説明

陸上養殖褐藻類の生産方法

【課題】 遊走子や雌雄配偶体から出荷対象個体までの育成を新しい手法で行うことにより、褐藻類を安定して周年生産することができ、かつ規格の調整にも優れるうえ、他の海洋資源の養殖廃水も活用することができ、限られたスペースを有効活用することができる陸上養殖褐藻類の生産方法を提供する。
【解決手段】 所定の低水温の滅菌人工海水などで褐藻類の成熟した胞子体1から放出された遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製する工程と、遊走子・配偶体付着種苗糸21を流水に対して略垂直となるように養殖槽3に固定して海水を流水するととともに所望によりエアレーションをして遊走子・配偶体付着種苗糸21における遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16、幼胞子体17を出荷対象個体18に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陸上養殖褐藻類の生産方法に関し、より詳細には、遊走子・配偶体付着種苗糸を作製する工程と出荷対象固体に生長するまで育成する工程とを有する陸上養殖褐藻類の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
褐藻類(褐藻綱;Phaeophyceae)は、主に海産多細胞藻類からなる生物群である。褐色をしているのが特徴であり、糸状、葉状、あるいは樹枝状などさまざまな構造のものが存在し、生殖器や分裂組織などが分化するものも存在する。海藻の中では最も発達した藻体を有し、大きくなるものでは数十メートルにも達する。日常生活に最も近い褐藻は、コンブやワカメなどの食用の海藻である。
【0003】
従来、食用や飼料用の目的で、褐藻類の種苗や大量培養などの養殖事業が海中において試みられており、現在では採苗から栽培、取り入れまでを約4〜10ヶ月程度で行う促成栽培技術が開発されている。例えば、コンブでは、天然母藻から遊走子を取り出して種苗糸基質に付着させ、次いで滅菌海水あるいはろ過海水にリン酸や窒素などの栄養源を添加した培養液中にこれを入れ、葉長が1cm弱の幼体になるまで室内培養し、その後海中で培養を行うという促成栽培がなされている。通常、促成栽培では、母藻となる天然葉体が成熟する8月下旬〜9月上旬に採苗し、45〜60日間程度で幼体まで室内培養し、10月中旬頃に沖出し、7〜10日仮植えして苗に仕上げている。
【0004】
しかしながら、従来の海中における褐藻類の促成栽培では、周年連続的に養殖することができないばかりか、仮植えは海中に設置された筏から垂下して、本養成は数トンの重量を有するコンクリートブロックを設置して行わなければならず、金銭的、労力的な投資が必要となり、養殖事業者にとって大きな負担となっている。
【0005】
そこで、海洋深層水とタンクとを用いた褐藻類の陸上養殖が試みられている(非特許文献1)。この方法では、胞子集塊化法を用いてあらかじめ培養室内で育成した種苗を成熟誘導し、海洋深層水が連続注水されているタンク内で浮遊させ、生長させるという方法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】岡直広、Bull.Mar.Sci.Fish.,Kochi Univ.第24巻、第11−47頁、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1に開示されている海洋深層水とタンクとを用いた褐藻類の陸上養殖では、種苗の熟成誘導において胞子集塊化法が用いられているため、熟成誘導された種苗は、附着根の部位で数個体が連結して花弁のような形状を有し、その結果、生産された褐藻類は、塊から葉が多分岐したような形態を有することから(非特許文献1の図46参照)、食用としての規格を満たし難く、商業用出荷が困難である。そもそもこの方法は、アワビの餌となる褐藻類を養殖するための方法であるため、この方法により生産された褐藻類は、食用としての規格や品質が要求されない。にもかかわらず、この方法はコストパフォーマンスが悪いなどの理由から、実用化には至っていない。
【0008】
本発明は、上述の問題点を解決するためになされたものであって、遊走子や雌雄配偶体から出荷対象個体までの育成を新しい手法で行うことにより、褐藻類を安定して周年生産することができ、かつ規格の調整にも優れるうえ、他の海洋資源の養殖廃水も活用することができ、限られたスペースを有効活用することができる陸上養殖褐藻類の生産方法を提供し、さらに、従来の海中養殖の褐藻類にない柔らかさやシャキシャキした食感を有し、その乾燥物もまた、従来にない口溶けの良い食感を有する陸上養殖褐藻類を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究の結果、所定の低水温の滅菌人工海水や滅菌濾過海水などに褐藻類の成熟した胞子体(母藻)から遊走子を放出させ、所定の低水温を維持しつつ種苗糸基質にその遊走子や遊走子から生長した雌雄配偶体を付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸を作製した後、海水流水に対して略垂直となるよう遊走子・配偶体付着種苗糸を養殖槽に固定し、漸次生長する褐藻類に新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送るため、あるいは海水流水になびかせるためなど、必要に応じてエアレーションを施すなどすることにより、褐藻類を陸上で養殖することに成功し、この方法により養殖生産された褐藻類が、従来の海中養殖が有するコリコリした食感ではなく、シャクッと崩れる感じの食感、シャキシャキ感を有した、お刺身として食用することもできること、その乾燥物もまた、従来にない口溶けの良い食感を有することを見出し、下記の各発明を完成した。
【0010】
(1)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体から放出された遊走子および/または前記遊走子から生長した配偶体を種苗糸基質に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸を作製する遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程と、前記遊走子・配偶体付着種苗糸を流水に対して略垂直となるように養殖槽に固定して海水を流水するととともに所望によりエアレーションをして前記遊走子・配偶体付着種苗糸における遊走子、配偶体ならびに前記遊走子および/または前記配偶体から生長した幼胞子体の少なくともいずれかを出荷対象個体に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程とを有する陸上養殖褐藻類の生産方法。
【0011】
(2)前記出荷対象個体育成工程における海水が所定の高水温の海水である場合に、所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水に遊走子・配偶体付着種苗糸を投入し、前記所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよび/またはエアレーションをして前記遊走子・配偶体付着種苗糸における遊走子および/または配偶体を前記出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体に生長するまで育成して幼胞子体付着種苗糸を作製する幼胞子体付着種苗糸作製工程を有する、(1)に記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【0012】
(3)前記遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程において作製した遊走子・配偶体付着種苗糸を、所定の低水温を維持するとともに赤色光を照光して、ならびに/もしくは所定の低水温を維持するとともに鉄分を含まない滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水を用いて保存する遊走子・配偶体付着種苗糸保存工程を有する、(1)または(2)に記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【0013】
(4)前記出荷対象個体育成工程において育成された出荷対象個体を、葉状部基部を含む生長部位が残るように刈り取ることにより収穫する出荷対象個体収穫工程を有する、(1)から(3)のいずれかに記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【0014】
(5)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体から放出された遊走子を配偶体に生長するまで育成する配偶体育成工程と、養殖槽において海水を流水するとともに所望によりエアレーションをして配偶体および/または前記配偶体から生長した幼胞子体を出荷対象個体に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程とを有する陸上養殖褐藻類の生産方法。
【0015】
(6)前記出荷対象個体育成工程における海水が所定の高水温の海水である場合に、所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水に配偶体を投入し、前記所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよび/またはエアレーションをして前記配偶体を前記出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体に生長するまで育成する幼胞子体育成工程を有する、(5)に記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【0016】
(7)褐藻類がコンブ科植物である、(1)から(6)のいずれかに記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、規格の調整が可能な褐藻類を周年生産することができ、生産された褐藻類は、磯焼けした海洋地域への種苗として供給することができるほか、従来の海中養殖の褐藻類にない柔らかさやシャキシャキした食感を有する食用の褐藻類として、その乾燥物もまた、従来にない口溶けの良い食感を有する食用の褐藻類の加工食品として、市場に供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法を表した模式図である。
【図2】出荷対象個体育成工程における海水が所定の高水温の海水である場合の、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法を表した模式図である。
【図3】遊走子・配偶体付着種苗糸21を示す写真図である。
【図4】遊走子・配偶体付着種苗糸21が海水流水に対して略垂直となるよう養殖槽3に固定される様子を示す写真図である。
【図5】養殖槽3において生長したホソメコンブが海水流水になびくよう、エアレーションが施されている様子を示す写真図である。
【図6】陸上養殖褐藻類の生産が行われる陸上養殖施設4の模式図である。
【図7】インキュベーターにおける幼胞子体付着種苗糸作製工程の様子を示す写真図である。
【図8】屋内水槽における幼胞子体付着種苗糸作製工程の様子を示す写真図である。
【図9】本発明における出荷対象個体育成工程を示す写真図である。
【図10】本発明に係る生産方法により得られた各種データを示す図表である。
【図11】本発明に係る生産方法を用いて生産された褐藻類の様子を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法について、図1および図2を用いて詳細に説明する。本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法の第1実施形態は、図1の上段に示すように、所定の低水温の滅菌人工海水や滅菌濾過海水などの海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から遊走子14を放出させ、その遊走子14やその遊走子14から生長した雄性配偶体15、雌性配偶体16を種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製した後、図1の中下段に示すように、流水(矢印)に対して略垂直となるように遊走子・配偶体付着種苗糸21を養殖槽3に固定し、海水を流水し、所望によりエアレーションをすることにより種苗糸基質2に付着した遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16、これらから生長した幼胞子体17を出荷対象個体18に生長するまで育成する陸上養殖褐藻類の生産方法である。
【0020】
すなわち、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法の第1実施形態は、
(i)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から放出された遊走子14、遊走子14から生長した雄性配偶体15および雌性配偶体16の少なくともいずれかを種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製する遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程、
(ii)遊走子・配偶体付着種苗糸21を流水に対して略垂直となるように養殖槽3に固定して海水を流水するととともに所望によりエアレーションをして遊走子・配偶体付着種苗糸21における遊走子14、雄性配偶体15、雌性配偶体16およびこれらから生長した幼胞子体17の少なくともいずれかを出荷対象個体18に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程。
以上、(i)および(ii)の工程を有する。
【0021】
本第1実施形態における(i)遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程は、図1の上段に示すように、所定の低水温の滅菌人工海水や滅菌濾過海水などの海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から遊走子14を放出させ、その遊走子14や遊走子14から生長した雄性配偶体15、雌性配偶体16の少なくともいずれかを種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製する工程である。
【0022】
本発明において、所定の低水温とは、1〜11℃程度をいうが、2〜11℃が好ましく、3〜11℃がより好ましく、4〜11℃がさらに好ましく、4〜10℃がよりさらに好ましい。
【0023】
本発明において、使用することのできる人工海水や濾過海水は滅菌されたものであれば特に限定されないが、人工海水については、例えば、ASP12やES by Provasoli、これらのFeフリーのものを使用することができるが、Feフリーのものを使用するのが好ましい。また、濾過海水としては、例えば、レジンなどを充填したカラムに通水して濾過した海水を挙げることができる。さらに、人工海水と濾過海水とを組み合わせて使用することができ、例えば、濾過海水と人工海水ES by ProvasoliのFeフリーのものとを混合して得られるPES培養液などを使用することができる。
【0024】
本発明において、「滅菌人工海水」や「滅菌濾過海水」とは、一旦滅菌した人工海水や濾過海水をいい、すなわち、菌や微生物をまったく含まない場合のみならず、多少の菌や微生物を含有する人工海水や濾過海水が含まれる。また、人工海水や濾過海水を滅菌する方法は、公知か否かを問わず、当業者が適宜選択可能な方法を用いることができる。そのような方法であって公知の方法としては、例えば、蒸気滅菌法、濾過滅菌法、遠心分離滅菌法、γ線などの放射線やエチレンオキサイドガス、プラズマ、紫外線などを用いた滅菌方法などを挙げることができる。
【0025】
種苗糸基質2は、遊走子14や遊走子14から生長した雄性配偶体15や雌性配偶体16、これらから生長した幼胞子体17などが付着して生長することができるものであれば、当業者により選択可能な種苗糸基質2を使用することができるが、そのような種苗糸基質2としては、例えば、糸、紐、ロープ、テープなどを挙げることができ、糸が好ましく、クレモナ糸がより好ましい。また、種苗糸基質2は、表面を毛羽立たせるなどして付着性を向上させてから使用してもよく、ゲルなどの付着性を高める物質を表面に塗布して使用してもよい。
【0026】
遊走子14は、所定の低水温の滅菌人工海水または滅菌濾過海水にそのまま放出させてもよく、所定の低水温の滅菌人工海水と滅菌濾過海水とを混合して所定の低水温に調整したものに放出させてもよく、これらに海水や不足養分などを混合して所定の低水温に調整したものに放出させてもよい。また、図1の上段に示すように、遊走子14を放出させた後、そこへ種苗糸基質2を投入することで遊走子14を種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製してもよく、放出させた遊走子14を保存した後、または放出させた遊走子14を雄性配偶体15や雌性配偶体16に生長させた後、これらを種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製してもよい。
【0027】
本第1実施形態における(ii)出荷対象個体育成工程は、図1の中段に示すように、流水(矢印)に対して略垂直となるように遊走子・配偶体付着種苗糸21を養殖槽3に固定し、海水を流水し、所望によりエアレーションをすることにより種苗糸基質2に付着した遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を出荷対象個体18に生長するまで育成する工程である。
【0028】
養殖槽3は、遊走子・配偶体付着種苗糸21を流水に対して略垂直となるように固定できて海水を流水するととともに所望によりエアレーションをすることができるものであれば特に限定されないが、例えば、直方体状を含む角柱状の槽のほか、円柱状、角錐状、円錐状、渦巻き状、波状の槽を挙げることができる。
【0029】
本発明において、海水の流水は、種苗糸基質2において生長した褐藻類がなびくようにするのが好ましい。そのような流水方法としては、例えば、図1の中段に示すように、取水口31と排水口32とが長手方向に向かい合うよう長手方向端部に形成して行う方法や、図5に示すように、海水の噴出口36を養殖槽3の長手方向側面に配設して噴出口36から海水を排出することで流水する方法、あるいはその両方の方法を組み合わせた方法などを挙げることができる。また、本第1実施形態における(ii)出荷対象個体育成工程において、エアレーションは、新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送るため、あるいは海水流水になびかせるためなど、種苗糸基質2に付着した遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16の生長に応じて行うことができ、その態様は特に限定されず、例えば、空気を送り込むための通気管34を養殖槽3の底に設置して通気管34から空気を噴出させることでエアレーションをすることができる。
【0030】
また、本第1実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法は、例えばアワビやウニなどの養殖廃水などを用いる場合のように、(ii)出荷対象個体育成工程において用いる海水が所定の高水温の海水である場合、図2に示すように、(i)遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程(図2の1段目)と(ii)出荷対象個体育成工程(図2の3、4段目)との間に、種苗糸基質2に付着した遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を(ii)出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体17に生長するまで育成して幼胞子体付着種苗糸22を作製する(iii)幼胞子体付着種苗糸作製工程(図2の2段目)を有してもよい。
【0031】
すなわち、本第1実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法は、
(i)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から放出された遊走子14、遊走子14から生長した雄性配偶体15および雌性配偶体16の少なくともいずれかを種苗糸基質2に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸21を作製する遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程、
(iii)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水に遊走子・配偶体付着種苗糸21を投入し、前記所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよび/またはエアレーションをして遊走子・配偶体付着種苗糸21における遊走子14、雄性配偶体15および雌性配偶体16の少なくともいずれかを所定の幼胞子体17に生長するまで育成して幼胞子体付着種苗糸22を作製する幼胞子体付着種苗糸作製工程、
(ii)幼胞子体付着種苗糸22を流水に対して略垂直となるように養殖槽3に固定して所定の高水温の海水を流水するととともに所望によりエアレーションをして幼胞子体付着種苗糸22における所定の幼胞子体17を出荷対象個体18に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程。
以上、(i)、(iii)および(ii)の工程を有してもよい。
【0032】
なお、本発明において、所定の高水温とは、11〜18℃程度をいうが、11〜17℃が好ましく、11〜16℃がより好ましく、11〜15℃がさらに好ましい。
【0033】
(iii)幼胞子体付着種苗糸作製工程は、所定の低水温の滅菌人工海水や滅菌濾過海水などへ遊走子・配偶体付着種苗糸21を投入し、その所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよびエアレーションの少なくともいずれかを行い、種苗糸基質2に付着した遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を所定の幼胞子体17、すなわち(ii)出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体17、具体的には(ii)出荷対象個体育成工程において出荷対象個体18に生長することができるサイズの幼胞子体17にまで生長させて幼胞子体付着種苗糸22を作製する工程である。
【0034】
本第1実施形態の(iii)幼胞子体付着種苗糸作製工程において、インキュベーションは、所定の低水温下で行うほかは、当業者が適宜選択可能な方法により行うことができる。また、エアレーションは、新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送る目的で主に行われるが、その態様は特に限定されず、例えば、空気を送り込むための通気管を水槽の底に設置して通気管から空気を噴出させることで行うことができる。
【0035】
本第1実施形態における(iii)幼胞子体付着種苗糸作製工程において、(ii)出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体17とは、(ii)出荷対象個体育成工程において所定の高水温海水を用いた場合に、出荷対象個体18まで生長することができる幼胞子体17をいい、葉長が約0.5〜10cmの幼胞子体17が好ましく、葉長が約1〜8cmの幼胞子体17がより好ましく、葉長が約1.5〜7cmの幼胞子体17がさらに好ましく、葉長が2〜6cmの幼胞子体17がよりさらに好ましい。
【0036】
また、本第1実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法は、(i)遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程において作製した遊走子・配偶体付着種苗糸21を保存する(iv)遊走子・配偶体付着種苗糸保存工程を有してもよい。
【0037】
(iv)遊走子・配偶体付着種苗糸保存工程は、所定の低水温を維持するとともに赤色光を照光して保存するか、所定の低水温を維持するとともに鉄分を含まない滅菌人工海水や滅菌濾過海水を含む海水を用いて保存するか、あるいはその両方を組み合わせて保存する工程である。(iv)遊走子・配偶体付着種苗糸保存工程における所定の低水温とは、(i)遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程や(iii)幼胞子体付着種苗糸作製工程における所定の低水温と同義である。
【0038】
赤色光を照光する方法により、および鉄分を含まない滅菌人工海水や滅菌濾過海水などを用いる方法により、遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16の成熟や生長を抑制できることが見出されており、所定の低水温下においてこれらの方法を用いて、あるいは所定の低水温下においてこれらの方法を組み合わせることにより、種苗糸基質2に付着した遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16をそのままの状態で保存することができる。
【0039】
さらに、本第1実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法は、図1の下段右や図2の4段目右にそれぞれ示すように、(ii)出荷対象個体育成工程において育成された出荷対象個体18を、葉状部基部を含む生長部位が残るように刈り取ることにより収穫する(v)出荷対象個体収穫工程を有してもよい。(v)出荷対象個体収穫工程後の種苗糸基質2に付着した個体は、本第1実施形態に係る(ii)出荷対象個体育成工程を繰り返すことにより、出荷対象個体18に生長させることができる。
【0040】
次に、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法の第2実施形態は、図1の上段の左側に示すように、所定の低水温の滅菌人工海水や滅菌濾過海水などの海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から遊走子14を放出させ、遊走子14を雄性配偶体15や雌性配偶体16になるまで育成した後、図1の中段に示すように、養殖用かご35に入れて養殖槽3に固定して海水を流水し、所望によりエアレーションをすることにより雄性配偶体15や雌性配偶体16、これらから生長した幼胞子体17を出荷対象個体18に生長するまで育成する陸上養殖褐藻類の生産方法である。
【0041】
すなわち、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法の第2実施形態は、
(a)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から放出された遊走子14を雄性配偶体15または雌性配偶体16に生長するまで育成する配偶体育成工程、
(b)養殖槽3において海水を流水するとともに所望によりエアレーションをして雄性配偶体15、雌性配偶体16およびこれらから生長した幼胞子体17の少なくともいずれかを出荷対象個体18に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程。
以上、(a)および(b)の工程を有する。
【0042】
本第2実施形態における(a)配偶体育成工程は、図1の上段左に示すように、所定の低水温の滅菌人工海水や滅菌濾過海水などの海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から遊走子14を放出させ、遊走子14を雄性配偶体15や雌性配偶体16に生長させる工程である。なお、遊走子14については、第1実施形態における(i)遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程と同様である。
【0043】
また、本第2実施形態における(b)出荷対象個体育成工程は、図1の中段左に示すように、雄性配偶体15や雌性配偶体16を養殖用かご35に入れ、養殖槽3に固定して海水を流水(矢印)し、所望によりエアレーションをすることにより雄性配偶体15や雌性配偶体16、これらから生長した幼胞子体17を出荷対象個体18に生長するまで育成する工程である。
【0044】
本第2実施形態における(b)出荷対象個体育成工程では、雄性配偶体15や雌性配偶体16を養殖用かご35に入れ、養殖槽3に固定して海水を流水しているが、本発明においては、この方法に限定されず、養殖槽3において海水を流水して雄性配偶体15や雌性配偶体16、これらから生長した幼胞子体17を出荷対象個体18に生長させることができる方法を適宜選択することができる。なお、本第2実施形態における(b)出荷対象個体育成工程において用いることができる養殖槽3やエアレーションは、第1実施形態における(ii)出荷対象個体育成工程と同様である。
【0045】
また、本第2実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法もまた、例えばアワビやウニなどの養殖廃水などを用いる場合のように、(b)出荷対象個体育成工程において用いる海水が所定の高水温の海水である場合、第1実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法と同様、図2に示すように、(a)配偶体育成工程と(b)出荷対象個体育成工程との間に、(c)幼胞子体育成工程を有してもよい。
【0046】
すなわち、本第2実施形態に係る陸上養殖褐藻類の生産方法は、
(a)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体1から放出された遊走子14を雄性配偶体15または雌性配偶体16に生長するまで育成する配偶体育成工程、
(c)所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水に雄性配偶体15や雌性配偶体16を投入し、前記所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよび/またはエアレーションをして雄性配偶体15や雌性配偶体16を所定の幼胞子体17に生長するまで育成する幼胞子体育成工程、
(b)養殖槽3において所定の高温の海水を流水するとともに所望によりエアレーションをして所定の幼胞子体17を出荷対象個体18に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程。
以上、(a)、(c)および(b)の工程を有してもよい。
【0047】
本第2実施形態における(c)幼胞子体育成工程において、インキュベーションおよびエアレーションとは、第1実施形態の(iii)幼胞子体付着種苗糸作製工程の場合と同義である。
【0048】
本第2実施形態における(c)幼胞子体育成工程において、所定の幼胞子体17、すなわち(b)出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体17とは、(b)出荷対象個体育成工程において所定の高水温海水を用いた場合に、出荷対象個体18まで生長することができる幼胞子体17をいい、葉長が約0.5〜8cmの幼胞子体17が好ましく、葉長が約1〜7cmの幼胞子体17がより好ましく、葉長が約2〜6cmの幼胞子体17がさらに好ましい。
【0049】
なお、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法には、その特徴を損なわない限りにおいて、他の工程を有してもよく、例えば、さらなるインキュベート工程や殺菌工程、洗浄工程などを有してもよい。
【0050】
以下、本発明に係る陸上養殖褐藻類の生産方法について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0051】
<実施例1>ホソメコンブの生産
(1)遊走子・配偶体付着種苗糸の作製
水温が約4〜11℃の滅菌した濾過海水中に、ホソメコンブの成熟した胞子体1から遊走子14を放出させ、遊走子14や遊走子14から生長した雄性配偶体15、雌性配偶体16を、クレモナ糸を用いた種苗糸基質2に高い密度で付着させることにより、遊走子・配偶体付着種苗糸21を5本作製した。その工程を図1の上段に、作製した遊走子・配偶体付着種苗糸21を図3にそれぞれ示す。
【0052】
(2)種苗糸基質に付着した遊走子や雌雄配偶体の育成
種苗糸基質2に付着したホソメコンブの遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を育成するため、長さ5.0m×幅1.0m×深さ0.5m(水深約0.3〜0.4m)の養殖槽3を用意し、その長辺の縁から固定金具33をつり下げて、作製した5本の遊走子・配偶体付着種苗糸21の各両端をその固定金具33に結びつけた後、水温が約4〜11℃に維持された海水を、養殖槽3に形成された取水口31から流入させて排水口32から排出することにより、養殖槽3の長手方向に海水をかけ流した。その工程を図1の中段に、その様子を図4にそれぞれ示す。
【0053】
さらに、養殖槽3の長手方向側面に海水の噴出口36を配設して海水を噴出させるとともに、空気を送り込むための通気管34を養殖槽3の底に設置してエアレーションをすることで、種苗糸基質2に付着したホソメコンブの遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16に新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送り込んで生長を促進させた。その様子を図5に示す。
【0054】
図5に示すように、種苗糸基質2に付着したホソメコンブの遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16は、成熟した胞子体1すなわち出荷対象個体(収穫対象個体)18へと生長していることが確認できる。また、遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16の生長に伴い、エアレーションを施すことにより、新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送って生長を促進させるという効果のみならず、海水流水になびかせることにより生長を促進させるという効果が得られることが確認できた。さらに、遮光可能な黒色網で養殖槽3を覆うことにより養殖槽3内の光量を調節することが効果的であることが確認でき、その結果、ホソメコンブの出荷対象個体(収穫対象個体)18を生産することができた。
【0055】
ホソメコンブの出荷対象個体(収穫対象個体)18については、図1の下段に示すように、葉状部基部を含む生長部位が残るように刈り取ることにより収穫し、収穫後の種苗糸(出荷対象個体収穫種苗糸)に付着した個体を、同様の方法により養殖槽3で再育成した。その結果、再育成された出荷対象個体収穫種苗糸に付着した収穫後の個体は、出荷対象個体(収穫対象個体)18に生長した。
【0056】
(3)種苗糸に付着していない状態の配偶体の育成
水温が約4〜11℃の滅菌した濾過海水中に、ホソメコンブの成熟した胞子体1から遊走子14を放出させ、遊走子14を培養してホソメコンブの雄性配偶体15や雌性配偶体16を育成した。その工程を図1の上段左に示す。
【0057】
育成した雄性配偶体15や雌性配偶体16を細かい網目状の養殖用かご35に入れ、長さ5.0m×幅1.0m×深さ0.5m(水深約0.3〜0.4m)の養殖槽3に養殖用かご35を入れて固定した後、水温が約4〜11℃に維持された海水を、養殖槽3に形成された取水口31から流入させて排水口32から排出することにより、養殖槽3の長手方向に海水をかけ流した。その工程を図1の中段に示す。さらに、遮光可能な黒色網で養殖槽3を覆うことにより養殖槽3内の光量を調節するとともに、空気を送り込むための通気管34を養殖槽3の底に設置してエアレーションをすることにより、ホソメコンブの雄性配偶体15や雌性配偶体16に新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送り込み、生長を促進させた。その結果、本実施例(2)と比較してやや小ぶりではあったが、ホソメコンブの出荷対象個体(収穫対象個体)18を生産することができた。
【0058】
<実施例2>アワビの養殖廃水を用いたホソメコンブの生産
流水海水の安定供給を実現するため、養殖槽3におけるホソメコンブの育成にアワビの養殖廃水を用いることを検討した。その工程を図2に示す。実施例1と同様の方法によりホソメコンブの生産を試みた結果、アワビの養殖廃水は通常の海水温と比較して約11〜16℃と高温であるため、ホソメコンブの遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を養殖槽3における育成に耐えることができるサイズの幼胞子体17にまで生長させる必要があることが確認できた。
【0059】
そこで、このような工程を含んだ生産方法の確立をすべく、図6に示すような陸上養殖施設4を構築し、実用化を試みた。陸上養殖施設4は、主に、遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程、幼胞子体付着種苗糸作製工程、遊走子・配偶体付着種苗糸保存工程、配偶体育成工程および幼胞子体育成工程を行うための初期工程処理施設41と、養殖槽3と、アワビ養殖場から養殖廃水を揚水して流水海水を安定供給するための揚水ポンプ42と、収穫したホソメコンブの梱包や発送などを行う荷捌き場43と、海水流水を養殖槽3や荷捌き場43へ配水するための配水管44とを備えている。
【0060】
(1)遊走子・配偶体付着種苗糸の作製およびその保存
実施例1(1)と同様の方法でホソメコンブの遊走子・配偶体付着種苗糸21を大量に作製し(図1の1段目)、約4〜11℃の水温を維持しながら保存した。滅菌濾過海水を用いる場合は、約4〜11℃の水温を維持しつつ赤色光を照射して保存し、滅菌人工海水を用いる場合は鉄分を含まない滅菌人工海水を選択して、約4〜11℃の水温を維持するか、あるいは約4〜11℃の水温を維持しつつ赤色光を照射して保存した。
【0061】
滅菌人工海水については、遊走子・配偶体付着種苗糸21を少量保存する場合には人工海水ASP12(PIIのFeフリーのもの)を滅菌したもの用い、遊走子・配偶体付着種苗糸21を大量に保存する場合には滅菌した濾過海水1Lあたりに人工海水ES by Provasoli(Feフリーのもの)の滅菌したものを20mL混合して得られるPES培養液を用いた。以下、ASP12(Feフリー)とES by Provasoli(Feフリー)の組成を示す。
【0062】
[1−1]滅菌人工海水ASP12(Feフリー)
pH=7.8〜8.0
蒸留水 1000mL
NaCl 28g
MgSO−7HO 7g
MgCl−6HO 4g
KCl 0.7g
Tris 1g
NaNO 0.1g
グリセロールリン酸ナトリウム 10mg
ビタミンミックス 1mL
ビタミン12 0.2μg
ビオチン 1μg
チアミン 100μg
PII 10mL
S2 10mL
ニトリロ三酢酸(NTA) 100mg
NaSiO−9HO 150mg
PO 10mg
Ca(塩化物として) 0.4g
【0063】
(上記PIIの組成;蒸留水100mLあたり)
Na−EDTA 100mg
B(HBO) 20mg
Mn(塩化物として) 4mg
Zn(塩化物として) 500μg
Co(塩化物として) 100μg
【0064】
(上記S2の組成)
蒸留水 100mL
Mo(NaMo) 5mg
Br(カリウム化合物として) 100mg
Sr(塩化物として) 20mg
Rb(塩化物として) 2mg
Li(塩化物として) 2mg
I(カリウム化合物として) 100μg
Va(塩化物として) 10μg
【0065】
[1−2]ES by Provasoli(Feフリー)
pH=7.8〜8.0
蒸留水 1000mL
NaNO 3.5g
グリセロールリン酸ナトリウム 500mg
PII 250mL
ビタミン12 100μg
チアミン 5mg
ビオチン 50μg
Tris 5g
※上記ビタミン12、チアミン、ビオチンの代わりにヨウ化カリウムを1mg添加してもよい。
【0066】
(2)遊走子・配偶体付着種苗糸に付着した遊走子や雌雄配偶体の幼胞子体への育成
作製または保存した遊走子・配偶体付着種苗糸21に付着しているホソメコンブの遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16は、そのままではアワビの養殖廃水を用いて育成することができないため、アワビの養殖廃水を用いた育成に耐えることができるサイズの幼胞子体17に生長させ、幼胞子体付着種苗糸22を作製することとした。先ず、図7に示すように、初期工程処理施設41内に設置したインキュベーターを用いて葉長が約1mm〜3mmの幼胞子体17になるまで遊走子14や雄性配偶体15、雌性配偶体16を育成し、次いで、図8に示すように、初期工程処理施設41内に設置した屋内水槽を用いて葉長が約1.5〜7cmの幼胞子体17になるまで育成した。その工程を図2の1段目から3段目にかけて示す。なお、初期工程処理施設41内に設置したインキュベーターおよび屋内水槽の育成条件は次のとおりである。
【0067】
[2−1]初期工程処理施設41内に設置したインキュベーターの育成条件
水温:4〜11℃
照度:2000Lux
海水:本実施例(1)のPES培養液
pH:7.0〜8.5
静置にて育成
【0068】
[2−2]初期工程処理施設41内に設置した屋内水槽の育成条件
水温:4〜11℃
照度:2000Lux
海水:滅菌濾過したアワビ養殖廃水(海水)と、本実施例(1)のPES培養液1/4〜1/2濃度のものとを混合して得られる培養液
pH:7.0〜8.5
エアレーションをしながら育成
【0069】
(3)種苗糸基質に付着していない状態の配偶体の幼胞子体への育成
実施例1(3)および本実施例(1)と同様の方法により、種苗糸基質2に付着していない状態のホソメコンブの雄性配偶体15や雌性配偶体16を育成または保存し(図2の1段目から2段目の左)、育成または保存した雄性配偶体15や雌性配偶体16を細かい網目状の養殖用かご35に入れ、本実施例(2)と同様、初期工程処理施設41内に設置したインキュベーターを用いて葉長が約2mm〜6mmの幼胞子体17になるまで雄性配偶体15や雌性配偶体16を育成し、次いで、図8に示すように、初期工程処理施設41内に設置した屋内水槽を用いて葉長が約2〜6cmの幼胞子体17になるまで育成した。
【0070】
(4)幼胞子体の育成
本実施例(2)および(3)で育成した幼胞子体17を育成するため、先ず、幼胞子体付着種苗糸22については、長さ5.0m×幅1.0m×深さ0.5m(水深約0.3〜0.4m)の養殖槽3の長辺の縁から固定金具33をつり下げて、幼胞子体付着種苗糸22の各両端をその固定金具33に結びつけた後、水温が約11〜16℃に維持されたアワビ養殖廃水(海水)を、養殖槽3に形成された取水口31から流入させて排水口32から排出することにより、養殖槽3の長手方向にアワビ養殖廃水をかけ流した。その工程を図2の3段目に、その様子を図9にそれぞれ示す。
【0071】
次に、種苗糸基質2に付着していない状態の幼胞子体17については、細かい網目状の養殖用かご35に入った幼胞子体17を、養殖用かご35に入れたまま長さ5.0m×幅1.0m×深さ0.5m(水深約0.3〜0.4m)の養殖槽3に入れ、養殖用かご35を養殖槽3に固定した後、水温が約11〜16℃に維持されたアワビ養殖廃水を、養殖槽3に形成された取水口31から流入させて排水口32から排出することにより、養殖槽3の長手方向にアワビ養殖廃水をかけ流した。その工程を図2の3段目に示す。
【0072】
さらに、遮光可能な黒色網で養殖槽3を覆うことにより養殖槽3内の光量を調節するとともに、空気を送り込むための通気管34を養殖槽3の底に設置してエアレーションをすることにより、ホソメコンブの幼胞子体17に新鮮な空気あるいは溶存酸素が豊富な海水を送り込んで生長を促進させた。以上の結果、得られた各種データを図10に、種苗糸基質2に付着した幼胞子体17から生長した出荷対象個体(収穫対象個体)18の様子を図2の4段目および図11にそれぞれ示す。
【0073】
図10中、「ロープ(A)」および「ロープ(B)」とは、養殖槽3につり下げられた幼胞子体付着種苗糸22の中から任意に選択した2本に付着した幼胞子体17を示し、「バラ」とは、種苗糸基質2に付着していない状態の幼胞子体17を示し、「バラ」における長さ(育成した長さ)および幅(育成した幅)の数値は、種苗糸基質2に付着していない状態の幼胞子体17についての平均値を示す。図10および図11に示すように、幼胞子体付着種苗糸22における幼胞子体17と種苗糸基質2に付着していない状態の幼胞子体17とは、いずれも出荷対象個体(収穫対象個体)18へと順調に生長した。
【0074】
(1)収穫後の種苗糸(出荷対象個体収穫種苗糸)の再育成
幼胞子体付着種苗糸22における幼胞子体17が生長したホソメコンブの出荷対象個体(収穫対象個体)18については、図2の4段目に示すように、葉状部基部を含む生長部位が残るように刈り取ることにより収穫し、収穫後の種苗糸(出荷対象個体収穫種苗糸)に付着した個体を、本実施例(4)と同様の方法により、養殖槽3で再育成した。その結果、再育成された出荷対象個体収穫種苗糸に付着した収穫後の個体は、出荷対象個体(収穫対象個体)18に生長した。
【0075】
また、収穫した陸上養殖ホソメコンブは、従来の海中養殖が有するコリコリした食感ではなく、シャクッと崩れる感じの食感、シャキシャキ感を有しており、お刺身用やしゃぶしゃぶ用として出荷することができた。さらに、収穫した陸上養殖ホソメコンブの乾燥物は、従来にない口溶けの良い食感を有しており、ふりかけとしての検討がなされた。
【符号の説明】
【0076】
1 成熟した胞子体
2 種苗糸基質
3 養殖槽
4 陸上養殖施設
11 卵
12 精子
13 受精卵
14 遊走子
15 雄性配偶体
16 雌性配偶体
17 幼胞子体
18 出荷対象個体(収穫対象個体、成熟した胞子体)
21 遊走子・配偶体付着種苗糸
22 幼胞子体付着種苗糸
31 取水口
32 排水口
33 固定金具
34 通気管
35 養殖用かご
36 噴出口
41 初期工程処理施設
42 揚水ポンプ
43 荷捌き場
44 配水管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体から放出された遊走子および/または前記遊走子から生長した配偶体を種苗糸基質に付着させて遊走子・配偶体付着種苗糸を作製する遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程と、
前記遊走子・配偶体付着種苗糸を流水に対して略垂直となるように養殖槽に固定して海水を流水するととともに所望によりエアレーションをして前記遊走子・配偶体付着種苗糸における遊走子、配偶体ならびに前記遊走子および/または前記配偶体から生長した幼胞子体の少なくともいずれかを出荷対象個体に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程と
を有する陸上養殖褐藻類の生産方法。
【請求項2】
前記出荷対象個体育成工程における海水が所定の高水温の海水である場合に、所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水に遊走子・配偶体付着種苗糸を投入し、前記所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよび/またはエアレーションをして前記遊走子・配偶体付着種苗糸における遊走子および/または配偶体を前記出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体に生長するまで育成して幼胞子体付着種苗糸を作製する幼胞子体付着種苗糸作製工程を有する、請求項1に記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【請求項3】
前記遊走子・配偶体付着種苗糸作製工程において作製した遊走子・配偶体付着種苗糸を、所定の低水温を維持するとともに赤色光を照光して、ならびに/もしくは所定の低水温を維持するとともに鉄分を含まない滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水を用いて保存する遊走子・配偶体付着種苗糸保存工程を有する、請求項1または請求項2に記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【請求項4】
前記出荷対象個体育成工程において育成された出荷対象個体を、葉状部基部を含む生長部位が残るように刈り取ることにより収穫する出荷対象個体収穫工程を有する、請求項1から請求項3のいずれかに記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【請求項5】
所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水中で褐藻類の成熟した胞子体から放出された遊走子を配偶体に生長するまで育成する配偶体育成工程と、
養殖槽において海水を流水するとともに所望によりエアレーションをして配偶体および/または前記配偶体から生長した幼胞子体を出荷対象個体に生長するまで育成する出荷対象個体育成工程と
を有する陸上養殖褐藻類の生産方法。
【請求項6】
前記出荷対象個体育成工程における海水が所定の高水温の海水である場合に、所定の低水温の滅菌人工海水および/または滅菌濾過海水を含む海水に配偶体を投入し、前記所定の低水温を維持するとともにインキュベーションおよび/またはエアレーションをして前記配偶体を前記出荷対象個体育成工程に耐えることができる幼胞子体に生長するまで育成する幼胞子体育成工程を有する、請求項5に記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。
【請求項7】
褐藻類がコンブ科植物である、請求項1から請求項6のいずれかに記載の陸上養殖褐藻類の生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−80797(P2012−80797A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227971(P2010−227971)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【出願人】(510141545)特定非営利活動法人北海道こんぶ研究会 (2)
【出願人】(510269300)株式会社三和建設 (1)
【Fターム(参考)】