説明

金属部材の表面処理方法および表面処理装置

【課題】金属表面の付着物に対する洗浄能力が十分高く、大気等の環境に排出しても環境を汚染せず、大型の設備を必要としない金属部材の表面処理方法および表面処理装置を提供する。
【解決手段】加熱および加圧された水を自己生成2流体ノズル101から金属条1aの表面に噴射して、加熱および加圧された水を常圧下にて沸騰させることにより気液2流体(自己生成2流体)を生成し、金属条1aの表面の油状物質を除去するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅をはじめとする金属材料、特に条材、線材等の金属部材の製造時の金属部材の表面処理方法および表面処理装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銅条ならびに銅線をはじめとする金属条、金属線の製造方法は、原料銅線を冷間圧延により所定の断面形状に加工した後、表面の付着物を洗浄処理により除去する。表面の付着物としては、圧延加工に用いる潤滑油や、圧延加工の際に発生する金属粉(銅粉)などがある。
【0003】
図13は、従来の金属部材の表面処理装置を示し、洗浄前の金属条リール1からの金属条1aがアンコイラ11から送出され、洗浄用の表面処理室21を通して表面が洗浄されて金属条1aの表面の付着物が除去され、乾燥処理室22で乾燥されたのちリコイラ12のリール2に巻き取られる。
【0004】
従来、表面処理室21での付着物の除去方法として、たとえば非特許文献1に開示されているように、有機溶剤に浸漬することにより潤滑油を溶解して除去する技術(従来技術1)がある。非特許文献1には、液中において被洗浄物に超音波を照射することにより微粒子を除去する技術(従来技術2)も示されている。
【0005】
また、特許文献1乃至6に記載されているような、2流体スプレーを照射する技術(従来技術3)がある。また、特許文献7乃至9に記載されているような、水蒸気と水からなる2流体スプレーを用いる技術(従来技術4)がある。また、特許文献10に記載されているような、水蒸気と噴霧水を処理表面に向けて吐出する技術(従来技術5)がある。また、特許文献11に記載されているような、高圧ジェットを用いる技術(従来技術6)がある。これらは必要に応じて組み合わせて用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許2959763号公報
【特許文献2】特許3498837号公報
【特許文献3】特開平10−156229号公報
【特許文献4】特開2005−294819号公報
【特許文献5】特開2005−109112号公報
【特許文献6】特開2006−255603号公報
【特許文献7】特許3860139号公報
【特許文献8】特開2001−250773号公報
【特許文献9】特開2003−249474号公報
【特許文献10】特開2007−216158号公報
【特許文献11】特開平10−92707号公報
【特許文献12】特開2003−154205号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】すぐ使える洗浄技術(工業調査会、2001年)、p.262、p.138
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来技術1にかかる問題点は、有機溶剤が揮発することに伴い作業環境や大気の汚染を引き起こす可能性があることである。
【0009】
平成17年改正の大気汚染防止法によれば、2010年までに揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound;以下VOC)の発生量を2000年度比で30%削減することが求められている。
【0010】
銅条ならびに銅線は全長が長く、リール等に巻いてもリールの直径ならびに幅が大きいため、材料全体を密閉した装置内に収納することが困難である。
【0011】
そのため一般には、装置外部に設置された送り出し装置に銅条や銅線のリールを設置し、導入口から装置内部に導入されて処理された後、排出口から装置外部に送り出され、装置外部に設置された巻取り装置等により新たなリールに巻き取られる。
【0012】
すなわち、図13で説明したように、表面処理室21の装置内部は導入口ならびに排出口という少なくとも2つの開口部を介して装置外部の大気と通じており、密閉できない。従って、有機溶剤を回収するためには表面処理室21の開口部から有機溶剤が漏洩しないような大風量で吸引する設備を導入する必要があり、またさらに、回収した有機溶剤の処理作業が発生するという、新たな課題が生じる。
【0013】
この対策として、有機溶剤を用いずに水を用いる場合には、金属表面が酸化されるという新たな問題が生じる。銅をはじめとする金属材料の表面が酸化されると、その後の、たとえば樹脂のコーティング工程において樹脂と金属との密着性が低下したり、また例えばめっき工程においてピットと呼ばれる孔が生成するなどの問題が発生する。
【0014】
従来技術2にかかる問題点は、洗浄能力が必ずしも十分高くはないことである。洗浄能力の向上を目的として超音波出力を増加させると、超音波振動子が破損する可能性が高くなり、装置管理にコストがかかるという新たな問題が生じる。
【0015】
従来技術3にかかる問題点は、気体と液体が接触することに伴い液体が蒸発し、蒸発潜熱を奪われ、温度が低下することである。一般に温度が高いほど液体の粘性が低下するので、汚染物質の洗浄液中への拡散も温度が高いほど速い。従って、洗浄能力を高めるためには洗浄液の温度を高くすることが有効であるが、従来技術3を用いると高温化が困難である。また、大量の気体を消費するため排気設備を大型化しなければならないという問題も有する。
【0016】
従来技術4及び5にかかる問題点は、洗浄能力が不十分であることである。特許文献7乃至10のいずれにも、金属部材に付着した圧延加工油など油性液体の除去については開示されていない。特許文献8及び9には、レジストの除去方法が開示されており、これを例にとると、除去に必要な最低時間は、例えば特許文献9の図5からは、30秒以上と読み取ることができるが、洗浄対象の銅条をはじめとする金属条は、一般に低速のものでも10m/分、高速のものでは100m/分を超える速度で走行しながら、洗浄処理される。30秒の洗浄時間が必要であれば、洗浄ゾーンの長さが最低でも5m必要となり、設備は大型化し投資の増大を招く。
【0017】
従来技術6にかかる問題点は、大規模な装置が必要となることである。特許文献11には5MPa以上に加圧した洗浄液を被洗浄表面に向けて吐出する方法が開示されているが、この圧力にまで加圧するための大型設備が必要となり、設備投資が増大する。
【0018】
そこで、本発明の目的は、かかる問題点に鑑み、金属表面の付着物に対する洗浄能力が十分高く、大気等の環境に排出しても環境を汚染せず、大型の設備を必要としない金属部材の表面処理方法および表面処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために請求項1の発明は、加熱および加圧された水を常圧下にて沸騰させることにより得られた気液2流体(自己生成2流体)を用いて、金属部材の表面の油状物質を除去することを特徴とする金属部材の表面処理方法である。
【0020】
請求項2の発明は、前記加熱および加圧された水の圧力は、0.45MPa以下である請求項1記載の金属部材の表面処理方法である。
【0021】
請求項3の発明は、前記気液2流体の温度が40℃以上である請求項1記載の金属部材の表面処理方法である。
【0022】
請求項4の発明は、前記気液2流体は、水蒸気と水とからなり、水の液滴径が1μm〜100μmである請求項1〜3いずれかに記載の金属部材の表面処理方法である。
【0023】
請求項5の発明は、金属部材の表面の油状物質を除去する金属部材の表面処理装置であって、加熱および加圧された水を常圧下にて沸騰させることにより気液2流体(自己生成2流体)を発生させる自己生成2流体発生手段と、前記気液2流体(自己生成2流体)を前記金属部材に接触させて表面処理を行う表面処理室とを備えることを特徴とする金属部材の表面処理装置である。
【0024】
請求項6の発明は、前記自己生成2流体発生手段は、水を加圧加熱する水加圧加熱供給手段と、水加圧加熱供給手段に接続され、気液2流体(自己生成2流体)を発生させる自己生成2流体ノズルとからなり、水加圧加熱供給手段で加熱および加圧された水が、前記自己生成2流体ノズルにより噴出する際に、噴射された加熱加圧水とその圧力低下に伴う沸騰により生成される蒸気とで自己生成2流体を生成して金属部材の表面に噴射する請求項5に記載の金属部材の表面処理装置である。
【0025】
請求項7の発明は、前記水加圧加熱供給手段は、水を主成分とする液体を電気分解する電解槽を含み、該電解槽内の電気分解で生じた陽極側または陰極側のうち選択された一方の電解イオン水を、自己生成2流体ノズルに供給し、他方の電解イオン水と前記金属部材に接触させて表面処理を行った後の一方の電解イオン水とを混合して排出する混合器を備える請求項5または6に記載の表面処理装置である。
【0026】
請求項8の発明は、前記自己生成2流体ノズルは、加圧加熱された水を噴射する噴射部とその噴射部で噴射された前記気液2流体(自己生成2流体)の噴射パターンの拡がりを規制する整流壁ノズルとからなる請求項5〜7のいずれかに記載の表面処理装置である。
【0027】
請求項9の発明は、前記水加圧加熱供給手段で、前記加熱および加圧する水の圧力は、0.45MPa以下である請求項5〜8のいずれかに記載の金属部材の表面処理装置である。
【0028】
請求項10の発明は、金属部材の表面に噴射される前記気液2流体の温度が40℃以上であることを特徴とする請求項5〜9のいずれかに記載の金属部材の表面処理装置である。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、自己生成2流体は、必要な洗浄能力が得られる温度にまで加熱可能であり、短時間で洗浄処理を完了することができ、しかも、VOCの発生を抑制でき、その結果、労働作業環境並びに大気汚染への影響をより抑えることができるという優れた効果を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明による銅条の表面処理方法を実施する表面処理装置を示す図である。
【図2】図1の装置を用いた実施例1の銅条洗浄の効果を示す図である。
【図3】図1の装置を用いた実施例2の銅条洗浄の効果を示す図である。
【図4】図1の装置を用いた実施例2における自己生成2流体ノズル先端からの距離に対する、2流体の温度を示す図である。
【図5】本発明の銅条の表面処理方法を実施する表面処理装置の他の実施形態を示す図である。
【図6】本発明において、自己生成2流体の圧力および温度が洗浄性能に及ぼす効果を示す図である。
【図7】本発明に用いる自己生成2流体ノズルとして、通常の1流体ノズルを用いたときの自己生成2流体を模式的に示す図である。
【図8】本発明の実施例4にかかる、整流壁ノズル部を有する自己生成2流体ノズルを用いた自己生成2流体を模式的に示す図である。
【図9】本発明の銅条の表面処理方法を実施する表面処理装置のさらに他の実施形態を示す図である。
【図10】図9の装置を用いた実施例5にかかる、銅条洗浄の効果を示す図である。
【図11】本発明において、一般のノズルを流体自己生成2流体ノズルとしてを用いた2流体の生成を模式的に示す図である。
【図12】従来技術による銅条の洗浄方法を詳細に示す図である。
【図13】従来技術による銅条の洗浄方法を示す図である
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0032】
本発明は、水を主たる成分とする液体を、洗浄ゾーンの圧力(P1)以上の圧力(P0)に加圧するとともに、該液体を圧力P1における沸点以上かつ圧力P0における沸点以下に加熱し、該液体を被洗浄物である金属部材の表面に向けてノズルより吐出し、その際の圧力低下に伴う沸騰により液滴と水蒸気の混合体を形成するとともに、該沸騰過程での体積膨張によって、液滴を被洗浄物表面に向けて加速させ衝突させることにより、金属部材の表面に付着した圧延加工油など油性液体の除去が達成できる。
【0033】
先ず、本発明による金属部材としての金属条(銅条)の洗浄方法を実施する表面処理装置を、図1に基づいて説明する。
【0034】
リール1に巻かれている金属条1aは、アンコイラ11より送り出され、洗浄装置の導入口211より表面処理室21の内部に入り、搬出口212より表面処理室21の外部に出る。
【0035】
この表面処理室21の内部に入った金属条1aが、自己生成2流体ノズル101と、その自己生成2流体ノズル101に水を加圧・加熱して供給する水加圧加熱供給手段120からなる自己生成2流体発生手段100で表面処理されて、表面に付着した圧延加工油など油性液体が除去される。
【0036】
この自己生成2流体発生手段100を説明する。
【0037】
表面処理室21内には自己生成2流体ノズル101が配置される。水加圧加熱供給手段120は、自己生成2流体ノズル101に接続されている配管31に、ヒーター115、流量調節バルブ111、流量計112、ポンプ113を介して水タンク114が接続されて構成される。ここで、ポンプ114および流量調節バルブ111を適切な値に設定することにより、水は洗浄ゾーンの圧力(P1)以上に加圧され送液される。このときの水の圧力をP0とする。また、ヒーター115を適切に機能させることにより、水はP1における沸点以上に加熱される。このようにして加熱および加圧された水は、自己生成2流体ノズル101より吐出するとともに圧力低下により沸騰し、水と水蒸気からなる気液2流体を自発的に生成する。即ち、通常の2流体のように液体と別に気体を導入させずとも、温度と圧力を適切に設定することにより自己生成的に気液2流体を生成することが可能である。
【0038】
以下、このようにして生成した気液2流体を、自己生成2流体と称する。
【0039】
自己生成2流体ノズル101から噴射された自己生成2流体が金属条1aに噴射されることで、金属条1a表面の付着物が除去されて、その下方の受け皿220に溜まり、受け皿220より適宜排水される。
【0040】
自己生成2流体は、ほぼ水のみから構成されるので、大気に排出しても環境への負荷が小さいことは言うまでもない。
【0041】
ここで、特許文献11には5MPa以上に加圧した洗浄液を用いる方法が開示されているが、発明者らの検討の結果、自己生成2流体を用いる場合には、圧力がたかだか0.45MPaであっても特許文献11に開示されている能力以上の洗浄能力を得られることが明らかとなった。
【0042】
自己生成2流体は、液体の沸騰を利用して生成するので、生成直後の温度は沸点に等しい。一方、例えば大気圧下において100℃近傍の液体と気体を2流体スプレーノズルに供給して気液2流体を生成させても、生成した2流体の温度は70℃程度に低下する。また例えば、約100℃の水蒸気と水を2流体スプレーノズルに供給して気液2流体を生成させるとほぼ100℃の気液2流体が生成するが、供給系統が2つとなり装置が複雑化するという別の問題が発生する。
【0043】
特許文献7、8、10には水と水蒸気を用いた洗浄技術が開示されているが、いずれも別個の配管を通じてノズルに導入した水と水蒸気を用いており、それぞれの温度や圧力、流量などのパラメータを独立に制御しなければならない。
【0044】
これに対し本発明は、自己生成2流体を用いることで、制御すべきパラメータを減らすことができ、結果として装置コストの低減や、工程管理の負荷の軽減が可能となる。
【0045】
自己生成2流体は、また、沸騰に伴い体積が膨張することを利用して、液滴の速度を加速することが可能である。
【0046】
通常の2流体では、例えば特許文献4には望ましい気体流量は10〜100L/分(norma1)であり、同じく特許文献4には、望ましい液体流量は100〜200mL/分であると開示されている。この気体を水から生成させるとすると、8.0〜80mL/分となる。従って、18〜280mL/分の水を加熱および加圧してノズルから吐出させることにより、特許文献4の方法を用いることなく、1つの供給系統からなるより簡便な設備を用いて、同特許に記載された望ましい流量の気液2流体を生成することが可能である。このようにして生成した自己生成2流体を金属条表面と接触することにより、金属条表面は洗浄処理される。
【0047】
特許文献1乃至4には、別個の配管を通じてノズルに導入した水と気体を用いて2流体を生成する方法が開示されているが、2つの流体を導入するためにノズル構造は複雑となり、またそれぞれの温度や圧力、流量などのパラメータを独立に制御しなければならない。自己生成2流体を生成させるには、構造の簡単な1流体ノズルを使うことができる。
【0048】
ここで、汚染が除去されるメカニズムは、発明者らの検討の結果、以下の様である。
【0049】
即ち、付着物である金属粉や加工潤滑油は、衝突する液滴から運動エネルギーを受け取り、その大きさが金属表面との付着エネルギー以上である場合、金属表面から脱離する。また加工潤滑油など水に不溶性の油性汚染を、水を主体とする気液2流体と接触させる場合、油性汚染は気液2流体を構成する液滴に溶解することができないため、液滴と気体と界面に集合する。しかし、金属表面は一定膜厚の液体膜に覆われているため、液滴の気体との界面に集合できなかった油性汚染は、ある確率で金属表面に再付着する。従って気液2流体を構成する液滴が持つ気液界面の面積が大きいほど洗浄能力が高く、従って気液2流体を形成する液体量が同一であれば液滴径が小さいほど洗浄能力が高い。発明者らの検討によれば、適切な液滴径の範囲は1μm以上、100μm以下である。
【0050】
さらに、温度が高いほど油状物質は粘性が低下し、金属表面から液滴の気液界面への移動がスムーズになる。発明者らの検討の結果、気液2流体の温度が40℃以上になると気液2流体による洗浄除去の効率が向上し、65℃以上になるとさらに向上し、さらに80℃以上になるとより向上することを確認した。除去効率が向上すると、短時間での除去処理が可能となる。前記したように、金属条や金属線は走行しながら処理が行われるため、処理時間が短ければ処理ゾーンの長さを短くすることが可能となる。
【0051】
特許文献5には、線速度3m/分で走行するテープ状部材の洗浄方法が開示されているが油状物質の除去が可能であることは何ら開示されていない。
【0052】
また特許文献9には、加圧温水を直接吹き出し、吹き出したときの圧力低下による沸騰によって、水蒸気体と水ミスト体とを作ることが開示されているが、その効果としてはフォトリソグラフイに用いるレジストの除去が可能であることが開示されているのみで油状物質の除去が可能であることは何ら開示されていない。即ち、自己生成2流体を用いて油状物質を洗浄除去することが可能であることは、発明者らの検討によって初めて明らかとなったことである。
【0053】
自己生成2流体を生成するには、一般の、1つの流体を吐出させるノズル(以下1流体ノズルと呼ぶ)を用いることができるが、整流壁ノズル部を有するノズルを用いることで、洗浄除去性能が向上する。即ち、1流体ノズルから吐出されたスプレーは、ある角度を持って拡散する。このとき、周囲の大気と接触して熱交換するため、温度が低下する。より高い温度のスプレーを使用するためには、整流壁を有するノズルを用いて周囲の大気との接触を遮断することが望ましい。整流壁はノズルと一体構造であっても、また分離した構造であっても良い。
【0054】
油状汚染の除去には、水のみを加熱、加圧して生成した自己生成2流体でも十分な効果があるが、より除去速度を高めるには、電解イオン水を用いることが望ましい。即ち、水の電気分解により陽極および陰極それぞれの近傍で電解イオン水を生成させ(以下、それぞれ陽極水、陰極水と呼ぶ)、陽極水または陰極水の一方を加熱、加圧して自己生成2流体ノズルに導入し、洗浄処理の後、他方と混合して排出すればよい。
【0055】
特許文献6には電解イオン水を用いた気液2流体によって指紋を除去する方法が開示されているが、金属材料の加工で付着した潤滑油などの油状物質の除去については何ら開示されていない。一般に、指紋と潤滑油では、同じ有機物であっても性状が大きく異なり、付着量も機械加工後の潤滑油の方が多い。電解イオン水を用いた自己生成2流体によって油状物質の洗浄除去が可能であることは、発明者らの検討によって初めて明らかとなったことである。
【0056】
次に図5により、本発明の他の実施の形態を説明する。
【0057】
図5の表面処理装置は、図2の表面処理装置と基本的に同様であるが、水加圧加熱供給手段120として、ポンプを用いず、ガス加圧により液体を圧送するものである。
【0058】
先ず表面処理室21内には自己生成2流体ノズル101が配置される。
【0059】
水加圧加熱供給手段120は、自己生成2流体ノズル101に接続されている配管31に、ヒーター115、流量調節バルブ111、流量計112を介して水タンク114に接続されると共に、この水タンク114に、配管32を介してガスボンベ124が接続され、その配管32にガスボンベ124側から水タンク114にかけて、気体圧力調節器123、気体流量計122、気体流量調整バルブ121が接続されて構成される。
【0060】
また、ヒーター115は、配管31の途中と水タンク114と両方に設けてある。
【0061】
この図5の形態では、ガスボンベ124からのガスを、気体圧力調節器123、気体流量計122、気体流量調整バルブ121で調整して水タンク114に供給することで、自己生成2流体ノズル101から自己生成2流体を発生させて、金属条(銅条)1aに噴射することができる。
【0062】
図9は、本発明のさらに他の実施の形態を示し、自己生成2流体ノズル101に接続する水加圧加熱供給手段120から、陽極側或いは陰極側の電解イオン水を供給し、電解イオン水を用いて発生させた自己生成2流体を噴射するようにしたものである。
【0063】
図9において、リール1に巻かれている金属条1aは、アンコイラ11より送り出され、表面処理室21の導入口211より表面処理室21の内部に入り、搬出口212より表面処理室21の外部に出る。
【0064】
表面処理室21内には自己生成2流体ノズル101が配置される。
【0065】
水加圧加熱供給手段120は、ノズル101に接続されている配管31に、流量調節バルブ111、流量計112およびポンプ113を介して水電解槽51が接続されて構成される。
【0066】
水電解槽51は、電極A521が配置されているA極室52と、電極B531が配置されているB極室53の2室に、イオンの移動を妨げない隔壁54によって分離されている。電極A521と電極B531には、直流電源55が接続され、A極室52、B極室53の一方を陽極、他方を陰極として電解を行うことで、電解イオン水を自己生成2流体ノズル101に供給することができる。
【0067】
ポンプ113、および流量調節バルブを適切な値に設定することにより、自己生成2流体ノズル101に電解イオン水が供給され、ノズル101より吐出された自己生成2流体を金属条1a表面と接触することにより、金属条1a表面は洗浄処理される。金属条1a表面に吐出された自己生成2流体は、受け皿220から洗浄廃液として表面処理室外に排出される。
【0068】
水電解槽51のB極室53で生成した電解イオン水は、ポンプ171を介して配管33によって輸送され、表面処理室21の洗浄廃液と混合器71で混合されて中和され、最終廃液として排出される。
【実施例】
【0069】
(実施例1)
図1において、金属条として圧延加工完了後の銅条を、水タンクとして純水が充填されたタンクを用いて、銅条表面の圧延加工潤滑油の除去を行った。
【0070】
アンコイラ11より送り出された銅条は、導入口211より表面処理室21に導入され、所定時間の洗浄処理を施された後、搬出口212から表面処理室外に取り出される。水は、水タンク114からポンプ113によって加圧されて送液され、流量計112および流量調節バルブ111を経由してノズル101に到達する。配管31の途中に設けたヒーター115により加熱される。
【0071】
自己生成2流体を吐出する自己生成2流体ノズル101には、スプレイングシステムズ製HB−1/4−VV−SS−80−0050ノズルを用いた。スプレー角度は約80゜、オリフィス径は50μmである。
【0072】
比較例として、図12の設備を用いて、有機溶剤、純水、マイクロバブル水のそれぞれに銅条を浸漬し、銅条表面の圧延加工潤滑油の除去性を評価した。なお、比較例に掲げた有機溶剤としては35℃に加温したデカンを、マイクロバブル水は特許文献12に記載された方法で生成させたマイクロバブル水を、それぞれ用いた。
【0073】
実施例1ならびに比較例において、洗浄ゾーンの長さは2mとした。実施例1では、洗浄ゾーン全体に亘ってスプレーが途切れることのないようにノズルを配列し、比較例では洗浄槽の長さを洗浄ゾーンの長さとした。洗浄時間は、銅条の線速度を変えることにより調節した。
【0074】
洗浄後の残留油分濃度の評価結果を図2に示す。
【0075】
純水浸漬、マイクロバブル水浸漬に比較して、自己生成2流体洗浄を用いると、より短時間で残留汚染量を低減させることができることが確認できた。
【0076】
(実施例2)
実施例1と同じスプレーノズルを用い、より短時間での洗浄を行った。ノズルから20mmの位置でのスプレーパターンは10×30mmの長方形であり、銅条の幅方向をスプレーパターンの長辺と一致させ、洗浄を行った。銅条の線速度は60m/分とした。このとき、1つのスプレーの下を通過する時間は0.01秒である。表面処理室21内に、1乃至30個のノズルを配列し、線速度を一定としてノズル個数をかえることにより所望の洗浄時間を得た。
【0077】
油分濃度約100mg/m2の銅条を用いて洗浄を行い、洗浄後の残留油分濃度を測定した結果を図3に示す。この実施例2では、図2に示した実施例1より短時間でも清浄になっていることが確認できた。
【0078】
ここで、ノズル先端からの温度分布を図4に示す。
【0079】
比較例として、加熱した水(100℃)と窒素ガスを用いて、2流体ノズル(スプレイングシステムズ製B−1/4JBC−SS)により生成した2流体スプレーの結果を示す。
【0080】
図4より、自己生成2流体の温度は、ノズル直下はほぼ100℃であり、ノズルから40mm離れても78℃あった。一方、従来の2流体スプレーでは、実際に洗浄を行うノズルから20mmの位置では70℃であった。自己生成2流体ではノズルから40mm離れても従来の2流体スプレー以上の温度を確保できる。即ち、自己生成2流体は、従来の2流体スプレーでは実現し得なかった80℃以上の2流体を生成するのに最適な方法である。
【0081】
(実施例3)
図5で説明した表面処理装置を用いて、自己生成2流体の生成ならびに洗浄処理を行った。
【0082】
すなわち図5の表面処理装置は、図1の表面処理装置と同様であるが、ポンプを用いず、ガス加圧により液体を圧送する。また、ヒーターを、配管途中とタンクと両方に設けてある。
【0083】
ここで、2つの方式で自己生成2流体を発生させた。
【0084】
方式Aは、温度を105℃で一定とし、圧力は圧送に用いるガスの圧力で調節した。この温度での水の蒸気圧は0.15MPaであるので、この圧力以上を必要とする場合にはガスを導入して加圧した。
【0085】
もう一つの方式Bは、ガスを導入せず、水の蒸気圧が所定の圧力になるよう、加熱した。
【0086】
このようにして生成した加圧加熱水を用いて自己生成2流体を発生させ、洗浄を行った。洗浄後の残留油分濃度の分析結果を図6に示す。
【0087】
方式Aではガスを導入して送液圧力を高くしても残留油分濃度に変化が見られないのに対して、方式Bでは圧力ならびに温度の増加に伴い残留油分濃度が減少している。即ち、供給する水の温度は高いほど望ましいことが示された。
【0088】
なお、この実施例3では、実施例2の図3に示した実験とは異なるスプレーノズルを用いて評価しているため、同じ温度、圧力での処理でも結果は異なっている。例えば図3における0.01秒の処理と、図6における0.15MPaの処理とは、温度や圧力、処理時間の条件は同じであるが、残留油分濃度は異なっている。
【0089】
(実施例4)
図5に示す装置に種々のノズルを取り付け、実施例3と同様に銅条の洗浄を行った。温度は145℃とし、外部からガスは供給せずに水蒸気の圧力を用いて圧送した。
【0090】
用いた自己生成2流体ノズル101を、図7及び図8(a)、図8(b)に示す。
【0091】
また比較のため、従来の2流体ノズル301を図11に示した。
【0092】
図7の自己生成2流体ノズル101は、一般の1流体ノズルを示し、ノズル本体102は、加圧・加熱水の貯留室103の下方にノズル孔104が形成され、そのノズル孔104が、オリフィス部104aとオリフィス部104aからスプレー範囲を広げるために扇型や円錐状の噴射パターンを有する拡径部104bが形成されたものからなり、実施例3で用いた自己生成2流体ノズル(図7)の拡径部104bの噴射パターンも約80゜の扇型である。このため、自己生成2流体ノズル101の先端から遠ざかるほど照射面積が増大する。供給される2流体の体積流量はほぼ一定なので、自己生成2流体ノズル101先端から遠ざかるほど線速度は低下することになる。またこの結果、2流体は周囲の大気と熱交換し、温度が低下する。
【0093】
一方、本発明に特に好適な自己生成2流体ノズル101は、図8(a)、図8(b)に示すようにノズル本体102が、貯留室103とノズル孔104を有する噴射部105と、その噴射部105のノズル孔104から噴射された2流体の噴射パターンの拡がりを防止する整流壁ノズル部106とで構成され、図8(a)では、噴射部105と整流壁ノズル部106とを一体にして自己生成2流体ノズル101としたもの、図8(b)では、噴射部105と整流壁ノズル部106とを別個に離して形成したものを示している。この図8(b)の自己生成2流体ノズル101のように噴射部105と整流壁ノズル部106の間に空隙が設けられることで、例えばワークのサイズに対応して噴射パターンのサイズをフレキシブルに変更することができる。
【0094】
この図8(a)、図8(b)の自己生成2流体ノズル101は、噴射部105のノズル孔104の先端から遠ざかるほど噴射面積が増大するのを防ぐように整流壁ノズル部106が設けられているため、整流壁の効果により、線速度の低下や温度低下を防止できると期待される。
【0095】
洗浄後の結果を表1に示す。
【0096】
【表1】

【0097】
一般の1流体ノズルを用いた場合と比較して、整流壁ノズル部を有する1流体ノズルを用いた場合の方が、残留油分濃度は少なくなっている。即ち、整流壁ノズル部の効果が確認された。なお、整流壁ノズル部の形状は、図8(a)では円筒状としたが、略四角柱状でもよい。
【0098】
また、本実施例で用いた自己生成2流体ノズル101の個数は1個で、いずれのノズルも銅条の走行方向の洗浄領域長さは10mmであり、また銅条の走行速度は60m/分である。従って、洗浄時間は0.01秒となる。また本実施例で用いた自己生成2流体ノズルは、供給圧力に対する吐出流量の比が実施例3で用いた自己生成2流体ノズルと等しいものである。
【0099】
(実施例5)
図9に示す装置を用いて、水電解により陽極水ならびに陰極水を発生させ、それらを用いて気液2流体(自己生成2流体)を生成し、実施例1と同様の銅条表面の洗浄処理を行った。
【0100】
図9において、リール1に巻かれている金属条1aは、アンコイラ11より送り出され、洗浄装置の導入口211より表面処理室21の内部に入り、搬出口212より表面処理室21の外部に出る。表面処理室21内には自己生成2流体を生成する自己生成2流体ノズル101が配置され、該ノズル101に接続されている配管31は、流量計112およびポンプ113を介して水電解槽51に接続されている。水電解槽51は、電極A521が配置されているA極室52と、電極B531が配置されているB極室53の2室に、イオンの移動を妨げない隔壁54によって分離されている。A極室52、B極室53の一方を陽極、他方を陰極として電解を行うことで、電解イオン水を自己生成2流体を自己生成2流体ノズル101に供給することができる。
【0101】
ポンプ113および流量調節バルブ111を適切な値に設定することにより、気液2流体生成の自己生成2流体ノズル101に電解イオン水が供給され、自己生成2流体ノズル101より吐出された気液混相流体を金属条1aの表面と接触することにより、金属条1aの表面は洗浄処理される。金属条1aの表面に吐出された気液混相流体は、洗浄廃液として表面処理室外に排出される。
【0102】
水電解槽51のB極室53で生成した電解イオン水は、ポンプ171を介して配管33によって輸送され、表面処理室21の内部または外部で混合器71で洗浄廃液と混合され、最終廃液として排出される。
【0103】
以上の設備を用いて、水電解槽51に0.1mol/Lの硫酸カリウム水溶液を充填し、電極A521を陰極として水の電解を行い、実施例2と同様に銅条表面の洗浄処理を行った。
【0104】
比較のため、図1の設備により純水を用いて実施例2と同様に銅条表面の洗浄処理を行った。
【0105】
結果を図10に示す。純水を用いる場合より電解イオン水を用いた方が、より短時間で残留油分濃度が減少していることが明らかである。
【0106】
また、最終廃液の水素イオン指数は7.2であり、油水分離処理ののち下水への廃棄あるいは河川放流が可能なレベルであった。
【0107】
なお、本実施例では水電解槽に0.1mol/Lの硫酸カリウム水溶液を充填したが、これに限定されることなく適切な濃度と電解質の水溶液を用いることができる。また本実施例では電極Aを陰極としたが、これに限定されることなく、洗浄により除去すべき汚染物質の種類に応じて、電極Aを陽極として用いても良い。例えば除去すべき汚染がエステルを含むような圧延潤滑油を主成分とする場合は、電極Aを陰極とすることでA極室に生成するアルカリ性の水溶液を用いると、エステルが加水分解することにより効率よく除去することができる。このときB極室には酸性の溶液が生成している。また例えば、除去すべき汚染が金属石鹸といわれる金属イオンとカルボン酸からなる塩を主成分とする場合は、電極Aを陽極とすることでA極室に生成する酸性の水溶液を用いると、金属石鹸が溶解することにより効率よく除去することができる。このときB極室にはアルカリ性の水溶液が生成している。いずれの場合のも、B極室で生成した電解イオン水を洗浄廃液と混合することにより洗浄廃液は中和され、さらなる中和処理は不要となる。
【符号の説明】
【0108】
1 リール
1a 金属条(銅条)
21 表面処理室
100 自己生成2流体発生手段
101 自己生成2流体ノズル
120 水加圧加熱供給手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱および加圧された水を常圧下にて沸騰させることにより得られた気液2流体(自己生成2流体)を用いて、金属部材の表面の油状物質を除去することを特徴とする金属部材の表面処理方法。
【請求項2】
前記加熱および加圧された水の圧力は、0.45MPa以下である請求項1記載の金属部材の表面処理方法。
【請求項3】
前記気液2流体の温度が40℃以上である請求項1記載の金属部材の表面処理方法。
【請求項4】
前記気液2流体は、水蒸気と水とからなり、水の液滴径が1μm〜100μmである請求項1〜3いずれかに記載の金属部材の表面処理方法。
【請求項5】
金属部材の表面の油状物質を除去する金属部材の表面処理装置であって、加熱および加圧された水を常圧下にて沸騰させることにより気液2流体(自己生成2流体)を発生させる自己生成2流体発生手段と、前記気液2流体(自己生成2流体)を前記金属部材に接触させて表面処理を行う表面処理室とを備えることを特徴とする金属部材の表面処理装置。
【請求項6】
前記自己生成2流体発生手段は、水を加圧加熱する水加圧加熱供給手段と、水加圧加熱供給手段に接続され、気液2流体(自己生成2流体)を発生させる自己生成2流体ノズルとからなり、水加圧加熱供給手段で加熱および加圧された水が、前記自己生成2流体ノズルにより噴出する際に、噴射された加熱加圧水とその圧力低下に伴う沸騰により生成される蒸気とで自己生成2流体を生成して金属部材の表面に噴射する請求項5に記載の金属部材の表面処理装置。
【請求項7】
前記水加圧加熱供給手段は、水を主成分とする液体を電気分解する電解槽を含み、該電解槽内の電気分解で生じた陽極側または陰極側のうち選択された一方の電解イオン水を、自己生成2流体ノズルに供給し、他方の電解イオン水と前記金属部材に接触させて表面処理を行った後の一方の電解イオン水とを混合して排出する混合器を備える請求項5または6に記載の表面処理装置。
【請求項8】
前記自己生成2流体ノズルは、加圧加熱された水を噴射する噴射部とその噴射部で噴射された前記気液2流体(自己生成2流体)の噴射パターンの拡がりを規制する整流壁ノズルとからなる請求項5〜7のいずれかに記載の表面処理装置。
【請求項9】
前記水加圧加熱供給手段で、前記加熱および加圧する水の圧力は、0.45MPa以下である請求項5〜8のいずれかに記載の金属部材の表面処理装置。
【請求項10】
金属部材の表面に噴射される前記気液2流体の温度が40℃以上であることを特徴とする請求項5〜9のいずれかに記載の金属部材の表面処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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