説明

鉄(II)ニトリロ三酢酸溶液を用いる鉄(II)型スメクタイトの調製方法

【課題】
グローブボックス等の大型装置を使用することなく、鉄(II)型スメクタイト試料を大気中で簡易に調製する。また、得られた鉄(II)型スメクタイトにより、有毒な6価クロムで汚染された用水池あるいは土壌においてクロムを3価に還元し、原位置での固定化および無毒化を長期にわたって可能とする。
【解決手段】
L-アスコルビン酸を添加した鉄(II)ニトリロ三酢酸溶液中に、スメクタイトを懸濁させ、鉄(II)ニトリロ三酢酸の鉄(II)イオンとスメクタイトの交換性陽イオンとの間に陽イオン交換反応が生じさせて、鉄(II)型スメクタイトを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスコルビン酸を添加した鉄(II)ニトリロ三酢酸 [Fe(II)-NTA(nitrilotriacetic acid)]溶液中に、スメクタイトを懸濁させることにより、鉄(II)型スメクタイトを調製する方法である。本発明で調製された鉄(II)型スメクタイトは、6価クロムを無害な3価にすみやかに還元するための還元剤として使用される。その結果、本発明は、環境浄化技術、環境保全技術、およびスメクタイトの陽イオン交換体にも関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、スメクタイトの交換性陽イオンの置換は、塩化鉄(II)溶液など高濃度の塩溶液中にスメクタイトを懸濁させ、一定時間接触させることによって行われる。しかし、鉄(II)型スメクタイトの調製では、塩化鉄(II)溶液中の鉄(II)イオンが容易に酸化され、溶解度の低い3価の鉄となって、析出が起こる。この対策として、酸化および析出反応を抑制するため、溶液のpHを下げることが考えられるが、その場合、低pH条件下でスメクタイトが溶解、変質する恐れがある。従って、現在まで、鉄(II)型スメクタイトの調製は、例えばアルゴンガス置換したグローブボックス中のような無酸素条件下のもとで、鉄(II)イオンの酸化反応を抑制しながら低濃度溶液を用いて実施する必要があった。しかし、この方法は、グローブボックスを使用する上での量的および時間的制約があり、まとまった量の試料の調製には相応しくなかった。
【0003】
一方、廃液や土壌中の6価クロムを3価に還元し、無毒化する方法としては、鉄粉または2価鉄を含有する鉄酸化物などの還元剤を投入する方法などが現在まで提案されてきたが、クロムの還元反応が鉄または鉄酸化物の溶解速度に依存すること、還元剤が大気中で酸化されてその効能が長く続かないなどの問題がある。なお、関連する特許文献には下記のものがある。
【特許文献1】特開2003-300047号公報(特願2002-106049号)
【特許文献2】特開2005-23309号公報(特願2004-173631号)
【特許文献3】特開2004-141812号公報(特願2002-311957号)
【特許文献4】特開2002-200478号公報(特願2001-302409号)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
グローブボックス等の大型装置を使用することなく、鉄(II)型スメクタイト試料を大気中で簡易に調製する。これにより、調製の手間、コストの低減を図り、短時間に多量の試料の調製を可能とする。また、有毒な6価クロムで汚染された用水池あるいは土壌においてクロムを3価に還元し、原位置での固定化および無毒化を長期にわたって可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
鉄(II)型スメクタイトの調製は、まずL-アスコルビン酸を添加した鉄(II)ニトリロ三酢酸溶液中に、スメクタイトを懸濁させることにより行う。これにより、鉄(II)ニトリロ三酢酸の鉄(II)イオンとスメクタイトの交換性陽イオンとの間に陽イオン交換反応が生じ、スメクタイトに鉄(II)イオンが吸着する。脱ガスしたイオン交換水により固相を洗浄した後、固相を乾燥させ、鉄(II)型スメクタイトを得る。
【0006】
得られた鉄(II)型スメクタイトを6価クロムで汚染された用水池あるいは土壌に加えることにより、クロムを速やかに3価に還元させる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、グローブボックスなど大型装置を用いずに、大気下で簡易に鉄(II)型スメクタイトを調製することができる。また、鉄(II)イオンにより6価クロムが3価に速やかに還元される。6価クロムのような酸化剤がない場合、スメクタイトの鉄(II)イオンは安定(2価のまま)であり、その能力は長期にわたって維持される。
【実施例】
【0008】
(実施例1)(鉄(II)型スメクタイトの調製)
まず、鉄(II)ニトリロ三酢酸を用いた鉄(II)型スメクタイトの調製を説明する。ニトリロ三酢酸の鉄(II)錯体[Fe(II)-NTA(nitrilotriacetic acid)]溶液は、鉄酸化物(Fe3O4あるいはFeOOH)を、L-アスコルビン酸を10mMとなるように加えた20mMのニトリロ三酢酸ナトリウム溶液に固液比1:100(ml/g)で入れ、70℃、アルゴンガスバブリング下で15時間溶解させて得た。溶け残った鉄酸化物は0.2μmのフィルターで濾過し除去した。この様にして得たニトリロ三酢酸の鉄(II)錯体溶液に、スメクタイト(モンモリロン石群鉱物)の一種であるモンモリロナイトを固液比1:100(ml/g)で入れ、アルゴンガスバブリング下で懸濁させた。24時間後、懸濁液を遠心分離によって固液分離した。あらかじめアルゴンガスバブリングにより脱ガスしたイオン交換水を固相に加えて再び懸濁した後、再度固液分離した。この操作を5〜10回繰り返した後、固相を真空乾燥し、鉄(II)型スメクタイトの一種である鉄(II)型モンモリロナイトを得た。
【0009】
調製した鉄(II)型モンモリロナイト試料に対して鉄の抽出実験を行った。抽出実験は、100mgの鉄(II)型モンモリロナイト試料を100mlの0.1M硫酸溶液に入れ、24時間以上攪拌・懸濁させた後に遠心分離を行い、上澄み溶液中の全鉄量および鉄の2価/3価比をフェナントロリン吸光光度法によって決定した。これにより、抽出した鉄のほとんどが2価の状態であること、また全鉄量は2価鉄とみなすと110 meq/100g-clayに相当し、これはモンモリロナイトの陽イオン交換容量にほぼ等しいことがわかった。
【0010】
図1に、鉄(II)型モンモリロナイト中の鉄(II)の酸化挙動を示す。ここで□は大気下、室温で純水に懸濁させた状態であり、○はアルゴンガスバブリング、室温で純水に懸濁させた状態であり、▼は大気下、室温での乾燥状態である。これによると、鉄(II)型モンモリロナイト中の鉄(II)イオンは10日を経過しても、10%程度しか酸化されないことがわかる。また、脱気した水中あるいは乾燥状態では40日経過後でも初期量の70%程度の鉄(II)イオンが残留し、鉄(II)型モンモリロナイト中の鉄(II)イオンはかなり安定で酸化速度が遅いことをしめしている。土壌中では酸素が少ないため、鉄(II)イオンは長期間2価の状態を維持することが予測される。
【0011】
X線回折では、調製した鉄(II)型モンモリロナイト試料の相対湿度40%以下における底面間隔は、文献値(1.47nm)と一致した。なお、鉄鉱物の回折ピークは認められなかった。また、調製した鉄(II)型モンモリロナイト試料に対する、FT-IR(錠剤法)による赤外吸光分光分析の結果、試料調製前後では赤外吸収スペクトルに顕著な差は認められず、このことによりモンモリロナイトのシート構造に変化がなかったことがわかった。従って、以上の結果を総合すると、本手法によって、モンモリロナイトの陽イオン交換サイトはすべて鉄(II)イオンによって置換され、シート構造に変化のない鉄(II)型モンモリロナイトが調製出来たと結論づけられた。
(実施例2)(鉄(II)型モンモリロナイトによる6価クロムの還元性)
次に、鉄(II)型モンモリロナイトによる6価クロムの還元を、6価クロムが鉄(II)イオンに比べて過剰に存在する、6価クロム濃度0.5mM、固液比1 mg/mlの条件で行った。図2に、鉄(II)型モンモリロナイト試料による6価クロムの還元実験の結果を示す。この図は、鉄(II)型モンモリロナイト試料を加えることで非常に速やかに6価クロムが減少することを示す。このとき、鉄(II)型モンモリロナイト試料中のほぼすべての鉄(II)イオンが6価クロムの還元に消費された。
【0012】
これに対して、図1に示したように6価クロムなど酸化剤を含まない水中では鉄(II)型モンモリロナイト中の鉄(II)イオンは安定であり、40日経過後でも初期量の70%程度の2価鉄が残留して、還元能を有していることがわかった。以上のことから、鉄(II)型モンモリロナイトは、水溶液中において6価のクロムを迅速に還元でき、またその能力は長期にわたって維持されると判断できる。
【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明は、6価クロムのみならず他の酸化還元雰囲気に敏感な有害物質(例えばウラン)の固定化・無毒化にも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】鉄(II)型モンモリロナイト中の鉄(II)イオンの酸化挙動を示す図である。
【0015】
□メクタイト大気下、室温、懸濁状態、○:アルゴンガスバブリング、室温、懸濁状態、▼:大気下、室温、乾燥状態での全鉄量に対する鉄(II)の存在比の経時変化を示している。大気下、室温、懸濁状態下の条件では、鉄(II)型モンモリロナイト中の鉄(II)イオンは10日を経過しても、10%程度しか酸化されないこと、また40日経過後でも初期量の半分以上の鉄(II)イオンが残留して、還元能を有していることがわかる。
【図2】鉄(II)型モンモリロナイト試料による6価クロムの還元反応を示す図である。
【0016】
0.1gの鉄(II)型モンモリロナイト試料を、6価クロム0.5mMを含有する溶液100mlに添加した際の、初期濃度に対する6価クロム濃度の比の経時変化を示している。鉄(II)型モンモリロナイトとの反応により、6価クロムの存在比が最初の5分で20%程度まで、50分で10%程度まで急激に減少することを示している。最終的に約10%の6価クロムが溶液中に残ったが、これは、鉄(II)型モンモリロナイト試料の全ての鉄(II)イオンが消費され、もともと鉄に対して過剰に存在していた6価クロムが残ったからである。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスコルビン酸を添加した鉄(II)ニトリロ三酢酸溶液中にスメクタイトを懸濁させ、鉄(II)ニトリロ三酢酸の鉄(II)イオンとスメクタイトの交換性陽イオンとの間の陽イオン交換反応により鉄(II)型スメクタイトを調製する方法。
【請求項2】
前記鉄(II)型スメクタイトが6価クロムの還元に使用される、請求項1記載の方法。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−273747(P2008−273747A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−196729(P2006−196729)
【出願日】平成18年7月19日(2006.7.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本原子力学会発行 「2006年春の年会」 2006年3月24〜26日
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】