金属の吸着剤、およびそれを用いた金属の吸着方法
【課題】本発明は、バイオマス廃棄物を有効利用することによって、有用金属を選択的に回収することが可能な金属吸着剤を提供することを解決課題とする。
【解決手段】本発明は、アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体を含む金属吸着剤を提供する。
【解決手段】本発明は、アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体を含む金属吸着剤を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子工業から排出される廃棄物等から貴金属、ニッケル等の有用金属を選択的に回収するために用いられる吸着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、金属資源の高騰により、金属資源のリサイクルが工業的スケールで行われ始めている。貴金属の一つであるパラジウムはその体積の935倍の水素を吸収するため、水素吸蔵合金に用いられている一方、還元触媒としてクロスカップリング反応の触媒や自動車の排気ガス用触媒にも利用されている。また我々の生活に欠かせなくなってきている携帯電話やパソコンの電気接点部位のメッキにも用いられている。特に携帯電話には多量のパラジウムが含有されており、携帯電話1 tあたりには1250 gのパラジウムが含まれているため優良な二次資源となる。このメッキ廃液には貴金属のほかに大量のベースメタルや有害金属が含まれており、これらから有価金属を高選択的に回収する必要がある。
【0003】
一方、一次産業を多く抱える宮崎県では、農業、漁業や食品加工業から大量のバイオマス廃棄物(蜜柑果汁滓、蟹や海老殻など)が発生しており、海洋投棄ができなくなった現在、その処理法技術や有効利用技術の開発も急を要する問題となっている。
【0004】
なお、キトサン誘導体を利用した金属の吸着剤はいくつか知られており、例えば、キトサンのアミノ基にピリジン環又はチオフェン環を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献1)、キトサンのアミノ基にポリアミノカルボキシル基を有する炭化水素鎖を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献2)、キトサンのアミノ基にビス(カルボキシアルキル)アミノアルキルカルボニル基を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献3)、キトサンの2位の炭素がチオ尿素で修飾されたキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献4)、キトサンのアミノ基に4−(アルキルチオ)ベンジル基を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献5)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−227813号公報
【特許文献2】特開平8−103652号公報
【特許文献3】特開平10−204104号公報
【特許文献4】特開2000−264902号公報
【特許文献5】特開2004−255302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在の金属イオンの回収処理は、アルカリを加えることによって溶液中の全ての金属を水酸化物沈殿として取り除く凝集沈殿法が用いられている。この方法は目的金属への選択性が低く、環境中への溶出の危険性や埋立地の問題などがあり、代替方法の確立が急を要する課題となっている。上記の特許文献1〜5の技術はこの課題を解決する手段として完全に満足できるものとはいえない。
【0007】
そこで本発明では、バイオマス廃棄物を有効利用することによって、有用金属を選択的に回収することが可能な金属吸着剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、上記課題解決するために、貴金属とベースメタル、そしてコバルトとニッケルの相互分離を効率的に行える吸着剤として、グラフト重合法を用い、さらに官能基にアミノメチルピリジンを導入したキトサン誘導体を開発した。
【0009】
本吸着剤はキチンの球状体であるために、酸への不溶化処理として架橋反応を施す必要はなく、固液分離が容易にできる。更に、金属吸着処理の際に有機溶媒を用いないために環境への負荷を最低限に抑えることが可能である。また、本吸着剤を用いることによって、貴金属とベースメタル、ニッケルとコバルトの相互分離を効率的に行うことができる。
【0010】
また、グラフト反応により官能基を導入しているために、吸着容量も従来のキトサン誘導体と比べて高く、吸着速度も迅速であるため、従来から行われている工業的なカラム法に用いられている吸着材よりも高効率で操作できる。
【0011】
さらに、本発明の吸着剤に吸着された貴金属は、チオ尿素溶液で簡単に脱離することが可能であり、回収が容易にできる点に大きな特徴を有している。
【0012】
すなわち本発明は以下の発明を包含する。
(1)アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体を含む金属吸着剤。
【0013】
(2)前記モノマーがグリシジルメタクリレートであり、前記金属吸着性官能基が2-ピリジルメチル基である、(1)の金属吸着剤。
(3)前記アセチル化キトサンが、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤および界面活性剤を含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法により製造された微粒子状のアセチル化キトサンである、(1)または(2)の金属吸着剤。
【0014】
(4)パラジウム、白金及び金から選ばれる少なくとも一種の貴金属イオンを含む塩酸溶液に(1)〜(3)のいずれかの金属吸着剤を加え、貴金属イオンを該金属吸着剤に吸着させる、貴金属イオンの吸着方法。
(5)ニッケルイオンとコバルトイオンとを含む硝酸アンモニウム溶液に(1)〜(3)のいずれかの金属吸着剤を加え、ニッケルイオンを該金属吸着剤に吸着させる、ニッケルイオンの吸着方法。
【0015】
(6)(4)または(5)の方法により前記貴金属イオンまたはニッケルイオンが吸着された(1)〜(3)のいずれかの金属吸着剤を得た後、該金属吸着剤をチオ尿素溶液と混合して、前記貴金属イオンまたはニッケルイオンを脱離させることを含む、貴金属イオンまたはニッケルイオンの回収方法。
(7)アセチル化キトサン微粒子の製造方法であって、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤と界面活性剤とを含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法。
(8)(7)の方法により製造されたアセチル化キトサン微粒子。
【発明の効果】
【0016】
本発明により提供される金属吸着剤は、現在使用されている工業用金属吸着剤とは異なり、貴金属とベースメタル、ニッケルとコバルトの相互分離を行うことが可能である。このため、ワンステップでこれらの金属を分離・回収することができる。しかも本吸着剤は化学的にも非常に安定であり、工業的な長期使用に適している。また、本吸着剤により吸着された金属は、チオ尿素溶液で容易に脱離させ回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1はアセチル化キトサンのSEM写真を示す。a) 表面, b) 断面
【図2】図2はキトサンおよびアセチル化キトサンのIRスペクトルを示す。a) キトサン, b) アセチル化キトサン
【図3】図3はグリシジルメタクリレート-グラフト-アセチル化キトサン(GMAGAC)のIRスペクトルを示す。
【図4】図4はアミノメチルピリジン-グラフト-アセチル化キトサン(AMPGAC)のIRスペクトルを示す。
【図5】図5はAMPGACのSEM写真を示す。
【図6】図6はAMPGACによるHClの吸着等温線を示す。
【図7】図7はAMPGAC上における各濃度のHCl溶液からの様々な金属イオンの吸着率を示す。
【図8】図8はAMPGAC上におけるNH4NO3溶液からの様々な金属イオンの吸着率を示す。
【図9】図9はAMPGACによるPd(II)の吸着等温線を示す。
【図10】図10は各種キトサン誘導体によるパラジウム(II)の飽和吸着量を示す。
【図11】図11は3 mol dm-3 HCl 溶液からのAMPGACによるPd(II)の吸着率に及ぼす接触時間の効果を示す。
【図12】図12は3N HClにおけるAMPGACによる、Pd(II)/Ni(II)混合溶媒からのPd(II)の選択的吸着を示す。
【図13】図13は再利用試験における、AMPGACでのPd(II)の吸着/脱着率を示す。
【図14】図14はpH 1.93 におけるAMPGACによる、Ni(II)/Co(II)混合溶媒からのNi(II)の選択的吸着を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1. アセチル化キトサン誘導体
本発明の金属吸着剤は、アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体であり、以下の構造を有すると推定される。
【0019】
【化1】
【0020】
このようなアセチル化キトサン誘導体は、アセチル化キトサンを出発物質として製造することができる。
【0021】
出発物質である「アセチル化キトサン」の範囲にはエビ・カニ殻等から得られるキチン(天然のアセチル化キトサンである)と、エビ・カニ殻等から得られるキチンを脱アセチル化することによって得られたキトサンを再度アセチル化することにより調製されるアセチル化キトサンの両方が包含されるが、後者がより好ましい。エビ・カニ殻等から得られるキチン自体は酸に溶解しないためその形状形成が難しいのに対して、キトサンは酸に溶解するため、キトサンの形状形成とアセチル化とを同時に進行させることができ所望の形状のアセチル化キトサンを製造することができるからである。
【0022】
特に好ましいアセチル化キトサンは、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤および界面活性剤を含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法により製造された微粒子状のアセチル化キトサンである。キトサンを溶解するための酸性水溶液としては酢酸水溶液が好ましい。キトサン溶液中のキトサン濃度は4〜15重量%が好ましく、酢酸濃度は3〜10重量%が好ましい。有機溶媒相としてはクロロホルムとトルエンとの混合溶媒相が好ましい。クロロホルムとトルエンとの混合比は特に限定されないが、例えば1:1〜1:5である。界面活性剤としてはTGCR(テトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル)が好ましい。アセチル化剤としては無水酢酸が好ましい。無水酢酸等のアセチル化剤の量は、キトサンに対して過剰量、好ましくはキトサンの10〜20倍モルである。キトサン酸性水溶液と、有機溶媒相との体積比は特に限定されないが、好ましくはキトサン酸性水溶液1容量に対して有機溶媒相は3〜8容量である。キトサン酸性水溶液の有機溶媒相中での分散は室温程度で12〜30時間攪拌することにより行う。この工程により、キトサンの微粒子状物への形成とアセチル化とが進行する。攪拌後、生じた微粒子をアルコール、アセトン、水等で洗浄し、凍結乾燥法等により乾燥させてアセチル化キトサンの微粒子を得ることができる。こうして得られたアセチル化キトサンの微粒子は多孔体であること、および球状であることを特徴とする。キトサンのアミノ基は完全にアセチル化されていることは必ずしも要求されず、アミノ基の大部分、例えば80モル%以上がアセチル化されていればよい。
【0023】
次いで、アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させてグラフト鎖を形成する。アセチル化キトサンの構成単位上(アセチル化グルコサミン)の水酸基としては、アセチル化グルコサミンの3位または6位炭素上の水酸基があるが、主に6位炭素上の水酸基にグラフト鎖は導入されると考えられる。グラフト重合のためには、アセチル化キトサンの水酸基をラジカル化し、ラジカル状態の水酸基を起点として重合を開始させる。ラジカル化は例えば二酸化チオ尿素と過酸化水素水との存在条件においてアセチル化キトサンを加熱することで行うことができる。ラジカル重合性二重結合を有するモノマーとしては、(メタ)アクリレート誘導体、反応活性基を持つビニル誘導体が好ましい。モノマーは更に、金属配位性官能基を導入することが可能な側鎖官能基(例えばエポキシ基、アミノ基、クロロ基、ブロモ基、カルボン酸基、およびシアノ基)を有することが好ましい。特に好ましいモノマーはグリシジルメタクリレート、アクリロニトリルである。グラフト鎖の導入量は特に限定されないが、典型的にはアセチル化キトサン1g当たりモノマーが4〜20mmol結合する量である。
【0024】
グラフト鎖の側鎖に導入される金属配位性官能基としては、ピリジル基、チオール基、およびリン酸基が挙げられる。ピリジル基は、2-ピリジル基、3-ピリジル基または4-ピリジル基のいずれであってもよい。2-ピリジル基は、好ましくは、2-ピリジルメチル基の一部として導入されることができる。2-ピリジルメチル基は、好ましくは、2-ピリジルメチルアミノ基の一部として導入されることができる。金属配位性官能基のグラフト鎖側鎖への導入方法は、金属配位性官能基を含む化合物とグラフト鎖側鎖とを共有結合させるであれば特に限定されない。例えば2-ピリジルメチルアミノ基をエポキシ基に導入するには、2-アミノメチルピリジンをエポキシ基に結合させることにより行う。金属配位性官能基の導入量は特に限定されないが、2〜5 mmol/g程度である。
【0025】
2. 金属の吸着方法
2.1. 貴金属の分離
本発明の吸着剤は塩酸水溶液中において貴金属の吸着率が高くベースメタル(重金属などの他の金属)の吸着率が低いという特徴を有する。この性質を利用して、パラジウム(Pd(II))、白金(Pt(IV))及び金(Au(III))から選ばれる少なくとも一種の貴金属イオンを含む塩酸水溶液に本発明の吸着剤を加え、貴金属イオンを吸着剤に選択的に吸着させることが可能である。本発明の吸着剤により貴金属と分離することができるベースメタルとしては、亜鉛(Zn(II))、ニッケル(Ni(II))、銅(Cu(II))が挙げられる。貴金属を選択的に吸着するためには、Ni(II)存在条件では塩酸濃度は0.01〜3 mol dm-3であることが好ましく、Zn(II)存在条件では塩酸濃度は0.01〜3 mol dm-3であることが好ましく、Cu(II) 存在条件では塩酸濃度は1〜3 mol dm-3であることが好ましい。
【0026】
2.2. ニッケルとコバルトとの相互分離
本発明の吸着剤は、従来困難とされてきたニッケル(Ni(II))とコバルト(Co(II))との混合溶液からニッケルのみを選択的に吸着し、回収することに利用することができる。具体的にはニッケル(Ni(II))とコバルト(Co(II))とを含む水溶液に硝酸アンモニウムを添加し、pHを1.8〜2.3に調整した溶液に本発明の吸着剤を加えることによりニッケルを高選択的に吸着することができる。未吸着画分のコバルトも別途利用することができる。
【0027】
3. 回収方法
本発明の吸着剤に吸着された金属イオンはチオ尿素の存在下で吸着剤から高効率で脱離することができる。好ましくは金属を吸着した吸着剤をチオ尿素水溶液中に15〜45℃の温度で4〜30時間浸透させることにより水溶液中に金属を脱離させることができる。脱離処理後の吸着剤は、必要に応じて洗浄および/または乾燥した後に再び金属の吸着のために使用することができる。
【0028】
4. 用途
本発明の金属吸着剤は、電子工業、電子材料から排出される廃棄物から貴金属の回収、ニッケル、コバルトの相互分離、などの回収材として利用できる。このように、本発明の金属吸着剤は、環境保全、資源回収等の分野で使用できる。
【実施例】
【0029】
1. アセチル化キトサン微粒子(キチン微粒子)の調製
キチンはキトサンのように酸に溶解せず、その形状制御が難しい原料である。そこで本実験では、キトサンを一度微粒子化し、微粒子にアセチル化を施すことによって結晶化度の低いキチン微粒子の調製を試みた。
【0030】
実験方法は、キトサン8 g、酢酸10 gの8 wt%キトサン溶液100 mlを調製し、外相としてクロロホルムとトルエン(1 : 3)に無水酢酸をキトサンの10倍モルである50.73 g溶かしたトルエン-クロロホルム-無水酢酸溶液500 mlを用いた。これに界面活性剤としてTGCR(テトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル)を6.6 g溶かした。ウォータジャケット付セパラブルフラスコに外相を攪拌させた状態でキトサン溶液を加え、攪拌速度250 rpm、25℃で一晩攪拌した。その後アセトンとメタノールおよび蒸留水を用いて洗浄を行い、凍結乾燥法により乾燥させた。以下にその反応スキームを示す。
【0031】
【化2】
【0032】
結果と考察
実験の結果、半透明の白色微粒子が得られた。図1にSEM写真を示す。SEM写真より、微細な孔が存在すると思われる。また、酢酸溶液に投入しても溶解しなかったので、アセチル化が行われていると思われる。キトサンとアセチル化キトサンのIRスペクトルを図2に示す。図2から見てもアセチル化がうまく進んでいることが見受けられる。
【0033】
2. グリシジルメタクリレート-グラフト-アセチル化キトサン(GMAGAC)の調製
反応活性の高いエポキシ基を含有するグリシジルメタクリレート(GMA)をアセチル化キトサンに導入させて、このエポキシ基に配位子を導入することにした。GMAのグラフト方法は以下のとおりである。
【0034】
実験1で調製されたアセチル化キトサン4 gを200 cm3の三口フラスコに測り採り、これに蒸留水100 cm3を加え、窒素雰囲気下で60℃のオイルバスを用いて30分間加熱攪拌を行うことで、樹脂の膨潤と系内の窒素置換を同時に行った。次に重合開始剤として0.5%に酸化チオ尿素水10 cm3と30%過酸化水素水0.2 cm3を加え、60℃のオイルバスで30分間過熱攪拌し、ラジカル状態にした。これにGMAをアセチル化キトサンの20倍モルである64.52 g加えて、70℃で4時間過熱攪拌を行った。アセトンを用いてグラフト化誘導体をろ過し、ソックスレー抽出器を用いてアセトンでホモポリマーの除去を行った。その後、50℃の乾燥機を用いて乾燥させた。反応スキームを以下に示す。
【0035】
【化3】
【0036】
結果と考察
反応の結果、琥珀色だったアセチル化キトサンの色が乳白色になり、それぞれ粒状だった粒子がいくつかの粒子で塊を作った状態になった。恐らくグラフトがうまく進んだからであると思われる。また、生成物をFT-IRを用いて分析を行ったところ、図3のようになった。結果より、750 cm-1にエポキシ基のピークが現れ、環エーテルのピークも900〜1000 cm-1にかけて現れていることから、GMAの導入がうまく行われたことが確認できる。また、導入量はチオ硫酸ナトリウムを用いた定量法でエポキシ基の定量を行うことで導いた。その結果、導入量が17.18 mmol g-1であった。以下にチオ硫酸ナトリウムとエポキシ基の反応を示す。
【0037】
【化4】
【0038】
3. アミノメチルピリジン-グラフト-アセチル化キトサン(AMPGAC)の調製
GMAGACに配位子として、安定な5員環キレートを金属イオンと形成することが期待される2-アミノメチルピリジンの導入を行った。実験方法は以下のとおりである。
【0039】
100 cm3のDMFに4 gのGMAGACを加え、窒素雰囲気下で60℃、30分間過熱攪拌することで、樹脂の膨潤と系内の窒素置換を同時に行った。これに2-アミノメチルピリジンを112 g加え、触媒としてトリエチルアミンを15 cm3加え、70℃で24時間過熱攪拌を行い、吸引ろ過により生成物を取り出しエタノール、蒸留水で洗浄を行い、乾燥機を用いて乾燥させた。合成スキームを以下に示す。
【0040】
【化5】
【0041】
結果と考察
反応の結果、乳白色だった粒子が黄色に変色した。このことより2-アミノメチルピリジンの導入が成功したと思われる。また、生成物をFT-IRを用いて分析してみたところ、図4のようなIRスペクトルが得られた。図4より1594 cm-1にピリジン環由来のC=Nのピークが見られ、1156 cm-1にアミノメチルピリジン由来のイミノ基のピークが確認されることからも、導入が行われていることが確認された。また、図5にAMPGACのSEM像を示す。SEM像からも球状を保っていることが分かる。
【0042】
3.1 AMPGACによる塩酸の飽和吸着実験
合成したAMPGACの全窒素量を知るために、塩酸の飽和吸着実験を行った。実験方法は以下に示す通りである。0.01〜0.5 Nに適宜希釈した塩酸溶液15 cm3に吸着材AMPGAC 0.050 gを投入し30℃で24時間、振とう速度120 rpmで振とうした。その後溶液をろ過し、ろ液を水酸化ナトリウム溶液で中和滴定することにより塩酸濃度を求めた。
【0043】
【表1】
【0044】
結果と考察
塩酸の飽和吸着実験の結果を図6に示す。吸着等温線がLangmuir型を示したため、Langmuirの式に吸着量や初濃度、平衡濃度を代入して算出した。Langmuirの吸着式で結果を表したところ、相関関係を表すR2がR2=0.9948となったため、AMPGACの吸着反応は単分子層吸着であることが分かった。
Langmuirの吸着式を以下に示す。
【0045】
【数1】
【0046】
このLangmuirの吸着式を以下のように変形する。
【数2】
【0047】
この式の直線の傾きから飽和吸着量qs、切片の逆数から吸着平衡定数Kadを求めた。また、飽和吸着量と吸着平衡定数を求めた結果、それぞれ、7.52 mmol g-1、28.87 dm3mmol-1であることが分かった。
【0048】
3.2 AMPGACを用いた塩酸溶液からの金属イオンの吸着選択性
25 mMの金属溶液を各濃度の塩酸溶液で希釈し、1mMの金属溶液に吸着材AMPGAC 0.050 gを加え、30℃の恒温槽を用いて振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後溶液をろ過し、平衡後の塩酸濃度は中和滴定を用いて測定し、吸着平衡前後の金属イオン濃度は原子吸光光度計を用いて分析を行った。
【0049】
結果と考察
吸着実験の結果を図7に示す。低塩酸濃度領域において、Au(III)、Pt(IV)およびPd(II)に対して高い吸着率を示している。また、Cu(II)以外の重金属がまったく吸着されていないことから、AMPGACが貴金属に高い選択性を持ち、低塩酸濃度領域における貴金属と重金属の分離が可能であることが示唆される。さらに、高塩酸濃度領域において、Pd(II)やAu(III)の吸着率が低下しているのに対してPt(IV)は80%以上の高い吸着率を維持していた。また、ここでもほとんどの重金属が吸着されていないことから、重金属溶液からの貴金属の分離が可能であることが示唆される。これらの結果から、AMPGACが全ての塩酸濃度領域において、Pd(II)やPt(IV)などの貴金属に対して高い吸着選択性を持つということが明らかとなった。
【0050】
3.3 AMPGACを用いた硝酸アンモニウム溶液からの金属イオンの吸着選択性
25 mMの金属溶液を1 mol dm3の硝酸アンモニウム水溶液で希釈し、1 Nの硝酸とアンモニア水で適宜pHを調製した、1mMの金属溶液に吸着材AMPGAC 0.050 gを加え、30℃の恒温槽を用いて振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後溶液をろ過し、平衡pHはpHメーターを用いて測定し、吸着平衡前後の金属イオン濃度は原子吸光光度計を用いて分析を行った。
【0051】
結果と考察
吸着実験の結果を図8に示す。Cu(II)はpH 0.5付近から立ち上がり、pH 2.5付近から吸着率が低下する。吸着率は最大でも90%程度であった。一方Ni(II)はpH 2付近で立ち上がり、pH 2.5付近で最大に達した。pH 6以降の高いpHで急激に吸着率が低下しているのはNi(II)のアンミン錯体が形成されるとともに吸着材との錯形成が出来なくなっているからであると考えられる。Co(II)とZn(II)についてはCu(II)と同じくpH 3.5付近で立ち上がっているが、吸着率が最大でも40 - 50 %程度と低い値を示した。また、Pd(II)についてはpH 1付近の低いpHでは100 %の吸着率を示しているが、高いpHでは吸着しないことが明らかになった。
【0052】
3.4 AMPGACによるPd(II)の飽和吸着実験
AMPGACがどの程度のPd(II)を吸着することが出来るのかを知るために、Pd(II)の飽和吸着実験を行った。3 NのHClを用いて、1〜15 mmol dm-3に適宜希釈したPd(II)溶液15 cm3にAMPGACをそれぞれ0.050 gずつ投入し、30℃の恒温槽を用い振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過を行い、吸着平衡前後の金属イオン濃度をICP発光分光光度計を用いて測定し、吸着量を算出した。実験条件を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
結果と考察
Pd(II)の吸着等温線を図9に示す。吸着等温線がLangmuir型を示したため、Langmuirの式に吸着量や初濃度、平衡濃度を代入して算出した。Langmuirの吸着式で結果を表したところ、相関関係を表すR2がR2=0.9948となったため、AMPGACの吸着反応は単分子層吸着であることが分かった。
Langmuirの吸着式を以下に示す。
【0055】
【数3】
【0056】
このLangmuirの吸着式を以下のように変形する。
【数4】
【0057】
この式の直線の傾きから飽和吸着量qs、切片の逆数から吸着平衡定数Kadを求めた。また、飽和吸着量と吸着平衡定数を求めた結果、それぞれ、3.47 mmol g-1、3.24 dm3mmol-1であることが分かった。この飽和吸着量をこれまで本発明者らにより合成された吸着材と比較すると、図10に示すとおりになり、AMPGACが比較的高い値を示していることがわかる。このことからもグラフト重合法を用いた効果が現れていると考えられる。
【0058】
3.5 AMPGACによるPd(II)の吸着平衡到達時間
Pd(II)の吸着において吸着平衡に達するのにどの程度の時間を必要とするのかを知るために吸着平衡到達時間を調査した。実験方法は、303 K恒温槽中で200 cm3のトールビーカーにAMPGACを0.05 g量り採り、3 mol dm-3の塩酸溶液2 cm3を添加して吸着材に塩酸溶液を含浸させた。25 mmol dm-3 Pd(II)溶液を3 mol dm-3の塩酸溶液を用いて希釈しPd(II)の初期濃度を3 mmol dm-3とした。調製したPd(II)溶液100 cm3の温度を303 Kとした後、トールビーカーへ加えて攪拌翼を用いて300 rpmで攪拌した。Pd(II)溶液を加えた時間を反応開始(t=0)とし、一定時間ごとに溶液0.5 cm3 を採取した。この際、この反応実験は濃度一定条件を保った状態で行っているため、採取した量だけ初濃度のPd(II)溶液を添加していった。初濃度および採取した溶液中のPd(II)濃度はICP発光分析装置(ICPS=7000)を用いて測定した。
【0059】
結果と考察
実験結果を図11に示す。図11より、約2時間後にはPd(II)の吸着は吸着平衡に達していると考えられる。以前調製したAMPGC(アセチル化キトサンではなく、キチンに官能基を導入したもの)では吸着平衡に達するのに4時間ほど必要であったが、AMPGACは2時間程度で吸着平衡に達した。これは官能基導入量が増加したためであると考えられる。今後、吸着実験は十分に平衡に達していると考えられる24時間で行うこととする。
【0060】
3.6 AMPGACを用いたNi(II)/Pd(II)混合溶液からのPd(II)の分離
実験は以下の方法で行った。まず、Pd(II)の濃度を1 mmol dm-3に固定して、Ni(II)の濃度を10 − 400 mmol dm-3になるように塩化ニッケルを加えた3 Nの塩酸溶液15 cm3を調製した。これに吸着材であるAMPGAC 0.05 gを投入し、30℃の恒温槽を用い、振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過により吸着材と溶液の分離を行い、Pd(II)とNi(II)の初濃度、平衡濃度を原子吸光光度計およびICP発光分析装置を用いて測定した。この際、どちらの金属においても干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。
【0061】
【表3】
【0062】
結果と考察
実験結果を図12に示す。図12より、どのNi(II)濃度の溶液からでも選択的にPd(II)のみを吸着していることが分かる。特にPd(II)に対して400倍のNi(II)が存在する溶液からでもPd(II)のみを選択的に吸着したのは実廃液においても有効であると考えられる。Ni(II)濃度が100 mmol dm-3と200 mmol dm-3のときにNi(II)の吸着率が若干ではあるが上昇している。これは希釈の際の誤差であると考えられる。事実、400 mmol dm-3のサンプルでは吸着率が低くなっている。
【0063】
3.7 貴金属イオンの脱離実験
脱離実験は以下のように行った。各金属イオンの塩化物を0.01 mol dm-3塩酸溶液に溶解し、各金属イオンの初濃度を1 mmol dm-3とした。溶液15 cm-3に対してAMPGACを0.05 g加え、30℃の恒温槽を用いて24時間振とうした。振とう後、ろ過を行い、回収したAMPGACに対して15 dm-3の脱離溶液(1 mol dm-3アンモニア水、1 mol dm-3チオシアン酸アンモニウム、1 mol dm-3チオ尿素水、1 mol dm-3チオ尿素+1 mol dm-3塩酸混合溶液および1 mol dm-3塩酸)を加え、再び30℃の恒温槽を用いて24時間振とうした。平衡前後の金属イオン濃度および脱離後の脱離溶液中の金属イオン濃度は原子吸光光度計、またはICP発光分析装置を用いて測定した。また、脱離溶液中の金属イオン濃度の測定においてチオ尿素による干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。なお、脱離率は次の式により定義した。
【0064】
【数5】
【0065】
結果と考察
表4に各金属イオンの脱離率を示す。各金属イオンに対してチオ尿素が高い脱離率を示した。これはチオ尿素の持つ硫黄がそれぞれの金属イオンと親和性が高いことに由来すると考えられる。従って、チオ尿素を用いることによって、AMPGACの再生および吸着した貴金属イオンの回収が可能であることが明らかになった。
【0066】
【表4】
【0067】
3.8 AMPGACを用いたPd(II)の吸着/脱着リサイクル実験
現在イオン交換体などの吸着材は、工業的には吸着カラムに詰められて溶液を通液することにより吸着/脱着を行っている。このとき吸着/脱着プロセスは繰り返し同じ樹脂を用いて行われる。そこで、AMPGACが複数回の吸着/脱着プロセスに耐えうるのかを調べるために実験を行った。
【0068】
実験方法は以下のとおりである。0.01 mol dm-3の塩酸を用いて1 mmol dm-3のPd(II)溶液を調製した。このPd(II)溶液15 cm3に吸着材AMPGACを0.05 g加え、30℃の恒温槽を用いて4時間振とうを行った。ろ過により吸着材と溶液を分離し、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った後、樹脂をサンプル管に移し変え、これに15 cm3の1 mol dm-3のチオ尿素水溶液を加え、30℃の恒温槽を用いて4時間浸透させた。その後ろ過により吸着材と溶液を分離させた後、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った後、樹脂をサンプル管に移しかえ、樹脂内に残っているチオ尿素を分解させるために3 mol dm-3の塩酸を15 cm3加え30℃の恒温槽を用いて4時間振とうを行った。その後ろ過により樹脂と溶液を分離し、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った。
【0069】
これを1サイクルとし、5サイクルまで実験を行った。吸着平衡前後および脱着後の溶液のPd(II)濃度はICP発光分析装置を用いて求めた。なお、脱離率は次の式により定義した。
【0070】
【数6】
【0071】
結果と考察
図13に各サイクルにおける吸着/脱着率を示す。全てのサイクルにおいて95%以上の吸着/脱着率を示したことから、AMPGACを吸着材として工業的に用いる際に、複数回の吸着/脱着プロセスに十分に耐えうる吸着能を持つことが分かった。
【0072】
3.9 AMPGACを用いたNi(II)/Co(II)混合溶液からのNi(II)の分離
実験は以下の方法で行った。まず、Ni(II)の濃度を1 mmol dm-3に固定して、Co(II)の濃度を1 − 50 mmol dm-3になるように塩化コバルトを加えた1 mol dm-3硝酸アンモニウム溶液15 cm3を調製した。これに吸着材であるAMPGAC 0.05 gを投入し、30℃の恒温槽を用い、振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過により吸着材と溶液の分離を行い、Ni(II)とCo(II)の初濃度、平衡濃度を原子吸光光度計を用いて測定した。この際、どちらの金属においても干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。
【0073】
【表5】
【0074】
結果と考察
実験結果を図14に示す。図14より、どのCo(II)濃度の溶液からでも吸着率は50 %前後であるが、選択的にNi(II)のみを吸着していることが分かる。特にNi(II)に対して50倍のCo(II)が存在する溶液からでもNi(II)のみを選択的に吸着したのは実廃液においても有効であると考えられる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子工業から排出される廃棄物等から貴金属、ニッケル等の有用金属を選択的に回収するために用いられる吸着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、金属資源の高騰により、金属資源のリサイクルが工業的スケールで行われ始めている。貴金属の一つであるパラジウムはその体積の935倍の水素を吸収するため、水素吸蔵合金に用いられている一方、還元触媒としてクロスカップリング反応の触媒や自動車の排気ガス用触媒にも利用されている。また我々の生活に欠かせなくなってきている携帯電話やパソコンの電気接点部位のメッキにも用いられている。特に携帯電話には多量のパラジウムが含有されており、携帯電話1 tあたりには1250 gのパラジウムが含まれているため優良な二次資源となる。このメッキ廃液には貴金属のほかに大量のベースメタルや有害金属が含まれており、これらから有価金属を高選択的に回収する必要がある。
【0003】
一方、一次産業を多く抱える宮崎県では、農業、漁業や食品加工業から大量のバイオマス廃棄物(蜜柑果汁滓、蟹や海老殻など)が発生しており、海洋投棄ができなくなった現在、その処理法技術や有効利用技術の開発も急を要する問題となっている。
【0004】
なお、キトサン誘導体を利用した金属の吸着剤はいくつか知られており、例えば、キトサンのアミノ基にピリジン環又はチオフェン環を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献1)、キトサンのアミノ基にポリアミノカルボキシル基を有する炭化水素鎖を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献2)、キトサンのアミノ基にビス(カルボキシアルキル)アミノアルキルカルボニル基を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献3)、キトサンの2位の炭素がチオ尿素で修飾されたキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献4)、キトサンのアミノ基に4−(アルキルチオ)ベンジル基を導入したキトサン誘導体からなる吸着剤(特許文献5)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−227813号公報
【特許文献2】特開平8−103652号公報
【特許文献3】特開平10−204104号公報
【特許文献4】特開2000−264902号公報
【特許文献5】特開2004−255302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在の金属イオンの回収処理は、アルカリを加えることによって溶液中の全ての金属を水酸化物沈殿として取り除く凝集沈殿法が用いられている。この方法は目的金属への選択性が低く、環境中への溶出の危険性や埋立地の問題などがあり、代替方法の確立が急を要する課題となっている。上記の特許文献1〜5の技術はこの課題を解決する手段として完全に満足できるものとはいえない。
【0007】
そこで本発明では、バイオマス廃棄物を有効利用することによって、有用金属を選択的に回収することが可能な金属吸着剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、上記課題解決するために、貴金属とベースメタル、そしてコバルトとニッケルの相互分離を効率的に行える吸着剤として、グラフト重合法を用い、さらに官能基にアミノメチルピリジンを導入したキトサン誘導体を開発した。
【0009】
本吸着剤はキチンの球状体であるために、酸への不溶化処理として架橋反応を施す必要はなく、固液分離が容易にできる。更に、金属吸着処理の際に有機溶媒を用いないために環境への負荷を最低限に抑えることが可能である。また、本吸着剤を用いることによって、貴金属とベースメタル、ニッケルとコバルトの相互分離を効率的に行うことができる。
【0010】
また、グラフト反応により官能基を導入しているために、吸着容量も従来のキトサン誘導体と比べて高く、吸着速度も迅速であるため、従来から行われている工業的なカラム法に用いられている吸着材よりも高効率で操作できる。
【0011】
さらに、本発明の吸着剤に吸着された貴金属は、チオ尿素溶液で簡単に脱離することが可能であり、回収が容易にできる点に大きな特徴を有している。
【0012】
すなわち本発明は以下の発明を包含する。
(1)アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体を含む金属吸着剤。
【0013】
(2)前記モノマーがグリシジルメタクリレートであり、前記金属吸着性官能基が2-ピリジルメチル基である、(1)の金属吸着剤。
(3)前記アセチル化キトサンが、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤および界面活性剤を含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法により製造された微粒子状のアセチル化キトサンである、(1)または(2)の金属吸着剤。
【0014】
(4)パラジウム、白金及び金から選ばれる少なくとも一種の貴金属イオンを含む塩酸溶液に(1)〜(3)のいずれかの金属吸着剤を加え、貴金属イオンを該金属吸着剤に吸着させる、貴金属イオンの吸着方法。
(5)ニッケルイオンとコバルトイオンとを含む硝酸アンモニウム溶液に(1)〜(3)のいずれかの金属吸着剤を加え、ニッケルイオンを該金属吸着剤に吸着させる、ニッケルイオンの吸着方法。
【0015】
(6)(4)または(5)の方法により前記貴金属イオンまたはニッケルイオンが吸着された(1)〜(3)のいずれかの金属吸着剤を得た後、該金属吸着剤をチオ尿素溶液と混合して、前記貴金属イオンまたはニッケルイオンを脱離させることを含む、貴金属イオンまたはニッケルイオンの回収方法。
(7)アセチル化キトサン微粒子の製造方法であって、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤と界面活性剤とを含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法。
(8)(7)の方法により製造されたアセチル化キトサン微粒子。
【発明の効果】
【0016】
本発明により提供される金属吸着剤は、現在使用されている工業用金属吸着剤とは異なり、貴金属とベースメタル、ニッケルとコバルトの相互分離を行うことが可能である。このため、ワンステップでこれらの金属を分離・回収することができる。しかも本吸着剤は化学的にも非常に安定であり、工業的な長期使用に適している。また、本吸着剤により吸着された金属は、チオ尿素溶液で容易に脱離させ回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1はアセチル化キトサンのSEM写真を示す。a) 表面, b) 断面
【図2】図2はキトサンおよびアセチル化キトサンのIRスペクトルを示す。a) キトサン, b) アセチル化キトサン
【図3】図3はグリシジルメタクリレート-グラフト-アセチル化キトサン(GMAGAC)のIRスペクトルを示す。
【図4】図4はアミノメチルピリジン-グラフト-アセチル化キトサン(AMPGAC)のIRスペクトルを示す。
【図5】図5はAMPGACのSEM写真を示す。
【図6】図6はAMPGACによるHClの吸着等温線を示す。
【図7】図7はAMPGAC上における各濃度のHCl溶液からの様々な金属イオンの吸着率を示す。
【図8】図8はAMPGAC上におけるNH4NO3溶液からの様々な金属イオンの吸着率を示す。
【図9】図9はAMPGACによるPd(II)の吸着等温線を示す。
【図10】図10は各種キトサン誘導体によるパラジウム(II)の飽和吸着量を示す。
【図11】図11は3 mol dm-3 HCl 溶液からのAMPGACによるPd(II)の吸着率に及ぼす接触時間の効果を示す。
【図12】図12は3N HClにおけるAMPGACによる、Pd(II)/Ni(II)混合溶媒からのPd(II)の選択的吸着を示す。
【図13】図13は再利用試験における、AMPGACでのPd(II)の吸着/脱着率を示す。
【図14】図14はpH 1.93 におけるAMPGACによる、Ni(II)/Co(II)混合溶媒からのNi(II)の選択的吸着を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1. アセチル化キトサン誘導体
本発明の金属吸着剤は、アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体であり、以下の構造を有すると推定される。
【0019】
【化1】
【0020】
このようなアセチル化キトサン誘導体は、アセチル化キトサンを出発物質として製造することができる。
【0021】
出発物質である「アセチル化キトサン」の範囲にはエビ・カニ殻等から得られるキチン(天然のアセチル化キトサンである)と、エビ・カニ殻等から得られるキチンを脱アセチル化することによって得られたキトサンを再度アセチル化することにより調製されるアセチル化キトサンの両方が包含されるが、後者がより好ましい。エビ・カニ殻等から得られるキチン自体は酸に溶解しないためその形状形成が難しいのに対して、キトサンは酸に溶解するため、キトサンの形状形成とアセチル化とを同時に進行させることができ所望の形状のアセチル化キトサンを製造することができるからである。
【0022】
特に好ましいアセチル化キトサンは、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤および界面活性剤を含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法により製造された微粒子状のアセチル化キトサンである。キトサンを溶解するための酸性水溶液としては酢酸水溶液が好ましい。キトサン溶液中のキトサン濃度は4〜15重量%が好ましく、酢酸濃度は3〜10重量%が好ましい。有機溶媒相としてはクロロホルムとトルエンとの混合溶媒相が好ましい。クロロホルムとトルエンとの混合比は特に限定されないが、例えば1:1〜1:5である。界面活性剤としてはTGCR(テトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル)が好ましい。アセチル化剤としては無水酢酸が好ましい。無水酢酸等のアセチル化剤の量は、キトサンに対して過剰量、好ましくはキトサンの10〜20倍モルである。キトサン酸性水溶液と、有機溶媒相との体積比は特に限定されないが、好ましくはキトサン酸性水溶液1容量に対して有機溶媒相は3〜8容量である。キトサン酸性水溶液の有機溶媒相中での分散は室温程度で12〜30時間攪拌することにより行う。この工程により、キトサンの微粒子状物への形成とアセチル化とが進行する。攪拌後、生じた微粒子をアルコール、アセトン、水等で洗浄し、凍結乾燥法等により乾燥させてアセチル化キトサンの微粒子を得ることができる。こうして得られたアセチル化キトサンの微粒子は多孔体であること、および球状であることを特徴とする。キトサンのアミノ基は完全にアセチル化されていることは必ずしも要求されず、アミノ基の大部分、例えば80モル%以上がアセチル化されていればよい。
【0023】
次いで、アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させてグラフト鎖を形成する。アセチル化キトサンの構成単位上(アセチル化グルコサミン)の水酸基としては、アセチル化グルコサミンの3位または6位炭素上の水酸基があるが、主に6位炭素上の水酸基にグラフト鎖は導入されると考えられる。グラフト重合のためには、アセチル化キトサンの水酸基をラジカル化し、ラジカル状態の水酸基を起点として重合を開始させる。ラジカル化は例えば二酸化チオ尿素と過酸化水素水との存在条件においてアセチル化キトサンを加熱することで行うことができる。ラジカル重合性二重結合を有するモノマーとしては、(メタ)アクリレート誘導体、反応活性基を持つビニル誘導体が好ましい。モノマーは更に、金属配位性官能基を導入することが可能な側鎖官能基(例えばエポキシ基、アミノ基、クロロ基、ブロモ基、カルボン酸基、およびシアノ基)を有することが好ましい。特に好ましいモノマーはグリシジルメタクリレート、アクリロニトリルである。グラフト鎖の導入量は特に限定されないが、典型的にはアセチル化キトサン1g当たりモノマーが4〜20mmol結合する量である。
【0024】
グラフト鎖の側鎖に導入される金属配位性官能基としては、ピリジル基、チオール基、およびリン酸基が挙げられる。ピリジル基は、2-ピリジル基、3-ピリジル基または4-ピリジル基のいずれであってもよい。2-ピリジル基は、好ましくは、2-ピリジルメチル基の一部として導入されることができる。2-ピリジルメチル基は、好ましくは、2-ピリジルメチルアミノ基の一部として導入されることができる。金属配位性官能基のグラフト鎖側鎖への導入方法は、金属配位性官能基を含む化合物とグラフト鎖側鎖とを共有結合させるであれば特に限定されない。例えば2-ピリジルメチルアミノ基をエポキシ基に導入するには、2-アミノメチルピリジンをエポキシ基に結合させることにより行う。金属配位性官能基の導入量は特に限定されないが、2〜5 mmol/g程度である。
【0025】
2. 金属の吸着方法
2.1. 貴金属の分離
本発明の吸着剤は塩酸水溶液中において貴金属の吸着率が高くベースメタル(重金属などの他の金属)の吸着率が低いという特徴を有する。この性質を利用して、パラジウム(Pd(II))、白金(Pt(IV))及び金(Au(III))から選ばれる少なくとも一種の貴金属イオンを含む塩酸水溶液に本発明の吸着剤を加え、貴金属イオンを吸着剤に選択的に吸着させることが可能である。本発明の吸着剤により貴金属と分離することができるベースメタルとしては、亜鉛(Zn(II))、ニッケル(Ni(II))、銅(Cu(II))が挙げられる。貴金属を選択的に吸着するためには、Ni(II)存在条件では塩酸濃度は0.01〜3 mol dm-3であることが好ましく、Zn(II)存在条件では塩酸濃度は0.01〜3 mol dm-3であることが好ましく、Cu(II) 存在条件では塩酸濃度は1〜3 mol dm-3であることが好ましい。
【0026】
2.2. ニッケルとコバルトとの相互分離
本発明の吸着剤は、従来困難とされてきたニッケル(Ni(II))とコバルト(Co(II))との混合溶液からニッケルのみを選択的に吸着し、回収することに利用することができる。具体的にはニッケル(Ni(II))とコバルト(Co(II))とを含む水溶液に硝酸アンモニウムを添加し、pHを1.8〜2.3に調整した溶液に本発明の吸着剤を加えることによりニッケルを高選択的に吸着することができる。未吸着画分のコバルトも別途利用することができる。
【0027】
3. 回収方法
本発明の吸着剤に吸着された金属イオンはチオ尿素の存在下で吸着剤から高効率で脱離することができる。好ましくは金属を吸着した吸着剤をチオ尿素水溶液中に15〜45℃の温度で4〜30時間浸透させることにより水溶液中に金属を脱離させることができる。脱離処理後の吸着剤は、必要に応じて洗浄および/または乾燥した後に再び金属の吸着のために使用することができる。
【0028】
4. 用途
本発明の金属吸着剤は、電子工業、電子材料から排出される廃棄物から貴金属の回収、ニッケル、コバルトの相互分離、などの回収材として利用できる。このように、本発明の金属吸着剤は、環境保全、資源回収等の分野で使用できる。
【実施例】
【0029】
1. アセチル化キトサン微粒子(キチン微粒子)の調製
キチンはキトサンのように酸に溶解せず、その形状制御が難しい原料である。そこで本実験では、キトサンを一度微粒子化し、微粒子にアセチル化を施すことによって結晶化度の低いキチン微粒子の調製を試みた。
【0030】
実験方法は、キトサン8 g、酢酸10 gの8 wt%キトサン溶液100 mlを調製し、外相としてクロロホルムとトルエン(1 : 3)に無水酢酸をキトサンの10倍モルである50.73 g溶かしたトルエン-クロロホルム-無水酢酸溶液500 mlを用いた。これに界面活性剤としてTGCR(テトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル)を6.6 g溶かした。ウォータジャケット付セパラブルフラスコに外相を攪拌させた状態でキトサン溶液を加え、攪拌速度250 rpm、25℃で一晩攪拌した。その後アセトンとメタノールおよび蒸留水を用いて洗浄を行い、凍結乾燥法により乾燥させた。以下にその反応スキームを示す。
【0031】
【化2】
【0032】
結果と考察
実験の結果、半透明の白色微粒子が得られた。図1にSEM写真を示す。SEM写真より、微細な孔が存在すると思われる。また、酢酸溶液に投入しても溶解しなかったので、アセチル化が行われていると思われる。キトサンとアセチル化キトサンのIRスペクトルを図2に示す。図2から見てもアセチル化がうまく進んでいることが見受けられる。
【0033】
2. グリシジルメタクリレート-グラフト-アセチル化キトサン(GMAGAC)の調製
反応活性の高いエポキシ基を含有するグリシジルメタクリレート(GMA)をアセチル化キトサンに導入させて、このエポキシ基に配位子を導入することにした。GMAのグラフト方法は以下のとおりである。
【0034】
実験1で調製されたアセチル化キトサン4 gを200 cm3の三口フラスコに測り採り、これに蒸留水100 cm3を加え、窒素雰囲気下で60℃のオイルバスを用いて30分間加熱攪拌を行うことで、樹脂の膨潤と系内の窒素置換を同時に行った。次に重合開始剤として0.5%に酸化チオ尿素水10 cm3と30%過酸化水素水0.2 cm3を加え、60℃のオイルバスで30分間過熱攪拌し、ラジカル状態にした。これにGMAをアセチル化キトサンの20倍モルである64.52 g加えて、70℃で4時間過熱攪拌を行った。アセトンを用いてグラフト化誘導体をろ過し、ソックスレー抽出器を用いてアセトンでホモポリマーの除去を行った。その後、50℃の乾燥機を用いて乾燥させた。反応スキームを以下に示す。
【0035】
【化3】
【0036】
結果と考察
反応の結果、琥珀色だったアセチル化キトサンの色が乳白色になり、それぞれ粒状だった粒子がいくつかの粒子で塊を作った状態になった。恐らくグラフトがうまく進んだからであると思われる。また、生成物をFT-IRを用いて分析を行ったところ、図3のようになった。結果より、750 cm-1にエポキシ基のピークが現れ、環エーテルのピークも900〜1000 cm-1にかけて現れていることから、GMAの導入がうまく行われたことが確認できる。また、導入量はチオ硫酸ナトリウムを用いた定量法でエポキシ基の定量を行うことで導いた。その結果、導入量が17.18 mmol g-1であった。以下にチオ硫酸ナトリウムとエポキシ基の反応を示す。
【0037】
【化4】
【0038】
3. アミノメチルピリジン-グラフト-アセチル化キトサン(AMPGAC)の調製
GMAGACに配位子として、安定な5員環キレートを金属イオンと形成することが期待される2-アミノメチルピリジンの導入を行った。実験方法は以下のとおりである。
【0039】
100 cm3のDMFに4 gのGMAGACを加え、窒素雰囲気下で60℃、30分間過熱攪拌することで、樹脂の膨潤と系内の窒素置換を同時に行った。これに2-アミノメチルピリジンを112 g加え、触媒としてトリエチルアミンを15 cm3加え、70℃で24時間過熱攪拌を行い、吸引ろ過により生成物を取り出しエタノール、蒸留水で洗浄を行い、乾燥機を用いて乾燥させた。合成スキームを以下に示す。
【0040】
【化5】
【0041】
結果と考察
反応の結果、乳白色だった粒子が黄色に変色した。このことより2-アミノメチルピリジンの導入が成功したと思われる。また、生成物をFT-IRを用いて分析してみたところ、図4のようなIRスペクトルが得られた。図4より1594 cm-1にピリジン環由来のC=Nのピークが見られ、1156 cm-1にアミノメチルピリジン由来のイミノ基のピークが確認されることからも、導入が行われていることが確認された。また、図5にAMPGACのSEM像を示す。SEM像からも球状を保っていることが分かる。
【0042】
3.1 AMPGACによる塩酸の飽和吸着実験
合成したAMPGACの全窒素量を知るために、塩酸の飽和吸着実験を行った。実験方法は以下に示す通りである。0.01〜0.5 Nに適宜希釈した塩酸溶液15 cm3に吸着材AMPGAC 0.050 gを投入し30℃で24時間、振とう速度120 rpmで振とうした。その後溶液をろ過し、ろ液を水酸化ナトリウム溶液で中和滴定することにより塩酸濃度を求めた。
【0043】
【表1】
【0044】
結果と考察
塩酸の飽和吸着実験の結果を図6に示す。吸着等温線がLangmuir型を示したため、Langmuirの式に吸着量や初濃度、平衡濃度を代入して算出した。Langmuirの吸着式で結果を表したところ、相関関係を表すR2がR2=0.9948となったため、AMPGACの吸着反応は単分子層吸着であることが分かった。
Langmuirの吸着式を以下に示す。
【0045】
【数1】
【0046】
このLangmuirの吸着式を以下のように変形する。
【数2】
【0047】
この式の直線の傾きから飽和吸着量qs、切片の逆数から吸着平衡定数Kadを求めた。また、飽和吸着量と吸着平衡定数を求めた結果、それぞれ、7.52 mmol g-1、28.87 dm3mmol-1であることが分かった。
【0048】
3.2 AMPGACを用いた塩酸溶液からの金属イオンの吸着選択性
25 mMの金属溶液を各濃度の塩酸溶液で希釈し、1mMの金属溶液に吸着材AMPGAC 0.050 gを加え、30℃の恒温槽を用いて振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後溶液をろ過し、平衡後の塩酸濃度は中和滴定を用いて測定し、吸着平衡前後の金属イオン濃度は原子吸光光度計を用いて分析を行った。
【0049】
結果と考察
吸着実験の結果を図7に示す。低塩酸濃度領域において、Au(III)、Pt(IV)およびPd(II)に対して高い吸着率を示している。また、Cu(II)以外の重金属がまったく吸着されていないことから、AMPGACが貴金属に高い選択性を持ち、低塩酸濃度領域における貴金属と重金属の分離が可能であることが示唆される。さらに、高塩酸濃度領域において、Pd(II)やAu(III)の吸着率が低下しているのに対してPt(IV)は80%以上の高い吸着率を維持していた。また、ここでもほとんどの重金属が吸着されていないことから、重金属溶液からの貴金属の分離が可能であることが示唆される。これらの結果から、AMPGACが全ての塩酸濃度領域において、Pd(II)やPt(IV)などの貴金属に対して高い吸着選択性を持つということが明らかとなった。
【0050】
3.3 AMPGACを用いた硝酸アンモニウム溶液からの金属イオンの吸着選択性
25 mMの金属溶液を1 mol dm3の硝酸アンモニウム水溶液で希釈し、1 Nの硝酸とアンモニア水で適宜pHを調製した、1mMの金属溶液に吸着材AMPGAC 0.050 gを加え、30℃の恒温槽を用いて振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後溶液をろ過し、平衡pHはpHメーターを用いて測定し、吸着平衡前後の金属イオン濃度は原子吸光光度計を用いて分析を行った。
【0051】
結果と考察
吸着実験の結果を図8に示す。Cu(II)はpH 0.5付近から立ち上がり、pH 2.5付近から吸着率が低下する。吸着率は最大でも90%程度であった。一方Ni(II)はpH 2付近で立ち上がり、pH 2.5付近で最大に達した。pH 6以降の高いpHで急激に吸着率が低下しているのはNi(II)のアンミン錯体が形成されるとともに吸着材との錯形成が出来なくなっているからであると考えられる。Co(II)とZn(II)についてはCu(II)と同じくpH 3.5付近で立ち上がっているが、吸着率が最大でも40 - 50 %程度と低い値を示した。また、Pd(II)についてはpH 1付近の低いpHでは100 %の吸着率を示しているが、高いpHでは吸着しないことが明らかになった。
【0052】
3.4 AMPGACによるPd(II)の飽和吸着実験
AMPGACがどの程度のPd(II)を吸着することが出来るのかを知るために、Pd(II)の飽和吸着実験を行った。3 NのHClを用いて、1〜15 mmol dm-3に適宜希釈したPd(II)溶液15 cm3にAMPGACをそれぞれ0.050 gずつ投入し、30℃の恒温槽を用い振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過を行い、吸着平衡前後の金属イオン濃度をICP発光分光光度計を用いて測定し、吸着量を算出した。実験条件を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
結果と考察
Pd(II)の吸着等温線を図9に示す。吸着等温線がLangmuir型を示したため、Langmuirの式に吸着量や初濃度、平衡濃度を代入して算出した。Langmuirの吸着式で結果を表したところ、相関関係を表すR2がR2=0.9948となったため、AMPGACの吸着反応は単分子層吸着であることが分かった。
Langmuirの吸着式を以下に示す。
【0055】
【数3】
【0056】
このLangmuirの吸着式を以下のように変形する。
【数4】
【0057】
この式の直線の傾きから飽和吸着量qs、切片の逆数から吸着平衡定数Kadを求めた。また、飽和吸着量と吸着平衡定数を求めた結果、それぞれ、3.47 mmol g-1、3.24 dm3mmol-1であることが分かった。この飽和吸着量をこれまで本発明者らにより合成された吸着材と比較すると、図10に示すとおりになり、AMPGACが比較的高い値を示していることがわかる。このことからもグラフト重合法を用いた効果が現れていると考えられる。
【0058】
3.5 AMPGACによるPd(II)の吸着平衡到達時間
Pd(II)の吸着において吸着平衡に達するのにどの程度の時間を必要とするのかを知るために吸着平衡到達時間を調査した。実験方法は、303 K恒温槽中で200 cm3のトールビーカーにAMPGACを0.05 g量り採り、3 mol dm-3の塩酸溶液2 cm3を添加して吸着材に塩酸溶液を含浸させた。25 mmol dm-3 Pd(II)溶液を3 mol dm-3の塩酸溶液を用いて希釈しPd(II)の初期濃度を3 mmol dm-3とした。調製したPd(II)溶液100 cm3の温度を303 Kとした後、トールビーカーへ加えて攪拌翼を用いて300 rpmで攪拌した。Pd(II)溶液を加えた時間を反応開始(t=0)とし、一定時間ごとに溶液0.5 cm3 を採取した。この際、この反応実験は濃度一定条件を保った状態で行っているため、採取した量だけ初濃度のPd(II)溶液を添加していった。初濃度および採取した溶液中のPd(II)濃度はICP発光分析装置(ICPS=7000)を用いて測定した。
【0059】
結果と考察
実験結果を図11に示す。図11より、約2時間後にはPd(II)の吸着は吸着平衡に達していると考えられる。以前調製したAMPGC(アセチル化キトサンではなく、キチンに官能基を導入したもの)では吸着平衡に達するのに4時間ほど必要であったが、AMPGACは2時間程度で吸着平衡に達した。これは官能基導入量が増加したためであると考えられる。今後、吸着実験は十分に平衡に達していると考えられる24時間で行うこととする。
【0060】
3.6 AMPGACを用いたNi(II)/Pd(II)混合溶液からのPd(II)の分離
実験は以下の方法で行った。まず、Pd(II)の濃度を1 mmol dm-3に固定して、Ni(II)の濃度を10 − 400 mmol dm-3になるように塩化ニッケルを加えた3 Nの塩酸溶液15 cm3を調製した。これに吸着材であるAMPGAC 0.05 gを投入し、30℃の恒温槽を用い、振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過により吸着材と溶液の分離を行い、Pd(II)とNi(II)の初濃度、平衡濃度を原子吸光光度計およびICP発光分析装置を用いて測定した。この際、どちらの金属においても干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。
【0061】
【表3】
【0062】
結果と考察
実験結果を図12に示す。図12より、どのNi(II)濃度の溶液からでも選択的にPd(II)のみを吸着していることが分かる。特にPd(II)に対して400倍のNi(II)が存在する溶液からでもPd(II)のみを選択的に吸着したのは実廃液においても有効であると考えられる。Ni(II)濃度が100 mmol dm-3と200 mmol dm-3のときにNi(II)の吸着率が若干ではあるが上昇している。これは希釈の際の誤差であると考えられる。事実、400 mmol dm-3のサンプルでは吸着率が低くなっている。
【0063】
3.7 貴金属イオンの脱離実験
脱離実験は以下のように行った。各金属イオンの塩化物を0.01 mol dm-3塩酸溶液に溶解し、各金属イオンの初濃度を1 mmol dm-3とした。溶液15 cm-3に対してAMPGACを0.05 g加え、30℃の恒温槽を用いて24時間振とうした。振とう後、ろ過を行い、回収したAMPGACに対して15 dm-3の脱離溶液(1 mol dm-3アンモニア水、1 mol dm-3チオシアン酸アンモニウム、1 mol dm-3チオ尿素水、1 mol dm-3チオ尿素+1 mol dm-3塩酸混合溶液および1 mol dm-3塩酸)を加え、再び30℃の恒温槽を用いて24時間振とうした。平衡前後の金属イオン濃度および脱離後の脱離溶液中の金属イオン濃度は原子吸光光度計、またはICP発光分析装置を用いて測定した。また、脱離溶液中の金属イオン濃度の測定においてチオ尿素による干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。なお、脱離率は次の式により定義した。
【0064】
【数5】
【0065】
結果と考察
表4に各金属イオンの脱離率を示す。各金属イオンに対してチオ尿素が高い脱離率を示した。これはチオ尿素の持つ硫黄がそれぞれの金属イオンと親和性が高いことに由来すると考えられる。従って、チオ尿素を用いることによって、AMPGACの再生および吸着した貴金属イオンの回収が可能であることが明らかになった。
【0066】
【表4】
【0067】
3.8 AMPGACを用いたPd(II)の吸着/脱着リサイクル実験
現在イオン交換体などの吸着材は、工業的には吸着カラムに詰められて溶液を通液することにより吸着/脱着を行っている。このとき吸着/脱着プロセスは繰り返し同じ樹脂を用いて行われる。そこで、AMPGACが複数回の吸着/脱着プロセスに耐えうるのかを調べるために実験を行った。
【0068】
実験方法は以下のとおりである。0.01 mol dm-3の塩酸を用いて1 mmol dm-3のPd(II)溶液を調製した。このPd(II)溶液15 cm3に吸着材AMPGACを0.05 g加え、30℃の恒温槽を用いて4時間振とうを行った。ろ過により吸着材と溶液を分離し、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った後、樹脂をサンプル管に移し変え、これに15 cm3の1 mol dm-3のチオ尿素水溶液を加え、30℃の恒温槽を用いて4時間浸透させた。その後ろ過により吸着材と溶液を分離させた後、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った後、樹脂をサンプル管に移しかえ、樹脂内に残っているチオ尿素を分解させるために3 mol dm-3の塩酸を15 cm3加え30℃の恒温槽を用いて4時間振とうを行った。その後ろ過により樹脂と溶液を分離し、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った。
【0069】
これを1サイクルとし、5サイクルまで実験を行った。吸着平衡前後および脱着後の溶液のPd(II)濃度はICP発光分析装置を用いて求めた。なお、脱離率は次の式により定義した。
【0070】
【数6】
【0071】
結果と考察
図13に各サイクルにおける吸着/脱着率を示す。全てのサイクルにおいて95%以上の吸着/脱着率を示したことから、AMPGACを吸着材として工業的に用いる際に、複数回の吸着/脱着プロセスに十分に耐えうる吸着能を持つことが分かった。
【0072】
3.9 AMPGACを用いたNi(II)/Co(II)混合溶液からのNi(II)の分離
実験は以下の方法で行った。まず、Ni(II)の濃度を1 mmol dm-3に固定して、Co(II)の濃度を1 − 50 mmol dm-3になるように塩化コバルトを加えた1 mol dm-3硝酸アンモニウム溶液15 cm3を調製した。これに吸着材であるAMPGAC 0.05 gを投入し、30℃の恒温槽を用い、振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過により吸着材と溶液の分離を行い、Ni(II)とCo(II)の初濃度、平衡濃度を原子吸光光度計を用いて測定した。この際、どちらの金属においても干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。
【0073】
【表5】
【0074】
結果と考察
実験結果を図14に示す。図14より、どのCo(II)濃度の溶液からでも吸着率は50 %前後であるが、選択的にNi(II)のみを吸着していることが分かる。特にNi(II)に対して50倍のCo(II)が存在する溶液からでもNi(II)のみを選択的に吸着したのは実廃液においても有効であると考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体を含む金属吸着剤。
【請求項2】
前記モノマーがグリシジルメタクリレートであり、前記金属吸着性官能基が2-ピリジルメチル基である、請求項1の金属吸着剤。
【請求項3】
前記アセチル化キトサンが、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤および界面活性剤を含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法により製造された微粒子状のアセチル化キトサンである、請求項1または2の金属吸着剤。
【請求項4】
パラジウム、白金及び金から選ばれる少なくとも一種の貴金属イオンを含む塩酸溶液に請求項1〜3のいずれかの金属吸着剤を加え、貴金属イオンを該金属吸着剤に吸着させる、貴金属イオンの吸着方法。
【請求項5】
ニッケルイオンとコバルトイオンとを含む硝酸アンモニウム溶液に請求項1〜3のいずれかの金属吸着剤を加え、ニッケルイオンを該金属吸着剤に吸着させる、ニッケルイオンの吸着方法。
【請求項6】
請求項4または5の方法により前記貴金属イオンまたはニッケルイオンが吸着された請求項1〜3のいずれかの金属吸着剤を得た後、該金属吸着剤をチオ尿素溶液と混合して、前記貴金属イオンまたはニッケルイオンを脱離させることを含む、貴金属イオンまたはニッケルイオンの回収方法。
【請求項7】
アセチル化キトサン微粒子の製造方法であって、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤と界面活性剤とを含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法。
【請求項8】
請求項7の方法により製造されたアセチル化キトサン微粒子。
【請求項1】
アセチル化キトサンと、該アセチル化キトサンの構成単位上の水酸基に、ラジカル重合性二重結合を有するモノマーをグラフト重合させて形成されたグラフト鎖と、該グラフト鎖の側鎖に導入された金属配位性官能基とを有するアセチル化キトサン誘導体を含む金属吸着剤。
【請求項2】
前記モノマーがグリシジルメタクリレートであり、前記金属吸着性官能基が2-ピリジルメチル基である、請求項1の金属吸着剤。
【請求項3】
前記アセチル化キトサンが、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤および界面活性剤を含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法により製造された微粒子状のアセチル化キトサンである、請求項1または2の金属吸着剤。
【請求項4】
パラジウム、白金及び金から選ばれる少なくとも一種の貴金属イオンを含む塩酸溶液に請求項1〜3のいずれかの金属吸着剤を加え、貴金属イオンを該金属吸着剤に吸着させる、貴金属イオンの吸着方法。
【請求項5】
ニッケルイオンとコバルトイオンとを含む硝酸アンモニウム溶液に請求項1〜3のいずれかの金属吸着剤を加え、ニッケルイオンを該金属吸着剤に吸着させる、ニッケルイオンの吸着方法。
【請求項6】
請求項4または5の方法により前記貴金属イオンまたはニッケルイオンが吸着された請求項1〜3のいずれかの金属吸着剤を得た後、該金属吸着剤をチオ尿素溶液と混合して、前記貴金属イオンまたはニッケルイオンを脱離させることを含む、貴金属イオンまたはニッケルイオンの回収方法。
【請求項7】
アセチル化キトサン微粒子の製造方法であって、酸性水溶液中に溶解したキトサンを、アセチル化剤と界面活性剤とを含有する有機溶媒相に分散させる工程を含む方法。
【請求項8】
請求項7の方法により製造されたアセチル化キトサン微粒子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−179208(P2010−179208A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−23009(P2009−23009)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】
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