説明

金属表面処理用組成物、これを用いた金属表面処理方法およびこれらを用いた金属表面処理皮膜

【課題】金属材料、特に形状が複雑な金属構成体に対し、単一浸漬工程にて優れた耐食性を付与し得る皮膜を形成せしめることが可能な金属表面処理組成物の提供。
【解決手段】ノニオン性および/またはカチオン性の水系樹脂を5〜30重量%、3価のBiイオンを100〜1000ppmおよびBiイオンに対して0.5〜10倍モル濃度のアミノポリカルボン酸を含有することを特徴とする金属表面処理用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属材料、特に形状が複雑な金属構成体に対し、単一浸漬工程にて優れた耐食性を付与し得る皮膜を形成せしめることが可能な金属表面処理組成物、これを用いた金属表面処理方法およびこれらを用いた金属表面処理皮膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、各種金属材料、特に形状が複雑な金属構成体に対して優れた耐食性を付与するための手法としては、高い付き廻り性を有する電着塗装が一般的に用いられてきた。しかし、電着塗装によって得られる電着塗膜のみでは、所望の耐食性が得られない場合が多いため、電着塗装の前段には標準的にリン酸亜鉛系化成処理等の化成型の塗装下地処理が適用されていた。
【0003】
電着塗装は、アニオン性樹脂エマルジョンを含有する水性塗料中で被塗物をアノード電解することによって塗膜を析出させるアニオン電着塗装と、カチオン樹脂エマルジョンを含有する水性塗料中で被塗物をカソード電解することによって塗膜を析出させるカチオン電着塗装とに大別できるが、鉄系金属材料の耐食性向上に対しては、電解処理中に素地金属が塗料中に溶出する心配の無いカチオン電着塗装が有利であり、鉄系材料を主とする金属構成体である自動車車体、自動車部品、家電製品、建築材料等に対してはカチオン電着塗装が広く適用されている。
【0004】
カチオン電着塗装の市場での歴史は長く、かつてはクロム化合物や鉛化合物を配合することによって防錆性を確保していた。ただし、これによっても防錆性は不充分であったため、リン酸亜鉛系化成処理等の下地処理が必須であった。
現在では環境規制、特に欧州におけるELV規制によりクロム化合物や鉛化合物が実質使用できなくなったため、代替成分が検討され、ビスマス化合物にその効果が見出されており、具体的には次に挙げる特許文献が開示されている。
【0005】
特許文献1(特開平5−32919)には、ビスマス化合物をコーティングした顔料を少なくとも1種含有することを特徴とする電着塗料用樹脂組成物が開示されている。
【0006】
特許文献2(WO99/31187)には、有機酸変性ビスマス化合物が非水溶性の形態で存在する水性分散液を配合した水性分散ペーストからなることを特徴とするカチオン電着塗料組成物が開示されている。
【0007】
特許文献3(特開2004−137367)には、コロイド状ビスマス金属、及び、スルホニウム基とプロパルギル基とを持つ樹脂組成物からなることを特徴とするカチオン電着塗料が開示されている。
【0008】
特許文献4(特開2007−197688)には、水酸化ビスマス、ジルコニウム化合物及びタングステン化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物の粒子を含んでなる電着塗料であって、該金属化合物が1〜1000nmであることを特徴とする電着塗料が開示されている。
【0009】
特許文献5(特開平11−80621)には、脂肪族アルコキシカルボン酸ビスマス塩水溶液を含有することを特徴とするカチオン電着塗料組成物が開示されている。
【0010】
特許文献6(特開平11−80622)には、2種以上の有機酸によるビスマス塩の水溶液であって、該有機酸の少なくとも1種が脂肪族ヒドロキシカルボン酸である有機酸ビスマス塩水溶液を含有することを特徴とするカチオン電着塗料組成物が開示されている。
【0011】
特許文献7(特開平11−100533)には、光学異性体のうちのL体が80%以上含まれる乳酸を用いてなる乳酸ビスマスを含有することを特徴とするカチオン電着塗料組成物が開示されている。
【0012】
特許文献8(特開平11−106687)には、2種以上の有機酸によるビスマス塩の水溶液であって、該有機酸の少なくとも1種が脂肪族アルコキシカルボン酸である有機酸ビスマス塩水溶液を含有することを特徴とするカチオン電着塗料組成物が開示されている。
【0013】
これらの特許文献は特許文献1〜4および特許文献5〜8に大別できる。すなわち、特許文献1〜4は水性塗料に対して不溶性のビスマス化合物または金属ビスマスを分散させたものであり、特許文献5〜8は少なくともビスマス化合物を固形分の残存が無くなるまで溶解させる、つまりBiイオンの状態にしてから塗料に添加することを特徴としている。
【0014】
しかしながら、これらの特許文献におけるビスマス化合物は、あくまでクロム化合物や鉛化合物の代替として作用するものであり、リン酸亜鉛系化成処理等の下地処理無しには充分な耐食性は得られない。事実、これらの特許文献ではリン酸亜鉛系化成処理との組合せを前提とした実施例のみが開示されている。
【0015】
一方、昨今ビスマス化合物以外の手法により耐食性を更に向上させ、リン酸亜鉛系化成処理等の下地処理を施さなくても、1コートにて充分な耐食性を確保し得る技術が検討されてきている。
【0016】
例えば特許文献9(特開2008−274392)には、金属基材に、皮膜形成剤を少なくとも2段階の多段通電方式で塗装することによって皮膜を形成する方法であって、(i)皮膜形成剤が、ジルコニウム化合物と、必要に応じて、チタン、コバルト、バナジウム、タングステン、モリブデン、銅、亜鉛、インジウム、アルミニウム、ビスマス、イットリウム、ランタノイド金属、アルカリ金属及びアルカリ土類金属から選ばれる少なくとも1種の金属(a)を含有する化合物とを合計金属量(質量換算)で30〜20,000ppmと、樹脂成分1〜40質量%とを含んでなり、(ii)金属基材を陰極として1段目の塗装を1〜50Vの電圧(V)で10〜360秒間通電することにより行い、次いで、金属基材を陰極として2段目以降の塗装を50〜400Vの電圧(V)で60〜600秒間通電することにより行い、そして(iii)電圧(V)と電圧(V)の差が少なくとも10Vであることを特徴とする表面処理皮膜の形成方法が開示されている。
【0017】
また、特許文献10(特開2008−538383)には、(A)希土類金属化合物、(B)カチオン基を有する基体樹脂、および(C)硬化剤を含む水性塗料組成物であって、該水性塗料組成物に含まれる(A)希土類金属化合物の量が、塗料固形分に対して、希土類金属に換算して、0.05〜10重量%である水性塗料組成物に、被塗物を浸漬する、浸漬工程、該水性塗料組成物中において、被塗物を陰極として50V未満の電圧を印加する、前処理工程、および該水性塗料組成物中において、被塗物を陰極として50〜450Vの電圧を印加する、電着塗装工程、を包含する、複層塗膜形成方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開平5−32919号公報
【特許文献2】WO99/31187号公報
【特許文献3】特開2004−137367号公報
【特許文献4】特開2007−197688号公報
【特許文献5】特開平11−80621号公報
【特許文献6】特開平11−80622号公報
【特許文献7】特開平11−100533号公報
【特許文献8】特開平11−106687号公報
【特許文献9】特開2008−274392号公報
【特許文献10】特開2008−538383号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明者らは、これら従来技術について種々検討した結果、やはりリン酸亜鉛系化成皮膜等の前処理無しに充分な耐食性を付与する皮膜を金属材料の上に形成させるためには、Biの適用が最も効果的であるとの結論に達した。そしてBiの作用効果について再検討することとした。
【0020】
そして、Biの作用効果としては従来から、樹脂の硬化触媒としての機能と、素地金属の防食作用が注目されていたが、従来技術では、硬化触媒としての機能は望めるものの、金属の防食作用については極めて不充分であり、この作用を最大限に発揮させることこそ課題解決につながるものとして検討を進めた。
【0021】
素地金属の防食作用はBiが金属に接触する面、すなわち素地金属表面と皮膜の界面に存在しなくてはならないが、従来技術ではBi成分が皮膜中に均一に分散してしまい、耐食性を発揮するに充分なBiが素地金属表面に存在していないものと推定した。
【0022】
前述の如く特許文献1〜4は水性塗料に対して不溶性のビスマス化合物または金属ビスマスを分散させたものであるが、このような組成物から皮膜を析出させた場合、他の顔料と同様、皮膜中にBiは均一に分散してしまう。
【0023】
特許文献5〜8は少なくともビスマス化合物を固形分の残存が無くなるまで溶解させる、つまりBiイオンの状態にしてから塗料に添加することを特徴としているが、Biの安定化剤である有機酸のキレート能力が微弱であるため、組成物に投入した際、Biは徐々に加水分解してしまい、酸化物または水酸化物へと変化してしまうため、Biイオンとしての長期的な安定化は望めない。これによって、やはりBiは皮膜中に均一に分散してしまうのである。これらの特許文献において、やはりリン酸亜鉛系化成処理が下地処理として用いられていたのは、上記の推察を裏付けている。
【0024】
一方、特許文献9および特許文献10は、素地金属上に無機系の皮膜を析出させた上に樹脂皮膜を積層させる技術であり、素地金属の防食の面で有利であるが、無機系の皮膜も樹脂皮膜もカソード電解による素地金属表面のpH上昇によって析出する機構であるため、積層皮膜の形成が容易でない。
【0025】
本発明者らは、上記の従来技術の課題を解決するために、Biイオンを組成物中でより安定に存在させるために、キレート能力の高いアミノポリカルボン酸を適用し、低電圧カソード電解にてBiを還元析出させ、次いで高電圧カソード電解でBiイオンの拡散が不充分になった段階で、かかるpH上昇によって樹脂が析出する反応機構を見出した。
【0026】
そして、これによって得られた皮膜は、Biの持つ樹脂の硬化触媒能はもちろん、素地金属表面により高濃度で存在するBiにより、素地金属の耐食性をも充分に向上し得ることを確認し、本発明の完成に至った。
すなわち、本発明は次に示す(1)〜(4)である。
【0027】
(1) ノニオン性および/またはカチオン性の樹脂エマルジョンを5〜30重量%、3価のBiイオンを100〜1000ppmおよびBiイオンに対して0.5〜10倍モル濃度のアミノポリカルボン酸を含有することを特徴とする金属表面処理用組成物(電解によって有機無機複合皮膜を析出させるための金属表面処理組成物)。
(2) 3価のAlイオンを20〜500ppm含有することを特徴とする、前記(1)の金属表面処理用組成物。
(3) 表面が清浄化された金属材料を、前記(1)又は前記(2)の組成物中に浸漬させた後、該金属材料を陰極とした電解工程(1)すなわち電圧0〜15Vにて10〜120秒間電解する工程および電解工程(2)すなわち電圧50〜300Vにて30〜300秒間電解する工程の双方を含み、かつ電解工程(1)を電解工程(2)に先立って電解処理し、その後水洗および焼付けを行うことにより、金属材料上に皮膜を析出せしめることを特徴とする金属表面処理方法。ここで、電解工程(1)及び(2)における「電圧X〜Y(V)」は、電圧X〜Yの範囲内で一定電圧を印加する態様でも又は経時的に印加電圧を変化させる態様でもよい。尚、電解工程(1)における「電圧0〜15V」の下限値「0V」は、一定電圧での態様ではなく、経時的に印加電圧を変化させる態様における所定時の電圧を意味する。
(4) 前記(1)又は前記(2)の組成物を用い、前記発明(3)の処理方法によって、金属Biおよび酸化BiがBiとして20〜250mg/m2付着し、全皮膜厚が5〜40μmであり、かつ皮膜厚の中心から金属材料側のBi付着量:Bが、全Bi付着量:Aに対して55%以上(B/A≧55%)となるBi付着分布であることを特徴とする金属表面処理皮膜。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】第1図は、実施例および比較例での電解パターンである。
【図2】第2図は、実施例3における皮膜のEPMA線分析プロファイルである。
【図3】第3図は、Alイオン濃度およびpHの適正範囲を示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明の金属表面処理組成物、金属表面処理方法および金属表面処理皮膜は、各種金属を腐食から防止する目的で使用される。金属材料は、特に限定されるものではないが、冷延鋼板、熱延鋼板、鋳物材、鋼管等の鉄鋼材料、それらの鉄鋼材料の上に亜鉛系めっき処理および/またはアルミニウム系めっきが施された材料、アルミニウム合金板、アルミニウム系鋳物材、マグネシウム合金版、マグネシウム系鋳物材等が挙げられる。特に形状が複雑な金属構成体、例えば、鉄系材料を主とする金属構成体である自動車車体、自動車部品、家電製品、建築材料等への使用に適している。
【0030】
本発明の金属表面処理用組成物は、当該組成物の全重量を基準として、ノニオン性および/またはカチオン性の水系樹脂を5〜30重量%含有することが好ましい。7〜25重量%が更に好ましく、10〜20重量%が最も好ましい。樹脂含有量が低過ぎると皮膜析出量が不足し、含有量が高過ぎると経済的に不利である。ここで、ノニオン性樹脂及びカチオン性樹脂のいずれも特に限定されるものではない。以下、各樹脂の製造例を示す。
【0031】
ノニオン性樹脂エマルジョンについては基体樹脂にエチレンオキサイドのようなノニオン性官能基を導入させる方法、すなわち自己乳化法、およびノニオン界面活性剤を用いて乳化させる方法、すなわち強制乳化法のいずれかまたは双方の手法を用いて作製することができる。カチオン性樹脂エマルジョンについては基体樹脂にアミン基のようなカチオン性官能基を導入させる方法、すなわち自己乳化法、およびカチオン界面活性剤を用いて乳化させる方法、すなわち強制乳化法のいずれかまたは双方を同時に用いて作製することができる。更に、カチオン性官能基を導入後、ノニオン界面活性剤を乳化助剤として用いることもできる。また、自己乳化エマルジョンの分子量が小さい場合は、もはや粒子状のエマルジョンではなく水溶性樹脂となるが、水溶性樹脂であっても本発明の効果が損なわれるものではない。本発明における水系樹脂とは、水分散するエマルジョンと水溶性樹脂の総称である。
【0032】
基体樹脂はいずれのタイプを用いても、本発明の効果を損なうものではないが、エポキシ、ウレタン、アクリルがより好ましい。
また、水系樹脂には、ブロック化ポリイソシアネートをはじめとする硬化剤を任意に配合することもできる。
【0033】
本発明の金属表面処理組成物には、3価のBiイオンが100〜1000ppm含有されていることが好ましい。150〜800ppmが更に好ましく、200〜600ppmが最も好ましい。Biイオン濃度が低過ぎる場合、耐食性向上に必要な充分なBi付着量が得られず、高過ぎると組成物の電気伝導度が高くなり過ぎ、複雑な形状を有する金属材料への皮膜の付き廻り性が劣化すると共に、Bi付着量過多となり皮膜密着性を損なう恐れがある。組成物中のBiイオン濃度は、超遠心機により組成物を固液分離し、液相を高周波誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)もしくは原子吸光分光分析(AA)を用いて定量することができる。
【0034】
ここで言うBiイオンとは、組成物中で固形化せず、完全に溶解状態になっているBi成分のことを指し、具体的には後述するアミノポリカルボン酸によってキレートを構成し、安定的に水溶化された状態であることを意味している。
【0035】
組成物中には更にアミノポリカルボン酸を含有する。アミノポリカルボン酸とは、分子中にアミノ基と複数のカルボキシル基を有するキレート剤の総称であり、具体的にはEDTA(エチレンジアミン四酢酸)、HEDTA(ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸)、NTA(ニトリロ三酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)、TTHA(トリエチレンテトラミン六酢酸)等が該当するが、Biイオンとのキレート安定度の観点からEDTA、HEDTA、NTAがより好ましい。
【0036】
アミノポリカルボン酸の濃度はBiイオンに対して0.5〜10倍モル濃度であることが好ましく、0.7〜5.0倍モル濃度が更に好ましく、1.0〜3.0倍モル濃度であることが最も好ましい。Biイオンに対する濃度比率が低過ぎるとBiイオンが組成物中で加水分解し、酸化物となってしまうため、有効なBiイオン濃度が低下し、結果として充分なBi付着量が得られなくなる。高過ぎると逆にBiイオンが安定化し過ぎ、やはり充分なBi付着量が得られなくなる。
【0037】
本発明の組成物には、更に必要に応じて顔料、触媒、有機溶剤、顔料分散剤、界面活性剤等、塗料分野で通常使用されている添加剤を適用することもできる。顔料としては、チタン白、カーボンブラック等の着色顔料、クレー、タルク、バリタ等の体質顔料、トリポリリン酸アルミニウム、リン酸亜鉛等の防錆顔料、ジブチル錫オキサイド、ジオクチル錫オキサイド等の有機錫化合物、ジブチル錫ラウレート、ジブチル錫ジベンゾエートなどのジアルキル錫の脂肪酸もしくは芳香族カルボン酸塩などの錫化合物が挙げられる。
【0038】
本発明に係る金属表面処理用組成物の液体媒体としては、水性媒体が好適であり、水がより好適である。尚、液体媒体が水である場合、液体媒体として水以外の他の水系溶媒(例えば、水溶性のアルコール類)を含有していてもよい。
【0039】
組成物のpHは特に制限されるものではないが、通常2.0〜7.0、好ましくは3.0〜6.5の範囲に調整して使用することができる。
組成物の温度についても特に制約は無いが、電解処理によって皮膜を析出させる際は、通常15〜40℃、好ましくは20〜35℃の範囲内で使用することができる。
【0040】
ここで、本発明に係る組成物はアミノポリカルボン酸を含有するが、特にカチオン性の樹脂と組み合わせた場合、過剰なアミノポリカルボン酸の存在により、ときとしてカチオン性樹脂のゲル化を招くことがある。このような場合には、カチオン性樹脂のカチオン基の量を減らすか或いはノニオン性の樹脂とする(或いは、カチオン性樹脂とノニオン性樹脂とを混合し、全体的なカチオン基量を相対的に減少させる)のが好適である。ところで、この場合、pHの上昇によっても樹脂があまり析出しない という別の問題を生じることがある。ここで、当該問題は、Alイオンを含有させることにより解消することが可能となる。この際、Alイオンを20〜500ppm含有することが好ましい。50〜400ppmが更に好ましく、100〜300ppmが最も好ましい。下限を下回るとAlイオンの塗膜析出向上効果が不充分となり、上限を上回ると組成物の電気伝導度が過剰となり、かえって付き廻り性を低下させる。
【0041】
ここで、前述したAlイオンの作用機序は以下の通りである。つまり、イオン状のAlがカソード電解による金属表面pH上昇により微細な水酸化物コロイドになり、それがpH9前後でゼータ電荷を完全に失い急激に凝集を始める際、周りの樹脂をも巻き込んで析出するものと推定される。
【0042】
カソード電解によってAlイオンから水酸化物コロイドの電荷の消失にいたる一連の反応は瞬時に完了する必要がある。あらかじめ水酸化物になっていては、経時で凝集が始まってしまい、pH9前後での凝集能力が極端に減退する。よって、当該態様におけるAl成分は、組成物中ではあくまでイオンでいなければならないのである。
【0043】
また、金属イオンは通常キレート剤の存在によって安定化されるが、Alイオンの場合は、pH上昇に伴う水酸化物コロイドの生成を阻止する程の安定度を有するキレート剤は無いまたは稀である。少なくとも、電着塗料組成物に通常配合されている、酢酸、蟻酸、スルファミン酸、乳酸等の有機酸およびアミノポリカルボン酸には、Alイオンを安定化させるほどのキレート能力はない。
【0044】
AlイオンはAl化合物を用いて添加することができる。Al化合物は特に限定されないが、硝酸塩、硫酸塩と言った無機酸塩または乳酸塩、酢酸塩と言った有機酸塩の形で添加することが可能である。
【0045】
更に、Alイオンを前述の範囲で含有することに加え、当該態様に係る組成物のpHをAlイオン濃度をA[ppm]としたとき次の計算式を満足するようにすることが好ましい。
3.5≦pH≦−Log((A×1.93×10−151/3
下記式であることが更に好ましい。
3.6≦pH≦−Log((A×1.93×10−151/3
下記式であることが最も好ましい。
3.7≦pH≦−Log((A×1.93×10−151/3
pHが下限を下回ると、析出効率が低下し付き廻り性も低下していく。pHが上限を上回ると、Alイオンが加水分解を起こしてしまうため、好ましくない。
【0046】
−Log((A×1.93×10−151/3)の項は、25℃における水酸化Alの溶解度積:1.92×10−32から求められる。つまり、このpH以上になるとAlイオンは水酸化物として沈殿析出してしまい、もはやイオンではいられなくなる。ここで、25℃は、組成物の保存時及び使用時の典型的な温度である。
【0047】
また、本発明の組成物の中には、Biイオン、Alイオンの他に、Feイオン、Znイオン、Ceイオン等の金属イオンを含有しても、本発明の効果を損なうものではない。むしろ、これらの金属イオンには、Alイオンほどではないものの、水系樹脂の析出を促進させる作用を有する。なお、Feイオンは2価よりも3価がより好ましい。
【0048】
参考のため、Alイオン濃度およびpHの適正範囲を第3図に示す。
【0049】
金属材料を本発明の組成物中に浸漬させた後、金属材料表面に皮膜を形成させるためには、金属材料を陰極とするカソード電解を行う必要がある。カソード電解は電圧0〜15Vにて10〜120秒間電解する電解工程(1)と電圧50〜300Vにて30〜300秒間電解する電解工程(2)の2工程であり、かつ電解工程(1)を電解工程(2)に先立って行う必要がある。
【0050】
なお、電解工程(1)は主としてBiを優先的に付着させるために行われる工程であり、電解工程(2)は主として樹脂を優先的に析出させるために行われる工程である。充分な耐食性を得るためには、金属材料に直接接触しているBi、つまり金属材料と皮膜の界面に存在する界面Biの存在が必要であり、そのためには電解工程(1)と電解工程(2)の順番と条件が極めて重要となってくる。
【0051】
電解工程(1)の電圧は0〜15Vであり、10〜120秒間電解することが好ましい。電圧が下限を下回る場合、すなわち金属材料を陽極として電解した場合は、金属材料が組成物中に溶出してしまい、組成物の安定性を低下させるばかりか、耐食性の向上に必要な界面Biが充分付着しなくなる。上限を超える場合も、Biが金属表面に優先的に析出する前に樹脂析出が始まってしまうため、やはり充分な耐食性が得られなくなる。
【0052】
処理時間が下限を下回る場合も充分な界面Biが析出せず、上限を上回る場合は界面Biの付着量過多となり、皮膜の密着性が損なわれる場合がある。
【0053】
電解工程(2)の電圧は50〜300Vであり、30〜300秒間電解することが好ましい。電圧が下限を下回る場合は、樹脂皮膜の析出量が不充分となり、上限を上回る場合は、樹脂皮膜の析出過多により経済的に不利であるばかりか、皮膜の仕上がり外観が損なわれる場合がある。
【0054】
電解工程(1)に次いで電解工程(2)に移行する際、電圧を瞬時に増加させる必要は無く、緩やかに増加させても本発明の効果を損なうものではない。
【0055】
本発明の組成物を用い、本発明の処理方法によって得られる皮膜中に存在するBiは金属および酸化物の形態で存在する。カソード電解によって析出するBiは、基本的に還元析出した金属Biであるが、その一部は特に皮膜の焼付け工程で酸化されて酸化物となる。また、電解工程(2)において高電圧がかかった場合、皮膜表面のpH上昇により、アミノポリカルボン酸によるBiの安定化が不充分となるため、特に皮膜表面側では酸化Biとしても析出する。
【0056】
Bi付着量は20〜250mg/m2が好ましく、30〜200mg/m2が更に好ましく、50〜150mg/m2が最も好ましい。Bi付着量が低過ぎると充分な耐食性が得られず、高過ぎるともはや耐食性の向上が望めないばかりか皮膜密着性を損なう場合もある。なお、Bi付着量は蛍光X線分光分析により定量可能である。尚、本特許請求の範囲及び本明細書における「金属Bi付着量」及び「酸化Bi付着量」は、当該蛍光X線分光分析で定量された値とする。尚、その他の形態として水酸化物の存在も否定できないが、当該測定方法で「金属Bi」又は「酸化Bi」として定量された場合には、その数値は「金属Bi付着量」又は「酸化Bi付着量」とすることとする。
【0057】
得られる皮膜の全皮膜厚は3〜40μmが好ましく、5〜30μmが更に好ましく、7〜25μmが最も好ましい。薄過ぎると充分な耐食性が得られず、厚過ぎると経済的に不利なばかりか付き廻り性が低下する場合がある。皮膜厚は、素地金属が磁性金属であれば電磁誘導式膜厚計、素地金属が非磁性金属であれば渦電流式膜厚計により、測定可能である。
【0058】
皮膜中のBiは、皮膜表面よりも素地金属側により多く存在する必要がある。具体的には、皮膜厚の中心から金属材料側のBi付着量:Bが、全Bi付着量:Aに対して55%以上(B/A≧55%)となるBi付着分布であることが好ましい。58%以上が更に好ましく、60%以上が最も好ましい。低過ぎると充分な耐食性が得られない。なお、90%を越えると皮膜表面側のBi濃度が極端に低下し、Biの持つ硬化触媒としての機能を失うので好ましくない。
【0059】
皮膜中のBi付着分布については、EPMAを用いて皮膜断面を線分析することにより測定可能である。同時に撮影した反射電子像によって素地金属と皮膜の界面および皮膜表面の位置を特定し、EPMA線分析による皮膜中のBi強度の積分値:Aおよび皮膜厚の中心から素地金属側のみの積分値:Bを求め、B/Aを算出することができる。
【実施例】
【0060】
以下に実施例および比較例を挙げて本発明の内容を具体的に説明する。
【0061】
樹脂エマルジョン
樹脂エマルジョンとしてBASF社製カチオン性エポキシ樹脂「Lugalvan EDC」(不揮発分:34%、以下略号「R1」)およびDIC社製ノニオン性ウレタン樹脂「VONDIC2220」(不揮発分:40%、以下略号「R2」)の2種を用いた。
【0062】
顔料分散ペースト
ジャパンエポキシレジン製エポキシ樹脂「jER828EL」1010部に対し、ビスフェノールAを390部、ダイセル化学工業製ポリカプロラクトンジオール「プラクセル212」、ジメチルベンジルアミン0.2部を加え、130℃でエポキシ当量が約1090になるまで反応させた。
【0063】
次に、ジメチルエタノールアミン134部および乳酸(約90%)150部を加え、120℃で4時間反応させた。次いで、メチルイソブチルケトンを加えて固形分を調整し、不揮発分60重量%の顔料分散用樹脂を得た。
【0064】
上記で得られた顔料分散用樹脂8.3部に対し、酸化チタン15部、精製クレー7.0部、カーボンブラック0.3部、ジオクチル錫オキサイド1.0部、リン酸亜鉛3.0部および脱イオン水18部を加え、ボールミルにて20時間分散し、無機固形分50重量%の顔料分散ペーストを得た。これを実施例および比較例の各組成物中に無機固形分5.0重量%となるように添加した。
【0065】
Bi添加剤
Bi化合物とアミノポリカルボン酸を混合し、Biイオン濃度10,000ppmの種々のBi添加剤を作製した。
【0066】
Bi添加剤1(以下略号「B1」)
蒸留水:500gにEDTA:8.38gを溶解させ、60℃に加温した後、硝酸ビスマス5水和物:23.21gを加えて固形分が完全に溶解するまで撹拌した。その後、最終的に全量を1.0Lとなるように更に蒸留水を加え「B1」を作製した。なお、この場合、EDTAはBiの0.6倍モル濃度となる。
【0067】
Bi添加剤2(以下略号「B2」)
蒸留水:500gにHEDTA:13.30gを溶解させ、60℃に加温した後、酸化ビスマス11.15gを加えて固形分が完全に溶解するまで撹拌した。最終的に全量が1.0Lとなるように更に蒸留水を加え、「B2」を作製した。なお、この場合HEDTAはBiの1.0倍モル濃度となる。
【0068】
Bi添加剤3(以下略号「B3」)
蒸留水:500gにHEDTA:39.90gを溶解させ、60℃に加温した後、酸化ビスマス:11.15gを加えて固形分が完全に溶解するまで撹拌した。最終的に全量が1.0Lとなるように更に蒸留水を加え、「B3」を作製した。なお、この場合HEDTAはBiの3.0倍モル濃度となる。
【0069】
Bi添加剤4(以下略号「B4」)
蒸留水:500gにNTA:73.12gを溶解させ、60℃に加温した後、酸化ビスマス:11.15gを加えて固形分が完全に溶解するまで撹拌した。最終的に全量が1.0Lとなるように更に蒸留水を加え、「B4」を作製した。なお、この場合NTAはBiの8.0倍モル濃度となる。
【0070】
組成物の作製
無機固形分5.0重量%になる量の顔料分散ペーストに、第1表に示す組合せにて樹脂エマルジョンおよびBi添加剤を配合し、組成物を作製した。なお、それぞれの濃度は脱イオン水を用いて希釈し調整した。また、必要に応じて組成物のpHを硝酸またはアンモニアを用いて調整した。
【0071】
電解条件
対極であるアノード電極はSUS304を用い、アノードとカソードの極比は1.0とし、整流器により所定の電位を印加した。なお、カソード電解処理を行う際、組成物の温度は熱交換器によって30℃に保ち、インペラによって撹拌した。それぞれの詳細な電解条件を以下に示す。また、それぞれの電解パターンを第1図に図示する。
【0072】
電解条件1(以下略号「E1」)
電解工程(1)として13Vにて15秒間電解後、直ちに電解工程(2)として280Vにて45秒間電解処理を行った。
電解条件2(以下略号「E2」)
電解工程(1)として8Vにて60秒間電解後、直ちに電解工程(2)として180Vにて180秒間電解処理を行った。
電解条件3(以下略号「E3」)
電解工程(1)として2Vにて110秒間電解後、直ちに電解工程(2)として60Vにて290秒間電解処理を行った。
電解条件4(以下略号「E4」)
電解工程(1)として0Vから60秒間かけて15Vまで昇圧し、更に30秒間かけて50Vまで昇圧してから、電解工程(2)として30秒間かけて200Vまで昇圧し、200Vを120秒間保持した。結果的に請求項4における電解工程(1)は60秒間、電解工程(2)は150秒間となる。
電解条件5(以下略号「E5」)
電解工程(1)として210Vにて160秒間電解処理を行い、電解工程(2)は行わなかった。
【0073】
試験板の作製
試験板として、冷延鋼板:SPCC(JIS3141)70×150×0.8mm(以下、SPCと略す)を用い、あらかじめその表面を日本パーカライジング社製強アルカリ脱脂剤「FC−E2001」を使用して、120秒間スプレー処理することにより脱脂処理した。脱脂処理後は30秒間スプレー水洗し、実施例および比較例に示す組成物に浸漬させ、実施例および比較例に示す電解条件にてカソード電解処理を実施した。電解終了後の試験板は直ちに脱イオン水にて30秒間スプレー水洗し、電気オーブン中で180℃にて20分間焼付けを行った。
【0074】
皮膜特性の調査
試験板の上に析出した皮膜の皮膜特性を以下の方法で調査した。
皮膜厚測定:電磁誘導式膜厚計を用いて測定した。
Bi付着量:蛍光X線分光分析によって定量した。
Bi付着分布:試料断面をEPMAの線分析にて分析した。具体的方法は下記参照。
【0075】
皮膜中のBi付着量分布測定は、EPMAを用いて分析した。皮膜処理後の金属材料を、埋め込み樹脂によって固定し、断面を研磨し、素地金属方向から析出皮膜表面方向にBiの線分析プロファイルを求めた。線分析プロファイルとは、マッピング分析データを基に、分析エリアの1次元方向に任意の幅で特性X線強度の平均値を算出したもので、幅を持った線分析と解することができる。測定条件は以下の通り。
【0076】
測定機器:島津製作所製EPMA−1610型
電子銃:CeB6カソード型
ビーム電流:50nA、ビーム電圧:15kV、ビーム径:1μmφ以下
積算回数:1回、1点あたりのサンプリング時間:100ms
分光結晶:PET(Bi Mα)
【0077】
同時に撮影した反射電子像によって素地金属と皮膜の界面および皮膜表面の位置を特定し、皮膜中のBi強度の積分値:Aおよび皮膜厚の中心から素地金属側のみの積分値:Bを求め、B/Aを算出した。
なお、参考のため代表的なプロファイルとして実施例4で得られた皮膜の分析結果を第2図に示す。
【0078】
耐食性試験方法および評価方法
電着塗装した塗装板にクロスカットを施し、塩水噴霧試験(JIS−Z2371)を実施し、1000時間後のクロスカット部の片側最大膨れ幅を測定した。測定結果を基に、3mm以下:◎、2mm未満:◎、2mm以上3mm未満:○、3mm以上4mm未満:△、4mm以上:×にて評価した。
結果を第1表に示す。
【0079】
第1表の実施例1〜6より、本発明の組成物を用いて本発明の処理方法を適用することによって、金属材料に対して充分な耐食性を確保し得る本発明の皮膜が得られていることがわかる。
【0080】
これに対し、比較例1はBiイオンおよびZnイオンを過剰に加えた以外は実施例1と同様の水準であるが、組成物中のトータル金属イオン濃度が過剰となり、Bi付着量過多であったと共に充分な皮膜厚が得られず、耐食性が不充分となった。
【0081】
比較例2は実施例4のBiイオン濃度を低減させ、電解条件を変更した水準であるが、Bi付着量が充分得られなかったばかりか素地金属表面へのBi被覆不足(B/Aの不足)により充分な耐食性が得られなかった。
【0082】
また、Biもアミノポリカルボン酸も加えていない比較例3では、Biの効果が全く得られず、耐食性不足となっている。
更に、実施例6の樹脂濃度を低減させ、添加金属を加えなかった比較例4は、樹脂濃度不足に加え、皮膜析出向上剤である添加金属の効果が得られなかったため、全く皮膜は析出しなかった。
【0083】
このように、本発明の特徴であるBiイオンとアミノポリカルボン酸を配合した樹脂エマルジョン水溶液を用い、適正な電解条件でカソード電解することによって、金属材料に対して充分な耐食性を付与し得る皮膜、すなわち充分かつ有効なBi付着量とBi付着分布を有する樹脂皮膜の析出が可能となることが確認された。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノニオン性および/またはカチオン性の水系樹脂を5〜30重量%、3価のBiイオンを100〜1000ppmおよびBiイオンに対して0.5〜10倍モル濃度のアミノポリカルボン酸を含有することを特徴とする金属表面処理用組成物。
【請求項2】
3価のAlイオンを20〜500ppm含有することを特徴とする、請求項1に記載の金属表面処理用組成物。
【請求項3】
表面が清浄化された金属材料を、請求項1または2に記載の組成物中に浸漬させた後、該金属材料を陰極とした電解工程(1)すなわち電圧0〜15Vにて10〜120秒間電解する工程および電解工程(2)すなわち電圧50〜300Vにて30〜300秒間電解する工程の双方を含み、かつ電解工程(1)を電解工程(2)に先立って電解処理し、その後水洗および焼付けを行うことにより、金属材料上に皮膜を析出せしめることを特徴とする金属表面処理方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の組成物を用い、請求項3に記載の処理方法によって、金属Biおよび酸化BiがBiとして20〜250mg/m2付着し、全皮膜厚が5〜40μmであり、かつ皮膜厚の中心から金属材料側のBi付着量:Bが、全Bi付着量:Aに対して55%以上(B/A≧55%)となるBi付着分布であることを特徴とする金属表面処理皮膜。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−202921(P2010−202921A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48474(P2009−48474)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)