説明

量子ドット(Qdot)−ナノゲル複合体の調製

【課題】量子ドット(Qdot)のコロイド安定性の向上、細胞内移行性の向上を達成する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、疎水化高分子からなるナノゲル(疎水化多糖ナノゲル)と量子ドット(Qdot)を共存させ、量子ドットをナノゲル内に取り込むことを特徴とする量子ドット−ナノゲル複合体の調製方法、量子ドット−ナノゲル複合体の制御方法、量子ドット−ナノゲル複合体の動物細胞への取り込み率の制御方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水化多糖ナノゲルと量子ドット(Qdot)の複合体の調製法、及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
量子ドット(Qdot)とは、粒径のサイズによって蛍光波長が異なるという特徴を有する直径数nmの半導体素材からなる公知のナノクリスタルである(非特許文献1)。量子ドットには、蛍光色素として、CdSe(セレン化カドミウム)、CdTe(テルル化カドミウム)といった半導体素材が使用されている。量子ドットは、従来の蛍光色素と比較して卓越した光安定性を有し、長時間の検出が可能であり、きわめて明るい蛍光を有し、検出波長の分布がシャープである。さらに、全ての色を一つの光源で励起可能であり、光学顕微鏡における細胞観察等に適している。近年、量子ドットを、細胞内機能を調べるための新しいプローブとして利用しようとする研究が進められている。例えば、抗体付き量子ドットは、GFPタンパク質に変わる細胞内挙動の可視化プローブとして期待されている。
【0003】
一方で、ナノ微粒子とゲルの特性を併せ持つナノメーターサイズ(特に100nm以下)の高分子ゲル微粒子(ナノゲル)は、特にドラッグデリバリーシステムやナノテクノロジー分野で注目されるようになってきた。一般に化学架橋ナノゲルはマイクロエマルション重合法や高分子分子内での架橋反応により合成されてきた。本発明者らは、疎水化高分子の自己組織化による物理架橋ナノゲルの新規な調製法を報告した(非特許文献2)。すなわち、比較的疎水性の高い疎水基(コレステロール基)を部分的に導入した水溶性多糖類が、希薄水溶液中で自己組織的に会合し、疎水基の会合領域を架橋点とする単分散なナノゲルを形成することを見出した。発明者らの知る限り、物理架橋点を有する50nm以下のサイズの揃ったナノゲルとしては、初めての報告であった。
【0004】
通常のナノ微粒子は、その表面の特性を利用した研究がほとんどであるが、ナノゲルはさらにその内部の空間に疎水性の薬物やタンパク質といった物質を取り込めるスペースを有することが最大の特色である。コレステロール置換プルラン(CHP)のナノゲルは、タンパク質と選択的に相互作用するホストとして機能し、ドラッグデリバリーシステムのキャリアーとして有効であることを報告している。さらに、ナノゲルはシクロデキストリンの添加により崩壊し、取り込んだ物質を放出することが可能である。
【0005】
また、第2の利点は物理架橋点を有することから、架橋構造の動的構造制御が可能であることである。疎水基の構造を変えることでゲルネットワークの動的特性を制御しえることやシクロデキストリンとのホストーゲスト相互作用を利用することで、ナノゲルの生成と崩壊を動的に制御しえる。この性質を利用して、変性タンパク質の取り込みと放出を制御した人工分子シャペロンの開発に成功している。
【非特許文献1】Watson A. et. al., (2003) Bio Techniques, 34(2), 296-303
【非特許文献2】Akiyoshi K. et. al.,(1993) J.Macromolecules, 26, 3062
【非特許文献3】Brycgezm MP. et. al., (1998) Science,281(5385), 2013-2016
【非特許文献4】Chan WC. et. al., (1998) Science, 281(5385), 2016-2018
【非特許文献5】Rosenthal SJ. et. al., (2002) Journal of the American Chemical Society, 124(17),4586-4594
【非特許文献6】Akerman ME. et. al., (2002)Proceedings of the National Academy of Sciences, 99(20), 12617-12621
【非特許文献7】Dubertret B. et. al.,(2002) Science,298(5599), 1759-1762
【非特許文献8】Wu X.et. al., (2003) Nature Biotechnology, 21(1), 41-46
【非特許文献9】Jaiswal J et. al., (2003) NatureBiotechnology, 21(1), 47-51
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
量子ドットを細胞内機能の解析のためのプローブとして用いる際の問題点は、量子ドットの安定性と細胞の取り込み効率の低さにある。したがって、本発明の課題は、量子ドットのコロイド安定性の向上、細胞内移行性の向上を達成することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、疎水化多糖ナノゲルと量子ドットの複合化による量子ドット−ナノゲル複合体の形成を主要な特徴とする。
つまり本発明は、
「1.疎水化高分子からなるナノゲルと量子ドット(Qdot)を共存させ、量子ドットをナノゲル内に取り込むことを特徴とする量子ドット−ナノゲル複合体の調製方法。
2.ナノゲルが粒径(直径)5〜200nmである、前項1に記載の調製方法。
3.ナノゲルがコレステロール置換プルラン(CHP)である、前項2に記載の調製方法。
4.ナノゲルが糖鎖に官能基を導入したナノゲルである、前項1〜3のいずれか1に記載の調製方法。
5.ナノゲルが糖鎖に正電荷を有する官能基を導入したナノゲルである、前項4に記載の調製方法。
6.官能基がアミノ基である、前項5に記載の調製方法。
7.量子ドット(Qdot)が表面にタンパク質が結合している量子ドットである、前項1〜6のいずれか一に記載の調製方法。
8.前項1〜7のいずれか一に記載の調製方法によって調製された量子ドット−ナノゲル複合体。
9.シクロデキストリンの添加により前項9に記載の量子ドット(Qdot)−ナノゲル複合体からの量子ドットの解離を制御する方法。
10.ナノゲルの正電荷の大きさを制御することにより、前項8に記載の量子ドット(Q dot)−ナノゲル複合体の動物細胞への取り込み率を制御する方法。
11.アミノ基の導入率によりナノゲルの正電荷の大きさを制御する、前項10に記載の方法。」
からなる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の量子ドット−ナノゲル複合体は単分散なナノ粒子であることから、ナノゲルとの複合化による量子ドットのコロイド安定性の向上が可能となり、量子ドットの細胞内移行性を増加させ、量子ドットによる細胞内解析の感度を高めることが可能となる。また、ナノゲルの架橋構造の動的構造を制御することにより、量子ドット−ナノゲル複合体からの量子ドットの解離を制御することが可能となる。さらに、量子ドット−ナノゲル複合体のナノゲルの正電荷を変化させることにより、量子ドット−ナノゲル複合体の細胞への取り込み率を制御できるという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本明細書中で使用されている技術的および科学的用語は、別途定義されていない限り、当業者により普通に理解される意味を持つ。以下、本発明について、発明の実施の態様をさらに詳しく説明する。以下の詳細な説明は例示であり、説明のためのものに過ぎず、本発明を何ら限定するものではない。
【0010】
本発明に使用する疎水化高分子からなるナノゲル(疎水化多糖ナノゲル)は公知である。例えばWO00/12564(高純度疎水性基含有多糖類およびその製造方法)に開示がある。それによると、第1段階反応は、炭素数12〜50の水酸基含有炭化水素またはステロールと、OCN-R1 NCO(式中、R1は炭素数1〜50の炭化水素基である。)で表されるジイソシアナート化合物を反応させて、炭素数12〜50の水酸基含有炭化水素またはコレステロールが1分子反応したイソシアナート基含有疎水性化合物を製造する。
【0011】
第2段階反応は、前記第1段階反応で得られたイソシアナート基含有疎水性化合物と多糖類とをさらに反応させて、疎水性基として炭素数12〜50の炭化水素基またはステリル基を含有する疎水性基含有多糖類を製造する。この第2段階反応の反応生成物をケトン系溶媒で精製して高純度疎水性基含有多糖類の製造が可能である。使用されうる多糖類としては、プルラン、アミロペクチン、アミロース、デキストラン、ヒドロキシエチルデキストラン、マンナン、レバン、イヌリン、キチン、キトサン、キシログルカンおよび水溶性セルロースからなる群より選択される1種以上である。
【0012】
このうち好適なナノゲルとしてはコレステロール置換プルラン(CHP、分子量108,000のプルランに100単糖あたりコレステロールが1〜10個、好ましくは1〜数個置換)が例示される。疎水化高分子の性状は、タンパク質のサイズや疎水性の程度により、コレステロール置換量を変え変更可能である。疎水性をコントロールするためには、炭素数10〜30、好ましくは炭素数12〜20程度のアルキル基を導入することも好適である。本発明で使用するナノゲルは、粒径10〜40nm、好ましくは20〜30nmである。ナノゲルは既に広く市販されており、本発明では、これら市販品を広く利用可能である。
【0013】
本発明に使用する量子ドットは、タンパク質、核酸を公知の方法により表面に結合させた量子ドットを用いることができる(非特許文献3〜9)。量子ドットに異なる物質を結合することで、複数の蛋白質・遺伝子など生体試料を同時に解析することが可能となる。量子ドットに結合させるタンパク質の好適な例としては、抗体、プロテインA、アビジン、ビオチンが挙げられる。量子ドットに結合させる核酸の好適な例としては、DNA、RNAが挙げられる。量子ドットへのタンパク質、核酸の結合には、市販品を利用可能である。市販品の具体例として、量子ドットによる抗体の標識に用いるキットである、Qdot抗体標識シリーズ(カンタムドット社(住商バイオサイエンス社))が挙げられる。
【0014】
また、量子ドットは既に広く市販されており、本発明ではこれら市販品を広く利用可能である。市販品の具体例として、Qdot標識シリーズ(カンタムドット社(住商バイオサイエンス社))が挙げられる。Qdot標識シリーズ(カンタムドット社)には、生細胞の標識に用いることができる量子ドット(QtrackerTM)がある。また、タンパク質や酵素を表面に結合した量子ドットとして、Qdot1次抗体標識シリーズ、Qdot2次抗体標識シリーズ、Qdotビオチン標識シリーズ、QdotプロテインA標識シリーズ、Qdotストレプトアビジン標識シリーズがある。
【0015】
本発明に係る量子ドット−ナノゲル複合体は、ナノゲルと量子ドットを共存させ、相互作用させることにより、量子ドットをナノゲル内に取り込むことにより得られる。量子ドットとナノゲルの混合比は、用いる量子ドットおよびナノゲルの種類に応じて適宜実験的繰り返しにより決定される。好ましくは量子ドットに対しCHPを1:1〜100、より好ましくは1:10のモル比で混合する。
【0016】
量子ドット−ナノゲル複合体の好適な形成条件としては、量子ドットとナノゲルをバッファー中において混合し、5分間〜60分間、好ましくは10〜30分間、20〜70度、好ましくは20〜30度にて静置する。量子ドット−ナノゲル複合体の形成に用いるバッファーは、量子ドットとナノゲルの種類により適宜調製することができ、具体例としてTris HCl緩衝液(50mM、pH7.6)が好適に挙げられる。予想される量子ドット−ナノゲル複合体の形成の模式図を図1に示す。量子ドット−ナノゲル複合体の粒径は用いる量子ドットおよびナノゲルの種類等により異なる。
【0017】
調製された量子ドット−ナノゲル複合体は、広く公知の方法により解析することが可能である。例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(gel permeation chromatography、GPC)、原子間力顕微鏡(atomic force microscope、AFM)、蛍光顕微鏡および共焦点レーザー蛍光顕微鏡により解析できる。
【0018】
本発明に係る量子ドット−ナノゲル複合体はシクロデキストリンを添加することにより、量子ドットーナノゲル複合体から量子ドットを適宜解離させることができる。シクロデキストリンはCHPに対し、1:1000のモル比で添加する。シクロデキストリンとしてはシクロデキストリンのa、b、g、およびその誘導体等、好ましくはメチル−b−シクロデキストリンを用いることができる。ナノゲルと量子ドットを複合化することにより量子ドットのコロイド安定性を高めておき、必要時にシクロデキストリンを添加して、量子ドットの機能を発揮させる系の構築が可能である。
【0019】
また、本発明に係る量子ドット−ナノゲル複合体の細胞への取り込み効率を向上させるため、正電荷を有する置換基、例えばアミノ基を導入したナノゲルも好適に用いられる。ナノゲルへのアミノ基の導入率はCHPのグルコース100単糖あたり1〜50、より好ましくは5〜30である。ナノゲルへのアミノ基の導入方法としては、以下のような手法が好適に挙げられる。
【0020】
減圧乾燥したCHP 1 gおよびジメチルアミノピリジン(DMAP) 0.035 gをジメチルスルホキシド(DMSO)/ピリジン(v:v=1:1)混合溶媒20mlに溶解し、これに10mlの0.25 g/ml 4-ニトロフェニルクロロギ酸/(DMSO/ピリジン(v:v=1:1)混合溶媒)をゆっくり添加し、4時間攪拌する。これを、エタノール/ジエチルエーテル(v:v=1:1)混合溶媒を用いて再沈する。回収した沈殿物を300mlのDMSO/ピリジン(v:v=1:1)混合溶媒に溶解し、10 mlの28.5% エチレンジアミン/(DMSO/ピリジン(v:v=1:1)混合溶媒)にゆっくりと滴下し、4日間攪拌する。これを、エタノール/ジエチルエーテル(v:v=1:1)混合溶媒を用いて再沈する。沈殿物を減圧乾燥し、200mlのDMSOに溶解し、蒸留水により透析する。さらに1N NaOH水溶液により透析し、これをHClにより中和し、さらに蒸留水により透析する。これを凍結乾燥し、乳白色の固体を得る。アミノ基の具体例としてはNH2が好適に挙げられる。導入する置換基の数は適宜変えることができ、導入する置換基の数を変えることにより正電荷の大きさを制御し、量子ドット−ナノゲル複合体の細胞への取り込み効率を制御することが可能である。
【0021】
本発明に用いる細胞は、一般に使用されている細胞を使用可能である。具体例として、HeLa細胞、Hep2細胞が挙げられる。量子ドット−ナノゲル複合体の細胞への取り込みは、量子ドット−ナノゲル複合体と細胞を共存させ、接触させることにより可能である。
【0022】
細胞に添加する量子ドット−ナノゲル複合体の培地中の濃度は細胞、量子ドット、およびナノゲルの種類等に応じて適宜実験的繰り返しにより決定されるが、終濃度で0.25〜1nMを添加するのが好適である。
【0023】
細胞へ量子ドット−ナノゲル複合体を取り込ませる好適な条件としては、量子ドット−ナノゲル複合体含有培地で細胞を少なくとも1〜3時間培養することにより、細胞に量子ドット−ナノゲル複合体が取り込まれる。本発明の量子ドット−ナノゲル複合体は、コロイド安定化しているため、量子ドットの細胞内への取り込み率が良い。したがって、本発明の量子ドット−ナノゲル複合体を用いることにより、量子ドットによる細胞内機能の解析の感度が上昇するという利点がある。
【0024】
以下に説明する調製条件により、目的に合わせた量子ドット−ナノゲル複合体を調製することができる。
【0025】
具体的な調製方法の1は、量子ドットとしてプロテインA標識量子ドットを、疎水化多糖としてCHPを用い、量子ドットとCHPを、室温にて1:1〜100のモル比でリン酸緩衝液(pH7.4)中で混合し、30分間、静置する。この量子ドット−ナノゲル複合体を用いることにより、培地中における量子ドットのコロイド安定化が高まる。
【0026】
具体的な調製方法の2は、量子ドットとしてプロテインA標識量子ドットを、疎水化多糖としてアミノ基を導入したCHP(CHPNH2)を用い、量子ドットとCHPNH2を、室温にて1:1〜100のモル比でリン酸緩衝液(pH7.4)中で混合し、30分間、静置する。この量子ドット−ナノゲル複合体を用いることにより、量子ドットの細胞への取り込み率が上昇する。
【0027】
具体的な調製方法の3は、具体的な調製方法の3は、量子ドットとしてストレプトアビジン標識量子ドットを、疎水化多糖としてアミノ基を導入したCHP(CHPNH2)を用い、量子ドットとCHPNH2を、1:1〜100のモル比でリン酸緩衝液(pH7.4)中で混合し、70度にて10分間、静置する。この量子ドット−ナノゲル複合体を用いることにより、量子ドットの細胞への取り込み率が上昇する。
【0028】
以下、本発明を実施例で説明するが、実施例は本発明の一例を示すものであって、その技術的範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0029】
実施例1
(量子ドット−ナノゲル複合体の調製)
ナノゲルと量子ドットを混合し、ゲル浸透クロマトグラフィー(gel permeation chromatography、GPC)により複合化を確認した。
<材料および方法>
ナノゲルは、コレステロール置換プルラン(CHP)( コレステロール置換率1.4個/100単糖)を用いた。量子ドットは、プロテインA標識量子ドット(Qdot655プロテインA標識、住商バイオサイエンス)(2μM in 50mMホウ酸バッファー(pH8.3)、蛍光波長655nm、粒径10〜12nm、5〜7プロテインA分子/量子ドット)を用いた。
【0030】
200 mlの1 mM CHP, 10 nMプロテインA標識量子ドット/50mMTris HCl緩衝液(pH7.6)を調製し、室温で5〜10分間静置した(sample3)。コントロールとして、10nMプロテインA標識量子ドット/50mMTrisHCl緩衝液(pH7.6)(sample1)、1mMCHP/50mMTrisHCl緩衝液(pH7.6)(sample2)を調製した。さらに、sample3を70℃で10分間処理した溶液をsample4とした。これらの試料を、50mMTris HCl緩衝液(pH7.6)を溶離液として用いて、GPCシステム(ポンプ:SD-8022 (TOSOH)、カラムオーブン:CO-8022(TOSOH)、示差屈折率検出器:RI-8020 (TOSOH)、蛍光検出器:FP-2025 (JASCO))により解析した。溶離液の流量は0.5ml/分とした。表1に実施例1および2において用いた試料の組成を示す。
【0031】
【表1】

【0032】
<結果>
図2にsample 1〜4について、ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した蛍光測定結果を示す。図2より、量子ドットのみ(sample1)とCHPを相互作用させた量子ドット(sample3、sample4)とを比較すると、ピークが大きくシフトすることがわかった。このことより、CHPと量子ドットが複合体を形成していると考える。また、sample3とsample4を比較すると、多少のピークのシフトは見られたが、大きな差異は見られなかった。このことから、加熱処理を施さなくても、量子ドット−ナノゲル複合体が形成されることが確認された。さらに、この結果から単分散なナノパーティクルの形成が確認された。これは、ナノゲルとの複合化によりコロイド的に安定化され、ゲルカラムとの相互作用が軽減されカラムに吸着することなく回収されたために、蛍光強度の増加が見られたと推定される。
【0033】
実施例2
(量子ドット−ナノゲル複合体とメチル−β−シクロデキストリンの相互作用)
量子ドットーナノゲル複合体にメチル−β−シクロデキストリンを添加し、複合体の崩壊の有無を調べた。
<材料および方法>
ナノゲルと量子ドットは実施例1と同様のものを用いた。 200 mLの1 mM CHP, 10 nMプロテインA標識量子ドット/50mMTrisHCl緩衝液(pH7.6)を調製し、室温で5〜10分間静置した(sample3)。コントロールとして、10nMプロテインA標識量子ドット/50mMTrisHCl緩衝液(pH7.6)(sample1)を調製した。sample3に1mM(終濃度)メチル−β−シクロデキストリン(東京化成工業)を加え、室温で30分間静置した試料をsample5とした。これらの試料を、50mMTrisHCl緩衝液(pH7.6)を溶離液として用いて、ゲル浸透クロマトグラフィー(gel permeation chromatography、GPC)(ポンプ:SD-8022(TOSOH)、カラムオーブン:CO-8022 (TOSOH)、示差屈折率検出器:RI-8020 (TOSOH)、蛍光検出器:FP-2025 (JASCO))により解析した。溶離液の流量は0.5ml/分とした。
【0034】
<結果>
図3にsample 1、sample 3およびsample5のゲル浸透クロマトグラフィーの蛍光測定値を比較した結果を示す。量子ドット−CHP複合体からメチル−β−シクロデキストリン添加により量子ドットが放出されるかを検討した結果、メチル−β−シクロデキストリンの添加によって、蛍光強度が約5割減少した。これは、約50%の量子ドットがナノゲルとの複合体から開放されたことを意味している。メチル−β−シクロデキストリン添加により、ナノゲルと被覆とその除去による量子ドット本来の姿への再生を制御しえることが明らかになった。さらには、ナノゲル複合化により量子ドットのコロイド安定性を高めておき、必要な時にシクロデキストリンを添加してその機能を発揮させる系の構築が可能になった。
【0035】
実施例3
(原子間力顕微鏡(AFM)による量子ドット−ナノゲル複合体の観察)
量子ドット−CHPNH2複合体をマイカ表面に吸着させ、原子間力顕微鏡で観察した。得られた画像より、粒子径を測定した。
<材料および方法>
量子ドットは、実施例1と同様のものを用いた。量子ドットのインキュベーションバッファーは量子ドット付属のものを用いた(50 mM ホウ酸バッファー(pH8.3)、2% BSA、0.05% アジ化ナトリウム)。
ナノゲルは、コレステロール置換プルラン(CHP)( コレステロール置換率1.4個/100単糖)にアミノ基を導入したもの(CHPNH2(25))を用いた。CHPNH2(25)はアミノ基導入率25個/100単糖で調製した。
量子ドット−ナノゲル複合体溶液は、1mg/ml CHPNH2(25)水溶液と2mM量子ドットを10:1(体積比)で混合し、室温で5〜10分間静置したものを用いた。また、コントロールとしてCHPNH2(25)水溶液と量子ドット水溶液を調製した。CHPNH2(25)水溶液として、1mg/mlCHPNH2(25)水溶液を用いた。さらに量子ドット水溶液として、市販の量子ドット2mMをmiliQ水により10倍に希釈したものを用いた。
【0036】
量子ドット−ナノゲル複合体溶液、CHPNH2(25)水溶液、および量子ドット水溶液を劈開したマイカ表面に10μL滴下し、そのまま2分間吸着させた。N2ブローにより溶液を吹き飛ばし、原子間力顕微鏡(SPI300、Seiko)のダイナミックモードで大気中観察した。
【0037】
<結果>
図4〜6に得られた原子間力顕微鏡像を示す。観察された原子間力顕微鏡像より、CHPNH2(25)と量子ドットの複合体は、サイズの揃った粒子であることが分かった。測定された粒子径を平均すると、量子ドット−CHPNH2(25)複合体の粒子径は44±2nm、CHPNH2(25)の粒子径は35±5nmであった。また、図4では、15〜25nm程度の粒子も多数観察された。これは、複合化していない量子ドットであると考える。
【0038】
実施例4
(量子ドット−ナノゲル複合体と細胞との相互作用の蛍光顕微鏡による観察)
CHPと量子ドットの複合体、および正電荷をもつCHPNH2と量子ドットの複合体を形成させ、細胞への取り込みを蛍光顕微鏡および共焦点レーザー蛍光顕微鏡観察により比較した。
【0039】
<材料および方法>
量子ドット、ナノゲルは実施例1と同様のものを用いた。量子ドット−CHPNH2複合体の調製に用いるナノゲルは、コレステロール置換プルラン(CHP)(コレステロール置換率1.4個/100単糖)にアミノ基を導入したものを用いた。CHPへのアミノ基の導入率は、CHPNH2(25)はアミノ基導入率25個/100単糖で、CHPNH2(11)はアミノ基導入率11個/100単糖とした。
量子ドット−ナノゲル複合体溶液は次のように調製した。量子ドット−CHP複合体は100 mlの1 mg/ml CHPおよび1mlの2 mMプロテインA標識量子ドットを189 mLのリン酸緩衝液(PBS)(pH7.4)に溶解し、70℃で10分間処理することにより調製した。量子ドット−CHPNH2複合体も同様の方法で調製した。また、2mM量子ドットをPBSにより1nMに希釈した試料を、コントロールとした。
量子ドット−ナノゲル複合体溶液、コントロールの試料を培地(10%ウシ胎児血清および1%ピルビン酸ナトリウム添加、Dulbecco’sModified Eagle Medium、GIBCO)により10倍に希釈し、量子ドットを含む培地を調製した。量子ドットを含む培地に含まれる量子ドットの濃度は1nMとし、CHPおよびCHPNH2(25)の濃度は100nMとした。
【0040】
細胞数6.25×105/ウェルのHeLa細胞を、24 ウェルプレートに播き、37℃にて5%CO2の存在下で2日間培養した。培地を吸引し、前記の量子ドットを含む培地を1ml加え、37℃にて5%CO2の存在下で3時間培養した。培養後、培地を吸引しPBSで3回洗浄した後、新しい培地(量子ドットを含まないもの)を添加した。その後、HeLa細胞の位相差像および蛍光像を蛍光顕微鏡により観察した(倍率10倍)。使用したフィルターはWBVである。
【0041】
<結果>
HeLa細胞への取り込みについて、量子ドット 、量子ドット−CHP複合体および量子ドット−CHPNH2複合体を比較した。図7〜図9に観察された位相差像および蛍光像を示す。
【0042】
図8に示すように、量子ドットのみの場合は所々に量子ドットの凝集物らしきものが確認された(図7矢印部分)。また、細胞部分からも非常に弱い蛍光が観察された。図8に示すように量子ドット−CHP複合体では、量子ドットのみの場合に観察された凝集物はまったく見られなかった。また、細胞部分からは蛍光はほとんど見られなかった(図8)。さらに、図9に示すように量子ドット−CHPNH2(25)複合体では、細胞部分から蛍光がはっきりと観察された。また、量子ドット−CHPNH2(25)複合体については、量子ドットの培地中濃度を0.25nMにしても、蛍光を観察することができた。アミノ基の導入率の異なるCHPNH2について細胞への取り込みを比較した。量子ドット−CHPNH2(11)複合体では量子ドット−CHPNH2(25)複合体と比べて、細胞への取り込み効率が劣ることが分かった。
【0043】
この結果より、CHPNH2(25)により、量子ドットの細胞への取り込みを促進できることが確認された。これはCHPNH2(25)の正電荷が細胞膜の負電荷と相互作用したためと考える。これに対し、電荷を有さないCHPは細胞へはほとんど取り込まれなかった。したがって、ナノゲルの正電荷を変えることで細胞への量子ドットの取り込みを制御し得ることが明らかになった。
【0044】
実施例5
(量子ドット−ナノゲル複合体と細胞との相互作用の共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡による観察)
<材料および方法>
量子ドット、ナノゲルは実施例4と同じものを用いた。量子ドット−ナノゲル複合体溶液は次のように調製した。量子ドット−CHP 複合体および量子ドット−CHPNH2複合体は、1mg/mLCHPまたはCHPNH2水溶液と2mM量子ドットを10:1(体積比)で室温において混合し、PBSで希釈して量子ドットの終濃度が1nMとなるように調製した。また、2mM量子ドットをPBSにより1nMに希釈した試料を、コントロールとした。調製した量子ドット−ナノゲル複合体溶液、コントロールの試料を培地(10%ウシ胎児血清および1%ピルビン酸ナトリウム添加、Dulbecco’sModified Eagle Medium、GIBCO)により10倍に希釈し、量子ドットを含む培地を調製した。
【0045】
細胞数5×104/ディッシュのHeLa細胞を、コラーゲンコートしたガラスボトムディッシュに播き、37℃にて5%CO2の存在下で1日間培養した。培地を吸引し、前記の量子ドットを含む培地を1ml加え、37℃にて5%CO2の存在下で3時間培養した。培養後、培地を吸引しPBSで3回洗浄した後、新しい培地(量子ドットを含まないもの)を添加した。細胞内における量子ドットの分布を、共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡(LSM510META、Zeiss)により観察した。励起光は543nm、検出する蛍光は633 nmとした。
【0046】
<結果>
図10に細胞内における量子ドットの分布を示す。得られた蛍光は、量子ドット−CHPNH2(25)複合体で最も強く、次いで量子ドット−CHPNH2(11)複合体、量子ドットであり、量子ドット−CHP複合体では複合化していない量子ドットよりも細胞への導入量が少ないことが分かった。量子ドット−CHPNH2(25)複合体では、細胞への導入量が著しく増加した。また、細胞内へはエンドサイトーシスの機構で取り込まれていることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
上記のように、本発明において提供する量子ドット−ナノゲル複合体は、コロイド安定化し、量子ドットの細胞への導入効率を著しく向上する。本発明の量子ドット−ナノゲル複合体は、量子ドットプローブの細胞内輸送におけるキャリアーとして非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】量子ドット−ナノゲル複合体の模式図を示す。
【図2】量子ドット−CHP複合体形成を確認した結果を示す。(実施例1)
【図3】量子ドット−CHP複合体とメチル−β−シクロデキストリンの相互作用を解析した結果を示す。(実施例2)
【図4】量子ドット−CHPNH2(25)のAFM像を示す。(実施例3)
【図5】CHPNH2(25)の原子間力顕微鏡像を示す。(実施例3)
【図6】量子ドットの原子間力顕微鏡像を示す。(実施例3)
【図7】蛍光顕微鏡により観察した結果(量子ドット 1 nM)を示す。(実施例4)
【図8】蛍光顕微鏡により観察した結果(量子ドット 1 nM、CHP 100 nM)を示す。(実施例4)
【図9】蛍光顕微鏡により観察した結果(量子ドット 1 nM、CHPNH2(25)100nM)を示す。(実施例4)
【図10】共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡による観察結果を示す。(実施例5)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水化高分子からなるナノゲルと量子ドット(Qdot)を共存させ、量子ドットをナノゲルに取り込むことを特徴とする量子ドット−ナノゲル複合体の調製方法。
【請求項2】
ナノゲルが粒径(直径)5〜200nmである、請求項1に記載の調製方法。
【請求項3】
ナノゲルがコレステロール置換プルラン(CHP)である、請求項2に記載の調製方法。
【請求項4】
ナノゲルが糖鎖に官能基を導入したナノゲルである、請求項1〜3のいずれか1に記載の調製方法。
【請求項5】
ナノゲルが糖鎖に正電荷を有する官能基を導入したナノゲルである、請求項4に記載の調製方法。
【請求項6】
官能基がアミノ基である、請求項5に記載の調製方法。
【請求項7】
量子ドット(Qdot)が表面にタンパク質が結合している量子ドットである、請求項1〜6のいずれか一に記載の調製方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一に記載の調製方法によって調製された量子ドット(Qdot)−ナノゲル複合体。
【請求項9】
シクロデキストリンの添加により請求項8に記載の量子ドット(Qdot)−ナノゲル複合体からの量子ドットの解離を制御する方法。
【請求項10】
ナノゲルの正電荷の大きさを制御することにより、請求項8に記載の量子ドット(Qdot)−ナノゲル複合体の動物細胞への取り込み率を制御する方法。
【請求項11】
アミノ基の導入率によりナノゲルの正電荷の大きさを制御する、請求項10に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−143808(P2006−143808A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333223(P2004−333223)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】