガスを得、この混合ガスから重水素化水素(HD)のみを深冷蒸留分離法等で分離することにより製造されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、重水素化水素(HD)を含む前記混合ガスから効率よく重水素化水素(HD)を濃縮および回収する方法が、開示されている。この方法は、高い重水素化水素(HD)選択性を有する吸着材を用いて、前記混合ガス中に含まれる重水素化水素(HD)を吸着させ、次いで、所定の低圧条件下で前記重水素化水素(HD)を奪着させて回収する方法である。
【特許文献1】特開2004−160294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のD2の製造方法は、危険を伴い、コストもかかる。また、従来のHDの製造方法では、平衡状態の前記混合ガスから重水素化水素(HD)を単離しなければならず、重水素化水素(HD)のみを高収率で得ることができないので、手間とコストがかかる。このため、重水素(D2)または重水素化水素(HD)を安全に、しかも簡便かつ効率的に製造できる方法が望まれる。
【0006】
そこで、本発明は、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方(以下、「水素同位体ガス」と称する場合がある)を、安全に、簡便かつ効率的に低コストで製造するための方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、前記課題を解決するために鋭意研究の結果、ギ酸の水溶液から下記式(1)で表わされるギ酸分解用触媒を用いて、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、温和な条件で安定して製造できることを見出した。より具体的には、本発明の製造方法は、
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法であって、
下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒とギ酸と水とを含み、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されているギ酸水溶液を準備する準備工程と、
前記ギ酸水溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程によりギ酸を分解するギ酸分解工程とを含み、
前記ギ酸分解工程において重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させる製造方法である。
【化7】
前記式(1)中、
Rhは、ロジウムの原子またはイオンであり、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、
置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、安定で安全性の高い物質であるギ酸から、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、温和な条件で安全に、簡便かつ効率的に、低コストで製造することができる。本発明の製造方法によれば、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、必要な時に必要な量だけ製造することができ、実験室レベルの製造から工業規模の量産に至るまで、十分に対応することができる。なお、本発明において、「重水素化」とは、ギ酸や水等の化合物における水素(H)のうち少なくとも一つが重水素(D)で置換されていることを意味する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に制限されない。
【0010】
[ロジウム単核金属錯体]
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体において、配位子Arは、特に限定されず、どのような配位子であっても良いが、例えば、2,2’-ビピリジン、2,2’,6,6’,-ビピリミジン、2,2’,5,5’-ビピラジン、1,10-フェナントロリン等が挙げられる。その他の置換基等も、特に制限されないが、例えば以下の通りである。
【0011】
前記式(1)中、R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基であることが好ましい。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基またはブチル基がより好ましい。R1〜R5は、全てメチル基であることが特に好ましい。その他、例えば、R1〜R5が全て水素原子であることも好ましい。
【0012】
前記式(1)中、Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、もしくはヒドリドイオンであるか、または存在しないことが好ましい。アルコキシドイオンとしては、特に制限されないが、炭素数1〜6の直鎖または分枝鎖状アルコールから誘導されるアルコキシドイオンが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、等から誘導されるアルコキシドイオンが挙げられる。
【0013】
なお、前記式(1)中の配位子Lは、その種類により、置換、脱離等が比較的容易な場合がある。一例として、前記配位子Lは、塩基性の水溶液中では水酸化物イオンとなり、中性、弱酸性あるいは強酸性の水溶液中では水分子となり、アルコール溶媒中ではアルコキシドイオンとなり、また、光や熱により脱離する場合があり得る。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0014】
前記式(1)中、mは、ロジウム原子またはイオンが有する電荷、および前記式(1)中の各配位子が有する電荷により決まるが、例えば0〜6であることが好ましく、0、1、2、3、4、または5であることがより好ましい。
【0015】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体は、下記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体であることが好ましい。
【化8】
前記式(2)中、
R6〜R13は、それぞれ独立に、水素原子もしくは任意の置換基であり、
または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
Q6〜Q13は、それぞれ独立に、CまたはN+であり、
または、同一のX(Xは、6〜13のいずれかの整数)を有するQXとRXのうち少なくとも一つが、一体となってNであっても良く、
Rh、R1〜R5、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【0016】
前記式(2)中、
R6〜R13が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、もしくはアルコキシ基であることがより好ましい。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基、またはブチル基がより好ましい。前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましい。または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良い。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基またはブチル基がより好ましい。前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましい。
【0017】
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方をより高収率で得る観点から、前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体であって、前記式(2)中、R6およびR13が、水素であるものがより好ましい。前記式(2)中、R6〜R13が全て水素原子であることがより好ましい。また、前記式(2)中、Q6〜Q13が全てC(炭素原子)であることがより好ましい。
【0018】
本発明のギ酸分解用触媒において、前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体であることがより好ましい。
【化9】
前記式(3)中、
Rh、Lおよびmは、前記式(2)と同じである。
【0019】
さらに、前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(4)〜(6)のいずれかで表されるロジウム単核金属錯体であることが特に好ましい。すなわち、前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体において、配位子Lが、水分子(ロジウム単核金属錯体(4))、もしくはヒドリドイオン(ロジウム単核金属錯体(5))であるか、または存在しない(ロジウム単核金属錯体(6))ことが好ましい。前記式(3)で表される錯体の配位子Lは、これらに限定されず、例えば、メトキシドイオン、または炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオンであることも好ましく、その他、前述の各配位子等であっても良い。
【化10】
【化11】
【化12】
【0020】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体のうち、前記式(3)以外に好ましいものとしては、例えば、下記表1および表2中の化合物番号(7)〜(25)で表されるロジウム単核金属錯体が挙げられる。化合物(7)〜(25)の個々の構造は、前記式(1)中におけるR1〜R5、M1、M2およびArの組み合わせで表している。また、前記式(2)で表すことができる化合物については、R6〜R13およびQ6〜Q13についても表している。ロジウム単核金属錯体(7)〜(25)において、配位子Lは前記式(1)または(2)と同じであり、特に限定されないが、例えば、水分子、水素原子、メトキシドイオン、水酸化物イオン、炭酸イオン、ギ酸イオン、もしくは硝酸イオンであるか、または存在しないことが好ましい。mは、ロジウムの原子またはイオンが有する電荷、および各配位子が有する電荷により決まるが、例えば、0〜5が好ましい。また、下記表1および表2中のロジウム単核複合錯体、その互変異性体および立体異性体、ならびにそれらの塩は、全て、当業者であれば、本明細書の記載および本発明の属する技術分野の常識に基づいて過度の試行錯誤をすることなく容易に製造可能である。
【表1】
【表2】
【0021】
なお、本発明のギ酸分解用触媒において、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、いずれも本発明のギ酸分解用触媒に使用可能である。例えば、鏡像体が存在する場合は、R体およびS体のいずれも使用可能である。さらに、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体またはその異性体の塩も本発明のギ酸分解用触媒に使用可能である。前記塩において、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体のカウンターイオンは、特に限定されないが、陰イオンとしては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF6-)、テトラフルオロほう酸イオン(BF4-)、水酸化物イオン(OH-)、酢酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ハロゲン化物イオン(例えばフッ化物イオン(F-)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、ヨウ化物イオン(I-)等)、次亜ハロゲン酸イオン(例えば次亜フッ素酸イオン、次亜塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン等)、亜ハロゲン酸イオン(例えば亜フッ素酸イオン、亜塩素酸イオン、亜臭素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン等)、ハロゲン酸イオン(例えばフッ素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、ヨウ素酸イオン等)、過ハロゲン酸イオン(例えば過フッ素酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン等)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(OSO2CF3-)、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートイオン[B(C6F5)4-]等が挙げられる。陽イオンとしては、特に限定されないが、リチウムイオン、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、ランタノイドイオン、等の各種金属イオン、水素イオン等が挙げられる。また、これらカウンターイオンは、一種類でも良いが、二種類以上が併存していても良い。
【0022】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられ、例えば、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基が好ましい。アルキル基から誘導される基や原子団(アルコキシ基等)についても同様である。アルコールおよびアルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、前記各アルキル基から誘導されるアルコールおよびアルキコキシドイオンが挙げられる。また、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。さらに、本発明において置換基等に異性体が存在する場合は、特に制限しない限り、どの異性体でも良い。例えば、単に「プロピル基」という場合はn-プロピル基およびイソプロピル基のどちらでも良い。単に「ブチル基」という場合は、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基のいずれでも良い。
【0023】
[ロジウム単核金属錯体の製造方法]
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(以下、単に「化合物(1)」という場合がある)の製造方法は特に限定されず、どのような方法により製造しても良い。化合物(1)は、例えば、公知の金属錯体の製造方法等を参考にして、適宜製造することができる。また、例えば、化合物(1)を市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。
【0024】
化合物(1)は、例えば、下記スキーム1にしたがって合成(製造)することができる。
【化13】
【0025】
前記スキーム1は、例えば、以下のようにして行うことができる。反応温度、反応時間、溶媒等の各種反応条件は、例示であって、これらに限定されず、適宜変更が可能である。
【0026】
(工程1)
前記スキーム1中、工程1は、例えば、Kenichi Fujita, Yoshinori Takahashi, Maki Owaki, Kazunari Yamamoto, and Ryohei Yamaguchi, Organic. Letters. 2004, 6, 2785-2788等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、アルコール溶媒(メタノール、エタノール等)にRhX3(化合物(101)、Xはハロゲン)を溶かし、溶液とする。RhX3は、例えば、水和物等であっても良い。濃度は特に制限されないが、例えば0.01〜10mol/L、好ましくは0.01〜5mol/L、より好ましくは0.1〜1mol/Lである。この溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下で、CpR(化合物(102)、構造は、スキーム1中に示したとおり)を加え、反応させて、目的の錯体[CpRRhX2]2(103)を得る。CpRの物質量(モル数)は特に制限されないが、RhX3の物質量(モル数)に対し、例えば1〜20倍、好ましくは1〜10倍、より好ましくは1〜5倍、である。反応温度は特に制限されないが、例えば30〜64℃、好ましくは50〜64℃、より好ましくは55〜62℃である。反応時間も特に制限されないが、例えば1〜30時間、好ましくは10〜24時間、より好ましくは15〜24時間である。反応終了後、得られた錯体(103)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま次の反応工程に用いても良い。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0027】
(工程2)
前記スキーム1中、前記工程2は、例えば、Andrew Nutton, Pamela M. Bailey, and Peter M. Maitlis. Journal of the Chemical Society, Dalton Transactions. 1981, 9, 1997-2002 や Moris S. Eisen, Ariel Haskel, Hong Chen, Marilyn M. Olmstead, David P. Smith, Marcos F. Maestre, and Richard H. Fish. Organometallics, 1995, 14, 2806-2812等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、銀塩(例えば、Ag2SO4等)の水溶液を調製する。濃度は特に制限されないが、例えば0.1〜28mmol/L、好ましくは1〜27mmol/L、より好ましくは10〜27mmol/Lである。この水溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下、前記工程1で製造した錯体[CpRRhX2]2(103)を加え、反応させて目的の錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)を得る。この反応は、例えば、暗下で行うことが好ましいが、これに限定されない。反応温度は特に制限されず、適宜設定可能である。反応時間も特に制限されないが、例えば0.5〜10時間、好ましくは0.5〜5時間、より好ましくは2〜5時間である。また、前記銀塩の物質量(モル数)は、特に制限されないが、錯体[CpRRhX2]2(103)の物質量(モル数)に対し、例えば1〜2倍、好ましくは1〜1.5倍、より好ましくは1〜1.05倍である。反応終了後、得られた錯体(104)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま次の反応工程に用いてもよい。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0028】
(工程3)
前記スキーム1中、前記工程3は、例えば、Seiji Ogo, Hideki Hayashi, Keiji Uehara, and Shunichi Fukuzumi, Applied Organometallic Chemistry, 2005, 19, 639-643 や H. Christine Lo, Carmen Leiva, Olivier Buriez, John B. Kerr, Marilyn M. Olmstead, and Richard H. Fish, Inorganic Chemistry, 2001, 40, 6705-6716等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、Ar(前記化学式(1)中の配位子)の水溶液を調製する。濃度は特に制限されないが、例えば0.01〜0.4mol/L、好ましくは0.1〜0.4mol/L、より好ましくは0.1〜0.3mol/Lである。この水溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下、前記工程2で製造した錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)の塩(例えば、硫酸塩)を加え、反応させて目的のロジウム単核金属錯体(1A)を得る。この反応は、例えば、暗下で行うことが好ましいが、これに限定されない。反応温度は特に制限されず、適宜設定可能である。反応時間も特に制限されないが、例えば1〜30時間、好ましくは3〜25時間、より好ましくは5〜20時間である。また、前記Arの物質量(モル数)は、特に制限されないが、錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)の物質量(モル数)に対し、例えば1〜2倍、好ましくは1〜1.5倍、より好ましくは1〜1.05倍である。
【0029】
反応終了後、生成物(1A)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま用いてもよい。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。また、このロジウム単核金属錯体(1A)は、前記ロジウム単核金属錯体(1)のうち配位子Lが水分子である錯体である。したがって、このロジウム単核金属錯体(1A)は、そのまま本発明に用いても良いし、必要に応じ、適宜配位子交換等をして用いても良い。配位子交換の方法も特に制限されず、適宜な方法で良い。
【0030】
以上のようにして、目的の化合物(1)(または(1A))を製造することができる。
【0031】
なお、錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)のカウンターイオンは特に限定されないが、例えば、ロジウム単核金属錯体(1)のカウンターイオンについて前述した具体例と同様である。他のイオン性物質のカウンターイオンについても同様である。また、前記工程1〜3の各工程において、反応溶媒は上記に限定されず、例えば水でも適宜な有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。ただし、水を反応溶媒とすることができる場合、例えば、反応物質(原料)がいずれも水に可溶な場合は、水を用いることが、経済性、反応の簡便性等の理由から特に好ましい。同様の理由から、メタノール、エタノール等のアルコール溶媒も、反応溶媒として好ましい。なお、前記有機溶媒としては特に限定されないが、反応物質(原料)の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。
【0032】
また、ロジウム単核金属錯体(1)のうち、例えば、前記化学式(4)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはその塩は、例えば、下記スキーム2にしたがって製造することができる。下記スキーム2は、反応物質を最終目的生成物(化合物(4))の構造に合わせて選択する以外は、前記スキーム1と同様に行うことができる。
【化14】
【0033】
[本発明のギ酸分解用触媒、水素同位体ガスの製造方法およびその利用]
本発明のギ酸分解用触媒は、前述の通り、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒である。例えば、前記化合物をそのまま本発明のギ酸分解用触媒として用いても良いし、他の成分を適宜添加して用いても良い。本発明のギ酸分解用触媒は、その作用により、ギ酸を分解して水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を発生させる。このため、本発明のギ酸分解用触媒は、前述のとおり、ギ酸および水の少なくとも一方が重水素化されたギ酸水溶液から水素同位体ガスを製造する本発明の製造方法に用いることができる。
【0034】
本発明のギ酸分解用触媒は、ギ酸の分解方法に使用することができる。前記ギ酸の分解方法は、例えば、前記本発明のギ酸分解用触媒とギ酸を含む溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程を含む。すなわち、例えば、前記化合物の溶液にギ酸を加え、そのまま静置するか、必要に応じ加熱または光照射すれば良い。加熱する場合、温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜40℃である。発生した水素を捕集する方法も特に限定されず、例えば、水上置換、上方置換等、公知の方法を適宜用いることができる。
【0035】
前記ギ酸の分解方法において、前記溶媒は特に限定されず、例えば水でも有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。化合物が水に可溶な場合は、水を用いることが簡便であることから好ましい。前記有機溶媒としては特に限定されないが、化合物の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。さらに、原料のギ酸は、例えば、溶液、塩等の形態であっても良い。
【0036】
従来のギ酸分解用触媒は、活性が低く、例えば、有機溶媒中、強酸性もしくは強塩基性水溶液中、またはそれらの混合液中で、かつ加熱条件下でなければ触媒として機能しないという問題があった。前記非特許文献8〜10に記載されたイリジウムとルテニウムを含む複核金属錯体は、高活性で、室温の水溶液中でもギ酸分解用触媒として機能するが、予備加熱が必要である。本発明のギ酸分解用触媒の活性は、特に制限されないが、従来のギ酸分解用触媒よりもさらに活性が高いことが好ましい。例えば、本発明のギ酸分解用触媒は、室温の水溶液中で、加熱を一切しなくても触媒として機能することが特に好ましい。ただし、本発明はこれに制限されない。例えば、本発明のギ酸分解用触媒が十分に高活性な場合であっても、さらに反応効率を向上させる等の目的で、前述のように適宜加熱したり、水に代えて有機溶媒を用いたり、または水と有機溶媒を併用したりしても良い。
【0037】
前記ギ酸の分解方法において、前記溶液中における前記ロジウム単核金属錯体(1)分子の濃度は特に限定されないが、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.005〜5mmol/Lである。前記ロジウム単核金属錯体(1)分子とギ酸分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば100:1〜1:1000、好ましくは10:1〜1:500、より好ましくは1:1〜1:500である。
【0038】
前記ロジウム単核金属錯体(1)を用いた本発明のギ酸分解用触媒は、水素(H2)の製造方法に使用することができる。前記水素(H2)の製造方法は、例えば、前記ギ酸の分解方法によりギ酸を分解し、水素(H2)を発生させる工程を含む。これにより、安全な物質であるギ酸を原料として、例えば室温における温和な条件で安定して水素を供給することも可能である。ギ酸水溶液のギ酸および水の一方が重水素化された水溶液を用いれば、本発明によりD2またはHDを製造する本発明の製造方法として実施することができる。また、ギ酸分解による水素(H2)発生の際は、副生成物として二酸化炭素(CO2)を生成する。したがって、本発明のギ酸の分解方法を、二酸化炭素(CO2)製造方法に利用することもできる。すなわち、この二酸化炭素(CO2)製造方法は、本発明のギ酸の分解方法によりギ酸を分解し、二酸化炭素(CO2)を発生させる工程を含む。なお、本発明の水素(H2)製造方法によれば、二酸化炭素(CO2)以外の副生成物を伴わず、有毒な副生成物なしに水素を得ることも可能である。
【0039】
次に、本発明の製造方法についてさらに具体的に説明する。
本発明の製造方法は、前述のとおり、ギ酸分解用触媒、ギ酸および水を含む反応溶液をそのまま静置する工程、前記反応溶液を加熱する工程、および前記反応溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの反応工程を含み、前期化合物が、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、かつ、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されていることを特徴とする。本発明の製造方法では、前記化合物による前記ギ酸の分解反応に、前記反応溶液中の前記ギ酸および前記水の少なくとも一方の重水素化物が重水素供給源として関与する結果、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方が発生する。
【0040】
本発明の製造方法の一例として、前記製造方法により重水素(D2)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、水がD2Oである製造方法をあげることができる。前記製造方法において、得られるH2、HDおよびD2の全物質量(mol)中におけるD2の割合は、特に制限されないが、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは70mol%以上、いっそう好ましくは80mol%以上、特に好ましくは90mol%以上である。前記D2の割合の上限値は特に制限されないが、理想的には100mol%である。
【0041】
本発明の製造方法の別の例として、前記製造方法により重水素化水素(HD)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、ギ酸および水の一方が重水素化されており、pHまたはpDが4.0以下である製造方法をあげることができる。前記pHまたはpDは、好ましくは3.0以下であり、より好ましくは2.5以下であり、さらに好ましくは2.2以下であり、特に好ましくは2.0以下である。前記pHまたはpDの下限値は特に制限されないが、例えば-1.0以上である。前記製造方法において、得られるH2、HDおよびD2の全物質量(mol)中におけるHDの割合は、特に制限されないが、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは70mol%以上、いっそう好ましくは80mol%以上、特に好ましくは90mol%以上である。前記HDの割合の上限値は特に制限されないが、理想的には100mol%である。
【0042】
本発明の製造方法による水素同位体ガスの発生の機構は、例えば以下のように考えられる。ただし、これらは、推測可能な機構の一例であって、本発明を何ら限定しない。
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体をギ酸分解用触媒として、図1に示すように、水溶液中で、アクア錯体として存在する前記錯体がギ酸アニオンと反応して、前記化合物のギ酸錯体が生成し、二酸化炭素の脱離を経てヒドリド錯体となり、次いで、ヒドリド錯体が水溶液中のプロトンと反応して水素(H2)が発生する。これに対し、図2に示すように、重水素化されたギ酸(DCOOH)を使用した場合は、前記ギ酸錯体から二酸化炭素の脱離を経たデューテライド錯体が、反応溶液中のプロトンとH/D交換を行ってヒドリド錯体を生じる過程が、新たに生じると考えられる。
【0043】
図3に、本発明においての推測される反応機構の一例を示す。重水素化ギ酸(DCOOH)を用いた場合、同図に示すように、前記デューテライド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応することにより、重水素化水素(HD)が発生する。この場合、同時に、前記デューテライド錯体の前記H/D交換反応も進行するので、生じたヒドリド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応して、水素(H2)も発生する。ここで、前記水溶液に重水(D2O)を含めた場合、前記ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)とも反応することにより、さらに重水素化水素(HD)を発生させることができる。ギ酸としてギ酸(HCOOH)を用い、水溶液が重水(D2O)を含む場合、図4に示すように、ギ酸錯体から二酸化炭素の脱離を経たヒドリド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応することにより、重水素化水素(HD)が発生する。この場合、同時に、前記ヒドリド錯体が、前記反応溶液中のデュウテロン(D+)とH/D交換を行ってデューテライド錯体を生じるので、前記デューテライド錯体が、反応溶液中デュウテロン(D+)と反応して、重水素(D2)も発生する。
【0044】
本発明の製造方法における前記反応工程は、例えば、前記化合物を前記水に溶かして水溶液とし、次いで前記水溶液に前記ギ酸を添加する等して、事前に、前記反応溶液を調製後、そのまま静置するか、必要に応じ加熱または光照射することで、行うことができる。前記反応溶液のギ酸分解反応が起こる前のpHまたはpD(初期pHまたはpD)は、例えば、1.5〜8.5の範囲であり、この範囲で確実に水素同位体ガスを発生させることができる。前記初期pHまたはpDを調節することで、発生する重水素化水素(HD)および重水素(D2)の各々の発生量を調節できる。重水素化水素(HD)の発生量を選択的に製造するためには、例えば、前記ギ酸として重水素化ギ酸(DCOOH)を使用し、前記初期pHまたはpDを、1.5〜4.0の範囲とすることが好ましく、1.5〜3.0の範囲とすることがより好ましく、1.5〜2.0の範囲とすることがいっそう好ましい。重水素(D2)および重水化水素(HD)の両方を収率よく得るためには、重水(D2O)を使用し、前記初期pHまたはpDを、1.5〜4.0の範囲とすることが好ましく、1.5〜3.0の範囲とすることがより好ましく、1.5〜2.0の範囲とすることがいっそう好ましい。重水素(D2)の発生量を増すためには、重水(D2O)を使用し、前記初期pHまたはpDを、4.0〜8.5の範囲とすることが好ましく、5.0〜8.0の範囲とすることがより好ましく、6.0〜7.0の範囲とすることがいっそう好ましい。初期pHまたはpDの調節は、公知のpH調整剤、例えば、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基性物質、塩酸、硫酸、硝酸等の酸性物質を用いて行うことができる。
【0045】
本発明の製造方法による同位体ガスの発生における前記初期pHまたはpDの影響については、例えば以下のように考えられる。ただし、これも推測可能な反応機構の一例であって、本発明を何ら限定しない。
発明者等は、先に、ギ酸分解反応の反応速度に与える初期pHの影響について、ESI-MSおよび紫外可視吸収スペクトルを用いたギ酸分解反応の分析を行った結果、図1に示すギ酸分解反応において、高pH条件下では、ヒドリド錯体とプロトン(H+)の反応が律速過程となるのに対し、低pH条件下では、ギ酸錯体からヒドリド錯体となる過程が律速過程となるとの知見を得た。次いで、本発明をなす過程で、発明者らは、ギ酸(HCOOH)と重水素化ギ酸(DCOOH)をそれぞれ用い、水溶液のpHを変化させて、ギ酸分解反応を分析した結果、図5および図6に示すように、水溶液のpHが低い場合(図5)よりも高い場合の方(図6)が、速度論的重水素同位体効果の値が大幅に小さくなることを認めた。図5および6中、上の線がギ酸(HCOOH)を用いた場合であり、下の線が重水素化ギ酸(DCOOH)を用いた場合である。これは、先の知見により、反応溶液のpHが低い場合は、ギ酸錯体からヒドリド錯体となる過程が律速過程となっているのに対し、反応溶液のpHが高い場合は、ヒドリド錯体が水溶液中のプロトンと反応して水素(H2)を発生させる過程が律速となっているためとの説明がつく。
【0046】
これら知見に基づき、本発明の製造方法によるガス発生に与える前記水溶液のpHまたはpDの影響は、次のように説明できる。例えば、図3を参照して、ギ酸として重水素化ギ酸(DCOOH)を用いた場合、低pHまたはpD条件下では、ギ酸錯体からデューテライド錯体となる過程が律速過程となるため、デューテライド錯体が反応溶液中のプロトン(H+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する反応が速やかに進行し、重水素化水素(HD)を高収率で発生させることができるのに対し、高pHまたはpD条件下では、前記デューテライド錯体が水溶液中のプロトン(H+)と反応して水素(H2)を発生させる過程が律速過程となるため、前記デューテライド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応して重水素化水素(HD)を生成するよりも、前記デューテライド錯体がH/D変換する速度の方が速く進行し、水素(H2)の発生量が増し、重水素化水素(HD)の発生量が低下する。ギ酸として非重水素化ギ酸(HCOOH)を用い、水として重水(D2O)を用いた場合、図4を参照して、低pHまたはpD条件下では、ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する速度の方が、前記ヒドリド錯体のH/D交換反応よりも速く進行し、重水素(D2)よりも重水素化水素(HD)の発生量が多くなるのに対し、高pHまたはpD条件下では、前記ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する速度よりも、前記ヒドリド錯体のH/D変換反応の方が速く進行し、重水素(D2)の発生量が増し、重水素化水素(HD)の発生量が低下する。
【0047】
本発明の製造方法において、前記反応溶液を加熱する場合、温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜40℃である。発生した重水素(D2)および重水素化水素(HD)を捕集する方法も特に限定されず、例えば、水上置換、上方置換等、公知の方法を適宜用いることができる。水素(H2)、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも2種類の混合ガスから重水素(D2)および重水素化水素(HD)それぞれを得る方法も特に限定されず、例えば、カラム分離法を適宜用いることができる。このように、本発明の製造方法は、温和な条件で非常に簡便に安定して水素同位体ガスを発生させることができる。
【0048】
本発明の製造方法で使用するギ酸分解用触媒は、前述のとおり、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含む。前記化合物は、前述のとおり、ギ酸と反応して水素を発生させる触媒であり、前記化合物に重水素化ギ酸(DCOOH)を水中で添加すると、前記デューテライド錯体が、反応溶液中のプロトンと反応して重水素化水素(HD)を発生する過程により、重水素化水素(HD)を選択的に発生させることができる。また、特に、反応液中に重水(D2O)が含まれる場合、前記ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する反応が生じ、重水素化水素(HD)の発生量を増すことができる。一方、前記化合物にギ酸(HCOOH)を重水(D2O)中で添加すると、ギ酸錯体から二酸化炭素の脱離を経たヒドリド錯体と反応溶液中のデュウテロン(D+)の反応により重水素化水素(HD)を発生させることができ、併せて、前記ヒドリド錯体のH/D交換により、デューテライド錯体が生じ、前記デューテライド錯体の反応溶液中のデュウテロン(D+)との反応により、重水素(D2)も発生させることができる。本発明のギ酸分解用触媒の製造方法、好ましい化学構造式、好ましい配位子、および使用条件等は、前述のとおりである。なお、特に、前記式(2)中、R6およびR13が、水素であるロジウム単核金属錯体を用いると、より高収率で重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を得ることができるが、前記化合物は、これに限定されない。
【0049】
本発明の製造方法による水素同位体ガスの発生における配位子の立体構造の影響については、例えば以下のように考えられる。ただし、これも推測可能な反応機構の一例であって、本発明を何ら限定しない。
発明者等は、立体構造の異なる配位子を持つ3種類のヒドリド錯体について、それぞれのガス発生速度の違いの理由をDFT計算結果を基に考察した。結果、前記H/D交換反応は、まず前記デューテライ錯体が脱プロトン化してI価錯体となり、これがその近傍の水分子によりプロトン化されることで、ヒドリド錯体になると推測し、前記デューテライド錯体において、脱プロトン化およびプロトン化反応が起こりやすい空間がある場合に、前記H/D交換反応が起こりやすくなるという知見を得た。よって、例えば、配位子におけるR6およびR13が水素原子である前記化合物を用いた場合、前記デューテライド錯体において、前記脱プロトン化およびプロトン化反応のための空間が十分確保できるので、高い水素同位体ガスの発生収率を得ることができる。
【0050】
本発明の製造方法において、前記化合物の濃度は特に限定されないが、特に、前記反応溶液中における前記ロジウム単核金属錯体(1)分子の濃度は、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.005〜5mmol/Lである。前記ロジウム単核金属錯体(1)分子とギ酸分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば100:1〜1:1000、好ましくは10:1〜1:500、より好ましくは1:1〜1:500である。
【0051】
本発明の製造方法で使用される前記ギ酸および前記水は、少なくとも一方が重水素(D)の供給源となるため、少なくとも一方が重水素化されている必要がある。なお、本発明において、重水素化されたギ酸とは、ギ酸分子内におけるホルミル基部分(HCO-)の水素(H)が重水素(D)で置換された構造のギ酸をいう。カルボキシ基部分(-COOH)の水素は、軽水素(H)でも、重水素(D)で置換された構造でも良い。重水素化された水とは、D2OでもHDOでも良いが、D2Oが、価格、利便性等の観点から好ましい。前述のとおり、重水素化されたギ酸(DCOOH)と水(H2O)を使用した場合、特に重水素化水素(HD)を選択的に発生させることができる。非重水素化ギ酸(HCOOH)と重水(D2O)を使用した場合は、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の両方を発生させることができる。前記ギ酸(HCOOH)は、公知のギ酸製造方法等を参考にして、適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。重水素化されたギ酸(DCOOH)は、例えば、非重水素化ギ酸(HCOOH)から重水(D2O)の存在下に塩基または酸触媒を用いるなど、公知の重水素化法等を参考にして、適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。前記重水(D2O)は、水(H2O)を濃縮して適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。
【0052】
前記反応溶液は、水素同位体ガスの発生効率を損なわない限り、前記ギ酸分解用触媒、前記ギ酸および前記水以外の他の添加物を含んでもよいが、本発明の前記製造方法では、このような他の添加剤を用いなくても、水素同位体ガスを高収量で発生させることができ、操作の安全および簡便の観点から、前記反応溶液は、特に、有機溶剤を含まないことが好ましい。
【0053】
なお、本発明のギ酸分解用触媒は、例えば、以下に説明するような、ギ酸製造および分解用装置に好適に用いることができる。このようなギ酸製造および分解用装置は、例えば、ギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させるギ酸分解部と、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)からギ酸を製造するギ酸製造部とを含み、前記ギ酸分解部は、本発明のギ酸分解用触媒を含み、前記ギ酸製造部は、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造するギ酸製造用触媒を含む。この場合において、例えば、水がD2Oであるギ酸水溶液を用いれば、本発明の製造方法により、D2またはHDの少なくとも一方を繰り返し発生させることができる。すなわち、発生する前記水素(H2)の少なくとも一部が、D2またはHDの少なくとも一方(水素同位体ガス)となる。この装置の具体的な構造は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部をさらに備えていても良い。また、例えば、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部をさらに備えていても良い。これによれば、ギ酸分解による副生成物の二酸化炭素から再度ギ酸を製造し、二酸化炭素(CO2)を大気中に放出させることなく循環的に利用することができる。本発明のギ酸分解用触媒は、また、水素貯蔵および発生方法に使用することができる。前記水素貯蔵および発生方法は、例えば、ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する水素貯蔵工程と、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる水素発生工程を含む。前記水素貯蔵工程および前記水素発生工程の順序は特に限定されず、どちらが先でも良いし、また、各工程を1回ずつ終えた後に、再び最初の工程に戻っても良い。このように水素貯蔵および発生方法を使用するための装置は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸製造および分解用装置を用いて行うことができる。
【0054】
前記水素貯蔵および発生方法は、例えば以下のようにして行うことができる。すなわち、まず、前記本発明のギ酸製造および分解用装置を準備する。この装置は、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部、および、前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部を備える。次に、前記水素供給部から前記ギ酸製造部に水素を供給するとともに、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給する。そして、前記ギ酸製造部において、前記ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する。このギ酸は、任意の期間貯蔵した後に用いることができるが、必要であれば直ちに用いても良い。そして、前記ギ酸を、前記ギ酸供給部を介して前記ギ酸分解部に供給し、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる。この水素は、必要に応じ、例えば燃料電池等の任意の用途に利用することができる。そして、副生成物の二酸化炭素は、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給し、再びギ酸製造に利用する。前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部は、特に限定されないが、例えば、公知の水素ボンベ等を備えていても良い。本発明の水素貯蔵および発生方法あるいは本発明のギ酸製造および分解用装置を用いれば、ギ酸やギ酸塩として水素を貯蔵および運搬し、必要なときに必要なだけ必要な場所で安全に用いることができる。これによれば、水素ボンベ等を運搬し、必要なときに前記水素ボンベ等から直接水素を供給するよりも、安全性等の点で有利である。
【0055】
前記水素貯蔵および発生方法あるいは前記ギ酸製造および分解用装置に用いるギ酸製造用触媒は、特に限定されないが、例えば、本発明者らの発明による、下記文献(a)〜(c)に記載されたギ酸製造用触媒が好ましい。このギ酸製造用触媒は、下記式(109)または(110)で表される。下記式(109)中、X1は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X1がH2OのときはQは3であり、X1がHのときはQは2である。R100およびR200は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。下記式(110)中、X2は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X2がH2OのときはTは2であり、X2がHのときはTは1である。R300およびR400は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。ただし、下記式(109)および(110)において、X1、X2、R100、R200、R300およびR400は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、R100、R200、R300またはR400は、他のアルコキシ基またはアルキル基等であっても良い。また、式(109)におけるペンタメチルシクロペンタジエニル基あるいは式(110)におけるヘキサメチルベンゼン基において、各メチル基は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、それぞれ独立に、他のアルキル基、アルコキシ基、水素原子等であっても良い。下記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒は、それまでのギ酸製造用触媒と異なり、酸性条件下で高い活性を示すことが特徴である。これにより、製造したギ酸を、塩でなく遊離酸の形で利用できるため、操作の簡便性等の観点から好ましい。また、下記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法も特に限定されないが、当業者であれば、本願明細書の記載および技術常識に基づいて容易に製造可能である。下記式(109)および(110)は、例えば、本発明のギ酸分解用触媒の製造方法に準じて製造しても良い。すなわち、例えば、下記式(109)のうち、アクア錯体は、[Cp*Ir(OH2)3]2+(Cp*はペンタメチルシクロペンタジエニル基)水溶液に、ビピリジン配位子を混合する方法で合成可能であり、ヒドリド錯体は、アクア錯体にギ酸またはH2を加えて生成させることができる。これらの製造方法は、下記文献(a)〜(c)等に詳細に記載されている。
【化15】
(a) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,and Shunichi Fukuzumi,Chem. Commun. 2004, 2714−2715
(b) Seiji Ogo,Ryota Kabe,Hideki Hayashi,Ryosuke Harada and Shunichi Fukuzumi,Dalton Trans. 2006, 4657-4663
(c) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,Tsutomu Abura,and Shunichi Fukuzumi,Journal of American Chemical Society, 2003, 125, 14266-14267
【0056】
前記式(109)または(110)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法の例示として、前記文献(b)に記載の方法を以下に記す。
【0057】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(110)において、X2がH2O(水分子)、R300およびR400がメトキシ基、T=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(105mg, 0.486mmol)を、[(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4(200mg, 0.484mmol)の水溶液(20cm3)に加える。この溶液を室温で24時間撹拌し、淡褐色の溶液を得る。微量の不純物を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして、目的物の[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率98%)。以下に、[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0058】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4:1H NMR(300 MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm) 2.12(s, η6-C6(CH3)6, 18H), 4.08(s, OCH3, 6H), 7.42(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.86(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.91(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0059】
また、この硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(64.7mg, 0.10mmol)の水溶液(5cm3)にNaPF6(168mg,1.00mmol)の水溶液(1cm3)を加えると、橙色粉末状のヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2が析出する。この粉末をメタノールで再結晶してヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2の結晶を得る。以下に、このヘキサフルオロリン酸塩の元素分析値を示す。
【0060】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2:元素分析: [(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2・H2O:C24H34N2F12O4P2Ru:理論値:C,35.79; H,4.25; N,3.48%. 観測値: C,35.85; H,4.31; N,3.44%.
【0061】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(109)において、X1がH2O(水分子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(324mg, 1.50mmol)を、[Cp*IrIII(OH2)3]SO4(717mg, 1.50mmol)の水溶液(25cm3)に加える。この溶液を室温で12時間撹拌し、黄色溶液を得る。微量の沈殿を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして目的物の[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率96%)。以下に、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0062】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4:1H NMR(300MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm): 1.67(s, η5-C5(CH3)5, 15H), 4.11(s, OCH3, 6H), 7.40(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.97(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.89(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0063】
また、この硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の水溶液(1cm3)にトリフルオロメタンスルホン酸ナトリウムNaOTf(172mg, 1.5mmol)の水溶液(0.5cm3)を加えると、黄色
粉末状のトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2が析出する。この粉末を水で再結晶してトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の単結晶を得る。以下に、トリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の元素分析値を示す。
【0064】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2:
元素分析: [Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2:C24H29N2F6O9S2Ir:理論値: C,33.53; H,3.40; N,3.26%. 観測値: C,33.47; H,3.36; N,3.37%.
【0065】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+(前記式(109)において、X1が水素原子(ヒドリド配位子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=1のギ酸製造用触媒)のヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(13.1mg, 20.0μmol)のクエン酸緩衝溶液(pH3.0, 20cm3, 淡黄色)にH2を吹き込みながら加圧条件(5.5MPa)に保つ。この条件下、40℃で12時間反応させ、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液を得る。
【0066】
前記[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液(pH3.0水溶液)にNaPF6(16.7mg, 0.1mmol)を加えると、空気中で安定なヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6が、黄色粉末として析出する。これを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4に基づいて計算した収率77%)。以下に、ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6の機器分析値を示す。
【0067】
ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6:
1H NMR(300MHz, DMSO-d6, 25℃)δ(TMS, ppm): -11.25(s, Ir-H, 1H), 1.79(s,η5-C5(CH3)5, 15H), 4.06(s, OCH3, 6H), 7.33(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 8.33(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.65(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).ESI-MS (in H2O), m/z 545.2 {[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+; m/z 100-2000の範囲における相対強度(I)=100%}.FT-IR(KBr, cm-1) 2030(Ir-H).
【0068】
さらに、前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法も特に限定されない。例えば、これら触媒を適宜な溶媒に溶解させ、その溶液中に水素および二酸化炭素を供給して触媒反応させ、ギ酸を製造することができる。したがって、例えば、適切な容器に前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の溶液を充填することで、本発明のギ酸製造および分解用装置におけるギ酸製造部を構築することもできる。前記溶媒は特に限定されず、例えば水または有機溶媒を用いることが可能であり、単独でも混合溶媒でも良い。前記溶媒は、前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の溶解度、反応の簡便性、水素および二酸化炭素の反応性等の観点から、水が特に好ましい。前記触媒反応における反応温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、特に好ましくは20〜60℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば1〜80分、好ましくは2〜30分、特に好ましくは2〜10分である。反応系における水素(H2)の内圧は、特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。二酸化炭素(CO2)の内圧も特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法については、前記文献(a)〜(c)等に詳しく記載されているが、当業者であれば、本明細書の記載および技術常識から容易に実施可能である。
【0069】
前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法の一例として、前記文献(b)に記載されている、酸性水溶液中におけるCO2の触媒的水素化方法を記す。すなわち、まず、反応容器(耐圧容器)として、Parr社のBenchTop Micro Reactor(商品名、シリンダー容積50cm3)を準備する。この反応容器の材質は、Hastelloy(Haynes International, Inc. の登録商標)と呼ばれる合金である。つぎに、前記式(109)または(110)で表されるギ酸製造用触媒(20.0μmol)を、pH3.0のクエン酸緩衝液(20cm3)に溶かし、前記耐圧容器中に封入する。そして、前記溶液を40℃に加熱し、CO2およびH2を適宜吹き込んで加圧し、適切な時間反応させる。容器内圧を常圧に戻した後、前記溶液を氷浴で手早く冷やす。ギ酸HCOOHの生成は、例えば、D2O中においてTSP(重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム、(CH3)3Si(CD2)2CO2Na)を内部標準とした1H NMR測定により確認することができる。
【実施例】
【0070】
以下、本発明の実施例について説明する。しかし、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。
【0071】
[測定条件等]
下記実施例において、反応の追跡は1H-NMR、13C-NMR、FAB-MSおよびGCにより行った。全ての化学物質は試薬級である。市場入手可能な試薬は、最高の純度の試薬であり、特記しない限り、さらに精製することなく使用した:トリクロロロジウムRhCl3の3水和物(田中貴金属工業株式会社)、ペンタメチルシクロペンタジエン(関東化学株式会社)、2,2’-ビピリミジン(和光純薬工業株式会社)、ギ酸(和光純薬工業株式会社)、水酸化ナトリウム(和光純薬工業株式会社)、ナトリウムデューテロキシドのD2O溶液(40wt% NaOD、99.5% D; Aldrich Chemical Co.)、D2O(99.9% D)、DCOOH(>99.5%、98% D)、DCOOD(>99.5%、98% D; Cambridge Isotope Laboratories)、H2ガス(99.99%)、スタンダードガス(H2 1.07%、CO2 1.07%、CO 1.06%、N2 96.8%、GL Sciences Co., Ltd.)、D2ガス(99.5%; Sumitomo Seika Chemicals Co., Ltd.)およびHDガス(HD 97%、H2 1.8%、D2 1.2%; Isotec Inc.)。水の生成(18.2mΩcm)は、Milli-Qシステム(Millipore; Milli-Q Jr およびDirect-Q 3 UV)を用いて行った。1H-NMR測定は、Varian社の機器 核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、1H-NMR測定時599.9MHz)及び、日本電子(JEOL)社製の器(商品名JNM-AL300、1H-NMR測定時300.4MHz)を用いた。D2O中での1H NMR試験は、デューテーリウムロック用にD2O中に溶解された[2,2’,3,3’-D4]-3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム塩(TSP;100mM、δ=0.00ppmで設定されたメチルプロトン共鳴を用いる対照として)を含む密封キャピラリーチューブ(直径:1.5mm)を用いて、NMRチューブ(直径:5.0mm)中でD2O中にサンプルを溶解することにより行った。エレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(ESI-MS)データは、イオンスプレーインターフェースを備えたポジティブ検出モードのAPI 150EX四重極型マススペクトロメーター(PE-Sciex)を用いて取得した。スプレイヤーを+5.0kBのポテンシャルで保持し、圧縮N2を用いて液体の噴霧をアシストした。オリフィスポテンシャルをHewlett Packard 8453ダイオードアレイスペクトロメーターを用い、水晶キュベット(路長:1mmまたは1cm)を298Kで用いて記録した。
【0072】
pHまたはpDの調整は次のように行った。0.9から11.9のpH範囲で、溶液のpH値を、pHコンビネーション電極(TOA、GST-5725C)を備えたpHメーター(TOA、HM-20J)により測定した。溶液のpHは、1.00MのHNO3/H2Oおよび1.00-10.0M NaOH/H2Oをバッファーなしで用いて調整した。pDの値は、観察された値に0.4を加算することにより修正した(pD=pHメーター記録値+0.4)。
【0073】
13C-NMR測定は、Varian社の機器核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、13C-NMR測定時599.9MHz)を用いた。ケミカルシフトは百万分率(ppm)で表している。内部標準0ppmには、テトラメチルシラン(TMS)及び、重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム(TSP-d4)を用いた。結合定数(J)は、ヘルツで示しており、略号s、d、t、q、mおよびbrは、それぞれ、一重線(singlet)、二重線(doublet)、三重線(triplet)、四重線(quartet)、多重線(multiplet)および広幅線(broad)を表す。FAB-MSデータは、日本電子(JEOL)社製の機器(商品名JMS-DX300)を用いて測定した。GC分析には、水素同位体ガス分離カラム(Hydro Isopack (2.0 m, 4.0 mm i.d., GTR TEC Co., Ltd.)を備えた島津製作所のガスクロマトグラフ(商品名GC-8A)を用いた。
【0074】
図7に示すロジウム単核アクア錯体1〜10を製造し、あるいは系中における生成を確認した。以下に、これらロジウム単核アクア錯体の具体的な製造方法を、図7に示すロジウム単核アクア錯体1の製造例を用いて説明する。なお、下記に示すロジウム単核アクア錯体(4)は、図7に示すロジウム単核アクア錯体1に対応し、ロジウム単核アクア錯体(4−1)は、図7に示すロジウム単核アクア錯体10に対応し、ロジウム単核アクア錯体(4−2)は、図7に示す錯体6に対応する。
【0075】
[錯体製造例1:ロジウム単核アクア錯体(4)の製造]
前記スキーム2に従って、ロジウム単核アクア錯体(4)を合成(製造)した。詳細は、以下の通りである。
【0076】
(工程1:[Cp*RhCl2]2(錯体(107))製造)
まず、メタノール(13mL)に、市販試薬であるトリクロロロジウムRhCl3の3水和物(0.510g、1.95mmol)を加えて溶液とした。これに、アルゴン雰囲気下で、ペンタメチルシクロペンタジエン(0.5mL)を添加した。そして、そのままアルゴン雰囲気下で攪拌しながら加熱し、21時間還流させた。攪拌後、室温になるまで放冷した。生じた沈殿物を、ガラスフィルター(G4)でろ別し、エーテルで洗浄して、目的の錯体(107)すなわち[Cp*RhCl2]2(0.430g、収率72.5%)を得た。生成物が目的化合物(107)であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。なお、図8に、本工程の生成物(錯体(107))の1H-NMRスペクトル図を記す。同図の測定は、重クロロホルム(CDCl3)中で行い、基準物質は、TMSを用いた。
【0077】
(工程2:[Cp*Rh(OH2)3]2+(錯体(108))の硫酸(SO42-)塩の製造)
Ag2SO4(0.450g、1.50mmol)を、水(54mL)に溶かし、水溶液とした。この水溶液に、アルゴン雰囲気下で、前記工程1において製造した錯体(107)すなわち[Cp*RhCl2]2(0.415g、1.04mmol)を添加し、暗下において、室温(25℃)で4.5時間攪拌した。攪拌後、沈殿物(AgCl)をガラスフィルター(G4)でろ別し、ろ液をメンブランフィルター(ADVANTEC社、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製)を通してさらにろ過し、このろ液から、エバポレーションにより水分を除去した。得られた残渣を水に溶かし、Sephadex G-10(Pharmacia社の商品名)カラムを通過させる逆相クロマトグラフィーにより精製した。前記Sephadexカラムを通過した液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた固形物を、減圧下、25℃で10時間乾燥させて、目的とする錯体(108)すなわち[Cp*Rh(OH2)3]2+の硫酸(SO42-)塩(0.455g、収率87.6%)を得た。生成物が目的化合物(108)の硫酸塩であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。なお、図9に、本工程の生成物(錯体(108)硫酸塩)の1H-NMRスペクトル図を記す。同図の測定は、重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)中で行い、基準物質は、TMSを用いた。
【0078】
(工程3:[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+(ロジウム単核アクア錯体(4))の硫酸(SO42-)塩の製造)
2,2’-ビピリジン(0.12g、0.77mmol)を水(7.5mL)に加えて水溶液とした。この水溶液に、アルゴン雰囲気下で、前記工程2において製造した錯体(108)[Cp*Rh(OH2)3]2+の硫酸(SO42-)塩(0.29g、0.75mmol)を添加し、暗下において、室温(25℃)で16時間攪拌した。攪拌後、この反応液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた残渣を水に溶かし、Sephadex G-10(Pharmacia社の商品名)カラムを通過させる逆相クロマトグラフィーにより精製した。前記Sephadexカラムを通過した液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた固形物を、減圧下、25℃で5時間乾燥させて、目的とするロジウム単核アクア錯体(4)すなわち[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+の硫酸(SO42-)塩(0.32g、収率84.0%)を得た。
【0079】
なお、前記生成物が、目的とするロジウム単核アクア錯体(4)すなわち[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+の硫酸(SO42-)塩であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。1H-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。13C-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。以下に、前記1H-NMR、13C-NMR、および質量分析(FAB-MS)の測定結果を示す。また、図10に、1H-NMRスペクトル図を記す。同図(A)は、1H-NMRスペクトルの全体図であり、(B)は、一部の拡大図である。なお、別途、NaOHを用いて測定して取得したロジウム単核アクア錯体(4)のpH滴定曲線を図11に示す。
【0080】
[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+(ロジウム単核アクア錯体(4))の硫酸(SO42-)塩:
1H-NMR: (600MHz, in D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ 1.72(s, Cp*, 15H), 7.94(t, J=6.3Hz, 2H, bpy), 8.35(t, J=7.2Hz, 2H, bpy), 8.49(d, J =8.4Hz, 2H, bpy), 9.15(d, J=4.8Hz, 2H, bpy)13C-NMR: (600MHz, in D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ 8.03(s, C5(CH3)5), 98.0(d, JRh-C=36Hz, C5(CH3)5), 124, 129, 142, 152, 155 (s, bpy)FAB-MS: [Cp*Rh(bpy)(OH2)]PF6+, m/z 539.1; [Cp*Rh(bpy)(OH2)](SO4)・3H2O(C20H25N2O5SRh・3H2O)に関する元素分析(%):理論値C42.71, H5.55, N4.98;観測値C42.47, H5.27, N5.08.
【0081】
[ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応の中間錯体の検出]
製造されたロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における中間錯体、ギ酸錯体[RhIII(Cp*){OC(O)H}(bpy)]+を、エレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(ESI-MS)により検出した。m/z439.2でのピーク(図12a)が、ギ酸錯体[RhIII(Cp*){OC(O)H}(bpy)]+に対応し、アイソトポマーの分布は、推定された同位体分布とよく一致した(図12b)。ギ酸(HCOOH)を重水素化ギ酸(DCOOH)と置き換えると、ESIマスのピークは、[RhIII(Cp*){OC(O)D}(bpy)]+のためにm/z430.2にシフトした。つまり、HCOO-またはDCOO-から[RhIII(Cp*) (bpy)(H2O)]2+へのヒドリドの移動により、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(bpy)]+または [RhIII(Cp*){OC(O)D}(bpy)]+がそれぞれ生じる。
【0082】
次いで、ヒドリド錯体のプロトン性を、塩基との反応によるUV/Visスペクトル変化を基に確認した。結果を図13に示す。ギ酸HCOOH/HCOONa(12mM)および[RhIII(Cp*) (bpy)(H2O)]2+(0.24mM、図中、実線)を6分間反応させると、[RhIII(Cp*)(H)(bpy))]2+(図中、破線)を生じ、NaOH(0.48mM)の存在下で反応させると、λ=560、690、765および856nmで新たな吸収バンドが認められた(図中、一点鎖線)。これらの多重バンドは、[RhI(Cp*)(bpy)]を示す。錯体[RhI(Cp*)(bpy)]は、HCOOH(0.48mM)と反応して、298Kの脱気したH2O(1mm路長)中で再び[RhIII(Cp*) (H)(bpy))]2+(図中、破線)を生じる。図14に、[RhIII(Cp*) (bpy)-(H2O)]2+(2.5M、図中、実線)の(nBu4)NBH4による還元により生成したUV/Vis吸収スペクトルを示す。この特性は、NaOHの存在下でのHCOOHと[RhIII(Cp*)(bpy)(H2O)]2+の反応(図13)において観察された結果と一致している。
【0083】
[ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応の反応効率の温度依存性]
製造されたロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸(HCOOH)の分解反応の反応効率の温度依存性を調べた。結果を図15に示す。アレニウスプロットの図15bから、このロジウム単核アクア錯体(4)は、無触媒での水素発生反応の活性化エネルギーよりもはるかに小さく、この錯体は、室温を含む広い温度範囲で高い触媒活性を示すことが分かる。
【0084】
次に、以下の参考例1〜3の通り、このロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩をギ酸分解用触媒として使用し、水素(H2)性能を評価した。
【0085】
[参考例1:ギ酸分解用触媒によるギ酸の分解および水素の製造]
前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(2.54mg、5μmol)を水(1.1mL)に溶かし、水溶液(4.5mM)とした。この水溶液に、脱酸素(嫌気性)条件下で、ギ酸(450mM、ロジウム単核アクア錯体(4)の100倍のモル数)を添加した。このときの水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を測定したところ、2.0であった。この水溶液を、暗下において、293K(20℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素と二酸化炭素の1:1混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、ギ酸に対し触媒量(1mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸を分解し、水素と二酸化炭素を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0086】
[参考例2:触媒の繰り返し利用におけるギ酸の分解および水素の製造]
水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を3.7に調整した以外は実施例1と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解および水素の製造を行った。すなわち、まず、ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(5.08mg、10μmol)を水(2.2mL)に溶かし、水溶液(4.5mM)とした。この水溶液に、脱酸素(嫌気性)条件下で、1.0Mギ酸水溶液と1.0M水酸化ナトリウム水溶液との混合水溶液を加えてpHを3.7に調整した(ギ酸アニオン濃度は450mMで、ロジウム単核アクア錯体(4)の100倍のモル数)。これをそのまま暗下において、293K(20℃)で静置し、ギ酸を分解して水素を発生させた。このとき、ギ酸の分解により発生した気体を、1.0M水酸化ナトリウム水溶液に通して二酸化炭素を除いた。そして、残った水素のみを水上置換法でメスシリンダー内に捕集し、水素発生量を測定した。
【0087】
さらに、ギ酸が完全に消費され、水素の発生が終了したところで、再度、ロジウム単核アクア錯体(1)の約100倍の濃度になるようにギ酸を加え、前記方法で水素発生量を測定した。これを4回繰り返した。ギ酸の追加量は、それぞれ、6.7μL(1回目)、5.1μL(2回目)、8.4μL(3回目)、6.9μL(4回目)であった。
【0088】
図23のグラフに、本参考例における水素発生量の測定結果を示す。同図において、横軸は、最初にギ酸を添加した時からの経過時間であり、縦軸は、触媒(ロジウム単核アクア錯体(4))に対する発生した水素(H2)の物質量比(モル比)である。図23に示す通り、最初のギ酸添加後、経過時間(反応時間)に応じて水素発生量は増大し、約60分で、ロジウム単核アクア錯体(4)の17倍モル数の水素が発生した。すなわち、ロジウム単核アクア錯体(4)を触媒として用い、常温常圧の反応条件で、100当量のギ酸の存在下、水素発生が確認された。さらにその後、ロジウム単核アクア錯体(4)の約100倍モル量(100当量)の濃度となるようにギ酸を再度添加することを4回繰り返すと、図23に示す通り、最初のギ酸添加時とほぼ同様の触媒活性を維持して水素が効率的に発生した。このように、ロジウム単核アクア錯体(4)は、極めて低濃度(約1mol%)でギ酸分解用触媒として繰り返し利用することができた。
【0089】
また、本参考例(参考例2)において、水上置換法を用いて決定したギ酸添加開始時から10分間における平均の触媒回転効率(TOF)は、31h-1であった。さらに、参考例2においては、約6時間かけてギ酸を分解し、TON(ターンオーバー数、触媒1モル当たり分解したギ酸のモル数)は90を超えた。すなわち、6時間のギ酸分解における平均のTOF(1時間当たりの触媒回転数)は、15h-1を超えた。これらTOFおよびTONの数値はきわめて高く、用いたギ酸分解用触媒が高活性であることを示す。
【0090】
以上の通り、参考例1および2によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)硫酸塩([Cp*Rh(bpy)(OH2)]SO4)を触媒として用いることで、常温常圧の水中において、一切加熱を必要とせずにギ酸を分解し、効率の良い水素の発生(水素の製造)を行うことができた。このようなロジウム単核錯体を、本発明のギ酸分解用触媒として水素同位体ガス(D2およびHDの少なくとも一方)の製造に用いた場合も、後述のように高い収率および触媒回転数で水素同位体ガスを製造することができる。
【0091】
[錯体製造例2:ロジウム単核アクア錯体(4−1)の製造]
前記錯体製造例1の工程3において、2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)に代えて4,4’-メチル-2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)を用いたこと以外は、前記錯体製造例1と同様にして、下記化学式で表わされるロジウム単核アクア錯体(4−1)を合成(製造)した。前記1H-NMRの測定結果を示す。
【化16】
【0092】
1H NMR(300MHz, in D2O, reference to TSP inD2O, 298K): δ=1.69(s, 15H, η5-C5(CH3)5), 2.61(s, 6H, Me), 7.74(d, J=5.7 Hz, 2H, bpy), 8.29(s, 2H, bpy), 8.93ppm(d, J=6.0 Hz, 2H, bpy).
【0093】
[錯体製造例3:ロジウム単核アクア錯体(4−2)の製造]
前記錯体製造例1の工程3において、2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)に代えて6,6’-メチル-2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)を用いたこと以外は、前記錯体製造例1と同様にして、下記化学式で表わされるロジウム単核アクア錯体(4−2)を合成(製造)した。以下に、前記1H-NMRの測定結果を示す。併せて、別途NaOHを用いて測定し、取得したロジウム単核アクア錯体(4−2)のpH滴定曲線を図16に示す。
【化17】
【0094】
1H NMR(300MHz, D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ=1.49(s, 15H; η5-C5(CH3)5), 3.02(s, 6H, Me), 7.81(d, J=7.8Hz, 2H; bpy), 8.18(t, J=8.0Hz, 2H; bpy), 8.29ppm(d, J=8.1Hz, 2H; bpy).
【0095】
前述のロジウム単核アクア錯体(4)と同様に、ロジウム単核アクア錯体(4−2)によるギ酸の分解反応における中間錯体、 [RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+を、エレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(ESI-MS)により検出した。結果を図17に示す。m/z467.2でのピーク(図17a)が、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+に対応し、アイソトポマーの分布は、推定された同位体分布とよく一致した。ギ酸(HCOOH)を重水素化ギ酸(DCOOH)と置き換えると、ESIマスのピークは、[RhIII(Cp*){OC(O)D}(6,6’-Me2-bpy)]+のためにm/z468sss.2にシフトした(図17b)。つまり、HCOO-またはDCOO-から[RhIII(Cp*) (6,6’-Me2-bpy)(H2O)]2+へのヒドリドの移動により、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+または [RhIII(Cp*){OC(O)D}(6,6’-Me2-bpy)]+がそれぞれ生じる。また、 [RhIII(Cp*)(6,6’-Me2-bpy)(H2O)]2+をpH6.1で用いてギ酸(HCOOH)の分解を行った結果、20分後に測定された1H NMRスペクトルは、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+に対応するピークに加えて、δ=-7.1ppmで、[RhIII(Cp*)(H)(6,6’-Me2-bpy)]+に起因するヒドリドのピークを示した(図18)。
【0096】
次に、以下の通り、このロジウム単核アクア錯体(4)、(4−1)および(4−2)の硫酸塩を用いて、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方を製造した。
【0097】
[実施例1:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
2.8MのDCOOH/DCOONa溶液(0.74mL、2.1mmol)を前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(8.54mg、16.8μmol)の水溶液(1.66mL)に添加した。このときの水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を測定したところ、2.9であった。この水溶液を、暗下において、298K(25℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)と重水素化水素(HD)の28%:72%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、重水素化ギ酸に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)により重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、重水素化水素(HD)を高収率で選択的に製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0098】
[実施例2:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造およびTONの測定]
HCOOH/HCOONa溶液を0.87Mで用い、ロジウム単核アクア錯体(4)を7.0mMで用い、水溶液の初期pH(重水素化ギ酸分解反応が起こる前のpH)を3.6に調整した以外は実施例1と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)による重水素化ギ酸(DCOOH)の分解および水素同位体の製造を行い、併せて、HCOOH/HCOONa溶液添加後60分間の前記ロジウム単核アクア錯体(4)のTON(ターンオーバー数、触媒1モル当たり発生したH2およびHD各々のモル数)の測定を行った。結果を図19に示す。H2とHDの発生に関するTONは、時間に対して比例し、発生するH2とHDの比率は一定であり、中間錯体であるデューテライド錯体のH/D交換の速度に変化がないことが分かる。
【0099】
[実施例3:pH変化下における重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
水溶液の初期pH(重水素化ギ酸分解反応が起こる前のpH)を5.2に調整した以外は実施例1と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)による重水素化ギ酸(DCOOH)の分解および水素同位体の製造を行った。発生した気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)と重水素化水素(HD)の78%:22%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、重水素化ギ酸(DCOOH)に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)により重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、重水素化水素(HD)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0100】
[実施例4:pH変化下における重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩の水溶液に、26.5M重水素化ギ酸水溶液と、10.0M水酸化ナトリウム水溶液とを混合して初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)の異なる種々の水溶液(初期pH2.0以上)を調製したこと以外は、実施例1と同様にして重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、水素同位体を発生させた。併せて、前記10.0M水酸化ナトリウム水溶液に代えて1.0M硝酸水溶液を用い、初期pHの異なる種々の水溶液(初期pH2.0以下)を調製したこと以外は同様にして、水素同位体を発生させた。図20に、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での発生した水素(H2)と重水素化水素(HD)の比率を比較した結果を示す。同図において、横軸はpH(初期pH)を示し、縦軸は、発生した水素(H2)および水素同位体(HD)各々の比率を示す。図20に示す通り、GC分析により決定した水素および水素同位体の比率は、pH4.0を境に逆転し、pH4.0より低いpHでは、重水素化水素(HD)が選択的に発生し、pH4.0より高いpHでは、水素(H2)が選択的に発生することが確認された。
【0101】
[実施例5:pH変化下におけるギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4−1)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(8.54mg、16.8μmol)に代えてロジウム単核アクア錯体(4−1)硫酸塩(9.01mg、16.8μmol)を用いたこと以外は実施例4と同様にして、重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、水素同位体ガスを発生させた。図21に、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での発生した水素と水素同位体ガスの比率を比較した結果を示す。同図における横軸および縦軸は、図20におけるものと同じである。図21に示す通り、GC分析により決定した水素(H2)および重水素化水素(HD)の比率は、pH4.0を境に逆転し、pH4.0より低いpHでは、重水素化水素(HD)が選択的に発生し、pH4.0より高いpHでは、水素(H2)が選択的に発生することが確認された。また、試験したpH範囲中の最低pH(pH1.6)で、重水素化水素(HD)を、実施例4よりも高い選択性で製造することができた。但し、pH1.6の条件下では300.5K(27.5℃)で行った。
【0102】
[実施例6:pH変化下におけるギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(8.54mg、16.8μmol)に代えてロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩(9.01mg、16.8μmol)を用いたこと以外は実施例4と同様にして、重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、水素同位体ガスを発生させた。図22に、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での発生した水素(H2)と水素同位体ガスの比率を比較した結果を示す。同図における横軸および縦軸は、図20におけるものと同じである。図22に示す通り、ロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩を用いた場合、pH2.0でも水素(H2)の方が発生量が多かった。すなわち、ロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩では、重水素化水素(HD)の選択性は、錯体(4)および錯体(4−1)ほど高くはなかったが、重水素化水素(HD)を製造することができた。
【0103】
[実施例7:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による非重水素化ギ酸(HCOOH)の重水中での分解および水素同位体ガス(HDおよびD2)の製造]
2.8MのHCOOH溶液(0.74mL、2.1mmol)を前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(9.01mg、16.8μmol)の水溶液(1.66mL)に添加した。このときの水溶液の初期pD(ギ酸分解反応が起こる前のpD)を測定したところ、2.1であった。この水溶液を、暗下において、298K(25℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)、水素同位体(HD)および水素同位体(D2)の10%:72%:18%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の重水溶液中で、ギ酸(HCOOH)に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸(HCOOH)を分解し、水素(H2)、重水素化水素(HD)および重水素(D2)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0104】
[実施例8:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による非重水素化ギ酸(HCOOH)の重水中での分解および水素同位体ガス(HDおよびD2)の製造]
水溶液の初期pD(ギ酸分解反応が起こる前のpD)を2.9に調整した以外は実施例7と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸(HCOOH)の分解および水素同位体ガスの製造を行った。発生したガスをGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)、水素同位体(HD)および水素同位体(D2)の9%:51%:40%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の重水溶液中で、ギ酸(HCOOH)に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸(HCOOH)を分解し、水素(H2)、重水素化水素(HD)および重水素(D2)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0105】
[実施例9:pD変化下における非重水素化ギ酸(HCOOH)の重水中での分解および水素同位体ガス(HDおよびD2)の製造]
水溶液の初期pD(ギ酸分解反応が起こる前のpD)を5.2に調整した以外は実施例7と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸(HCOOH)の分解および水素同位体ガスの製造を行った。発生した気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)、水素同位体(HD)および水素同位体(D2)の3%:24%:73%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、重水素化ギ酸に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸を分解し、水素(H2)、重水素化水素(HD)および重水素(D2)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0106】
以上の通り、実施例1〜6によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)、(4−1)および(4−2)硫酸塩を触媒として用いることで、常温常圧の水中において、一切加熱を必要とせずに重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、効率よく重水素化水素(HD)を選択的に製造することができた。また、実施例7〜9によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)硫酸塩([Cp*Rh(bpy)(OH2)]SO4)を触媒として用いることで、常温常圧の重水中において、一切加熱を必要とせずにギ酸(HCOOH)を分解し、効率良く水素同位体ガス(HDおよびD2)の発生(水素同位体ガスの製造)を行うことができた。特に、実施例7では、重水素化水素(HD)を高収率で得ることができ、実施例9では、重水素(D2)を高収率で得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0107】
以上説明した通り、本発明によれば、安定で安全性の高いギ酸から、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、温和な条件で簡便に、適切なスピードで、安全かつ低コストで製造することができる。本発明の方法は、実験室レベルでの研究から工業規模の量産に至るまで、適切に対応できる。本発明は、例えば、燃料電池のメカニズムの研究や、有機化合物を含む各種化合物の合成、構造解析による水素位置の決定等において有用である。本発明によれば、有毒な副生成物なしに水素同位体ガスを得ることができ、また、従来の方法例と比較して、多大な省エネルギー効果が得られる。
【0108】
本発明のギ酸分解用触媒は、有機溶媒を用いずに、水のみを溶媒として用いて前記水素同位体ガスを発生させることができ、また、回転効率が良いため、環境への負荷抑制および省資源にも寄与し得る。本発明のギ酸分解用触媒は、単核金属錯体を用いるため、複核金属錯体と比較して貴金属使用量の低減が可能であり、低コストかつ高効率な水素同位体元素の製造を実現できる。本発明のギ酸分解用触媒の用途は上記に限定されず、例えば、水素同位体のガスの供給を必要とするあらゆる技術分野に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】図1は、ギ酸分解用触媒によるギ酸分解反応の反応機構を例示する図である。
【図2】図2は、ギ酸分解用触媒のヒドリド錯体のH/D交換の反応機構を例示する図である。
【図3】図3は、本発明による水素同位体ガスの発生の反応機構を例示する図である。
【図4】図4は、本発明による水素同位体ガスの発生の反応機構を例示する図である。
【図5】図5は、ギ酸分解用触媒によるギ酸分解反応における速度論的重水素同位体効果を例示するグラフである。
【図6】図6は、ギ酸分解用触媒によるギ酸分解反応における速度論的重水素同位体効果を例示するグラフである。
【図7】図7は、実施例で製造されたロジウム単核アクア錯体の化学構造を例示する図である。
【図8】図8は、ロジウムアクア錯体(4)合成中間体の1H-NMRスペクトル図である。
【図9】図9は、ロジウムアクア錯体(4)合成中間体の1H-NMRスペクトル図である。
【図10】図10は、ロジウムアクア錯体(4)の1H-NMRスペクトル図である。
【図11】図11は、ロジウム単核アクア錯体(4)のpH滴定曲線を例示するグラフである。
【図12】図12は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における中間錯体のESI-MSによる検出を例示する図である。
【図13】図13は、ロジウム単核ヒドリド錯体(4)のプロトン性を例示するUV/Visスペクトルを例示する図である。
【図14】図14は、ロジウム単核ヒドリド錯体(4)の還元により生成した[RhI(Cp*)(bpy)]のUV/Vis吸収スペクトルを例示する図である。
【図15】図15は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸分解反応効率の温度依存性を例示する図である。
【図16】図16は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)のpH滴定曲線を例示するグラフである。
【図17】図17は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)によるギ酸の分解反応における中間錯体のESI-MSによる検出結果を例示する図である。
【図18】図18は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)とギ酸の反応混合物の1HNMRスペクトルを例示する図である。
【図19】図19は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における、発生した水素(H2)および重水素化水素(HD)に関するTONを例示するグラフである。
【図20】図20は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における、反応溶液の初期pHを変えてギ酸分解反応を行った場合の水素同位体ガスの発生比率を例示するグラフである。
【図21】図21は、ロジウム単核アクア錯体(4−1)によるギ酸の分解反応における反応溶液の初期pHを変えてギ酸分解反応を行った場合の水素同位体ガスの発生比率を例示するグラフである。
【図22】図22は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)によるギ酸の分解反応における、反応溶液の初期pHを変えてギ酸分解反応を行った場合の水素同位体ガスの発生比率を例示するグラフである。
【図23】図23は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における、触媒を繰り返し利用した場合の水素発生量(TON)を例示するグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法およびこれに使用するギ酸分解用触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
水素(H2)は、各種物質の合成、還元、石油の水素化脱硫、水素化分解等、多様な用途に用いられ、産業上のあらゆる分野で必要とされている。水素(H2)は、酸化により水を生じ、有害物質を発生することがないため、例えば、燃料電池等におけるクリーンな次世代燃料供給源として近年注目されており、水素(H2)の供給、貯蔵および利用技術は、産業上非常に重要視されている。水素(H)には、DおよびTの2種類の同位体が存在し、水素(H)が重要視されるのに伴って、これら同位体への関心も高まっている。現在、重水素(D)および三重水素(T)は、例えば、核融合炉の燃料として使用されている。三重水素(T)が、その放射性により安全面で問題があるのに対し、重水素(D)は、放射性がなく安全で安定であり、特にその活用が期待されている。現在、重水素(D)は、例えば、薬物代謝研究や触媒の活性測定等の、化学反応や物質のメカニズム・構造分析等において、例えば、重水素標識化合物の形態で、トレーサー等として利用されている。また、単結晶X線回折を用いて水素を含む化合物の水素(H)位置を厳密に決定することは困難であるが、水素(H)を重水素(D)で置換する事により、単結晶中性子線回折を用いて重水素(D)の空間配置を精度良く決定できる。重水素(D)は、また、例えば、光通信プラスチックファイバーにおける水素置換剤、航空機用耐熱性潤滑油におけるフッ素置換剤としての有用性や、有機材料に対する抗菌性付与効果が確認されており、一般産業分野でも重要性が高まっている。さらに、前述の水素(H2)の重要性の高まりにより、例えば水素(H2)に関する技術開発や研究等において、重水素(D)の利用が今後一層増すことは、確実である。
【0003】
重水素(D)は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の分子の形態で安定に保存することができる。現在、重水素(D2)は、白金電極上で重水(D2O)を電気分解することで製造されている。また、重水素化水素(HD)は、重水素(D2)と水素(H2)を混合し、金属担持固体触媒を用いてH/D交換反応により重水素化水素(HD)、重水素(D2)および水素(H2)の混合ガスを得、この混合ガスから重水素化水素(HD)のみを深冷蒸留分離法等で分離することにより製造されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、重水素化水素(HD)を含む前記混合ガスから効率よく重水素化水素(HD)を濃縮および回収する方法が、開示されている。この方法は、高い重水素化水素(HD)選択性を有する吸着材を用いて、前記混合ガス中に含まれる重水素化水素(HD)を吸着させ、次いで、所定の低圧条件下で前記重水素化水素(HD)を奪着させて回収する方法である。
【特許文献1】特開2004−160294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のD2の製造方法は、危険を伴い、コストもかかる。また、従来のHDの製造方法では、平衡状態の前記混合ガスから重水素化水素(HD)を単離しなければならず、重水素化水素(HD)のみを高収率で得ることができないので、手間とコストがかかる。このため、重水素(D2)または重水素化水素(HD)を安全に、しかも簡便かつ効率的に製造できる方法が望まれる。
【0006】
そこで、本発明は、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方(以下、「水素同位体ガス」と称する場合がある)を、安全に、簡便かつ効率的に低コストで製造するための方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、前記課題を解決するために鋭意研究の結果、ギ酸の水溶液から下記式(1)で表わされるギ酸分解用触媒を用いて、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、温和な条件で安定して製造できることを見出した。より具体的には、本発明の製造方法は、
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法であって、
下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒とギ酸と水とを含み、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されているギ酸水溶液を準備する準備工程と、
前記ギ酸水溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程によりギ酸を分解するギ酸分解工程とを含み、
前記ギ酸分解工程において重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させる製造方法である。
【化7】
前記式(1)中、
Rhは、ロジウムの原子またはイオンであり、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、
置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、安定で安全性の高い物質であるギ酸から、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、温和な条件で安全に、簡便かつ効率的に、低コストで製造することができる。本発明の製造方法によれば、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、必要な時に必要な量だけ製造することができ、実験室レベルの製造から工業規模の量産に至るまで、十分に対応することができる。なお、本発明において、「重水素化」とは、ギ酸や水等の化合物における水素(H)のうち少なくとも一つが重水素(D)で置換されていることを意味する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に制限されない。
【0010】
[ロジウム単核金属錯体]
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体において、配位子Arは、特に限定されず、どのような配位子であっても良いが、例えば、2,2’-ビピリジン、2,2’,6,6’,-ビピリミジン、2,2’,5,5’-ビピラジン、1,10-フェナントロリン等が挙げられる。その他の置換基等も、特に制限されないが、例えば以下の通りである。
【0011】
前記式(1)中、R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基であることが好ましい。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基またはブチル基がより好ましい。R1〜R5は、全てメチル基であることが特に好ましい。その他、例えば、R1〜R5が全て水素原子であることも好ましい。
【0012】
前記式(1)中、Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、もしくはヒドリドイオンであるか、または存在しないことが好ましい。アルコキシドイオンとしては、特に制限されないが、炭素数1〜6の直鎖または分枝鎖状アルコールから誘導されるアルコキシドイオンが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、等から誘導されるアルコキシドイオンが挙げられる。
【0013】
なお、前記式(1)中の配位子Lは、その種類により、置換、脱離等が比較的容易な場合がある。一例として、前記配位子Lは、塩基性の水溶液中では水酸化物イオンとなり、中性、弱酸性あるいは強酸性の水溶液中では水分子となり、アルコール溶媒中ではアルコキシドイオンとなり、また、光や熱により脱離する場合があり得る。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0014】
前記式(1)中、mは、ロジウム原子またはイオンが有する電荷、および前記式(1)中の各配位子が有する電荷により決まるが、例えば0〜6であることが好ましく、0、1、2、3、4、または5であることがより好ましい。
【0015】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体は、下記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体であることが好ましい。
【化8】
前記式(2)中、
R6〜R13は、それぞれ独立に、水素原子もしくは任意の置換基であり、
または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
Q6〜Q13は、それぞれ独立に、CまたはN+であり、
または、同一のX(Xは、6〜13のいずれかの整数)を有するQXとRXのうち少なくとも一つが、一体となってNであっても良く、
Rh、R1〜R5、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【0016】
前記式(2)中、
R6〜R13が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、もしくはアルコキシ基であることがより好ましい。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基、またはブチル基がより好ましい。前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましい。または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良い。前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、メチル基、エチル基またはブチル基がより好ましい。前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましい。
【0017】
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方をより高収率で得る観点から、前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体であって、前記式(2)中、R6およびR13が、水素であるものがより好ましい。前記式(2)中、R6〜R13が全て水素原子であることがより好ましい。また、前記式(2)中、Q6〜Q13が全てC(炭素原子)であることがより好ましい。
【0018】
本発明のギ酸分解用触媒において、前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体であることがより好ましい。
【化9】
前記式(3)中、
Rh、Lおよびmは、前記式(2)と同じである。
【0019】
さらに、前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(4)〜(6)のいずれかで表されるロジウム単核金属錯体であることが特に好ましい。すなわち、前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体において、配位子Lが、水分子(ロジウム単核金属錯体(4))、もしくはヒドリドイオン(ロジウム単核金属錯体(5))であるか、または存在しない(ロジウム単核金属錯体(6))ことが好ましい。前記式(3)で表される錯体の配位子Lは、これらに限定されず、例えば、メトキシドイオン、または炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオンであることも好ましく、その他、前述の各配位子等であっても良い。
【化10】
【化11】
【化12】
【0020】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体のうち、前記式(3)以外に好ましいものとしては、例えば、下記表1および表2中の化合物番号(7)〜(25)で表されるロジウム単核金属錯体が挙げられる。化合物(7)〜(25)の個々の構造は、前記式(1)中におけるR1〜R5、M1、M2およびArの組み合わせで表している。また、前記式(2)で表すことができる化合物については、R6〜R13およびQ6〜Q13についても表している。ロジウム単核金属錯体(7)〜(25)において、配位子Lは前記式(1)または(2)と同じであり、特に限定されないが、例えば、水分子、水素原子、メトキシドイオン、水酸化物イオン、炭酸イオン、ギ酸イオン、もしくは硝酸イオンであるか、または存在しないことが好ましい。mは、ロジウムの原子またはイオンが有する電荷、および各配位子が有する電荷により決まるが、例えば、0〜5が好ましい。また、下記表1および表2中のロジウム単核複合錯体、その互変異性体および立体異性体、ならびにそれらの塩は、全て、当業者であれば、本明細書の記載および本発明の属する技術分野の常識に基づいて過度の試行錯誤をすることなく容易に製造可能である。
【表1】
【表2】
【0021】
なお、本発明のギ酸分解用触媒において、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、いずれも本発明のギ酸分解用触媒に使用可能である。例えば、鏡像体が存在する場合は、R体およびS体のいずれも使用可能である。さらに、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体またはその異性体の塩も本発明のギ酸分解用触媒に使用可能である。前記塩において、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体のカウンターイオンは、特に限定されないが、陰イオンとしては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF6-)、テトラフルオロほう酸イオン(BF4-)、水酸化物イオン(OH-)、酢酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ハロゲン化物イオン(例えばフッ化物イオン(F-)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、ヨウ化物イオン(I-)等)、次亜ハロゲン酸イオン(例えば次亜フッ素酸イオン、次亜塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン等)、亜ハロゲン酸イオン(例えば亜フッ素酸イオン、亜塩素酸イオン、亜臭素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン等)、ハロゲン酸イオン(例えばフッ素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、ヨウ素酸イオン等)、過ハロゲン酸イオン(例えば過フッ素酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン等)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(OSO2CF3-)、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートイオン[B(C6F5)4-]等が挙げられる。陽イオンとしては、特に限定されないが、リチウムイオン、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、ランタノイドイオン、等の各種金属イオン、水素イオン等が挙げられる。また、これらカウンターイオンは、一種類でも良いが、二種類以上が併存していても良い。
【0022】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられ、例えば、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基が好ましい。アルキル基から誘導される基や原子団(アルコキシ基等)についても同様である。アルコールおよびアルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、前記各アルキル基から誘導されるアルコールおよびアルキコキシドイオンが挙げられる。また、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。さらに、本発明において置換基等に異性体が存在する場合は、特に制限しない限り、どの異性体でも良い。例えば、単に「プロピル基」という場合はn-プロピル基およびイソプロピル基のどちらでも良い。単に「ブチル基」という場合は、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基のいずれでも良い。
【0023】
[ロジウム単核金属錯体の製造方法]
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(以下、単に「化合物(1)」という場合がある)の製造方法は特に限定されず、どのような方法により製造しても良い。化合物(1)は、例えば、公知の金属錯体の製造方法等を参考にして、適宜製造することができる。また、例えば、化合物(1)を市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。
【0024】
化合物(1)は、例えば、下記スキーム1にしたがって合成(製造)することができる。
【化13】
【0025】
前記スキーム1は、例えば、以下のようにして行うことができる。反応温度、反応時間、溶媒等の各種反応条件は、例示であって、これらに限定されず、適宜変更が可能である。
【0026】
(工程1)
前記スキーム1中、工程1は、例えば、Kenichi Fujita, Yoshinori Takahashi, Maki Owaki, Kazunari Yamamoto, and Ryohei Yamaguchi, Organic. Letters. 2004, 6, 2785-2788等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、アルコール溶媒(メタノール、エタノール等)にRhX3(化合物(101)、Xはハロゲン)を溶かし、溶液とする。RhX3は、例えば、水和物等であっても良い。濃度は特に制限されないが、例えば0.01〜10mol/L、好ましくは0.01〜5mol/L、より好ましくは0.1〜1mol/Lである。この溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下で、CpR(化合物(102)、構造は、スキーム1中に示したとおり)を加え、反応させて、目的の錯体[CpRRhX2]2(103)を得る。CpRの物質量(モル数)は特に制限されないが、RhX3の物質量(モル数)に対し、例えば1〜20倍、好ましくは1〜10倍、より好ましくは1〜5倍、である。反応温度は特に制限されないが、例えば30〜64℃、好ましくは50〜64℃、より好ましくは55〜62℃である。反応時間も特に制限されないが、例えば1〜30時間、好ましくは10〜24時間、より好ましくは15〜24時間である。反応終了後、得られた錯体(103)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま次の反応工程に用いても良い。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0027】
(工程2)
前記スキーム1中、前記工程2は、例えば、Andrew Nutton, Pamela M. Bailey, and Peter M. Maitlis. Journal of the Chemical Society, Dalton Transactions. 1981, 9, 1997-2002 や Moris S. Eisen, Ariel Haskel, Hong Chen, Marilyn M. Olmstead, David P. Smith, Marcos F. Maestre, and Richard H. Fish. Organometallics, 1995, 14, 2806-2812等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、銀塩(例えば、Ag2SO4等)の水溶液を調製する。濃度は特に制限されないが、例えば0.1〜28mmol/L、好ましくは1〜27mmol/L、より好ましくは10〜27mmol/Lである。この水溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下、前記工程1で製造した錯体[CpRRhX2]2(103)を加え、反応させて目的の錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)を得る。この反応は、例えば、暗下で行うことが好ましいが、これに限定されない。反応温度は特に制限されず、適宜設定可能である。反応時間も特に制限されないが、例えば0.5〜10時間、好ましくは0.5〜5時間、より好ましくは2〜5時間である。また、前記銀塩の物質量(モル数)は、特に制限されないが、錯体[CpRRhX2]2(103)の物質量(モル数)に対し、例えば1〜2倍、好ましくは1〜1.5倍、より好ましくは1〜1.05倍である。反応終了後、得られた錯体(104)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま次の反応工程に用いてもよい。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0028】
(工程3)
前記スキーム1中、前記工程3は、例えば、Seiji Ogo, Hideki Hayashi, Keiji Uehara, and Shunichi Fukuzumi, Applied Organometallic Chemistry, 2005, 19, 639-643 や H. Christine Lo, Carmen Leiva, Olivier Buriez, John B. Kerr, Marilyn M. Olmstead, and Richard H. Fish, Inorganic Chemistry, 2001, 40, 6705-6716等の文献を参考に、適宜反応条件を設定して行うことができる。具体的には、例えば以下のとおりである。すなわち、まず、Ar(前記化学式(1)中の配位子)の水溶液を調製する。濃度は特に制限されないが、例えば0.01〜0.4mol/L、好ましくは0.1〜0.4mol/L、より好ましくは0.1〜0.3mol/Lである。この水溶液に、不活性ガス(窒素、アルゴン等)雰囲気下、前記工程2で製造した錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)の塩(例えば、硫酸塩)を加え、反応させて目的のロジウム単核金属錯体(1A)を得る。この反応は、例えば、暗下で行うことが好ましいが、これに限定されない。反応温度は特に制限されず、適宜設定可能である。反応時間も特に制限されないが、例えば1〜30時間、好ましくは3〜25時間、より好ましくは5〜20時間である。また、前記Arの物質量(モル数)は、特に制限されないが、錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)の物質量(モル数)に対し、例えば1〜2倍、好ましくは1〜1.5倍、より好ましくは1〜1.05倍である。
【0029】
反応終了後、生成物(1A)は、必要に応じ単離、精製等をしても良いし、支障がなければ、単離、精製等をせずにそのまま用いてもよい。単離、精製等の方法も特に制限されず、定法にしたがって行うことが可能であり、例えば、エバポレーション、ろ過、洗浄、カラムクロマトグラフィー、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等の方法を、単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。また、このロジウム単核金属錯体(1A)は、前記ロジウム単核金属錯体(1)のうち配位子Lが水分子である錯体である。したがって、このロジウム単核金属錯体(1A)は、そのまま本発明に用いても良いし、必要に応じ、適宜配位子交換等をして用いても良い。配位子交換の方法も特に制限されず、適宜な方法で良い。
【0030】
以上のようにして、目的の化合物(1)(または(1A))を製造することができる。
【0031】
なお、錯体[CpRRh(OH2)3]2+(104)のカウンターイオンは特に限定されないが、例えば、ロジウム単核金属錯体(1)のカウンターイオンについて前述した具体例と同様である。他のイオン性物質のカウンターイオンについても同様である。また、前記工程1〜3の各工程において、反応溶媒は上記に限定されず、例えば水でも適宜な有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。ただし、水を反応溶媒とすることができる場合、例えば、反応物質(原料)がいずれも水に可溶な場合は、水を用いることが、経済性、反応の簡便性等の理由から特に好ましい。同様の理由から、メタノール、エタノール等のアルコール溶媒も、反応溶媒として好ましい。なお、前記有機溶媒としては特に限定されないが、反応物質(原料)の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。
【0032】
また、ロジウム単核金属錯体(1)のうち、例えば、前記化学式(4)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはその塩は、例えば、下記スキーム2にしたがって製造することができる。下記スキーム2は、反応物質を最終目的生成物(化合物(4))の構造に合わせて選択する以外は、前記スキーム1と同様に行うことができる。
【化14】
【0033】
[本発明のギ酸分解用触媒、水素同位体ガスの製造方法およびその利用]
本発明のギ酸分解用触媒は、前述の通り、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒である。例えば、前記化合物をそのまま本発明のギ酸分解用触媒として用いても良いし、他の成分を適宜添加して用いても良い。本発明のギ酸分解用触媒は、その作用により、ギ酸を分解して水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を発生させる。このため、本発明のギ酸分解用触媒は、前述のとおり、ギ酸および水の少なくとも一方が重水素化されたギ酸水溶液から水素同位体ガスを製造する本発明の製造方法に用いることができる。
【0034】
本発明のギ酸分解用触媒は、ギ酸の分解方法に使用することができる。前記ギ酸の分解方法は、例えば、前記本発明のギ酸分解用触媒とギ酸を含む溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程を含む。すなわち、例えば、前記化合物の溶液にギ酸を加え、そのまま静置するか、必要に応じ加熱または光照射すれば良い。加熱する場合、温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜40℃である。発生した水素を捕集する方法も特に限定されず、例えば、水上置換、上方置換等、公知の方法を適宜用いることができる。
【0035】
前記ギ酸の分解方法において、前記溶媒は特に限定されず、例えば水でも有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。化合物が水に可溶な場合は、水を用いることが簡便であることから好ましい。前記有機溶媒としては特に限定されないが、化合物の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。さらに、原料のギ酸は、例えば、溶液、塩等の形態であっても良い。
【0036】
従来のギ酸分解用触媒は、活性が低く、例えば、有機溶媒中、強酸性もしくは強塩基性水溶液中、またはそれらの混合液中で、かつ加熱条件下でなければ触媒として機能しないという問題があった。前記非特許文献8〜10に記載されたイリジウムとルテニウムを含む複核金属錯体は、高活性で、室温の水溶液中でもギ酸分解用触媒として機能するが、予備加熱が必要である。本発明のギ酸分解用触媒の活性は、特に制限されないが、従来のギ酸分解用触媒よりもさらに活性が高いことが好ましい。例えば、本発明のギ酸分解用触媒は、室温の水溶液中で、加熱を一切しなくても触媒として機能することが特に好ましい。ただし、本発明はこれに制限されない。例えば、本発明のギ酸分解用触媒が十分に高活性な場合であっても、さらに反応効率を向上させる等の目的で、前述のように適宜加熱したり、水に代えて有機溶媒を用いたり、または水と有機溶媒を併用したりしても良い。
【0037】
前記ギ酸の分解方法において、前記溶液中における前記ロジウム単核金属錯体(1)分子の濃度は特に限定されないが、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.005〜5mmol/Lである。前記ロジウム単核金属錯体(1)分子とギ酸分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば100:1〜1:1000、好ましくは10:1〜1:500、より好ましくは1:1〜1:500である。
【0038】
前記ロジウム単核金属錯体(1)を用いた本発明のギ酸分解用触媒は、水素(H2)の製造方法に使用することができる。前記水素(H2)の製造方法は、例えば、前記ギ酸の分解方法によりギ酸を分解し、水素(H2)を発生させる工程を含む。これにより、安全な物質であるギ酸を原料として、例えば室温における温和な条件で安定して水素を供給することも可能である。ギ酸水溶液のギ酸および水の一方が重水素化された水溶液を用いれば、本発明によりD2またはHDを製造する本発明の製造方法として実施することができる。また、ギ酸分解による水素(H2)発生の際は、副生成物として二酸化炭素(CO2)を生成する。したがって、本発明のギ酸の分解方法を、二酸化炭素(CO2)製造方法に利用することもできる。すなわち、この二酸化炭素(CO2)製造方法は、本発明のギ酸の分解方法によりギ酸を分解し、二酸化炭素(CO2)を発生させる工程を含む。なお、本発明の水素(H2)製造方法によれば、二酸化炭素(CO2)以外の副生成物を伴わず、有毒な副生成物なしに水素を得ることも可能である。
【0039】
次に、本発明の製造方法についてさらに具体的に説明する。
本発明の製造方法は、前述のとおり、ギ酸分解用触媒、ギ酸および水を含む反応溶液をそのまま静置する工程、前記反応溶液を加熱する工程、および前記反応溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの反応工程を含み、前期化合物が、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、かつ、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されていることを特徴とする。本発明の製造方法では、前記化合物による前記ギ酸の分解反応に、前記反応溶液中の前記ギ酸および前記水の少なくとも一方の重水素化物が重水素供給源として関与する結果、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方が発生する。
【0040】
本発明の製造方法の一例として、前記製造方法により重水素(D2)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、水がD2Oである製造方法をあげることができる。前記製造方法において、得られるH2、HDおよびD2の全物質量(mol)中におけるD2の割合は、特に制限されないが、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは70mol%以上、いっそう好ましくは80mol%以上、特に好ましくは90mol%以上である。前記D2の割合の上限値は特に制限されないが、理想的には100mol%である。
【0041】
本発明の製造方法の別の例として、前記製造方法により重水素化水素(HD)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、ギ酸および水の一方が重水素化されており、pHまたはpDが4.0以下である製造方法をあげることができる。前記pHまたはpDは、好ましくは3.0以下であり、より好ましくは2.5以下であり、さらに好ましくは2.2以下であり、特に好ましくは2.0以下である。前記pHまたはpDの下限値は特に制限されないが、例えば-1.0以上である。前記製造方法において、得られるH2、HDおよびD2の全物質量(mol)中におけるHDの割合は、特に制限されないが、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは70mol%以上、いっそう好ましくは80mol%以上、特に好ましくは90mol%以上である。前記HDの割合の上限値は特に制限されないが、理想的には100mol%である。
【0042】
本発明の製造方法による水素同位体ガスの発生の機構は、例えば以下のように考えられる。ただし、これらは、推測可能な機構の一例であって、本発明を何ら限定しない。
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体をギ酸分解用触媒として、図1に示すように、水溶液中で、アクア錯体として存在する前記錯体がギ酸アニオンと反応して、前記化合物のギ酸錯体が生成し、二酸化炭素の脱離を経てヒドリド錯体となり、次いで、ヒドリド錯体が水溶液中のプロトンと反応して水素(H2)が発生する。これに対し、図2に示すように、重水素化されたギ酸(DCOOH)を使用した場合は、前記ギ酸錯体から二酸化炭素の脱離を経たデューテライド錯体が、反応溶液中のプロトンとH/D交換を行ってヒドリド錯体を生じる過程が、新たに生じると考えられる。
【0043】
図3に、本発明においての推測される反応機構の一例を示す。重水素化ギ酸(DCOOH)を用いた場合、同図に示すように、前記デューテライド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応することにより、重水素化水素(HD)が発生する。この場合、同時に、前記デューテライド錯体の前記H/D交換反応も進行するので、生じたヒドリド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応して、水素(H2)も発生する。ここで、前記水溶液に重水(D2O)を含めた場合、前記ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)とも反応することにより、さらに重水素化水素(HD)を発生させることができる。ギ酸としてギ酸(HCOOH)を用い、水溶液が重水(D2O)を含む場合、図4に示すように、ギ酸錯体から二酸化炭素の脱離を経たヒドリド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応することにより、重水素化水素(HD)が発生する。この場合、同時に、前記ヒドリド錯体が、前記反応溶液中のデュウテロン(D+)とH/D交換を行ってデューテライド錯体を生じるので、前記デューテライド錯体が、反応溶液中デュウテロン(D+)と反応して、重水素(D2)も発生する。
【0044】
本発明の製造方法における前記反応工程は、例えば、前記化合物を前記水に溶かして水溶液とし、次いで前記水溶液に前記ギ酸を添加する等して、事前に、前記反応溶液を調製後、そのまま静置するか、必要に応じ加熱または光照射することで、行うことができる。前記反応溶液のギ酸分解反応が起こる前のpHまたはpD(初期pHまたはpD)は、例えば、1.5〜8.5の範囲であり、この範囲で確実に水素同位体ガスを発生させることができる。前記初期pHまたはpDを調節することで、発生する重水素化水素(HD)および重水素(D2)の各々の発生量を調節できる。重水素化水素(HD)の発生量を選択的に製造するためには、例えば、前記ギ酸として重水素化ギ酸(DCOOH)を使用し、前記初期pHまたはpDを、1.5〜4.0の範囲とすることが好ましく、1.5〜3.0の範囲とすることがより好ましく、1.5〜2.0の範囲とすることがいっそう好ましい。重水素(D2)および重水化水素(HD)の両方を収率よく得るためには、重水(D2O)を使用し、前記初期pHまたはpDを、1.5〜4.0の範囲とすることが好ましく、1.5〜3.0の範囲とすることがより好ましく、1.5〜2.0の範囲とすることがいっそう好ましい。重水素(D2)の発生量を増すためには、重水(D2O)を使用し、前記初期pHまたはpDを、4.0〜8.5の範囲とすることが好ましく、5.0〜8.0の範囲とすることがより好ましく、6.0〜7.0の範囲とすることがいっそう好ましい。初期pHまたはpDの調節は、公知のpH調整剤、例えば、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基性物質、塩酸、硫酸、硝酸等の酸性物質を用いて行うことができる。
【0045】
本発明の製造方法による同位体ガスの発生における前記初期pHまたはpDの影響については、例えば以下のように考えられる。ただし、これも推測可能な反応機構の一例であって、本発明を何ら限定しない。
発明者等は、先に、ギ酸分解反応の反応速度に与える初期pHの影響について、ESI-MSおよび紫外可視吸収スペクトルを用いたギ酸分解反応の分析を行った結果、図1に示すギ酸分解反応において、高pH条件下では、ヒドリド錯体とプロトン(H+)の反応が律速過程となるのに対し、低pH条件下では、ギ酸錯体からヒドリド錯体となる過程が律速過程となるとの知見を得た。次いで、本発明をなす過程で、発明者らは、ギ酸(HCOOH)と重水素化ギ酸(DCOOH)をそれぞれ用い、水溶液のpHを変化させて、ギ酸分解反応を分析した結果、図5および図6に示すように、水溶液のpHが低い場合(図5)よりも高い場合の方(図6)が、速度論的重水素同位体効果の値が大幅に小さくなることを認めた。図5および6中、上の線がギ酸(HCOOH)を用いた場合であり、下の線が重水素化ギ酸(DCOOH)を用いた場合である。これは、先の知見により、反応溶液のpHが低い場合は、ギ酸錯体からヒドリド錯体となる過程が律速過程となっているのに対し、反応溶液のpHが高い場合は、ヒドリド錯体が水溶液中のプロトンと反応して水素(H2)を発生させる過程が律速となっているためとの説明がつく。
【0046】
これら知見に基づき、本発明の製造方法によるガス発生に与える前記水溶液のpHまたはpDの影響は、次のように説明できる。例えば、図3を参照して、ギ酸として重水素化ギ酸(DCOOH)を用いた場合、低pHまたはpD条件下では、ギ酸錯体からデューテライド錯体となる過程が律速過程となるため、デューテライド錯体が反応溶液中のプロトン(H+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する反応が速やかに進行し、重水素化水素(HD)を高収率で発生させることができるのに対し、高pHまたはpD条件下では、前記デューテライド錯体が水溶液中のプロトン(H+)と反応して水素(H2)を発生させる過程が律速過程となるため、前記デューテライド錯体が、反応溶液中のプロトン(H+)と反応して重水素化水素(HD)を生成するよりも、前記デューテライド錯体がH/D変換する速度の方が速く進行し、水素(H2)の発生量が増し、重水素化水素(HD)の発生量が低下する。ギ酸として非重水素化ギ酸(HCOOH)を用い、水として重水(D2O)を用いた場合、図4を参照して、低pHまたはpD条件下では、ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する速度の方が、前記ヒドリド錯体のH/D交換反応よりも速く進行し、重水素(D2)よりも重水素化水素(HD)の発生量が多くなるのに対し、高pHまたはpD条件下では、前記ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する速度よりも、前記ヒドリド錯体のH/D変換反応の方が速く進行し、重水素(D2)の発生量が増し、重水素化水素(HD)の発生量が低下する。
【0047】
本発明の製造方法において、前記反応溶液を加熱する場合、温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜40℃である。発生した重水素(D2)および重水素化水素(HD)を捕集する方法も特に限定されず、例えば、水上置換、上方置換等、公知の方法を適宜用いることができる。水素(H2)、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも2種類の混合ガスから重水素(D2)および重水素化水素(HD)それぞれを得る方法も特に限定されず、例えば、カラム分離法を適宜用いることができる。このように、本発明の製造方法は、温和な条件で非常に簡便に安定して水素同位体ガスを発生させることができる。
【0048】
本発明の製造方法で使用するギ酸分解用触媒は、前述のとおり、前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含む。前記化合物は、前述のとおり、ギ酸と反応して水素を発生させる触媒であり、前記化合物に重水素化ギ酸(DCOOH)を水中で添加すると、前記デューテライド錯体が、反応溶液中のプロトンと反応して重水素化水素(HD)を発生する過程により、重水素化水素(HD)を選択的に発生させることができる。また、特に、反応液中に重水(D2O)が含まれる場合、前記ヒドリド錯体が反応溶液中のデュウテロン(D+)と反応して重水素化水素(HD)を発生する反応が生じ、重水素化水素(HD)の発生量を増すことができる。一方、前記化合物にギ酸(HCOOH)を重水(D2O)中で添加すると、ギ酸錯体から二酸化炭素の脱離を経たヒドリド錯体と反応溶液中のデュウテロン(D+)の反応により重水素化水素(HD)を発生させることができ、併せて、前記ヒドリド錯体のH/D交換により、デューテライド錯体が生じ、前記デューテライド錯体の反応溶液中のデュウテロン(D+)との反応により、重水素(D2)も発生させることができる。本発明のギ酸分解用触媒の製造方法、好ましい化学構造式、好ましい配位子、および使用条件等は、前述のとおりである。なお、特に、前記式(2)中、R6およびR13が、水素であるロジウム単核金属錯体を用いると、より高収率で重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を得ることができるが、前記化合物は、これに限定されない。
【0049】
本発明の製造方法による水素同位体ガスの発生における配位子の立体構造の影響については、例えば以下のように考えられる。ただし、これも推測可能な反応機構の一例であって、本発明を何ら限定しない。
発明者等は、立体構造の異なる配位子を持つ3種類のヒドリド錯体について、それぞれのガス発生速度の違いの理由をDFT計算結果を基に考察した。結果、前記H/D交換反応は、まず前記デューテライ錯体が脱プロトン化してI価錯体となり、これがその近傍の水分子によりプロトン化されることで、ヒドリド錯体になると推測し、前記デューテライド錯体において、脱プロトン化およびプロトン化反応が起こりやすい空間がある場合に、前記H/D交換反応が起こりやすくなるという知見を得た。よって、例えば、配位子におけるR6およびR13が水素原子である前記化合物を用いた場合、前記デューテライド錯体において、前記脱プロトン化およびプロトン化反応のための空間が十分確保できるので、高い水素同位体ガスの発生収率を得ることができる。
【0050】
本発明の製造方法において、前記化合物の濃度は特に限定されないが、特に、前記反応溶液中における前記ロジウム単核金属錯体(1)分子の濃度は、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.005〜5mmol/Lである。前記ロジウム単核金属錯体(1)分子とギ酸分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば100:1〜1:1000、好ましくは10:1〜1:500、より好ましくは1:1〜1:500である。
【0051】
本発明の製造方法で使用される前記ギ酸および前記水は、少なくとも一方が重水素(D)の供給源となるため、少なくとも一方が重水素化されている必要がある。なお、本発明において、重水素化されたギ酸とは、ギ酸分子内におけるホルミル基部分(HCO-)の水素(H)が重水素(D)で置換された構造のギ酸をいう。カルボキシ基部分(-COOH)の水素は、軽水素(H)でも、重水素(D)で置換された構造でも良い。重水素化された水とは、D2OでもHDOでも良いが、D2Oが、価格、利便性等の観点から好ましい。前述のとおり、重水素化されたギ酸(DCOOH)と水(H2O)を使用した場合、特に重水素化水素(HD)を選択的に発生させることができる。非重水素化ギ酸(HCOOH)と重水(D2O)を使用した場合は、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の両方を発生させることができる。前記ギ酸(HCOOH)は、公知のギ酸製造方法等を参考にして、適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。重水素化されたギ酸(DCOOH)は、例えば、非重水素化ギ酸(HCOOH)から重水(D2O)の存在下に塩基または酸触媒を用いるなど、公知の重水素化法等を参考にして、適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。前記重水(D2O)は、水(H2O)を濃縮して適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。
【0052】
前記反応溶液は、水素同位体ガスの発生効率を損なわない限り、前記ギ酸分解用触媒、前記ギ酸および前記水以外の他の添加物を含んでもよいが、本発明の前記製造方法では、このような他の添加剤を用いなくても、水素同位体ガスを高収量で発生させることができ、操作の安全および簡便の観点から、前記反応溶液は、特に、有機溶剤を含まないことが好ましい。
【0053】
なお、本発明のギ酸分解用触媒は、例えば、以下に説明するような、ギ酸製造および分解用装置に好適に用いることができる。このようなギ酸製造および分解用装置は、例えば、ギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させるギ酸分解部と、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)からギ酸を製造するギ酸製造部とを含み、前記ギ酸分解部は、本発明のギ酸分解用触媒を含み、前記ギ酸製造部は、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造するギ酸製造用触媒を含む。この場合において、例えば、水がD2Oであるギ酸水溶液を用いれば、本発明の製造方法により、D2またはHDの少なくとも一方を繰り返し発生させることができる。すなわち、発生する前記水素(H2)の少なくとも一部が、D2またはHDの少なくとも一方(水素同位体ガス)となる。この装置の具体的な構造は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部をさらに備えていても良い。また、例えば、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部をさらに備えていても良い。これによれば、ギ酸分解による副生成物の二酸化炭素から再度ギ酸を製造し、二酸化炭素(CO2)を大気中に放出させることなく循環的に利用することができる。本発明のギ酸分解用触媒は、また、水素貯蔵および発生方法に使用することができる。前記水素貯蔵および発生方法は、例えば、ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する水素貯蔵工程と、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる水素発生工程を含む。前記水素貯蔵工程および前記水素発生工程の順序は特に限定されず、どちらが先でも良いし、また、各工程を1回ずつ終えた後に、再び最初の工程に戻っても良い。このように水素貯蔵および発生方法を使用するための装置は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸製造および分解用装置を用いて行うことができる。
【0054】
前記水素貯蔵および発生方法は、例えば以下のようにして行うことができる。すなわち、まず、前記本発明のギ酸製造および分解用装置を準備する。この装置は、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部、および、前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部を備える。次に、前記水素供給部から前記ギ酸製造部に水素を供給するとともに、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給する。そして、前記ギ酸製造部において、前記ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する。このギ酸は、任意の期間貯蔵した後に用いることができるが、必要であれば直ちに用いても良い。そして、前記ギ酸を、前記ギ酸供給部を介して前記ギ酸分解部に供給し、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる。この水素は、必要に応じ、例えば燃料電池等の任意の用途に利用することができる。そして、副生成物の二酸化炭素は、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給し、再びギ酸製造に利用する。前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部は、特に限定されないが、例えば、公知の水素ボンベ等を備えていても良い。本発明の水素貯蔵および発生方法あるいは本発明のギ酸製造および分解用装置を用いれば、ギ酸やギ酸塩として水素を貯蔵および運搬し、必要なときに必要なだけ必要な場所で安全に用いることができる。これによれば、水素ボンベ等を運搬し、必要なときに前記水素ボンベ等から直接水素を供給するよりも、安全性等の点で有利である。
【0055】
前記水素貯蔵および発生方法あるいは前記ギ酸製造および分解用装置に用いるギ酸製造用触媒は、特に限定されないが、例えば、本発明者らの発明による、下記文献(a)〜(c)に記載されたギ酸製造用触媒が好ましい。このギ酸製造用触媒は、下記式(109)または(110)で表される。下記式(109)中、X1は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X1がH2OのときはQは3であり、X1がHのときはQは2である。R100およびR200は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。下記式(110)中、X2は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X2がH2OのときはTは2であり、X2がHのときはTは1である。R300およびR400は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。ただし、下記式(109)および(110)において、X1、X2、R100、R200、R300およびR400は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、R100、R200、R300またはR400は、他のアルコキシ基またはアルキル基等であっても良い。また、式(109)におけるペンタメチルシクロペンタジエニル基あるいは式(110)におけるヘキサメチルベンゼン基において、各メチル基は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、それぞれ独立に、他のアルキル基、アルコキシ基、水素原子等であっても良い。下記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒は、それまでのギ酸製造用触媒と異なり、酸性条件下で高い活性を示すことが特徴である。これにより、製造したギ酸を、塩でなく遊離酸の形で利用できるため、操作の簡便性等の観点から好ましい。また、下記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法も特に限定されないが、当業者であれば、本願明細書の記載および技術常識に基づいて容易に製造可能である。下記式(109)および(110)は、例えば、本発明のギ酸分解用触媒の製造方法に準じて製造しても良い。すなわち、例えば、下記式(109)のうち、アクア錯体は、[Cp*Ir(OH2)3]2+(Cp*はペンタメチルシクロペンタジエニル基)水溶液に、ビピリジン配位子を混合する方法で合成可能であり、ヒドリド錯体は、アクア錯体にギ酸またはH2を加えて生成させることができる。これらの製造方法は、下記文献(a)〜(c)等に詳細に記載されている。
【化15】
(a) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,and Shunichi Fukuzumi,Chem. Commun. 2004, 2714−2715
(b) Seiji Ogo,Ryota Kabe,Hideki Hayashi,Ryosuke Harada and Shunichi Fukuzumi,Dalton Trans. 2006, 4657-4663
(c) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,Tsutomu Abura,and Shunichi Fukuzumi,Journal of American Chemical Society, 2003, 125, 14266-14267
【0056】
前記式(109)または(110)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法の例示として、前記文献(b)に記載の方法を以下に記す。
【0057】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(110)において、X2がH2O(水分子)、R300およびR400がメトキシ基、T=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(105mg, 0.486mmol)を、[(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4(200mg, 0.484mmol)の水溶液(20cm3)に加える。この溶液を室温で24時間撹拌し、淡褐色の溶液を得る。微量の不純物を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして、目的物の[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率98%)。以下に、[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0058】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4:1H NMR(300 MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm) 2.12(s, η6-C6(CH3)6, 18H), 4.08(s, OCH3, 6H), 7.42(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.86(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.91(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0059】
また、この硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(64.7mg, 0.10mmol)の水溶液(5cm3)にNaPF6(168mg,1.00mmol)の水溶液(1cm3)を加えると、橙色粉末状のヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2が析出する。この粉末をメタノールで再結晶してヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2の結晶を得る。以下に、このヘキサフルオロリン酸塩の元素分析値を示す。
【0060】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2:元素分析: [(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2・H2O:C24H34N2F12O4P2Ru:理論値:C,35.79; H,4.25; N,3.48%. 観測値: C,35.85; H,4.31; N,3.44%.
【0061】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(109)において、X1がH2O(水分子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(324mg, 1.50mmol)を、[Cp*IrIII(OH2)3]SO4(717mg, 1.50mmol)の水溶液(25cm3)に加える。この溶液を室温で12時間撹拌し、黄色溶液を得る。微量の沈殿を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして目的物の[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率96%)。以下に、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0062】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4:1H NMR(300MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm): 1.67(s, η5-C5(CH3)5, 15H), 4.11(s, OCH3, 6H), 7.40(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.97(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.89(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0063】
また、この硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の水溶液(1cm3)にトリフルオロメタンスルホン酸ナトリウムNaOTf(172mg, 1.5mmol)の水溶液(0.5cm3)を加えると、黄色
粉末状のトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2が析出する。この粉末を水で再結晶してトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の単結晶を得る。以下に、トリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の元素分析値を示す。
【0064】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2:
元素分析: [Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2:C24H29N2F6O9S2Ir:理論値: C,33.53; H,3.40; N,3.26%. 観測値: C,33.47; H,3.36; N,3.37%.
【0065】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+(前記式(109)において、X1が水素原子(ヒドリド配位子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=1のギ酸製造用触媒)のヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(13.1mg, 20.0μmol)のクエン酸緩衝溶液(pH3.0, 20cm3, 淡黄色)にH2を吹き込みながら加圧条件(5.5MPa)に保つ。この条件下、40℃で12時間反応させ、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液を得る。
【0066】
前記[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液(pH3.0水溶液)にNaPF6(16.7mg, 0.1mmol)を加えると、空気中で安定なヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6が、黄色粉末として析出する。これを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4に基づいて計算した収率77%)。以下に、ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6の機器分析値を示す。
【0067】
ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6:
1H NMR(300MHz, DMSO-d6, 25℃)δ(TMS, ppm): -11.25(s, Ir-H, 1H), 1.79(s,η5-C5(CH3)5, 15H), 4.06(s, OCH3, 6H), 7.33(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 8.33(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.65(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).ESI-MS (in H2O), m/z 545.2 {[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+; m/z 100-2000の範囲における相対強度(I)=100%}.FT-IR(KBr, cm-1) 2030(Ir-H).
【0068】
さらに、前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法も特に限定されない。例えば、これら触媒を適宜な溶媒に溶解させ、その溶液中に水素および二酸化炭素を供給して触媒反応させ、ギ酸を製造することができる。したがって、例えば、適切な容器に前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の溶液を充填することで、本発明のギ酸製造および分解用装置におけるギ酸製造部を構築することもできる。前記溶媒は特に限定されず、例えば水または有機溶媒を用いることが可能であり、単独でも混合溶媒でも良い。前記溶媒は、前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の溶解度、反応の簡便性、水素および二酸化炭素の反応性等の観点から、水が特に好ましい。前記触媒反応における反応温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、特に好ましくは20〜60℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば1〜80分、好ましくは2〜30分、特に好ましくは2〜10分である。反応系における水素(H2)の内圧は、特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。二酸化炭素(CO2)の内圧も特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法については、前記文献(a)〜(c)等に詳しく記載されているが、当業者であれば、本明細書の記載および技術常識から容易に実施可能である。
【0069】
前記式(109)および(110)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法の一例として、前記文献(b)に記載されている、酸性水溶液中におけるCO2の触媒的水素化方法を記す。すなわち、まず、反応容器(耐圧容器)として、Parr社のBenchTop Micro Reactor(商品名、シリンダー容積50cm3)を準備する。この反応容器の材質は、Hastelloy(Haynes International, Inc. の登録商標)と呼ばれる合金である。つぎに、前記式(109)または(110)で表されるギ酸製造用触媒(20.0μmol)を、pH3.0のクエン酸緩衝液(20cm3)に溶かし、前記耐圧容器中に封入する。そして、前記溶液を40℃に加熱し、CO2およびH2を適宜吹き込んで加圧し、適切な時間反応させる。容器内圧を常圧に戻した後、前記溶液を氷浴で手早く冷やす。ギ酸HCOOHの生成は、例えば、D2O中においてTSP(重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム、(CH3)3Si(CD2)2CO2Na)を内部標準とした1H NMR測定により確認することができる。
【実施例】
【0070】
以下、本発明の実施例について説明する。しかし、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。
【0071】
[測定条件等]
下記実施例において、反応の追跡は1H-NMR、13C-NMR、FAB-MSおよびGCにより行った。全ての化学物質は試薬級である。市場入手可能な試薬は、最高の純度の試薬であり、特記しない限り、さらに精製することなく使用した:トリクロロロジウムRhCl3の3水和物(田中貴金属工業株式会社)、ペンタメチルシクロペンタジエン(関東化学株式会社)、2,2’-ビピリミジン(和光純薬工業株式会社)、ギ酸(和光純薬工業株式会社)、水酸化ナトリウム(和光純薬工業株式会社)、ナトリウムデューテロキシドのD2O溶液(40wt% NaOD、99.5% D; Aldrich Chemical Co.)、D2O(99.9% D)、DCOOH(>99.5%、98% D)、DCOOD(>99.5%、98% D; Cambridge Isotope Laboratories)、H2ガス(99.99%)、スタンダードガス(H2 1.07%、CO2 1.07%、CO 1.06%、N2 96.8%、GL Sciences Co., Ltd.)、D2ガス(99.5%; Sumitomo Seika Chemicals Co., Ltd.)およびHDガス(HD 97%、H2 1.8%、D2 1.2%; Isotec Inc.)。水の生成(18.2mΩcm)は、Milli-Qシステム(Millipore; Milli-Q Jr およびDirect-Q 3 UV)を用いて行った。1H-NMR測定は、Varian社の機器 核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、1H-NMR測定時599.9MHz)及び、日本電子(JEOL)社製の器(商品名JNM-AL300、1H-NMR測定時300.4MHz)を用いた。D2O中での1H NMR試験は、デューテーリウムロック用にD2O中に溶解された[2,2’,3,3’-D4]-3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム塩(TSP;100mM、δ=0.00ppmで設定されたメチルプロトン共鳴を用いる対照として)を含む密封キャピラリーチューブ(直径:1.5mm)を用いて、NMRチューブ(直径:5.0mm)中でD2O中にサンプルを溶解することにより行った。エレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(ESI-MS)データは、イオンスプレーインターフェースを備えたポジティブ検出モードのAPI 150EX四重極型マススペクトロメーター(PE-Sciex)を用いて取得した。スプレイヤーを+5.0kBのポテンシャルで保持し、圧縮N2を用いて液体の噴霧をアシストした。オリフィスポテンシャルをHewlett Packard 8453ダイオードアレイスペクトロメーターを用い、水晶キュベット(路長:1mmまたは1cm)を298Kで用いて記録した。
【0072】
pHまたはpDの調整は次のように行った。0.9から11.9のpH範囲で、溶液のpH値を、pHコンビネーション電極(TOA、GST-5725C)を備えたpHメーター(TOA、HM-20J)により測定した。溶液のpHは、1.00MのHNO3/H2Oおよび1.00-10.0M NaOH/H2Oをバッファーなしで用いて調整した。pDの値は、観察された値に0.4を加算することにより修正した(pD=pHメーター記録値+0.4)。
【0073】
13C-NMR測定は、Varian社の機器核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、13C-NMR測定時599.9MHz)を用いた。ケミカルシフトは百万分率(ppm)で表している。内部標準0ppmには、テトラメチルシラン(TMS)及び、重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム(TSP-d4)を用いた。結合定数(J)は、ヘルツで示しており、略号s、d、t、q、mおよびbrは、それぞれ、一重線(singlet)、二重線(doublet)、三重線(triplet)、四重線(quartet)、多重線(multiplet)および広幅線(broad)を表す。FAB-MSデータは、日本電子(JEOL)社製の機器(商品名JMS-DX300)を用いて測定した。GC分析には、水素同位体ガス分離カラム(Hydro Isopack (2.0 m, 4.0 mm i.d., GTR TEC Co., Ltd.)を備えた島津製作所のガスクロマトグラフ(商品名GC-8A)を用いた。
【0074】
図7に示すロジウム単核アクア錯体1〜10を製造し、あるいは系中における生成を確認した。以下に、これらロジウム単核アクア錯体の具体的な製造方法を、図7に示すロジウム単核アクア錯体1の製造例を用いて説明する。なお、下記に示すロジウム単核アクア錯体(4)は、図7に示すロジウム単核アクア錯体1に対応し、ロジウム単核アクア錯体(4−1)は、図7に示すロジウム単核アクア錯体10に対応し、ロジウム単核アクア錯体(4−2)は、図7に示す錯体6に対応する。
【0075】
[錯体製造例1:ロジウム単核アクア錯体(4)の製造]
前記スキーム2に従って、ロジウム単核アクア錯体(4)を合成(製造)した。詳細は、以下の通りである。
【0076】
(工程1:[Cp*RhCl2]2(錯体(107))製造)
まず、メタノール(13mL)に、市販試薬であるトリクロロロジウムRhCl3の3水和物(0.510g、1.95mmol)を加えて溶液とした。これに、アルゴン雰囲気下で、ペンタメチルシクロペンタジエン(0.5mL)を添加した。そして、そのままアルゴン雰囲気下で攪拌しながら加熱し、21時間還流させた。攪拌後、室温になるまで放冷した。生じた沈殿物を、ガラスフィルター(G4)でろ別し、エーテルで洗浄して、目的の錯体(107)すなわち[Cp*RhCl2]2(0.430g、収率72.5%)を得た。生成物が目的化合物(107)であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。なお、図8に、本工程の生成物(錯体(107))の1H-NMRスペクトル図を記す。同図の測定は、重クロロホルム(CDCl3)中で行い、基準物質は、TMSを用いた。
【0077】
(工程2:[Cp*Rh(OH2)3]2+(錯体(108))の硫酸(SO42-)塩の製造)
Ag2SO4(0.450g、1.50mmol)を、水(54mL)に溶かし、水溶液とした。この水溶液に、アルゴン雰囲気下で、前記工程1において製造した錯体(107)すなわち[Cp*RhCl2]2(0.415g、1.04mmol)を添加し、暗下において、室温(25℃)で4.5時間攪拌した。攪拌後、沈殿物(AgCl)をガラスフィルター(G4)でろ別し、ろ液をメンブランフィルター(ADVANTEC社、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製)を通してさらにろ過し、このろ液から、エバポレーションにより水分を除去した。得られた残渣を水に溶かし、Sephadex G-10(Pharmacia社の商品名)カラムを通過させる逆相クロマトグラフィーにより精製した。前記Sephadexカラムを通過した液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた固形物を、減圧下、25℃で10時間乾燥させて、目的とする錯体(108)すなわち[Cp*Rh(OH2)3]2+の硫酸(SO42-)塩(0.455g、収率87.6%)を得た。生成物が目的化合物(108)の硫酸塩であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。なお、図9に、本工程の生成物(錯体(108)硫酸塩)の1H-NMRスペクトル図を記す。同図の測定は、重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)中で行い、基準物質は、TMSを用いた。
【0078】
(工程3:[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+(ロジウム単核アクア錯体(4))の硫酸(SO42-)塩の製造)
2,2’-ビピリジン(0.12g、0.77mmol)を水(7.5mL)に加えて水溶液とした。この水溶液に、アルゴン雰囲気下で、前記工程2において製造した錯体(108)[Cp*Rh(OH2)3]2+の硫酸(SO42-)塩(0.29g、0.75mmol)を添加し、暗下において、室温(25℃)で16時間攪拌した。攪拌後、この反応液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた残渣を水に溶かし、Sephadex G-10(Pharmacia社の商品名)カラムを通過させる逆相クロマトグラフィーにより精製した。前記Sephadexカラムを通過した液からエバポレーションにより水分を除去した。得られた固形物を、減圧下、25℃で5時間乾燥させて、目的とするロジウム単核アクア錯体(4)すなわち[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+の硫酸(SO42-)塩(0.32g、収率84.0%)を得た。
【0079】
なお、前記生成物が、目的とするロジウム単核アクア錯体(4)すなわち[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+の硫酸(SO42-)塩であることは、機器分析値が文献値と一致することから確認した。1H-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。13C-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。以下に、前記1H-NMR、13C-NMR、および質量分析(FAB-MS)の測定結果を示す。また、図10に、1H-NMRスペクトル図を記す。同図(A)は、1H-NMRスペクトルの全体図であり、(B)は、一部の拡大図である。なお、別途、NaOHを用いて測定して取得したロジウム単核アクア錯体(4)のpH滴定曲線を図11に示す。
【0080】
[Cp*Rh(bpy)(OH2)]2+(ロジウム単核アクア錯体(4))の硫酸(SO42-)塩:
1H-NMR: (600MHz, in D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ 1.72(s, Cp*, 15H), 7.94(t, J=6.3Hz, 2H, bpy), 8.35(t, J=7.2Hz, 2H, bpy), 8.49(d, J =8.4Hz, 2H, bpy), 9.15(d, J=4.8Hz, 2H, bpy)13C-NMR: (600MHz, in D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ 8.03(s, C5(CH3)5), 98.0(d, JRh-C=36Hz, C5(CH3)5), 124, 129, 142, 152, 155 (s, bpy)FAB-MS: [Cp*Rh(bpy)(OH2)]PF6+, m/z 539.1; [Cp*Rh(bpy)(OH2)](SO4)・3H2O(C20H25N2O5SRh・3H2O)に関する元素分析(%):理論値C42.71, H5.55, N4.98;観測値C42.47, H5.27, N5.08.
【0081】
[ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応の中間錯体の検出]
製造されたロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における中間錯体、ギ酸錯体[RhIII(Cp*){OC(O)H}(bpy)]+を、エレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(ESI-MS)により検出した。m/z439.2でのピーク(図12a)が、ギ酸錯体[RhIII(Cp*){OC(O)H}(bpy)]+に対応し、アイソトポマーの分布は、推定された同位体分布とよく一致した(図12b)。ギ酸(HCOOH)を重水素化ギ酸(DCOOH)と置き換えると、ESIマスのピークは、[RhIII(Cp*){OC(O)D}(bpy)]+のためにm/z430.2にシフトした。つまり、HCOO-またはDCOO-から[RhIII(Cp*) (bpy)(H2O)]2+へのヒドリドの移動により、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(bpy)]+または [RhIII(Cp*){OC(O)D}(bpy)]+がそれぞれ生じる。
【0082】
次いで、ヒドリド錯体のプロトン性を、塩基との反応によるUV/Visスペクトル変化を基に確認した。結果を図13に示す。ギ酸HCOOH/HCOONa(12mM)および[RhIII(Cp*) (bpy)(H2O)]2+(0.24mM、図中、実線)を6分間反応させると、[RhIII(Cp*)(H)(bpy))]2+(図中、破線)を生じ、NaOH(0.48mM)の存在下で反応させると、λ=560、690、765および856nmで新たな吸収バンドが認められた(図中、一点鎖線)。これらの多重バンドは、[RhI(Cp*)(bpy)]を示す。錯体[RhI(Cp*)(bpy)]は、HCOOH(0.48mM)と反応して、298Kの脱気したH2O(1mm路長)中で再び[RhIII(Cp*) (H)(bpy))]2+(図中、破線)を生じる。図14に、[RhIII(Cp*) (bpy)-(H2O)]2+(2.5M、図中、実線)の(nBu4)NBH4による還元により生成したUV/Vis吸収スペクトルを示す。この特性は、NaOHの存在下でのHCOOHと[RhIII(Cp*)(bpy)(H2O)]2+の反応(図13)において観察された結果と一致している。
【0083】
[ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応の反応効率の温度依存性]
製造されたロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸(HCOOH)の分解反応の反応効率の温度依存性を調べた。結果を図15に示す。アレニウスプロットの図15bから、このロジウム単核アクア錯体(4)は、無触媒での水素発生反応の活性化エネルギーよりもはるかに小さく、この錯体は、室温を含む広い温度範囲で高い触媒活性を示すことが分かる。
【0084】
次に、以下の参考例1〜3の通り、このロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩をギ酸分解用触媒として使用し、水素(H2)性能を評価した。
【0085】
[参考例1:ギ酸分解用触媒によるギ酸の分解および水素の製造]
前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(2.54mg、5μmol)を水(1.1mL)に溶かし、水溶液(4.5mM)とした。この水溶液に、脱酸素(嫌気性)条件下で、ギ酸(450mM、ロジウム単核アクア錯体(4)の100倍のモル数)を添加した。このときの水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を測定したところ、2.0であった。この水溶液を、暗下において、293K(20℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素と二酸化炭素の1:1混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、ギ酸に対し触媒量(1mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸を分解し、水素と二酸化炭素を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0086】
[参考例2:触媒の繰り返し利用におけるギ酸の分解および水素の製造]
水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を3.7に調整した以外は実施例1と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解および水素の製造を行った。すなわち、まず、ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(5.08mg、10μmol)を水(2.2mL)に溶かし、水溶液(4.5mM)とした。この水溶液に、脱酸素(嫌気性)条件下で、1.0Mギ酸水溶液と1.0M水酸化ナトリウム水溶液との混合水溶液を加えてpHを3.7に調整した(ギ酸アニオン濃度は450mMで、ロジウム単核アクア錯体(4)の100倍のモル数)。これをそのまま暗下において、293K(20℃)で静置し、ギ酸を分解して水素を発生させた。このとき、ギ酸の分解により発生した気体を、1.0M水酸化ナトリウム水溶液に通して二酸化炭素を除いた。そして、残った水素のみを水上置換法でメスシリンダー内に捕集し、水素発生量を測定した。
【0087】
さらに、ギ酸が完全に消費され、水素の発生が終了したところで、再度、ロジウム単核アクア錯体(1)の約100倍の濃度になるようにギ酸を加え、前記方法で水素発生量を測定した。これを4回繰り返した。ギ酸の追加量は、それぞれ、6.7μL(1回目)、5.1μL(2回目)、8.4μL(3回目)、6.9μL(4回目)であった。
【0088】
図23のグラフに、本参考例における水素発生量の測定結果を示す。同図において、横軸は、最初にギ酸を添加した時からの経過時間であり、縦軸は、触媒(ロジウム単核アクア錯体(4))に対する発生した水素(H2)の物質量比(モル比)である。図23に示す通り、最初のギ酸添加後、経過時間(反応時間)に応じて水素発生量は増大し、約60分で、ロジウム単核アクア錯体(4)の17倍モル数の水素が発生した。すなわち、ロジウム単核アクア錯体(4)を触媒として用い、常温常圧の反応条件で、100当量のギ酸の存在下、水素発生が確認された。さらにその後、ロジウム単核アクア錯体(4)の約100倍モル量(100当量)の濃度となるようにギ酸を再度添加することを4回繰り返すと、図23に示す通り、最初のギ酸添加時とほぼ同様の触媒活性を維持して水素が効率的に発生した。このように、ロジウム単核アクア錯体(4)は、極めて低濃度(約1mol%)でギ酸分解用触媒として繰り返し利用することができた。
【0089】
また、本参考例(参考例2)において、水上置換法を用いて決定したギ酸添加開始時から10分間における平均の触媒回転効率(TOF)は、31h-1であった。さらに、参考例2においては、約6時間かけてギ酸を分解し、TON(ターンオーバー数、触媒1モル当たり分解したギ酸のモル数)は90を超えた。すなわち、6時間のギ酸分解における平均のTOF(1時間当たりの触媒回転数)は、15h-1を超えた。これらTOFおよびTONの数値はきわめて高く、用いたギ酸分解用触媒が高活性であることを示す。
【0090】
以上の通り、参考例1および2によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)硫酸塩([Cp*Rh(bpy)(OH2)]SO4)を触媒として用いることで、常温常圧の水中において、一切加熱を必要とせずにギ酸を分解し、効率の良い水素の発生(水素の製造)を行うことができた。このようなロジウム単核錯体を、本発明のギ酸分解用触媒として水素同位体ガス(D2およびHDの少なくとも一方)の製造に用いた場合も、後述のように高い収率および触媒回転数で水素同位体ガスを製造することができる。
【0091】
[錯体製造例2:ロジウム単核アクア錯体(4−1)の製造]
前記錯体製造例1の工程3において、2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)に代えて4,4’-メチル-2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)を用いたこと以外は、前記錯体製造例1と同様にして、下記化学式で表わされるロジウム単核アクア錯体(4−1)を合成(製造)した。前記1H-NMRの測定結果を示す。
【化16】
【0092】
1H NMR(300MHz, in D2O, reference to TSP inD2O, 298K): δ=1.69(s, 15H, η5-C5(CH3)5), 2.61(s, 6H, Me), 7.74(d, J=5.7 Hz, 2H, bpy), 8.29(s, 2H, bpy), 8.93ppm(d, J=6.0 Hz, 2H, bpy).
【0093】
[錯体製造例3:ロジウム単核アクア錯体(4−2)の製造]
前記錯体製造例1の工程3において、2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)に代えて6,6’-メチル-2,2’-ピピリジン(0.12g、0.77mmol)を用いたこと以外は、前記錯体製造例1と同様にして、下記化学式で表わされるロジウム単核アクア錯体(4−2)を合成(製造)した。以下に、前記1H-NMRの測定結果を示す。併せて、別途NaOHを用いて測定し、取得したロジウム単核アクア錯体(4−2)のpH滴定曲線を図16に示す。
【化17】
【0094】
1H NMR(300MHz, D2O, reference to TSP in D2O, 298K): δ=1.49(s, 15H; η5-C5(CH3)5), 3.02(s, 6H, Me), 7.81(d, J=7.8Hz, 2H; bpy), 8.18(t, J=8.0Hz, 2H; bpy), 8.29ppm(d, J=8.1Hz, 2H; bpy).
【0095】
前述のロジウム単核アクア錯体(4)と同様に、ロジウム単核アクア錯体(4−2)によるギ酸の分解反応における中間錯体、 [RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+を、エレクトロスプレーイオン化マススペクトロメトリー(ESI-MS)により検出した。結果を図17に示す。m/z467.2でのピーク(図17a)が、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+に対応し、アイソトポマーの分布は、推定された同位体分布とよく一致した。ギ酸(HCOOH)を重水素化ギ酸(DCOOH)と置き換えると、ESIマスのピークは、[RhIII(Cp*){OC(O)D}(6,6’-Me2-bpy)]+のためにm/z468sss.2にシフトした(図17b)。つまり、HCOO-またはDCOO-から[RhIII(Cp*) (6,6’-Me2-bpy)(H2O)]2+へのヒドリドの移動により、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+または [RhIII(Cp*){OC(O)D}(6,6’-Me2-bpy)]+がそれぞれ生じる。また、 [RhIII(Cp*)(6,6’-Me2-bpy)(H2O)]2+をpH6.1で用いてギ酸(HCOOH)の分解を行った結果、20分後に測定された1H NMRスペクトルは、[RhIII(Cp*){OC(O)H}(6,6’-Me2-bpy)]+に対応するピークに加えて、δ=-7.1ppmで、[RhIII(Cp*)(H)(6,6’-Me2-bpy)]+に起因するヒドリドのピークを示した(図18)。
【0096】
次に、以下の通り、このロジウム単核アクア錯体(4)、(4−1)および(4−2)の硫酸塩を用いて、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方を製造した。
【0097】
[実施例1:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
2.8MのDCOOH/DCOONa溶液(0.74mL、2.1mmol)を前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(8.54mg、16.8μmol)の水溶液(1.66mL)に添加した。このときの水溶液の初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)を測定したところ、2.9であった。この水溶液を、暗下において、298K(25℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)と重水素化水素(HD)の28%:72%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、重水素化ギ酸に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)により重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、重水素化水素(HD)を高収率で選択的に製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0098】
[実施例2:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造およびTONの測定]
HCOOH/HCOONa溶液を0.87Mで用い、ロジウム単核アクア錯体(4)を7.0mMで用い、水溶液の初期pH(重水素化ギ酸分解反応が起こる前のpH)を3.6に調整した以外は実施例1と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)による重水素化ギ酸(DCOOH)の分解および水素同位体の製造を行い、併せて、HCOOH/HCOONa溶液添加後60分間の前記ロジウム単核アクア錯体(4)のTON(ターンオーバー数、触媒1モル当たり発生したH2およびHD各々のモル数)の測定を行った。結果を図19に示す。H2とHDの発生に関するTONは、時間に対して比例し、発生するH2とHDの比率は一定であり、中間錯体であるデューテライド錯体のH/D交換の速度に変化がないことが分かる。
【0099】
[実施例3:pH変化下における重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
水溶液の初期pH(重水素化ギ酸分解反応が起こる前のpH)を5.2に調整した以外は実施例1と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)による重水素化ギ酸(DCOOH)の分解および水素同位体の製造を行った。発生した気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)と重水素化水素(HD)の78%:22%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、重水素化ギ酸(DCOOH)に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)により重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、重水素化水素(HD)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0100】
[実施例4:pH変化下における重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩の水溶液に、26.5M重水素化ギ酸水溶液と、10.0M水酸化ナトリウム水溶液とを混合して初期pH(ギ酸分解反応が起こる前のpH)の異なる種々の水溶液(初期pH2.0以上)を調製したこと以外は、実施例1と同様にして重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、水素同位体を発生させた。併せて、前記10.0M水酸化ナトリウム水溶液に代えて1.0M硝酸水溶液を用い、初期pHの異なる種々の水溶液(初期pH2.0以下)を調製したこと以外は同様にして、水素同位体を発生させた。図20に、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での発生した水素(H2)と重水素化水素(HD)の比率を比較した結果を示す。同図において、横軸はpH(初期pH)を示し、縦軸は、発生した水素(H2)および水素同位体(HD)各々の比率を示す。図20に示す通り、GC分析により決定した水素および水素同位体の比率は、pH4.0を境に逆転し、pH4.0より低いpHでは、重水素化水素(HD)が選択的に発生し、pH4.0より高いpHでは、水素(H2)が選択的に発生することが確認された。
【0101】
[実施例5:pH変化下におけるギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4−1)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(8.54mg、16.8μmol)に代えてロジウム単核アクア錯体(4−1)硫酸塩(9.01mg、16.8μmol)を用いたこと以外は実施例4と同様にして、重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、水素同位体ガスを発生させた。図21に、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での発生した水素と水素同位体ガスの比率を比較した結果を示す。同図における横軸および縦軸は、図20におけるものと同じである。図21に示す通り、GC分析により決定した水素(H2)および重水素化水素(HD)の比率は、pH4.0を境に逆転し、pH4.0より低いpHでは、重水素化水素(HD)が選択的に発生し、pH4.0より高いpHでは、水素(H2)が選択的に発生することが確認された。また、試験したpH範囲中の最低pH(pH1.6)で、重水素化水素(HD)を、実施例4よりも高い選択性で製造することができた。但し、pH1.6の条件下では300.5K(27.5℃)で行った。
【0102】
[実施例6:pH変化下におけるギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩)による重水素化ギ酸の分解および水素同位体ガス(HD)の製造]
ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(8.54mg、16.8μmol)に代えてロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩(9.01mg、16.8μmol)を用いたこと以外は実施例4と同様にして、重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、水素同位体ガスを発生させた。図22に、本実施例におけるこれら種々のpH(初期pH)での発生した水素(H2)と水素同位体ガスの比率を比較した結果を示す。同図における横軸および縦軸は、図20におけるものと同じである。図22に示す通り、ロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩を用いた場合、pH2.0でも水素(H2)の方が発生量が多かった。すなわち、ロジウム単核アクア錯体(4−2)硫酸塩では、重水素化水素(HD)の選択性は、錯体(4)および錯体(4−1)ほど高くはなかったが、重水素化水素(HD)を製造することができた。
【0103】
[実施例7:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による非重水素化ギ酸(HCOOH)の重水中での分解および水素同位体ガス(HDおよびD2)の製造]
2.8MのHCOOH溶液(0.74mL、2.1mmol)を前記錯体製造例1で製造したロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩(9.01mg、16.8μmol)の水溶液(1.66mL)に添加した。このときの水溶液の初期pD(ギ酸分解反応が起こる前のpD)を測定したところ、2.1であった。この水溶液を、暗下において、298K(25℃)で静置すると、目視で明確に確認できる気体が発生した。この気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)、水素同位体(HD)および水素同位体(D2)の10%:72%:18%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の重水溶液中で、ギ酸(HCOOH)に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸(HCOOH)を分解し、水素(H2)、重水素化水素(HD)および重水素(D2)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0104】
[実施例8:ギ酸分解用触媒(ロジウム単核アクア錯体(4)硫酸塩)による非重水素化ギ酸(HCOOH)の重水中での分解および水素同位体ガス(HDおよびD2)の製造]
水溶液の初期pD(ギ酸分解反応が起こる前のpD)を2.9に調整した以外は実施例7と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸(HCOOH)の分解および水素同位体ガスの製造を行った。発生したガスをGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)、水素同位体(HD)および水素同位体(D2)の9%:51%:40%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の重水溶液中で、ギ酸(HCOOH)に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸(HCOOH)を分解し、水素(H2)、重水素化水素(HD)および重水素(D2)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0105】
[実施例9:pD変化下における非重水素化ギ酸(HCOOH)の重水中での分解および水素同位体ガス(HDおよびD2)の製造]
水溶液の初期pD(ギ酸分解反応が起こる前のpD)を5.2に調整した以外は実施例7と同様にして、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸(HCOOH)の分解および水素同位体ガスの製造を行った。発生した気体をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析した結果、水素(H2)、水素同位体(HD)および水素同位体(D2)の3%:24%:73%混合ガスであった。すなわち、常温常圧の水溶液中で、重水素化ギ酸に対し触媒量(0.80mol%)のロジウム単核アクア錯体(4)によりギ酸を分解し、水素(H2)、重水素化水素(HD)および重水素(D2)を製造することができた。また、予備加熱も不要であった。
【0106】
以上の通り、実施例1〜6によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)、(4−1)および(4−2)硫酸塩を触媒として用いることで、常温常圧の水中において、一切加熱を必要とせずに重水素化ギ酸(DCOOH)を分解し、効率よく重水素化水素(HD)を選択的に製造することができた。また、実施例7〜9によれば、水溶性のロジウムアクア錯体(4)硫酸塩([Cp*Rh(bpy)(OH2)]SO4)を触媒として用いることで、常温常圧の重水中において、一切加熱を必要とせずにギ酸(HCOOH)を分解し、効率良く水素同位体ガス(HDおよびD2)の発生(水素同位体ガスの製造)を行うことができた。特に、実施例7では、重水素化水素(HD)を高収率で得ることができ、実施例9では、重水素(D2)を高収率で得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0107】
以上説明した通り、本発明によれば、安定で安全性の高いギ酸から、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、温和な条件で簡便に、適切なスピードで、安全かつ低コストで製造することができる。本発明の方法は、実験室レベルでの研究から工業規模の量産に至るまで、適切に対応できる。本発明は、例えば、燃料電池のメカニズムの研究や、有機化合物を含む各種化合物の合成、構造解析による水素位置の決定等において有用である。本発明によれば、有毒な副生成物なしに水素同位体ガスを得ることができ、また、従来の方法例と比較して、多大な省エネルギー効果が得られる。
【0108】
本発明のギ酸分解用触媒は、有機溶媒を用いずに、水のみを溶媒として用いて前記水素同位体ガスを発生させることができ、また、回転効率が良いため、環境への負荷抑制および省資源にも寄与し得る。本発明のギ酸分解用触媒は、単核金属錯体を用いるため、複核金属錯体と比較して貴金属使用量の低減が可能であり、低コストかつ高効率な水素同位体元素の製造を実現できる。本発明のギ酸分解用触媒の用途は上記に限定されず、例えば、水素同位体のガスの供給を必要とするあらゆる技術分野に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】図1は、ギ酸分解用触媒によるギ酸分解反応の反応機構を例示する図である。
【図2】図2は、ギ酸分解用触媒のヒドリド錯体のH/D交換の反応機構を例示する図である。
【図3】図3は、本発明による水素同位体ガスの発生の反応機構を例示する図である。
【図4】図4は、本発明による水素同位体ガスの発生の反応機構を例示する図である。
【図5】図5は、ギ酸分解用触媒によるギ酸分解反応における速度論的重水素同位体効果を例示するグラフである。
【図6】図6は、ギ酸分解用触媒によるギ酸分解反応における速度論的重水素同位体効果を例示するグラフである。
【図7】図7は、実施例で製造されたロジウム単核アクア錯体の化学構造を例示する図である。
【図8】図8は、ロジウムアクア錯体(4)合成中間体の1H-NMRスペクトル図である。
【図9】図9は、ロジウムアクア錯体(4)合成中間体の1H-NMRスペクトル図である。
【図10】図10は、ロジウムアクア錯体(4)の1H-NMRスペクトル図である。
【図11】図11は、ロジウム単核アクア錯体(4)のpH滴定曲線を例示するグラフである。
【図12】図12は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における中間錯体のESI-MSによる検出を例示する図である。
【図13】図13は、ロジウム単核ヒドリド錯体(4)のプロトン性を例示するUV/Visスペクトルを例示する図である。
【図14】図14は、ロジウム単核ヒドリド錯体(4)の還元により生成した[RhI(Cp*)(bpy)]のUV/Vis吸収スペクトルを例示する図である。
【図15】図15は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸分解反応効率の温度依存性を例示する図である。
【図16】図16は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)のpH滴定曲線を例示するグラフである。
【図17】図17は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)によるギ酸の分解反応における中間錯体のESI-MSによる検出結果を例示する図である。
【図18】図18は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)とギ酸の反応混合物の1HNMRスペクトルを例示する図である。
【図19】図19は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における、発生した水素(H2)および重水素化水素(HD)に関するTONを例示するグラフである。
【図20】図20は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における、反応溶液の初期pHを変えてギ酸分解反応を行った場合の水素同位体ガスの発生比率を例示するグラフである。
【図21】図21は、ロジウム単核アクア錯体(4−1)によるギ酸の分解反応における反応溶液の初期pHを変えてギ酸分解反応を行った場合の水素同位体ガスの発生比率を例示するグラフである。
【図22】図22は、ロジウム単核アクア錯体(4−2)によるギ酸の分解反応における、反応溶液の初期pHを変えてギ酸分解反応を行った場合の水素同位体ガスの発生比率を例示するグラフである。
【図23】図23は、ロジウム単核アクア錯体(4)によるギ酸の分解反応における、触媒を繰り返し利用した場合の水素発生量(TON)を例示するグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法であって、
下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒とギ酸と水とを含み、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されているギ酸水溶液を準備する準備工程と、
前記ギ酸水溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程によりギ酸を分解するギ酸分解工程とを含み、
前記ギ酸分解工程において重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させる製造方法。
【化1】
前記式(1)中、
Rhは、ロジウムの原子またはイオンであり、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、
置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項2】
前記式(1)中、
R1〜R5が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記式(1)中、
R1〜R5が全てメチル基である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
前記式(1)中、
Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、もしくはヒドリドイオンであるか、または存在しない請求項1から3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記式(1)中、
mが、0、1、2、3、4、5または6である請求項1から4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体である請求項1から5のいずれか一項に記載の製造方法。
【化2】
前記式(2)中、
R6〜R13は、それぞれ独立に、水素原子もしくは任意の置換基であり、
または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
Q6〜Q13は、それぞれ独立に、CまたはN+であり、
または、同一のX(Xは、6〜13のいずれかの整数)を有するQXとRXのうち少なくとも一つが、一体となってNであっても良く、
Rh、R1〜R5、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【請求項7】
前記式(2)中、
R6〜R13が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、もしくはアルコキシ基であるか、
または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良い、請求項6記載の製造方法。
【請求項8】
前記式(2)中、
R6およびR13が水素原子である請求項6または7記載の製造方法。
【請求項9】
前記式(2)中、
R6〜R13が全て水素原子である請求項6から8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記式(2)中、
Q6〜Q13が全てC(炭素原子)である請求項6から9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(3)で表されるロジウム金属錯体である請求項6記載の製造方法。
【化3】
前記式(3)中、
Rh、Lおよびmは、前記式(2)と同じである。
【請求項12】
前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(4)〜(6)のいずれかで表されるロジウム単核金属錯体である請求項11記載の製造方法。
【化4】
【化5】
【化6】
【請求項13】
請求項1から12のいずれか一項に記載の製造方法により重水素(D2)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、水がD2Oである製造方法。
【請求項14】
請求項1から12のいずれか一項に記載の製造方法により重水素化水素(HD)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、ギ酸および水の一方が重水素化されており、pHまたはpDが4.0以下である製造方法。
【請求項15】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、請求項1から14のいずれか一項に記載の製造方法に用いるギ酸分解用触媒。
【請求項1】
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法であって、
下記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含むギ酸分解用触媒とギ酸と水とを含み、前記ギ酸および前記水の少なくとも一方が重水素化されているギ酸水溶液を準備する準備工程と、
前記ギ酸水溶液をそのまま静置する工程、前記溶液を加熱する工程、および前記溶液に光照射する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程によりギ酸を分解するギ酸分解工程とを含み、
前記ギ酸分解工程において重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させる製造方法。
【化1】
前記式(1)中、
Rhは、ロジウムの原子またはイオンであり、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、
置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項2】
前記式(1)中、
R1〜R5が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記式(1)中、
R1〜R5が全てメチル基である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
前記式(1)中、
Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、もしくはヒドリドイオンであるか、または存在しない請求項1から3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記式(1)中、
mが、0、1、2、3、4、5または6である請求項1から4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体である請求項1から5のいずれか一項に記載の製造方法。
【化2】
前記式(2)中、
R6〜R13は、それぞれ独立に、水素原子もしくは任意の置換基であり、
または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
Q6〜Q13は、それぞれ独立に、CまたはN+であり、
または、同一のX(Xは、6〜13のいずれかの整数)を有するQXとRXのうち少なくとも一つが、一体となってNであっても良く、
Rh、R1〜R5、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【請求項7】
前記式(2)中、
R6〜R13が、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、もしくはアルコキシ基であるか、
または、R9およびR10は、一体となって-CH=CH-を形成しても良く、前記-CH=CH-におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ベンジル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良い、請求項6記載の製造方法。
【請求項8】
前記式(2)中、
R6およびR13が水素原子である請求項6または7記載の製造方法。
【請求項9】
前記式(2)中、
R6〜R13が全て水素原子である請求項6から8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記式(2)中、
Q6〜Q13が全てC(炭素原子)である請求項6から9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記式(2)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(3)で表されるロジウム金属錯体である請求項6記載の製造方法。
【化3】
前記式(3)中、
Rh、Lおよびmは、前記式(2)と同じである。
【請求項12】
前記式(3)で表されるロジウム単核金属錯体が、下記式(4)〜(6)のいずれかで表されるロジウム単核金属錯体である請求項11記載の製造方法。
【化4】
【化5】
【化6】
【請求項13】
請求項1から12のいずれか一項に記載の製造方法により重水素(D2)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、水がD2Oである製造方法。
【請求項14】
請求項1から12のいずれか一項に記載の製造方法により重水素化水素(HD)を製造する方法であって、前記ギ酸水溶液において、ギ酸および水の一方が重水素化されており、pHまたはpDが4.0以下である製造方法。
【請求項15】
前記式(1)で表されるロジウム単核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、請求項1から14のいずれか一項に記載の製造方法に用いるギ酸分解用触媒。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【公開番号】特開2010−83730(P2010−83730A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−256900(P2008−256900)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発表した刊行物:「第58回 錯体化学討論会 講演要旨集」 発行者名:錯体化学会 発行年月日:2008年9月5日 発表した研究集会:第58回 錯体化学討論会 主催者名:錯体化学会 共催者名:日本化学会 開催日:2008年9月20日〜22日 発表日:2008年9月21日
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発表した刊行物:「第58回 錯体化学討論会 講演要旨集」 発行者名:錯体化学会 発行年月日:2008年9月5日 発表した研究集会:第58回 錯体化学討論会 主催者名:錯体化学会 共催者名:日本化学会 開催日:2008年9月20日〜22日 発表日:2008年9月21日
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
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