説明

量子コンピューター

【課題】平行に動作する複数の独立した量子コンピューターを形成し、演算結果を大きなシグナルとして取り出せ、かつ量子ビット数に拡張性をもたせる。
【解決手段】少なくとも3つのエネルギー状態を有する物理系を含む物理系集団(エネルギー状態|3>、|1>、|2>、遷移角周波数ωij、均一幅Δωhomo,ij)と、物理系集団を内蔵した複数の共振器モード(角周波数ωck)を有する光共振器と、光共振器内の物理系集団に光を照射する手段を有し、任意の2つの共振器モードの角周波数差が|ωclcm| > Δωhomo,23を満たし、かつ各角周波数ωcqに共鳴するω23をもつ物理系集団Aqを含み、光照射手段はAqからそれぞれ同数のr個ずつ選択された物理系からなる量子ビットAqsのうちs(1)番目の量子ビットAqs(1)に対して、複数のAqに関して同時にω12に2光子共鳴する2波長の光を照射、および同時にω13に1光子共鳴する光を照射できる量子コンピューター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平行に動作する複数の独立した量子コンピューターを形成し、演算結果を量子コンピューター集団全体の大きなシグナルとして取り出すことが可能な量子コンピューターに関する。
【背景技術】
【0002】
原子やイオンなどの単一量を利用した量子コンピューターでは、演算結果を読み出す場合、単一原子などの量子状態を読み出さねばならず、極微弱な信号を検出する必要があった。例外的にNMR量子コンピューターでは、溶液中の個々の分子がそれぞれ独立した量子コンピューターとして動作するため、演算結果を読み出す場合、同一の演算結果(状態)を示す多数の分子の集団の状態を、強い信号として検出することができる(非特許文献1参照)。しかし、NMR量子コンピューターでは、それぞれの分子を独立した量子コンピューターとしなければならず、個々の量子コンピューター(分子)の量子ビット数の拡張性には限界(20個程度)があった。
【0003】
このように、従来提案されていた量子コンピューターでは、結果の読み出しの際に単一量子を読み出さなければならず微弱な信号を検出する必要があるか、または量子ビット数に拡張性がないという問題点があり、これらの問題を解決する現実的な方法は従来知られていなかった。
【非特許文献1】N. A. Gershenfeld and I. L. Chuang, Science 275, 883(1997).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、平行に動作する複数の独立した量子コンピューターを形成し、演算結果を大きなシグナルとして取り出せ、かつ量子ビット数に拡張性のある量子コンピューターを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様に係る量子コンピューターは、少なくとも3つのエネルギー状態を有する物理系を含む物理系集団(各々の物理系について、3つのエネルギー状態のうちエネルギーの一番高い状態を|3>、残りの2つの状態を|1>および|2>、その他の状態がある場合に4つ目以降の状態を|p>(pは4以上の自然数)とし、|i>、|j>間遷移の遷移角周波数をωij(i、jは自然数)、均一幅をΔωhomo,ijとする)と;前記物理系集団を内蔵した、複数の共振器モードを有する光共振器(k番目の共振器モードの角周波数をωck(kは自然数)とする)と;前記光共振器内の前記物理系集団に光を照射する手段とを有し、前記光共振器と前記物理系集団は、前記光共振器に属する任意の異なる2つの共振器モード(l番目とm番目の共振器モードとする)の角周波数の差が|ωclcm| > Δωhomo,23となる関係を満たし、かつ前記物理系集団は前記光共振器の共振器モードの各々の角周波数ωcq(qは自然数)に対してそれぞれ共鳴する遷移角周波数ω23をもつ複数の物理系集団Aqを含み、前記光照射手段は、前記複数の物理系集団Aqからそれぞれ同数のr個ずつ(rは自然数)選択された物理系からなる量子ビットAqs(sは1からrまでの自然数)のうち、s(1)番目の量子ビットAqs(1)に対して、前記複数の物理系集団Aqに関して同時に遷移角周波数ω12またはω1pに2光子共鳴する2波長の光を照射すること、および、同時に遷移角周波数ω13またはωp3に1光子共鳴する光を照射することが可能であることを特徴とする。
【0006】
本発明の他の態様に係る量子コンピューターは、少なくとも3つのエネルギー状態を有する物理系を含む物理系集団(各々の物理系について、3つのエネルギー状態のうちエネルギーの一番高い状態を|3>、残りの2つの状態を|1>および|2>、その他の状態がある場合に4つ目以降の状態を|p>(pは4以上の自然数)とし、|i>、|j>間遷移の遷移角周波数をωij(i、jは自然数)、均一幅をΔωhomo,ij、不均一幅をΔωinhomo,ijとする)と;前記物理系集団を内蔵した、角周波数ωFSRの自由スペクトル間隔を隔てた複数の00モードの共振器モードを有する光共振器(k番目の共振器モードの角周波数をω00k(kは自然数)とする)と;前記光共振器内の前記物理系集団に光を照射する手段とを有し、前記光共振器と前記物理系集団は、Δωhomo,23 < ωFSR、およびωFSR < Δωinhomo,23という関係を満たし、かつ前記物理系集団は前記光共振器の共振器モードの各々の角周波数ω00q(qは自然数)に対してそれぞれ共鳴する遷移角周波数ω23をもつ複数の物理系集団Aqを含み、前記光照射手段は、前記複数の物理系集団Aqからそれぞれ同数のr個ずつ(rは自然数)選択された物理系からなる量子ビットAqs(sは1からrまでの自然数)のうち、s(1)番目の量子ビットAqs(1)に対して、前記複数の物理系集団Aqに関して同時に遷移角周波数ω12またはω1pに2光子共鳴する2波長の光を照射すること、および、同時に遷移角周波数ω13またはωp3に1光子共鳴する光を照射することが可能であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、1つの光共振器に量子ビットとなる物理系集団を入れ、適切な光源を用意するだけで、平行に動作する複数の独立した量子コンピューターを形成し、演算結果を大きなシグナルとして取り出せ、かつ量子ビット数に拡張性のある周波数領域量子コンピューターを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の実施形態に係る量子コンピューターでは、光共振器の複数の共振器モードを利用し、遷移エネルギー平面上の複数の領域のそれぞれに、互いに独立した量子コンピューターを形成し、それらを同時に平行に動作させる。そして、演算結果読み出しの際に量子コンピューター集団全体の状態を検出することにより、演算結果を大きな読み出し信号として取り出すことができる。
【0009】
本発明の実施形態に係る量子コンピューターについて説明する前に、まず、量子コンピューター集団を形成する個々の量子コンピューターについて説明する。
【0010】
図1に、量子コンピューター集団を形成する1つの量子コンピューターの基本概念を示す。これは周波数領域量子コンピューター(frequency-domain quantum computer)と呼ばれるものである(K. Ichimura, Opt. Commun. 196, 119(2001);特開2001−209083号公報)。図1において、1対のミラーで形成されている光共振器10の中に、少なくとも3つのエネルギー状態を持つ原子やイオンなどの物理系の集団が含まれている。このような物理系の量子状態によって量子ビットを表す。光共振器10内のi番目の量子ビットを表す物理系Aiについて、3つの状態のうちエネルギーの一番高いものを|3>i、その他の2つの状態を|1>iおよび|2>iとし、他の状態がある場合にはその状態を|p>i(pは4以上の自然数)とすると、|2>i、|3>i間遷移(角周波数ωi23)が光共振器10の共振器モード(角周波数ωc)に共鳴している。この|2>i、|3>i間遷移の遷移角周波数ωi23は各量子ビットで共通である。また、|2>i、|3>i間遷移以外の遷移角周波数には、量子ビットごとに異なるものがある。以下においては、特に混乱を招かない限り、量子ビットを表す物理系も単に量子ビットと表現する。
【0011】
量子ビット間の相互作用は、共振器モードを利用して導入する。
量子コンピューターでは、量子ビットを表す物理系の重ね合わせの状態を個別に操作する必要がある。周波数領域量子コンピューターでは、その操作にアディアバティック・パッセージやラマンの遷移と呼ばれる方法を利用する。その際には各量子ビットの|2>i、|3>i間遷移以外に、量子ビットごとに異なる遷移角周波数があることを利用する。また、演算結果の読み出しにも、量子ビットごとに異なる遷移角周波数を持つ遷移があることを利用する。すなわち、それらの遷移に2光子共鳴する光を照射することで、2光子共鳴している量子ビットのみを操作する。あるいは、特定の量子ビットに対し、2光子共鳴だけではなく1光子でも共鳴している光、または1光子共鳴だけをする光を照射し、1光子共鳴を起こしている量子ビットを選択的に操作する。
【0012】
これらの操作において、|1>i、|2>i間遷移に2光子共鳴する2本の光を照射する場合、|2>i、|3>i間遷移の遷移角周波数ωi23が各量子ビットで共通であるため、操作対象である特定の量子ビット以外の量子ビットに影響を及ぼさないようにするためには、|1>i、|2>i間遷移に2光子共鳴し、|2>i、|3>i間遷移、|1>i、|3>i間遷移には1光子共鳴しない光を用いるのが望ましい。
【0013】
上述した文献では、それぞれの状態が縮退していた3状態系に磁場などの外場を加えて分裂させた状態を利用するなどして、|1>i、|2>i間遷移や|p>i、|1>i間遷移などに2光子共鳴あるいは1光子共鳴する光を照射し、量子ビットの操作または読み出し(演算結果の読み出し)を行っている。
【0014】
図2に、x軸を|2>、|3>間遷移、y軸を|1>、|3>間遷移とした遷移周波数平面を用いて、1量子ビットを操作する際の、量子ビットと照射光との関係の一例を示す。図2に示すように、量子ビットとして利用する原子やイオンをドットで図示する(以下の説明においても、図2と同様に遷移周波数平面を表す図では、量子ビットとして利用する原子やイオンをドットで図示する)。図2では、角周波数ω1の光と角周波数ω2の光を用いて、|1>i、|2>i間遷移の遷移角周波数ω12がω12=ω1−ω2である1つの量子ビットを操作する例を示している。
【0015】
図3に、2量子ビット間の条件付きゲート操作を行う際の、照射する光と量子ビットとの関係の一例を示す。図3は、角周波数ω3の光と角周波数ω4の光を用いて、2つの量子ビット間で条件付きゲート操作を行うことを示している。
【0016】
次に、本発明の実施形態に係る量子コンピューターについて説明する。
上記の周波数領域量子コンピューターでは、光共振器中の物理系集団の中で、共通の共振器モードに共鳴したものを量子ビットとして利用している。ところで、1つの光共振器には、一般に複数の共振器モードが存在する。例えばファブリペロー型共振器では、00モードと呼ばれる縦モードが、自由スペクトル間隔Free Spectral Range(FSR)と呼ばれる周波数間隔ごとに存在する。遷移周波数空間内で物理系が分布する領域が十分広く、複数の共振器モードにそれぞれ共鳴する物理系集団が存在し、これらの物理系集団のそれぞれを1つの量子コンピューターとして利用できれば、物理系集団を1つの光共振器に入れるだけで、複数の周波数領域量子コンピューターを構成することができる。ここで、物理系が分布する領域が十分広いというのは、物理系の光遷移(上記の|2>、|3>間遷移)の分布、すなわち不均一幅で分布する中に、光共振器の共振器モードが複数存在する広さがあるということを意味する。ここで、各共振器モードへの共鳴によりグループ分けされた各物理系集団がそれぞれ独立した量子コンピューターになるためには、共振器モードに共鳴する遷移の均一幅より、利用する共振器モード間の角周波数差が大きい必要がある。
【0017】
本発明では、上記のように構成された複数の周波数領域量子コンピューターに、同時に同じ動作をさせる。そして、同じ結果を示す多数の量子ビットの状態を観測することで、演算結果を大きな信号として取り出す。そのために、それぞれの物理系集団中の互いに対応する量子ビットを同時に操作できるように、適切な量子ビット操作用の光を用意する。以下では、周波数平面上で、互いに独立した量子コンピューターを構成する物理系集団が存在する位置関係に応じて大きく2つの場合に分類し、それぞれの場合について、利用する量子ビット操作用の光源を説明する。
【0018】
第1の場合を図4に示す。この場合、物理系集団Aq(q=q(1)、q(2)、q(3))同士で、共振器モード(ωc1、ωc2、ωc3)に共鳴する遷移の遷移角周波数は異なるものを用いるが、共振器モードに共鳴しないその他の遷移の遷移角周波数に関しては同じ周波数領域にあるものが存在する。図4には、共振器モードの各々の角周波数ωc1、ωc2、ωc3に対してω23が共鳴する3つの物理系集団Aq(1)、Aq(2)、Aq(3)が存在することを示している。また、任意の異なる2つの共振器モード(l番目とm番目の共振器モードとする)の角周波数の差は、Δωhomo,23 < |ωclcm|を満たす。量子ビットの設定の仕方によっては、それらの共振器モードに共鳴しない遷移に作用させる光として、各々の物理系集団(量子ビットのグループ)にまたがって存在する対応する量子ビットの間で、共通の周波数を持つものを利用できる可能性がある。図4では、それぞれの物理系集団Aqから2個ずつ選んだ物理系Aq2、Aq4を量子ビットとして利用することを示している。そして、それぞれの物理系集団Aqに属するs番目の量子ビットAqsに対して、同時にω12またはω1pに2光子共鳴する2波長の光を照射したり、同時にω13またはωp3に1光子共鳴する光を照射したりすることにより、ゲート操作が可能になる。図4には、2量子ビット間の条件付きゲートを行う際に照射する光の1例として角周波数ω3およびω4の光を示している。
【0019】
第2の場合を図5に示す。この場合、物理系集団(量子ビットのグループ)同士で共振器モード(ωc1、ωc2、ωc3)に共鳴する遷移の遷移角周波数が異なり、かつ共振器モードに共鳴しない遷移の遷移角周波数についても物理系集団(量子ビットのグループ)ごとに異なる周波数領域に存在するものがある(図5では|1>、|3>間遷移)。それらの量子ビットに同時に光を作用させることでゲート操作を行う。従って、量子ビット操作用の光源として、各々の物理系集団にまたがって存在する対応する量子ビットに対して、異なる角周波数の光(図5では、ω3、ω5およびω7と、ω4、ω6およびω8)を用意する必要がある。
【0020】
図6を参照して、図5に示す量子コンピューターが満たすべき条件を説明する。図6に示すように、光共振器には角周波数ωFSRの自由スペクトル間隔ごとに共振器モードが存在する。これらの共振器モードの角周波数をωj(jは自然数)とする。図6には角周波数ωj(1)〜ωj(5)の5つの共振器モードを示している。自由スペクトル間隔に相当する角周波数ωFSR
Δωhomo,23 < ωFSR、ωFSR < Δωinhomo,23
の関係を満たしている。
【0021】
第1、第2どちらの場合でも、各々の物理系集団(量子ビットのグループからなる量子コンピューター集団)のビット操作を同時に行うために、共振器モードと同じ角周波数間隔で複数の角周波数を持つ光があれば便利である。例えば、物理系集団を内蔵している光共振器のFSRごとに存在する00モードを量子ビットに共鳴させる共振器モードとして利用する場合には、同じFSRを持つ共振器中にレーザー媒質を有するレーザーを多モード発振させることにより、そのような光を得ることができる。
【実施例】
【0022】
以下に本発明の実施例を説明する。
【0023】
(実施例1)
図7を参照して本実施例の量子コンピューターについて説明する。本実施例では、同時に平行して動作する複数の量子コンピューターを構成する物理系集団(量子ビットのグループ)として、O.O1%のY3+イオンをPr3+イオンに置換したPr3+:Y2SiO5結晶中のPr3+イオンを利用する。図7は、本実施例の量子コンピューターにおいて量子ビットとして利用するPr3+イオンの遷移周波数平面上での位置を示す図である。
【0024】
Pr3+:Y2SiO5結晶の対向する2面を研磨し、606nm付近での反射率が99.99%以上の誘電体多層膜ミラーを形成し、自由スペクトル間隔FSRが約7.8GHzである光共振器を形成している。この結晶は、光学窓付きのクライオスタット中に設置され、液体ヘリウム温度に保たれる。この光共振器は、16501.12cm-1、16501.35cm-1、および16501.58cm-1付近に3つの共振器モードをもつ。これらの共振器モードを、それぞれモードA、モードB、モードCとする。また、これらの共振器モードA、B、Cの角周波数をωA、ωB、ωCとする。共振器モードAに共鳴するPr3+イオンを2つ見つけ出し、それらを量子ビットA1、量子ビットA2とする。同様に、共振器モードB、Cに共鳴するそれぞれ2つずつのイオンを、量子ビットB1、B2、C1、C2とする。
【0025】
これらの量子ビット、およびそれらの共振器モードに共鳴しないその他の遷移の遷移角周波数を見つけるためには、以下のようにすればよい。アルゴンイオンレーザー励起のリング色素レーザーからの出力の線幅を中心周波数のジッター抑制による安定化フィードバック系により数kHz以内に狭窄化したレーザー光を、ωAより2π×17.3MHz高エネルギーの角周波数を中心に約100kHzの範囲で掃引しながら、共振器モードに放出される光子を、共振器の外側に設けたフォトンカウンターで測定する。ある角周波数で共振器モードに放出される光子が観測されたら、共振器モードに共鳴する遷移とともにその角周波数(ωA1とする)の遷移も有する物理系を見出したことになる。同様にして、もう1つ、共振器モードに共鳴する遷移とともに角周波数(ωA2とする)の遷移を有する物理系を見出す。そのようにして見出した2つの物理系を量子ビットA1,A2とすればよい。モードB、Cについても同様にB1、B2、C1、C2とそれらの共振器モードに共鳴しない遷移の角周波数(それぞれωB1、ωB2、ωC1、ωC2とする)を見つければよい。
【0026】
本実施例ではまず、結晶に、ωA+2π×17.3MHz、ωA-2π×10.2MHz、ωA+2π×(10.2+17.3)MHz、ωB+2π×17.3MHz、ωB-2π×10.2MHz、ωB+2π×(10.2+17.3)MHz、ωC+2π×17.3MHz、ωC-2π×10.2MHz、ωC+2π×(10.2+17.3)MHzの光を照射し、3つの量子ビットを、共振器モードでつながれた状態のうち、エネルギーの低い状態(状態|0>とする)に設定する(なお、状態|0>より17.3MHz高エネルギー側にある状態(状態|1>)とする)。
【0027】
次に、アルゴンイオンレーザーで励起された3台のリング色素レーザーの線幅を狭窄化したものと音響光学効果素子を利用して、まず、角周波数ωA1+100MHz、ωB1+100MHz、ωC1+100MHzの光を同時に照射し、10msの間に徐々にその3つの光を弱め、代わりに、ωA+100MHz、ωB+100MHz、ωC+100MHzの光を徐々に強度を強めつつ同時に照射する。これをゲート操作1とする。
【0028】
次に、角周波数ωA1、ωB1、ωC1の光を同時に照射して、共振器モードに放出される光子を観測すると、3個の光子が観測される。一方、角周波数ωA2、ωB2、ωC2の光を同時に照射した場合には、共振器モードに放出される光子は観測されない。このようにして、ゲート操作1により、3組の物理系集団(A1、A2)、(B1、B2)、(C1、C2)の量子ビットを同時に平行に操作し、最初すべての物理系において、いずれの量子ビットも状態|0>にあったものを、A1、B1、C1に関しては状態|1>に変化させ、A2、B2、C2に関してはそのままにしておくことができる。またその結果を、平行に動作した3つの物理系集団からの3光子のシグナルとして検出することができる。
【0029】
(実施例2)
図8を参照して本実施例の量子コンピューターについて説明する。本実施例では、Pr3+:Y2SiO5結晶1の対向する2面を利用して形成した光共振器10(実施例1参照)と同じFSRを持つ光共振器20中で色素(ローダミン)21をフローさせ、それをアルゴンイオンレーザー22で励起して多モード発振させるようにし、実施例1における3台のリング色素レーザー光源の代わりに用いる。その他は実施例1と同様にして量子ビット操作を行う。
【0030】
多モード発振の結果、9.8GHzごとに発振しているレーザーが得られる。この光をビームスプリッター30で2つ分ける。そのうちの片方(光1とする)を音響光学効果素子31に通して一様に周波数シフトさせ、ωA+100MHz、ωB+100MHz、ωC+100MHzの光を得る。もう一方の光(光2とする)は多モードのまま、まず量子ビット操作の際に強度および周波数を変調するための音響光学効果素子40を通した後、2つのビームスプリッター41、42と1つのミラー43を用いて3つに分離する。3つに分けられたそれぞれの光は、それぞれの共鳴周波数がFSR隔てて隣り合う3つの光共振器(物理系を含む光共振器)のモードにそれぞれ共鳴し、それらのモードの光を選択的に透過するフィルター51、52、53を透過する。これらのフィルターは、物理系やレーザー媒質を含む光共振器10、20とは異なるFSRを持つ光共振器からなっている。これらのフィルター用光共振器の共鳴幅は、FSRごとに分離するには十分狭く、かつ量子ビット操作の際に強度と周波数に変調をかける音響光学素子40による周波数シフト幅よりは十分広く設定する。フィルター51、52、53を透過した結果として単色光となった光は、それぞれ音響光学効果素子61、62、63により周波数シフトされて、ωA1+100MHz、ωB1+100MHz、ωC1+100MHzの光になる。このようにして、量子ビット操作用の光源を得ることができる。
【0031】
(実施例3)
本実施例では、実施例1のPr3+:Y2SiO5結晶を1.4Kに保持する。また結晶で構成する共振器は、FSRが100kHzになるように作製する。
【0032】
実施例1と同様にして、量子ビットとして利用できるイオンを見出す際に量子ビット間の相互作用の導入に用いるFSRだけ隔てて隣り合う3つの共振器モード(それぞれ共振器モードD(角周波数ωD)、E、Fとする)のいずれに光子が放出されても検出できるようにしておき、ωDより2π×17.3MHz高エネルギーの角周波数を中心に約200kHzの範囲で掃引しながら、線幅狭窄化したレーザーを掃引しつつ照射し、3つのモードすべてに光子が1個ずつ放出される角周波数を見出す。こうして、その角周波数が、光共振器に共鳴しない遷移の角周波数である3つの物理系を見出す。これらの物理系は、実施例1の量子ビットA1、B1、C1に相当する。同様にして、このような3つの物理系をもう1組見出し、実施例1の量子ビットA2、B2、C2に相当する量子ビットを得る。
【0033】
本実施例における量子ビットをD1、D2、E1、E2、F1、F2(これらは実施例1の量子ビットA1、A2、B1、B2、C1、C2に相当する)とする。これらの量子ビットを(D1、D2)、(E1、E2)、(F1、F2)という2量子ビットからなる3つの量子コンピューターと考える。この3つの量子コンピューターに同時に平行して、実施例1と同様な量子ビット操作を行い、また演算結果を読み出す場合、実施例1で同時に6種類必要だった角周波数が、4種類ですむようになる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】周波数領域量子コンピューターの基本概念を表す図。
【図2】遷移周波数平面上で、1量子ビットを操作する際の、量子ビットと照射光との関係の一例を表す図。
【図3】遷移周波数平面上で、2量子ビット間の条件付きゲートを実行する際の、量子ビットと照射光との関係の一例を表す図。
【図4】本発明の実施形態に係る量子コンピューターにおいて、それぞれを独立した量子コンピューターとして同時に平行して動作させる物理系集団の周波数平面上での位置関係の第1の場合を示す図。
【図5】本発明の実施形態に係る量子コンピューターにおいて、それぞれを独立した量子コンピューターとして同時に平行して動作させる物理系集団の周波数平面上での位置関係の第2の場合を示す図。
【図6】図5の量子コンピューターが満たすべき条件を説明する、物理系集団の周波数平面上での位置関係を示す図。
【図7】本発明の実施例1の量子コンピューターにおいて、量子ビットとして利用するPr3+イオンの遷移周波数平面上での位置を示す図。
【図8】本発明の実施例2の量子コンピューターの構成を示す図。
【符号の説明】
【0035】
1…Pr3+:Y2SiO5結晶、10…光共振器、20…光共振器、21…色素(ローダミン)、22…アルゴンイオンレーザー、30…ビームスプリッター、31…音響光学効果素子、40…音響光学効果素子、41、42…ビームスプリッター、43…ミラー、51、52、53…フィルター、61、62、63…音響光学効果素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも3つのエネルギー状態を有する物理系を含む物理系集団(各々の物理系について、3つのエネルギー状態のうちエネルギーの一番高い状態を|3>、残りの2つの状態を|1>および|2>、その他の状態がある場合に4つ目以降の状態を|p>(pは4以上の自然数)とし、|i>、|j>間遷移の遷移角周波数をωij(i、jは自然数)、均一幅をΔωhomo,ijとする)と、
前記物理系集団を内蔵した、複数の共振器モードを有する光共振器(k番目の共振器モードの角周波数をωck(kは自然数)とする)と、
前記光共振器内の前記物理系集団に光を照射する手段とを有し、
前記光共振器と前記物理系集団は、前記光共振器に属する任意の異なる2つの共振器モード(l番目とm番目の共振器モードとする)の角周波数の差が|ωclcm| > Δωhomo,23となる関係を満たし、かつ前記物理系集団は前記光共振器の共振器モードの各々の角周波数ωcq(qは自然数)に対してそれぞれ共鳴する遷移角周波数ω23をもつ複数の物理系集団Aqを含み、
前記光照射手段は、前記複数の物理系集団Aqからそれぞれ同数のr個ずつ(rは自然数)選択された物理系からなる量子ビットAqs(sは1からrまでの自然数)のうち、s(1)番目の量子ビットAqs(1)に対して、前記複数の物理系集団Aqに関して同時に遷移角周波数ω12またはω1pに2光子共鳴する2波長の光を照射すること、および、同時に遷移角周波数ω13またはωp3に1光子共鳴する光を照射することが可能である
ことを特徴とする量子コンピューター。
【請求項2】
少なくとも3つのエネルギー状態を有する物理系を含む物理系集団(各々の物理系について、3つのエネルギー状態のうちエネルギーの一番高い状態を|3>、残りの2つの状態を|1>および|2>、その他の状態がある場合に4つ目以降の状態を|p>(pは4以上の自然数)とし、|i>、|j>間遷移の遷移角周波数をωij(i、jは自然数)、均一幅をΔωhomo,ij、不均一幅をΔωinhomo,ijとする)と、
前記物理系集団を内蔵した、角周波数ωFSRの自由スペクトル間隔を隔てた複数の00モードの共振器モードを有する光共振器(k番目の共振器モードの角周波数をω00k(kは自然数)とする)と、
前記光共振器内の前記物理系集団に光を照射する手段とを有し、
前記光共振器と前記物理系集団は、Δωhomo,23 < ωFSR、およびωFSR < Δωinhomo,23という関係を満たし、かつ前記物理系集団は前記光共振器の共振器モードの各々の角周波数ω00q(qは自然数)に対してそれぞれ共鳴する遷移角周波数ω23をもつ複数の物理系集団Aqを含み、
前記光照射手段は、前記複数の物理系集団Aqからそれぞれ同数のr個ずつ(rは自然数)選択された物理系からなる量子ビットAqs(sは1からrまでの自然数)のうち、s(1)番目の量子ビットAqs(1)に対して、前記複数の物理系集団Aqに関して同時に遷移角周波数ω12またはω1pに2光子共鳴する2波長の光を照射すること、および、同時に遷移角周波数ω13またはωp3に1光子共鳴する光を照射することが可能である
ことを特徴とする量子コンピューター。
【請求項3】
前記物理系は、酸化物結晶中の希土類イオンであることを特徴とする請求項1または2に記載の量子コンピューター。
【請求項4】
前記光照射手段は、前記物理系集団を内蔵した前記光共振器と同じ自由スペクトル間隔を持つ光共振器内に内蔵させたレーザー媒質を含み、多モード発振させることにより得た角周波数ωFSRの自由スペクトル間隔を隔てた複数の角周波数をもつ光を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の量子コンピューター。
【請求項5】
多モード発振させることにより得た角周波数ωFSRの自由スペクトル間隔を隔てた複数の角周波数をもつ光を、前記複数の物理系集団Aqに属する量子ビットのうち所望の量子ビットを操作できるように周波数シフトさせまた強度を制御するための第1の音響光学効果素子と、
前記第1の音響光学効果素子を透過した光を、多モードのまま複数のビームに分割するビームスプリッターと、
分割されたそれぞれの光を透過させ、それぞれの物理系集団Aqに対応した周波数領域に共鳴する光を取り出すフィルターと、
それぞれの物理系集団Aqに属するs番目の量子ビットの操作に適するように、前記フィルターを透過した各々の光の周波数を調整する第2の音響光学効果素子と
を有することを特徴とする請求項4に記載の量子コンピューター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−65219(P2006−65219A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−250513(P2004−250513)
【出願日】平成16年8月30日(2004.8.30)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】