銅合金及び鋳造品
【課題】Cu−Zn系合金にSiを添加した被削性に優れた銅合金において、結晶粒を確実に微細化することができ、機械的特性及び鋳造性に特に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品を提供する。
【解決手段】Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有するとともに、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされていることを特徴とする。
【解決手段】Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有するとともに、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされていることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造性、機械的特性、被削性等に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
被削性に優れたCu−Zn系合金としては、例えばJIS H3250−C3604、C3771等に規定されたものが提供されている。これらのCu−Zn系合金は、鉛を含有することで被削性を向上している。
近年では、環境負荷を低減する観点から、鉛を含有することなく被削性が確保されたCu−Zn系合金が求められている。
そこで、特許文献1−3には、Siを適量添加することによって、被削性を向上したCu−Zn系合金が提案されている。
【0003】
ここで、銅合金においては、結晶粒を微細化することによって機械的特性が向上することが知られている。例えば、銅合金の強度は、ホールペッチの法則によれば、結晶粒径の逆数の1/2乗に比例して向上することになる。
【0004】
また、上述の銅合金からなる鋳造品においては、最終凝固部において凝固収縮によって生成された空間に溶湯が十分に供給されないために、大きな引け巣が発生することが知られている。例えば、重力鋳造を行った場合には、引け巣は漏斗状をなし、その下方側にも小さな収縮孔が点在することになる。特に、Siを含有するCu−Zn系合金においては、液相線温度と固相線温度との差が大きく、上述の引け巣や収縮孔が発生し易い傾向にある。
このような鋳造欠陥を抑制するためには、凝固時に晶出する結晶粒を微細化することによって凝固の最終段階においても溶湯の流動性を確保することが有効である。
【0005】
そこで、特許文献2,3においては、Siを適量添加したCu−Zn系合金にZrとPとを共添加することにより、結晶粒を微細化する技術が提案されている。すなわち、Zr−P化合物粒子を分散させ、このZr−P化合物粒子を接種核として初晶を発生させることによって、結晶粒の微細化を図っているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3734372号公報
【特許文献2】特許第3964930号公報
【特許文献3】特許第4095666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2,3に示すように、Zr−P化合物粒子を接種核とした場合においても、結晶粒の微細化が不十分な場合があった。特に、凝固時の冷却速度が小さいときには、結晶粒を十分に微細化することができないといった問題があった。また、Cu−Zn系合金にSiを添加した場合には、凝固時にβ相が成長しやすく、初晶としてα相が十分に発生しないため、結晶粒の微細化を効率的に行うことができないおそれがあった。
【0008】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、Cu−Zn系合金にSiを添加した被削性に優れた銅合金において、結晶粒を確実に微細化することができ、機械的特性及び鋳造性に特に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の銅合金は、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有するとともに、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされていることを特徴としている。
【0010】
このような構成の銅合金においては、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、さらにZnを含有していることから、被削性に優れたCu−Zn系合金を得ることが可能となる。
また、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含有していることから、凝固時に晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することになる。
さらに、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされているので、Zrを含む粒子及びMgを含む粒子とが十分に存在することになり、特に、冷却速度が小さい場合であっても、結晶粒の微細化を図ることが可能となる。
【0011】
これにより、凝固の最終段階においても溶湯の流動性が確保され、最終凝固部において凝固収縮によって生成された空間に溶湯が十分に供給されることになり、大きな引け巣の発生が抑制される。したがって、引け巣を除去するために鋳塊を切断除去する部位が少なくなり、鋳造時の歩留りを大幅に向上させることができる。
【0012】
さらに、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することによって、得られる鋳塊及び鋳物(鋳造品)における凝固組織も微細化することになる。
凝固組織が微細である場合、強度、延性等の機械的特性が向上することになる。よって、鋳塊及び鋳物(鋳造品)の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを抑制でき、生産効率を大幅に向上させることができる。
また、鋳塊及び鋳物(鋳造品)の凝固組織が微細化されていることから、その後の加工においても結晶粒が粗大化することが抑制され、加工後の製品においても結晶粒が微細化されることになる。よって、加工後の製品においても、強度、延性等の機械的特性の向上を図ることが可能となるのである。
【0013】
ここで、前述の銅合金において、Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が存在することが好ましい。
この場合、Mg及びSを含有するMg−S化合物が分散し、このMg−S化合物の外側にZr及びPを含有するZr−P化合物が配設されるので、接種核の数が確保されることになり、確実に、凝固時に晶出するα相を等軸デンドライト化及び粒状結晶化することが可能となる。すなわち、Zr及びPのみを添加して場合に比べて、Mg及びSを添加することによって、Mg−S化合物がZr−P化合物の分散を促進することになるのである。
【0014】
さらに、前述の銅合金において、Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有してもよい。
Pb、Bi、Se、Teといった元素は、銅合金の被削性、プレス成形性及び耐磨耗性を向上させる作用効果を有する元素である。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、耐衝撃性、強度、延性、熱間加工性及び冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
【0015】
また、前述の銅合金において、Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有してもよい。
Sn,As,Sbといった元素は、耐潰蝕性、耐蝕性(特に、耐脱亜鉛腐食性)を向上させる作用効果を有する元素である。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、延性、冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
【0016】
また、前述の銅合金において、Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種以上の元素を含有していてもよい。
Al、Mnといった元素は、溶湯の流動性をさらに高める効果を有していることから、引け巣の発生をさらに確実に抑制することが可能となる。また、Al、Mnといった元素は、脱酸効果、強度向上、高速流速下での耐潰蝕性の向上、耐蝕性、耐摩耗性の向上を図ることができる元素でもある。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、鋳造性等に悪影響を及ぼすことになる。
【0017】
また、前述の銅合金において、Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とされていてもよい。
Ni及びFeといった元素は、Zr及びPを消費することから、結晶粒の微細化効果が低減してしまうおそれがある。このため、Ni及びFeの含有量を合計で0.35質量%以下に規定することが好ましい。
【0018】
本発明の鋳造品は、前述の銅合金からなる鋳造品であって、断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされていることを特徴としている。
ここで、鋳造品は、鋳造の開始部および終了部と、その中間部の全てを含んでもよいが、通常、鋳造品は、前述の開始部および終了部の一部または全部を除去したものである。また、上記割合は、鋳造方向に対して平行な断面、または垂直な断面のどちらでもよい。その平行または垂直な断面は、鋳造品の重心を含むように選択する。
【0019】
この構成の鋳造品においては、前述の銅合金で構成されていることから、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することによって、その凝固組織も微細化し、柱状晶領域が少なくなる。ここで、柱状晶領域が前記断面の10%以下である場合には、晶出するα相の等軸デンドライト化及び粒状結晶化が十分に行われていることになり、この鋳造品の強度、延性等の機械的特性が向上することになる。よって、鋳造品の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを防止することができる。
さらに、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することで、鋳造時の溶湯の流動性が向上し、大きな引け巣の発生が抑制され、鋳造時の歩留りを大幅に向上させることが可能となる。
【0020】
ここで、前述の鋳造品であって、断面のミクロ組織観察において、
(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされていることが好ましい。なお、ミクロ組織を観察する部位は、鋳造品の重心部を含む鋳造方向に対して平行または垂直な断面を選び、その重心部(重心部が銅合金となる場合)または冷却速度の最も遅い部位(重心部が空間となる場合)を観察する。
この場合、晶出するα相の微細化が十分に行われていることになり、この鋳造品の強度、延性等の機械的特性が向上することになる。これは、粒状結晶の方が、等軸デンドライトよりも微細であるためである。よって、鋳造品の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを防止することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、Cu−Zn系合金にSiを添加した被削性に優れた銅合金において、結晶粒を確実に微細化することができ、機械的特性及び鋳造性に特に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例におけるカーボン鋳型の冷却曲線である。
【図2】実施例における耐火断熱材鋳型の冷却曲線である。
【図3】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図4】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図5】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図6】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図7】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図8】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図9】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図10】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図11】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図12】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図13】実施例において、粒状結晶中に存在する晶出物のオージェ分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の実施形態である銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品について説明する。
本実施形態である銅合金においては、Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が存在している。そして、この複合化合物粒子を接種核として、初晶α相が発生した組織となっている。
【0024】
ここで、本実施形態である銅合金は、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有する。
ここで、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされている。
【0025】
さらに、Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素、及び、Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素、及び、Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素、を含有してもよい。
また、Fe及びNiを含有する場合には、Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とすることが好ましい。
【0026】
以下に、これらの元素の含有量を前述の範囲に設定した理由について説明する。
【0027】
(Cu,Zn)
本実施形態である銅合金は、CuとZnとを主成分としている。
ここで、Cuの含有量が69質量%未満である場合、すなわち、Zn等に対してCuの含有量が少ない場合には、β相が多く存在することになり、結晶粒の微細化を図ることができなくなるおそれがある。また、延性、冷間加工性、耐変色性、耐応力腐食割れ性、プレス性といった特性が低下することになる。
一方、Cuの含有量が88質量%を超える場合、すなわち、Zn等に対してCuの含有量が多い場合には、強度、耐摩耗性が低下するとともに、結晶粒の微細化効果が低減するおそれがある。
このような理由から、Cuの含有量を69質量%以上88質量%以下に設定している。
なお、Znは、引張強度、耐力等の機械的特性に影響を与える元素であるが、他の含有元素との関係から、Cu等の他の元素の残部として含有量を規定している。
【0028】
(Si)
Siは、被削性を向上させる作用を有する元素である。また、引張り強さ、耐力、衝撃強さ、疲労強度等の機械的特性を向上させる作用も有する。さらに、溶湯の流動性を向上させ、溶湯の酸化を防ぎ、融点を下げる作用も有する。
ここで、Siの含有量が2質量%未満である場合には、上述の作用効果を奏することができなくなる。すなわち、被削性を確保することができなくなる。
一方、Siの含有量が3.8質量%を超える場合には、初晶としてβ相が生成することになり、結晶粒の微細化効果を得ることができなくなる。
このような理由から、Siの含有量を、2質量%以上3.8質量%以下に設定している。なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、Siの含有量を2質量%以上3.6質量%以下の範囲内に設定することが好ましい。
【0029】
(Zr、P)
Zr及びPは、共添加されることによって結晶粒を微細化させる作用効果を有する元素である。
ここで、Zrの含有量が10質量ppm未満及びPの含有量が0.001質量%未満の場合には、上述の結晶粒の微細化効果を十分に奏功せしめることができない。
また、Zrは、酸素との親和力が強いものであるためZr酸化物等が発生し易く、溶湯の粘性が高くなり、鋳造時の酸化物等の巻き込み欠陥が発生し易くなる。また、ブローホールやミクロポロシティが発生しやすくなる。また、2000質量ppmを超えると、結晶粒を微細化させる作用効果も弱まる。これらを考慮した場合には、Zrの含有量を2000質量ppm以下とすることが好ましい。
さらに、Pは、耐蝕性、鋳造性等に影響を与える元素であるため、Pの含有量を0.5質量%以下とすることが好ましい。
以上のことから、本実施形態では、Zrの含有量を10質量ppm以上2000質量ppm以下の範囲内に設定している。なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、Zrの含有量を15質量ppm以上200質量ppm以下の範囲内に設定することが好ましい。
また、Pの含有量を0.001質量%以上0.5質量%以下の範囲内に設定している。
【0030】
(Mg、S)
Mg及びSは、共添加されることによって結晶粒を微細化させる作用効果を有する元素である。
ここで、Mgの含有量が5質量ppm未満及びSの含有量が1質量ppm未満の場合には、上述の結晶粒の微細化効果を十分に奏功せしめることができない。
また、Mgは、酸素との親和力が強いものであるためMg酸化物等が発生し易く、溶湯の粘性が高くなり、鋳造時の酸化物等の巻き込み欠陥が発生し易くなる。また、2000質量ppmを超えると、β相またはγ相と推測される非α相が増加するために延性が低下し、結晶粒の微細化効果も低下することになる。これを考慮した場合には、Mgの含有量を2000質量ppm以下とすることが好ましい。
さらに、Sは、熱間加工性に影響を与える元素であることから、100質量ppm以下とすることが好ましい。
以上のことから、本実施形態では、Mgの含有量を5質量ppm以上2000質量ppm以下の範囲内に設定している。
また、Sの含有量を1質量ppm以上100質量ppm以下の範囲内に設定している。なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、Sの含有量を1質量ppm以上30質量ppm以下の範囲内に設定することが好ましい。
【0031】
(Zr/Mg)
ここで、本実施形態では、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされている。
質量比Zr/Mgが0.05未満の場合には、Zr−P化合物が相対的に少なくなるため、結晶粒の微細化効果が低下することになる。
質量比Zr/Mgが5.0を超える場合には、Mg−S化合物が相対的に少なくなるため、結晶粒の微細化効果が低下することになる。
Mg−S化合物とZr−P化合物とを備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)による結晶粒の微細化効果を確実に奏功せしめるためには、質量比Zr/Mgを、0.05≦Zr/Mg≦1.0の範囲内とすることが好ましい。
【0032】
(Pb,Bi,Se,Te)
Pb,Bi,Se,Teといった元素は、銅合金の被削性、プレス成形性及び耐磨耗性を向上させる作用効果を有するものであり、用途にあわせて選択的に含有させることによって、これらの特性を向上させることが可能となる。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。
一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、耐衝撃性、強度、延性、熱間加工性及び冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
以上のような理由により、Pb,Bi,Se,Teの含有量をそれぞれ規定しているのである。
【0033】
(Sn,As,Sb)
Sn,As,Sbといった元素は、耐潰蝕性、耐蝕性(特に、耐脱亜鉛腐食性)を向上させる効果を有しており、用途にあわせて選択的に含有させることによって、これらの特性を向上させることが可能となる。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、延性、冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
以上のような理由から、Sn,As,Sbの含有量をそれぞれ規定しているのである。
【0034】
(Al,Mn)
Al、Mnといった元素は、溶湯の流動性をさらに高める効果を有するとともに、脱酸効果、強度向上、高速流速下での耐潰蝕性の向上、耐蝕性、耐摩耗性の向上を図ることができる元素である。用途にあわせて選択的に含有させることによって、これらの特性を向上させることが可能となる。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、鋳造性等に悪影響を及ぼすことになる。
以上のような理由から、Al,Mnの含有量をそれぞれ規定しているのである。
【0035】
(Ni,Fe)
Ni及びFeといった元素は、Zr及びPを消費することから、結晶粒の微細化効果が低減してしまうおそれがある。
このため、Ni及びFeを含有する場合には、これらの含有量を合計で0.35質量%以下に規定することが好ましい。
【0036】
なお、他の不可避不純物としては、Ti,Hf,C,Ba,Sc,Y,希土類元素,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Re,Ru,Os,Rh,Ir,Pd,Pt,Au,Cd,Ga,In,Li,Ge,Tl,O,Co,Ag,B,Be,N,H,Hg等が挙げられる。これらの不可避不純物は、総量で0.3質量%以下であることが好ましい。
【0037】
また、本実施形態である鋳造品は、前述の組成とされた銅合金で構成されており、断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされている。さらに、本実施形態である鋳造品は、断面のミクロ組織観察において、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされている。このようなマクロ組織及びミクロ組織を有する鋳造品は、鋳造組織の微細化が十分に達成されていることになる。
【0038】
すなわち、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することで、柱状晶の幅及び長さが減少して柱状晶領域が減少することになり、等軸晶領域が増加することになる。より好ましくは、柱状晶領域がなく全面が等軸晶領域となっていることが好ましい。但し、等軸晶の粒径が非常に微細となった場合には、肉眼で等軸晶を確認できないこともある。
なお、等軸デンドライトまたは粒状結晶が晶出した場合、ミクロ組織の以下の観察により、α相の粒径を測定できる。ここで、ミクロ組織を観察する部位は、鋳造品の重心部を含む鋳造方向に対して平行または垂直な断面を選び、その重心部(重心部が銅合金となる場合)または冷却速度の最も遅い部位(重心部が空間となる場合)を観察する。本実施形態である鋳造品の結晶粒径をJIS H 0501に規定された試験方法(切断法)で測定した場合、その粒状結晶の結晶粒径は0.2mm以下、好ましくは0.1mm以下、さらに好ましくは0.05mm以下である。
【0039】
この鋳造品は、次のようにして製造される。
まず、銅原料を溶解して得られた銅溶湯に、前述の元素を添加して成分調整を行い、銅合金溶湯を製出する。なお、元素の添加には、元素単体や母合金等を用いることができる。また、これらの元素を含む原料を銅原料とともに溶解してもよい。
ここで、銅溶湯は、純度が99.99%以上とされたいわゆる4NCuとすることが好ましい。また、当然ながら、本合金のリサイクル材およびスクラップ材を用いてもよい。
【0040】
また、溶解工程では、Zr及びMg等の酸化を抑制するために、真空炉、あるいは、不活性ガス雰囲気又は還元性雰囲気とされた雰囲気炉を用いることが好ましい。大気炉の場合は、酸化による減少分を考慮して添加すればよい。
そして、成分調整された銅合金溶湯を鋳型に注入して鋳塊及び鋳物を製出する。なお、大量生産を考慮した場合には、連続鋳造法または半連続鋳造法を用いることが好ましい。また、ダイキャスト、低圧鋳造、砂型鋳造も好ましい。
【0041】
以上のような構成とされた本実施形態である銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品によれば、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、さらにZnを含有していることから、被削性に優れたCu−Zn系合金を得ることが可能となる。
【0042】
また、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含有しており、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされているので、ZrとPを含むZr−P化合物とMgとSを含むMg-S化合物とが十分に存在することになる。
よって、Mg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が分散されることになり、この複合化合物粒子を接種核として、初晶α相が発生することで、凝固時において晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することになる。
【0043】
よって、凝固の最終段階においても溶湯の流動性が確保されることになり、最終凝固部において凝固収縮によって生成された空間に溶湯が十分に供給され、大きな引け巣の発生を抑制することができる。
さらに、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することによって、鋳造品(鋳塊及び鋳物)における凝固組織も微細化することになる。具体的には、本実施形態である鋳造品は、断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされており、さらに、前述の鋳造品であって、断面のミクロ組織観察において、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされていることが好ましい。
このように、鋳造品において凝固組織が微細であることから、強度、延性等の機械的特性が向上することになる。よって、鋳造品の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを防止することができる。
【0044】
また、Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することによって、被削性、プレス成形性及び耐磨耗性を向上させることが可能となる。
さらに、Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することにより、耐潰蝕性、耐蝕性(特に、耐脱亜鉛腐食性)を向上させることが可能となる。
また、Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種以上の元素を含有することにより、鋳造性、脱酸、強度、高速流速下での耐潰蝕性、耐摩耗性を向上させることが可能となる。
このように、各種の元素を添加した場合であっても、Zr,P,Mg,Sの添加によって結晶粒の微細化を図ることが可能である。
【0045】
さらに、Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とし、他の不可避不純物を総量で0.3質量%以下としているので、Zr,P,Mg,Sの添加による結晶粒の微細化の効果を確実に奏功せしめることができる。
【0046】
以上、本発明の実施形態である銅合金について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、Cu,Zn,Si,P,S,Zr,Mg以外の元素については、必要に応じて添加すればよい。なお、Pb,Bi,Se,Te,Sn,As,Sb,Al,Mnといった元素は、不可避不純物として混入することもある。この場合、これらの元素の含有量は、上述の範囲から逸脱していてもよい。
【0047】
また、Sは、銅合金中に不可避不純物として存在する元素であるため、溶解鋳造時に積極的に添加する必要はない。
さらに、銅合金(鋳造品)の製造方法の一例について説明したが、製造方法は本実施形態に限定されることはなく、既存の製造方法を適宜選択して製造してもよい。
【実施例】
【0048】
以下に、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果について説明する。
純度99.99%以上の無酸素銅からなる銅原料を準備し、これをアルミナ坩堝内に装入して、Arガス雰囲気とされた雰囲気炉内において高周波溶解した。得られた銅溶湯内に、各種添加元素を添加して表1―3に示す成分組成に調製し、カーボン鋳型及び耐火断熱材鋳型に注湯して鋳塊を製出した。耐火断熱材にはイソライト(登録商標)を用いた。なお、鋳込み温度は1100℃とした。鋳塊の大きさは、カーボン鋳型が厚さ約20mm×幅約20mm×長さ約60〜80mm、耐火断熱材鋳型が厚さ約30mm×幅約30mm×長さ約30〜40mmとした。
なお、900℃から800℃までの冷却速度は、図1及び図2に示すように、カーボン鋳型は約7℃/sec、耐火断熱材鋳型は約0.5℃/secである。
【0049】
(凝固組織の判定)
図3〜6に示すように、鋳塊を長手方向に沿って半分に切断し、この縦断面に対して研磨を実施し、硝酸を用いてエッチング処理してマクロ組織を観察した。
また、鋳塊を長手方向に沿って半分に切断した後、所定の箇所から観察試料を採取し、観察面を研磨した。そして、腐食液として硫酸と硝酸の混合液を用いてエッチングを行い、光学顕微鏡にてミクロ組織を観察した。なお、観察試料は、特に言及がない場合には、鋳塊の重心部、すなわち、長さ、幅及び厚さの中央部から採取した。
【0050】
ここで、図3から図6にマクロ組織を観察した例を示す。なお、図3及び図4がカーボン鋳型を用いたもの、図5及び図6が耐火断熱材鋳型を用いたものである。
図3、図5に示すように、柱状晶領域が10%以上である場合には、マクロ組織判定を×とした。
図4、図6に示すように、柱状晶領域が10%未満であって、断面のほとんどが等軸晶からなる場合には、マクロ組織判定を○とした。
【0051】
また、図7から図12にミクロ組織を観察した例を示す。なお、図7から図9がカーボン鋳型を用いたもの、図10から図12が耐火断熱材鋳型を用いたものである。
マクロ組織観察において柱状晶領域が断面の10%超の場合、その柱状晶領域のミクロ観察を行った。その結果、図7、図10に示すように、柱状デンドライトが観察された。このような柱状デンドライトが観察された場合には、ミクロ組織判定を「××」とした。
マクロ組織観察において柱状晶領域が断面の10%以下の場合、前述の重心部のミクロ観察を行った。その結果、等軸デンドライトと粒状結晶の2種類が観察された。そこで、図8、図11に示すように、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%未満の場合は、ミクロ組織判定を「×」とした。図9、図12に示すように、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上の場合は、ミクロ組織判定を「○」とした。
評価結果を表1−3に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
比較例1−6においては、カーボン鋳型及び耐火断熱材鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価が全て「×」、「××」となった。Zrが本発明の範囲を超える比較例7では、カーボン鋳型のマクロ組織評価は「○」であったが、それ以外は「×」、「××」であった。
Zr、Pを適量添加し、かつ、Mgを添加していない比較例8では、カーボン鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価、及び、耐火断熱材鋳型のマクロ組織評価は「○」となったが、耐火断熱材鋳型のミクロ組織評価が「×」となった。つまり、冷却速度が小さいときには、十分な微細化効果を得ることができなかったことが確認された。
また、Zr/Mgが0.05未満とされた比較例9では、耐火断熱材鋳型のミクロ組織評価が「×」となった。さらに、Zr/Mgが5.0を超える比較例10では、耐火断熱材鋳型のマクロ組織が「×」、カーボン鋳型のミクロ組織が「×」、耐火断熱材鋳型のミクロ組織が「××」であった。
【0056】
これに対して、本発明の組成範囲内とされた本発明例1−52においては、カーボン鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価、及び、耐火断熱材鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価のいずれもが「○」であった。添加元素としてPb,Bi,Se,Te,Sn,As,Sb,Al,Mn,Ni,Feを含有する本発明例19−49においても、十分な微細化効果を得ることが可能であった。
【0057】
また、本発明例2のカーボン鋳型の鋳造品のα相の粒状結晶の中心部に存在する晶出物のオージェ分析を実施した。結果を図13に示す。この結果、Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が存在することが確認された。この複合化合物粒子がα相の接種核となり、高い核生成密度が得られたものと推測される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造性、機械的特性、被削性等に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
被削性に優れたCu−Zn系合金としては、例えばJIS H3250−C3604、C3771等に規定されたものが提供されている。これらのCu−Zn系合金は、鉛を含有することで被削性を向上している。
近年では、環境負荷を低減する観点から、鉛を含有することなく被削性が確保されたCu−Zn系合金が求められている。
そこで、特許文献1−3には、Siを適量添加することによって、被削性を向上したCu−Zn系合金が提案されている。
【0003】
ここで、銅合金においては、結晶粒を微細化することによって機械的特性が向上することが知られている。例えば、銅合金の強度は、ホールペッチの法則によれば、結晶粒径の逆数の1/2乗に比例して向上することになる。
【0004】
また、上述の銅合金からなる鋳造品においては、最終凝固部において凝固収縮によって生成された空間に溶湯が十分に供給されないために、大きな引け巣が発生することが知られている。例えば、重力鋳造を行った場合には、引け巣は漏斗状をなし、その下方側にも小さな収縮孔が点在することになる。特に、Siを含有するCu−Zn系合金においては、液相線温度と固相線温度との差が大きく、上述の引け巣や収縮孔が発生し易い傾向にある。
このような鋳造欠陥を抑制するためには、凝固時に晶出する結晶粒を微細化することによって凝固の最終段階においても溶湯の流動性を確保することが有効である。
【0005】
そこで、特許文献2,3においては、Siを適量添加したCu−Zn系合金にZrとPとを共添加することにより、結晶粒を微細化する技術が提案されている。すなわち、Zr−P化合物粒子を分散させ、このZr−P化合物粒子を接種核として初晶を発生させることによって、結晶粒の微細化を図っているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3734372号公報
【特許文献2】特許第3964930号公報
【特許文献3】特許第4095666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2,3に示すように、Zr−P化合物粒子を接種核とした場合においても、結晶粒の微細化が不十分な場合があった。特に、凝固時の冷却速度が小さいときには、結晶粒を十分に微細化することができないといった問題があった。また、Cu−Zn系合金にSiを添加した場合には、凝固時にβ相が成長しやすく、初晶としてα相が十分に発生しないため、結晶粒の微細化を効率的に行うことができないおそれがあった。
【0008】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、Cu−Zn系合金にSiを添加した被削性に優れた銅合金において、結晶粒を確実に微細化することができ、機械的特性及び鋳造性に特に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の銅合金は、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有するとともに、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされていることを特徴としている。
【0010】
このような構成の銅合金においては、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、さらにZnを含有していることから、被削性に優れたCu−Zn系合金を得ることが可能となる。
また、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含有していることから、凝固時に晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することになる。
さらに、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされているので、Zrを含む粒子及びMgを含む粒子とが十分に存在することになり、特に、冷却速度が小さい場合であっても、結晶粒の微細化を図ることが可能となる。
【0011】
これにより、凝固の最終段階においても溶湯の流動性が確保され、最終凝固部において凝固収縮によって生成された空間に溶湯が十分に供給されることになり、大きな引け巣の発生が抑制される。したがって、引け巣を除去するために鋳塊を切断除去する部位が少なくなり、鋳造時の歩留りを大幅に向上させることができる。
【0012】
さらに、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することによって、得られる鋳塊及び鋳物(鋳造品)における凝固組織も微細化することになる。
凝固組織が微細である場合、強度、延性等の機械的特性が向上することになる。よって、鋳塊及び鋳物(鋳造品)の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを抑制でき、生産効率を大幅に向上させることができる。
また、鋳塊及び鋳物(鋳造品)の凝固組織が微細化されていることから、その後の加工においても結晶粒が粗大化することが抑制され、加工後の製品においても結晶粒が微細化されることになる。よって、加工後の製品においても、強度、延性等の機械的特性の向上を図ることが可能となるのである。
【0013】
ここで、前述の銅合金において、Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が存在することが好ましい。
この場合、Mg及びSを含有するMg−S化合物が分散し、このMg−S化合物の外側にZr及びPを含有するZr−P化合物が配設されるので、接種核の数が確保されることになり、確実に、凝固時に晶出するα相を等軸デンドライト化及び粒状結晶化することが可能となる。すなわち、Zr及びPのみを添加して場合に比べて、Mg及びSを添加することによって、Mg−S化合物がZr−P化合物の分散を促進することになるのである。
【0014】
さらに、前述の銅合金において、Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有してもよい。
Pb、Bi、Se、Teといった元素は、銅合金の被削性、プレス成形性及び耐磨耗性を向上させる作用効果を有する元素である。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、耐衝撃性、強度、延性、熱間加工性及び冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
【0015】
また、前述の銅合金において、Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有してもよい。
Sn,As,Sbといった元素は、耐潰蝕性、耐蝕性(特に、耐脱亜鉛腐食性)を向上させる作用効果を有する元素である。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、延性、冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
【0016】
また、前述の銅合金において、Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種以上の元素を含有していてもよい。
Al、Mnといった元素は、溶湯の流動性をさらに高める効果を有していることから、引け巣の発生をさらに確実に抑制することが可能となる。また、Al、Mnといった元素は、脱酸効果、強度向上、高速流速下での耐潰蝕性の向上、耐蝕性、耐摩耗性の向上を図ることができる元素でもある。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、鋳造性等に悪影響を及ぼすことになる。
【0017】
また、前述の銅合金において、Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とされていてもよい。
Ni及びFeといった元素は、Zr及びPを消費することから、結晶粒の微細化効果が低減してしまうおそれがある。このため、Ni及びFeの含有量を合計で0.35質量%以下に規定することが好ましい。
【0018】
本発明の鋳造品は、前述の銅合金からなる鋳造品であって、断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされていることを特徴としている。
ここで、鋳造品は、鋳造の開始部および終了部と、その中間部の全てを含んでもよいが、通常、鋳造品は、前述の開始部および終了部の一部または全部を除去したものである。また、上記割合は、鋳造方向に対して平行な断面、または垂直な断面のどちらでもよい。その平行または垂直な断面は、鋳造品の重心を含むように選択する。
【0019】
この構成の鋳造品においては、前述の銅合金で構成されていることから、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することによって、その凝固組織も微細化し、柱状晶領域が少なくなる。ここで、柱状晶領域が前記断面の10%以下である場合には、晶出するα相の等軸デンドライト化及び粒状結晶化が十分に行われていることになり、この鋳造品の強度、延性等の機械的特性が向上することになる。よって、鋳造品の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを防止することができる。
さらに、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することで、鋳造時の溶湯の流動性が向上し、大きな引け巣の発生が抑制され、鋳造時の歩留りを大幅に向上させることが可能となる。
【0020】
ここで、前述の鋳造品であって、断面のミクロ組織観察において、
(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされていることが好ましい。なお、ミクロ組織を観察する部位は、鋳造品の重心部を含む鋳造方向に対して平行または垂直な断面を選び、その重心部(重心部が銅合金となる場合)または冷却速度の最も遅い部位(重心部が空間となる場合)を観察する。
この場合、晶出するα相の微細化が十分に行われていることになり、この鋳造品の強度、延性等の機械的特性が向上することになる。これは、粒状結晶の方が、等軸デンドライトよりも微細であるためである。よって、鋳造品の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを防止することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、Cu−Zn系合金にSiを添加した被削性に優れた銅合金において、結晶粒を確実に微細化することができ、機械的特性及び鋳造性に特に優れた銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例におけるカーボン鋳型の冷却曲線である。
【図2】実施例における耐火断熱材鋳型の冷却曲線である。
【図3】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図4】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図5】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図6】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のマクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図7】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図8】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図9】実施例においてカーボン鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図10】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図11】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図12】実施例において耐火断熱材鋳型を用いた鋳造品のミクロ組織観察結果の一例を示す写真である。
【図13】実施例において、粒状結晶中に存在する晶出物のオージェ分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の実施形態である銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品について説明する。
本実施形態である銅合金においては、Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が存在している。そして、この複合化合物粒子を接種核として、初晶α相が発生した組織となっている。
【0024】
ここで、本実施形態である銅合金は、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有する。
ここで、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされている。
【0025】
さらに、Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素、及び、Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素、及び、Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素、を含有してもよい。
また、Fe及びNiを含有する場合には、Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とすることが好ましい。
【0026】
以下に、これらの元素の含有量を前述の範囲に設定した理由について説明する。
【0027】
(Cu,Zn)
本実施形態である銅合金は、CuとZnとを主成分としている。
ここで、Cuの含有量が69質量%未満である場合、すなわち、Zn等に対してCuの含有量が少ない場合には、β相が多く存在することになり、結晶粒の微細化を図ることができなくなるおそれがある。また、延性、冷間加工性、耐変色性、耐応力腐食割れ性、プレス性といった特性が低下することになる。
一方、Cuの含有量が88質量%を超える場合、すなわち、Zn等に対してCuの含有量が多い場合には、強度、耐摩耗性が低下するとともに、結晶粒の微細化効果が低減するおそれがある。
このような理由から、Cuの含有量を69質量%以上88質量%以下に設定している。
なお、Znは、引張強度、耐力等の機械的特性に影響を与える元素であるが、他の含有元素との関係から、Cu等の他の元素の残部として含有量を規定している。
【0028】
(Si)
Siは、被削性を向上させる作用を有する元素である。また、引張り強さ、耐力、衝撃強さ、疲労強度等の機械的特性を向上させる作用も有する。さらに、溶湯の流動性を向上させ、溶湯の酸化を防ぎ、融点を下げる作用も有する。
ここで、Siの含有量が2質量%未満である場合には、上述の作用効果を奏することができなくなる。すなわち、被削性を確保することができなくなる。
一方、Siの含有量が3.8質量%を超える場合には、初晶としてβ相が生成することになり、結晶粒の微細化効果を得ることができなくなる。
このような理由から、Siの含有量を、2質量%以上3.8質量%以下に設定している。なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、Siの含有量を2質量%以上3.6質量%以下の範囲内に設定することが好ましい。
【0029】
(Zr、P)
Zr及びPは、共添加されることによって結晶粒を微細化させる作用効果を有する元素である。
ここで、Zrの含有量が10質量ppm未満及びPの含有量が0.001質量%未満の場合には、上述の結晶粒の微細化効果を十分に奏功せしめることができない。
また、Zrは、酸素との親和力が強いものであるためZr酸化物等が発生し易く、溶湯の粘性が高くなり、鋳造時の酸化物等の巻き込み欠陥が発生し易くなる。また、ブローホールやミクロポロシティが発生しやすくなる。また、2000質量ppmを超えると、結晶粒を微細化させる作用効果も弱まる。これらを考慮した場合には、Zrの含有量を2000質量ppm以下とすることが好ましい。
さらに、Pは、耐蝕性、鋳造性等に影響を与える元素であるため、Pの含有量を0.5質量%以下とすることが好ましい。
以上のことから、本実施形態では、Zrの含有量を10質量ppm以上2000質量ppm以下の範囲内に設定している。なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、Zrの含有量を15質量ppm以上200質量ppm以下の範囲内に設定することが好ましい。
また、Pの含有量を0.001質量%以上0.5質量%以下の範囲内に設定している。
【0030】
(Mg、S)
Mg及びSは、共添加されることによって結晶粒を微細化させる作用効果を有する元素である。
ここで、Mgの含有量が5質量ppm未満及びSの含有量が1質量ppm未満の場合には、上述の結晶粒の微細化効果を十分に奏功せしめることができない。
また、Mgは、酸素との親和力が強いものであるためMg酸化物等が発生し易く、溶湯の粘性が高くなり、鋳造時の酸化物等の巻き込み欠陥が発生し易くなる。また、2000質量ppmを超えると、β相またはγ相と推測される非α相が増加するために延性が低下し、結晶粒の微細化効果も低下することになる。これを考慮した場合には、Mgの含有量を2000質量ppm以下とすることが好ましい。
さらに、Sは、熱間加工性に影響を与える元素であることから、100質量ppm以下とすることが好ましい。
以上のことから、本実施形態では、Mgの含有量を5質量ppm以上2000質量ppm以下の範囲内に設定している。
また、Sの含有量を1質量ppm以上100質量ppm以下の範囲内に設定している。なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、Sの含有量を1質量ppm以上30質量ppm以下の範囲内に設定することが好ましい。
【0031】
(Zr/Mg)
ここで、本実施形態では、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされている。
質量比Zr/Mgが0.05未満の場合には、Zr−P化合物が相対的に少なくなるため、結晶粒の微細化効果が低下することになる。
質量比Zr/Mgが5.0を超える場合には、Mg−S化合物が相対的に少なくなるため、結晶粒の微細化効果が低下することになる。
Mg−S化合物とZr−P化合物とを備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)による結晶粒の微細化効果を確実に奏功せしめるためには、質量比Zr/Mgを、0.05≦Zr/Mg≦1.0の範囲内とすることが好ましい。
【0032】
(Pb,Bi,Se,Te)
Pb,Bi,Se,Teといった元素は、銅合金の被削性、プレス成形性及び耐磨耗性を向上させる作用効果を有するものであり、用途にあわせて選択的に含有させることによって、これらの特性を向上させることが可能となる。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。
一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、耐衝撃性、強度、延性、熱間加工性及び冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
以上のような理由により、Pb,Bi,Se,Teの含有量をそれぞれ規定しているのである。
【0033】
(Sn,As,Sb)
Sn,As,Sbといった元素は、耐潰蝕性、耐蝕性(特に、耐脱亜鉛腐食性)を向上させる効果を有しており、用途にあわせて選択的に含有させることによって、これらの特性を向上させることが可能となる。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、延性、冷間加工性に悪影響を及ぼすことになる。
以上のような理由から、Sn,As,Sbの含有量をそれぞれ規定しているのである。
【0034】
(Al,Mn)
Al、Mnといった元素は、溶湯の流動性をさらに高める効果を有するとともに、脱酸効果、強度向上、高速流速下での耐潰蝕性の向上、耐蝕性、耐摩耗性の向上を図ることができる元素である。用途にあわせて選択的に含有させることによって、これらの特性を向上させることが可能となる。
ここで、これらの元素の含有量が下限値より少ない場合には、前述した作用効果を奏功せしめることができない。一方、これらの元素の含有量が上限値よりも多い場合には、前述の効果がさらに向上することはなく、逆に、鋳造性等に悪影響を及ぼすことになる。
以上のような理由から、Al,Mnの含有量をそれぞれ規定しているのである。
【0035】
(Ni,Fe)
Ni及びFeといった元素は、Zr及びPを消費することから、結晶粒の微細化効果が低減してしまうおそれがある。
このため、Ni及びFeを含有する場合には、これらの含有量を合計で0.35質量%以下に規定することが好ましい。
【0036】
なお、他の不可避不純物としては、Ti,Hf,C,Ba,Sc,Y,希土類元素,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Re,Ru,Os,Rh,Ir,Pd,Pt,Au,Cd,Ga,In,Li,Ge,Tl,O,Co,Ag,B,Be,N,H,Hg等が挙げられる。これらの不可避不純物は、総量で0.3質量%以下であることが好ましい。
【0037】
また、本実施形態である鋳造品は、前述の組成とされた銅合金で構成されており、断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされている。さらに、本実施形態である鋳造品は、断面のミクロ組織観察において、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされている。このようなマクロ組織及びミクロ組織を有する鋳造品は、鋳造組織の微細化が十分に達成されていることになる。
【0038】
すなわち、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することで、柱状晶の幅及び長さが減少して柱状晶領域が減少することになり、等軸晶領域が増加することになる。より好ましくは、柱状晶領域がなく全面が等軸晶領域となっていることが好ましい。但し、等軸晶の粒径が非常に微細となった場合には、肉眼で等軸晶を確認できないこともある。
なお、等軸デンドライトまたは粒状結晶が晶出した場合、ミクロ組織の以下の観察により、α相の粒径を測定できる。ここで、ミクロ組織を観察する部位は、鋳造品の重心部を含む鋳造方向に対して平行または垂直な断面を選び、その重心部(重心部が銅合金となる場合)または冷却速度の最も遅い部位(重心部が空間となる場合)を観察する。本実施形態である鋳造品の結晶粒径をJIS H 0501に規定された試験方法(切断法)で測定した場合、その粒状結晶の結晶粒径は0.2mm以下、好ましくは0.1mm以下、さらに好ましくは0.05mm以下である。
【0039】
この鋳造品は、次のようにして製造される。
まず、銅原料を溶解して得られた銅溶湯に、前述の元素を添加して成分調整を行い、銅合金溶湯を製出する。なお、元素の添加には、元素単体や母合金等を用いることができる。また、これらの元素を含む原料を銅原料とともに溶解してもよい。
ここで、銅溶湯は、純度が99.99%以上とされたいわゆる4NCuとすることが好ましい。また、当然ながら、本合金のリサイクル材およびスクラップ材を用いてもよい。
【0040】
また、溶解工程では、Zr及びMg等の酸化を抑制するために、真空炉、あるいは、不活性ガス雰囲気又は還元性雰囲気とされた雰囲気炉を用いることが好ましい。大気炉の場合は、酸化による減少分を考慮して添加すればよい。
そして、成分調整された銅合金溶湯を鋳型に注入して鋳塊及び鋳物を製出する。なお、大量生産を考慮した場合には、連続鋳造法または半連続鋳造法を用いることが好ましい。また、ダイキャスト、低圧鋳造、砂型鋳造も好ましい。
【0041】
以上のような構成とされた本実施形態である銅合金、及び、この銅合金からなる鋳造品によれば、Cu;69質量%以上88質量%以下、Si;2質量%以上3.8質量%以下、さらにZnを含有していることから、被削性に優れたCu−Zn系合金を得ることが可能となる。
【0042】
また、P;0.001質量%以上0.5質量%以下、S;1質量ppm以上100質量ppm以下、Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、を含有しており、ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされているので、ZrとPを含むZr−P化合物とMgとSを含むMg-S化合物とが十分に存在することになる。
よって、Mg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が分散されることになり、この複合化合物粒子を接種核として、初晶α相が発生することで、凝固時において晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することになる。
【0043】
よって、凝固の最終段階においても溶湯の流動性が確保されることになり、最終凝固部において凝固収縮によって生成された空間に溶湯が十分に供給され、大きな引け巣の発生を抑制することができる。
さらに、晶出するα相が等軸デンドライト化及び粒状結晶化することによって、鋳造品(鋳塊及び鋳物)における凝固組織も微細化することになる。具体的には、本実施形態である鋳造品は、断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされており、さらに、前述の鋳造品であって、断面のミクロ組織観察において、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされていることが好ましい。
このように、鋳造品において凝固組織が微細であることから、強度、延性等の機械的特性が向上することになる。よって、鋳造品の加工性が大幅に向上し、熱間加工、冷間加工時において、割れ等の欠陥が発生することを防止することができる。
【0044】
また、Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することによって、被削性、プレス成形性及び耐磨耗性を向上させることが可能となる。
さらに、Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することにより、耐潰蝕性、耐蝕性(特に、耐脱亜鉛腐食性)を向上させることが可能となる。
また、Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種以上の元素を含有することにより、鋳造性、脱酸、強度、高速流速下での耐潰蝕性、耐摩耗性を向上させることが可能となる。
このように、各種の元素を添加した場合であっても、Zr,P,Mg,Sの添加によって結晶粒の微細化を図ることが可能である。
【0045】
さらに、Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とし、他の不可避不純物を総量で0.3質量%以下としているので、Zr,P,Mg,Sの添加による結晶粒の微細化の効果を確実に奏功せしめることができる。
【0046】
以上、本発明の実施形態である銅合金について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、Cu,Zn,Si,P,S,Zr,Mg以外の元素については、必要に応じて添加すればよい。なお、Pb,Bi,Se,Te,Sn,As,Sb,Al,Mnといった元素は、不可避不純物として混入することもある。この場合、これらの元素の含有量は、上述の範囲から逸脱していてもよい。
【0047】
また、Sは、銅合金中に不可避不純物として存在する元素であるため、溶解鋳造時に積極的に添加する必要はない。
さらに、銅合金(鋳造品)の製造方法の一例について説明したが、製造方法は本実施形態に限定されることはなく、既存の製造方法を適宜選択して製造してもよい。
【実施例】
【0048】
以下に、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果について説明する。
純度99.99%以上の無酸素銅からなる銅原料を準備し、これをアルミナ坩堝内に装入して、Arガス雰囲気とされた雰囲気炉内において高周波溶解した。得られた銅溶湯内に、各種添加元素を添加して表1―3に示す成分組成に調製し、カーボン鋳型及び耐火断熱材鋳型に注湯して鋳塊を製出した。耐火断熱材にはイソライト(登録商標)を用いた。なお、鋳込み温度は1100℃とした。鋳塊の大きさは、カーボン鋳型が厚さ約20mm×幅約20mm×長さ約60〜80mm、耐火断熱材鋳型が厚さ約30mm×幅約30mm×長さ約30〜40mmとした。
なお、900℃から800℃までの冷却速度は、図1及び図2に示すように、カーボン鋳型は約7℃/sec、耐火断熱材鋳型は約0.5℃/secである。
【0049】
(凝固組織の判定)
図3〜6に示すように、鋳塊を長手方向に沿って半分に切断し、この縦断面に対して研磨を実施し、硝酸を用いてエッチング処理してマクロ組織を観察した。
また、鋳塊を長手方向に沿って半分に切断した後、所定の箇所から観察試料を採取し、観察面を研磨した。そして、腐食液として硫酸と硝酸の混合液を用いてエッチングを行い、光学顕微鏡にてミクロ組織を観察した。なお、観察試料は、特に言及がない場合には、鋳塊の重心部、すなわち、長さ、幅及び厚さの中央部から採取した。
【0050】
ここで、図3から図6にマクロ組織を観察した例を示す。なお、図3及び図4がカーボン鋳型を用いたもの、図5及び図6が耐火断熱材鋳型を用いたものである。
図3、図5に示すように、柱状晶領域が10%以上である場合には、マクロ組織判定を×とした。
図4、図6に示すように、柱状晶領域が10%未満であって、断面のほとんどが等軸晶からなる場合には、マクロ組織判定を○とした。
【0051】
また、図7から図12にミクロ組織を観察した例を示す。なお、図7から図9がカーボン鋳型を用いたもの、図10から図12が耐火断熱材鋳型を用いたものである。
マクロ組織観察において柱状晶領域が断面の10%超の場合、その柱状晶領域のミクロ観察を行った。その結果、図7、図10に示すように、柱状デンドライトが観察された。このような柱状デンドライトが観察された場合には、ミクロ組織判定を「××」とした。
マクロ組織観察において柱状晶領域が断面の10%以下の場合、前述の重心部のミクロ観察を行った。その結果、等軸デンドライトと粒状結晶の2種類が観察された。そこで、図8、図11に示すように、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%未満の場合は、ミクロ組織判定を「×」とした。図9、図12に示すように、(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上の場合は、ミクロ組織判定を「○」とした。
評価結果を表1−3に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
比較例1−6においては、カーボン鋳型及び耐火断熱材鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価が全て「×」、「××」となった。Zrが本発明の範囲を超える比較例7では、カーボン鋳型のマクロ組織評価は「○」であったが、それ以外は「×」、「××」であった。
Zr、Pを適量添加し、かつ、Mgを添加していない比較例8では、カーボン鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価、及び、耐火断熱材鋳型のマクロ組織評価は「○」となったが、耐火断熱材鋳型のミクロ組織評価が「×」となった。つまり、冷却速度が小さいときには、十分な微細化効果を得ることができなかったことが確認された。
また、Zr/Mgが0.05未満とされた比較例9では、耐火断熱材鋳型のミクロ組織評価が「×」となった。さらに、Zr/Mgが5.0を超える比較例10では、耐火断熱材鋳型のマクロ組織が「×」、カーボン鋳型のミクロ組織が「×」、耐火断熱材鋳型のミクロ組織が「××」であった。
【0056】
これに対して、本発明の組成範囲内とされた本発明例1−52においては、カーボン鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価、及び、耐火断熱材鋳型のマクロ組織評価とミクロ組織評価のいずれもが「○」であった。添加元素としてPb,Bi,Se,Te,Sn,As,Sb,Al,Mn,Ni,Feを含有する本発明例19−49においても、十分な微細化効果を得ることが可能であった。
【0057】
また、本発明例2のカーボン鋳型の鋳造品のα相の粒状結晶の中心部に存在する晶出物のオージェ分析を実施した。結果を図13に示す。この結果、Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子(上記2相を含有する化合物の粒子)が存在することが確認された。この複合化合物粒子がα相の接種核となり、高い核生成密度が得られたものと推測される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu;69質量%以上88質量%以下、
Si;2質量%以上3.8質量%以下、
P;0.001質量%以上0.5質量%以下、
S;1質量ppm以上100質量ppm以下、
Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、
Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、
を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有するとともに、
ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされていることを特徴とする銅合金。
【請求項2】
請求項1に記載の銅合金において、
Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子が存在することを特徴とする銅合金。
【請求項3】
請求項1及び請求項2に記載の銅合金において、
Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする銅合金。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の銅合金において、
Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする銅合金。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の銅合金において、
Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種以上の元素を含有することを特徴とする銅合金。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の銅合金において、
Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とされていることを特徴とする銅合金。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の銅合金からなる鋳造品であって、
断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされていることを特徴とする鋳造品。
【請求項8】
請求項7に記載の鋳造品であって、
断面のミクロ組織観察において、
(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされていることを特徴とする鋳造品。
【請求項1】
Cu;69質量%以上88質量%以下、
Si;2質量%以上3.8質量%以下、
P;0.001質量%以上0.5質量%以下、
S;1質量ppm以上100質量ppm以下、
Zr;10質量ppm以上2000質量ppm以下、
Mg;5質量ppm以上2000質量ppm以下、
を含み、残部がZnと不可避不純物とからなる組成を有するとともに、
ZrとMgの質量比Zr/Mgが、0.05≦Zr/Mg≦5.0の範囲内とされていることを特徴とする銅合金。
【請求項2】
請求項1に記載の銅合金において、
Mg及びSを含有するMg−S化合物と、このMg−S化合物の外側に接触するZr及びPを含有するZr−P化合物と、を備えた複合化合物粒子が存在することを特徴とする銅合金。
【請求項3】
請求項1及び請求項2に記載の銅合金において、
Pb;0.005質量%以上0.45質量%以下、Bi;0.005質量%以上0.45質量%以下、Se;0.03質量%以上0.45質量%以下、Te;0.01質量%以上0.45質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする銅合金。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の銅合金において、
Sn;0.05質量%以上1.5質量%以下、As;0.02質量%以上0.25質量%以下、Sb;0.02質量%以上0.25質量%以下、から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする銅合金。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の銅合金において、
Al;0.02質量%以上1.5質量%以下、Mn;0.2質量%以上4質量%以下、から選択された1種以上の元素を含有することを特徴とする銅合金。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の銅合金において、
Ni及びFeの含有量が合計で0.35質量%以下とされていることを特徴とする銅合金。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の銅合金からなる鋳造品であって、
断面のマクロ組織観察において、柱状晶領域が前記断面の10%以下とされていることを特徴とする鋳造品。
【請求項8】
請求項7に記載の鋳造品であって、
断面のミクロ組織観察において、
(粒状結晶の数)/(粒状結晶の数+等軸デンドライトの数)が50%以上とされていることを特徴とする鋳造品。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2013−67824(P2013−67824A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205229(P2011−205229)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(000176822)三菱伸銅株式会社 (116)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(000176822)三菱伸銅株式会社 (116)
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