説明

電位差計測装置

【課題】血液,尿などの生体液中の分析対象物を測定する電位差計測装置において、微量サンプルで電位変動が少ない高精度の電位差計測法を実現し、検体試料中の測定対象物の濃度を正確に定量できるようにする。
【解決手段】測定対象物と選択的に反応する試薬を含む反応溶液を測定容器に分注する手段と、該測定容器中に分注された反応溶液と接触する測定電極と、該測定容器中に分注された反応溶液と接触する参照電極と、該参照電極を乾燥させる参照電極乾燥機構と、測定を行わない場合に、該参照電極を待機させる参照電極待機槽と、前記測定電極の界面電位を測定する手段と、を備えた電位差計測装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液,尿等の生体サンプルの分析を実行する分析装置に係り、特に分析対象成分の電位を測定する電位差計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血液,尿等を検体として人の病気を診断する方法の一つとして、ウェットケミストリー分析法がある。これは、いわゆる溶液試薬を用いる方法であって歴史も古く、多数の項目について検出試薬も開発されており、測定機も簡易小型機から大型全自動機まで各種ある。
【0003】
ウェットケミストリーでは、保存期間中は試薬の安定性を考慮していくつかの群に分けておき、溶解,調製時に混合することもできるし、試薬添加の手順をいくつかのステップに分けることも可能である。更に、測定検体の数に応じて、適量の試薬を溶解,調製しておくことができるので、1測定当り試薬コストも少なくて済む。多数の溶液の取扱を組み合わせて自動化することは複雑で厄介ではあるが、臨床検査機器の開発は歴史もあり、社会的な要請も高かったので、既に大・中・小いずれの処理能力を必要とする分野についても、効率良い生化学自動分析装置が開発,実用化されている。
【0004】
生化学自動分析装置では生体試料の定量分析は検体と試薬を反応させてその反応液の吸光度変化を測定する比色法を用いている。比色法では測定液が入った分光セルに特定の波長を有する光を当てて特定の成分に対する吸光度を測定することで生体試料中の成分を定量することができる。
【0005】
一方、比色法以外に酸化還元性試薬を加えた反応試薬と検体を反応させて酸化還元試薬の酸化還元反応に伴う電流を測定する手法と電圧を測定する手法である電気化学的計測法がある。電気化学的計測法には酸化還元反応に伴い電極に流れる電流値を測定する電流計測法と化学反応に伴い変化する電極の界面電位を測定する電位差計測法がある。光学系が不要なので測定システムが小型になる利点がある。
【0006】
このような電位差計測法は例えば特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−128803号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
検体量の微量化や測定液量の微量化を目指す場合、比色法では測定溶液を減らすためには分光セルの微小化が考えられるが、微小化による吸光度測定の感度低下を考慮する必要がある。そのため微量化に対応するセルの光路長には下限あり、現状では最低測定液量が50μL程度に限られている。また、電流計測法では測定液量が少なくなると対象物質の含まれる絶対量が減るために電流値が減少するため感度が低下する。一方、電位差計測法では電極電圧は原理的に測定液量に依存しないため微量化の可能性が高いと考えられる。
【0009】
本発明の目的は微量サンプルで精度が高い分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
電位差計測法では検体試料と反応試薬溶液を含む2液以上の溶液を用いた電位差計測法において、下記ネルンスト式
E=E0+RT/nF×ln(Cox/Cred)
E:電極表面の電位、E0:酸化還元物質の標準電位、R:気体定数、T:温度、n:化学反応における電子数、F:ファラデー定数、Cox:酸化還元物質の酸化型濃度、Cred:酸化還元物質の還元型濃度
が成り立つことが知られている。上記式より目的とする対象物と試薬との化学反応に伴い酸化還元物質が酸化型から還元型へ変化するためCox/Credの比率から系の電位変化を求めて目的反応物の濃度に相関させることができる。ネルンスト式では電位差は温度と濃度の関数なので測定液量は原理的には無関係である。
【0011】
電位差計測法では測定液中に測定電極と対に参照電極を組み合わせることで測定電極中の界面電位を測定する。測定液中に参照電極の先端にある接合部(ジャンンクション)から内部液が極微量漏れ出すことで測定液との電気的な接続をとり測定用電極との間の電位差を計測する。検体量の微量化や測定液量の微量化を目指す際、測定液量そのものが少ない場合は内部液に用いられる塩水溶液の極微量の漏れでも漏れ出した塩の電位に対する影響が顕著に現れる。漏れ出し量は参照電極の構造や材料によって異なり、特に接合部の材料に大きく関わっていると考えられている。参照電極はシングルジャンクション型とダブルジャンクション型に大別され、ダブルジャンクション型の参照電極は銀/塩化銀が浸せきされる内部液が含まれている部分と測定液と接合部を介して接する外部液が含まれている2層構造で構成されている。外側にある外部液が測定液中に漏れ出すため外部液の塩濃度を下げることで漏れ出しの測定電位に対する影響を小さくできると考えられる。
【0012】
参照電極の内部液に用いられる塩水溶液の極微量漏れによる電位変動以外にも検体量の微量化や測定液量の微量化を目指す際の電位変動害となる要因として考えられることは参照電極の接合部の乾燥状態である。内部液は溶液状態で接合部に染み込み測定溶液中に漏れ出すが、接合部内では内部液は水溶液状態で存在しているため例えば測定していない時に接合部が測定液などの水溶液に接していない状態になると接合部内の水分が蒸発することで接合部に内部液に含まれる塩が析出する可能性が考えられる。接合部が乾燥状態になりその内部に内部液などの塩が析出した状態で測定モードに入り参照電極が測定液に触れた際、測定液中の水分が接合部に染み込み接合部に析出している塩を溶解すると考えられるが、接合部は多孔質であるため多量の塩の溶解に時間を要するので電位は短時間で安定しにくいと予想される。測定待機時に参照電極の接合部の湿度を維持する機構を設けることで測定時以外の待機状態で参照電極の接合部を乾燥させず電位安定性を維持できると考えられる。
【0013】
以上より本発明では外部液漏洩による電位変動を防ぐためにダブルジャンクション型の参照電極の外部塩濃度を薄くし、測定時の参照電極接合部の乾燥による電位変動を防ぐために参照電極待機槽を設けた。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると検体試料と反応試薬溶液を含む2液以上の溶液を用いた電位差計測法において、外部液漏洩による電位変動を防ぐためにダブルジャンクション型の参照電極の外部塩濃度を薄くし、測定時の参照電極接合部の乾燥による電位変動を防ぐために参照電極待機槽を設けることにより、電位変動が少ない高精度の電位差計測法を実現し、検体試料中の測定対象物の濃度を正確に定量できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】計測装置模式図(測定部のみ)の一例を示すブロック図。
【図2】参照電極の外部液濃度低減効果を示す図。
【図3】参照電極の接合部乾燥状態の違いを示す図。
【図4】参照電極の接合部水滴残存効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0017】
・計測装置模式図(測定部のみ)
図1は本発明による計測装置の一例を示すブロック図である。測定用電極1,測定液2,参照電極3,制御装置4,測定液分注器5,洗浄用分注器6,ブロー用ノズル7,参照電極待機槽8,データ処理装置9から構成される。データ処理装置9は測定用電極1で取得した信号をデータ処理して試料中の測定対象物の濃度を計算する。測定用電極1は金などの貴金属やカーボンからなる電極を用いることができる。また、測定液中の夾雑物の影響を低減するために電極表面に酸化還元物質を固定化しても良い。酸化還元物質としてはフェロセン,ピリジン,ピリミジンなどが使用できる。参照電極3は測定液2に接触した測定用電極1上での電位変化を安定に測定するために基準となる電位を与える。参照電極3は測定時以外には参照電極待機槽8中に浸せきしておき測定直前にブロー用ノズル7からのエアーブローにより先端の水滴を除去し測定液に浸せきして測定を行う。
【0018】
測定液2は測定液分注器5を用いて測定用電極1上に分注された後、参照電極3を測定液2に接触させ電位差を制御装置4で計測する。計測終了後、洗浄用分注器6から洗浄液を測定用電極1及び参照電極3上に吹きつけることで測定液を洗い流し、ブロー用ノズル7からエアーを吹きつけることで測定用電極1及び参照電極3上にある洗浄水を取り除く。測定液の分注から洗浄水のブローまでの一連の操作を繰り返すことにより計測を行う。
【実施例2】
【0019】
・参照電極の外部液濃度低減効果
参照電極は測定液中に電極先端にある接合部(ジャンンクション)から内部液が極微量漏れ出すことで測定液との電気的な接続をとり測定用電極との間の電位差を計測する仕組みである。内部液には飽和塩化カリウム水溶液が用いられるのが一般的で、たとえ極微量の漏れでも測定液量が少ないと漏れ出した塩の電位に対する影響が顕著になってくるという特徴がある。漏れ出し量は参照電極の構造や材料によって異なり、特に接合部の材料に大きく関わっていると考えられている。参照電極のうちダブルジャンクション型の参照電極は内部構造が2層で銀/塩化銀が浸せきされて内部液が含まれている部分と測定液と接合部を介して接する外部液が含まれている部分から構成されている。外部液が測定液中に漏れ出すので外部液の塩濃度を下げることで漏れ出した塩の測定電位に対する影響を小さくできると考えられる。そこでダブルジャンクション型の参照電極について外部塩濃度を変えて測定電位の変動を検討し、その結果を表1に示す。外部液には塩化カリウムを用いたが他の種類の塩やイオン性化学物質(塩化ナトリウム,塩化水素,塩化アンモニウムなど)でも使用可能である。塩化本実験で用いた測定条件は以下の通りである。
【0020】
測定液組成:10mMフェリシアン化カリウムと10mMフェロシアン化カリウムの濃度比は100:1
溶媒:100mM硫酸ナトリウム水溶液
測定液量:10μL
測定値:測定液を測定電極上に添加後、参照電極を測定液に浸せき直後から1分間における電位の変動をmV/分で示した。
【0021】
どの参照電極を用いても外部溶液濃度を3Mから0.001Mまで薄くなるに従い電位変動が小さくなることが分かった。
【0022】
【表1】

【実施例3】
【0023】
・参照電極の接合部乾燥状態
電位の再現性改善には参照電極の接合部の乾燥状態に大きく関与していることが考えられる。そこで参照電極の乾燥有無での電位のずれを確認した。参照電極待機槽中には純水を満たして参照電極の使用直前まで浸せきした。その結果を図2に示す。測定条件は以下の通りである。
【0024】
測定液組成:10mMフェリシアン化カリウムと10mMフェロシアン化カリウムの濃度比は100:1
溶媒:100mM硫酸ナトリウム水溶液
測定液量:10μL
測定条件:「基準液」は測定液量を1mLに増やし、参照電極は計測前30分以上測定液に浸せきして十分電位が定常状態になった状態から測定した。「水保管,乾燥紙でふき取り」は参照電極を純水中に保管しておき測定直前に乾燥した紙で先端の接合部の水分をふき取ったもの。「水保管,ふき取りなし」は参照電極を純水中に保管しておき測定時にはそのまま何もしないで測定に使用したもの。
【0025】
「水保管,乾燥紙でふき取り」は「基準液」にくらべて大きな電位シフトが見られたが、「水保管,ふき取りなし」は電位シフトが大きく減少し、参照電極の接合部の乾燥防止が重要であることを確認した。
【実施例4】
【0026】
・参照電極の接合部水滴残存効果
水中から参照電極を引き上げた際に水滴が先端に残ると測定液の希釈につながることがあると考えられる。そこで接合部を乾燥させること無く水滴のみを取り除く検討を行った。参照電極待機槽中には純水を満たして参照電極の使用直前まで浸せきした。結果を図3に示す。
【0027】
測定条件は以下の通りである。
【0028】
測定液組成:10mMフェリシアン化カリウムと10mMフェロシアン化カリウムの濃度比は100:1
溶媒:100mM硫酸ナトリウム水溶液
測定液量:10μL
測定条件:「基準液」は測定液量を1mLに増やし、参照電極は計測前30分以上測定液に浸せきして十分電位が定常状態になった状態から測定した。「水保管,ふき取りなし」は参照電極を純水中に保管しておき測定時にはそのまま何もしないで測定に使用したもの。「水保管,湿った紙でふき取り」は参照電極を純水中に保管しておき測定直前に湿った紙で先端の接合部の水分をふき取ったもの。
【0029】
「水保管,乾燥紙でふき取りなし」は「基準液」にくらべて電位シフトが見られたが、「水保管,湿った紙でふき取り」は電位シフトが大幅に減少し「基準液」とほぼ同様な電位が得られた。
【実施例5】
【0030】
・計測装置模式図(試薬反応部も含む)
図4は本発明による計測装置の一例を示すブロック図である。測定用電極10,測定液11,参照電極12,制御装置13,測定液分注器14,洗浄用分注器15,ブロー用ノズル16,参照電極待機槽17,データ処理装置13,試料容器19,試薬反応容器20,試薬容器21及び22、試薬分注ノズル23及び24、試料分注ノズル25から構成される。データ処理装置13は測定用電極10で取得した信号をデータ処理して試料中の測定対象物の濃度を計算する。測定用電極10は金などの貴金属やカーボンからなる電極を用いることができる。また、測定液中の夾雑物の影響を低減するために電極表面に酸化還元物質を固定化しても良い。酸化還元物質としてはフェロセン,ピリジン,ピリミジンなどが使用できる。参照電極12は測定液11に接触した測定用電極10上での電位変化を安定に測定するために基準となる電位を与える。参照電極12は測定時以外には参照電極待機槽17中に浸せきしておき測定直前にブロー用ノズル16からのエアーブローにより先端の水滴を除去し測定液に浸せきして測定を行う。
【0031】
試薬分注ノズル23及び24を用いて試薬反応容器20に試薬を分注後、試料分注ノズル25により試料を試薬反応容器20に分注し一定時間試薬と試料を反応させる。反応させた測定液11は測定液分注器14を用いて測定用電極10上に分注された後、参照電極12を測定液11に接触させ電位差を制御装置13で計測する。計測終了後、洗浄用分注器15から洗浄液を測定用電極10及び参照電極12上に吹きつけることで測定液を洗い流し、ブロー用ノズル16からエアーを吹きつけることで測定用電極10及び参照電極12上にある洗浄水を取り除く。測定液の分注から洗浄水のブローまでの一連の操作を繰り返すことにより計測を行う。
【符号の説明】
【0032】
1,10 測定用電極
2,11 測定液
3,12 参照電極
4,13 制御装置
5,14 測定液分注器
6,15 洗浄用分注器
7,16 ブロー用ノズル
8,17 参照電極待機槽
9,18 データ処理装置
19 試料容器
20 試薬反応容器
21,22 試薬容器
23,24 試薬分注ノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物と選択的に反応する試薬を含む反応溶液を測定容器に分注する手段と、
該測定容器中に分注された反応溶液と接触する測定電極と、
該測定容器中に分注された反応溶液と接触する参照電極と、
該参照電極を乾燥させる参照電極乾燥機構と、
測定を行わない場合に、該参照電極を待機させる参照電極待機槽と、
前記測定電極の界面電位を測定する手段と、
を備えたことを特徴とする電位差計測装置。
【請求項2】
請求項1記載の電位差計測装置において、
前記参照電極はダブルジャンクション型であることを特徴とする電位差計測装置。
【請求項3】
請求項2記載の電位差計測装置において、
前記参照電極の外部塩に塩化カリウムを用いることを特徴とする電位差計測装置。
【請求項4】
請求項2記載の電位差計測装置において、
前記参照電極の外部塩濃度が0.3M以下であることを特徴とする電位差計測装置。
【請求項5】
請求項1記載の電位差計測装置において、
前記参照電極待機槽は、槽内の湿度を予め設定した範囲に制御する制御機構を備えたことを特徴とする電位差計測装置。
【請求項6】
請求項5記載の電位差計測装置において、
前記参照電極待機槽は加湿機構を備えたことを特徴とする電位差計測装置。
【請求項7】
請求項5記載の電位差計測装置において、
前記参照電極待機槽内は参照電極を純水に浸せきする機構を備えたことを特徴とする電位差計測装置。
【請求項8】
請求項1記載の電位差計測装置において、
前記参照電極乾燥機構は参照電極先端部に残存している液滴を吹き飛ばすエアーブロー機構であることを特徴とする電位差計測装置。
【請求項9】
請求項8記載の電位差計測装置において、
前記エアーブロー機構は、高湿度のガスを吹き付けることを特徴とする電位差計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−149886(P2011−149886A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12734(P2010−12734)
【出願日】平成22年1月25日(2010.1.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)