説明

金属材料の腐食抑制方法

【課題】簡単に実施可能で、又効率的に金属材料の腐食を抑制することが可能な腐食抑制方法を提供する。
【解決手段】金属材料に生成した腐食ピット、隙間腐食、又はき裂の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去することで、金属材料の腐食を抑制する。腐食ピット、隙間腐食、又はき裂の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去することで、腐食ピット等内に存在する腐食性成分の濃度を低下させ、腐食を抑制する。これにより、簡単に又効率的に金属材料の腐食を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、孔食、隙間腐食など金属材料に生成する腐食の抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの腐食環境中に優れた耐食性を有するステンレス鋼は、塩素やフッ素などの環境中で表面に孔食や隙間腐食あるいは腐食に起因する割れが生じる。そこでステンレス鋼の耐食性向上対策として、緻密な不働態化皮膜の形成に有益な元素、例えばCr、Mo、N等を多く添加している。またステンレス鋼の応力腐食割れを防止する方法として、使用される環境に適した耐熱性を有する処理剤中に腐食イオン吸着剤を配合し、これをステンレス鋼表面に塗付し、ステンレス鋼表面に処理剤膜を形成することにより、腐食性イオン物質を効率よく捕集、固定化し、応力腐食割れを防止する技術が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
腐食の進行を防止する防止方法としては、次ぎのような技術も提案されている(特許文献2参照)。この方法は、腐食環境にあるタービンブレードの補修方法であって、タービンブレードの表面に発生する腐食ピットの平均径Dが50μm以上に成長する前に、腐食ピットの表面に、超音波振動端子で打撃する超音波衝撃処理を行うことにより、腐食ピットの深さdを5μm以下とするものである。これにより、腐食ピットの深さを浅くすることができるとともに、ピットの内面及び縁を滑らかにして応力集中をなくすことが可能となり、疲労き裂の発生と進展を抑制できるとする。
【特許文献1】特開2004−360007号公報
【特許文献2】特開2004−169585号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術は多くの薬剤を必要とし、薬剤のコストを考えれば決して安価に実施できる方法とは言えない。またこれら処理剤をステンレス鋼表面に塗付し、処理剤膜をステンレス鋼表面に形成する必要があり、手間がかかる。特許文献2に記載の技術は、腐食ピットを探し出して超音波振動による打撃処理を行うため、大変手数のかかる作業となる。また、ステンレス鋼製品の形状が複雑な場合や、超音波振動端子の配備が困難な場所には適用できない。また隙間部分など目の届き難い場所にあっては、腐食ピットを見逃してしまう場合もある。
【0005】
本発明の目的は、簡単に実施可能で、又効率的に金属材料の腐食を抑制することが可能な腐食抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、超音波の液中キャビテーション作用による振動、撹拌効果によって、腐食ピット上、又は隙間、き裂中の腐食生成物を除去し、さらに腐食ピット、隙間、き裂中の腐食性成分を減少させことで、金属材料表面に発生する腐食ピットあるいは隙間腐食の生成、成長を抑制させることが可能なことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち本発明は、金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去することを特徴とする金属材料の腐食抑制方法である。
【0008】
また本発明は、金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去し、その後、該腐食生成部内の腐食性成分の濃度を強制的に低下させることを特徴とする金属材料の腐食抑制方法である。
【0009】
また本発明は、金属材料に生成した腐食生成部内の腐食性成分の濃度を強制的に低下させることを特徴とする金属材料の腐食抑制方法である。
【0010】
また本発明で、前記金属材料に生成した腐食は、孔食、隙間腐食、又はき裂の少なくともいずれか1であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1に記載の金属材料の腐食抑制方法である。
【0011】
また本発明で、前記金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去は、前記腐食生成部の表面を覆う前記腐食生成物に超音波を印加して行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属材料の腐食抑制方法である。
【0012】
また本発明で、前記金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去は、ブラシで機械的に行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属材料の腐食抑制方法である。
【0013】
また本発明で、前記金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去は、前記腐食生成部の表面を覆う前記腐食生成物に高速流体を吹きつけて行うことを特徴とする請求項1又は2又に記載の金属材料の腐食抑制方法である。
【0014】
また本発明で、前記腐食生成部内の腐食性成分濃度を強制的に低下させる方法は、前記腐食生成部を液体と接触させ、該液体に超音波を印加し、前記腐食性成分を該液体で置換及び/又は前記腐食性成分を該液体で希釈することで行うことを特徴とする請求項2又は3に記載の金属材料の腐食抑制方法である。
【0015】
また本発明は、ステンレス鋼に生成した腐食生成部を液中に浸漬させ、周波数15KHz〜1MHz、出力10〜1000W、印加時間1〜20分の条件で該液体に超音波を印加し、ステンレス鋼に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去し、該腐食生成部内の腐食性成分を該液体と置換し、該ステンレス鋼に生成した腐食の進行を抑制することを特徴とする金属材料の腐食抑制方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の金属材料の腐食抑制方法は、金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去する方法、又は金属材料に生成した腐食生成部内の腐食性成分の濃度を強制的に低下させる方法、又は金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去し、その後、腐食生成部内の腐食性成分の濃度を強制的に低下させる方法であるので、簡単に金属材料の腐食を抑制することができる。
【0017】
本発明の金属材料の腐食抑制方法を用いれば、腐食環境下にある金属材料の表面に発生する多数の腐食ピットや隙間腐食を一括して処理することが可能となる。また本発明は、複雑な製品形状の製品に対しても適用することが可能であり、効率的に金属材料の腐食を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、金属材料に生成した腐食ピット、隙間腐食、又はき裂のそれぞれの表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去することで、腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を低下させ、腐食を抑制する。より効率的に腐食を抑制するには、腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去し、腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させればよい。これは、隙間腐食、又はき裂で表面を腐食生成物が覆っていない場合であっても同様である。
【0019】
現実的に最も危険なのは、き裂の伝ぱであり、き裂の腐食溶液中での伝ぱとしては、腐食疲労、応力腐食割れ、又は水素脆化などが挙げられる。このような場合、腐食性成分がき裂先端部に多く存在すれば、き裂の伝ぱを促進するが、後述のように超音波を印加することで、き裂先端部の腐食性成分を減少させることが可能となり、き裂の伝ぱを抑制することができる。
【0020】
腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去方法としては、超音波印加、ブラシなどの機械的除去、高速流体を腐食生成物に拭きつける方法などが例示されるが、これら以外の方法であってもよい。また腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる方法も特に限定されない。この方法としては、超音波印加が例示される。超音波の印加条件は、腐食生成物の大きさ、個数などに応じて適宜変更することが可能であるが、ステンレス鋼の場合、ステンレス鋼に生成した腐食生成部を水中に浸漬させ、周波数15KHzから1MHz、出力10〜1000W、印加時間1〜20分の条件で、水に超音波を印加すればよい。
【0021】
次に、超音波を使用して腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる具体的な方法の一例を示す。図1から図3は、本発明の金属材料の腐食抑制方法を実施するための装置の概略的構成を示す図であり、図1(a)、(b)は、パイプに適用する場合、図2(a)、(b)は、小さな部品に適用する場合、図3(a)、(b)は、大型タンク、又は容器に適用する場合の装置の概略的構成を示す。図1から図3おいて、対応する部分には同一の符号を付して重複する説明は省略する。
【0022】
図1(a)は、パイプ1の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第一の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。パイプ1内に水2を張り、パイプの外壁3に超音波発振器4を当て、パイプ壁面を介して水2に超音波を印加する。この結果、超音波の液中キャビテーション作用により水2が振動、撹拌混合され、パイプ内壁5に生成した腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物(図示を省略)を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させることができる。パイプ1の長さが長い場合は、必要に応じて超音波発振器4をトラバースさせればよい。
【0023】
図1(b)は、パイプ1の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第二の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。パイプ1内に水2を張り、パイプ1内に超音波発振器4を設置し、水2に超音波を印加する。この結果、超音波の液中キャビテーション作用により水2が振動、撹拌混合され、パイプ内壁5に生成した腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物(図示を省略)を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させることができる。パイプ1の長さが長い場合は、必要に応じて超音波発振器4をトラバースさせればよい。
【0024】
図2(a)は、小さな部品6の表面に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第一の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。水2を張った容器7内に部品6を浸漬させ、容器7の底部外壁に装着した超音波発振器4で、容器7内の水2に超音波を印加する。この結果、超音波の液中キャビテーション作用により水2が振動、撹拌混合され、小さな部品6の表面に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物(図示を省略)を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させることができる。
【0025】
図2(b)は、小さな部品6の表面に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第二の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。水2を張った容器7内に部品6を浸漬させ、容器7内の底部に設置した超音波発振器4で、容器7内の水2に超音波を印加する。この結果、超音波の液中キャビテーション作用により水2が振動、撹拌混合され、小さな部品6の表面に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物(図示を省略)を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させることができる。
【0026】
図3(a)は、大型タンク8の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第一の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。大型タンク8内に水2を張り、大型タンク8の外壁に装着した超音波発振器4で、大型タンク8内の水2に超音波を印加する。この結果、超音波の液中キャビテーション作用により水2が振動、撹拌混合され、大型タンク8の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物(図示を省略)を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させることができる。
【0027】
図3(b)は、大型タンク8の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第二の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。大型タンク8内に水2を張り、大型タンク8内の底部に設置した超音波発振器4で、大型タンク8内の水2に超音波を印加する。この結果、超音波の液中キャビテーション作用により水2が振動、撹拌混合され、大型タンク8の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物(図示を省略)を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させることができる。
【0028】
上記のように本発明の金属材料の腐食抑制方法は、簡単な装置を用いて簡単に行うことができる。パイプ、又は大型タンクなど内部に液体を保有している場合にあっては、内部に保有する液体を利用することで、水の張り込み操作が不要となり、実運転中に本発明を実施することも可能となる。また図1(b)、図2(b)、図3(b)のように、超音波を、金属壁面を介することなく直接水、又は液体に印加すれば、より効率的に本発明を実施することが可能となり好ましい。
【0029】
本発明の金属材料の腐食抑制の想定されるメカニズムを、ステンレス鋼を例にとり説明する。ステンレス鋼は、表面に不働態化皮膜が生成するため、多様な腐食環境中にあって優れた耐食性をもっている。ただし、塩素環境中ではステンレス鋼表面に孔食が生じることが知られている。本発明者らが原子間力顕微鏡を用いてステンレス鋼の孔食発生挙動を観察した結果、NaCl水溶液中においてSUS304鋼の表面に生成した腐食生成物は、腐食ピットの上部に残り、蓋状にピットを覆っていることが分かった。蓋状の生成物が表面を覆うと、ピット内外の物質移動が困難になるために、ピット中のClやHが多くなりpHが低下し、蓋下の腐食が加速される。本発明者らが、原子間力顕微鏡のプローブを用いて蓋状腐食生成物を壊すと、ピットの進行速度が大幅に減少した。これは、蓋状腐食生成物が破壊された結果、腐食ピット内が周囲の溶液によって希釈、置換され、腐食ピット内の塩素の濃縮やpHの低下が緩和され、ピット底部および周辺が再び不働態化し、ピットの成長を阻害したためであると考えられる。
【0030】
(ステンレス鋼の孔食の防食実験)
以下の要領でステンレス鋼の孔食の防食実験を行った。実験の供試材は、厚さ1mmのJIS SUS304ステンレス鋼板材(化学成分 (mass%) C:0.05、Si:0.63、P:0.032、S:0.002、Ni:8.10、Cr:18.05、Fe:Bal.)で、それを温度1323Kで、30分間保持後に、水冷(溶体化処理)した後、15mm×15mmの正方形に切り出し、さらに片側の表面を#600エメリー紙で研磨した。孔食試験中に隙間腐食の発生を防ぐため、温度333Kの10mass%の硝酸水溶液に30分間浸して、試料表面に強固な酸化膜を形成させた後、アセトン中で超音波洗浄を行った。
【0031】
その後、研磨面の中心部分(直径8mmの円形)を#800のエメリー紙で研磨し、図4(a)に示すように未研磨側の表面にリード線を固定した。さらに、研磨面における中心研磨部分(直径8mmの円形)と約1mmのスペースを空けて、中心部分を除き全体的にシリコンゴムでマスキングした。図4(a)中、符号10が供試材、符号11がリード線、符号12が中心研磨部分、符号13が約1mmのスペース部分、符号14(斜線部分)がシリコンゴムでマスキングした部分である。
【0032】
腐食試験には、図4(b)に示すようにポテンシオスタット20、関数発生器21及び超音波洗浄器30(Yamato Co.Branson 2510J−MTH、100W、42kHz)を用いた。試験片10を温度308Kの一定温度に保持した3.5mass%NaCl水溶液31に浸し、白金板40を対極に、飽和カロメル電極41を照合電極とする3電極方式で分極測定を行った。図4(b)中符号32は、温度検出器、符号34は、内部に水33を張った容器、符号35は、3.5mass%NaCl水溶液の入った容器、符号36は、超音波発生装置である。符号42は、塩橋である。
【0033】
実験は、図5に示すように、カソード側の電位V=−600mVから開始し、ポテンシオスタット20により、毎分20mVの一定掃引速度で増加させ、試験片10表面に流れる電流値をレコーダによって記録した。試験片10のアノード側電流密度iを3通り、すなわち2A/m、10A/m、50A/mとした。
【0034】
超音波の印加については、3通りを実施した。すなわち、(A1)超音波の印加を全く行わない場合、(B1)試験片10にピットが発生(電流密度の変化で検知)し始めてから10分間だけ超音波を印加する場合、(C1)カソード電位−600mVの実験開始から実験が終了するまで超音波の印加を続ける場合の3通りである。ここで、(A1)超音波の印加を全く行わない場合が比較例に該当し、(B1)、及び(C1)が実施例に該当する。図5中太い矢印で示した範囲が、超音波を印加した範囲である。
【0035】
次に、ステンレス鋼の孔食の防食実験の結果を示す。図6は、アノード電流密度がi=2A/mに到達した後、電位を一定に保持する条件下で測定した分極曲線である。図6(a)は超音波を印加しなかった場合(条件A1)、図6(b)は電位を一定に保持すると同時に超音波を印加した場合(条件B1)、図6(c)は実験開始から終了まで超音波を印加した場合(条件C1)である。図中の太い矢印(水平方向)は、超音波印加のタイミングと期間を表す。超音波印加のタイミングが異なる分極曲線を比較すると、超音波印加の有無に関わらず、約t=1500秒(V=−100mV)でカソード電流からアノード電流に変わって不働態域に入った。カソード領域及び不働態領域では、超音波の印加による電流密度の変化は、殆ど見られなかった。これは不働態皮膜が超音波によって破壊されないことを示唆している。
【0036】
t=約2500秒でアノード電流密度がi=2A/mに到達し、そのときの電位(約200mV)の保持によって、超音波を印加しない場合、電流密度は緩やかに増加していく傾向が見られた(条件A1、図6(a))。一方、電位保持と同時に超音波を印加すると(条件B1)、電流密度が、図6(a)とほぼ同じく変化がなかった場合(図省略)、及び突然不働態域に相当する電流値まで急激に減少する場合(図6(b))が観察された。前者の場合には、超音波の影響が現れていないと思われるが、後者(図6(b))には、いったん破壊された不働態皮膜が再形成されたため腐食ピットの成長が止まったと考えられる。また、実験開始から超音波印加(条件C1)を行った場合、電位保持期間の電流密度の急激な変化は見られなかった。
【0037】
図7は、電流密度がi=10A/mに到達した後、電位を一定に保持する各条件下で測定した分極曲線である。図7(a)は、超音波を印加しなかった場合(条件A1)、図7(b)は電位を一定に保持すると同時に超音波を印加した場合(条件B1)、図7(c)は、実験開始から終了まで超音波を印加した場合(条件C1)である。図中の太い矢印(水平方向)は、超音波印加のタイミングと期間を表す。電流密度がi=10A/mに到達した際の時間がt=約2600秒であり、そのときの電位が約250mVであった。
【0038】
超音波を印加しない場合(条件A1)、電位を保持する間(電位保持期間)の電流密度の上昇速度を、電流密度がi=10A/m(図7(a))と電流密度がi=2A/m(図6(a))とで比較すると、電流密度がi=10A/mの方が速かった。各超音波印加条件における電位保持期間の状況を比較すると、条件A1においては、時間の経過に伴って電流密度は著しく増大したが、条件B1及び条件C1では、電流密度はわずかに増大や減少を繰り返しており、見かけ上の増加速度が明らかに小さかった。
【0039】
図8は、電流密度がi=50A/mに到達する際の電位を一定に保持する各条件下で測定した分極曲線である。図8(a)は、超音波を印加しなかった場合(条件A1)、図8(b)は電位を一定に保持すると同時に超音波を印加した場合(条件B1)、図8(c)は、実験開始から終了まで超音波を印加した場合(条件C1)である。図中の太い矢印(水平方向)は、超音波印加のタイミングと期間を表す。電流密度がi=50A/mに到達した際の時間がt=約2700秒であり、そのときの電位はいずれも約300mVであった。
【0040】
図8の電位保持期間における電流密度の上昇速度は、図6及び図7のそれより速い。超音波印加の有無による電位保持期間における電流密度の上昇速度を比較すると、超音波を印加した条件B1、及び条件C1場合の電位保持期間における電流密度の上昇速度は、超音波を印加しない条件A1に比較して若干遅かった。
【0041】
図9は、電流密度i=2、10及び50A/mに到達した後の電位保持期間の電流密度の変化を示す図である。各々3回実施した実験データを示した。図中A1、B1、C1は、各々図6から図8と同様、超音波印加条件を示す。図9(a)は、電流密度i=2A/m、図9(b)は、電流密度i=10A/m、図9(c)は、電流密度i=50A/mの場合のデータである。各電流密度においても、超音波を印加しない条件A1は、超音波を印加した条件B1、C1に比較して電流密度の上昇速度が大きいことが伺える。
【0042】
試験片を目視観察した結果、電流密度がそれぞれi=2、10、50A/mに到達した際の電位をt=10分間保持した後の試験片表面形態を比較すると、電位保持を開始するときの電流密度iが大きくなればなるほど、その試験片表面のピットの数も多かった。さらに、電位保持期間の電流密度の上昇速度が速ければ速いほど腐食ピットの数も多かった。
【0043】
図10は、各試験片において、腐食ピット総平面面積、及び単位試験片面積あたりの電気量密度をまとめたものである。図中A1、B1、C1は、各々図6から図9と同様、超音波印加条件を示す。図10(a)は、電流密度i=2A/m、図10(b)は、電流密度i=10A/m、図10(c)は、電流密度i=50A/mの場合のデータである。グラフの横軸は、試験片の数を示し、各条件とも3個の試験片を用いて実験を行った。黒の棒グラフは腐食ピットの総平面面積、白の棒グラフは電気量密度を示す。電気量密度とは、電位保持を開始してから(i=2、10又は50A/m)10分間の電流密度を時間に積分したものである(図6〜9参照)。図10(a)から図10(c)によると、単位試験片面積あたりの電気量密度は、いずれもピットの面積とほぼ同じ割合で変化することが分かる。これより、分極条件下での腐食の進行は、主にピット数の増加やピットの横方向への成長であることが分かる。
【0044】
電流密度がi=2A/mに到達する際の電位を保持した図10(a)では、超音波を印加しなかった場合(条件A1)及び実験開始から印加した場合(条件C1)の両値はほぼ同じであるが、超音波をt=10分間印加した場合(条件B1)のピット面積および電気量密度は最も小さかった。電流密度がi=10、又は50A/mに到達する際の電位を保持した図10(b)及び図10(c)では、超音波を印加しなかった条件A1の場合に比べ、条件B1、及び条件C1の場合の腐食ピット面積および電気量は小さかった。以上のことから、ステンレス鋼の孔食の発生、成長は、超音波の印加によって抑制できることがわかる。
【0045】
表1は、各実験条件下で3個の試験片表面に生成するピットの総平面面積、ピットの数、及び1個のピット当たりの平均平面面積である。これによると、電流密度がi=2A/mに到達したときに電位を保持した場合、超音波印加の有無(条件A1、B1)によらず、ピットの数はほぼ同じであるが、超音波を印加した条件B1での総平面面積、及び1個ピット当たりの平均平面面積は、超音波を全く印加しなかった条件A1に比べ小さかった。また、超音波を最初から印加した条件C1は、生成したピットの数は多かったが、その1個ピット当たりの平面面積は条件B1とほぼ同じであった。
【0046】
【表1】

一方、電流密度がi=10、及び50A/mに到達したときの電位を保持する条件では、超音波を印加しない場合に比べ、印加する場合のピットの数および1個ピット当たりの平面面積が小さかった。すなわち、超音波印加によって試験片表面に発生する腐食ピットの総面積の減少は、ピット数の減少のみならずピット面積の減少にもよるものであることがわかる。これより、超音波の印加は、腐食ピットの発生及び横方向の成長を抑制することが明らかになった。
【0047】
電流密度が小さいi=2A/mになる時点では、生成するピットは少なくて小さく、10分間電位を保持する間にピットの成長及び新たなピットが生成するが、元々の電流密度が小さいため、ピットの成長速度は遅く、ピットの生成数も少ない。この場合、超音波を印加すると、ごく小さい変化であるが、ピットの成長を抑制する効果(ピットの再不働態化)が見られた。電流密度が大きいi=10A/mの条件下では、数多くのしかも大きいピットが生成し、10分間電位を保持する間のピットの成長速度も速く、また新たに生成するピットもある。超音波を印加すると、ピットの成長が抑制され、新たに発生するピットの数も超音波を印加しないときに比べ少ない。電流密度がさらに大きいi=50A/mの条件下では、数多くのピットが大きく成長し、近傍の他のピットと連結し、見かけ上直線状なものが多い。超音波を印加すると、ピットの成長は緩和されるが、既に大きく成長したピットが多いため、ピット同士で連結した形のものが見られた。
【0048】
次に、超音波印加によるSUS304鋼の孔食の発生、及びピットの横方向への成長が抑制される想定メカニズムを図11に示す。SUS304鋼表面にピットが生成し(図11(a))、腐食生成物が蓋状となってピット上を覆う(図11(b))。アノード反応によりピット内に水素イオンが生成され、ピット内の水素イオンと外部から侵入してくる塩化物イオンの濃縮によって、ピットの成長は加速される。超音波を印加すると、超音波の水中キャビテーション作用による撹拌作用が蓋状腐食生成物を除去し、ピット内外部の成分拡散によってピット内の腐食性イオンが減少し、ピットの成長は遅くなる(図11(c))。
【0049】
また、元々の腐食速度が低い場合、ピット内壁に局所的な不働態化が現れる。超音波印加による腐食ピット数の減少については、ピットがまだ小さいうちにその上の僅かな腐食生成物を超音波で除去することによって不働態化皮膜が修復される可能性が考えられる。また、電位保持を開始するときの電流密度iの違いによって超音波印加の効果は若干異なる。これは、ピット中の溶液組成の変化による不働態化皮膜の修復作用と電流密度による皮膜の破壊作用の大小関係によるとものと考えられる。すなわち、電流密度が小さい場合には、超音波印加による腐食抑制の効果は顕著である。
【0050】
(ステンレス鋼の隙間部の防食実験)
以下にステンレス鋼の隙間部の防食実験の例を示す。実験の供試材は、厚さ1mmのJIS SUS304ステンレス鋼板材(化学成分(mass%)C:0.05、Si:0.63、P:0.032、S:0.002、Ni:8.10、Cr:18.05、Fe=Bal.)で、それを温度1323Kで、30分間保持後に、水冷(溶体化処理)した後、20mm×20mmの正方形および20mm×50mmの長方形に切り出し、両側の表面を#600エメリー紙で研磨した後、アセトン中で超音波洗浄した。試験対象すきま部分以外の試験片表面における局部腐食を防止するため、試験片全体を温度333Kの30mass%の硝酸水溶液に60分間浸して、試料全表面に強固な酸化膜を形成させた。
【0051】
その後、試験片の一面だけをもう一回#600のエメリー紙で研磨し試験面とし、図12に示すように試験片を組み立てて、試験片隙間部を3.5%NaCl水溶液で濡らした状態で、チタン製ボルトナットで締め付け隙間を形成させる。図12(a)は、20mm×50mmの試験片51の正面図、図12(b)は、20mm×20mmの試験片52の正面図、図12(c)は、試験片を組立た状態を示す側面図である。図12(c)中符号53がチタン製のワッシャ、符号54がチタン製ボルトナットである。
【0052】
腐食試験には、図4(b)と同様、図13に示すようにポテンシオスタット20、関数発生器21、及び超音波洗浄器30(Yamato Co.Branson 2510 J−MTH、100W、42KHz)を用いた。試験片60を温度300Kの一定温度に保持した3.5mass%NaCl水溶液31に浸し、白金板40を対極に、飽和カロメル電極41を照合電極とする3電極方式で分極測定を行った。図13中符号32は温度検出器、符号34は内部に水33を張った容器、符号35は、3.5mass%NaCl水溶液の入った容器、符号36は、超音波発生装置である。符号42は、塩橋である。
【0053】
実験は、自然浸漬電位から開始し、ポテンシオスタット20により、毎分30mVの一定掃引速度で増加させ、試験片表面に流れる電流値をレコーダによって記録した。また、試験片のアノード側電流密度が10A/mになった時点での電位を10分、又は20分間保持させた。電流密度は、電流値を試験片/試験片すきま面積(3.7cm)に割ったものとした。
【0054】
超音波の印加については、4通りを実施した。すなわち、印加を全く行わない場合(条件A2)、試験片に隙間腐食が発生(電流密度が10A/mになった時点)し始めてから10分間だけ印加する場合(条件B2)、試験片に隙間腐食が発生(電流密度が10A/mになった時点)し始めてから10分間だけ印加した後、超音波印加を止め、さらに10分間の電流を測定する場合(条件C2)、試験片に隙間腐食が発生(電流密度が10A/mになった時点)し始めてから20分間だけ印加する場合(条件D2)の4通りである。ここで、超音波の印加を全く行わない場合(条件A2)が比較例に該当し、超音波印加条件B2、C2、D2が実施例に該当する。
【0055】
ステンレス鋼の隙間部の防食実験の実験結果を示す。図14は、腐食電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持したときの腐食電流密度の変化を示す図である。図中の太い矢印(水平方向)は、超音波印加のタイミングと期間を表す。超音波を印加しない場合(曲線A2)、電位保持時間の増加に伴って腐食電流密度は増加していく傾向が見られた。一方、電位保持と同時に超音波を印加すると(曲線B2)、電流密度の上昇が見られず、保持時間10分までほぼ一定な値を維持した。これは、超音波印加によって、隙間中の腐食性溶液成分(Cl、H)が希釈され、腐食速度が抑制されたものと考えられる。図14から電位保持期間(10分間)の電気量を算出した結果、超音波を印加しない場合の電気量は、約65kC/m、超音波を印加した場合の電気量は、約15kC/mであった。超音波を印加することによって、試料表面に流れる電気量が約77%減少する、つまり腐食量が約77%減少することがわかった。
【0056】
図15は、腐食電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を20分間一定に保持したときの腐食電流密度の変化を示す図である。図中の太い矢印(水平方向)は、超音波印加のタイミングと期間を表す。図中、曲線A2は、電位保持期間中、超音波を印加しない場合、曲線D2は、電位保持と同時に超音波を印加する場合の腐食電流密度の変化を示す。超音波を印加すると、保持時間中(20分)電流密度は、ほぼ一定の値を保持していた。図15から電位保持期間(20分間)の電気量を算出した結果、超音波を印加しない場合の電気量は、約190kC/m、超音波を印加した場合の電気量は、約45kC/mであった。超音波を印加することによって、試料表面に流れる電気量が約77%減少する、つまり腐食量が約77%減少することが分かった。
【0057】
試験終了後の試験片表面を目視観察した結果、いずれの試料表面でも、腐食ピットが殆どなく、隙間腐食だけが発生していた。また、超音波印加の有無と腐食面積との関係を見てみると、超音波を印加した方が腐食面積は小さかった。
【0058】
(ステンレス鋼に隙間腐食および孔食が混在する場合の防食実験)
ステンレス鋼に隙間腐食および孔食が混在する場合の防食実験を下記要領で行った。実験の供試材は、厚さ1mmのJIS SUS304ステンレス鋼板材(化学成分(mass%)C:0.05、Si:0.63、P:0.032、S:0.002,Ni:8.10,Cr:18.05,Fe:Bal.)で、それを温度1323Kで、30分間保持後に、水冷(溶体化処理)した後、20mm×20mmの正方形および20mm×50mmの長方形に切り出し、それぞれ片側の表面を#600エメリー紙で研磨した後、アセトン中で超音波洗浄した。試験対象隙間部分以外の試験片表面における局部腐食を防止するため、試験片全体を温度333Kの30mass%の硝酸水溶液に60分間浸して、試料全表面に強固な酸化膜を形成させた。
【0059】
その後、研磨面をもう一回#600のエメリー紙で研磨し、図12に示すように試験片を組み立てて、試験片すきま部を3.5%NaCl水溶液で濡らした状態でチタン製ボルトナットで締め付け隙間を形成させる。この場合、試験片の片面が未研磨状態であるため、よく腐食ピットも発生する。図12(a)は、20mm×50mmの試験片51の正面図、図12(b)は、20mm×20mmの試験片52の正面図、図12(c)は、試験片を組立た状態を示す側面図である。図12(c)中符号53がチタン製のワッシャ、符号54がチタン製ボルトナットである。
【0060】
腐食試験には、図4(b)と同様、図13に示すようにポテンシオスタット20、関数発生器21、及び超音波洗浄器30(Yamato Co.Branson 2510 J−MTH、100W、42KHz)を用いた。試験片70を温度300Kの一定温度に保持した3.5mass%NaCl水溶液31に浸し、白金板40を対極に、飽和カロメル電極41を照合電極とする3電極方式で分極測定を行った。図13中符号32は、温度検出器、符号34は内部に水33を張った容器、符号35は、3.5mass%NaCl水溶液の入った容器、符号36は、超音波発生装置である。符号42は、塩橋である。
【0061】
実験は、自然浸漬電位から開始し、ポテンシオスタット20により、毎分30mVの一定掃引速度で増加させ、試験片表面に流れる電流値をレコーダによって記録した。また、試験片のアノード側電流密度が10A/m、12A/m、50A/mになった時点での電位を保持させた。
【0062】
超音波の印加については、3通りを実施した。すなわち、印加を全く行わない場合(条件A3)、試験片に隙間腐食が発生(電流密度:10、12、50A/mの変化で検知)し始めてから10分間だけ印加する場合(条件B3)、電位保持期間中に所定の電流密度になった時点で1〜10分間印加をする場合(条件C3)の3通りである。超音波の印加を全く行わない場合(条件A3)が比較例に該当し、超音波印加条件B3、C3が実施例に該当する。
【0063】
次に、ステンレス鋼に隙間腐食および孔食が混在する場合の防食実験結果を示す。図16は、腐食電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持するときの電流密度の変化を示す図である。超音波を印加しない場合(曲線A3)、時間の経過に伴って腐食電流密度は増加していく傾向が見られた。一方、電位保持と同時に超音波を印加すると(曲線B3)、超音波印加初期の電流密度の変化は、超音波を印加しない場合とほぼ同一であるが、しばらくすると電流密度が急激に減少した。これは、超音波印加の撹拌効果によって、隙間や腐食ピット中の腐食性成分(Cl,H)が希釈したことによるものと考えられる。
【0064】
図17は、腐食電流密度がi=12A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持するときの電流密度の変化を示す図である。図中曲線A3(破線)は、超音波を印加しない場合の腐食電流密度を想定した曲線である。図16の腐食電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を保持した場合と同様、超音波を印加することより電流密度は低下した。これより、電位保持を開始するときの電流密度が高い場合であっても、超音波印加により腐食を抑制することができることが分かった。
【0065】
図18は、腐食電流密度がi=50A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持するときの電流密度の変化を示す図である。超音波を印加しない場合(曲線A3)は、時間経過とともに電流密度が増加した。一方、電位保持と同時に超音波を印加すると(曲線B3)、超音波印加の初期の電流密度は、超音波を印加しない場合(曲線A3)と同様の変化を示すが、ある時間を境に電流密度が減少した。電位保持期間終了直前の電流密度を超音波印加の有無で比較すると、超音波印加を行った場合の電流密度は、超音波印加を行わない場合の電流密度の約30%であった。
【0066】
図19は、図16、図17、及び図18に示した電流密度の測定値から算出した電気量を示す図である。電気量は電位保持期間(10分間)に試験片表面に流れる電気量で、腐食量に該当する。図19に示すように、隙間腐食や腐食ピットの進行程度(電流密度の大小)にかかわらず、試験片に超音波を印加すると、その腐食量は超音波を印加しない場合に比べて約35〜40%減少することが分かった。実験終了後の試験片を目視観察すると、いずれの表面にも腐食ピットや隙間腐食が混在していた。腐食面積を比較すると、超音波を印加した方が、腐食面積が少ないことが分かった。
【0067】
図20は、電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を一定に保持し、電流密度が約70A/mになった時点で超音波を印加した場合の電流密度の変化を示す図である。超音波を印加すると、電流密度は急激に22A/mまで減少し、その後増加した。電流密度が減少した後の電流密度の増加速度は、超音波を印加しない場合の電流密度の増加速度に比較して遅く、超音波印加により腐食を抑制可能なことが分かった。
【0068】
図21は、電流密度がi=50A/mに到達した際の電位を一定に保持し、電流密度が250A/mになった時点で超音波を1分間だけ印加した場合の電流密度を示す図である。この結果から、1分間の超音波印加であっても腐食電流密度を十分に減少(約40A/m)させることができることが分かった。超音波印加を止めて約4.5分後、元の腐食電流まで回復(上昇)した。さらに、1分間だけ超音波印加すると、前回と同様の値まで急激に電流密度が減少した。その後電流密度が上昇したが、電流密度の上昇速度も前回とほぼ同じであった。
【0069】
図22は、図20、図21の測定結果から試験片表面に流れる電気量、すなわち腐食量を算出し示す図である。この結果、隙間腐食や腐食ピットの進行程度によらず、試験片に超音波を印加すると、隙間腐食及び孔食量は、超音波を印加しない場合に比べて約44〜55%減少した。すなわち、連続的に超音波を印加しなくても、1分間断続的に超音波を印加するだけで、大きな腐食抑制効果が得られることが分かった。
【0070】
腐食環境中での応力腐食割れ、水素脆性割れや腐食疲労などによって生成するき裂は、隙間と同じ働きをもっており、とくにき裂の先端部分に塩素やフッ素などの有害成分の濃縮やpHの低下が生じれば、き裂の進展は速くなる。上記のように、超音波を印加すれば、き裂中特にき裂先端部分の腐食生成物を除去することができ、さらにそこでの有害成分を稀釈し、不働態化皮膜の生成を促進し、き裂の伝ぱ速度も低減できる。これにより、ステンレス鋼の破壊までの寿命を大幅に延長することができる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の方法を採用することで、ステンレス鋼製品などの寿命を著しく延長することができる。具体的には、塩分を含む食品・飲料などの貯蔵機器や輸送用のパイプあるいはNOやSOなどを含むガスの送風機などに取り付けられるタービンブレードや、その周辺のステンレス鋼製品などの腐食を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】図1(a)、図1(b)各々は、パイプ1の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第一の実施形態、第二の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。
【図2】図2(a)、図2(b)各々は、小さな部品6の表面に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第一の実施形態、第二の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。
【図3】図3(a)、図3(b)各々は、大型タンク8の内壁に生じた腐食ピット等の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去、又は腐食ピット等内部に存在する腐食性成分の濃度を強制的に低下させる第一の実施形態、第二の実施形態としての装置の概略的構成を示す図である。
【図4】図4(a)、図4(b)は、本発明の金属材料の腐食抑制方法に関する孔食防食実験を説明するための図であり、装置の概略的構成を示す図であり、図4(a)は、試験片の正面図、図4(b)は、実験装置の概略的構成を示す図である。
【図5】本発明の孔食防食実験の実験要領を説明するための図である。
【図6】本発明の孔食防食実験の実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=2A/mに到達後、その電位で保持したときの分極曲線を示す図である。
【図7】本発明の孔食防食実験の実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=10A/mに到達後、その電位で保持したときの分極曲線を示す図である。
【図8】本発明の孔食防食実験の実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=50A/mに到達後、その電位で保持したときの分極曲線を示す図である。
【図9】本発明の孔食防食実験の実験結果を示す図であり、電流密度i=2、10および50A/mに到達した後の電位保持期間の電流密度の変化を示した図である。
【図10】本発明の孔食防食実験の実験結果を示す図であり、各試験片において、腐食ピット総平面面積、及び単位試験片面積あたりの電気量密度をまとめたものである。
【図11】本発明の金属材料の腐食の抑制メカニズムを説明するための図である。
【図12】本発明の金属材料の腐食抑制方法に関する隙間部の防食実験を説明するための図であり、図12(a)、図12(b)は、試験片の正面図、図12(c)は、試験片を組立た状態を示す図である。
【図13】本発明の金属材料の腐食抑制方法に関する隙間部の防食実験の実験装置の概略的構成を示す図である。
【図14】本発明の隙間部の防食実験の実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持したときの分極曲線を示す図である。
【図15】本発明の隙間部の防食実験の実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を20分間一定に保持したときの分極曲線を示す図である。
【図16】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持したときの分極曲線を示す図である。
【図17】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=12A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持したときの分極曲線を示す図である。
【図18】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、アノード電流密度がi=50A/mに到達した際の電位を10分間一定に保持したときの分極曲線を示す図である。
【図19】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、図16、図17、及び図18に示した電流密度の測定値から算出した電気量を示した図である。
【図20】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、電流密度がi=10A/mに到達した際の電位を一定に保持し、電流密度が約70A/mになった時点で超音波を印加した場合の電流密度の変化を示した図である。
【図21】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、電流密度がi=50A/mに到達した際の電位を一定に保持し、電流密度が250A/mになった時点で超音波を1分間だけ印加した場合の電流密度を示した図である。
【図22】本発明の隙間腐食及び孔食が混在する場合の防食実験結果を示す図であり、図20、図21の測定結果から試験片表面に流れる電気量を算出し示した図である。
【符号の説明】
【0073】
1 パイプ
4 超音波発振器
8 大型タンク
10 試験片
20 ポテンシオスタット
30 超音波洗浄器
36 超音波発生装置
51 試験片
52 試験片
60 試験片
70 試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去することを特徴とする金属材料の腐食抑制方法。
【請求項2】
金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去し、その後、該腐食生成部内の腐食性成分の濃度を強制的に低下させることを特徴とする金属材料の腐食抑制方法。
【請求項3】
金属材料に生成した腐食生成部内の腐食性成分の濃度を強制的に低下させることを特徴とする金属材料の腐食抑制方法。
【請求項4】
前記金属材料に生成した腐食は、孔食、隙間腐食、又はき裂の少なくともいずれか1であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1に記載の金属材料の腐食抑制方法。
【請求項5】
前記金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去は、前記腐食生成部の表面を覆う前記腐食生成物に超音波を印加して行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属材料の腐食抑制方法。
【請求項6】
前記金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去は、ブラシで機械的に行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属材料の腐食抑制方法。
【請求項7】
前記金属材料に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物の破壊及び/又は除去は、前記腐食生成部の表面を覆う前記腐食生成物に高速流体を吹きつけて行うことを特徴とする請求項1又は2又に記載の金属材料の腐食抑制方法。
【請求項8】
前記腐食生成部内の腐食性成分濃度を強制的に低下させる方法は、前記腐食生成部を液体と接触させ、該液体に超音波を印加し、前記腐食性成分を該液体で置換及び/又は前記腐食性成分を該液体で希釈することで行うことを特徴とする請求項2又は3に記載の金属材料の腐食抑制方法。
【請求項9】
ステンレス鋼に生成した腐食生成部を液中に浸漬させ、周波数15KHz〜1MHz、出力10〜1000W、印加時間1〜20分の条件で該液体に超音波を印加し、ステンレス鋼に生成した腐食生成部の表面を覆う腐食生成物を破壊及び/又は除去し、該腐食生成部内の腐食性成分を該液体と置換し、該ステンレス鋼に生成した腐食の進行を抑制することを特徴とする金属材料の腐食抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2007−56342(P2007−56342A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−245180(P2005−245180)
【出願日】平成17年8月26日(2005.8.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本金属学会講演概要 2005年春期(第136回)大会
【出願人】(803000104)財団法人ひろしま産業振興機構 (70)
【Fターム(参考)】