説明

鉛蓄電池

【課題】フロート充電により充電される鉛蓄電池の寿命性能を向上する。
【解決手段】本発明の鉛蓄電池は、正極板と、負極活物質を負極格子体に保持した負極板と、を備える。本発明は、負極活物質にリノール酸が含まれることを特徴とし、これにより、フロート使用の鉛蓄電池の寿命性能を向上することができる。本発明において、リノール酸の好適な量は、充電状態の負極活物質の質量に対して、44ppm以上7900ppm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、比較的低価格で安定した性能を有することから、自動車のエンジン始動時の電力供給用の用途や、病院やビルの停電時の非常時用電源としての用途など、幅広い用途に用いられている(例えば特許文献1を参照)。
これらの用途のうち、非常用電源として用いられる鉛蓄電池は、多数のセルが直列接続された組電池として用いられ、通常、一定の電圧が印加されたフロート充電により充電されて、停電時の電力供給に備えられることが一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−17473号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
フロート充電とは、上記した用途の鉛蓄電池に対して、正・負極板の自己放電を補い電池を常に充電状態に保つ充電方法である。これは、非常用電源には、長期間にわたって高い信頼性が求められるからである。フロート充電により充電される電池は長寿命であるのが一般的であるが、このようなフロート充電により使用される鉛蓄電池においても、より長期に亘る使用が望まれており、更なる長寿命化が求められている。
本発明は上記のような事情に基づいて完成されたものであって、フロート充電という一定の電圧が長期間にわたって印加される用途に使用される鉛蓄電池の寿命性能を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
フロート充電により充電される鉛蓄電池を寿命に至らせる原因のひとつとして正極格子の腐食があげられる。正極格子の腐食は、フロート充電の際に正極格子である金属鉛または鉛合金が腐食する電位に曝されることに起因するため、フロート充電中の正極電位を卑な方向に移行させることにより、正極格子の腐食量を抑えることができ、更なる長寿命化が図れると考えられる。
フロート充電中の充電電圧は充電器によって定められた一定電圧が正・負極間に電位差となって現れる。そこで、正極電位を卑な方向へ移行させる手段として、負極板の過電圧を大きくして、負極電位を卑な方向へ移行する方法について検討した。
【0006】
検討の結果、以下の知見が得られた。
(1)リノール酸を含む負極活物質を負極格子体に保持した負極板を備える電池では、理由の詳細は不明ではあるが、リノール酸を含まない負極活物質を負極格子体に保持した負極板を備える電池(「リノール酸無添加の電池」という)と比べて負極電位を卑にさせる効果がある。
(2)リノール酸を含む負極活物質を負極格子体に保持した負極板を備える電池と、リノール酸無添加の電池とを、フロート寿命試験(詳細は実施例を参照)に供したところ、前者の電池のほうが、後者の電池よりも寿命性能が向上した。
本発明はかかる新規な知見に基づくものである。
上述したように、リノール酸を負極活物質中に存在させることで負極電位が卑になるメカニズムは明らかではないが、以下のように考えられる。フロート充電下では一定の電位が負極活物質に印加されているため、水の分解反応が進行しようとするが、リノール酸が負極活物質中に存在することで水の分解反応のための反応抵抗が上昇して負極の過電圧が上昇して負極電位を卑な方向に移行させる。その結果、正極電位も卑な方向に移行して正極格子の腐食が抑制されたということが考えられる。なお、上記記載は上記以外のメカニズムが存在することを否定するものではない。
【0007】
上記課題を解決するものとして、本発明は、正極板と、負極活物質を負極格子体に保持した負極板と、を備えた鉛蓄電池であって、前記負極活物質にはリノール酸が含まれるところに特徴を有する。
【0008】
本発明の鉛蓄電池はリノール酸が含まれる負極活物質を負極格子体に保持してなる負極を備えるので、負極電位を顕著に卑にさせることができ、フロート充電により充電される電池の寿命性能が向上する。
【0009】
本発明においては、負極板には、リノール酸が充電状態の負極活物質の質量に対して44ppm以上7900ppm以下の割合で含まれると、顕著にフロート充電により充電される電池の寿命性能が向上するので好ましい。ここで、充電状態とは定格容量をCで表したとき、0.1CAの電流で終止電圧が1.8Vまで放電させ、その後0.1CAの電流で少なくとも放電容量の135%まで充電した状態をいう。ここで、0.1CAの電流で少なくとも放電容量の135%まで充電するようにしたのは、フロート充電で使用される鉛蓄電池では135%を超えて充電しても充電状態にほとんど変化は見られないからである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、フロート充電により充電される鉛蓄電池の寿命性能を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の鉛蓄電池(以下、「電池」ともいう)は、正極板と負極板とセパレータとからなる極板群が電槽内に配されている電池である。本発明において、正極板、セパレータとしては、公知の方法で作製したものを使用することができる。
【0012】
本発明において、負極板は、負極活物質材料を混合してペースト状とした負極活物質ペーストを負極格子体に充填することにより作製される。本発明で用いる負極格子体としては、Pb−Ca−Sn系の合金製格子、Pb−Sn系の合金製格子、Pb−Sb系の合金製格子およびPb−Sb−As系の合金製格子などが挙げられる。本発明では、負極活物質材料として、少なくとも酸化鉛を主成分とする鉛粉と、水と、硫酸と、リノール酸を含むオイルとを用いる。
【0013】
負極活物質材料として用いる鉛粉としては、特に限定はないが、例えば、ボールミル法、バートン法などにより製造したものを用いることができる。
硫酸としては、鉛蓄電池を作製する際に一般的に用いられるものを使用することができる。
【0014】
さて、本発明は、負極活物質にリノール酸が含まれることを特徴とし、負極活物質材料としてリノール酸またはリノール酸を含むオイルが用いられる。リノール酸を含むオイルとしては、例えば、菜種油、ひまわり油、ごま油、トウモロコシ油、オリーブ油、ベニバナ油、大豆油、米油、ぶどう油、および綿実油などの植物油が挙げられるが、ここでは、リノール酸の試薬などもオイルに含むものとする。リノール酸の試薬は純度が高いが高価であるため、原料コストの低減という点を考慮すると、リノール酸を含む植物油を用いるのが好ましい。これらのオイルは単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。
リノール酸を含むオイルを使用する場合には、同じ植物由来の油でも製法や製品によって、リノール酸の含有量が異なるため、オイルに含まれるリノール酸の量を測定して必要量を混合すればよい。
なお、負極活物質材料には、上記の鉛粉、水、硫酸、オイル以外にリグニン、バリウム化合物、およびカーボンなどを添加してもよい。
【0015】
本発明では、負極活物質材料としてリノール酸あるいはリノール酸を含むオイルを使用することにより、フロート充電により充電する電池(フロート使用の電池ともいう)の寿命性能を向上させることができる。
リノール酸あるいはリノール酸を含むオイルは、充電状態の負極活物質の質量に対してリノール酸の含有量が44ppm以上7900ppm以下の範囲となるように用いると、フロート使用の電池の寿命性能を顕著に向上させることができるので好ましい。以下の説明において、「フロート使用の電池の寿命性能」を「フロート寿命性能」ともいう。
なお、本発明の鉛蓄電池では、電槽化成の前後においてリノール酸の量は変化しないが、電槽化成前の負極活物質材料としての鉛粉の主成分が酸化鉛であったのに対し、電槽化成後には、それが鉛に変化するため、充電状態の負極活物質の質量に対するリノール酸の量の割合は電槽化成前と比較して増加する。
【0016】
充電状態の負極活物質中のリノール酸の量が上記の範囲外となるようにオイルを混合した場合には、フロート寿命性能向上効果が充分でない場合がある。この理由の詳細は不明であるが、以下のように考えられる。充電状態の負極活物質の質量に対するリノール酸の量が44ppm未満である場合には、負極電位を卑に移行させる効果が小さいことに起因して、フロート寿命性能の向上効果が充分に発現しないと考えられる。充電状態の負極活物質の質量に対するリノール酸の量が7900ppmを超える場合には、負極電位を卑に移行させる効果は高いが、負極電位を卑に移行させすぎることにより正極の充電が充分になされなくなったことに起因してフロート寿命性能の向上効果が充分に発現しないと考えられる。
【0017】
次に、本発明の鉛蓄電池の製造方法について簡単に説明する。ここでは、本発明を制御弁式鉛蓄電池に適用した場合の製造方法について説明する。負極活物質を負極格子体に保持させた未化成負極板の製造方法は以下の通りである。
まず、鉛粉と水と硫酸とリノール酸を含むオイルとを混合して、負極活物質ペーストを作製する。負極活物質ペーストを作製する際には、必要に応じて、上述したリグニンやバリウム化合物およびカーボンなどを添加する。このようにして作製した負極活物質ペーストを鉛合金格子に充填した後、熟成乾燥して未化成の負極板を作製する。
【0018】
次に、上述の方法により作製した負極板と常法により作製した正極板とをセパレータを介して交互に組み合わせて極板群を作製し、同極性の極板同士を溶接した後、電槽内に挿入する。このように極板群を電槽に挿入した後、蓋を取り付け、端子溶接して組立てを完了してから、希硫酸を注液し、電槽化成することで、本発明の鉛蓄電池が得られる。
【0019】
<実施例>
以下、本発明を具体的に適用した実施例について説明する。
1.鉛蓄電池の作製
(1−1)実施例1〜5の鉛蓄電池用の負極板の作製
鉛粉、所定量の水、および25℃における比重が1.4の希硫酸に、リノール酸の量が所定量となるようにごま油を混合して負極活物質ペーストを作製し、この負極活物質ペーストをPb−Ca−Sn系の合金製格子に充填した後、熟成乾燥して未化成の負極板を作製した。
【0020】
ここで、ごま油を、鉛粉の質量に対して、リノール酸の含有量が28ppmとなるように混合し、得られた負極板を実施例1の電池用の負極板とした。
【0021】
ごま油を、鉛粉の質量に対して、リノール酸の含有量が41ppmとなるように混合したこと以外は実施例1と同様にして、実施例2の電池用の負極板を作製した。
【0022】
ごま油を、鉛粉の質量に対して、リノール酸の含有量が210ppmとなるように混合したこと以外は実施例1と同様にして、実施例3の電池用の負極板を作製した。
【0023】
ごま油を、鉛粉の質量に対して、リノール酸の含有量が7426ppmとなるように混合したこと以外は実施例1と同様にして、実施例4の電池用の負極板を作製した。
【0024】
ごま油を、鉛粉の質量に対して、リノール酸の含有量が12024ppmとなるように混合したこと以外は実施例1と同様にして、実施例5の電池用の負極板を作製した。
【0025】
(1−2)比較例1〜4の鉛蓄電池用の負極板の作製
ごま油に代えて、メカニックオイル(村松石油研究所製、商品名「ネオバックMR−100」、品番09043429)を、鉛粉の質量に対して10143ppm混合したこと以外は実施例1と同様にして、比較例1の電池用の負極板を作製した。
【0026】
ごま油を使用しなかったこと以外は実施例1と同様にして、比較例2の電池用の負極板を作製した。
【0027】
ごま油に代えて、潤滑油(コスモ石油ルブリカンツ製、商品名「コスモオルパスS」、品番24LS48D02)を負極活物質材料の全質量に対して8104ppm混合したこと以外は実施例1と同様にして、比較例3の電池用の負極板を作製した。
【0028】
ごま油に代えて、切削油(コスモ石油ルブリカンツ製、商品名「コスモクリーンカット」)を負極活物質材料の全質量に対して7322ppm混合したこと以外は実施例1と同様にして、比較例4の電池用の負極板を作製した。
【0029】
(2)実施例1〜5の電池、および比較例1〜4の電池の作製
(1−1)および(1−2)で作製した未化成の負極板6枚と、常法により作製した正極板5枚とをセパレータを介して交互に組み合わせて極板群を作製し、この極板群を電槽に挿入した後、希硫酸を注液した。次いで、この電池を、負極活物質理論容量の300%に相当する電気量を通電することで化成を行い、化成後の電解液比重が1.270(20℃)になるように調整して、2V50Ah(10hr)の制御弁式鉛蓄電池を作製した。
実施例1〜5の電池および比較例1〜4の電池は3個ずつ作製し、1個は負極活物質中のリノール酸(またはオイル)の含有量の定量試験に供し、残り1個は後述する電池性能評価試験に供した。
【0030】
(3)充電状態の負極活物質に含まれるリノール酸の定量試験
実施例1〜5の電池について、以下の方法により負極活物質中のリノール酸の定量を行った。
(2)で作製した電池を、0.1CAの電流で終止電圧が1.8Vまで放電させ、その後0.1CAの電流で少なくとも放電容量の135%まで充電した。充電状態の電池から取り出した負極板を中性になるまで水洗した後、負極板を150℃の温度下で2時間真空乾燥させ、負極活物質を取り出した。取り出した負極活物質を粉砕し、所定量の負極活物質を所定量のn−ヘキサンに投入し十分に撹拌して混合した後、静置した。静置した後の上澄み液を試料としてガスクロマトグラフ−質量分析計(株式会社島津製作所製、型式GC−17A、QP5000)により、リノール酸の量を定量した。
充電状態の負極活物質の質量に対するリノール酸の量を表1に記載した。各実施例の電池において、化成後には、充電状態の負極活物質の質量に対するリノール酸の量が化成前と比較して約6%増加した。
なお比較例1〜4の電池についても上記リノール酸の定量方法と同様にして、オイルの量を定量し、充電状態の負極活物質の質量に対する含まれるオイルの量を表1に記載した。
【0031】
2.電池性能評価試験
上記の方法により作製した実施例1〜5の電池および比較例1〜4の電池について、以下の手順で電池性能試験を行った。
【0032】
(1)負極電位測定
各電池に、25℃の温度条件で、フロート充電時の電流に相当する250mAの電流を通電し、6時間後の各電池の負極電位(mV vsSCE)(SCE、飽和カロメル電極)を測定し表1に示した。
この負極電位の測定値が小さいほど、負極電位は卑に移行したということを意味する。
【0033】
(2)25℃フロート充電試験(フロート寿命性能試験)
実施例1〜5の電池および比較例1〜4の電池を、それぞれ、25℃の温度条件下、2.23V/セル(最大電流値5A)の一定充電電圧条件でフロート充電を行い、1ヶ月ごとに放電容量試験を行った。
【0034】
放電容量試験としては、JIS C 8704−2に準拠して、放電電流5.0A、放電終止電圧1.8V/セルとした放電容量試験を行い、放電終止電圧に達するまでの時間が8時間以上の場合には5Aの定電流で10時間の充電を行った後フロート充電に切り替えて、1ヶ月後に同様の放電容量試験に供した。
【0035】
上記した放電容量試験で、試験開始から寿命に至ったときまでの期間をフロート寿命期間(年)とし、表1に示した。このフロート寿命期間が長いほど、フロート寿命性能が高い。
【0036】
【表1】

【0037】
3.結果と考察
表1に示す結果から、負極活物質材料としてリノール酸を含むオイル(ごま油)を用いて作製した負極板を備える実施例1〜5の電池では、負極活物質材料としてリノール酸を含むオイルを用いない電池(比較例1〜4)よりも、負極電位が卑の方向に移行し、かつ、フロート寿命性能が優れていた。特に、リノール酸の量を充電状態の負極活物質の質量に対して44ppm以上7900ppm以下となるようにごま油を混合した電池(実施例2〜4)では、顕著にフロート寿命性能が向上した。
詳細は記載しないが、ごま油以外のリノール酸を含むオイルを用いて本実施例と同様に作製した電池についても、同様の結果が得られた。
【0038】
実施例1〜5の本発明の電池では、負極電位を卑に移行させることで正極電位が卑に移行し、これにより、正極格子の腐食量を抑えることができ、電池のフロート寿命性能を向上させることができたのではないかと考えられる。
実施例2〜4の電池においてフロート寿命性能を顕著に向上できたのは以下の理由によると考えられる。
実施例1の電池においては、負極電位を卑に移行させる効果が小さかったため、実施例2〜4と比較してフロート寿命性能向上効果が小さかったのではないかと考えられる。
実施例5の電池においては、実施例2〜4の電池よりも負極電位を卑に移行する効果が大きいにもかかわらずフロート寿命性能を向上する効果が低かった。これは、実施例5では、負極電位を卑に移行させすぎることにより、正極電位も同時に卑に移行させすぎて、正極の充電が充分になされなくなったことに起因してフロート寿命性能向上効果が充分に発現しなかったのではないかと考えられる。
以上より、実施例2〜4の電池で、フロート寿命性能を顕著に向上できたのは、負極電位を適度に卑に移行させることができたからではないかと考えられる。
【0039】
<他の実施形態>
本発明は上記記述及び図面によって説明した実施形態に限定されるものではなく、例えば次のような実施形態も本発明の技術的範囲に含まれる。
(1)上記実施例では、本発明を制御弁式鉛蓄電池に適用した例を示したが、本発明は液式の鉛蓄電池に適用することも可能である。
【0040】
(2)上記実施例では、リノール酸を含むオイルの一例としてごま油を用いた例を示したが、ごま油以外に、菜種油、ひまわり油、トウモロコシ油、オリーブ油、ベニバナ油、大豆油、米油、ぶどう油、および綿実油などの植物油やリノール酸の試薬などを使用してもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極板と、負極活物質を負極格子体に保持した負極板と、を備えた鉛蓄電池であって、
前記負極活物質にはリノール酸が含まれることを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項2】
前記リノール酸は充電状態の負極活物質の質量に対して44ppm以上7900ppm以下の割合で含まれることを特徴とする請求項1に記載の鉛蓄電池。

【公開番号】特開2011−100609(P2011−100609A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−254224(P2009−254224)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】