説明

鋳鉄材・鋼材の表面硬化処理方法

【課題】基地組織中に炭素量が極めて少ないフェライト系鋳鉄材または低炭素鋼材の表面硬化を簡便に実現できる処理方法を提供することである。
【解決手段】基地組織中にフェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材にツールを押圧させて回転させながら移動することにより該鋳鉄材または鋼材の基地組織中に炭素を拡散させ、その後ツール通過領域を冷却させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基地組織のフェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材の表面硬化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳鉄材は一般的に成形性や低コスト性に優れ、併せて高い切削性や振動吸収能も有している。中でも球状黒鉛鋳鉄は引張強度や伸びなどの機械的性質に優れ、鋼に匹敵する強度を有し、靭性においても優れていることからプレス金型、工作機械、歯車、自動車のエンジンや部品などに用いられている。
【0003】
これらの用途の中には、プレス金型や工作機械あるいは歯車の摺動部のように局所的に高い硬度や耐摩耗性などの機械的特性が要求される場合があり、そのために表面硬さを増し、耐摩耗性を向上させる表面焼入れなどの表面硬化処理を施す必要がある。
【0004】
フェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材は、基地組織中の炭素量が少ないために従来技術で焼入れを行うことはほとんど不可能である。因みに、図22は本発明者らがCu量の異なる球状黒鉛鋳鉄(C3.65%,Si2.2%、MnO0.35%、CuO3〜0.5%、Mo0.4%,Ni1.20%,MgO0.047%)について高周波焼入れを行って硬度を調べた結果を示すが、水冷の場合(a)と空冷の場合(b)のいずれにおいても、フェライト面積率が70%以上になると焼入れが出来ないことが知見されている。
【0005】
これに対して炭素含有量が多いパーライト系鋳鉄材やフェライト面積率が70%以下の鋳鉄材または炭素量が0.3%以上の鋼材は、レーザー焼入れ、火炎焼入れ、下記特許文献1で知られるような高周波焼入れなど従来方法での硬化が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
特開平11−12646号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
鋼材や鋳鉄材を焼入れする場合には、材料をまず焼入れ温度に加熱してオーステナイト組織に変え、その後急冷してマルテンサイト組織に変態させるのであるが、フェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材は、鉄−炭素系平衡状態図から知られているように、材料をまずオーステナイト組織に変態させてからフェライト中に炭素を拡散させるために950℃以上に加熱した後、マルテンサイト変態を起こすよう急冷する必要がある。ところがレーザー焼入れや火炎焼入れまたは高周波焼入れなどの従来焼入れ法では、どんなに高温で長時間保持したとしても、結局十分な焼入れ硬度が得られないという問題があった。同様に構造材全体を熱処理炉に入れて加熱する焼入れ方法の場合は局所的な急冷が難しいため焼入れには不向きであった。
【0008】
本発明は上記の点に鑑みてなされたもので、フェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材について表面硬化を実現できる処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、フェライト面積率が70%以上の鋳鉄材にツールと呼ばれる工具を使って表面に押し当てながら高速で回転させ、材料とツールとの間に生じる摩擦熱を利用して材料中に炭素を拡散させ、その後ツール通過領域を急冷して材料に変態と組織の微細化を同時に引き起こさせる。
【0010】
炭素量が0.3%以下の鋼材においては、外部から供給されるカーボンをツールとこれら被処理材との間で発生する摩擦熱により基地組織中に拡散させ、その直後に冷却させることによりマルテンサイト変態を起こさせ硬化層を生成させるものである。
【0011】
硬化層の広がりや深さはツールの移動速度、回転速度、ツールにかける荷重の大きさにより変わるので、適宜選定することにより所望の硬化層が得られる。
たとえばツールの移動速度をV(mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL(kg)としたとき、
30,000≦N×L/V<150,000
を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lを選定するのが好ましく、ツールの加圧荷重を5000kgとしたとき、ツールの移動速度Vを50〜150mm/分、ツールの回転速度Nを900〜1500rpmとするのが好ましい。
【0012】
また被処理材が鋼材の場合は、その表面硬化処理は、ツールにより供給されたカーボンを覆う第1のステップと、その後該カーボンを撹拌する第2のステップと、撹拌されたカーボンを鋼材の基地組織中に拡散する第3のステップと、拡散後急冷する第4のステップから成ると考えられるので、第1〜第4のステップをツールの1回の移動により処理するか、あるいはステップごとにツールを1回移動させるか、あるいは2つまたは3つのステップに対してツールを1回移動させるかにより硬化層の厚みや安定性を変えることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、靭性に優れたフェライト鋳鉄材の表面に所望硬度(たとえばビッカース硬度で400以上)の硬化層を形成することができる。
【0014】
本発明の表面硬化処理法によれば、被処理材の大きさや形状を問わずまた部材の局所に対して表面硬化処理が可能である。摩擦熱の影響を受けるのは被処理材の局部に限られるので、内部応力の発生が少なく、そのために材料に焼き割れや歪あるいは変形などが生じることがない。
【0015】
また本発明の表面硬化処理法は外部からの強制加熱によらず、局部的に発生する摩擦熱による加熱であるため被処理材全体を過加熱することなく、材料の溶損を防止することができるとともに、被処理材の再結晶化を促進し、結晶粒の粗大化および硬化層の脆弱化を防ぐことができる。
【0016】
本発明による表面硬化処理は、ツールの回転速度、移動速度、ツールにかける荷重の大きさをコンピュータ制御することにより行われるので、従来の焼入れ法のような作業者の勘や経験に基づく熟練を要さずに均一な焼入れ硬度を得ることができる。ツールの条件を制御することにより、材料に部分的な焼入れ領域や深さを自由に調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明による表面硬化処理法の実施状態を示す。
【図2】ツールを動作状態で示す。
【図3】本発明の実施例1の実験番号1で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図4】本発明の実施例1の実験番号2で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図5】本発明の実施例1の実験番号3で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図6】本発明の実施例1の実験番号4で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図7】本発明の実施例1の実験番号5で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図8】本発明の実施例1の実験番号6で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図9】本発明の実施例1の実験番号7で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図10】本発明の実施例1の実験番号8で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図11】本発明の実施例1の実験番号9で得られた被処理材の断面におけるカラー硬度分布図である。
【図12】本発明の実施例1の実験番号1で得られた被処理材の一部組織の高倍率顕微鏡写真を示す。
【図13】本発明の実施例1の実験番号3で得られた被処理材の一部組織の高倍率顕微鏡写真を示す。
【図14】本発明の実施例1の実験で得られた各被処理材の表面硬度測定結果を示す。
【図15】本発明の実施例1の実験で得られた各被処理材の深さ方向の硬度測定結果を示す。
【図16】本発明の実施例1におけるツール移動速度とツール回転速度の組み合わせ可能領域を示す。
【図17】本発明の実施例2における表面硬化処理法を示す。
【図18】本発明の実施例2の4パス処理で得られた被処理材の処理部表層部の高倍率顕微鏡写真を示す。
【図19】本発明の実施例2におけるカーボン粒子供給方法の別の実施態様を示す。
【図20】本発明の実施例2におけるカーボン粒子供給方法のさらに別の実施態様を示す。
【図21】本発明の実施例2におけるカーボン粒子供給方法のさらに別の実施態様を示す。
【図22】球状黒鉛鋳鉄についてフェライト面積率と焼入れ硬度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0019】
本発明の表面硬化処理方法は、ツールと呼ばれる工具を使って表面処理しようとする材料に押し当てながら高速で回転させ、材料とツールとの間に生じる摩擦熱を利用して材料中に炭素を拡散させ、その後急冷して材料に変態と組織の微細化を同時に引き起こさせるものである。
【0020】
また本発明で焼入れつまり硬化処理できる材料は、フェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材が好ましい。
【0021】
図1は本発明による表面硬化処理方法を説明する図である。
【0022】
図において、1は表面硬化処理しようとする鋳鉄材または鋼材のような被処理材、2は被処理材1に加圧状態で接触しながら回転し、移動するほぼ円柱状のツール、3はツール2に荷重をかけながら回転、移動する工作機械などの駆動装置である。4はツール2が通過して硬化処理された処理部、5は処理部4が深さ方向に及んでいることを示す。ツールは、バリの発生状態に応じて底面を凸面または凹面形状とするのが効果的であり、攪拌量を増やすために円柱底部中央に突起を付けるのも効果的である。
【0023】
図2はツール2を動作状態で示しており、ツール2は白矢印Dで示す方向に荷重をかけられて被処理材1に押しつけられた状態で図1に矢印Aで示すように回転されながら矢印Bの方向に移動される。その際ツール2は被処理材1の表面に対して移動方向後方に角度(前進角)θ(°)だけ傾斜させる。
【0024】
以下に本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0025】
フェライト球状黒鉛鋳鉄を被処理材とした表面硬化処理について説明する。
【0026】
被処理材:フェライト球状黒鉛鋳鉄(FCD450)製板材
(厚さ5mm、幅100mm、長さ300mm)
基地組織はすべてフェライト組織
ビッカース硬度 180〜200HV

ツール:超鋼合金(WC)製
直径25mm、長さ30mm

処理条件:ツールの前進角3°
ツールの回転速度 900〜1500rpm
ツールの移動速度 50mm〜150mm/分
ツールへの荷重 5000kgf(5トン)

上記被処理材に対してツール2の前進角(3°)および荷重(5000kgf)は同じとし、回転速度Nを900rpm、1200rpm、1500rpm、移動速度Vを50mm/分 、100mm/分、150mm/分と変えて下記の9条件について実験した。
【0027】

実験番号 回転速度N 移動速度V 回転ピッチV/N
(rpm) (mm/分) (mm/r)
1 1500 50 0.03
2 1200 50 0.04
3 900 50 0.06
4 1500 100 0.07
5 1200 100 0.08
6 1500 150 0.10
7 900 100 0.11
8 1200 150 0.13
9 900 150 0.17

回転ピッチとはツールが1回転する間に移動する距離で、移動速度V/回転速度Nで表され、回転ピッチが大きいと被処理材に投入される熱量(入熱量という)が減少する。
【0028】
この実施例における硬化処理のメカニズムは、被処理材であるフェライト材の基地組織中に分散している球状黒鉛がツールと被処理材との摩擦攪拌により発生する熱により基地組織中に拡散し、ツール通過後急速に冷却されてマルテンサイト組織に変態し硬化するものと考えられる。冷却は自然冷却である。
【0029】
処理後、被処理材の処理部の硬度を測定した。
【0030】
硬度測定にはビッカース硬度計を用い、荷重を1.961N、圧子保持時間を15秒とし、圧痕(測定)間隔はツールの通過中心から左右にそれぞれ12mmの領域を1.0mm間隔でかつ被処理材の表面から0.1mmごとの深さについて測定した。その結果を図3〜図11に示す。各図にはビッカース硬度(Hv)のカラー指標をつけてある。
【0031】
実験番号1〜9のうち、後述する入熱量が過多気味の実験番号1と入熱量が適切な実験番号3について処理後の一部の組織の高倍率顕微鏡写真を図12および図13として示す。図12からは、実験番号1の条件ではパーライト領域が広く深く認められ、そのビッカース硬度は400程度であることが分かる。また図13からは、実験番号3の条件ではマルテンサイト領域が広く深く認められ、そのビッカース硬度は550以上にも至っていることが分かる。
【0032】
図14は同じ実験結果について、ツールの通過中心位置と中心から左右に6mm離れた位置の3つの位置における材料表面の硬度の平均値を示しており、図15は被処理材の表面から深さ0.2mm、0.7mm、1.2mmの3つの位置における硬度の平均値を9実験例について示したものである。
【0033】
図14からは、処理部の中心に近いほど硬化の度合いが大きくなっており、後退側(ツールの回転方向下流側)の硬化の度合いが前進側(ツールの回転方向上流側)の硬度の度合いより小さくなっていることが分かる。安定してより広範囲に硬化させたい場合は実験番号3が適している。
【0034】
また図15からは、処理部の表面に近いほど硬化の度合いが大きいことが分かる。また実験番号2からは、より深くまで改質できることが分かる。ツールの移動速度と回転速度のいずれの組み合わせにおいても処理前の硬度(ビッカース高度180〜200HV)よりも硬度が向上していることが確認できたが、用途面から材料に要求される硬度の程度や深さに応じてツールの移動速度と回転速度の組み合わせを決定すればよい。たとえば材料表面においてビッカース硬度400以上を必要とする場合には、移動速度150mm/分と回転速度1200rpmの組み合わせは好ましくないことになる。
【0035】
図16は上記実験結果に基づき、少なくとも硬度向上が認められたツールの移動速度V(mm/分)と回転速度N(rpm)との組み合わせ領域を示したもので、斜線の領域がそれに当たる。図中には上記実験番号1〜9のツール条件を対応する数字を丸で囲んで示してある。ツールの移動速度をV、回転速度をN、ツールへの荷重をL(kg)とすると、処理部の温度はツールの摩擦撹拌により発生し被処理材に投入される熱量(入熱量)により決まり、この入熱量はN×L/Vに比例するので、図16の斜線領域は次の式(1)で表される。
【0036】

30,000≦N×L/V<150,000 ・・・ (1)

ツールの径(25mm)Dを考慮すると、入熱量はN×L×D/Vに比例するので斜線領域は次の式(2)で表される。
【0037】

750,000≦N×L×D/V<3,750,000 ・・・(2)

上記実施例は被処理材の一例としてFCD450を用いたが、他のフェライト系球状黒鉛鋳鉄、特に従来表面硬化処理が不可能とされているフェライト率70%以上の鋳鉄、さらには、オーステナイト系鋳鉄、パーライト系鋳鉄についても同様に適用して表面硬度の向上を実現できる。
【0038】
上式(1)および(2)は板厚が5mm、幅が100mm、長さが300mmの被処理材に対するものである。したがって、被処理材の板厚がより厚くなると、式(1)および(2)の上限の値をそれぞれ、150,000×t/5 (t:板厚(mm))、3,750,000×t/5 (t:板厚(mm))とするのが望ましい。
【0039】
さらに、式(1)および(2)は前進角を3°としているため、前進角をこれより大きくした場合には、接触面積が小さくなりより局所的に加熱されるため、温度が上昇し、前進角をこれより小さくした場合には温度が低下することが予測される。したがって、前進角が3°以上の場合には、式(1)の下限の値を30,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)とし、式(2)の下限の値を750,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)とし、また前進角が3°以下の場合には、式(1)の上限の値を150,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)とし、式(2)の上限の値を3,750,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)と考えればよい。
【0040】
また被処理材に対してツールの通過領域を同方向に一部重ねて処理すること(いわゆるマルチパス)により幅広い領域を硬化することができることが実験により確認された。
【実施例2】
【0041】
純鉄を被処理材とした表面硬化処理について説明する。
【0042】
被処理材:純鉄(99.9%)製板材
(厚さ5mm、幅100mm、長さ300mm)

ツール:超鋼合金製
直径25mm、長さ30mm

処理条件:ツールの前進角3°
ツールの回転速度 900〜1500rpm
ツールの移動速度 50mm〜150mm/分
ツールへの荷重 5000kgf(5トン)

処理に先立ち、図17に示すように、被処理材1の中央部長手方向に幅3mm、深さ3mmの溝10を形成し、その溝10に黒鉛粒子20約2.7gを均一に充填する。
【0043】
処理は次の4つのステップから成る。
【0044】
ステップI:溝10に蓋をする。
【0045】
ステップII:炭素の撹拌
ステップIII:炭素の拡散
ステップIV:急冷
本発明者らはステップI〜IVを何工程(パス)で処理するかをいろいろ変えて実験した。冷却は自然冷却である。
(1)ステップI、II、III、IVを1工程で処理(1パス処理)
ツールの条件
移動速度:16〜50mm/分
回転速度:1200rpm
荷 重 :2000kg
実施例1における式(1)および(2)と同様に、ツールの移動速度をV(mm/分)、回転速度をN(rpm)、荷重をL(kg)、直径をD(mm)とすると、この処理で硬度化が認められツール条件は次の式(3)および(4)を満足する領域になる。
【0046】

48,000<N×L/V<150,000 ・・・ (3)

1,200,000<N×L×D/V<3,750,000 ・・・(4)

上式(3)および(4)は板厚が5mm、幅が100mm、長さが300mmの被処理材に対するものである。したがって、被処理材の板厚がより厚くなると、式(3)および(4)の上限の値をそれぞれ、150,000×t/5 (t:板厚(mm))、3,750,000×t/5 (t:板厚(mm))とするのが望ましい。
【0047】
また、式(3)および(4)は前進角を3°としているため、実施例1の場合と同様に、前進角をこれより大きくした場合には、接触面積が小さくなりより局所的に加熱されるため、温度が上昇し、前進角をこれより小さくした場合には温度が低下することが予測される。したがって、前進角が3°以上の場合には、式(3)の下限の値を48,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)とし、式(4)の下限の値を1,200,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)とし、また前進角が3°以下の場合には、式(3)の上限の値を150,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)とし、式(4)の上限の値を3,750,000×cos θ/cos (3°)(θ:前進角:°)と考えればよい。
【0048】

(2)ステップI、II、IIIとステップIVの2工程で処理(2パス処理)
ツールの条件
1回目のパス(ステップI、II、III)
移動速度 回転速度 荷 重
40mm/分 1200rpm 2000kg

2回目のパス(ステップIV)
実験番号 移動速度 回転速度 荷 重 入熱量 ピッチ
1 1400mm/分 1200rpm 5000kg 4.3×103 1.17
2 1600mm/分 1200rpm 5000kg 3.8×103 1.33
3 1800mm/分 1200rpm 5000kg 3.3×103 1.50
4 2000mm/分 1200rpm 5000kg 3.0×103 1.66
5 58mm/分 1750rpm 2000kg 6.0×104 0.033
6 40mm/分 1200rpm 2000kg 6.0×104 0.033
7 30mm/分 900rpm 2000kg 6.0×104 0.033
8 20mm/分 600rpm 2000kg 6.0×104 0.033

実験番号1〜6に対してマルテンサイトが確認された(ビッカース硬度550HV 以上)。ただし実験番号1〜4については硬化層はやや薄い。
【0049】
以上から、マルテンサイトが確認できた条件は次のようになる。
【0050】
1回目パスについては、荷重2000kg、移動速度50mm/分以下、回転速度1200rpm、2回パスについては荷重5000kg、移動速度2000mm/分、回転速度600rpm以上。
【0051】
以上の2パス処理の場合で硬化度が認められるツール条件は、ツールの移動速度V(mm/分)と回転速度N(rpm)と荷重(kg)と直径D(mm)が次の式(5)、(6)、(7)、(8)を満足する領域となる。
【0052】

1回目のパス
48,000<N×L/V ・・・ (5)
2回目のパス
1,500<N×L/V<150,000 ・・・ (6)
1回目のパス
1,200,000<N×L×D/V ・・・(7)
2回目のパス
37,500<N×L×D/V<3,750,000 ・・・(8)

被処理材の板厚(5mm)とツールの前進角(3°)を変えた場合は、1パス処理について記載した場合と同じ考え方をすればよい。
【0053】

(3)ステップIと、ステップII、IIIと、ステップIVの3工程で処理(3パス処理)
ツールの条件1
1回目のパス(ステップI)
移動速度 回転速度 荷 重
50mm/分 1200rpm 1000kg

2回目のパス(ステップIIおよびIII)
移動速度 回転速度 荷 重
40mm/分 1200rpm 2000kg

3回目のパス(ステップIV)
実験番号 移動速度 回転速度 荷 重 入熱量 ピッチ
1 2000mm/分 1200rpm 5000kg 3.0×103 1.67
2 2000mm/分 1000rpm 5000kg 2.5×103 2.00
3 2000mm/分 900rpm 5000kg 2.3×103 2.22
4 2000mm/分 800rpm 5000kg 2.0×103 2.50
実験番号1〜4のすべてについてマルテンサイトが確認された(ビッカース硬度550HV 以上)。また、ステップIをステップII、IIIと切り離すことで、黒鉛の排出が少なく、硬化層は厚くできる。
【0054】
第3回目のパスについては、荷重5000kg、移動速度2000mm/分に対して回転速度600rpmまで硬化が可能であることが確認できた。
【0055】
硬化層(マルテンサイト層)の厚さは回転速度が小さい方が厚くなることが確認できた。それはバリとしての排出が少なくて有効であると考えられる。
【0056】

ツールの条件2
1回目のパス(ステップI)
移動速度 回転速度 荷 重
50mm/分 1200rpm 1000kg

2回目のパス(ステップIIおよびIII)
実験番号 移動速度 回転速度 荷 重 入熱量 ピッチ
1 10mm/分 1200rpm 2000kg 2.4×105 0.008
2 20mm/分 1200rpm 2000kg 1.2×105 0.017
3 30mm/分 1200rpm 2000kg 0.8×105 0.025
4 40mm/分 1200rpm 2000kg 0.6×105 0.033

3回目のパス(ステップIV)
移動速度 回転速度 荷 重
200mm/分 1200rpm 1000kg

実験番号1はツールが沈みすぎて実験できず、実験番号2についてはマルテンサイトは確認できなかった。実験番号3、4についてはマルテンサイトが確認された(ビッカース硬度550HV 以上)。
【0057】

(4)ステップI、II、III、IVを別々の4工程で処理(4パス処理)
ツールの条件1
1回目のパス(ステップI)
移動速度 回転速度 荷 重
50mm/分 1200rpm 1000kg

2回目のパス(ステップII)
移動速度 回転速度 荷 重
50mm/分 1200rpm 位置制御

3回目のパス(ステップIII)
移動速度 回転速度 荷 重
25mm/分 1200rpm 2000kg

4回目のパス(ステップIV)
実験番号 移動速度 回転速度 荷 重 入熱量 ピッチ
1 600mm/分 1200rpm 5000kg 1.0×104 0.50
2 800mm/分 1200rpm 5000kg 7.5×103 0.67
3 1000mm/分 1200rpm 5000kg 6.0×103 0.83
4 1200mm/分 1200rpm 5000kg 5.0×103 1.00
5 1400mm/分 1200rpm 5000kg 4.3×103 1.17
6 100mm/分 1200rpm 1000kg 1.2×104 0.083
7 200mm/分 1200rpm 1000kg 0.6×104 0.167
8 200mm/分 1200rpm 2000kg 1.2×104 0.167
9 400mm/分 1200rpm 2000kg 0.6×104 0.333
10 600mm/分 1200rpm 3000kg 0.6×104 0.500

実験番号1および6に対してはマルテンサイトが確認されなかったが、実験番号2に対しては一部にマルテンサイトの生成が認められた。従って入熱が多い側の境界は実験番号2のツール条件であることが確認できた。また入熱が少ない側では移動速度が1400mm/分の実験番号4の場合でもマルテンサイトの生成が確認された。実験番号3、4、5、7〜10のすべてに対してはマルテンサイト(ビッカース硬度550HV 以上)の生成が確認された。同じ入熱量なら移動速度が速いほうがマルテンサイトの生成には有利であることが分かる。
【0058】
また、2回目のパス、すなわち攪拌のプロセスではツールの底面にある突起のあるツールを用いることで攪拌量が増し、硬化層を厚くできる。
【0059】

ツールの条件2
1回目のパス(ステップI)
移動速度 回転速度 荷 重
50mm/分 1200rpm 1000kg

2回目のパス(ステップII)
移動速度 回転速度 荷 重
50mm/分 1200rpm 位置制御

3回目のパス(ステップIII)
実験番号 移動速度 回転速度 荷 重 ピッチ
1 25mm/分 1200rpm 1000kg 0.021
2 20mm/分 1200rpm 1000kg 0.017
3 40mm/分 1200rpm 2000kg 0.033
4 15mm/分 1200rpm 1000kg 0.013
5 30mm/分 1200rpm 2000kg 0.025
6 25mm/分 1200rpm 2000kg 0.021
7 10mm/分 1200rpm 1000kg 0.008
8 10mm/分 1200rpm 2000kg 0.008

4回目のパス(ステップIV)
移動速度 回転速度 荷 重
200mm/分 1200rpm 1000kg

実験番号1および2に対してはマルテンサイトが確認されなかったが、実験番号3に対しては一部にマルテンサイトの生成が認められ、実験番号4〜8のすべてに対してはマルテンサイト(ビッカース硬度550HV 以上)の生成が確認された。
【0060】
図18は4パス処理(ツール条件2)の中で3回目パスについての実験番号8つまり下記の条件で得られた処理部の表層部の高倍率顕微鏡写真を示す。
【0061】
移動速度 回転速度 荷 重
1回目のパス 50mm/分 1200rpm 1000kg
2回目のパス 50mm/分 1200rpm 位置制御
3回目のパス 10mm/分 1200rpm 2000kg
4回目のパス 200mm/分 1200rpm 1000kg

白い結晶粒の中に針状のマルテンサイト組織が認められ、硬度はビッカース硬度で600HV〜700HVであった。
【0062】
以上から、ステップI、II、III、IVを別々の工程で処理すると、工程的には時間がかかるが、生成されるマルテンサイトの厚みは厚くなり、材料を安定して硬化することができることが判明した。
【0063】
上記実施例2は被処理材の一例として純鉄を使用したが、SS400,SM490,S20C等の普通炭素鋼についても同様に適用して表面硬度の向上を実現できる。また、従来法でも硬化処理することが可能なS35CやS50Cなどの中炭素鋼や高炭素鋼においても、本プロセスを用いることにより、炭素量が増加するため、到達する硬度は上昇するので、用途によっては有用である。また被処理材に対してツールの通過領域を同方向に一部重ねて処理すること(いわゆるマルチパス)により幅広い領域を硬化することができることができることは実施例1の場合と同じである。
【0064】
実施例2の場合、カーボン粒子を外部から供給する方法として図19に示すようにカーボンシート22を被処理材1上の硬化したい部分に貼り付ける方法、ペースト状に塗布する方法、図20に示すようにスプレーによって炭素を供給する方法、図21に示すようにツール2の中心に穴24を形成し、その穴24にカーボン粒子をあらかじめ充填しておき、ツール2の回転・移動とともにそのカーボン粒子をツール2の被処理材1との接触摩擦面に供給する方法、あるいはツール材に炭素を含有させ、ツールを消耗させながら移動することによって黒鉛を供給する方法等が考えられる。
【0065】
なお、実施例1および2では自然冷却によるものであるが、冷却に液体CO、水又は液体窒素などの冷媒を用いると、冷却速度を増加させることができるため、ツールの動作条件の範囲を大きくすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、フェライト面積率が70%以上の鋳鉄材または炭素量が0.3%以下の鋼材を用いた部品や構造材の表面硬化や一部の硬化に利用できる。
【符号の説明】
【0067】
1 被処理材
2 ツール
3 加圧・回転・移動装置
4 処理部
5 深さ部
10 溝
20 黒鉛粒子
22 カーボンシート
23 消耗式炭素棒
24 穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系鋳鉄材または鋼材にツールを押圧させて回転させながら移動することにより鋳鉄材または鋼材の基地組織中に炭素を拡散させ、その後ツール通過領域を冷却させることを特徴とする鋳鉄材または鋼材の表面硬化処理方法。
【請求項2】
前記フェライト系鋳鉄材がフェライト面積率70%以上の鋳鉄材であることを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項3】
前記鋼材が炭素量0.3%以下の鋼材であることを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項4】
ツールの移動速度をV(mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL(kg)としたとき、
30,000≦N×L/V<150,000を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lを選定することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の表面硬化処理方法。
【請求項5】
ツールの加圧荷重を5000kgとしたとき、ツールの移動速度をVを50〜150mm/分、ツールの回転速度をNを900〜1500rpmとすることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の表面硬化処理方法。
【請求項6】
ツールの移動速度をV(mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL(kg)、ツールの直径をD(mm)としたとき、
750,000≦N×L×D/V<3,750,000
を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lと直径Dを選定することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の表面硬化処理方法。
【請求項7】
移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lの選定条件の上限値および下限値が前記鋳鉄材または鋼材の板厚およびツールの前進角により変わることを特徴とする請求項4に記載の表面硬化処理方法。
【請求項8】
移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lとツールの直径Dの選定条件の上限値および下限値が前記鋳鉄材または鋼材の板厚およびツールの前進角により変わることを特徴とする請求項6に記載の表面硬化処理方法。
【請求項9】
鋼材の表面硬化処理において、ツールと鋼材との摩擦接触部にカーボン粒子を供給することを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項10】
鋼材の処理は、ツールにより、供給されたカーボンを覆う第1のステップと、その後該カーボンを撹拌する第2のステップと、攪拌されたカーボンを鋼材の基地組織中に拡散する第3のステップと、拡散後急冷する第4のステップから成り、前記第1〜第4のステップをツールの1回の移動により完了することを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項11】
鋼材の表面硬化処理において、ツールの移動速度をV(mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL(kg)としたとき、
48,000<N×L/V<150,000
を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lを選定することを特徴とする請求項10に記載の表面硬化処理方法。
【請求項12】
鋼材の表面硬化処理において、ツールの移動速度をV(mm/分)、ツールの回転速度をN(rpm)、ツールの加圧荷重をL(kg)、ツールの直径をD(mm)としたとき、
1,200,000<N×L×D/V<3,750,000
を満足するように移動速度Vと回転速度Nと加圧荷重Lと直径Dを選定することを特徴とする請求項9または10に記載の表面硬化処理方法。
【請求項13】
鋼材の処理は、ツールにより、供給されたカーボンを覆う第1のステップと、該カーボンを攪拌する第2のステップと、攪拌されたカーボンを鋼材の基地組織中に拡散する第3のステップとを1回のツールの移動で行い、拡散後急冷する第4のステップを有することを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項14】
鋼材の処理は、あらかじめ供給されたカーボンを覆う過程と、カーボンを攪拌する過程を1回のツールの移動で同時に行うステップの後に、攪拌されたカーボンを鋼材の基地組織中に拡散するステップと、拡散後急冷するステップの3つのステップとを有することを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項15】
鋼材の処理は、あらかじめ供給されたカーボンを覆った後、該カーボンを攪拌するステップと、攪拌されたカーボンを鋼材の基地組織中に拡散するステップを1回のツールの移動で行い、拡散後急冷するステップを有することを特徴とする請求項1に記載の表面硬化処理方法。
【請求項16】
鋼材の処理は、ツールにより、供給されたカーボンを覆う第1のステップと、その後該カーボンを撹拌する第2のステップと、攪拌されたカーボンを鋼材の基地組織中に拡散する第3のステップと、拡散後急冷する第4のステップの複数ステップからなる請求項1に記載の表面硬化処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2010−229473(P2010−229473A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−77419(P2009−77419)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「鋳造工学 第153回全国講演大会」、社団法人日本鋳造工学会、平成20年10月26日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、近畿経済産業局、「平成20年度戦略的基盤技術高度化支援事業」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000155366)株式会社木村鋳造所 (23)