説明

量子ドットを用いた光遅延器

【課題】光の回折限界に支配されることなく、遅延回路としての機能をナノメートル領域において発揮させる。
【解決手段】互いに等しい共鳴準位を持つ2つの量子ドット11、12からなり、入力パルス光を何れかの量子ドットで吸収するとともに、これに基づいて生成した光励起担体を共鳴準位を介して章動させる章動用の量子ドットグループ20と、ゲート信号に対応する信号光による光励起担体の励起状態に応じて共鳴準位までシフトする第1のエネルギー準位を有し、量子ドットグループ20において章動が繰り返されている光励起担体をシフトさせた第1のエネルギー準位に注入させるゲート用の量子ドット21と、ゲート用の量子ドット21における上記第1のエネルギー準位から光励起担体が注入される第2のエネルギー準位を有し、当該第2のエネルギー準位から放出されたエネルギーに応じて出力信号としての出力光を生成する出力用の量子ドット22とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノスケールの光通信ネットワーク、光計測等の分野に適用される量子ドットを用いた光遅延器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の半導体微細加工技術の発展により、量子力学的効果が顕著に現れるサイズまでに微細な構造をもつ半導体素子が実現されている(例えば、非特許文献1参照。)。この量子力学的効果を利用した半導体素子として、例えばHBT(Hetero-junction Bipolar Transistor)や量子井戸レーザ等が実用化されている。また量子力学的効果を利用し、単一電子を制御することにより電子の粒子性を極限まで利用するナノスケールの量子ドットが注目されている。
【0003】
量子ドットは、上述した半導体微細加工技術を用いることにより、光励起担体に三次元的な量子閉じ込めを与えるほど微細なポテンシャルの箱を形成したものである。この光励起担体の閉じ込め系を利用し、量子ドット内のキャリアのエネルギー準位が離散的になり、状態密度がデルタ関数的に尖鋭化する。この量子ドットにおける尖鋭化した状態間における光の吸収を利用する単一電子メモリや、量子ドットを出入りする単一電子をON/OFF動作させる単一電子トランジスタが既に研究されており、単一電子のナノスケール操作が実現化されつつある。
【非特許文献1】M.Ohtsu,K.Kobayashi,T.Kawazoe,S.Sangu,andT.Yatsui,IEEE J.Sel.Top.Quantum.Electron.,Vol.8,pp.839-862(2002).
【非特許文献2】P.S.Guilfoyle and D.S.McCallum,Opt.Eng.,Vol.35,pp.436-442 (1996).
【非特許文献3】M.J.O’Mahony,D.Simeonidou,D.K.Hunter,and A.Tzanakaki,IEEE Commun.Mag.,Vol.39,pp.128-135(2001).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、将来の大容量情報処理への要求に応えるべく、光の回折限界に支配されることなく演算処理、情報処理、遅延処理等を行うことができるナノスケールの演算回路、遅延回路等の実現が望まれている。特に、これら論理演算系を完全なものとするためには、入力された信号を所定時間遅延させてその後出力する遅延器も必須となる。
【0005】
しかしながら、ナノスケールの遅延器を電子デバイスで実現化しようとした場合、量子的なゆらぎが生じてしまうという問題点があり、また光デバイスで実現しようとした場合には、やはり光の回折限界により微小化が制限されてしまうという問題点があった。
【0006】
このため、実用的なナノスケールの遅延器自体が未だ案出されていないのが現状であった。
【0007】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、ナノメートル領域に配置された量子ドット間において生じる特有な光物理現象に着目し、光の回折限界に支配されることなく、遅延回路としての機能をナノメートル領域において発揮させることが可能な量子ドットを用いた光遅延器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る量子ドットを用いた光遅延器は、互いに等しい共鳴準位を持つ2つの量子ドットからなり、入力パルス光を何れかの量子ドットで吸収するとともに、これに基づいて生成した光励起担体を上記共鳴準位を介して上記2つの量子ドット間で章動させる章動用の量子ドットグループと、ゲート信号に対応する信号光による光励起担体の励起状態に応じて上記共鳴準位までシフトする第1のエネルギー準位を有し、上記量子ドットグループにおいて章動が繰り返されている光励起担体を上記シフトさせた第1のエネルギー準位に注入させるゲート用の量子ドットと、上記ゲート用の量子ドットにおける上記第1のエネルギー準位から光励起担体が注入される第2のエネルギー準位を有し、当該第2のエネルギー準位から放出されたエネルギーに応じて出力信号としての出力光を生成する出力用の量子ドットとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、光の回折限界に支配されることなく、遅延回路としての機能をナノメートル領域において発揮させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための最良の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0011】
先ず、本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器1について説明をする。光遅延器1は、デジタル化されたゲート信号の入力に対する出力信号を生成する演算回路であって、例えば図1に示すように、2つの量子ドット11、12から構成される量子ドットグループ20と、ゲート用の量子ドット21と、出力用の量子ドット22とを備えている。これら各量子ドット11、12、21、22は、それぞれ基板10上において形成されている。
【0012】
基板10は、NaCl、KCl又はCaF等の誘電性材料により構成される。
【0013】
各量子ドット11、12、21、22は、光励起担体を三次元的に閉じ込めることにより形成される離散的なエネルギー準位に基づき、単一電子(励起子)を制御する。これら各量子ドット11、12、21、22は、光励起担体の閉じ込め系により、量子ドット内のキャリアのエネルギー準位が離散的になり、状態密度をデルタ関数的に尖鋭化させることができる。なお、この量子ドット22,23において扱う光励起担体は、励起子、電子、正孔等のいかなる光励起担体に代替することが可能となる。
【0014】
各量子ドット11、12、21、22は、CuCl、GaN又はZnO等の材料系からなり、各量子ドット11、12、21、22を構成する材料系がCuClである場合に、これらは立方体として構成され、また各量子ドット11、12、21、22を構成する材料系がGaNやZnOである場合に、これらは球形或いは円盤形として構成される。この各量子ドット11、12、21、22の辺長や径は、それぞれ4nm〜10nm程度で構成することも可能となり、光の波長λと比較してより小さいサイズで基板上に形成させることも可能となる。なお、量子ドット21は、量子ドットグループ20と隣接させて配置し、量子ドット22は量子ドット21と隣接させて配置するとともに、量子ドットグループ20とは離間させて配置する。即ち、量子ドットグループ20と量子ドット22とは光励起担体の移動が起きない程度に離間させておくことが望ましい。
【0015】
これら各量子ドット11、12、21、22はブリッジマン法や分子エピタキシー(MBE)成長法に基づいて基板11上に作製してもよいし、また近接場光CVDを利用して量子ドットの形成位置を精度よく制御してもよい。
【0016】
量子ドット11、12は、互いに等しい共鳴準位を持つ。これら量子ドット11、12の何れかに対して入力パルス光が供給されてくる。この量子ドット11、12は、この入力されたパルス光を光励起担体に変換した上で、後述するゲート信号が送られてくるまで保持する役割を担う。
【0017】
ゲート用の量子ドット21は、ゲート信号に対応する信号光が供給される。ゲート用の量子ドット21は、このゲート信号の供給を受けて量子ドット11、12において保持されている光励起担体を読み出し、これを出力側の量子ドット22へと送る役割を担う。
【0018】
出力側の量子ドット22は、ゲート用の量子ドット21から供給されてくる光励起担体を出力光に変換し、これを外部へと出力する役割を担う。
【0019】
即ち、この光遅延器1は、入力されたパルス信号を保持し、この保持されたパルス信号の読み出しを望むタイミングにおいてゲート信号を入力し、これを出力するデバイスである。
【0020】
入力パルス光やゲート信号光の入力は、例えば近接場光プローブを介して実行するようにしてもよいが、これらを伝搬光として入力するようにしてもよい。
【0021】
なお、光遅延器1を構成する量子ドット11、12、21、22におけるエネルギー準位E(nx,ny,nz)は、粒子の質量をmとし、また量子ドットの辺長をLとしたときに、以下の式(1)により定義される。
E(nx,ny,nz)=h2/8π2m(π/L)2(nx2+ny2+nz2)・・・・・(1)
なお、本発明では、量子ドットの形状や材質に応じて、この式(1)で定義されるエネルギー準位E(nx,ny,nz)の式以外に、他の一般的なエネルギー準位の式が適用される場合もある。
【0022】
この式(1)に基づき、各量子ドット11、12、21、22のE(nx,ny,nz)を計算する。
【0023】
ここで説明のため、仮にこの量子ドット11、12、21、22がそれぞれ立方体として構成されている場合において、量子ドットグループ20を構成する量子ドット11、12の辺長をdとしたとき、ゲート用の量子ドット21の辺長を2d、出力用の量子ドット22の辺長を√2dと仮定する。
【0024】
ここで量子ドット11、12と、量子ドット22との辺長比が、およそ1:√2であるため、図2に示すように、量子ドット11、12におけるエネルギー準位が(1,1,1)であるときのE(111)と、量子ドット22におけるエネルギー準位が(2,1,1)であるときのE(211)とが等しくなる。また、量子ドット11、12と、量子ドット22との辺長比が、およそ1:2であるため、図2に示すように、量子ドット11、12におけるエネルギー準位が(1,1,1)であるときのE(111)と、量子ドット22におけるエネルギー準位が(2,2,2)であるときのE(222)とが等しくなる。
【0025】
このような状態とすることができれば、量子ドット11、12におけるエネルギー準位(1,1,1)と、量子ドット21におけるエネルギー準位(2,2,2)と、量子ドット22におけるエネルギー準位(2,1,1)との間で同一エネルギー準位を作り出すことができ、当該エネルギー準位を介して共鳴を起こさせることが可能となる。その結果、これら各量子ドット11、12、21、22間において、エネルギー移動を実現することが可能となる。なお、量子ドットの辺長を変えることにより、上記(1)式によりエネルギー準位の高さを制御することが可能となる。
【0026】
上述の如きメカニズムを念頭に置いた上で、本発明を適用した光遅延器1では、初期状態においてあえて図3に示すようなエネルギー準位の関係となるように量子ドット11、12、21、22を作製する。即ち、この図3においては、量子ドット11、12におけるエネルギー準位(1,1,1)が互いに同一となるように調整した上で、これらと量子ドット21のエネルギー準位(2,2,2)とが互いに共鳴が起こらない程度にサイズ調整を行う。また量子ドット22におけるエネルギー準位(2,1,1)は、量子ドット11、12におけるエネルギー準位(1,1,1)と同一となるように調整されている。即ち、この初期状態においては、量子ドット21と量子ドット22との間で共鳴準位は存在しないことになる。
【0027】
かかる状態の下で、入力パルス光を量子ドットグループ20へと供給する。その結果、量子ドット11、12の何れか(図3の例では量子ドット12)によりこの入力パルス光は吸収され、基底準位からエネルギー準位(1,1,1)へと光励起担体が励起されることになる。なお、このような励起を起こさせるためには、入力パルス光の波長を量子ドット11、12における基底準位からエネルギー準位(1,1,1)のエネルギー差に対応した波長となるように予め調整しておくことは勿論である。
【0028】
量子ドット12におけるエネルギー準位(1,1,1)に励起された光励起担体は、量子ドット11におけるエネルギー準位(1,1,1)へと遷移する。また、この量子ドット11におけるエネルギー準位(1,1,1)へと遷移した光励起担体は、再び量子ドット12におけるエネルギー準位(1,1,1)へと遷移する。この光励起担体は、この遷移プロセスを繰り返し実行することになり、あたかもこの量子ドット11、12間を振動しているかの動態を示すことになる。即ち特開平2006−23505号公報に開示されているように、量子ドット11、12間で光励起担体が行き来する、いわゆる章動(nutation)が繰り返されることになり、これがポピュレーションの振動という形で現われることになる。
【0029】
この初期状態においては、上述の如く、量子ドット11、12におけるエネルギー準位(1,1,1)と、量子ドット21のエネルギー準位(2,2,2)とが互いに共鳴が起こらない程度にサイズ調整されている。このため、量子ドット11、12間において光励起担体の章動が繰り返し実行されている際には、当該光励起担体が量子ドット21へと移動してしまうことは無い。
【0030】
次に、入力パルス光の読み出しを望むタイミングにおいてゲート信号に対応する信号光を供給する。その結果、量子ドット21によりこのゲート信号に対応する信号光は吸収され、図3に示すように、当該量子ドット21における例えばエネルギー準位(1,1,1)を始めとした下位準位へ光励起担体は励起されることになる。この下位準位へ光励起担体が励起されると、これに応じて量子ドット21におけるエネルギー準位(2,2,2)は、図3に示すように下位へとシフトする。そして、量子ドット11、12におけるエネルギー準位(1,1,1)と、量子ドット21におけるエネルギー準位(2,2,2)とがほぼ同一準位となり、これらの間で共鳴が生じる。かかる共鳴が生じることにより、今まで量子ドット11、12間において章動を繰り返していた光励起担体が量子ドット21におけるエネルギー準位(2,2,2)へと遷移していくことになる。この段階において各量子ドット11、12、21、22におけるエネルギー状態は、図2と同様になる。
【0031】
この量子ドット21におけるエネルギー準位(2,2,2)へと遷移した光励起担体は、そのまま量子ドット22におけるエネルギー準位(2,1,1)へと遷移していくことになる。即ち、量子ドット22のエネルギー準位(2,1,1)は、量子ドット11、12におけるエネルギー準位(1,1,1)と同一となるように予め制御されていることから、シフト後の量子ドット21におけるエネルギー準位(2,1,1)とも同一準位を形成していることになり、光励起担体の移動を実現することができる。
【0032】
この量子ドット22におけるエネルギー準位(2,1,1)へと遷移した光励起担体は、そのまま下位準位へとシフトし、それと同時に出力光を発光することになる。
【0033】
即ち、この光遅延器1では、図4に示すように時刻tにおいてパルス光が入力され、この入力されたパルス光は、光励起担体に変換された上で、ゲート用の信号光が入力される時刻tに至るまで章動を繰り返す。そして時刻tにおいてゲート用の光信号が供給された場合に、この章動を繰り返している光励起担体を出力用の量子ドット22まで遷移させ、これを出力光のパルスとして発信させることができる。即ち、この光遅延器1では、入力されたパルス光を所望の時間まで遅延させた上で出力する遅延回路としての機能を発揮することが可能となる。
【0034】
特にこの光遅延器1では、ナノメータサイズの量子ドットにより形成することができ、遅延処理を行うことができる演算回路をナノスケールで実現することが可能となる。また、この光遅延器1では、ナノメータサイズの量子ドットにより形成することで、量子的なゆらぎを解消することができ、光の回折限界に支配されることもなくなるという利点もある。
【0035】
このため、ナノメータサイズで構成されるナノデバイス用の回路として実現することも可能となり、その用途を拡大させることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器の構成を示す図である。
【図2】各量子ドットにおけるエネルギー状態を示す図である。
【図3】本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器の動作について説明するための図である。
【図4】本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器の作用効果について説明するための図である。
【符号の説明】
【0037】
1 光遅延器
10基板
11、12、21、22 量子ドット
20 量子ドットグループ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに等しい共鳴準位を持つ2つの量子ドットからなり、入力パルス光を何れかの量子ドットで吸収するとともに、これに基づいて生成した光励起担体を上記共鳴準位を介して上記2つの量子ドット間で章動させる章動用の量子ドットグループと、
ゲート信号に対応する信号光による光励起担体の励起状態に応じて上記共鳴準位までシフトする第1のエネルギー準位を有し、上記量子ドットグループにおいて章動が繰り返されている光励起担体を上記シフトさせた第1のエネルギー準位に注入させるゲート用の量子ドットと、
上記ゲート用の量子ドットにおける上記第1のエネルギー準位から光励起担体が注入される第2のエネルギー準位を有し、当該第2のエネルギー準位から放出されたエネルギーに応じて出力信号としての出力光を生成する出力用の量子ドットとを備えること
を特徴とする量子ドットを用いた光遅延器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−75458(P2009−75458A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245902(P2007−245902)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 低損失オプティカル新機能部材技術開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000173636)財団法人光産業技術振興協会 (19)
【Fターム(参考)】