説明

鉛電解精製設備の操業方法

【課題】停電中でも、電解液の温度を維持でき、電着鉛の品質低下を防止できる鉛電解精製設備の操業方法を提供する。
【解決手段】電解槽1と、電解槽1に挿入されたアノードおよびカソードと、電解槽1に電解液を循環させる電解液循環装置と、電解液を加熱する加熱器4とを備える鉛電解精製設備において、停電中の電解液の循環流量を、電解液の酸化がカソードに不純物が析出しない程度に抑えられる流量にする。電解液の温度を維持できるので、電解液循環系に塩が析出することを防止でき、電解槽が破損することを防止できる。電解液循環系における酸素の巻き込みが抑えられ電解液の酸化を抑制でき、カソードに不純物が析出して電着鉛の品質が低下することを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛電解精製設備の操業方法に関する。さらに詳しくは、停電中の鉛電解精製設備の操業方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電解精製においては、電解液を満たした電解槽にアノードとカソードを挿入し、アノードとカソードとの間に通電して、カソード上に目的とする金属を析出させる。均一かつ高品質な電着を得るために、電解液は電解液循環系内を循環しており、電解槽から排出された電解液は浄液工程で不純物が除去され、再度電解槽に供給される。
【0003】
例えば、鉛の電解精製の場合、ベッツ法が用いられることが一般的である。ベッツ法は、ケイフッ酸とケイフッ化鉛からなる電解液を用い、乾式製錬法で得た純度98%程度の粗鉛をアノードとし、純鉛を板状に成形した種板鉛をカソードとする。アノードを構成する粗鉛には、鉛のほかに亜鉛、鉄、砒素、アンチモン、ビスマス、銅、銀等の不純物が含有されている。
【0004】
アノードとカソードとの間に通電すると、アノード表面から鉛が電解液中に溶出し、カソード表面に析出する。この際、アノードに含有される砒素、アンチモン、ビスマス、銅、銀等、鉛よりも貴な電位を持つ不純物は、溶出せずにアノード表面にスライムとして残留する。一方、亜鉛や鉄等、鉛よりも卑な電位を持つ不純物は、アノードから電解液中に溶出するもののカソード表面には析出しない。そのため、カソード表面には鉛のみが析出し、高純度の電着鉛を得ることができる(非特許文献1参照)。
【0005】
ところで、電解精製設備では、設備のメンテナンスや生産量の調整等のため、一時的にアノードとカソードとの間の通電を停止または低下させる場合(以下、停電という。)がある。この際、以下の2つの操業上の問題を生じる可能性がある。
(1)通電中はアノードとカソードとの間に存在する電解液の電気抵抗によりジュール熱が発生する。そのため、停電するとジュール熱の発生が停止または減少し、電解液の温度が低下する。電解液の温度が長期間低下すると、電解液循環系の配管内に電解液成分の塩の結晶が析出し、電解液の通液を阻害するという問題がある。
(2)また、電解液の温度が低下すると、電解槽を構成する材質が収縮する。そのため、通電と停電を繰り返すと電解槽の加温と冷却が繰り返され、膨張と収縮により電解槽が破損するという問題がある。
【0006】
上記の問題を回避するため、停電中でも、電解液を循環させ電解液循環系に設けられた加熱器で、電解液の温度を維持することが行われている。
【0007】
しかし、鉛電解精製に用いられる電解液は、銅電解精製に用いられる電解液等と比べて電気抵抗が高いという特徴を有する。そのため、通電中の電解液の発熱量が多く、この発熱量を加熱器で補うためには、設備コストがかかるという問題がある。
また、通電中の発熱量の全てを加熱器で補った場合、通電を再開した直後は、通電による発熱も加わり電解槽内の熱量が過剰となるという問題がある。
【0008】
さらに、本願発明者は、鉛電解精製の場合、電解液を循環しながら長期間停電させると、アノードに含有されるビスマスや銅が電解液中に溶出してカソード表面に析出し易いという問題を見出した。ビスマスや銅がカソード表面に析出すると、電着鉛の品質が低下するという問題がある。通常、鉛電解精製において長期間停電させることは稀であるので、この問題は今まで顕在化していなかったものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】日本金属学会編集、「金属製錬工学」日本金属学会、平成18年7月1日発行、p.138〜139
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記事情に鑑み、停電中でも、電解液の温度を維持でき、電着鉛の品質低下を防止できる鉛電解精製設備の操業方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1発明の鉛電解精製設備の操業方法は、電解槽と、該電解槽に挿入されたアノードおよびカソードと、該電解槽に電解液を循環させる電解液循環装置と、該電解液循環装置により循環される電解液を加熱する加熱器とを備える鉛電解精製設備において、停電中の前記電解液の循環流量を、通電中の循環流量よりも少なくすることを特徴とする。
第2発明の鉛電解精製設備の操業方法は、第1発明において、停電中の前記電解液の循環流量を、該電解液の酸化が前記カソードに不純物が析出しない程度に抑えられる流量にすることを特徴とする。
第3発明の鉛電解精製設備の操業方法は、第2発明において、停電中の前記電解液の循環流量を、通電中の循環流量の略半分にすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1発明によれば、電解液の温度を維持できるので、電解液循環系に塩が析出することを防止でき、電解槽が破損することを防止できる。また、停電中の電解液の循環流量を通電中の循環流量よりも少なくするので、電解液循環系における酸素の巻き込みが抑えられ電解液の酸化を抑制できる。そのため、カソードに不純物が析出して電着鉛の品質が低下することを防止できる。
第2発明によれば、カソードに不純物が析出して電着鉛の品質が低下することを防止できる。
第3発明によれば、停電中の電解液の循環流量を通電中の循環流量の略半分にするので、電解液循環系における酸素の巻き込みが抑えられ電解液の酸化を抑制できる。そのため、カソードに不純物が析出して電着鉛の品質が低下することを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】一般的な鉛電解精製設備の概略図である。
【図2】実施例における電流密度および電解液のビスマス濃度の測定結果を示すグラフである。
【図3】実施例における電流密度および電解液温度の測定結果を示すグラフである。
【図4】比較例における電流密度および電解液のビスマス濃度の測定結果を示すグラフである。
【図5】比較例における電流密度および電解液温度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
まず、一般的な鉛電解精製設備の構成について説明する。
図1において、1は電解槽、2は排液槽、3はポンプ、4は熱交換器、5は給液槽であり、これらにより電解液循環系が形成されている。
【0015】
電解槽1には、粗鉛のアノードと純鉛のカソードが複数対挿入されており、電解液が満たされている。電解槽1の一端からは電解液が排出され、落差により排液槽2に供給されている。排液槽2と熱交換器4および給液槽5とは配管で接続されており、その配管にはポンプ3が介装されている。このポンプ3の駆動により、所定流量の電解液が排液槽2から熱交換器4または給液槽5に供給されている。熱交換器4に供給された電解液は加熱され、給液槽5に供給されている。そして、給液槽5から排出された電解液は、落差により電解槽1に供給されている。
【0016】
このように、電解液は電解液循環系内を循環しており、電解槽1から排出された電解液は加熱されてから、再度電解槽1に供給される。また、電解液は電解液循環系内を循環する間に不純物が除去される。電解液の不純物の除去は、例えば、電解液循環系から電解液の一部を抜き出し、ビスマスや銅等、鉛よりも貴な電位を持つ不純物を鉛板上にセメンテーションさせたり、中和等の処理により不純物を沈殿させたりすることにより行われる。
【0017】
また、電解槽1に挿入されたアノードおよびカソードには電源が接続されており、アノードとカソードとの間に通電して、アノードから溶出した鉛をカソード上に析出させるようになっている。また、設備のメンテナンスや生産量の調整等のため、アノードとカソードとの間の通電を停止または低下(以下、停電という。)させることができるようになっている。
なお、本明細書において「停電」とは、アノードとカソードとの間の通電を完全に停止する場合に加えて、アノードとカソードとの間の通電を低下させるいわゆる保安通電も含む概念である。
【0018】
なお、排液槽2、ポンプ3、給液槽5、およびそれらを接続する配管が、特許請求の範囲に記載の電解液循環装置に相当する。また、熱交換器4が、特許請求の範囲に記載の加熱器に相当する。
本発明に係る鉛電解精製設備の操業方法は、上記構成の鉛電解精製設備に限られず、電解槽に電解液を循環させる電解液循環装置と、その電解液を加熱する加熱器とを備える鉛電解精製設備であれば、どのような構成の鉛電解精製設備においても適用することができる。
【0019】
本願発明者は、電解液を循環した状態で停電させると、アノードに含有される不純物がカソード表面に析出する原因が、電解液が酸化されるためであることを見出した。
【0020】
より詳細には、電解液が酸化されると、電解液がアノードの表面で酸化剤として作用し、アノードに含有されるビスマスや銅等の不純物が酸化されて電解液に溶出する。電解液に溶出した不純物は、カソードで還元されて析出すると考えられる。
なお、通電中はカソードに不純物が析出しない理由は、通電中の電解槽内は電気的に還元雰囲気となるため、酸化された電解液が還元され、アノードから不純物が溶出することを抑制するためと考えられる。
【0021】
電解液の酸化は、電解液が電解液循環系を循環する際に生じる。具体的には、電解液がポンプ3で吸い込まれる際、電解槽1から排液槽2へ供給される際、電解液が給液槽5から電解槽1へ供給される際の酸素の巻き込みにより酸化される。
ここで、電解槽1から排液槽2への供給、および給液槽5から電解槽1への供給は、落差を利用した自然流下により行われるため、循環流量が多いほど酸素の巻き込みも多くなり、より酸化される。
【0022】
そこで、停電中の電解液の循環流量を通電中の循環流量よりも少なくすれば、電解液循環系で巻き込まれる酸素が少なくなり、酸化が抑制でき、カソードに不純物が析出することを抑制できると考えられる。逆に言えば、停電中の電解液の循環流量を、電解液の酸化がカソードに不純物が析出しない程度に抑えられる流量まで少なくすればよい。
【0023】
一方、電解液の循環を停止すると、電解液を熱交換器4で加熱できないため、電解液の温度が低下し、電解液循環系の配管内に塩が析出したり、膨張と収縮の繰り返しにより電解槽が破損したりするという問題がある。
【0024】
そこで、停電中でもある程度電解液を循環し、熱交換器4で加熱してその温度を維持する必要がある。なお、電解液の温度は、通電中の温度を維持する必要はなく、電解液循環系の配管内に電解液成分の塩の結晶が析出しない温度であり、かつ、停電と通電の繰り返しによる膨張と収縮により電解槽が破損するおそれがない温度であればよい。
【0025】
以上のごとく、停電中の電解液の循環流量を調整することで、電解液循環系における酸素の巻き込みが抑えられ電解液の酸化を抑制できる。そのため、カソードに不純物が析出して電着鉛の品質が低下することを防止できる。
また、熱交換器4で電解液の温度を維持できるので、電解液循環系に塩が析出することを防止でき、電解槽が破損することを防止できる。
【0026】
なお、電解液の循環流量の測定は、電解質循環系に堰式流量計を介在させたり、電解槽1から排出された電解液を既知の容量の容器に受け、一杯となるまでに要する時間を測定したりするなどの簡便な方法を採用することができる。
また、電解槽1から排出される電解液の流量を測定してもよいし、電解槽1に供給される電解液の流量を測定してもよい。ただし、循環流量の測定によっても電解液が酸化されるため、電解槽1から排出される電解液の流量を測定する方が、電解槽1内の供給される電解液の酸化を抑制できるので好ましい。
【実施例】
【0027】
つぎに、実施例を説明する。
以下の実施例および比較例は、図1に示す鉛電解精製設備で実施した。
電解槽1に粗鉛のアノードと純鉛のカソードを挿入し電解液を満たした。ここで、電解槽1の寸法は幅1,100mm、長さ6,000mm、深さ1,500mmであり、アノードの寸法は横740mm、縦920mm、厚さ30mm、重量は約270kgであり、カソードの寸法は横740mm、縦920mm、厚さ3mmである。このアノード54枚とカソード55枚を110mm間隔で互い違いに電解槽1に挿入した。電解液には、ケイフッ化鉛(PbSiF6)が110g/L、遊離ケイフッ化水素酸(H2SiF6)が110g/L、不純物のビスマスが0.001〜0.002g/Lの濃度で含有されている。
【0028】
電解槽1の一端からは電解液が排出され、落差により容量3000Lの排液槽2に供給されている。電解液は排液槽2に接続されたポンプ3により熱交換器4および給液槽5に供給され、熱交換器4に供給された電解液は加熱され、給液槽5に供給されている。そして、給液槽5から排出された電解液は、落差により電解槽1に供給されている。
【0029】
なお、通電中は、熱交換器4を加熱直後の電解液の温度が45℃となるように調整し、ポンプ3の流量を30L/minに設定した。また、通電中は、電流密度を185A/m2に設定した。
【0030】
(実施例)
図2のグラフに示すように、通電状態で190時間経過後、電流密度を0A/m2にして停電(以下、完全停電という)させた。120時間完全停電させた後、電流密度を6.8A/m2の保安通電にして、その後通電状態に戻した。なお、図2に示すグラフの横軸の1目盛は24時間である。
完全停電および保安通電中は、ポンプ3の流量を15L/minに設定し、電解液の循環流量を通電中の循環流量の半分とした。
【0031】
この間の、電解槽1内の電解液のビスマス濃度と、温度を測定した。その結果、図2および図3に示すグラフが得られた。なお、ビスマス濃度は、電解液をサンプリングし、これをICP発光分光分析を用いて分析することにより求めた。
【0032】
図2に示すグラフより、完全停電および保安通電中のビスマス濃度は、通電中のビスマス濃度の約2倍に抑えられ、0.002g/L以下であり、電着鉛の品質に問題が生じない濃度であることが確認された。
また、カソードを引き上げて洗浄し、電着した鉛をサンプリングして硝酸で溶解し、ICP発光分光分析(Seiko Instruments Inc.製 SPS7800)を用いて分析した結果、電着鉛のビスマス品位は10ppm未満であり、銅品位は5ppm未満であり、継続して通電して得た電着鉛の品位と変わらないことが確認された。
【0033】
また、図3に示すグラフより、完全停電および保安通電中の電解液温度は、通電中の電解液温度と変わらず、約45℃に保たれていることが確認された。そのため、電解液循環系の配管内に電解液成分の塩の結晶が析出することがなく、電解液の通液が阻害される恐れがないことが分かった。また電解槽1が加温と冷却が繰り返されることがなく、膨張と収縮により電解槽1が破損する恐れがないことが分かった。
【0034】
(比較例)
図4のグラフに示すように、通電状態で190時間経過後、保安通電を経て、120時間完全停電させた。その後、再び保安通電にして、通電状態に戻した。なお、図4に示すグラフの横軸の1目盛は24時間である。
完全停電および保安通電中も、ポンプ3の流量を30L/minに設定し、電解液の循環流量を通電中の循環流量と同じとした。
【0035】
この間の、電解槽1内の電解液のビスマス濃度と、温度を測定した。その結果、図4および図5に示すグラフが得られた。
【0036】
図4に示すグラフより、完全停電および保安通電中のビスマス濃度は、実施例に比べて急激に上昇し、最高で通電中のビスマス濃度の約10倍まで増加することが確認された。
また、カソードを引き上げて洗浄し、電着した鉛をサンプリングして硝酸で溶解し、ICP発光分光分析(Seiko Instruments Inc.製 SPS7800)を用いて分析した結果、電着鉛のビスマス品位は175ppmであり、銅品位は25ppmであり、実施例と比較して高い値となることが確認された。
【0037】
また、図5に示すグラフより、保安通電中の電解液温度は通電中の電解液温度より低くなり、完全停電中の電解液温度は保安通電中の電解液温度よりさらに低くなることが確認された。そのため、電解液循環系の配管内に電解液成分の塩の結晶が析出したり、膨張と収縮により電解槽1が破損したりする恐れがあることが分かった。
【符号の説明】
【0038】
1 電解槽
2 排液槽
3 ポンプ
4 熱交換器
5 給液槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解槽と、該電解槽に挿入されたアノードおよびカソードと、該電解槽に電解液を循環させる電解液循環装置と、該電解液循環装置により循環される電解液を加熱する加熱器とを備える鉛電解精製設備において、
停電中の前記電解液の循環流量を、通電中の循環流量よりも少なくする
ことを特徴とする鉛電解精製設備の操業方法。
【請求項2】
停電中の前記電解液の循環流量を、該電解液の酸化が前記カソードに不純物が析出しない程度に抑えられる流量にする
ことを特徴とする請求項1記載の鉛電解精製設備の操業方法。
【請求項3】
停電中の前記電解液の循環流量を、通電中の循環流量の略半分にする
ことを特徴とする請求項2記載の鉛電解精製設備の操業方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−40368(P2013−40368A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−177150(P2011−177150)
【出願日】平成23年8月12日(2011.8.12)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】