説明

鋼材の品質管理方法および鋼材の製造方法

【課題】鋼材の特性を適切に管理し、顧客に不適切な素材を出荷することを未然に防ぐ鋼材の品質管理方法および鋼材の製造方法を提供する。
【解決手段】鋼材における、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を分析により得る。次いで、前記分析ステップにて得られた前記各情報に基づく分析結果が所定の範囲内かどうか検査する。この得られた各情報のうちの少なくとも1つが所定の範囲を外れる場合には、鋼材を、発注仕様に対して品質不合格とし条件を満たす他の注文に割り振り用途を変更するか、もしくは製造条件等を再設定して所定の範囲、すなわち、顧客発注好適範囲を満足する鋼材として出荷する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、造船、土木および建築などに用いられる鋼材を製造するにあたり、鋼材の特性を適切に管理し、顧客に不適切な素材を出荷することを未然に防ぐ鋼材の品質管理方法および鋼材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車、造船、土木および建築などの材料として用いられる、薄鋼板、厚鋼板、棒鋼・線材等の鉄鋼一次製品(以降、鋼材と称することもする)を顧客に出荷するにあたっては、製品の一部もしくは全量について出荷検査を実施し、顧客の要望を満足する製品特性を保証するために、ミルシートに、製品素材の化学組成、機械特性等の必要事項を記載することが一般的に行なわれている。そして、顧客は前記ミルシートに記載された情報を基に、熱処理や加工等の次工程の処理条件を決定し、二次製品あるいは最終製品を完成させる。従って、出荷検査結果の情報を記載したミルシートは、供給側、顧客の双方にとって重要な性能保証の一種となる。
製品素材の化学組成は材料特性を大きく支配する重要情報であるが、化学組成のみでは材料特性は一義的に決まらない。そのため、材料強度や、伸び特性といった一般的な機械特性の情報も必要である。
さらに、最近では、材料によっては、顧客側でさらなる高度な熱処理や加工工程等の二次処理が施される場合が多くなり、鋼材供給側では、顧客における後工程実施やその後の使用環境をも十分にも念頭に入れた素材品質管理を実施することが重要となってきている。また、鋼材の使用部位によっては現状のミルシートで示される以上の実質上の性能が必要な場合もある。
しかしながら、現状の分析技術の限界もあり、顧客側から鋼材供給側に対しては、二次処理の方法や鋼材の使用用途(使用部位)に対応したきめ細かい品質管理を要求できず、また、鋼材供給側もきめ細かい品質情報に基づいて製品の品質管理を実施できていないのが現状である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、かかる事情に鑑みなされたもので、鋼材の特性を適切に管理し、顧客に不適切な素材を出荷することを未然に防ぐ鋼材の品質管理方法および鋼材の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するため、発明者らは、どのような視点で鋼材の品質管理を行えば、顧客における二次処理方法や使用用途にも対応できる製品を提供できるかを検討した。
鋼材中に含まれるA元素が鋼中にどのような形態で分布しているかは、化学組成情報のみでは分からないことが多い。例えば、製造工程における凝固偏析などの問題により、鋼材中に特定元素の極端な元素分布などが生じている場合、これらの鋼材は、顧客側での過酷な加工工程などで割れ等を生じる可能性が高い。さらには、鋼材の疲労特性や、耐水素割れ等に甚大なる影響を及ぼしかねない粗大な析出物および/または介材物の有無は、安全部材を製造する場合には非常に重要な管理指標となる。
以上の考察の結果、本発明者らは、鋼材中の、析出物および/または介在物の組成、析出物および/または介在物のサイズ、着目する元素の固溶量に着目した。そして、製造した鋼材の特性が顧客発注好適範囲を満足する適切な鋼材かどうかの合否判定をこれらの情報に基づいて行い、適切な鋼材と判断した場合のみ出荷を行うことで、顧客側の使用に併せた必要な性能が発揮できることを見出した。
上記技術思想によれば、鉄鋼材料一次製品を顧客に出荷する前に、材料中の着目元素の固溶量(固溶状態での含有率)や析出物および/または介在物のサイズ別の情報(析出状態での含有率やサイズ情報等)等の詳細情報を管理することによって、例えば、品質要求レベルの高い高級鋼では、僅かなスペックはずれを未然に防ぐことが可能となる。汎用鋼においては、中央偏析等に起因する甚大な素材欠陥を見逃さない鋼材の品質管理ができることになる。
しかしながら、従来の分析技術では、上記分析情報を迅速かつ高精度に、鉄鋼材料一次製品の品質管理の合否判定に用いられる程度に容易に得ることはできなかった。
そこで、発明者らは、既に開発した迅速かつ高精度に把握することが可能な新しい分析法を、本発明の上記分析情報を得る分析法として用いることとした。そして、本発明は、上記思想に基づき、完成するに至ったものである。
【0005】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]鋼材における、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析ステップと、前記分析ステップにて得られた前記各情報に基づく分析結果のうちの少なくとも1つが所定の範囲を外れる場合に、前記鋼材に対して品質不合格とする、もしくは、用途を変更する検査ステップとを有することを特徴とする鋼材の品質管理方法。
[2]鋼材における、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析ステップと、前記分析ステップにて得られた前記各情報に基づく分析結果が所定の範囲内かどうか検査する検査ステップとを有し、該検査ステップにおける検査結果が所定の範囲内の場合に、前記鋼材を出荷することを特徴とする鋼材の品質管理方法。
[3]前記[1]または[2]において、前記分析ステップは、鋼材を電解液中で電解し、前記鋼材に付着している析出物および/または介在物を分散性を有する溶液中に分離後、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析をすることを特徴とする鋼材の品質管理方法。
[4]前記[3]において、前記分析ステップは、分離された析出物および/または介在物を含んだ分散性を有する溶液を一段以上ろ過することにより、前記析出物および/または介在物をサイズ別に分別することを特徴とする鋼材の品質管理方法。
[5]前記[4]において、前記分析ステップは、鋼材の素材中央部よりサンプリングした物を分析し、サイズが1μm以上の析出物および/または介在物の情報を得ることを特徴とする鋼材の品質管理方法。
[6]前記[1]〜[5]のいずれかおいて、前記分析ステップは、鋼材を電解した後の電解液を分析し、前記電解液中の着目元素の濃度と鉄の濃度との比を求め、求められた比に前記鋼材の鉄の全濃度を乗じることで、着目元素の固溶量を分析することを特徴とする鋼材の品質管理方法。
[7]前記[1]〜[6]のいずれかの方法により品質管理され、製造されることを特徴とする鋼材の製造方法。
なお、本発明において、析出物及び/又は介在物を、まとめて析出物等と称することとする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、鋼材の特性を適切に管理し、顧客に不適切な素材を出荷することを未然に防ぐ鋼材の品質管理方法および鋼材の製造方法を提供することができる。
そして、顧客における二次処理や使用用途などを考慮し、顧客側の使用の際に必要な性能が発揮できるよう品質管理することが可能となり、例えば、汎用鋼においては、中央偏析等に起因する甚大な素材欠陥を見逃さない鋼材の品質管理ができるため、顧客からの信用と安心を獲得することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明について、詳細に説明する。
供給側および顧客側双方にとって、鋼組成は製品を保証する上での基本的情報である。しかしながら、前述したように鋼組成として含有されるA元素が鋼中に固溶状態で存在するのか、析出した状態で存在するのかは、化学組成情報のみでは分からない。例えば、これまでもAlなどに関しては、鋼中に含有される酸化物を含む全Al量としてTotal Alと、酸可溶性のAl量としてSoluble Alの併記を行う場合があった。こうした要求に対応するために、工程分析の分野においては、Soluble Al値を求めることが一般的に行なわれている。
本発明は、この考え方をさらに拡張したものであり、特に顧客において行われる後処理で鋼中での存在形態(固溶しているか析出しているか)が変化しうる着目すべき元素(以下、着目元素と称す)について、その存在形態の明確な情報を得、この情報に基づき、出荷予定の鋼材が所定の範囲内かどうかの検査を行い、検査結果で合格となった場合のみ出荷する。また、検査結果が不合格となった場合には、例えば、出荷予定の鋼材の用途を変更する。
さらに、本発明では、本発明者らが開発した着目元素の鋼中での固溶状態と析出状態の定量値および析出物等のサイズ別における析出物等中の定量値を迅速かつ正確に把握することが可能な新しい分析法を、検査に必要な情報を得るための分析法として用いることとする。
以上は本発明の特徴であり、重要な要件である。以下にその詳細について説明する。
図1は、本発明に係る品質管理工程の一実施態様を示す図である。
図1は3工程から構成される。
Step 1では、顧客側にて行われる二次加工や鋼材使用用途を考慮して必要な性能を発揮できるように鋼材を製造する。
Step 2では、迅速かつ高精度に析出物等の組成の情報、析出物等のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報のうち少なくとも1つ以上を得る分析を行う。なお、この分析ステップでは後述する、迅速かつ正確に情報を把握することが可能な新しい分析法を適用する。 さらに、分析後、過去のデータベースに鑑み顧客における必要な性能を考慮した上で発注仕様をもとに設定される許容の範囲(以降、この許容の範囲を所定の範囲と称することとする)と、分析により得られた情報を比較する。少なくとも1つが所定の範囲を外れる場合は、鋼材を、発注仕様に対して品質不合格とし条件を満たす他の注文に割り振り用途を変更するか、もしくは製造条件等を再設定して所定の範囲、すなわち、顧客発注好適範囲を満足する鋼材として製造する。
Step 3では、分析した析出・固溶情報、特に、鋼材の疲労特性や、耐水素割れ等に甚大なる影響を及ぼしかねない1μm以上の粗大な介在物・析出物の有無等を管理データベースとして保管する。また、上記Step 2にて合格となった鋼材を出荷する。
【0008】
次に、上記Step 2にて行われる、分析方法について説明する。
鋼材における、析出物等の組成の情報、析出物等のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析ステップでは、本発明者らが開発した、高精度に、析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量を分析する方法を用いることとし、これについて以下に説明する。
【0009】
鋼材試料を適切な条件で電解し、析出強化元素の固溶部分をマトリクスの鉄とともに電解液中に溶解させ、析出物等を試料表面に露出させる。このとき、露出した析出物等は電気的引力によって陽極である試料表面に付着するので、析出物等と電解液(固溶部分)とを分離できる。すなわち、析出物等の付着した試料を電解液から取り出すだけで、ほとんどすべての析出物等が電解液から取り出せることになる。そして、試料とともにポリ燐酸水溶液のような分散性を有する溶液に浸漬して超音波を付与し、試料に付着している析出物等を試料から剥離する。このとき、分離された析出物等は、ポリ燐酸塩から表面電荷が付与されて、互いに反発しあって分散性を有する溶液中に分散する。
【0010】
先ず、析出物等をサイズ別に分けない場合には、析出物等を含んだ分散性を有する溶液を動的光散乱分光分析方法で分析し、全析出物等の平均粒径や粒径分布を求める。
【0011】
次に、析出物等をサイズ別に分ける場合には、以下の手順による。析出物等の分散した分散性を有する溶液をフィルタ孔径YとZ(ただし、Y>Z)のフィルタを用いて順次ろ過する。このとき、孔径Yのフィルタ上の残渣がサイズY以上の析出物等であり、孔径Zのフィルタ上の残渣がサイズZ以上Y未満の析出物等であり、孔径Zのフィルタを透過したろ液にはサイズZ未満の析出物等が含まれる。次いで、ろ過後のフィルタ上の析出物等とろ液を、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法、ICP質量分析法および原子吸光分析法等により分析し、サイズY以上、サイズZ以上Y未満、サイズZ未満の析出物等中の着目元素の含有量を求める。または、ろ過後のろ液を動的光散乱分光分析方法で分析し、サイズZ未満の析出物等の平均粒径や粒径分布を求める。
【0012】
このように、複数のフィルタ孔径のフィルタを用いてろ過することにより、析出物等をサイズ別に分別することが可能となる。なお、析出物等を含んだ分散性を有する溶液を所定のフィルタ孔径のフィルタでろ過すると、析出物等のサイズに応じてフィルタに捕集されるものとフィルタを通過するものとに分かれるが、このとき、比較的大きな析出物等によりフィルタ孔の閉塞が進行し、本来通過するべきサイズの析出物等がフィルタを通過せずに捕集されることがある。このような場合は、フィルタに捕集された析出物等の分析値は正しい値より高くなり、反対にろ液の分析値は正しい値より低くなる。しかし、フィルタとして、直孔でかつ4%以上の空隙率を有するフィルタを用いれば、フィルタ孔径より小さい析出物等が捕集されることなく、より正確な析出物等のサイズ別分析が可能となる。ここで、直孔とは、一定の開口形状で貫通しているフィルタ孔のことをいう。
【0013】
着目元素の固溶量を求めるには、析出物等と分離された電解液中の着目元素の絶対量を測定して、鋼材試料の電解重量で除算する必要がある。しかしながら、一般的な電解液はメタノールを主体とした有機溶媒で揮発性が高いうえに数百ミリリットルもの液量となることから、着目元素の含有量を測定することは容易ではない。そこで、多量の電解液から1/10以下の適当量を採取して乾燥した後、適切な溶液で溶解して水溶液としてから着目元素と鉄をそれぞれ適切な溶液分析法で測定し、その濃度比(即ち、着目元素の測定濃度/鉄の測定濃度)に鋼材試料中の鉄の含有量を乗算することにより、着目元素の鋼中の固溶量を求めた。なお、水溶液を分析する方法としては、ICP発光分光分析法、ICP質量分析法および原子吸光分析法が適当である。また、鋼材試料中の鉄の含有量を求めるための方法としては、スパーク放電発光分光分析方法(JIS G1253)、蛍光X線分析方法(JIS G1256)、ICP発光分光分析法およびICP質量分析法等により得られた鉄以外の元素の合計値を100mass%から減算する方法が適当である。
【0014】
本発明の鋼材の品質管理方法においては、こうして得られた析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つの情報(分析結果)を、検査ステップに反映させる。
析出物等の組成の結果のみを用いる場合は、例えば、析出物を構成する着目元素の種類とその含有量製品の組成値全体を100mass%とした場合のmass%など、必要に応じた方法で表示可能である。また、析出物等のサイズの結果のみを用いる場合は、例えば、前述の動的光散乱分光分析方法で得られた平均粒径や粒径分布を表示できる。析出物等の組成とサイズの両方の結果を用いる場合は、例えば、析出物等のサイズ別における着目元素の析出物等中の含有量が表示できる。なお、着目元素の析出物等中の含有量とは、例えば、着目する元素に関して、その元素が析出物等としてどれくらい存在しているかを、(a)鋼材(製品)全体に対する含有率、(b)着目元素量全体に対する比、(c)着目元素の固溶量に対する比、等、必要に応じて提示できる。また他の例として、着目元素の析出量と析出物等の平均粒径や粒径分布を同時に表示することも可能である。
以上のような析出物情報及び固溶量情報は、例えば社内検査票にこれらの数値を記載することで管理することができる。
また、着目元素の固溶量は、例えば、着目する元素に関して、その元素が固溶した状態でどれくらい存在しているかを、(d)鋼材全体に対する含有率、(e)着目元素量全体に対する比、(f)析出物等中の着目元素の含有量に対する比、等、必要に応じて提示できる。
【0015】
次いで、分析ステップにて得られた前記各情報に基づく分析結果が所定の範囲内かどうかを検査する。分析結果のうちの少なくとも1つが所定の範囲を外れる場合に、前記鋼材に対して品質不合格とする、もしくは、用途を変更する。合格の場合は、出荷する。
【0016】
例えば、優れた耐疲労強度を得る技術として、鋼組成および高周波焼き入れ条件の適正化によって焼き入れ層の旧オーステナイト粒径(表面組織)を微細化することは知られており、特性は添加されるMoの固溶・析出状態に依存することが定性的にわかっている。Moの添加または含有量が低い場合や、添加量または含有量は十分でも鋼材表面の有効固溶Moが確保できていない場合、表面の組織の微細化が不十分となり、目標の疲労強度が得られない場合がある。
これに対して、本発明の品質管理方法では、出荷鋼材に関しては、組成情報だけでなく、表層付近のMo固溶情報や析出情報を社内にて管理する。そして、検査ステップを経由することで、前記各情報に基づき、少なくとも1つが所定の範囲を外れる場合には、前記鋼材に対して品質不合格とする、もしくは、用途を変更する。品質合格となった場合に鋼材は出荷され、顧客側で部品形状に加工後、高周波熱処理された後、疲労特性が確保されることになる。あるいは、情報によっては顧客側にて高周波熱処理条件の変更を行うことが可能になる。
【0017】
例えば、粒界炭化物の有無が甚大な影響を及ぼしかねない高強度パイプ素材の管理例について示す。過酷な環境要因により発生する粒界応力腐食割れは、出荷された素材が施工現場で溶接された際、溶接熱影響部(以下HAZ部)におけるCr含有炭化物析出に伴って粒界近傍にCrの欠乏領域を形成することが一因と考えられている。従って、粒界応力腐食割れの抑制に対しては、HAZ部での粒界に沿ったCr含有炭化物析出を根本的に抑制する組成の調整や、形成したCrの欠乏領域を解消する後熱処理が必要である。しかし、後者は、施工現場での後熱処理を強いるものであり、コスト的に好まれない。ゆえに、粒界応力腐食割れの防止には、HAZ部での粒界に沿ったCr含有炭化物析出を根本的に抑制する組成に調整することが重要であり、素材提供の時点でHAZ部における炭化物形成の可能性が低い鋼組成とするとともに、再現溶接熱サイクル試験後のCr系炭化物形成の情報から、粒界応力腐食割れの可能性が高い品物を除いて顧客に商品を提供することが、顧客にとって極めて重要な意味を有することになる。
【0018】
例えば、ラインパイプ用高強度鋼の特性に甚大影響を及ぼす可能性の高い粗大な介在物・析出物に関する管理事例を示す。近年は、パイプライン環境におけるサワー性への対応が強く望まれている。その理由は、輸送流体中に高濃度のH2S等が含まれるためである。このため、素材設計上は耐HIC性(耐水素誘起割れ)および耐SSC性(耐硫化物腐食割れ)をいかに確保するかが重要である。耐SSCに関しては、極低S化とMnやCaによる適切な硫化物制御によって安定した回避が可能であるが、環境水素が関与する耐HIC性については、腐食、応力等の環境因子が複雑に関与しており、必ずしも要因を特定することは難しい。一般的にはマルテンサイト組織などの高強度鋼素材は、使用中に外部より原子状水素が浸入し、鋼組織中の転位等の構造欠陥に拡散性水素としてトラップされる。これらの拡散性水素は、例えば粗大な介在物や析出物と母相の界面に水素ガスとして集積し最終的に割れ発生起点となることが指摘されている。
このため、例えばH2Sガスなどの過酷なサワー環境下で使用されるラインパイプ素材は、安定な水素トラップサイトとなりやすい粗大な介在物の形成を出来るだけ軽減するように材料設計される。しかしながら、素材作製工程においてしばしば合金元素の中央偏析などにより、意図せずして粗大な介在物・析出物を内包することがある。
これに対して、本発明の鋼材の品質管理方法では、中央偏析が問題になる鋼材中央部よりサンプリングし、この鋼材中央部の析出物等の組成やサイズの情報を管理データとして社内にて管理することで、顧客側でのパイプライン環境におけるサワー性が確保される。
【実施例1】
【0019】
実施例1は、顧客側にて部品形状に加工後、高周波熱処理される鋼材を出荷する場合であり、出荷鋼材に関して、組成情報だけでなく、表層付近のMo固溶情報や析出情報を社内にて管理することにより、顧客側での高周波熱処理後の疲労特性を確保すること、あるいは高周波熱処理条件の変更等を可能にする例である。
【0020】
表1に示す鋼組成(Fe以外の主要組成のみ示す)からなる鋼素材を溶製転炉-連続鋳造プロセスにより溶製し、300×400mmの鋳片をブレークダウン工程(角型鋳片より棒鋼圧延用のビレットに成型する工程)を経て150mm角ビレットに粗圧延した鋼を、1050℃および1250℃で0.5h保持後、24mmφの棒鋼に熱間圧延した。熱間圧延時の仕上げ温度は900℃とし、0.5〜1℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。
このようにして得られた2種の鋼材A、Bについて、表面1mm以内のMoの固溶量と析出量を調査した。さらに、中央偏析が問題になる鋼材中央部より無作為にサンプリングし、サイズ1μm以上の析出物等の有無を評価した。分析方法は以下の通りである。
【0021】
上記鋼材A、Bから適当な大きさの試験片を切り出し、10%AA系電解液中(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)で電流密度20mA/cm2で0.2gだけ定電流電解後、表面に析出物等が付着している試験片を電解液から取り出して、ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液(以下SHMP水溶液)500mg/l中に浸漬し、超音波振動を付与して、析出物等を試験片から剥離しSHPM水溶液中に分離した。
次いで、この析出物等を含むSHMP水溶液に対してICP発光分光分析装置を用いて分析し、当該SHMP水溶液中のMoの絶対量を測定した。次いで、Moの絶対量を電解重量で除して、析出物等に含まれるMo量を得た。なお、電解重量は、析出物等剥離後の試料に対して重量を測定し、電解前の試料重量から差し引くことで求めた。
また、Moの固溶量の定量は以下のように実施した。上記電解後の電解液を分析溶液とし、ICP質量分析法を用いてMoおよび比較元素としてFeの液中濃度を測定した。得られた濃度を基に、Feに対するMoの濃度比をそれぞれ算出し、さらに、試料中のFeの含有量を乗じることで、Moの固溶量を求めた。なお、試料中のFeの含有量は、表1に示したFe以外の組成値の合計を100mass%から減算することで求めることができる。
これら析出物等に含まれるMo量とMoの固溶量は、試験鋼材の全組成を100mass%とした場合の値である。
また、サイズ1μm以上の析出物の有無の評価は以下のとおりである。
上記鋼材A、Bの鋼材中央部よりサンプリングした試料を適当な大きさの試験片を切り出し、10%AA系電解液中(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)で電流密度20mA/cm2で0.2gだけ定電流電解後、表面に析出物等が付着している試験片を電解液から取り出して、ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液(以下SHMP水溶液)500mg/l中に浸漬し、超音波振動を付与して、析出物等を試験片から剥離しSHPM水溶液中に分離した。
次いで、この析出物等を含むSHMP水溶液を、フィルタ孔径1μmのフィルタを用いてろ過し、ろ過後のフィルタ上の残渣に対してICP発光分光分析装置を用いて分析し、ろ過後のフィルタ上の残渣のMoの絶対量を測定した。次いで、Moの絶対量を電解重量で除して、サイズ1μm以上に分類された析出物等中に含まれるMoの含有量を求めた。なお、電解重量は、析出物等剥離後の試験片に対して重量を測定し、電解前の試験片重量から差し引くことで求めた。このMoの含有量は、試験鋼材の全組成を100mass%とした場合の値である。
1μm以上の析出物中のMo量が0.2mass%以上では、顧客における熱処理後に、十分な固溶Mo量が確保できない。一方、1μm以上の析出物中のMo量が0.2mass%未満に抑制されていれば、熱処理後に、十分なねじり疲労強度を達成できる。
得られた結果を表1に鋼組成と併せて示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1は、鋼組成と、上記分析により得られた析出物等の情報を示しており、顧客側にて部品形状に加工後、高周波熱処理される鋼材に対する管理データである。
表1より、鋼種A、Bは、鋼組成としてはほぼ同一にも関わらず、表面におけるMoの存在状態が変化している。鋼Aにおいては、表面におけるMoの固溶量が0.2mass%以下と低く、サイズが1μm以上の析出物が存在し、これらに含まれるMo量が0.2mass%を越えている。ビレット再加熱温度が低かったため、素材鋳造時のMo偏析が解消されなかったと考えられる。一方、鋼Bにおいては、スラブ加熱時にも固溶しない(Ti,Mo)(C,N)等の未固溶析出分はあるものの、0.3mass%以上の固溶量が確保されている。
さらに、この管理データから、鋼種Aは、顧客側にて部品形状に加工後、高周波熱処理される鋼材としては不適切(不合格)と判定され、用途変更される。一方、鋼種Bは、顧客側にて部品形状に加工後、高周波熱処理される鋼材としては適切(合格)と判定され、そのまま採用・出荷される。
【0024】
なお、本実施例では、以下に記載の方法によりねじり疲労強度を測定し、上記合否判定結果を確認した。
<ねじり疲労強度>
上記素材棒鋼から、平行部:20mmφ、応力集中係数α=1.5の切欠きを有するねじり試験片を作成し、周波数:15kHzの高周波焼入れ装置を用いて、昇温速度600℃/s、到達温度900℃の1回の焼入れ処理を施し、170℃x30分の条件で焼き戻した後、ねじり疲労試験を実施した。この時のねじり疲労試験は、JIS Z 2273に準じて、最大トルク:4900 N・m(=500kgf・m)のねじり疲労試験機を用いて、両振りで応力条件を変えて行い、1x105回の寿命となる応力を疲労強度として評価した。得られた結果を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
表2より、鋼種Aではねじり疲労強度が劣っている。一方、鋼種Bでは、優れたねじり疲労特性が得られている。
以上の結果から、表面におけるMoの固溶量の大小に応じて、高周波熱処理後のねじり疲労特性が変化しており、表面におけるMoの固溶量が0.2mass%以下と低い鋼種Aにおいてはねじり疲労特性が明らかに劣位となっていることが確認された。
すなわち、本発明の品質方法により得られるMoの固溶情報は、顧客側にて部品形状に加工後、高周波熱処理される場合に非常に重要であることがわかる。
【実施例2】
【0027】
素材提供の時点でHAZ部における炭化物形成の可能性が低い鋼組成とする例について説明する。
【0028】
表3に示す鋼組成(Fe以外の主要組成のみ示す)からなる鋼素材を溶製転炉-連続鋳造プロセスにより溶製し、100kg鋼塊に鋳造してから熱間鍛造したのち、1250℃に加熱した後、モデルシームレス圧延機を用いた熱間加工により造管し、外径65mm×肉厚5.5mmの継目無鋼管とした。なお、造管後、空冷した。
このようにして得られた2種の鋼材C、Dについて、HAZ部(再現溶接熱サイクル試験材)と母材のCrの析出量を調査した。分析方法は以下の通りである。
【0029】
上記鋼材C、Dから適当な大きさの試験片を切り出し、10%AA系電解液中(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)で電流密度20mA/cm2で0.2gだけ定電流電解後、表面に析出物等が付着している試験片を電解液から取り出して、ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液(以下SHMP水溶液)500mg/l中に浸漬し、超音波振動を付与して、析出物等を試験片から剥離しSHPM水溶液中に分離した。
次いで、この析出物等を含むSHMP水溶液に対してICP発光分光分析装置を用いて分析し、当該SHMP水溶液中のCrの絶対量を測定した。次いで、Crの絶対量を電解重量で除して、析出物等に含まれるCr量を得た。なお、電解重量は、析出物等剥離後の試料に対して重量を測定し、電解前の試料重量から差し引くことで求めた。これら析出物等に含まれるCr量は、試験鋼材の全組成を100mass%とした場合の値である。
得られた結果を表3に鋼組成と併せて示す。
【0030】
【表3】

【0031】
表3は、鋼組成と、上記分析により得られた析出物等の情報を示しており、出荷された鋼材の粒界応力腐食割れ発生防止を目的とする管理データである。
表3より、鋼Cでは炭素レベルが高いのに加えて、強い炭化物形成元素を一切含有していない。この結果より、HAZ部においてCr炭化物が形成し、粒界応力腐食割れが予想される。一方、鋼Dにおいては、炭素レベルが抑制され、かつTiが添加されまたは含有しており、母材はもちろんのことHAZ部においてもCrの炭化物析出は確認されない。この結果より、粒界応力腐食割れは抑制されると予想される。
さらに、この管理データから、鋼種Cは、不適切(不合格)と判定され、出荷された素材が施工現場で溶接された際に粒界応力腐食割れ発生が予測され、用途変更される。一方、鋼種Dは、パイプ素材として適切(合格)と判定され、そのまま採用・出荷され、出荷された素材が施工現場で溶接された際に粒界応力腐食割れは抑制される。
【0032】
なお、本実施例では、以下に記載の方法により再現溶接熱サイクル試験を行い、粒界応力腐食割れの有無を確認した。
<再現溶接熱サイクル試験>
再現溶接熱サイクル試験は、例えば1300℃、1s保持の後、800℃〜500℃の冷却時間を9sとし、その後450℃、180sの焼戻しを模擬する。このようにして得た素材より、厚み2mm,幅15mm長さ75mmの試験片を切り出し、U曲げ応力腐食割れ試験(JIS G 0576)に供した。U曲げ応力腐食割れ試験は、試験片を曲率8mmでU字型に曲げ、腐食環境中に168h暴露後、試験片断面について100倍の光学顕微鏡での割れの有無を評価した。なお、腐食環境は、液温100℃、CO2圧:0.1MPa, pH:2.0のNaCl液とした。
【0033】
結果は、鋼種Cでは、粒界応力腐食割れが発生しているが、鋼種Dでは発生していなかった。
以上の結果から、鋼Cでは炭素レベルが高いのに加えて、強い炭化物形成元素を一切含有していない結果、HAZ部においてCr炭化物が形成し、結果的にU曲げ応力腐食割れ試験で割れが発生したと考えられる。一方、鋼Dにおいては、炭素レベルが抑制され、かつTiが添加されまたは含有しており、母材はもちろんのことHAZ部においてもCrの炭化物析出は確認されない結果、U曲げ応力腐食割れ試験で割れが発生しなかったと考えられる。
以上より、粒界応力腐食割れは、HAZ部と母材のCrの析出量に関係しており、本発明の品質方法により得られるCrの析出量の情報は、出荷された素材が施工現場で溶接された際に粒界応力腐食割れ発生しないようにするための管理データとして非常に重要であることがわかる。
【実施例3】
【0034】
次に、ラインパイプ用高強度鋼の特性に甚大影響を及ぼす可能性の高い粗大な介在物・析出物に関する管理事例を示す。
【0035】
表4に示す鋼組成(Fe以外の主要組成のみ示す)からなる鋼素材を溶製転炉-連続鋳造プロセスにより溶製し、1250℃で0.5h保持後、熱間圧延し17.5mmの熱延鋼帯とした。このとき、熱間圧延時の仕上げ温度は820℃とし、冷却停止温度480℃までの冷却速度を15℃/sに制御した。
このようにして得られた2種の鋼材E、Fについて、鋼材板厚1/4と、中央偏析が問題になる鋼材板厚1/2より無作為に各々10箇所サンプリングし、サイズが1μm以上の析出物等に含有されるNb量を定量して、10箇所の平均値として示した。分析方法は以下の通りである。
【0036】
上記鋼材E、Fから適当な大きさの試験片を切り出し、10%AA系電解液中(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)で電流密度20mA/cm2で0.2gだけ定電流電解後、表面に析出物等が付着している試験片を電解液から取り出して、ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液(以下SHMP水溶液)500mg/l中に浸漬し、超音波振動を付与して、析出物等を試験片から剥離しSHPM水溶液中に分離した。
次いで、析出物等を含むSHMP水溶液を、孔径1μmのフィルタでろ過し、ろ過後のフィルタ上の残渣に対してICP発光分光分析装置を用いて分析し、フィルタ上の残渣中のNbの絶対量を測定した。次いで、Nbの絶対量を電解重量で除して、析出物等に含まれるNb量を得た。なお、電解重量は、析出物等剥離後の試料に対して重量を測定し、電解前の試料重量から差し引くことで求めた。これら析出物等に含まれるNb量は、試験鋼材の全組成を100mass%とした場合の値である。
得られた結果を表4に鋼組成と併せて示す。
【0037】
【表4】

【0038】
表4より、鋼Fにおいては、Nbの析出がわずかである。一方、鋼Eにおいては鋼組成の僅かなバランスの違いと素材加熱条件のずれによって中央偏析が回避できず、結果的に素材中央部においてNbの析出が確認された。このような素材はすぐさま水素誘起割れを起こすとは言えないものの、使用中に割れが発生し、大きな事故につながりかねない。製造側はこのような情報に基づき、出荷是非決定や再製造(用途変更)の実施をすることができる。
【産業利用の可能性】
【0039】
以上説明したように、本発明による品質管理法は、信頼性の高い鋼材を顧客に提供する上で、標準的な管理方法となる可能性が大きく、自動車、造船、土木および建築などの材料として出荷する際に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明に係る品質管理工程の一例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材における、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析ステップと、前記分析ステップにて得られた前記各情報に基づく分析結果のうちの少なくとも1つが所定の範囲を外れる場合に、前記鋼材に対して品質不合格とする、もしくは、用途を変更する検査ステップとを有することを特徴とする鋼材の品質管理方法。
【請求項2】
鋼材における、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析ステップと、前記分析ステップにて得られた前記各情報に基づく分析結果が所定の範囲内かどうか検査する検査ステップとを有し、該検査ステップにおける検査結果が所定の範囲内の場合に、前記鋼材を出荷することを特徴とする鋼材の品質管理方法。
【請求項3】
前記分析ステップは、鋼材を電解液中で電解し、前記鋼材に付着している析出物および/または介在物を分散性を有する溶液中に分離後、析出物および/または介在物の組成の情報、析出物および/または介在物のサイズの情報、着目する元素の固溶量の情報の一つ以上を得る分析をすることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼材の品質管理方法。
【請求項4】
前記分析ステップは、分離された析出物および/または介在物を含んだ分散性を有する溶液を一段以上ろ過することにより、前記析出物および/または介在物をサイズ別に分別することを特徴とする請求項3に記載の鋼材の品質管理方法。
【請求項5】
前記分析ステップは、鋼材の素材中央部よりサンプリングした物を分析し、サイズが1μm以上の析出物および/または介在物の情報を得ることを特徴とする請求項4に記載の鋼材の品質管理方法。
【請求項6】
前記分析ステップは、鋼材を電解した後の電解液を分析し、前記電解液中の着目元素の濃度と鉄の濃度との比を求め、求められた比に前記鋼材の鉄の全濃度を乗じることで、着目元素の固溶量を分析することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の鋼材の品質管理方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかの方法により品質管理され、製造されることを特徴とする鋼材の製造方法。

【図1】
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