説明

金属表面の結晶粒界部腐蝕方法

【課題】結晶粒内部表面の過剰な金属腐蝕を可及的に抑えつつ、不純物が偏析した結晶粒界部の金属腐蝕を選択的に促進できるとともに、隣接する結晶粒内部表面間に生じる段差を可及的に小さく抑え得る金属表面の結晶粒界部腐蝕方法を提供する。
【解決手段】金属表面の腐蝕対象部位を電解液に接しさせて電位を加え、該電位を自然電位(1)から不動態化電位(2)を超えた任意値まで上昇掃引して腐蝕対象部位に不動態皮膜を形成した後、該電位を下降方向に逆掃引して、結晶粒界部を選択的に腐蝕させる金属表面の結晶粒界部腐蝕方法であって、前記自然電位(1)から不動態化電位(2)までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しつつ被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引する一方、前記逆掃引時は粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で行い、該逆掃引は再不動態化最小電位(8)を通過してから不動態化最大電位(2)に至る間の任意の電位値で終了させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させる腐蝕方法に係わり、特に、金属材料の経年劣化による脆化をその金属表面の結晶粒界部腐蝕溝の深さや幅等を測定して評価するような場合に用いる腐蝕方法として極めて有用な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
高温流体に晒されるタービン等のような、高温下で使用される金属製の構成部材は、長年の使用により少しずつ組織変化を起こして脆化し、材質劣化を来していく。これは「焼戻し脆化」と呼ばれている脆化現象で、リンなどの元素が旧オーステナイト結晶粒界部へ偏析して発生すると考えられている。ここで、このような材質劣化を来した部品は交換を余儀なくされるが、当該部品が例えば蒸気タービン等の大型部品であると、その交換には数億円にものぼる多額の費用が必要となるので、その適正な交換時期を知る上で、脆化度を正確に把握することが重要になる。
【0003】
ところで、このような脆化度の検出法として、特開平5−223726号公報等に示されている電気化学的再活性化法(EPR法)を利用した経年脆化検出方法が知られている。この経年脆化検出方法はリンが偏析した結晶粒界部はピクリン酸水溶液によって腐蝕され易いことに着目したものであり、評価対象の金属部品表面をピクリン酸水溶液で腐蝕させて、その結晶粒界部に生じる腐蝕度合いで脆化度の評価判定するようにしている。つまり、脆化程度をより正確に評価するためには,結晶粒界部を如何に可及的にかつ選択的に腐蝕させ得るかが鍵となる。
【0004】
ここで、当該経年脆化検出方法では、次のようにして結晶粒界部の選択的な腐蝕を行わせている。即ち、電解セルの開口部を通じて対象金属表面の被計測部に電解液を接しさせて、当該被計測部に電位を加える。この電位は増大方向に5mV/secの速度で掃引しつつ被計測部と対極との間に流れる電流密度を計測し、この電流密度が不動態域で極小値になったところで当該電位の掃引を一旦停止させる。これにより被計測部に不動態皮膜を形成せしめる。そして、当該不動態皮膜形成後に同じく電解液の電流密度を計測しつつ、その電位を5mV/secで逆掃引させていきながら電解液の電流密度の極小値を確認して、この電流密度の極小値を与える電位を一定時間保持する。これによって被計測部の結晶粒界部を選択的に腐蝕せしめて溝状に粒界部腐蝕溝を形成する。爾後、当該粒界部腐蝕溝の深さを測定し、当該測定結果を予め求めておいた破面遷移温度線図にプロットすることで、脆化度を判定するようになっている。
【0005】
そして、このような判定方法によれば、被計測部に加えられる電位は不純物の偏析した結晶粒界部以外の領域が電解液によって不動態域になり、このため不動態皮膜の影響で腐蝕はほとんど起らなくなる。これ故、被計測部は、結晶粒界部が腐蝕された部位と腐蝕されていない部位とに選択的にわかれるから、不純物の偏析により形成された粒界部腐蝕溝の幅や深さ等を精度良く計測することができるようになり、脆化測定の信頼度が格段に高まるとしている。
【0006】
尚、図3にアノード分極曲線のグラフを示してあるが、本明細書中においては、同図に示すように、自然電位(1)から不動態皮膜の生成が始まる最大電流密度発生電位(2)までの範囲を活性態域(a)と定め、この最大電流密度発生電位(2)から不動態皮膜の生成が終了して破壊が始まる電位(6)までを不動態域(b)と定め、この不動態皮膜の生成が終了して破壊が始まる電位(6)を超えた範囲を過不動態域(c)と定めている。
【0007】
また、上記最大電流密度発生電位(2)を不動態化電位と定め、上記不動態域(b)における最大電流密度発生電位(2)から2次アノードピーク電位(4)までの間の最小電流密度発生電位(3)を不動態化最小電位と定めている。更に、図2の往復分極曲線にて示してあるように、逆掃引時の折り返し点(R)から不動態化電位(2)までを再不動態域とし、この再不動態域における最小電流密度発生電位(8)を再不動態化最小電位と定めている。ここで、図3に示される不動態域(b)における不動態化電位(2)から不動態化最小電位(3)までの間は不動態皮膜の生成と腐蝕とが併存して同時進行する領域である。また、図2に示される逆掃引時の再不動態化最小電位(8)から不動態化電位(2)までの間は不動態皮膜の破壊と腐蝕とが併存して同時進行する領域である。
【特許文献1】特開平5−223726号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記従来の方法では、被計測部の結晶粒界部を選択的に腐蝕せしめるに際して、強い不動態皮膜を形成する金属材料(例えば、Cr−Mo−V鋼など)に対しては、結晶粒界部の選択的な腐蝕を十分に、かつ確実におこなわせることが難しく、このため結晶粒界部の腐蝕体積や面積を精度良く測定することは困難であった。
【0009】
即ち、Cr−Mo−V鋼は強い不動態皮膜を形成することで知られているが、上記従来の結晶粒界部の腐蝕方法では、逆掃引時において結晶粒界部のみを効果的に溝状に腐蝕することにはなっておらず、被腐蝕部位の全体(結晶粒内部を含む計測部全体)に亘って不動態皮膜が保持されて少しずつ強化されていることが、折り返し点から再不動態化最小電位の範囲においてカソード電流が時間とともに減少していることから容易に推定することができる。
【0010】
これ故、不純物が偏析した部位の結晶粒界部の不動態皮膜を破壊して、当該結晶粒界部に腐蝕溝を形成させるためには、逆掃引時の電位を再不動態域における最小電流密度(極小電流密度)の発生電位(再不動態化最小電位)にて、かなりの時間(例えば20分程)保持することが必要になってしまう。しかし、当該最小電流密度の発生電位にて逆掃引を一時的に止めて保持することは非常に困難なことである。即ち、電位の逆掃引中に最小電流密度の発生電位である再不動態化最小電位を事前に予測することは極めて難しい。しかも、最小電流密度の発生電位である再不動態化最小電位を一旦通過させてしまうと、不動態皮膜の破壊と腐蝕とが併存して同時進行する活性作用を生ずる領域に入ってしまうので、金属の表面状態(結晶粒内部の状態)は元には戻せなくなる。従って、少なくとも当該最小電流密度の発生電位まで下げる直前で逆掃引を停止させて保持せねばならないが、当該最小電流密度の発生電位(再不動態化最小電位)の直前で逆掃引を停止させるのは非常に困難なことであって、確実性が低く、結晶粒界部に形成する粒界部腐蝕溝の形成効率が劣るものであった。
【0011】
また、自然電位からの初期の掃引中には結晶粒界部のみならず、結晶粒内部をも含む結晶粒全体が腐蝕されてしまう。そして、この様に結晶粒全体に腐蝕が生じると、各結晶間の結晶軸の方向性の相違に起因した腐蝕度合いの差が生じ、結果として隣接する結晶粒間でその結晶粒内部の高さに段差が生じてしまうことになる。従って、粒界部腐蝕溝の深さや幅、体積、面積等の測定値に基づいて金属の脆化評価を行うに当たっては、これらの測定は粒内面を基準として計測することになるので、上記の様に各結晶間に段差があると上記各種測定値の計測精度を下げることになってしまい、その信頼性の点でも改善の必要があった。
【0012】
そこで本発明者等は、以上のような従来の問題点を解決すべく実験研究を重ねた結果、前記自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引する一方、前記不動態化電位から自然電位に戻すまでは、結晶粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引することで、結晶粒内部に過剰な金属腐蝕(金属溶解)が生じてしまうのを抑えつつ、当該結晶粒内部に確実に不動態皮膜を形成し得、もって各結晶粒相互間の表面高さに段差が生じることを可及的に小さく抑えることができ、しかも最小電流密度の発生電位にて逆掃引を停止させて保持することなく、確実に、しかも効率良く、不純物が偏析した粒界部位の不動態皮膜を選択的に破壊して当該部位の金属腐蝕(金属溶解)を促進させることができる金属表面の腐蝕方法を開発して、既に特許出願(特願2005−183854号)を済ませている。
【0013】
そして、本発明者等はさらなる改善を進めるべく鋭意研鑽を重ねた結果、各結晶相互間に生じる表面高さの段差をさらに小さくすることができる金属表面の結晶粒界部の腐蝕方法の改良技術を開発するに至った。
【0014】
即ち、本発明の目的は、金属表面を形成している結晶粒内部の過剰な金属腐蝕(金属溶解)を可及的に抑えつつ、不純物が偏析した結晶粒界部の金属腐蝕(金属溶解)を選択的に促進させることができ、もって隣接する各結晶粒相互間の表面高さに段差が生じることを可及的に小さく抑えることができ、しかも効率良く、容易にかつ確実に行い得る金属表面の腐蝕方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成するために、本願の請求項1に係る発明は、金属表面の腐蝕対象部位を電解液に接しさせて電位を加え、該電位を自然電位から活性態域を通過させて不動態化電位を超えた任意値まで上昇方向に掃引して、腐蝕対象部位に不動態皮膜を形成した後、該電位を下降方向に逆掃引して、金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させる金属表面の結晶粒界部腐蝕方法であって、少なくとも前記自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引するとともに、前記逆掃引時には結晶粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引して、該逆掃引を再不動態化最小電位を通過してから不動態化最大電位に至る迄の間の任意の電位値で終了させることを特徴とする。
【0016】
また、本願の請求項2に係る発明にあっては、前記請求項1における電位の掃引開始から終了までを1サイクルとして、該サイクルを複数回行うことを特徴とする。
【0017】
また、本願の請求項3に係る発明にあっては、前記請求項1において、前記掃引の終了点での電位値を所定時間保持した後に該掃引を終了させることを特徴とする。
【0018】
ここで、請求項4に示すように、前記金属がCr−Mo−V鋼等の低合金鋼である構成となし得る。
また、請求項5に示すように、前記金属はCr−Mo鋼ともなし得る。
【発明の効果】
【0019】
上記構成による本発明の金属表面の結晶粒界部腐蝕方法によれば、逆掃引を再不動態化最小電位を通過してから不動態化最大電位に至る迄の間の任意の電位値で終了させて、当該逆掃引時に活性帯域を通過させないようにすることで、金属表面を形成している結晶粒内部に過剰な金属腐蝕(金属溶解)を生じさせてしまうことを可及的に抑えつつ、不純物が偏析した結晶粒界部の金属腐蝕(金属溶解)を選択的に促進させることができ、もって結晶軸方向がランダムで腐蝕の進行度合いが異なる結晶粒相互間にあっても、その表面高さに段差が生じることを可及的に小さく抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明に係る金属表面の結晶粒界部腐蝕方法の好適な実施の形態について、添付図面を参照して詳述する。
【0021】
本発明は金属表面の結晶粒界部を腐蝕させるにあたって、金属表面の腐蝕対象部位を電解液に接しさせて電位を加え、該電位を図3のアノード分極曲線のグラフに示すように、自然電位(1)から活性態域(a)を通過させて不動態域(b)における不動態化最小電位(3)を超えた任意値に至るまで上昇方向に掃引して腐蝕対象部位に不動態皮膜を形成した後、該電位を下降方向に折り返して逆掃引させて往復掃引することで、金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させるという、電気化学的再活性化法(EPR法)を利用するものである。そして、本発明にあっては、特に、上記逆掃引を再不動態化最小電位(8)から不動態化電位(2)までの範囲間の任意の電位値にて終了させることを特徴点となしている。
【0022】
ここで、上記折り返し点としては、不動態域(b)の始まる不動態化電位(2)を超えた任意値で良いのであるが、その上限は上記不動態化電位(2)にて発生する電流密度を超えさせないようにして、過不動態域(c)において不動態化電位(2)での電流密度に等しい電流密度を発生させる電位(7)以下にするのが好ましく、より好適には過不動態域(c)には達しないように過不動態化電位(6)以下とするのが良い。更に好ましくは、不動態化最小電位(3)に至る前の近傍の電位から過不動態化電位(6)に至るまでの範囲に設定するのが良く、最も望ましくは、不動態化最小電位(3)を超えた直後を折り返し点(R)とするのが最良である。
【0023】
ここで、本実施の形態にあっては、図2の往復分極曲線、および図3のアノード分極曲線のグラフに示すように、当該不動態化最小電位(3)を超えた直後の電位を折り返し点(R)としている。そして、本願発明では、当該掃引する電位を折り返して往復掃引するに際して、少なくとも前記自然電位(1)から不動態域(b)の最大電流密度発生電位である不動態化電位(2)までの上昇側の活性態域(a)では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引すること、および当該不動態域(b)の不動態化電位(2)を超えた任意値の折り返し点(R)で折り返してから再び不動態域(b)の再不動態化最小電位(最小電流密度発生電位)(8)を経て更に電位の下降方向に逆掃引する間は、結晶粒界部の溶解を促進すべく当該電位の掃引速度を遅くすることも特徴的な事項としている。
【0024】
図1は電気化学的な再活性化法(EPR法)で金属表面の結晶粒界部を腐蝕させる場合に用いられている従来からよく知られた装置の概略構成を示す図であり、本発明においてもこの装置を使用する。この装置2は内部に電解液4を保持するセル6と、このセル6の開口部が密着されて取り付けられて電解液4に接触させられる腐蝕対象部位としての試験電極8と、この試験電極8に適正な電位を付与するための照合電極10と、白金でなる対極12と、電位の掃引を制御しかつ分極曲線を記録するためのパソコンを含むポテンショスタット14とからなり、試験電極8に流れる電流密度を監視しつつ当該試験電極8に加える電位を任意に制御し得るようになっている。つまり、電流密度を監視しながら当該電位を自然電位(1)から増大させて上昇方向に掃引し、不動態化電位(2)を超えた所望の任意値の折り返し点(R)に達した時点で逆に電位を減少させて下降方向に逆掃引することによって、不動態皮膜の形成を制御し得るようになっている。
【0025】
ここで、本実施の形態では、腐蝕させる対象金属は発電用のタービンに用いられている低合金鋼のCr−Mo−V鋼として、その脆化度を非破壊試験で判定のために燐等の不純物が偏析した部分の結晶粒界部を選択的に腐蝕させる場合を例示する。
【0026】
先ず、脆化を評価する鋼材の検査部位(腐蝕対象部位)であって、試験電極8となる金属表面をクリーニングして当該部位に付着しているスケール等を除去した後、当該試験電極8を研磨剤で鏡面に仕上げる。その後、電解セル6を試験電極8に貼り付けて、当該試験電極8と電解液4との試験温度を確認してから、ポテンショスタット14を電解セル6に繋ぐ。そして、電解液(ピクリン酸飽和水溶液、あるいは飽和ピクリン酸に酸化性を高めるために硝酸等を0.5%以下の微量添加した水溶液〉を介して試験電極8に加える電位を、電流密度を監視しながら制御する。この電位の制御は、図2のグラフに示すように、少なくともその自然電位(1)から不動態域(b)の最大電流密度発生電位である不動態化電位(2)に至るまでは、比較的早い掃引速度(具体的には100mV/sec)で電位の増大する上昇方向に掃引し、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら検査部位の試験電極8を活性化させる。
【0027】
次に、不動態域(b)における不動態化最小電位(3)以上で過不動態化電位(6)以下の所望の任意値の折り返し点(R)にまで電位が到達したならば、今度はその電位を減少方向に逆掃引する。ここで、本実施の形態では、当該逆掃引への折り返し点(R)となる上記任意値を不動態化最小電位(3)に設定しているが、当該任意値は2次アノードピーク電位(4)、不動態化中央電位(5)等に設定しも良い。或いは、不動態化最小電位(3)に至る前の近傍に設定しても良いし、不動態化電位(2)で発生する電流密度に等しい電流密度が発生する過不動態域(c)の電位(7)に設定しても良い。また、この逆掃引をするにあたって、上記折り返し点(R)への到達時における不動態皮膜形成のための保持時間は2分以下と極短くする。あるいは全く保持時間を持たせずに直ぐに逆掃引に入るようにしても良い。
【0028】
そして、上記折り返し点(R)からの逆掃引時には、その逆掃引の開始時点から再不動態域における最小電流密度の発生電位である再不動態化最小電位(8)に至る迄、当該逆掃引速度は比較的遅く(具体的には0.167mV/sec)に設定して電位をゆっくりと減少させて不動態皮膜を保持して微増形成する。そして再不動態化最小電位付近で結晶粒界部の不純物が偏析した部位の不動態皮膜は不安定で破壊され易いものとなる。
【0029】
また、再不動態化最小電位(8)に到達した後は、当該再不動態化最小電位(8)を下回る任意の電位値に設定されている終了点(E)に至る迄、引き続き連続させて逆掃引を行って、結晶粒界部のみの選択的腐蝕を行う。この場合の掃引速度も同じく0.167mV/secと比較的遅い速度で掃引を行い、結晶粒界部のみの腐蝕を効果的に行う。即ち、再不動態化最小電位(8)に至った後の逆掃引時において、結晶粒界部の不純物偏析部位に形成された不安定な不動態皮膜を破壊させて結晶粒界部の腐蝕を選択的に行わせる。
【0030】
そして、上記の本発明による結晶粒界部腐蝕方法で粒界部腐蝕を行った後、検査部位8に対してシート状フィルム(アセチルセルロース)をこれに溶剤(酢酸メチル)を滴下して貼り付けて、金属表面形状を転写し、レーザ顕微鏡にて焦点移動メモリ画像(FSM画像)や白黒濃淡画像(Z画像)などの二次元表面形状画像を得て、結晶粒界部に形成した粒界部腐蝕溝の最大深さと幅および金属表面の粗さを測定する。
【0031】
この時、粒界部腐蝕溝に隣接する2つの金属結晶粒内部の表面高さに段差があった場合には、それら2つの金属結晶粒内部周縁のエッヂ部同士を繋いで形成される傾斜した面までを粒界部腐蝕溝部分とみなして、表面高さの低い金属結晶粒の内部表面を延長して区画される粒界部腐蝕溝の体積に、さらにその上方にある上記傾斜面に至る部分の体積に可及的に近似した体積値を加算して補正する処理をしている。
【0032】
また、上記最大の粒界幅より少し大きい幅で、二次元表面形状画像の焦点移動メモリ画像(FSM画像)の結晶粒界部をトレースした画像(マスク画像)を作成し、このマスク画像で覆われた粒界部腐蝕溝部分の三次元画像データから、上記粒界部腐蝕溝体積(粒界部腐蝕体積)の他に、粒界部腐蝕溝断面積、粒界部腐蝕溝長さ及び粒界部腐蝕溝最大深さ(粒界部腐蝕最大深さ)、粒界部腐蝕溝平均断面積(粒界部腐蝕平均断面積)、粒界部腐蝕溝平均深さ(粒界部腐蝕平均深さ)を測定または算出している。そして、金属部材の脆化度の評価をするにあたって、これらの測定値や算出値を基礎とし、この算出値等からさらに粒界部腐蝕体積、粒界部腐蝕面積、粒界長さ及び粒界部腐蝕最大深さ、粒界部腐蝕平均断面積、粒界部腐蝕平均深さ等を算出して金属材料の脆化度を高精度に評価している。
【0033】
図4は上述したような金属表面の結晶粒界部腐蝕方法において、その復路での終了条件を違えて金属表面を腐蝕させた場合の表面粗さと粒界部腐蝕溝の測定結果とを表にして対比したものである。ここでは全ての試験片において、逆掃引への折り返し点(R)での保持電位は不動態化最小電位(227mV)とし、当該折り返し点(R)での保持時間は全て2minとしている。さらに、往路分極速度(掃引速度)は100mV/secとし、復路分極速度(逆掃引速度)は0.167mV/secとして、その分極速度比は0.167にしている。
【0034】
ここで、実施例1の試験片にあってはその掃引の終了点(E)を折り返し点(R)での電位(227mV)から100mV降下させた電位値(117mV)に設定しており、この電位値は復路の再不動態化最小電位(8)を通過してから不動態化最大電位(2)に至る迄の間の範囲内に相当している。また、実施例2の試験片では上記実施例1の試験片における電位の掃引開始から終了までを基本的な掃引サイクルとして、当該サイクルを複数回(3回)行なわせる設定としており、実施例3の試験片では上記掃引サイクルの繰り返しは行わずに1回だけとしつつ、その終了点の電位(117mV)で6分間保持してから逆掃引を終了させる設定としている。また、実施例4の試験片では掃引サイクルの終了点(E)を折り返し点(R)での電位(227mV)から50mV降下させた電位値(167mV)に設定しており、この電位値も復路の再不動態化最小電位(8)を通過してから不動態化最大電位(2)に至る迄の間の範囲内に相当している。但し、比較対象の基準となす基準試験片にあっては、復路の逆掃引を自然電位まで戻して終了させている。
【0035】
ここで、相互に隣接する結晶粒の内部に生じる段差を少なくしつつ、結晶粒界部を深く腐蝕させるという観点からすると(つまり腐蝕の発生部位が結晶粒界部に集中しているか否かを判断するには)、表面粗さと粒界部腐蝕溝の測定結果とを合わせて考慮する必要がある。即ち、表面粗さについては、相互に隣接する結晶粒の内部表面に段差が出来ていると平均粗さRaは大きくなると予測し得るので、当該平均粗さRaは小さい方が良い。また、最大深さRyは結晶粒界部が腐蝕された結果として生じている筈なので、大きい方が良いと考えられる。また、10点平均粗さRzについても結晶粒界部の深さの10点が選択されていると見なし得るから、大きい方が良いと考えられる。
【0036】
また、粒界部腐蝕溝の測定結果については、結晶粒内部の過剰な腐蝕の発生を抑止しつつ結晶粒界部に集中的に効率よく腐蝕を生じさせると言う点を考慮すると、粒界部腐蝕溝体積が大きい方が良いのが当然のことではあるが、粒界が長い観察部位もあるため公平に比較するため,粒界部腐蝕溝の平均深さと平均断面積と平均幅と表面積で比較した。これらは大きければ大きい程良いと言える。
【0037】
よってこれらの点を考慮して良否を判断するにあたって、基準試験片について検証してみると、表面粗さRaが他の試験片に比べて2倍近くと非常に大きくなっている。ここで、図5(a),(b)はそれぞれ当該基準試験片のFSM画像とそのレプリカの三次元画像を示しているが、当該画像データから明白なように全体的に過剰な腐蝕が生じて結晶粒表面は荒れており、表面粗さRaの測定結果は当該荒れ具合に相応していると判断し得る。そして、斯様な過剰な腐蝕が生じている結果として、溝体積、表面積、平均深さ、平均断面積、平均幅の各測定値の結果にも反映されていて、これらの数値が大きくなっていると推定し得る。
【0038】
また、結晶粒内部の過剰な腐蝕に起因して、隣接する結晶粒の相互間において粒の内部表面に高さの方向の段差が生じている。そして、この様な段差があるとその段差部分において粒界部腐蝕溝の範囲が判然としなくなってしまうので、当該段差部分での粒界部腐蝕溝の腐食体積を測定できなくなり、脆化度合いの判定の障害となる。
【0039】
これに対し、比較例1,2の試験片は双方とも表面粗さRaが小さくなっている。これは結晶粒の内部表面の過剰な腐蝕が抑制されているという観点からすれば優れているとも言えるが、肝心の溝体積も小さくなっていて他の試験片に比して明らかに劣っており、全体的に金属腐蝕が抑制され過ぎていて、結晶粒界部での選択的な腐蝕が充分に行われていないと推測することができる。これは図6(a),(b)と図7(a),(b)とにそれぞれ示してある比較例1,2の各試験片のFSM画像とそのレプリカの三次元画像からも裏付けられている。ここで、比較例1では電位の掃引を折り返し点(R)である不動態化保持電位で終了させており、また比較例2では電位の掃引を折り返し後の逆掃引時における再不動態化最小電位にて終了させている。しかし、これら両比較例1,2の表面粗さと粒界部腐蝕溝の測定値との諸数値データはほぼ同等になっている。即ち、このことからは、折り返し後の逆掃引において、不動態化最小電位に至るまでに生じる金属腐蝕の進行は非常に遅く、粒界部腐蝕溝の選択的な金属腐蝕を充分に行わせることは望めないことを意味すると判断し得る。
【0040】
一方、実施例1〜4の各試験片では、表面粗さRaについては比較例1,2の試験片に比較してその数値は若干大きくなっているものの、その数値はさほど遜色はない。しかも当該表面粗さRaの増大は粒界部腐蝕溝が深く形成されることも一因であり、深い粒界部腐蝕溝が形成されることは好ましいことあって、これに起因したものとも推定できて、基準試験片に比較すれば格段に優れていると言える。そして、溝体積で比較すると過剰に腐蝕が進行してしまっている基準試験片と比較するとその数値はかなり小さくなっているが、比較例1,2の試験片と比較すると格段に優れたものとなっている。例えば、溝体積数値の一番小さい実施例1の試験片であっても、比較例1,2の試験片の場合より50%近くも大きくなっていて、格段に優れていると言える。このことは図8〜図11にそれぞれ示す各実施例の試験片のFSM画像とそのレプリカの三次元画像とからも明白に裏付けられている。
【0041】
ここで実施例2,3の試験片の場合では、いずれも実施例1の試験片における電位の掃引開始から終了までを往復分極サイクルの基本にしつつ、その一方の実施例2の試験片では当該往復分極サイクルを3回繰り返すようにし、他方の実施例3の試験片では当該往復分極サイクルは1回のみであるがその終了点での電位値で6分間保持してから終了するようになしているが、いずれも溝体積は実施例1の試験片よりも非常に大きくなっていて、実施例1の場合よりも更に格段に優れた結果が得られている。
【0042】
また、実施例4の試験片では、折り返し点(R)から50mVだけ電位を減少方向に降下させる逆掃引を1回だけ行い、当該電位値を終了点(E)にして掃引を終了させているが、表面粗さRaと溝体積とは共に良好な数値になっている。ここで、当該実施例4の逆掃引の終了点(E)は再不動態化最小電位(8)よりも低く、当該再不動態化最小電位(8)を通過した後の電位値になっている。即ち、このことからは、逆掃引時において不動態化最小電位を通過すると急激に結晶粒界部が選択的に金属腐蝕され始めると推測することができる。そして、不動態化電位(2)をも通過させて自然電位(1)まで逆掃引の電位を戻している基準試験片の場合にあっては、前述したように結晶粒内部表面にも過剰な金属腐蝕が生じていることを考慮すると、不動態化最小電位(8)から不動態化電位(2)に至る間で、粒界部腐蝕溝部の選択的な金属腐蝕が促進され、不動態化電位(2)を通過して活性態域(a)に入ると粒界以外の結晶粒内部表面の不動態化被膜をも破壊して全体的な金属腐蝕が進行するものと推察することができる。従って、電位の逆掃引は不動態化最小電位(8)から不動態化電位(2)に至る間で終了させるのが最も望ましいと判断することができる。
【0043】
また、本実施形態の金属表面の結晶粒界部腐蝕方法では、再不動態化最小電位(8)にて掃引を停止させて保持することなく、結晶粒内部表面に不動態皮膜を形成して、かつ燐等の脆化元素や不純物が偏析する粒界部の不動態皮膜は極薄く形成することができる。このため、容易にかつ確実に、しかも効率良く、結晶粒界部の不純物が偏析した部位の不動態皮膜を選択的に破壊して当該部位の金属腐蝕(金属溶解)を促進させて腐蝕させることができ、もって粒界部腐蝕溝の幅や深さを大きく形成でき、当該粒界部腐蝕溝の計測を容易に、かつ高精度に行わせることができるようになる。
【0044】
図12と図13とに示す実施例5及び図14と図15とに示す実施例6は共にCr−Mo鋼を試験片とした例を示している。 ここで、実施例5と実施例6とは双方ともに往路分極速度は100mV/sとし、折り返し電位(R)は不動態化最小電位(3)、その折り返し点での保持時間は2分、復路分極速度は0.167mV/s、掃引の終了点(E)の電位は折り返し点(R)での電位から100mV降下させた電位値として同一になしており、相違する点は往復分極サイクル数にあって、実施例5では当該サイクル数を5回とし、実施例6では当該サイクル数を3回となしている。そして、この様にして表面腐蝕させた実施例5及び実施例6のCr−Mo鋼の表面をそれぞれ10箇所において測定した。図12は実施例5の測定値結果を表に纏めたものであり、図14は実施例6の測定値結果を表に纏めたものである。また、図13は実施例5のFSM画像とそのレプリカの三次元画像であり、図15は実施例6のFSM画像とそのレプリカの三次元画像である。
【0045】
図13と図15の表面画像から明らかなように、実施例5及び実施例6の双方とも、隣接する結晶粒の表面間に生じる段差は少なくなっており、しかも結晶粒界部には粒界部腐蝕溝がはっきりと深く形成されており、腐蝕の発生部位が結晶粒界部に集中している。つまり、本発明による金属表面の結晶粒界部腐蝕方法はCr−Mo鋼に対しても極めて有効であることが判る。
【0046】
なお、上述の実施の形態では腐蝕対象金属としてCr−Mo−V鋼とCr−Mo鋼を例示したが、本発明はこれに限定されることはなく、金属全般に適用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】電気化学的な再活性化法(EPR法)で金属表面の結晶粒界部を腐蝕させる場合に用いられている従来からよく知られた、本発明でも使用する装置の概略構成を示す図である。
【図2】掃引電位と電流密度との関係を示すグラフで、本発明の掃引速度の制御内容を説明する図である。
【図3】掃引電位と電流密度との関係を示す一般的なアノード分極曲線のグラフである。
【図4】金属表面の結晶粒界部腐蝕方法において、逆掃引の終了点条件を違えて金属表面を腐蝕させた場合の表面粗さRa,Ry,Rzと粒界部腐蝕溝の各種測定結果とを示した表である。
【図5】基準試験片の表面画像であり、(a)はFSM画像、(b)はそのレプリカの三次元画像である。
【図6】同上、比較例1の試験片の表面画像である。
【図7】同上、比較例2の試験片の表面画像である。
【図8】同上、実施例1の試験片の表面画像である。
【図9】同上、実施例2の試験片の表面画像である。
【図10】同上、実施例3の試験片の表面画像である。
【図11】同上、実施例4の試験片の表面画像である。
【図12】Cr−Mo鋼を試験片とした実施例5の粒界部腐蝕溝の各種測定結果を示した表である。
【図13】実施例5の試験片の表面画像であり、(a)はFSM画像、(b)はそのレプリカの三次元画像である。
【図14】Cr−Mo鋼を試験片とした実施例6の粒界部腐蝕溝の各種測定結果を示した表である。
【図15】実施例6の試験片の表面画像であり、(a)はFSM画像、(b)はそのレプリカの三次元画像である。
【符号の説明】
【0048】
2 電気化学的な再活性化法に用いる装置
4 電解液
6 電解セル
8 試験電極(腐蝕対象部位)
10 照合電極
12 対極
14 ポテンショスタット
(1) 自然電位
(2) 不動態化電位
(3) 不動態化最小電位
(4) 2次アノードピーク電位
(5) 不動態化中央電位
(6) 過不動態化電位
(8) 再不動態化最小電位
(a) 活性態域
(b) 不動態域(再不動態域)
(c) 過不動態域
(R) 折り返し点
(E) 終了点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属表面の腐蝕対象部位を電解液に接しさせて電位を加え、該電位を自然電位から活性態域を通過させて不動態化電位を超えた任意値まで上昇方向に掃引して、腐蝕対象部位に不動態皮膜を形成した後、該電位を下降方向に逆掃引して、金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させる金属表面の結晶粒界部腐蝕方法であって、
少なくとも前記自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引するとともに、前記逆掃引時には結晶粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引して、該逆掃引を再不動態化最小電位を通過してから不動態化最大電位に至る迄の間の任意の電位値で終了させることを特徴とする金属表面の結晶粒界部腐蝕方法。
【請求項2】
前記請求項1における電位の掃引開始から終了までを1サイクルとして、該サイクルを複数回行うことを特徴とする金属表面の結晶粒界部腐蝕方法。
【請求項3】
前記請求項1において、前記掃引の終了点での電位値を所定時間保持した後に該掃引を終了させることを特徴とする金属表面の結晶粒界部腐蝕方法。
【請求項4】
前記金属がCr−Mo−V鋼等の低合金鋼であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の金属表面の結晶粒界部腐蝕方法。
【請求項5】
前記金属がCr−Mo鋼であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の金属表面の結晶粒界部腐蝕方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図12】
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【図14】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−292202(P2008−292202A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−135718(P2007−135718)
【出願日】平成19年5月22日(2007.5.22)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【Fターム(参考)】