説明

鉱山廃水の処理方法

【課題】 ヒ素の除去率を低下させることなく、沈殿物の量を減少させて、廃水処理の費用節減を図ることができるようにした鉱山廃水の処理方法を提供する。
【解決手段】 ヒ素および硫化鉄を含む鉱山廃水に、中和剤として水酸化マグネシウムを添加して攪拌することにより中和し、かつ硫酸マグネシウム沈殿物とともに、ヒ素沈澱物を共沈させて、それらの沈殿物を分離する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒ素と硫化鉄とを含む鉱山廃水(坑廃水)を中和するとともに、有害物質を除去するための処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硫化鉄(FeS2)を含む鉱床や廃坑を流れる坑廃水は、空気中の酸素との間で、下記の式(I)の化学反応が生起し、pHが1.6〜1.9という強い酸性を示すため、このまま自然界に流すことはできない。
2FeS2+7O2(g)+2H2O→2H2SO4(aq)+2FeSO4(aq) (I)
また、このような坑廃水には、人体に有毒なヒ素が含まれていることが多い。
【0003】
鉄等の重金属やヒ素を含む強酸性の坑廃水を自然界に放流するには、これらを分離し、かつpHを5.8〜8.6に調整しなければならない。
第一鉄イオンを含む坑廃水の場合は、安価な炭酸カルシウムを中和剤として添加すると、以下の式(II)+と(III)によって、中和が起こるとともに、低いpH(2〜3)において加水分解により水酸化鉄が沈殿する。この結果、固液の分離による鉄の除去が可能となるため、この技術は実用に供されている。
H2SO4(aq)+CaCO3(s)→CaSO4(s)+H2O(aq)+CO2(g) (II)
FeSO4(aq)+CaCO3(s)+H2O(aq)→Fe(OH)2(s)+CaSO4(s)+CO2(g) (III)
なお、炭酸カルシウムに代えて、消石灰(Ca(OH)2)を用いることもできる。
【0004】
また、この際、水中で3価または5価のイオンとして存在し、単独の水酸化物として沈殿させることのできないヒ素が、水酸化鉄とともに沈殿物となり、除去される(共沈)という効果も得られる(例えば非特許文献1参照)。
【非特許文献1】日本鉱業会誌/92 1066 (´76-12) 809〈31〉〜814〈36〉
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記のような炭酸カルシウムを中和剤として用いる方法は、大量の石膏(硫酸カルシウム)を含む沈殿物が生じて、その沈殿物を管理型埋立地に保存しなければならず、処理コストが高くなるという欠点がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑み、ヒ素の除去率を低下させることなく、沈殿物の量を減少させて、廃水処理の費用節減を図ることができるようにした鉱山廃水の処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によると、上記課題は、次のようにして解決される。
(1) ヒ素および硫化鉄を含む鉱山廃水に、中和剤として水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムを添加して攪拌することにより中和し、かつ硫酸マグネシウム沈殿物または硫酸ナトリウム沈殿物とともに、ヒ素沈澱物を共沈させて、それらの沈殿物を分離する。
【0008】
(2) 上記(1)項において、廃水のpHが、5.8〜8.6になるように、水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムの添加および廃水の撹拌を行う。
【0009】
(3) 上記(1)または(2)項において、水酸化マグネシウムの添加量を、0.05〜0.17mol/lとする
【0010】
(4) 上記(1)または(2)項において、水酸化マグネシウムの添加量を、廃水中に含まれる、または含まれることが予測される硫酸のモル数の2〜7倍とする。
【0011】
(5) 上記(1)〜(4)項のいずれかにおいて、攪拌時間を、2時間以上とする。
【0012】
(6) 上記(1)または(2)項において、水酸化マグネシウムの添加量を0.086mol/l以上とし、かつ攪拌時間を6時間以上とする。
【0013】
(7) 上記(1)〜(6)項のいずれかにおいて、酸化剤を添加する工程をさらに含むものとする。
【0014】
(8) 上記(7)項において、酸化剤を、空気、オゾン、酸素、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、過酸化マンガンのいずれかとする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1記載の発明によると、中和剤として水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムを用いることにより、ヒ素の除去率を低下させることなく、沈殿物の量を減少させることができ、もって処理費用の節減を図ることができる。
【0016】
請求項2記載の発明によると、pHが排水基準値に適合するため、上澄み廃水を放流することができる。
【0017】
請求項3および4記載の発明によると、水酸化マグネシウムの添加量を必要最小限度に止めて、廃水のpHを排水基準値に適合させることができるとともに、ヒ素濃度を十分に低下させることができる。
【0018】
請求項5記載の発明によると、廃水のpH値を安定させることができる。
【0019】
請求項6記載の発明によると、水酸化マグネシウムの添加量と攪拌時間とを必要最小限度に止めて、廃水のpHとヒ素濃度とを満足しうる値とすることができ、効率よく処理することができる。
【0020】
請求項7記載の発明によると、ヒ素が3価イオンから5価イオンとなり、広いpH範囲において、効果的に除去しうるようになる。
【0021】
請求項8記載の発明によると、酸化剤を安価に入手することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、添付の図面を参照して、本発明を詳細に説明する。本発明の方法における水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムによる酸性廃水の中和反応は、以下の式(IV)および(V)によるものと考えられる。
H2SO4(aq)+Mg(OH)2(s)→MgSO4(s)+2H2O(aq) (IV)
H2SO4(aq)+2Na(OH)(s)→Na2SO4(s)+2H2O(aq) (V)
ここで、MgSO4は、0℃における水への溶解度が26.9g/100gであり、Na2SO4は、20℃における水への溶解度が19.4g/100gである。したがって、これらMgSO4およびNa2SO4の溶解度は、二水和物とした場合の炭酸カルシウムの溶解度0.176g/100g(30℃)よりも著しく大きいため、従来のように炭酸カルシウムを中和剤とした場合に比べ、沈殿物の量を大幅に減らすことができる。水に溶解しているMgSO4およびNa2SO4は、無害であるため、環境中に放出することができる。水酸化マグネシウムの添加量は、坑廃水中の硫酸のモル数の2〜7倍のモル数とするのが好ましい。
【0023】
Mg(OH)2は、CaCO3を無煙炭コークスとともに加熱して、まずCaO(生石灰)を製造し、ついでこれを海水で消化して、Ca(OH)2とするときに、海水中に塩化マグネシウム等の大量のMgが存在することから副生する。この製造には電力も石油も用いないため、CaCO3と同様に、安価に得ることができる。
【0024】
水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムを添加した後は、廃水を十分に撹拌し、pHを放流可能な値である5.8〜8.6とする。撹拌時間は、2時間以上とするのが好ましい。
【0025】
沈殿物の廃水からの除去は、遠心分離またはフィルタープレスによる脱水、濾過等によって行うのが好ましい。
【0026】
硫化鉱の坑廃水におけるヒ素の共沈反応は、以下の式(VI)によって表されると考えられる。
2FeSO4(aq)+As2(SO4)3(aq)+(3/2)O2(g)+7H2O(aq)
→2FeAsO4・2H2O(s)+5H2SO4(aq) (VI)
したがって、鉄の硫化鉱が溶出した強酸性の坑廃水において、ヒ素をFe(II)と共沈させるには、ヒ素イオンを3価から5価に酸化させるのが有効である。このための酸化剤としては、例えば空気、オゾン、酸素、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、過酸化マンガン等が好適である。
【0027】
ヒ素を含む坑廃水を処理する場合、水酸化マグネシウムの添加量は、坑廃水中の硫酸のモル数の4.5〜7倍のモル数とするのが好ましく、また撹拌時間は6時間以上とするのが好ましい。
【0028】
〔実施例〕
北海道幌別硫黄鉱山の坑廃水を、本発明の方法により処理してみた。この坑廃水を分析した結果、Fe2+が335mg/l、Asが9.93mg/l、およびSO42-が2510mg/l(0.026mol/l)含まれていることが分かった
【0029】
各300mlの坑廃水の12個のサンプルを採取した後、アルカリ中和剤として、実施例に係るMg(OH)2と比較例であるCaCO3を、それぞれ0.017mol/l、0.051mol/l、0.086mol/l、0.120mol/l、0.154mol/l、および0.171mol/l添加した。SO42-に対するモル比は、それぞれ、0.65、1.96、3.31、4.62、5.92、および6・58となる。
【0030】
ついで、各サンプルを2時間撹拌し、30分間静置した後、pHを測定した。各サンプルから、さらに10mlの溶液を採取し、2時間の撹拌、30分間静置、およびpHの測定をさらに2回繰り返した。したがって、Mg(OH)2とCaCO3のそれぞれについて、6つの異なる添加量において、2時間、4時間、および6時間の撹拌後にpHを測定したことになる。結果を図1と図2に示す。
【0031】
両図から、Mg(OH)2およびCaCO3とも、添加量が最小の0.017mol/lのときには、放流可能な5.8〜8.6のpHが得られないものの、これを上回る他の5つの添加量の場合には、少なくとも2時間撹拌すれば、放流可能なpHが得られることが分かる。
【0032】
つぎに、各サンプルを遠心分離機にかけ、さらに濾過した後、乾燥させて沈殿物の重量を測定した結果を図3に示す。所望のpHが得られる0.051mol/l、0.086mol/l、0.120mol/l、0.154mol/l、および0.171mol/lの各添加量において、いずれもMg(OH)2を用いた場合の沈殿物の重量は、CaCO3を用いた場合の沈殿物の重量よりも、約40%少ない。したがって、本発明によれば、沈殿物の発生量を顕著に減少させうることが分かる。
【0033】
さらに、各サンプルについて、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析装置を用い、ヒ素濃度を測定した。結果を図4および図5に示す。ヒ素の排水中の基準値は0.1ppmであるが、CaCO3の場合、6時間撹拌した場合でも、0.120mol/l添加しないと基準値を満足せず、また2時間の撹拌によって基準値を満足するには、0.154mol/lの添加が必要である。
【0034】
しかし、本発明に係るMg(OH)2を用いた場合、0.086mol/l添加すれば、6時間の撹拌で基準値を満足させることができる。また、0.120mol/l添加すれば、2時間の撹拌でも基準値を満足させることができる。したがって、本発明によれば、従来のCaCO3中和剤に比して、少ない中和剤の添加量、および短い撹拌時間で、ヒ素の排水基準値を満足させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】廃水のpHとMg(OH)2の添加量および撹拌時間との関係を示すグラフである。
【図2】廃水のpHとCaCO3の添加量および撹拌時間との関係を示すグラフである。
【図3】中和剤としてMg(OH)2とCaCO3をそれぞれ用いた場合の沈殿物の発生量を示すグラフである。
【図4】ヒ素濃度とMg(OH)2の添加量および撹拌時間との関係を示すグラフである。
【図5】ヒ素濃度とCaCO3の添加量および撹拌時間との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒ素および硫化鉄を含む鉱山廃水に、中和剤として水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムを添加して攪拌することにより中和し、かつ硫酸マグネシウム沈殿物または硫酸ナトリウム沈殿物とともに、ヒ素沈澱物を共沈させて、それらの沈殿物を分離することを特徴とする鉱山廃水の処理方法。
【請求項2】
廃水のpHが、5.8〜8.6になるように、水酸化マグネシウムまたは水酸化ナトリウムの添加および廃水の撹拌を行うことを特徴とする請求項1記載の鉱山廃水の処理方法。
【請求項3】
水酸化マグネシウムの添加量を、0.05〜0.17mol/lとすることを特徴とする請求項1または2記載の鉱山廃水の処理方法。
【請求項4】
水酸化マグネシウムの添加量を、廃水中に含まれる、または含まれることが予測される硫酸のモル数の2〜7倍とすることを特徴とする請求項1または2記載の鉱山廃水の処理方法。
【請求項5】
攪拌時間を、2時間以上とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の鉱山廃水の処理方法。
【請求項6】
水酸化マグネシウムの添加量を0.086mol/l以上とし、かつ攪拌時間を6時間以上とすることを特徴とする請求項1または2記載の鉱山廃水の処理方法。
【請求項7】
酸化剤を添加する工程をさらに含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の鉱山廃水の処理方法。
【請求項8】
酸化剤を、空気、オゾン、酸素、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、過酸化マンガンのいずれかとしたことを特徴とする請求項7記載の鉱山廃水の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−116468(P2006−116468A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−308500(P2004−308500)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(504193837)国立大学法人室蘭工業大学 (70)
【出願人】(592180225)株式会社楢崎製作所 (9)
【Fターム(参考)】