説明

陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法

【目的】
本発明は、河川水や湖水・沼水、地下水などの陸水中の砒素を価数ごとに簡便に分別定量分析する方法を提供し、環境評価などの化学分析分野で活用するものであり、3価の砒素と5価の砒素を別々の容器に回収することで、分析までに時間を要し容器中の砒素の価数が変化してしまう場合でも、各容器中の有害元素の総量を計れば3価の砒素濃度と5価の砒素濃度を求めることが可能となるものである。
【構成】
陸水の3価及び5価の砒素の分別定量分析法において、陰イオン交換樹脂を使用して、水溶液中の3価の砒素と5価の砒素を分離・回収し、両者をそれぞれ定量する方法であり、混合標準溶液を作成して陰イオン交換樹脂に通過させることにより、3価と5価の砒素を分離・回収し、水素化物発生原子吸光法によりそれぞれを定量することで、分別定量分析の精度の検証を行う構成。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、河川水や湖水・沼水、地下水等の陸水中の砒素を価数ごとに簡便に分別定量分析する方法を提供し、環境評価等の化学分析分野で活用するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、水道水などの上水や各種排水などの水質基準においては、3価の砒素と5価の砒素を合わせた総砒素濃度が規定されているが、価数ごとの基準値は定められていない。しかし、3価の砒素の毒性は、5価の砒素の毒性に比べ数倍から10倍以上高いと考えられており、砒素の生態系に与える影響を評価するためには3価の砒素と5価の砒素の濃度を別々に評価することが望ましい。
【0003】
また、砒素は価数の違いにより自然界での挙動が大きく異なるため、河川水、地下水、工場排水中等の有害元素の挙動をモニタリングしたり、水質基準を超過した砒素を浄化する方法を考案する際に、砒素を価数ごとに分別定量分析することは重要である。
【0004】
砒素を価数ごとに分別定量分析する方法として現在一般的に利用されているのは、高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置(HPLC-ICPMASS)を使用する方法、水素化物発生原子吸光法、水素化物発生ICP発光分析法を用いる方法、溶媒抽出によって価数ごとに分離し、原子吸光法やICP発光分析法により分析する手法などである。
【0005】
高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置(HPLC-ICPMASS)を使用する方法は、ICP質量分析装置の前処理装置として高速液体クロマトグラフを使うものであり、水溶液中の砒素を高速液体クロマトグラフ (HPLC)のカラム内でのリテンションタイムの違いを利用して価数ごとに分離し、それぞれの濃度をICP質量分析装置(ICP-MASS)を検出器として測定し、分別定量分析する方法である。
【0006】
水素化物発生原子吸光法、水素化物発生ICP発光分析法を用いる方法は、3価の砒素の方が5価の砒素より格段に水素化されやすいという特徴を利用した方法で、はじめに、水溶液中の砒素を還元処理して全て3価の砒素に変化させた上で全量を測定し、続いて、水溶液を還元処理せずに測定し、その結果を水素化されやすい3価の砒素の濃度とし、全量との差分を水素化されにくい5価の砒素の濃度とする方法である。
【0007】
溶媒抽出によって価数ごとに分離し、原子吸光法やICP発光分析法により分析する方法は、水溶液と有機溶液を混合・振とうすることによって、3価の砒素を有機相に、5価の砒素を水相に移行させて分離させ、それぞれを原子吸光法やICP発光分析法により分析する方法である。
同上の方法として下記の発明が存在する。
【特許文献1】特開平2000−317205号公報掲載の発明
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の特許文献1は、ジエチルジチオカルバミン酸ジエチルアンモニウムキシレン溶液、硝酸、塩酸、アスコルビン酸、ヨウ化カリウム等の多くの試薬と分析器具、それを実行するための専門知識が必要となり、一般ユーザーが遂行するのは難しい。
【0009】
また、高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置(HPLC-ICPMASS)を使用する方法は非常に高感度であるが、1検体の分析に30分以上の時間がかかり、アルゴンガスを大量に消費するため、ランニングコストが非常にかかる。また高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置(HPLC-ICPMASS)は装置が高額であり、一般の計量証明事業所には普及していない。
【0010】
さらに高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置(HPLC-ICPMASS)を使用する方法は、高速液体クロマトグラフとICP質量分析装置を結合して高精度の分析結果を得るのに高度な技術が必要となる。特に3価の砒素と5価の砒素の高速液体クロマトグラフ (HPLC)のカラム内でのリテンションタイムの値が常に一定ではなく、またICP質量分析装置に導入できる元素濃度には厳しい制限があるため、事前に3価の砒素と5価の砒素の量を適切に予測する必要がある。また、試料溶液中に未知な元素が混在し、砒素と類似した質量数の化合物を形成してしまうこともある。
【0011】
原子吸光光度計やICP発光分析装置は高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置よりも安価でランニングコストも安いため、一般の計量証明事業所に普及している。しかし、これらの装置を使用する水素化物発生原子吸光法、水素化物発生ICP発光分析法を用いる手法は、水素化されにくい5価の砒素もわずかに水素化されてしまうため、厳密に3価の砒素のみを分析しているとは言えず、よって砒素を正確に分別定量分析することができない。
【0012】
さらに、上記3手法は、試料となる河川水、地下水、工場排水などの水溶液を現地で採取し、実験室に持ち込んだ後に砒素を価数ごとに分別する手法であるが、これらの水溶液の酸化還元状態は、運搬中や分析処理作業の過程に変化してしまう可能性がある。その場合、砒素の価数も水溶液の酸化還元状態の変化に呼応して変化してしまい、現地の河川水、地下水、工場排水等の3価の砒素と5価の砒素の量を適切に把握できない。
【0013】
従って、高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置を用いないで、原子吸光光度計やICP発光分析装置でも精度良く3価の砒素と5価の砒素の量を適切に把握できるような、低コスト・簡便・現場で実施可能な分別手法の開発が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1は陸水の3価及び5価の砒素の分別定量分析法において、陰イオン交換樹脂を使用して、水溶液中の3価の砒素と5価の砒素を分離・回収し、両者をそれぞれ定量分析するようにしたものである。
【0015】
本発明の第2は第1の発明に係る陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法において、イオン交換樹脂に吸着されない3価の砒素を回収するようにしたものである。
【0016】
本発明の第3は第1の発明に係る陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法において、イオン交換樹脂に吸着された5価の砒素をイオン交換樹脂から溶脱させて回収するようにしたものである。
【0017】
本発明の第4は第1の発明又は第2の発明に係る陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法において、分離・回収した3価の砒素と5価の砒素をそれぞれ分析することにより、陸水中の3価の砒素と5価の砒素を分別定量分析するようにしたものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明は上記の構成であるから、次のような効果がある。すなわち、イオン交換樹脂を用いることで、低コストで簡便に、3価の砒素と5価の砒素を現場で分別することが可能である。
【0019】
陰イオン交換樹脂に吸着した砒素を溶脱させるために用いる塩酸は、原子吸光法、ICP発光分析法によって砒素の分析を実施する前処理段階で試料調整のために混入する溶液として用いられており、分析をする際に妨害とならない。
【0020】
この方法で3価の砒素と5価の砒素を別々の容器に回収してしまえば、分析までに時間を要し、容器中の砒素の価数が変化してしまう場合でも、各容器中の砒素の総量を計れば3価の砒素濃度と5価の砒素濃度を求めることが可能である。
【0021】
また、この方法によって回収した砒素の分析は、原子吸光光度計やICP発光分析装置で実施できるため、一般の計量証明事業所などでも3価の砒素と5価の砒素の分析値を得ることができ、高価でランニングコストの高い高速液体クロマトグラフ-ICP質量分析装置の導入をしないで済む。
【0022】
3価の砒素は、pHが8以下の条件下では、H3AsO3という価数を持たない形態として挙動する(図1)。一方、5価の砒素は、pHが3〜7の範囲内ではH2AsO4-、pHが7〜11の範囲内ではHAsO42-とそれぞれ1価の陰イオン、2価の陰イオンとして挙動する (図2)。よって、pHが3〜8の範囲内であれば、3価の砒素と5価の砒素を共に含む溶液を陰イオン交換樹脂に通過させた場合、溶液中で陰イオンとして挙動している5価の砒素のみを樹脂中に保持することができ、電荷を持たない3価の砒素は透過してしまうことになる。なお、イオン交換樹脂に吸着された元素は、1mol/L塩酸溶液で容易に溶脱させることができる。
【0023】
上記原理により、陰イオン交換樹脂を用いて水溶液中の砒素を価数ごとに分別することが可能である。
なお、陸水(河川水や地下水など)のpHはほぼ3〜8の範囲内に入るため、砒素に関しては、ほとんどの陸水に対して、本発明は適用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明は、上記課題を達成するため、3価と5価の砒素の標準溶液をそれぞれ作成後、両者を混合し、3価の砒素と5価の砒素が混在する混合標準溶液を作成する。
【0025】
混合標準溶液を陰イオン交換樹脂に通過させることにより、3価と5価の砒素を分別し、水素化物発生原子吸光法によりそれぞれを定量分析することで、分別定量分析の精度の検証を行った。
【実施例】
【0026】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。図3において、1は3価、5価砒素混合標準溶液、2は陰イオン交換樹脂、3は陰イオン交換樹脂を通過した溶液、4は1mol/L塩酸溶液、5は3価、5価砒素混合標準溶液を通過させた後の陰イオン交換樹脂、6は5を通過させた1mol/L塩酸溶液である。
【0027】
まず、3価、5価の砒素濃度が共に5μg/L(砒素の全濃度として10μg/L)になるように調整した混合標準試料と、10μg/L(砒素の全濃度として20μg/L)となるように調整した混合標準試料の2種の3価、5価砒素混合標準溶液を作成した。なお、3価の砒素標準溶液として、原子吸光用標準液、5価の砒素標準溶液として、砒酸水素二ナトリウム七水和物をそれぞれ用いた。
【0028】
続いて、作成した3価、5価砒素混合標準溶液を陰イオン交換樹脂に通過させる。陰イオン交換樹脂を通過した水溶液中に存在しているのは3価の砒素のみである。陰イオン交換樹脂中に保持された5価の砒素は、1mol/L塩酸を通過させることにより溶脱させる。陰イオン交換樹脂を通過した1mol/L塩酸溶液中には5価の砒素のみが存在する。上記方法により、3価と5価の砒素を分別する。
【0029】
分別した3価の砒素溶液と5価の砒素溶液をそれぞれ、JISK0102に定められる手法を用いて、水素化物発生原子吸光分析法により定量した。本実験における分離・回収後の3価の砒素(砒素(III))、5価の砒素(砒素(V))の定量分析結果を「表1」に示す。
【表1】

【0030】
3価、5価の砒素濃度が共に5μg/L(砒素の全濃度として10μg/L)になるように調整した混合標準試料を用いて行った実験では、3価の砒素が5μg/Lの理論値に対して5.43μg/L、5価の砒素が5μg/Lの理論値に対して5.24μg/Lと非常に良好な結果を示している。
【0031】
3価、5価の砒素濃度が共に10μg/L(砒素の全濃度として20μg/L)になるように調整した混合標準試料を用いて行った実験では、3価の砒素が10μg/Lの理論値に対して10.20μg/L、5価の砒素が10μg/Lの理論値に対して10.08μg/Lと非常に良好な結果を示している。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、生物に対する毒性や自然界における挙動が価数によって大きく異なる砒素の正確な分別定量分析が可能になるため、生態系に与える影響を従来より正確に評価することができる。また、河川水、地下水、工場排水中等の砒素の挙動をモニタリングしたり、水質基準を超過した砒素を浄化する方法を案出する際の重要な参考データを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】pH変化に伴う3価の砒素の形態の変化図である。
【図2】pH変化に伴う5価の砒素の形態の変化図である。
【図3】陸水の3価及び5価の砒素の分別定量分析法フローチャートである。
【符号の説明】
【0034】
1……3価、5価砒素混合標準溶液
2……陰イオン交換樹脂
3……3価、5価砒素混合標準溶液のうち陰イオン交換樹脂を通過した溶液(溶液
中で電荷をもたない形態で存在している3価の砒素のみ含有)
4……1mol/L塩酸
5……3価、5価砒素混合標準溶液を通過させた後の陰イオン交換樹脂(溶液中で
陰イオンとして存在している5価の砒素のみ含有)
6……3価、5価砒素混合標準溶液を通過させた後の陰イオン交換樹脂を通過させ
た1mol/L塩酸溶液(1mol/L塩酸溶液によって3価、5価砒素混
合標準溶液を通過させた後の陰イオン交換樹脂に吸着されていた5価の砒素
を溶脱させた溶液)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陸水中で3価と5価の価数として存在する砒素のうち、5価の砒素のみを陰イオン交換樹脂に吸着させ、分離することを特徴とする陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法。
【請求項2】
イオン交換樹脂に吸着されない3価の砒素を回収するようにした請求項1記載の陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法。
【請求項3】
請求項1によりイオン交換樹脂に吸着された5価の砒素をイオン交換樹脂から溶脱させて回収するようにした請求項1記載の陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法。
【請求項4】
分離・回収した3価の砒素と5価の砒素をそれぞれ分析することにより、陸水中の3価の砒素と5価の砒素を分別定量分析するようにした請求項2又は請求項3記載の陸水中の3価及び5価の砒素の分別定量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−284374(P2006−284374A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−105009(P2005−105009)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000170646)国土防災技術株式会社 (23)