説明

鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑止方法

【課題】湧水や漏水がある箇所の地下構造物に鉄バクテリア・バイオフィルムが発生するのを抑止する。
【解決手段】湧水や漏水により水が流れる箇所に、該流れる水の流下速度を増大させるための撥水性素材としてシリコーングリスを塗まつし、これによって鉄バクテリア・バイオフィルムが発生するのを抑止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湧水や漏水があるトンネル等の地下構造物に発生する鉄バクテリアの発生抑止方法の技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
今日、湧水や漏水があるトンネル等の地下構造物ではこれら湧水や漏水の適切な排水処理が必要になるが、湧水や漏水の組成によっては微生物である鉄バクテリアが関与して発生する大量のスライム(鉄バクテリア・バイオフィルムの代謝が行われると、細胞外分泌物が生成し、これに水酸化鉄(III)が沈殿して橙色を呈したもの)が起因して排水障害を起こすことがあり、これを回避するためには、多大な費用をかけて定期的にスライムの除去作業を行う必要がある。そこで鉄バクテリアが発生する惧れがある湧水部位や漏水部位に水を噴射することで鉄バクテリアを洗い落とす手法(例えば特許文献1参照)や、脂肪族臭素化合物と水中で次亜塩素酸を発生する化合物とを同時に作用させて鉄バクテリアの発生を抑止する手法(例えば特許文献2参照)が知られている。
【特許文献1】特公昭61−43519号公報
【特許文献2】特開2001−219173号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところが前者のものは、鉄バクテリアが繁殖する湧水あるいは漏水部位の全てに水を噴出しなければならないため、海底トンネル等の長い構築物では噴出装置自体に多大な設備が必要になるだけでなく、噴出する水の確保、そして噴出した水の処理が必要になり現実性に劣る。また後者のものは化学物質を使用するため、公害の発生等の問題があると共に、海底トンネルのように積極的な排水施設があるところでは、これら排水施設を傷めてしまうという問題があり、これらに本発明が解決しようとする課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上記の如き実情に鑑みこれらの課題を解決することを目的として創作されたものであって、請求項1の発明は、湧水や漏水がある箇所の地下構造物に鉄バクテリア・バイオフィルムが発生するのを抑止するための方法であって、湧水や漏水により水が流れる箇所に、水の流下速度を増大させるための撥水性素材を施工することを特徴とする鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑止方法である。
請求項2の発明は、撥水性素材は、シリコーングリスであることを特徴とする請求項1記載の鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑止方法である。
【発明の効果】
【0005】
請求項1の発明とすることで、地下構造物表面を流れる水の流下速度が施工した撥水性素材によって増大することになって鉄バクテリア・バイオフィルムの発生が抑止され、地下構造物の保守管理が簡略化する。
請求項2の発明とすることで、撥水性素材として安価で入手しやすいシリコーングリスを有効に利用して鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑止ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
ところで鉄バクテリア等の微生物は、固相表面に吸着して増殖することでバイオフィルムと呼ばれる膜を形成し、この状態でさらなる増殖を繰返しながらスライムを発生することになるが、多孔質であるコンクリート材料はバイオフィルム形成の格好の場となる。
そして一般に、微生物の固相表面への吸着状態を観測したところ、固相表面での水の移動速度(流速)が大きいほど吸着量が少ないことが判明した。これは水の移動速度が大きくなるほど微生物が流されて吸着が困難になることを意味し、前記特許文献1において水を噴出して鉄バクテリアを洗い流す技術と符合する。しかしながら水を噴出することは前述したように現実性がなく、そこで本発明の発明者は、水を噴出することなく水の移動速度を大きくできるか、について鋭意検討したところ、撥水力の大きい物質を固相表面に施工することで水の流下速度が増大するのではないか、そうすればバイオフィルムの形成が抑制されるのではないか、これによって鉄バクテリア・バイオフィルムに起因するスライム発生の低減を図ることができることになって、スライムの定期的な排除作業を不要にできるのではないかと発案し、実際にこの実験を試みた。
【0007】
撥水力の大きな物質としては、施工が簡単で耐久性があり、かつ水に流されづらく長期間の残存性があること、さらには溶解することによって公害等の発生がないこと等を考慮したところ、このような性質を有するものとして鉱油類があり、そのなかで、粘性が比較的高く、蒸気圧が低いシリコーングリスを試験材料として選定した。
【0008】
トンネル内の鉄バクテリア・バイオフィルムが恒常的に発生している箇所の側壁下部の側溝の滞水箇所に、ポルトランドセメントを用いて製作した試験片を用いて暴露試験を行った。前記試験片には、表面にシリコーングリスを塗まつしたものと塗まつしないものとを用意し、これらを前記側溝中において排水に浸漬する状態で季節を異にして250日間と124日間とのあいだ放置した後、回収して鉄バクテリア・バイオフィルムの沈着速度を観測した。
【0009】
前記回収した試験片の表面に付着している鉄バクテリアを洗ビンで洗い落としてビーカー中に回収し、外来物をピンセットで除去したものを分析用試料とした。この試料中に含まれる鉄バクテリア・バイオフィルムの定量する必要があり、そこでまず、定量方法について検討した。
【0010】
鉄バクテリアは糖質であるため、その分子骨格中に含まれている炭素の量を測定すれば定量できると考えた。そこで前記シリコーングリスを塗まつしない試験片のうち、250日間浸漬放置したものから得た試料を用いてどのように定量したらよいかの前実験を試みたが、このものはスライム様を呈していることから大気中からの二酸化炭素の溶存を常に受けており、また、分析操作中においても、この二酸化炭素の溶解があることを考え、これによる定量の妨害を除去しておく必要がある。そこで、この二酸化炭素を除去する操作と、試料の均一性を保つためのろ過条件、最終的に乾燥試料として定量系に持ち込むための試科の乾燥手段などの前処理方法について具体的に検討した。定量方法については、赤外吸収法によった。試料を燃焼することによって発生する二酸化炭素を、試料由来の炭素とし、その定量をおこなった。
【0011】
まず、二酸化炭素の除去操作であるが、これは試料をpH2の塩酸酸性溶液とし、30分間大気を通気して酸化し、脱炭酸する。次にろ過であるが、これは孔径0.45μmのメンブランフィルターを用いて前記脱炭酸した試料をろ過した。最後に乾燥条件であるが、105℃の高温雰囲気下で7時間放置したものと、デシケーター中で24時間、室温放置したものとを試みた。そしてこのように前処理した乾燥試料について、酸素気流中で燃焼させ、発生した二酸化炭素量を赤外線吸収法によって測定した。燃焼条件は、高周波燃焼炉中でプレート電流350mAで加熱し、酸素雰囲気下で一気に酸化した。生成した二酸化炭素は、波長4.5μmにおけるC=Oの二重結合の振動吸収の強度で測定した。これら前処理条件、測定結果を図1の表図に示す。脱炭酸処理、ろ過処理の何れもしないで105℃で乾燥したもの、脱炭酸処理、ろ過処理の何れもし、かつ105℃で乾燥したものは、全炭素量がそれぞれ12.5T−Cmgg−1、8.7T−Cmgg−1であったが、脱炭酸処理、ろ過処理の何れもし、かつデシケーターで乾燥したものは、全炭素量が14.0T−Cmgg−1と高く、この手法で定量することが妥当であると判断した。
【0012】
さて次に、前記250日、124日のあいだ浸漬放置した各試料について鉄バクテリア・バイオフィルムの量を前記デシケーターまで用いた前処理をしたものについて炭素量を測定し、該測定した炭素量を浸漬日数で除して鉄バクテリア・バイオフィルムの沈着速度を算出した。その算出結果を図2の表図に示す。
これによると沈着速度は、シリコーングリスを塗まつしたものは、塗まつしないものに比して1/10以下になっており、このことからシリコーングリスを塗まつしたものは鉄バクテリア・バイオフィルムの発生を抑制する効果があることが認められる。
【0013】
そこで次に、実際にトンネル内で鉄バクテリア・バイオフィルムが発生している箇所について、鉄バクテリア・バイオフィルムをよく洗い流してコンクリートを露出させた後、シリコーングリスを塗まつした部位と塗まつしない部位とに区分けし、250日経過した時点で鉄バクテリア・バイオフィルムの生成具合を目で直接確認した。この確認結果によると、塗まつしている箇所は鉄バクテリア・バイオフィルムの生成が殆どなかったが、塗まつしていない箇所は褐色になっていて鉄バクテリア・バイオフィルムが形成されていることが確認され、これによってシリコーングリスを塗まつすることで、鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑制効果が発揮されることが確認された。
【0014】
尚、本発明は、前記実施の形態に限定されないものであることは勿論であって、撥水性素材としてはシリコーングリスに限定されず、ワセリンやパラフィン等、通常知られたものを採用できることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】鉄バクテリア・バイオフィルムを定量するための条件について検討した表図である。
【図2】鉄バクテリア・バイオフィルムの発生速度の状態を示す表図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湧水や漏水がある箇所の地下構造物に鉄バクテリア・バイオフィルムが発生するのを抑止するための方法であって、湧水や漏水により水が流れる箇所に、水の流下速度を増大させるための撥水性素材を施工することを特徴とする鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑止方法。
【請求項2】
撥水性素材は、シリコーングリスであることを特徴とする請求項1記載の鉄バクテリア・バイオフィルムの発生抑止方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−243160(P2009−243160A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−91371(P2008−91371)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000173784)財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)