説明

離型剤の塗布方法

【課題】離型剤の総消費量を抑制する離型剤塗布方法を提供する。
【解決手段】水溶性の液状離型剤を、平均粒子径が75μmで分布範囲が50〜100μmの霧状にして金型に噴霧する。上記噴霧条件が好ましい理由は以下の通りと推測される。上記状態で離型剤を噴霧すると、霧と粒子が半々となった状態で離型剤が噴霧される。他方、ほぼ全てが粒子状であると、金型表面に液溜まりが発生しやすく、液溜まりが発生するとそこへ後から噴霧される粒子状の離型剤が飛び散ってしまい、冷却に寄与しなくなる。そのため、冷却効率が上がらない。逆に、ほぼ全てが霧状であると、金型から奪う気化熱が小さくなってしまい、冷却効率が上がらない。霧と粒子とが適度に混在している上記状態(平均粒子径が75μmであり粒子径の分布範囲が50μm〜100μm)が、上記両者の中間で、両者よりも冷却効率が良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造用金型の表面に離型剤を塗布する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカストなどの鋳造工程では、金型を冷却するためと、次の鋳造工程において成形品を金型から離脱させやすくするための2つの目的を兼ねて離型剤が塗布されることがある。金型を効率よく冷却するため、あるいは、離型剤を均一に塗布するために、様々な工夫が考案されている。例えば、特許文献1には、ライデンフロスト現象による冷却効果の低下を改善すべく、金型の温度変化に応じて塗布する離型剤の粒子径を変更する技術が開示されている。ライデンフロスト現象とは、高温の物体表面に液体を供給した際、液(水)が蒸発し水蒸気の膜が形成され、その膜により後続の液体が弾かれてしまう現象である。離型剤の塗布においては、離型剤中の水分が高温の金型に触れたとたんに蒸発し、水蒸気の膜により後続の離型剤が弾かれてしまう。水溶性の液状離型剤の場合、水分を多く含むのでライデンフロスト現象が生じ易い。
【0003】
液状の離型剤を大量に金型表面に供給すれば迅速に冷却することはできる。しかしそれでは大量の離型剤が必要となる。離型剤の供給量を減らすと、上記したライデンフロスト現象が顕著になり、冷却効果が低下してしまう。なお、噴霧する離型剤の粒子径が大きくなるほど、単位時間当たりに噴霧される離型剤の量は増加する。離型剤の粒子径が小さくなるほど、単位時間当たりに噴霧される離型剤の量は少なくて済む。特許文献1は金型の温度に応じて噴霧する離型剤の平均粒子径を変更することによって、冷却効果を確保しつつ、離型剤の消費量を抑制することを狙っている。なお、一旦金型に噴霧した離型剤は集められて再び使用されることもあるので、「消費量」とは、一回の噴霧に使われる離型剤の量を意味し、廃棄される離型剤の量を意味しないことに留意されたい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−12555号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記したように、冷却効果と離型剤消費量は、噴霧する離型剤の平均粒子径に異存する。平均粒子径を小さくすると、単位時間当たりの噴霧量は少なくなるが、冷却効果は低下する。冷却効果が低下するため、金型が目的の温度に低下するまでに離型剤を長時間噴霧する必要がある。噴霧時間が長くなると離型剤の総消費量が増える傾向となる。逆に、平均粒子径を大きくすると、単位時間当たりの噴霧量は多くなるが、冷却効果は向上する。冷却効果が向上するため、金型が目的の温度に低下するまで離型剤を噴霧する時間は短くて済む。離型剤を噴霧して金型を冷却する際、離型剤の総消費量は少ない方が望ましい。噴霧時間が短くなると離型剤の総消費量は減るかもしれないが、これまで、この点については十分に検討されていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者は、このように金型を目的の温度まで低下させるのに必要な離型剤の総消費量を尺度として、効率のよい噴霧方法を検討した。その結果、離型剤の総消費量を抑制するには平均粒子径だけでなく、粒子径の分布範囲も関係していることが判明した。さらに発明者は、総消費量を抑制するのに適した平均粒子径とその分布範囲を特定することに成功した。
【0007】
発明者らの検討によると、水溶性の液状離型剤を金型に塗布する方法としては、液状離型剤を、平均粒子径が75μmで分布範囲が50〜100μmの霧状にして金型表面に噴霧することが好ましいことが判明した。その理由は後述する。発明者のさらなる検討によると、金型の温度が150度以下となると、離型剤が金型表面に溜まり易くなり、それ以上に噴霧しても溜まった離型剤に当って飛び散ってしまい、離型剤の供給量に対する冷却効果が低減してしまうことが判明した。従って、金型の温度が150度以下となった時点で噴霧を停止することが好ましいことが判明した。
【0008】
上記した分布範囲50〜100μmは、比較的小さな粒子径を含む。粒子径が小さいと、噴霧したときの周囲の空気流の影響を受ける。そのため、金型表面に対して遠い距離から噴霧すると、金型表面に到達しない液状離型剤の割合が大きくなり、冷却効果が低下する。発明者らは、実験により、金型表面から100mm以内の距離から液状離型剤を噴霧するのが好ましいことを見出した。
【発明の効果】
【0009】
本明細書は、離型剤を噴霧して金型を冷却する際、離型剤の総消費量を抑制する技術を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実験装置の模式図を示す。
【図2】噴霧条件の表を示す。
【図3】単位時間当たりの離型剤の消費量を示すグラフである。
【図4】離型剤の噴霧条件と総消費量(250℃到達液量)の関係を示すグラフである。
【図5】離型剤の噴霧条件と総消費量(200℃到達液量)の関係を示すグラフである。
【図6】離型剤の噴霧条件と総消費量(150℃到達液量)の関係を示すグラフである。
【図7】金型表面に離型剤を噴霧したときの様子を撮影した写真である。
【図8】金型温度の時間変化を示すグラフである。
【図9】噴霧距離の影響を確かめる実験装置の模式図を示す。
【図10】噴霧距離に関する実験結果のグラフである。
【実施例1】
【0011】
評価に用いた実験装置10の模式図を図1に示す。評価実験では、金型12の表面に、エアと混合した水溶性の液状離型剤をノズル14から噴霧する。用いた水溶性の液状離型剤は、硫酸カリウム10%を水90%で希釈した水溶液である。ノズル14には、水溶性の液状離型剤を供給する離型剤供給管16と、エアを供給するエア管18が接続されている。なお、実験に用いたノズルの径は0.8mmである。金型の上には温度センサ20を配置し、離型剤を噴霧している間の金型表面の温度変化を測定した。同時に、粒度分布測定装置(LDSA)30を設置し、噴霧している離型剤の平均粒子径と、粒子径の分布範囲を測定した。なお、用いた粒度分布測定装置30は、東日コンピュータアプリケーションズ社のLDSA−1400Aである。
【0012】
実験では、離型剤供給管16に供給する離型剤の液圧と、エア管18に供給するエア圧を変えて離型剤を噴霧し、金型の温度低下の変化と離型剤の消費量を測定した。実験した離型剤の噴霧条件は、図2に示した20通りである。図3に、エア圧と液圧の組み合わせによる、単位時間当たりの離型剤の噴霧量(液量)の違いを示す。単位時間当たりの液量は、ほぼ液圧に依存し、液圧が高くなるほど液量も増える。単位時間当たりの液量が増えれば冷却効果が増すことは容易に推測できる。しかしながら、単位時間当たりの液量を増大することが、目的とする温度に金型を冷却するまでの離型剤の総消費量を小さくすることに貢献するかは定かではない。
【0013】
金型の温度を約350℃に熱した後に離型剤の噴霧を開始し、金型の温度が250℃に低下するまでに噴霧した離型剤の消費量を各噴霧条件毎に計測した結果を図4に示す。同様に、金型の温度を約350℃に熱した後に離型剤の噴霧を開始し、金型の温度が200℃に低下するまでに噴霧した離型剤の消費量を各噴霧条件毎に計測した結果を図5に示す。同様に、金型の温度を約350℃に熱した後に離型剤の噴霧を開始し、金型の温度が150℃に低下するまでに噴霧した離型剤の消費量を各噴霧条件毎に計測した結果を図6に示す。なお、消費量が300cmを超えているケースは、目的とする温度まで低下しなかったケースを示している。
【0014】
図4の(a1)の矢印は、250℃まで低下させるのに離型剤の消費量が最も少なかった条件を示す。(a1)の矢印が示す条件は、エア圧:0.1MPa、液圧:0.1MPaである。図5の(b1)の矢印は、200℃に低下させるのに離型剤の消費量が最も少なかった条件を示す。(b1)の矢印が示す条件は、(a1)と同じであり、エア圧:0.1MPa、液圧:0.1MPaである。図6の(c1)の矢印は、150℃に低下させるのに離型剤の消費量が最も少なかった条件を示す。(c1)の矢印が示す条件は、エア圧:0.3MPa、液圧:0.2MPaである。これら3つの噴霧条件のときの粒子径の状態はいずれも、離型剤の平均粒子径が75μmであり、その分布範囲が50〜100μmであった。即ち、粒子径の分布が上記状態のときに、離型剤の消費量が最小となる。
【0015】
上記粒子分布状態のときの離型剤を高速度カメラで撮影してみると、粒子径の分布範囲が50〜100μの状態とは、霧状と粒子状が混在していることが目視によって確認された(図7、(b)参照)。なお、液体をエアと混在して噴霧すると、液の粒子径の分布は、ほぼ正規分布に従うことが知られている。上記粒子分布状態が好ましい理由は以下の通り推測される。粒子径の分布範囲が、上記範囲よりも平均粒子径の大きい側にシフトしていると、ほぼ全てが比較的径の大きな粒子状となる(図7、(c)参照)。また、粒子径の分布範囲が上記半地よりも平均粒子径の小さい側にシフトしていると、ほぼ全てが霧状となることも確認された(図7、(a)参照)。このことより、平均粒子径が75μmであり、その分布範囲が50μmから100μであると、霧状と粒子状が半々となった状態で離型剤が噴霧されることが、冷却効率を向上させている要因であると推測される。その理由は、次のように推測される。ほぼ全てが粒子状であると(図7、(c)参照)、金型に液溜まりが発生し易く、液溜まりが発生するとそこへ後から粒子状の離型剤が噴霧されると液溜まり内の離型剤が飛び散ってしまい、冷却に寄与しなくなる。そのため、冷却効率が上がらない。逆に、ほぼ全ての離型剤が霧状であると(図7、(a)参照)、金型から奪う気化熱が小さくなってしまい、冷却効率が上がらない。霧と粒子とが適度に混在している上記粒子分布状態(平均粒子径が75μmであり粒子径の分布範囲が50μm〜100μm)が、上記両者の中間で、両者よりも、離型剤の総消費量を抑制するという観点において冷却効率が良いという結果を得た。
【0016】
図8に、離型剤を噴霧したときの金型温度の時間変化を示す。図8の条件は、エア圧0.2MPaである。なお、噴霧は1.0秒で終了した。液圧0.3MPaと0.4MPaのグラフを見ると、金型温度が約150℃を下回ると、温度が低下する速度(温度勾配)が緩やかになるのがわかる。即ち、金型温度が約150℃を下回ると、それまでと同じ条件で噴霧を続けても冷却効率が低下することがわかる。このことから、離型剤の消費量を抑えるには、金型の温度が150℃以下となった時点で噴霧を停止することが好ましいことが判明した。
【実施例2】
【0017】
次に、金型表面からの噴霧距離の影響を確認する実験について説明する。実験装置の模式図を図9に示す。実験では、開口部が10mm×10mmの矩形のシリンダを横6本縦4本並べ、複数シリンダの開口部群が形成する平面を金型表面に見立て、上方からノズル14にて液状の離型剤を噴霧し、24本のシリンダに溜まる離型剤の量を調べた。金型表面に見立てたシリンダ開口部群の平面からノズル14までの距離(塗布距離)を50mm、100mm、150mm、及び、200mmと変えたときの、シリンダ貯留量を図10に示す。図10(A)の縦軸は、ノズルから噴霧した離型剤の液量(塗布量)に対するシリンダ貯留総量(24本のシリンダに貯留した離型剤の総量)の割合(回収率、単位は%)を示している。図10(A)の横軸は、塗布距離を示している。図10(B)は、塗布距離100mmの場合において各シリンダに貯留した離型剤の液量を示しており、図10(C)は、塗布距離200mmの場合において各シリンダに貯留した離型剤の液量を示している。図10(B)、図10(C)の縦軸は液量(cm)を示している。図10(B)、(C)の棒グラフの一つひとつが1本のシリンダに貯留した液量を示している。図10(A)の回収率の高さが、即ち、金型表面に到着する液状離型剤の多さを示す。図10から明らかなとおり、塗布距離100mm以下と150mm以上では大きな差が生じている。このグラフより、金型表面から100mm以内の距離から液状離型剤を噴霧するのが好ましいことが判明した。
【0018】
なお、実際の金型表面は広いので、通常、液状離型剤を噴霧するノズルはロボットの先端に取り付けられて移動しながら液状離型剤を噴霧する。従って、金型表面とノズルとの距離が100mm以内を保つように、ロボット手先(ノズル位置)の移動経路を設定することが好ましい。
【0019】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0020】
10:試験装置
12:金型
14:ノズル
16:離型剤供給管
18:エア管
20:温度センサ
30:粒度分布測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性の液状離型剤を金型に塗布する方法であり、
液状離型剤を、平均粒子径が75μmで分布範囲が50〜100μmの霧状にして金型の表面に噴霧することを特徴とする離型剤塗布方法。
【請求項2】
金型の温度が150℃以下となった時点で噴霧を停止することを特徴とする請求項1に記載の離型剤塗布方法。
【請求項3】
金型表面から100mm以内の距離から液状離型剤を噴霧することを特徴とする請求項1又は2に記載の離型剤塗布方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図7】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−55938(P2012−55938A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202711(P2010−202711)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)