説明

鉄系形状記憶合金製パイプ用継手

【課題】 より優れた形状記憶特性、特に高い内径収縮率をもつ鉄系形状記憶合金製パイプ継手を安定して得ること。
【解決手段】 遠心鋳造法により製作された鉄系形状記憶合金製パイプ用継手であって、横断面内のマクロ組織の中で、柱状晶が50%以上の面積を占めていること。また、50%以上の面積を占める柱状晶の長さ方向は、円筒の中心に向かう方向に対して、±15度以内で一致していることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明が属する技術分野】本発明は、高い内径収縮率を有する鉄系形状記憶合金製パイプ用継手に関するものである。
【0002】
【従来の技術】一般に、形状記憶合金製パイプ用継手は、締結する相手パイプの外径より僅かに小さい内径をもつ形状記憶合金の円筒を用意し、この円筒の内径を室温で押し広げてパイプが差し込めるように拡径してから、この継手に両側からパイプを差し込んで適当な温度に加熱し、形状記憶合金製円筒の内径が拡径前の細い径の状態に戻ろうとして収縮する力を利用してパイプを締結するものである。従って、高い締結強度を得るためには、加熱時における円筒の内径収縮率が高いことが期待される。
【0003】また近年、コスト的に有利で加工性の良い鉄系の形状記憶合金が、パイプ用継手をはじめとする各種分野でその適用が試みられるようになって来ている。通常、鉄系形状記憶合金製パイプ用継手を製作する場合には、所望成分の鋼片を熱間圧延して板材とし、これを円筒形に成形して溶接した後、熱処理を施して冷間拡径するか、又は熱間圧延して棒材とし、穴ぐり加工、熱処理及び冷間拡径工程を経て継手を製造していた。
【0004】このような熱間加工工程を必須としていた従前の製造方法では、素材面での制約に加えて、意匠性に優れた複雑な形状の締結部材を得ることが非常に困難であったことから、本発明者らは熱間加工工程を経ずに鋳造ままで製品として使用可能な鉄系形状記憶合金製鋳造部材の製造方法を開発し、先に出願している(特開平10−280061号公報)。この先願の発明は、鋳造後の冷却速度が一定範囲以内になるように調整することによって、円筒部材の形状記憶性能を優れたものとすることを意図したものである。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】上記の特開平10−280061号公報に開示した発明は、それまでの鉄系形状記憶合金製鋳造部材の製造方法の概念を翻すものであることは認められたが、これを鉄系形状記憶合金製パイプ継手に限ってみた場合、形状記憶特性、特に内径収縮率の面でさらなる改善の余地が残されていることが、本発明者らのさらなる実験研究の結果明らかとなった。
【0006】すなわち、本発明者らは、円筒部材の金属組織という従来或いは先願発明では全く知見されていなかった概念を用いることによって、より優れた形状記憶特性を発揮すると共に工業的にも大きな意義をもつ鉄系形状記憶合金製パイプ継手が容易に得られることを見い出し、本発明を完成したものである。本発明の課題は、より優れた形状記憶特性、特に高い内径収縮率をもつ鉄系形状記憶合金製パイプ継手を、材料のマクロ組織を特定することにより容易にかつ安定して得ることにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記課題を達成するための本発明請求項1に係る鉄系形状記憶合金製パイプ継手は、遠心鋳造法で製作されたものであって、横断面内のマクロ組織の中で、柱状晶が50%以上の面積を占めている遠心鋳造法で製作されたことを特徴とする。また、本発明の請求項2に係る鉄系形状記憶合金製パイプ継手は、横断面内のマクロ組織の中で柱状晶の長さ方向は、円筒の中心に向かう方向に対して、±15度以内で一致している柱状晶が50%以上の面積を占めていることを特徴とする。さらに、上記したパイプ継手は、拡径と加熱が繰り返し施されていることが望ましく(請求項3)、また、より一層の内径収縮率の向上を果たすためには、柱状晶が70%以上の面積を占めていることが好ましい(請求項4)。
【0008】
【発明の実施の形態】以下、本発明の詳細を図面にしたがって説明する。まず、鉄系形状記憶合金製パイプ継手の内径収縮率が、鉄系形状記憶合金円筒のマクロ組織に大きく依存していることを知見した経緯から説明する。
【0009】鉄系形状記憶合金円筒の内径の収縮量は、素材の種類(化学成分など)や事前に行う拡径の程度、加熱温度、拡径と加熱の繰り返し処理(トレーニングと呼ばれている)の有無などによってある程度変化する。このため内径収縮率が大きくて性能の良い継手とするためには、素材や拡径率、加熱温度が最適となるように選定しなければならないのは当然である。しかし、鉄系の形状記憶合金製パイプ継手においては、これらの条件を最適化するだけでは、内径収縮率(形状記憶合金の形状回復性能)が必ずしも一定にはならないのも事実である。このことを図1に示す。
【0010】図1は、素材の成分は一定(28%Mn−6%Si−5%Cr−Fe系)とし、遠心鋳造法で円筒形状を直接作るかまたは熱間圧延した板材を丸めて溶接して円筒形状としたものに対して、適当な温度で溶体化熱処理を施した後(この段階の形状が記憶される)、様々な拡径率(横軸)で内径を広げ、次に600℃に加熱することによって得られる形状記憶効果の程度を、内径収縮率(縦軸)という指標で示したものである。
【0011】結果は同一寸法、同一工程で製作された範囲内で見れば横軸の内径拡径率によって縦軸の内径収縮率が左右されている傾向が見られるものの、例えば100Aの遠心鋳造材などでは、拡径率がほぼ同じであっても内径収縮率にかなりの違いが生じていることが明かである。この点は200A、250A、300Aの遠心鋳造材についても同様のことが言える。このようなばらつきのある材料を用いたパイプ用継手では、継手強度などの性能が不安定で信頼性の欠ける製品となるのは当然である。したがって、高い内径収縮率が安定して得られる条件を明確に把握することが、この素材をパイプ用継手として実用する上での前提になるのはいうまでもない。そこで発明者らは、図1におけるばらつきがいかなる条件によって生じているかについて検討した。その結果内径収縮率の善し悪しは、鉄系形状記憶合金円筒のマクロ組織にも大きく依存している事実を見いだした。
【0012】ここでマクロ組織というのは、素材を構成する結晶組織の内、直接目視かまたはせいぜい数倍ほどの低倍率の顕微鏡による観察で把握できる、主として「結晶の形」に関する情報を意味する。いうまでもなく金属の結晶構造は、高倍率の電子顕微鏡で始めて識別されるような極く微細なレベルの組織構造から、光学顕微鏡の高倍率観察で区別のつくレベルの組織構造、低倍率で識別される組織構造といったように多層的に構成されている。この内、肉眼もしくは極く低倍率の光学顕微鏡で見られるマクロな組織は、素材の断面をある程度まで平坦に研磨した後適当な腐食液を作用させて、結晶の形状を見ることによって判別される。研磨しただけでも見える場合があるが、適正な腐食を行うことによって識別がより容易になる。通常、鉄系形状記憶合金の場合、腐食液としては「2〜4%硝酸+メタノール」、または「硝酸+塩酸(合計2〜5%)+水」等の普通に使われる溶液が使用可能である。
【0013】マクロ組織として識別される因子の中でも重要な結晶の形態は、単に形だけの問題ではなく、次のような視点からの意味も持っている。一般に、溶融状態から凝固した固体の金属は小さな結晶粒によって構成されるが、その時生成する結晶は凝固時の条件によって「自由晶」と「柱状晶」という異なる二つに分類される。自由晶というのは結晶がほぼ球形に近い多角形状をなし(図2(a))、他方の柱状晶は結晶が特定の方向に長く伸びたもの(図2(b))を指している。前者の自由晶で構成される母材は、種々の特性がどの方向で見ても比較的等方的であるのに対して、後者の柱状晶を主体とする母材は、柱状に伸びた結晶の方向に対してどの方向で特性評価をするかによって異なる性能を示すという性質(異方性)を持つことが少なくない。すなわち、結晶の形の違いが母材の特性上に少なからぬ影響を与えるのである。
【0014】これら2種類の結晶の識別は、マクロ組織の観察によって容易に行うことができる。結晶は基本的には表面積を最小にしようとして球形に近い形状になろうとする傾向をもつため、自由晶になるのが自然のように思われる。しかし、実際の溶融状態から凝固が始まる過程では、特定方向への温度勾配や冷却の不均一等の影響で、自由晶と柱状晶が一定の割合で混在するのが普通である。柱状晶ができる原因の中には、結晶の成長は完全に等方的ではなく、特に成長速度の早い特定の優先方位(本発明が対象としている素材の場合、金属学で〈100〉方向と表示される方向)があり、その方向に長く伸びようとする結晶特有の特性が大きく寄与している。さらに凝固時にある位置で結晶の核が発生した時には、その周囲でも同時に多数の結晶核が発生するのが普通であるから、これらそれぞれの結晶核が成長する時に相互に干渉する結果、特定方向については互いの成長を抑制しあう結果になることも影響する。この特定の方向に成長しようという傾向と、同時に発生した仲間の結晶核どうしが互いに成長を牽制しあう傾向とが作用することによって、独特な形状の柱状晶が形成されるのである。
【0015】凝固した後の素材は一般には高温度の加熱をされたり、加熱状態で圧延などの加工を加えられたりして製品に仕上げられる。高温への加熱や加工の工程で結晶は変質し、自由晶と柱状晶のいずれもが、等方的な新しい結晶へ再編成される変化が進む。つまり柱状晶が製品に認められるのは、溶融状態から凝固した後に、高温長時間加熱や熱間加工などの工程を経ることなく製品となった場合がほとんどで、高温長時間加熱や熱間加工などを通った後に残留する柱状晶はさほど多くないのが一般的である。
【0016】このような金属学的知見を基にして図1の結果を詳細に調べたところ、内径収縮率の違いがそれぞれのマクロ組織と対応していることが明らかになった。まず各測定点を与える鉄系形状記憶合金製円筒について横断面部(円筒端面)でマクロ組織を現出させて柱状晶が占める面積率を測定した(実際上これらの測定は、円筒を溶体化熱処理した時点、すなわち拡径を行う前に行った)。その結果を拡径と600℃加熱を行った後の内径収縮率と対応させてみると、柱状晶率の高い円筒が全体に内径収縮率の高い部分に位置していることが判った。逆に、板材を丸めて溶接して得た円筒のように柱状晶率が0%のものは、内径収縮率が明らかに低いのである。
【0017】この傾向を明瞭に表したのが図3である。この図は、図1に示された結果の中から拡径率が一定範囲(7.35〜7.5%)にあるものだけを拾い出して、柱状晶率と内径収縮率との関係として示したものである。この図より、内径収縮率は柱状晶率が大きいほど高い値を示していることがわかる。そして実用上望ましい内径収縮率として2.5%以上というレベルの確保を想定すると、柱状晶率50%以上が必要であることが示される。なお好ましくは、他の条件による影響が悪い方向に作用したとしても、安定して高性能を確保できる70%以上の柱状晶率を持たせることが有効と判断される。
【0018】ところで、この調査に供した形状記憶合金円筒は、次のような方法で製作されている。インゴットを熱間圧延した板材を丸めて溶接し、さらに熱処理を施して得られた円筒を使用したものが、図に「板巻・溶接材」と記されたグループである。また、遠心鋳造法で直接円筒形状に凝固させ、熱間加工工程を経ることなく円筒形状を製作し、その内側表面を適当な厚み分切削加工して得られた円筒を熱処理したグループ(「遠心鋳造材」と標記)もある。前者は基本的に柱状晶率は0である。一方、後者の柱状晶率は、鋳造ままの状態で柱状晶がどの程度存在したか、そしてその後の熱処理によってどのように変化したかとともに、その円筒が鋳造全厚の内のどの部分から採取されたものかによっても変わってくる。これは、遠心鋳造材の結晶は、一般に最外層と内層部分には自由晶が現れ易く、中間部分に柱状晶が生成する傾向を持っているからである。具体的に自由晶と柱状晶とがどのように配分されるかは、遠心鋳造に使用される鋳型の内面性状や塗型材の種類、塗布厚みと均一さ、鋳型の予熱温度、溶鋼の注入温度、凝固過程での金属製鋳型の回転速度や回転の心ズレ、回転ムラの有無、鋳型の強制冷却などの鋳造条件の影響を受けて決ってくると考えられる。
【0019】なお、ここまでの検討過程において、遠心鋳造で作られた円筒の横断面上での柱状晶の中の下部構造についても調査した。前記の腐食を行うと柱状晶の中に、樹枝状に枝分かれして結晶が成長してきた痕跡を示す下部構造を確認することができる。その中で結晶の中央部を長さ方向に走っているのが、凝固の最も初期に形成された主幹(例を図2の(b)の拡大図中に[P]で示す。第1アームとも呼ばれる)である。この主幹の方向はほぼ柱状晶の長さ方向と一致するので、本発明では以下、主幹の方向を柱状晶の長さ方向と呼ぶことにする。遠心鋳造材で調べた柱状晶の長さ方向は、その結晶が存在している円周方向の位置から円筒の中心に向かう方向に対して、ほぼ±15度以内で一致していることが確認できた。
【0020】また、図3で得られた柱状晶率が高いほど形状回復性能が優れたものとなる理由については、次のように考えられる。形状記憶効果の発現が結晶方位と関係することは、この効果の発現メカニズムから考えて当然のことである。つまり形状記憶処理の後に結晶を特定の方向に変形する(〈110〉方向、正確には〈110〉方向から約4度だけずれているが、以下便宜上〈110〉方向と記述する)方が、他の方向に変形するより大きな形状回復が得られるという顕著な異方性が存在する。この形状記憶効果の発現に有利な結晶方向は、柱状晶の優先成長方向(〈100〉方向)と直交している。そのため柱状晶が継手円筒の肉厚方向に向かって揃って成長していると、拡径という円筒を円周方向に変形させる加工の際に、形状記憶効果発現のために有利な結晶方向に変形する状態が必然的に実現できることになる。このことが、柱状晶の多い円筒では平均値より高い形状記憶性能の得られる原因と考えられる。これに対して自由晶というのは結晶の方向がランダムのため平均的な性能しか現れないから、両者を比べると柱状晶の方が優れた性能を示すことになるものと考えられる。
【0021】遠心鋳造法は、上述のように金属製金型と高速回転させた状態で溶融した鉄素材を金型内部に注入して凝固させる鋳造方法である。この場合凝固は金型との接触面から内側に向かって進行するので、柱状晶もこの方向に成長する。鋳造条件が適正であれば、柱状晶の比率は高くなると同時にその方向も正しく円筒の中心に揃ってくる。したがって、遠心鋳造で製作される継手用円筒は、柱状晶率を高くするように製造すれば、優れた形状記憶性能を持たせることができるのである。
【0022】一方、遠心鋳造によらない鋳造方法に、例えば砂型鋳造やロストワックスなどがある。遠心鋳造法では溶鋼が金型と接触する外側のみから急速に冷却されるのに対して、砂型鋳造法やロストワックス法では、砂やワックスという熱伝導の低い型の中で、溶鋼は外面だけでなく内面も型と接触した状態で比較的ゆっくりと冷却される。このため凝固時の柱状晶の方向も、遠心鋳造の場合のように揃って肉厚の外側から内側に向かうきれいな形状にはなりにくい傾向がある。
【0023】柱状晶ではあってもその方向が望ましい方向からずれてしまうと、形状記憶性能を向上させる効果が期待できないのは上記のことから当然である。したがって、このような鋳造法による場合には、円筒の中心に向かって成長した柱状晶だけを問題にする必要がある。この場合、円筒の中心に向かう方向と±15度以内で長さ方向の一致する柱状晶に着目すれば、遠心鋳造の場合と同じように形状回復量との関係が成立していることが確認された。図4は円筒の横断面の一部分のマクロ組織を模式的に示したものである。図の中で太線で囲まれた個々の結晶の内、柱状晶についてはその方向(実際には主幹の成長方向)を示す矢印を付してある。この矢印の方向が、各結晶の位置する点から円筒の中心に向かう方向に対して何度傾いているかを測定し、±15度以内で一致している部分には斜線を入れて示した。この斜線部分の柱状晶の面積が、横断面内の平均でどの程度の比率かが、この場合に意味を持つ指標となる。
【0024】なお、柱状晶の方向というのは円筒の横断面内でマクロ組織を観察した場合の方向を問題にしており、縦断面については特に制約を設ける必要はない。横断面で15度以上傾いた柱状晶は、その長さ方向に対して直角の方向に集積している形状記憶効果発現に有利な方向も、円周方向から反れてしまうことになる。これに対して縦断面で傾いている柱状晶の方は、その直角方向が円周方向からずれる訳ではないので、特に問題にする必要はないのである。
【0025】砂型鋳造材とロストワックス鋳造材を含めて、溶体化熱処理の後に第1拡径(7.5%)→600℃加熱→第2拡径(5%)→300℃加熱というトレーニング処理を含む工程を通してパイプ継手としての性能評価を行った。第1拡径後と第2拡径後のいずれの時点でも円筒は加熱によって内径収縮を起こすから、どちらの段階の円筒もパイプ用継手として使用することができる。しかし、ここでは内径収縮率を少しでも高くする狙いで、第1拡径の後にすぐ600℃加熱をして一旦形状回復を起こさせている。この処理を経ることによって、第2拡径後の形状記憶効果を高めることができるというのがトレーニング処理の原理である。
【0026】すなわち、このケースでは600℃加熱に続く第2拡径までを行った状態でパイプ用継手として使用することを想定しているが、ここでは円筒がこの状態でどの程度の内径収縮率を持っているかを確認するために、パイプの締結はせずに、円筒を単独に加熱して内径収縮率を測定している。このようにして調べた、最後の300℃加熱での内径収縮率と、円筒横断面内の「円筒の中心に向かう方向に対して長さ方向が±15度以内で一致している柱状晶の面積率」との関係を示したのが図5R>5である。±15度以内の柱状晶の面積率は図4に示した方法で判定しているが、この因子を採用することによって、図3の場合よりも広い範囲に渡り、柱状晶率と形状記憶効果との関係が確認された。形状記憶性能の優れた鉄系形状記憶合金継手を得るためには、このような方向を持つ柱状晶率が50%以上、好ましくは70%以上を占めていることが有効であることが示されている。
【0027】本発明はこのような検討の結果に基づいてなされたものである。また本発明は、例えば5%以下のC,20〜40%のMn,3.5〜8%Si,必要に応じて20%以下のCrまたは/及び10%以下のNiを含み主体的残部がFeであるような鉄系形状記憶合金素材に対して最も有効に適応できる。
【0028】
【実施例】(実施例1)耐食性を考慮して少量のCrを添加したFe−Mn−Si系形状記憶合金(0.02%C−5.92%Si−27.8%Mn−5.07%Cr)を遠心鋳造法で外径123mmφ、内径95mmφ、長さ2650mmの円筒形状とし、これを長さ80mmずつに分割した後で1150℃の焼鈍を施した。この短円筒の中から鋳込み時のノズル側に最も近い部位と逆に最も遠い部位に位置する二つの短円筒(前者を円筒A、後者を円筒Bとする)を選び、内外面を機械加工して外径117.8mmφ、肉厚7.5mmに仕上げた。この状態で円筒の両側の端面を3%ナイタール液(硝酸3%+メタノールの混合液)で腐食してマクロ組織を現出させた。
【0029】その結果、柱状晶率は、円筒Aでは、両端面でそれぞれ90%と93%で平均92%、円筒Bでは、両端面でそれぞれ43%と37%で平均40%であった。ついで、各々の円筒をコレット式金型を用いて室温で内径を7.45%拡径し、次に300℃に加熱して形状回復を起こさせたところ、柱状晶率が92%と高い円筒Aでは内径収縮率が3.4%得られたのに対して、柱状晶率の低い円筒Bでは内径収縮率は2.7%に留まった。
【0030】これらの形状記憶合金製短円筒は、上記の300℃に加熱する前にパイプに差し込んでおけば、加熱による内径の収縮によってパイプを締結するパイプ継手として機能する。その場合にパイプをどの程度強く締結できるかは、加熱時の継手の収縮能力によって変化するものであるが、その重要な収縮率が柱状晶率によって支配されていることが確認できた。また、柱状晶率が高いことが収縮率を高めることも確認できた。
【0031】(実施例2)Fe−Mn−Si系形状記憶合金(0.02%C−6.05%Si−32.1%Mn)をロストワックス法で外径64.7mmφ、内径56.0mmφ、長さ75mmの円筒形状に製作した。これを1150℃で熱処理した後、まずマンドレルを使って7.6%の第1拡径を行ってから600℃に加熱した時の形状回復率を調べたところ、内径収縮率で3.2%が得られた。次に、これに対して同じくマンドレル拡径法で5.2%の第2拡径を行った。この状態で実施例1と同じ方法でマクロ組織を現出させ、円筒両端面の柱状晶の内その長さ方向が円筒の中心に向う方向に対して±15度以内のものを対象とする柱状晶率を調べたところ、平均で60%であった。得られた円筒がパイプ用継手としてどの程度の内径収縮能力があるかを確認するため、パイプには差し込まない状態で300℃に加熱したところ、3.8%の高い内径収縮率が得られ、継手として充分な性能を具備していることが認められた。
【0032】(実施例3)Fe−Mn−Si系形状記憶合金(0.01%C−6.41%Si−27.8%Mn−4.93%Cr)を遠心鋳造法で外径271.0mmφ、内径217.0mmφの円筒を製作し、これを長さ140mmに切断し、さらに外径241.6mmφ、内径235.6mmφに機械加工したものを、液圧拡径法によって7.4%の第1拡径を実施し600℃に加熱、次に同じく液圧拡径法で5.2%の第2拡径を施した。得られた円筒の両端面のマクロ組織を現出し、柱状晶率を調べた。それぞれの端面では87%と92%で平均90%という高い柱状晶率であった。これをパイプに差し込まずに300℃に加熱して内径収縮率を調べた結果、3.5%という高い収縮率を持つことが確認された。
【0033】(比較例1)Fe−Mn−Si系形状記憶合金(0.01%C−6.35%Si−27.9%Mn−5.07%Cr)の8mm厚の熱延板を室温で外径241.6mmφの円筒状に曲げ成形し、TIG溶接によって長さ140mmの形状記憶合金製円筒を製作した。この円筒を実施例3と同様の方法で、第1拡径(7.5%)、600℃加熱、第2拡径(5.2%)を行い、得られた円筒両端面のマクロ組織を現出した。しかし、素材が熱延厚板であるため、鋳造時に生じたはずの柱状晶は全く残存しておらず、柱状晶率は0%であった。この第2拡径後の円筒は、250Aサイズのパイプ用継手として使用できるものであるが、パイプに差し込まずに300℃に加熱して内径収縮率を調べたところ2.7%の収縮率が得られたに過ぎなかった。
【0034】
【発明の効果】鉄系形状記憶合金をパイプ用継手として安定して使用できるためには、加熱による内径収縮能力が大きいことが要求されるが、本発明に係る鉄系形状記憶合金製パイプ用継手は、マクロ組織の中で柱状晶率に一定の制限を設けることにより、実用的に有利な高性能のパイプ用継手を安定して供給し得るようにしたものであり、その工業上の意義は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】各種サイズの鉄系形状記憶合金製円筒の遠心鋳造材及び板巻・溶接材における内径拡径率と内径収縮率の関係を示す図。
【図2】鉄系形状記憶合金製円筒の横断面マクロ組織における結晶の形態を示す模式図で、(a)は自由晶、(b)は柱状晶を示している。
【図3】図1において拡径率が一定範囲のものを取り出して、それらの柱状晶の面積率と内径収縮率の関係を示す図。
【図4】鉄系形状記憶合金製円筒の横断面マクロ組織の一部を模式的に示す図で、特に、柱状晶の円筒中心に向かう方向とのなす角度に着目したものである。
【図5】トレーニング処理を施した各種鋳造円筒材の内径収縮率と柱状晶(その長さ方向が円筒中心に向かう方向に対し±15度以内で一致している)の面積率との関係を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 遠心鋳造法により製作された鉄系形状記憶合金製パイプ用継手であって、横断面内のマクロ組織の中で、柱状晶が50%以上の面積を占めていることを特徴とする鉄系形状記憶合金製パイプ用継手。
【請求項2】 横断面内のマクロ組織の中で、柱状晶の長さ方向は、円筒の中心に向かう方向に対して、±15度以内で一致している柱状晶が50%以上の面積を占めていることを特徴とする鉄系形状記憶合金製パイプ用継手。
【請求項3】 拡径と加熱が繰り返し施されていることを特徴とする請求項1又は2項記載の鉄系形状記憶合金製パイプ用継手。
【請求項4】 横断面内のマクロ組織の中で、柱状晶が70%以上の面積を占めていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項項記載の鉄系形状記憶合金製パイプ用継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2001−82642(P2001−82642A)
【公開日】平成13年3月30日(2001.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−262620
【出願日】平成11年9月16日(1999.9.16)
【出願人】(599131354)
【出願人】(591061817)淡路産業株式会社 (2)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】