説明

間葉系細胞または軟骨細胞の製法ならびに発癌性の抑制方法

【課題】
本発明は、再生医療等の分野において有用な間葉系細胞および間葉系細胞に由来する軟骨細胞を簡便な操作で分離、製造することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離する間葉系細胞の製法または軟骨細胞の製法であり、さらには低酸素環境下に培養する発癌抑制方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物における発生工学研究、前臨床試験、安全性試験、疾患研究のモデルまたは再生医療のマテリアルとして有用な多能性幹細胞から、再生医療等のマテリアルとして有用性の高い間葉系細胞を製する方法であり、さらに関節系疾患のモデルあるいは治療用マテリアルとして有用な軟骨細胞を製する方法であり、さらには多能性幹細胞に共通する問題である発癌性の抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞とは、多分化能と自己複製能とを有する未分化細胞である。また、幹細胞は、損傷後の組織修復力を有することが示唆されている。このため幹細胞は、各種疾患の治療用物質のスクリーニングおよび再生医療への応用が期待されている。
【0003】
主に運動器の障害に対する再生医療の材料として、間葉系幹細胞を使用する再生医療が開発され注目を集めている(非特許文献1および非特許文献2)。間葉系幹細胞は骨髄、臍帯血、脂肪、筋肉から採取することが可能であるが、骨髄中に含まれる間葉系幹細胞を使用する場合、存在率が0.05%程度であることから自己骨髄血由来の場合には極めて侵襲的となること、臍帯血由来の場合には移植に際し提供者となる新生児との間で組織適合性が問題になること、脂肪組織の場合は細胞成分が含まれる率が低率になるため、摘出組織質量あたりの集率が低率であること、筋組織の場合は、運動機能に対する浸襲性が高いことが問題となる。
【0004】
さらに、関節軟骨は外傷などで損傷を受けると、正常には再生しにくく、痛みや歩行障害の原因となる。そこで軟骨損傷に対する治療法として、近年自家軟骨移植による治療法が開発され、実際に利用されるようになってきた。しかし、他の部位から軟骨を採取しなければならないという問題、採取した軟骨細胞を体外で増殖させることが困難であるという問題などがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】脇谷滋之、「関節軟骨再生の現状と将来」、薬学雑誌、2007年、第127巻、第4号、p857−863
【非特許文献2】関矢一郎 ほか、「滑膜間葉幹細胞の軟骨分化」、再生医療(二本再生医療学会雑誌)、第5巻、第4号、p 46−52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、希少な間葉系幹細胞に対し、より未分化性が高く、かつ試験管下で半永久的に増殖させることのできる多能性幹細胞の研究が、様々な研究機関で進められている。現在までに報告のある多能性幹細胞としては、ヒト受精卵の胚体部分から樹立される胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell;ES細胞)、堕胎胎児の生殖腺から樹立される胚性生殖幹細胞(Embryonic Germ Cell;EG細胞)、成体マウスの精巣から樹立される多分化能性精原幹細胞(Multipotent Germ Stem cell;mGS細胞)、複数の遺伝子を同時に導入することで人為的に作成される誘導未分化幹細胞(Induced Pluripotent Stem Cell;iPS細胞)が挙げられる。
【0007】
しかし、未分化性が著しく高い多能性幹細胞はそのままモデル研究あるいは再生医療の資源として利用することはできず、目的に応じた細胞種に方向づけ(分化誘導)することが必須である。
【0008】
そのため、近年、安全性が高く、かつ効率的な分化誘導方法の開発を目指した研究が、国際的な規模で行われている。
【0009】
しかし、医薬品として認可されていない成長因子や抗体の使用が必要であったり、あるいは清浄性をコントロールするのが困難な細胞分離装置を使用しなければならないプロトコルが多いなど、臨床応用への課題が残されている。
【0010】
また、分化誘導した細胞が移植後に癌化する、という問題に対して現在までに提案されている有効な方法は極めて少ない。
【0011】
本発明の目的は、このような現状に鑑みてなされたものであり、哺乳動物における発生学研究、疾患研究、臨床応用、実験モデルなどに有用な、間葉系細胞および間葉系細胞に由来する軟骨細胞、ならびに該細胞を高い収率で得ることが可能な分化誘導方法および分離方法を提供することである。
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、全く意外にも、胚様体から間葉系細胞を分離するに際し、特定の条件下では、多能性幹細胞から分化した間葉系細胞が培養器に密着するのに対して、間葉系細胞以外の細胞に分化した細胞や未分化細胞が培養液中に浮遊していることを見出すとともに、これを利用すれば、これまで煩雑な操作を要していた多能性幹細胞から間葉系細胞の分離が極めて容易、かつ簡便に実施できることを見出し、本発明を完成したものである。
【0013】
さらに、間葉系幹細胞を中心とした組織幹細胞を用いた再生医療が注目されているものの、組織幹細胞も軟骨細胞同様、調製にあたって組織の侵襲や、増幅できる数が限られているなどの制限があるところ、上記のように多能性幹細胞から、きわめて単純な方法で間葉系細胞を分離、培養できるので、これを利用して軟骨細胞を得ること、加えて、低酸素環境下に多能性幹細胞を培養すれば、発癌遺伝子の発現を強力に抑制できること、iPS細胞などの人工多能性幹細胞においても発癌に関わる遺伝子の発現を抑制し、細胞の癌化という問題を解決できること等を見出し、本発明を完成したものである。
【0014】
しかも、この低酸素環境での培養が発癌抑遺伝子の発現を抑制することと、多能性幹細胞の未分化性の維持に必須なシグナルである白血球抑制因子―同受容体(LIFーLIFR)経路において、LIFRの発現が低酸素状態で抑制されるという知見、軟骨細胞の基質産生能力が低酸素下で著しく向上するという知見を組み合わせることにより、多能性幹細胞から、簡便な操作で、効率的に、発癌性の低い軟骨細胞が得られることを見出し、本発明を完成したものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離することを特徴とする間葉系細胞の製法である。
【0016】
また本発明は、多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離した後、軟骨細胞誘導因子の存在下に培養することを特徴とする軟骨細胞の製法である。
【0017】
また本発明は、多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離した後、間葉系細胞を培養して目的とする細胞に誘導する、いずれかの培養において、培養を低酸素環境下に行うことを特徴とする多能性幹細胞由来細胞の発癌抑制方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、多能性幹細胞の分化を誘導し、分化細胞集団から、細胞の接着性の違いを利用して間葉系細胞を分離するという簡便な方法で、間葉系細胞を製することができ、これまで入手が限られていた再生医療用において有用な種々の細胞へ分化誘導するための細胞を、容易に提供できるという極めて優れた効果を得ることができる。
【0019】
また本発明によれば、間葉系細胞を極めて簡易な操作で得られるので、これをもとに軟骨細胞を効率的に得ることができ、痛みや歩行障害の原因、とりわけ軟骨損傷に対する治療法として実際に利用されながら、他の部位から軟骨を採取しなければならないという問題や採取した軟骨細胞を体外で増殖させることが困難であるという問題を解決できるという優れた効果を得ることができる。
【0020】
さらに、本発明によれば、低酸素環境下で間葉系細胞などを培養することによって、多能性幹細胞で発現している転写因子に起因するとされる発癌性を抑制することができるので、安全な再生医療用の材料を提供できるという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】分化誘導前のiPS細胞および分化誘導後の間葉系細胞を示す図であり、図1(a)はiPS細胞を、図1(b)は分化誘導後の胚様体に含まれる細胞集団、図1(c)は本発明により分離された間葉系幹細胞を示す。
【図2】レチノイン酸を各濃度で添加した際の遺伝子発現の変化を示す図である。Oct−4、Nanogは未分化細胞のマーカーであり、両遺伝子が低下していることで、分化の進行を測る事ができる。PDGFRαは間葉系幹細胞のマーカーであり、上昇していることで、目的とする細胞の生産効率を測ることができる。*は、未処理のものに比べて統計学的に危険率が0.05以下で有意な差が認められたことを示している。**未処理のものに比べて統計学的に危険率が0.01以下で有意な差が認められたことを示している。
【図3】実施例1で得た間葉系細胞の発現プロファイルを示す図であり、図3(a)はRTーPCRによる評価結果を、図3(b)はウエスタンブロット法による評価結果を示す。
【図4】実施例1において誘導した間葉系細胞の培養にbasicFGF(塩基性繊維芽細胞増殖因子)の添加が有効であることを示す図である。図の横軸には、分離時から数えた継代操作回数を示している。即ち、2回継代後であればP+2としている。図の縦軸には総細胞数を示している。図中、1はbasicFGFを添加して培養した場合、2はbasicFGF無添加で培養した場合の結果を示す。
【図5】実施例2で得た軟骨細胞を組織化学染色あるいは免疫蛍光染色した結果を示す図である。
【図6】実施例3で得た軟骨細胞のウエスタンブロット法による発現プロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のもっとも特徴とするところは、多能性幹細胞、とりわけ人工多能性幹細胞由来の胚様体から間葉系細胞を分離するにあたり、間葉系細胞が、未分化または間葉系細胞以外に分化した細胞にくらべて、培養器に密着する度合がたかく、その性質を利用すれば、間葉系細胞の分離が極めて容易に実施できることを見出した点にある。
【0023】
そして、得られた間葉系細胞は種々の細胞に分化誘導できることから、この発明の手法を用いることによって再生医療等において必要な種々の細胞を、これまでより容易に得ることができるという点にある。
【0024】
本発明において、間葉系細胞またはこれから誘導される軟骨細胞を得るために使用できる多能性細胞としては、間葉系細胞に分化しうる細胞であれば好適に使用でき、かかる細胞としては、たとえば種々のiPS細胞、ES細胞、mGS細胞、GS細胞(生殖幹細胞)など、いわゆる分化万能性を持つ細胞があげられる。これらの多能性幹細胞は、ヒト細胞であってもよく、マウス、ラット、ウサギ、山羊、羊その他の哺乳動物由来の細胞であってもよく、さらには公知のもののほか、市販の細胞であっても好適に使用することができ、たとえば、iPS細胞としては、Oct3/4、Klf4、c−Myc、Tert、Nanog、Oct3/4、Sox2、Lin28などの転写因子を導入した細胞があげられ、ES細胞としては、RF8細胞、JI細胞、CGR8細胞、MG1.19細胞があげられ、市販されているマウスES細胞としては129SV由来、C57/BL6由来、DBA/1由来の細胞が挙げられる。またヒトES細胞としては、KhES−1細胞、KhES−2細胞、KhES−3細胞が挙げられ、またサルES細胞としてはカニクイザルES細胞が挙げられる。これらのうち、胚様体を形成しうる細胞は、胚様体を経由して、より高い成功率で間葉系細胞に誘導することができるので好ましい。
【0025】
本発明において用いられる多能性幹細胞は、未分化マーカーであるアルカリオスファターゼ活性、Oct―4、Nonogなどが陽性であるものが好ましく、とりわけ複数のマーカーが陽性であるものが好ましい。
【0026】
本発明における間葉系細胞の製法は、多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離することによって実施でき、また、多能性幹細胞から分化細胞を誘導する工程の一部として一旦胚様体を誘導したのち、該胚様体をさらに培養し、得られる分化細胞から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離することによっても実施することができる。
【0027】
本発明における間葉系細胞の製法は、次の工程から構成される。
[1]分化誘導工程(多能性幹細胞から分化細胞を誘導する工程)
[2]分離工程(間葉系細胞の分離工程)
また、本発明における軟骨細胞の製法は、上記[1]から[2]の各工程に加えて
[3]軟骨細胞誘導工程(間葉系細胞から軟骨細胞を誘導する工程)から構成される。
【0028】
さらに、本発明の多能性幹細胞由来細胞の発癌抑制方法は、前記[1]〜[3]の工程のいずれかにおいて実施される、低酸素培養工程(低酸素環境下に細胞を培養する工程)から構成される。
【0029】
以下、各工程の順に説明する。
分化誘導工程(多能性幹細胞から分化細胞を誘導する工程)
分化誘導工程は、多能性幹細胞を培養し、得られた培養細胞を細胞乖離液で細胞毎に乖離させ、ついで細胞を分取したのち、さらに培養器に播種して、多能性幹細胞の未分化維持因子を含まない培養液もしくは分化誘導因子を含む培養液で培養するか、あるいは未分化維持因子を含まない培養液を使用しさらに非接着培養を行う事で胚様体を形成させることにより、実施することができる。
【0030】
細胞の乖離は、組織または細胞培養において使用される細胞乖離液を使用することができ、たとえば0.25%程度のトリプシンと1mM濃度のEDTAの混合液のほか、トリプルエクスプレス(商品名)、アキュターゼ(商品名、イノベイティブセルテクノロジー社製)などの、市販のものを用いることができる。乖離させた細胞の分取はたとえば、遠心分離などにより実施することができる。
【0031】
培養液中での培養は、通常の細胞培養の条件、すなわち好気的条件下、常温にて培養すればよく、たとえば、30〜40℃、CO存在下、湿度飽和下のインキュベーター内にて培養するなどにより実施できる。また胚様体形成を介する場合においては、低接着性培養器を用いることが好ましい。
【0032】
培養液としては、組織または細胞培養に使用される培養液を使用することができ、たとえばイーグル最少培地やダルベッコ変法イーグル培地などがあげられる。さらにはこれらの培地に血清もしくはビタミンAまたはその誘導体あるいはDMSOのような分化誘導因子もしくは血清と分化誘導因子の両方を添加したものを好適に使用することができる。
【0033】
また、培養に用いる培養器として、特に接着面にコーティングを行う必要はないが、より多くの細胞を得たい場合などには、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチンなどでコーティングした培養器を使用してもよい。あるいは、市販されているコーティング済みの培養器を使用することも可能である。これによって、効率よく分化細胞を得ることができる。
【0034】
また培養液は培養器全面に満たされていればよいが、プラスチックシャーレを例に好ましい範囲をあげるとすれば、例えば直径35mmであれば液量は2〜4mLが望ましく、直径60mmであれば4〜8mLが望ましい。直径100mmのものを使用する場合は約8〜12mLが望ましい。
【0035】
前記のとおり、本発明方法においては、分化誘導工程を、多能性幹細胞から誘導された分化細胞の培養物から間葉系細胞を分離するか、または分化細胞を誘導するに際して、一旦胚様体を誘導したのち該胚様体をさらに培養することでより好適に実施できる。以下、胚葉体を介して分化細胞を誘導する場合を例に分化誘導工程を説明する。
【0036】
胚様体は、前記分化誘導工程において記載のとおり、細胞乖離液で乖離させて分取した細胞を、前記の低接着性培養器において、ダルベッコ変法イーグル培地等で3〜10日培養することで形成させることができる。
【0037】
胚様体を介して分化細胞を誘導する場合においては、胚様体を含む培養液から胚様体を沈殿させて分取し、さらに培養器に播種して培養することによって実施することができる。本発明においては、この工程で、ビタミンAまたはその誘導体を培養液に添加することによって、より好適に間葉系細胞を含む分化細胞集団を得ることができる。
【0038】
具体的には、前記で得られた培養液中で胚葉体が形成されていることを確認後、胚葉体を含む培養液を遠心チューブに回収し、静置するなどの操作により、胚葉体は沈殿物となり、死細胞や細胞屑は培養液中に浮遊した状態となるので、培養液を除去することにより、胚様体を分離することができる。
【0039】
ビタミンAまたはその誘導体は、胚様体を培養器に播種し、胚様体が培養器に接着していることを確認した後、培養液に添加すればよく、ビタミンAまたはその誘導体としては,レチノイン酸がとりわけ好ましく、またその添加量は、培地中において10−8〜10−5M程度となるよう添加するのが好ましく、レチノイン酸を添加する場合、とりわけ10−6M程度であるのが好ましい。
【0040】
また、本発明においては、ビタミンAにかえてジメチルスルフォキシドを用いることもできる。
【0041】
また、培養に用いる培養器としては、前記細胞を培養する場合と同様、特に接着面にコーティングを行う必要はないが、より多くの細胞を得たい場合などには、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチンなどでコーティングした培養器を使用してもよい。あるいは、市販されているコーティング済みの培養器を使用することも可能である。また培養液はできるだけ深さが小さい、いわゆる浅い状態となるよう満たされていることが好ましく、たとえば培養器が培養皿であれば、培養液層が0.5〜2mm程度となるように調整されるのがとりわけ好ましい。これによって、胚様体から間葉系細胞が分化誘導される。
【0042】
[2]分離工程(間葉系細胞の分離工程)
分離工程は、培養器中に間葉系細胞を含む多様な細胞が出現していることを確認した後、培養液を除去し、細胞を乖離したのち、分化細胞を分取する。
【0043】
ついで、分取した細胞を培養器中で短時間培養すると、間葉系細胞は培養器に密着して増殖し、間葉系以外の系譜に分化した細胞や未分化細胞の多くは、培養器に未接着または弱い接着状態のまま培養器内に存在するため、培養液を除去し、培養器を洗浄することにより間葉系細胞を容易に分離することができる。短時間培養は通常30分〜1時間程度行えばよいが、例えば一部の細胞が接着し、紡錘状に広がり始めた段階で分離するのが望ましい。完全に細胞が伸展してしまうまで培養すると、それを足場として他の細胞が接着してしまうことがあるため、広がりきる前に分離することが望ましい。分離に際しては、培養液を除去する前に培養器を軽く振盪すればより未分化細胞等との分離が容易である。
【0044】
細胞乖離液としては、前記分化誘導工程において、細胞を細胞乖離液で乖離させる際に使用したものを好適に使用することができる。細胞乖離液の反応は細胞量などの条件にもよるが、概ね5分間程度でよく、反応後、ダルベッコ変法イーグル培地に最終濃度10%以上になるようにウシ胎児血清を添加したものを加え、酵素反応を停止させる。分化細胞の分取は、たとえば遠心チューブに移し、1,500rpmにて10分間遠心することにより実施することができる。
【0045】
かくして間葉系細胞は、培養器中に残るので、これをさらに間葉系幹細胞培の培養に適した血清低減市販培地、たとえば、メッセンプロRS培地(商品名、インビトロジェン社製)で培養することにより間葉系細胞を増殖させることができ、培養液に塩基性繊維芽細胞増殖因子(basicFGF)を10ng/ml〜20ng/ml程度添加すれば、さらに効率よく間葉系細胞を増殖させることができる。
【0046】
かくして得られた細胞が間葉系細胞であることは、細胞が発現するRNAを用いて逆転写酵素によりcDNAを作製し、幹細胞で特異的に発現している遺伝子を測定するRT―PCRによって確認することができる。
【0047】
逆転写反応は、この技術分野において用いられる一般的な方法、たとえばリバース・トランスクリプターゼ、RNアーゼ インヒビター、デオキシリボヌクレオシド三リン酸(dNTP)混合液、ランダムプライマー、およびジエチルピロカルボン酸(DEPC)処理水に幹細胞から抽出した全RNAを加え、サーマルサイクラーを使用して37℃で120分間、85℃で5分間といった条件で行うことができる。またPCRの条件は、たとえばTaq DNAポリメラーゼ、dNTP混合液、プライマー、オートクレーブ水の混合液中に目的とするDNAを加え、サーマルサイクラーを使用して、94℃で2分間の変性反応に引き続き、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で30秒間の増幅反応を30回繰り返すことにより実施することができる。
【0048】
またこの時、PCR産物が100bp前後となるように設計したプライマーを用い、SYBR-Greenあるいは蛍光色素を付加したプローブをPCR系に混合することで、転写産物を定量的に観察する(Real Time PCR)ことができ、かかるプライマーとして、次の5種のプライマーをあげることができる。
【0049】
プライマー1
遺伝子:Mus Musculus Betaーactitn
順方向:TTCCAGCCTTCCTTCTTG
逆方向:GTCACACTTCATGATGGAATTG
【0050】
プライマー2
遺伝子:Mus Musculus Flkー1
順方向:TGTCGCTCTGTGGTTCTGC
逆方向:GAAAATCGCCAGGCAAAC
【0051】
プライマー3
遺伝子:Mus Musculus PDGFRα
順方向:GTCCTCAGCTGTCTCCTCA
逆方向:TAGAGGGTAATAAGAGCTGGC
【0052】
プライマー4
遺伝子:Mus Musculus PDGFRβ
順方向:TCCACCGTCATCTCTCTCA
逆方向:GGATCTCATAGCGTGGCTT
【0053】
プライマー5
遺伝子:Mus Musculus Vimentin
順方向:GCCGAGGAATGGTACAAGTC
逆方向:GGCATCGTTGTTCCGGTT
【0054】
また、幹細胞で特異的に発現している遺伝子を測定するには、細胞が発現するタンパク質に対する抗体を用いたウエスタンブロット法が有効であり、これを用いることができる。
【0055】
ウエスタンブロット法は、たとえば10%アクリルアミドゲル、ドデシル硫酸ナトリウム緩衝液(SDS buffer)、ポリビニリデンジフルオライド(PVDF)メンブレンを用いた一般的な方法で良い。
【0056】
この時用いる抗体としては、一次抗体として、市販の抗リコンビナントMMPー11抗ニワトリ抗体(アブカム社製)、抗ヒトPDGFRα抗ウサギ抗体(サンタクルスバイオテクノロジー社製)、抗ヒトアクチン抗ヤギ抗体(サンタクルスバイオテクノロジー社製)があげられ、二次抗体として、抗IgYウシ抗体(サンタクルスバイオテクノロジー社製)、抗ウサギIgGヤギ抗体(サンタクルスバイオテクノロジー社製)、抗ヤギIgG抗ロバ抗体(サンタクルスバイオテクノロジー社製)があげられる。
【0057】
本発明方法によって、多能性幹細胞から誘導、分離した間葉系細胞は以下の性状を有する。
【0058】
1、細胞形状:
未分化多能性幹細胞を誘導した間葉系細胞と比較することで形態的、生理学的な特徴の違いを明らかにすることができる。具体的には、間葉系細胞は繊維芽細胞様の形態を示し、多能性細胞のように球形のコロニーを作ることはない。図1は、未分化の幹細胞と誘導後の細胞の写真で示す図であり、図1(a)はiPS細胞を、図1(b)は分化誘導後の胚様体に含まれる細胞集団、図1(c)は本発明により分離された間葉系幹細胞を示す。
【0059】
2、細胞表面マーカー:
PDGFRαおよびPDGFRβは、中胚葉の増殖にはたらく成長因子PDGFのレセプターであり、これらの間葉系マーカーの存在が確認できれば当該細胞が間葉系細胞であることが確認できる。Flkー1(血管内皮増殖因子受容体)は、内皮細胞のマーカーであり、Flkー1が発現すれば、当該細胞が間葉系細胞でないことが確認される。
【0060】
3、細胞内/核内マーカー:
ビメンチン(vimentin)は、結合織を構成する線維芽細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞、横紋筋細胞、骨・軟骨細胞、神経鞘細胞など多様な細胞に分布する主要な細胞骨格蛋白であり、これが発現すれば当該細胞が上皮系細胞でないことが確認される。
MMPー11は、間葉系細胞のマーカー遺伝子であり、これが発現すれば間葉系細胞であることが確認される。
【0061】
[3]軟骨細胞誘導工程(間葉系細胞から軟骨細胞を誘導する工程)
本発明において、多能性幹細胞由来の軟骨細胞の製法としては、前記[2]の分離工程で得られた間葉系細胞を、塊として培養し、軟骨細胞を分化誘導する方法(以下、塊状培養法という)、ならびに分離工程で得られた間葉系細胞を平面に高密度に播種し、成長因子の存在下に、軟骨細胞を分化誘導する方法(以下、平面培養法という)の二つの方法が含まれる。
【0062】
塊状培養法によるときは、前記[2]の分離工程で得られた間葉系細胞を、細胞の沈殿を崩さないようにし、軟骨細胞誘導培地の存在下に培養することにより実施でき、また平面培養法によるときは、前記[2]の分離工程で得られた間葉系細胞を平面に高密度に播種し、軟骨細胞誘導培地の存在下に培養することにより実施できる。
【0063】
いずれの培養法においても、培養は、通常の細胞培養の条件で実施することができ、培養液としては、たとえばダルベッコ変法イーグル培地に最終濃度10%以上になるようにウシ胎児血清を添加したものや、メッセンプロRS培地のように市販のものを使用することができる。
【0064】
また、軟骨細胞誘導培地としては、たとえばダルベッコ変法イーグル培地に最終濃度が1〜5%となる量のウシ胎児血清を加えたものを使用することができる。
【0065】
抗生物質(ペニシリン、ストレプトマイシン、アンフォテリシンなど)、アスコルビン酸10mg/ml、デキサメタゾン10nM、骨形成タンパク質―2(BMPー2)、トランスフォーマー増殖因子―(TGFー)を加えたもののほか、ステムプロ軟骨細胞分化キット(商品名、インビトロジェン社製)、コンドロサイト カルチャー メディウム(商品名、プライマリーセル社製)など市販の軟骨誘導用培地があげられる。
【0066】
なお、培養液に添加される誘導培地の液量は、細胞数によって変更することが望ましく、たとえば間葉系細胞数が1,000,000〜1,500,000に対し1mLの比率で誘導培地を使用することが望ましい。細胞数のカウントについては、得られた細胞ペレットを培養液に懸濁し、ピペットにより混合した後、一部を取り分け、等量のトリパンブルー液と混和する。これを血球計算版に置き、正立顕微鏡下で生存細胞数を数えるといった、一般的な手順で実施することができる。
【0067】
上記の細胞は、通常の細胞培養条件下で培養すればよく、たとえば37℃、5%CO、湿度飽和下にインキュベーター等で培養することにより実施することができる。
また、培養にあたり、5%程度の低酸素環境下に培養することは、軟骨細胞への分化をより促進できるほか、後記のように発癌性を抑制することができるので好ましい。
【0068】
平面培養法では、播種は、間葉系細胞を培養液に懸濁し、96ウエルのマルチプレートなど、底面積が小さく、かつ細胞培養が可能な培養皿上を対象に、平面に高密度に播種し、軟骨細胞を分化誘導することが望ましい。
【0069】
また、軟骨細胞への分化誘導は、一旦、間葉系細胞を分離して行うことが望ましいが、胚様体が形成された培養液から培養液を除去し、残る間葉系細胞を含む細胞に軟骨誘導用培地の存在下に培養することもできる。培養に際しては、培養温度および培養液pHの急激な変化などの不要なストレスを避ける観点から、培養液交換等の必要な操作を除き、密閉状態で培養することが望ましい。
【0070】
かくして得られた軟骨細胞は、前記間葉系細胞の確認において実施したように、該細胞が発現するRNAを用いて逆転写酵素によりcDNAを作製し、幹細胞で特異的に発現している遺伝子を測定するRT-PCRによって確認することができ、その実施条件は、使用するプライマーを除き、前記間葉系細胞における条件と同一条件で実施することができる。
【0071】
使用するプライマーとしては、次の2種があげられる。
プライマー6
遺伝子:Mus Musculus Aggrecan
順方向:GAAGAGCCTCGAATCACC
逆方向:CCTCCGTGTGGGTCTCAT
【0072】
プライマー7
遺伝子:Mus Musculus type2collagen
順方向:GGTTCACATACACTGCCCTG
逆方向:TCTGTGATCGGTACTCGATGA
【0073】
また、ウエスタンブロット法によっても確認することができ、抗体として、一次抗体として、抗ヒトアグリカン抗マウス抗体(ミリポア社製)、抗ヒト2型コラーゲン抗マウス抗体(第一ファインケミカル株式会社製)があげられ、二次抗体として抗マウスIgGヤギ抗体(サンタクルスバイオテクノロジー社製)があげられる。
低酸素培養工程(低酸素環境下に細胞を培養する工程)
【0074】
また、本発明は、前記[1]の分化誘導工程から前記[3]の軟骨細胞誘導工程に至るいずれかの工程において、細胞を低酸素環境下に培養することを特徴とする多能性幹細胞由来細胞の発癌性を抑制する方法である。
【0075】
本発明の低酸素培養工程は、細胞培養において酸素量を1〜5%程度となるよう培養する以外は、通常の培養条件で実施することができ、5%濃度とするのがとりわけ好ましい。
【0076】
また、本発明の低酸素培養工程は、多能性幹細胞から軟骨細胞にいたるまでの種々の分化誘導のための培養時に実施してもよいが、軟骨細胞培養の工程で実施することで、最終産物である軟骨細胞の生産量を低下させることがないため、好ましい。
【0077】
さらに、本願発明の低酸素培養による発癌性抑制は、多能性幹細胞から軟骨細胞を製造する場合に限らず、多能性幹細胞から心筋細胞や神経細胞など、種々の再生医療用の細胞を製造する場合に適用できるので、前記と同様、多能性幹細胞から種々の目的細胞を分化誘導する過程で前記の低酸環境下に培養するだけで実施することができる。
【実施例】
【0078】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は、かかる実施例によってなんら限定されるものではない。なお、以下の実施例において、液体または固体についての「%」は、特に記載しない場合は重量%を示すものとする。また、CO、Oなどの気体についての「%」は体積%を示すものとする。
【0079】
実施例1(iPS細胞から間葉系細胞への分化誘導)
(1)分化誘導工程
多能性幹細胞として、京都大学で作製され、理化学研究所から譲受けたマウスiPS細胞株iPS−MEF−Ng−20D−17株を使用した。
【0080】
コンフルエントに達したiPS細胞を細胞乖離液、トリプルエクスプレス(商品名、インビトロジェン社製)で乖離させ、等量の10%FCS-DMEMを添加し、1,500rpmにて10分間遠心分離した後、上清を吸引除去し、沈殿した細胞を分取した。
【0081】
次いで新しい10%FCS-DMEMに、抗生物質(ペニシリン、ストレプトマイシン、アンフォテリシンカクテル、100倍濃縮液、ロンザ社製)を1倍となるよう添加したもの10mlを加え、ピペットで丁寧に懸濁した後、100mmペトリディッシュに移した後、COインキュベーターにて、37℃、5%CO2の条件で3日間培養した。
【0082】
10%FCS-DMEMは、ダルベッコ変法イーグル培地(日水製薬社製、ダルベッコ変法イーグル培地)4.75gを500mLの蒸留水に溶解し、オートクレーブ処理した後、0.292g L-グルタミン、10%炭酸水素ナトリウム水溶液6mLおよび50mLウシ胎児血清(ハイクローンラボラトリー社製)を加えて調製した。
【0083】
胚葉体の形成を確認後、胚葉体を含む培養液を遠心チューブに回収し、室温で3分間程度静置した。培養液を除去後、10%FCS-DMEMに懸濁し、100mm細胞培養用ペトリディッシュに播種した。翌日、接着を確認した後、レチノイン酸(シグマ アルドリッチ社製)を10ー6μM添加した状態で、8日間、37℃、5%CO、湿度飽和下のインキュベーター内にて培養した。
【0084】
(2)分離工程
8日後、培養液を吸引除去した培養皿に0.25%トリプシン(インビトロジェン社製)と1mM EDTA混合液2mLを入れ、COインキュベーターにて37℃、5%COの条件で3分間反応させた。
【0085】
5分後、10%FCS-DMEMを2mL加え、酵素反応を停止させた。15mL容量のディスポーザブル遠心チューブ(コーニング社製、15mL容量)に移した後、再度1、500rpmにて10分間遠心を行った。この操作で分化細胞は沈殿となるので、上澄みの培養液を吸引、除去した。
【0086】
次いで、抗生物質カクテル(ペニシリン、ストレプトマイシン、アンフォテリシンカクテル、100倍濃縮液、ロンザ社製)を1倍となるよう添加した10%FCS-DMEM10mLに懸濁し、100mmペトリディッシュに移した後、COインキュベーターにて37℃、5%COの条件で1時間培養した。
【0087】
1時間後、培養皿を軽く震盪した後、培養液を完全に除去し、間葉系細胞培養液メッセンプロRS培地(商品名、インビトロジェン社製)500mLに、L-グルタミン0.292g、10mMピルビン酸ナトリウム、抗生物質カクテル(ペニシリン、ストレプトマイシン、アンフォテリシンカクテル、100倍濃縮液、ロンザ社製)を1倍となるようを加え、ポアサイズ0.22μmのボトルトップフィルターで滅菌したもの]10mlを新たに加え、さらにbaicFGF(ミリポア社製)を最終濃度10ng/mlとなるように添加した条件で4日間培養した。
【0088】
これにより間葉系細胞を得た。得られた間葉系細胞の形態は、図1bに示すとおりである。図1aは、本発明において用いた理化学研究所から譲り受けたマウスiPS細胞株iPS−MEF−Ng−20D−17株の形態を示す。
【0089】
また得られた細胞が間葉系細胞であることは以下のようにして確認した。
A)定量RT-PCR法による細胞の性状検査
前記(2)で得た細胞を、液体窒素で瞬間的に凍結し、検査に使用するまで−80℃の超低温庫に保管した。検査に際して、TRIzol(トリゾール、商品名、インビトロジェン社製)を1mL加え、氷上に5分間静置した。次いでクロロフォルムを200μL加え、激しく混和した後、室温に5分間静置した。その後15,000rpm、4℃の条件にて10分間遠心を行い、TRIzol層の上部に形成される水層を1.5mLチューブに回収した。
【0090】
次いで2-プロパノールを500μL加え、再度激しく混和した後、室温に10分間静置した。これを15,000rpm、4℃の条件にて10分間遠心分離し、底部に形成されたRNAペレットを75%エタノール(ジエチルピロカーボネート(DEPC)処理水(和光純薬工業製)25mLに、エタノール(和光純薬工業製)75mLを加える)にて洗浄した。さらに、15,000rpm、4℃の条件にて5分間遠心分離し、上清を除去した後、RNAペレットを自然乾燥させ、RNアーゼフリー水(蒸留水、DNアーゼおよびRNアーゼフリー、和光純薬工業製)5μLに溶解した。
【0091】
逆転写反応は、ハイキャバシティcDNA逆転写キット(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて行った。添付説明書に従い逆転写を行った後、反応済み液10μLに40μLのTEを加え、そのうち1μLをRT-PCR解析に使用した。
【0092】
予め作成したマウスβ―actin、Flkー1、PDGFRα、PDGFRβ、Vimentin遺伝子の配列に特異的なプライマーを用いてRT-PCRを行った。
【0093】
なお、マウスβ―actin、Flkー1、PDGFRα、PDGFRβ、Vimentin遺伝子の配列は、Entrez Gene(http://www。ncbi。nlm。nih。gov/sites/entrez)に公開されている。
【0094】
PCR反応液は、SYBR II プレミックス EX タック(登録商標、タカラバイオ社製)を用いて作成し、RT−PCT定量用チューブ(ミクロアンプ オプチカル8−チューブストリップ、商品名、アプライド、バイオシステムズ社製)に分注した。PCR反応はRT−PCTシステム(エービーアイ プリズム 7700、アプライドバイオシステムズ社製)を使用し、95℃で10秒間の変性反応の後、95℃で5秒間、60℃で30秒間の増幅反応を40回繰り返し、エクセルにて結果を解析した。
【0095】
独立した培養系から採取した3サンプルについて解析を行ったところ、iPS細胞を1としたときの相対発現量が、Flkー1については胚葉体:3.27倍、S.D=0.035、分離後間葉系細胞:1.04倍、 S.D=0.37であった。PDGFRαについては胚葉体:48.4倍、S.D=0.7、分離後間葉系細胞:9.1倍、 S.D=3.38であった。統計学的な解析により、両遺伝子について、iPS細胞と間葉系細胞の間に、間葉系細胞マーカーであるPDGFRαの有意な(p<0.05)発現の上昇を認めた。
【0096】
また、分離後の間葉系細胞を検体としてRTーPCRを行ったところ、間葉系細胞マーカーであるPDGFRα、PDGFRβ、Vimentinの発現を認めた。
さらに、分離後の間葉系細胞を検体としてウエスタンブロットを行ったところ、間葉系細胞マーカーであるPDGFRα、MMPー11の著しい発現上昇に加え、未分化マーカーであるOctー4の発現消失が認められた。
【0097】
これらの結果は図2に示すとおりであり、図中aはRTーPCRによる結果を示し、bはウエスタンブロット法による結果を示す。
【0098】
以上の結果から、分離された細胞は間葉系細胞であることが確認された。
実施例2(塊状培養法による軟骨細胞の分化誘導)
実施例1(2)で分離、あるいは実施例1(2)で分離し、前記分離工程において用いたL−グルタミン、抗生物質カクテルおよびbaicFGF等を含むメッセンプロRS培地で培養した細胞から、培養液を吸引除去したのち、培養皿に0.25%トリプシン−1mM EDTAを加え、乖離した間葉系細胞を遠心チューブに集め、1,500rpmにて10分間遠心を行った。上澄みの培養液を吸引、除去後、細胞の沈殿を崩さないように、軟骨細胞誘導培地を1mL加えた。軟骨細胞誘導培地は、コンドロサイト カルチャー メディウム(商品名、プライマリーセル社製)を用いた。
【0099】
なお、細胞数は、1本の遠心チューブあたり250,000個に調整し、1本の遠心チューブあたり1mLの誘導培地を使用した。細胞数のカウントについては、得られた細胞ペレットを培養液に懸濁し、ピペットにより混合した後、一部を取り分け、等量のトリパンブルー液と混和した。これを血球計算版に置き、正立顕微鏡下で生存細胞数を数えるといった、一般的な手順で実施した。
【0100】
ついで、37℃、5%CO、5%O、湿度飽和下のインキュベーター内で3週間培養した。なお、培養中は、培養液交換の間の2日間は培養器の扉の開閉を止め密閉した。
【0101】
実施例3(平面培養法による軟骨細胞の分化誘導)
実施例1(2)で分離、あるいは実施例1(2)で分離し、前記分離工程において用いたL-グルタミン、抗生物質カクテルおよびbaicFGF等を含むメッセンプロRS培地で培養した細胞の培養皿から培養液を吸引、除去し、培養皿に0.25%トリプシン-1mM EDTAを加え、乖離した間葉系細胞を遠心チューブに集め、1,500rpmにて10分間遠心を行った。上澄みの培養液を吸引、除去後、細胞の沈殿をメッセンプロRS培地に懸濁し、96ウエルのマルチプレートに播種した。細胞数は、1ウェルあたり250,000個に調整した。
【0102】
48時間培養後、軟骨細胞誘導培地を100μL加えた。軟骨細胞誘導培地は、ダルベッコ変法イーグル培地(前記註1に記載したもの)に、さらにアスコルビン酸10mg/ml(シグマアルドリッチ社製)、デキサメタゾン10nM(シグマアルドリッチ社製)、100nM BMPー2(骨形成タンパク質、R&Dシステムズ社製)、20μM TGFーβ(トランスフォーミング増殖因子β、R&Dシステムズ社製)を加えたものを用いた。2日おきに培養液の交換を繰り返しながら37℃、5%CO、5%O、湿度飽和下のインキュベーター内で2週間培養した。なお、培養中は、培養液交換の間の2日間は培養器の扉の開閉を止め密閉した。
【0103】
かくして得られた細胞が、軟骨細胞であることは以下のようにして確認した。
実施例2において独立した培養系から採取した3サンプルについて解析を行ったところ、実施例1で用いたiPS細胞を1としたとき相対発現量が、軟骨特異的な基質タンパク質であるアグリカン(Aggrecan)については間葉系細胞:0.87倍、S.D=0.13、軟骨細胞:7.04倍、S.D=0.97であった。II型コラーゲン(Type2 collagen)については間葉系細胞:0.4倍、S.D=0.11、軟骨細胞:2.6倍、S.D=0.27であった。統計学的な解析により、両遺伝子について、軟骨細胞における有意な(p<0.05)発現の上昇を認めた。
【0104】
また、ウエスタンブロット法によりアグリカン、2型コラーゲンの発現を観察したところ、両タンパク質の著しい増加を認めた。これらウエスタンブロット法による結果は図4に示すとおりである。
【0105】
さらに、実施例3で得られた軟骨細胞塊を組織化学染色、免疫蛍光染色により評価したところ、図5に示すとおり、軟骨細胞に特徴的な基質を赤色に染色するサフラニンO染色に対して陽性となる部位が広範囲に認められ、軟骨基質に特異的な基質を赤紫色に染色するトルイジンブルー染色に対して赤紫色に染色される部位が認められた。さらに、軟骨細胞特異的な細胞外基質であるアグリカン、2型コラーゲンの発現を認めた。このことからも得られた細胞は軟骨細胞であることが明らかである。なお図5において「トルイジンブルー染色」の図における矢印は赤紫色に染色されている部分を示す。
【0106】
実施例4(低酸素環境下での培養による発癌抑制効果の実証)
マウスiPS細胞株iPS−MEF−Ng−20D−17株を実施例1記載の10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ変法イーグル培地に懸濁し、100mmペトリディッシュに移した後、COインキュベーターにて37℃、5%COの条件で24時間培養した。
【0107】
24時間後、酸素濃度を20%(大気中と同じ)あるいは5%(本発明でいう低酸素状態)、37℃、5%COの条件下で24時間培養を行った。
【0108】
独立した培養系から採取したそれぞれ3サンプルについて、強力な発癌遺伝子であるErasの相対発現量を指標として評価した場合、本発明で得られる分化細胞は、比較例の酸素濃度20%で培養されたマウスiPS細胞を1としたとき、0.27倍(S.D=0.076)の発現量であり、低酸素による強力な発現抑制効果が認められた。また未分化状態維持因子Nanogの相対発現量を比較したとき、比較例の発現量に対して、本発明の軟骨細胞は、0.43倍であり、低酸素による分化誘導促進効果も認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離することを特徴とする間葉系細胞の製法。
【請求項2】
多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離した後、間葉系細胞を軟骨細胞誘導因子の存在下に培養することを特徴とする多能性幹細胞由来の軟骨細胞の製法。
【請求項3】
多能性幹細胞から分化細胞を誘導し、ついで分化細胞の培養物から間葉系細胞の接着性を利用して間葉系細胞を分離した後、間葉系細胞を培養して目的とする細胞に誘導する、いずれかの培養において、培養を低酸素環境下に行うことを特徴とする多能性幹細胞由来細胞の発癌抑制方法。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−15662(P2011−15662A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164182(P2009−164182)
【出願日】平成21年7月10日(2009.7.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年2月5日 日本再生医療学会の「再生医療 第8巻/増刊号[通巻31号]日本再生医療学会総会プログラム・抄録」に発表〔刊行物等〕 平成21年3月6日 日本軟骨代謝学会の「第22回日本軟骨代謝学会 プログラム・抄録集」に発表
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】