電力系統における高調波解析法
【課題】
電力系統における電圧・電流に対し,高調波を含む実効値・位相角の高精度な計測方法を提供する。
【解決手段】
電力系統において,電圧・電流波形のサンプリングデータに対し,2つの異なる設定周波数で再帰的DFT演算を行い,それぞれの演算結果に対し,電力系統の周波数とDFT演算の設定周波数との周波数偏差に応じた加重平均を施すことによって演算誤差を補正し,電圧・電流の基本波実効値および高調波実効値を高い精度で計測する方法。
電力系統における電圧・電流に対し,高調波を含む実効値・位相角の高精度な計測方法を提供する。
【解決手段】
電力系統において,電圧・電流波形のサンプリングデータに対し,2つの異なる設定周波数で再帰的DFT演算を行い,それぞれの演算結果に対し,電力系統の周波数とDFT演算の設定周波数との周波数偏差に応じた加重平均を施すことによって演算誤差を補正し,電圧・電流の基本波実効値および高調波実効値を高い精度で計測する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電力系統における電圧・電流に対し,高調波を含む実効値・位相角の高精度な計測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周期的な信号波形に含まれる周波数成分を分析する方法としてフーリエ変換がある。これをディジタル信号処理によって求める場合には,信号波形を等間隔にサンプリングし,得られたデータ列に対して演算を行う。この演算を離散フーリエ変換(以下,「DFT」とする)という。電力系統においては,電圧や電流波形に含まれる高調波成分を解析する場合に用いられる。
【0003】
具体的に,下記の数式1で表される電圧波形を例にして,その波形の実効値Veと位相角φ0を求める計算について説明する。ここでは,基本波成分について説明するが,高調波成分も同様の考え方で求めることができる。
【0004】
【数1】
ここで,fは測定した電力系統の電圧波形の周波数である(以下,「系統周波数」という)。図1は,波形1周期をサンプリング数N=12としてサンプリングする場合を示したものである。TS[s]はサンプリング周期である。このようにサンプリングを行うと,次のデータ列を得る。
【0005】
v0,v1,・・・,v10,v11 (2)
このデータ列に対し,下記の数式2に従ってDFT演算を行うと,複素数値V11を得る。
【数2】
【0006】
f0はフーリエ変換の基本周波数(以下,「設定周波数」とする)を表しており,f0=1/(N・TS)の関係がある。系統周波数fと設定周波数f0が等しければ,数式2の計算結果はV11=Ve・exp(jφ0)となるので,DFT演算によって実効値Veと位相角φ0を求めることができる。
【0007】
ここで,下記の数式3で定義される関数Wi
【数3】
を使って数式2を書き改めると,下記の数式4のようになる。
【0008】
【数4】
Wiは図2に示すように複素平面上で半径1の円周上にプロットされる点になる。この状態で,次のサンプリング時間に新たにv12の値が取り込まるとデータ列は,
v1,・・・,v11,v12 (6)
となるので,DFT演算は下記の数式5のようになる。
【0009】
【数5】
数式5から数式4を引くと下記の数式6が得られる。
【0010】
【数6】
図2から分かるように,W12=W0であるので,下記の数式7のように式を変形することができる。
【0011】
【数7】
この式は,直前の複素数値V11に最新の瞬時値v12を加え,1周期前の瞬時値v0を差し引くことにより,最新の複素数値V12を再帰的に求めることができることを表している。これを再帰的離散フーリエ変換(以下,「RDFT」とする)という。したがって,r番目のデータを取り込んだ場合の計算は,図3の関係を使うと下記の数式8のように書き表すことができる。
【0012】
【数8】
このように電圧波形v(t)が繰り返しの波形であり,f=f0であるならば,RDFT演算によって,連続的に実効値Veと位相角φ0を求めることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし,電力系統の周波数は標準周波数(東日本50Hz,西日本60Hz)に対し最大±0.3Hzの幅をもって周波数が変動している。したがって,電圧波形や電流波形の周波数も時々刻々変動しているため,系統周波数fと設定周波数f0との間に偏差が生じる。この周波数偏差が生じるとVr=Ve・exp(jφ0)とならず,正確に実効値Veと位相角φ0を求めることができないという問題点がある。
【0014】
具体的な例として,系統周波数59.7[Hz],実効値100.0[V]の交流電圧に対して,設定周波数60.0[Hz]のRDFT演算を行った結果を図4に示す。100.0[V]の実効値の波形に対し,演算結果には誤差を含んでおり,正確に実効値を求めることができていない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
このような周波数偏差による誤差の補正方法を説明するため,周波数偏差と誤差の関係について説明する。系統周波数fが設定周波数f0からΔf(=f−f0)だけ偏差を持っている場合を考える。このとき,r番目のサンプリングデータは,下記の数式9で表すことができる。
【数9】
【0016】
このデータに対して数式8を用いてRDFT演算を行うと,下記の数式10で表される演算結果を得る。
【数10】
【0017】
実効値は,複素数値Vrの大きさとして求められるので,数式10の計算結果から,下記の数式11のようになる。
【数11】
【0018】
したがって,元の波形の実効値Veと比較すると下記の数式12の結果が,周波数偏差によって生じる誤差となる。
【数12】
【0019】
したがって,下記の数式13で表されるErrが実効値に対する誤差の割合となる。
【数13】
【0020】
数式10に示すように,A,B,αr,βrは周波数偏差Δfを含む値であるので,周波数偏差Δfと誤差割合Errの関係を計算すると図5のようになる。この計算例における計算条件は,N=128,TS=1/(60Hz×128サンプル)=130.2[μs]である。図から分かるように±0.3Hzの範囲内では,周波数偏差Δfと誤差割合Errの関係は比例関係と見なすことができる。図5はr=0の場合を示したものであるが,rの値によって直線の傾きが変わるのみであり,比例関係は変わらない。
【0021】
次に誤差割合Errの時間変化を計算した結果を図6に示す。図のようにErrの時間変化は振動的に変化するので,その振動周波数について説明する。数式13において,AとBは時間によって変化しない値である。そこで,(αr−βr)をθと表し,これを計算すると下記の式のようになる。
【0022】
θ=αr−βr
=4π(f0+Δf)r・TS+2φ0−2π(f0+Δf)・(N−1)・TS (16)
この式において,第1項目中のr・TSは,r番目のデータをサンプリングした時の時間を表すので,これをtrと表記する。すなわち,第1項目は時間によって変化する項であり,第2項目と第3項目は時間によって変化しない項である。このことから,θ=ωtr+φとするとωとφはそれぞれ下記の式のように表すことができる。
【0023】
ω=4π(f0+Δf)=2π・2(f0+Δf)
φ=2φ0−2π(f0+Δf)・(N−1)・TS (17)
したがって,Errの振動分の周波数は,2(f0+Δf)=2fとなり,系統周波数の2倍の周波数となる。
【0024】
このように周波数偏差によって生じる誤差には,誤差の大きさが周波数偏差に比例し,誤差の振動分は系統周波数の2倍の周波数で変化するという性質がある。
【0025】
これらの誤差の性質を使って,その補正法を説明する。
【0026】
一つの電圧波形に対して,2つの異なる設定周波数でRDFT演算を同時に行う。この設定周波数をそれぞれ第1設定周波数f0a,第2設定周波数f0bとする。サンプリング数をNaとNbとすると第1設定周波数はf0a=1/(Na・TS)の関係となり,第2設定周波数はf0b=1/(Nb・TS)の関係となる。第1設定周波数f0aと第2設定周波数f0bは任意に選ぶことができるが,電力系統の周波数偏差が最大でも±0.3Hzであることを考慮して,電力系統の標準周波数の±0.4Hzを超えない程度に選ぶ。例えば,60Hzの系統の場合,第1設定周波数f0a=59.6[Hz],第2設定周波数f0b=60.4[Hz]というように選ぶ。そして下記の数式14によってRDFT演算を行うと,図7に示すように,それぞれの演算結果として複素数値VraとVrbが得られる。
【0027】
【数14】
VraとVrbに含まれる誤差割合をそれぞれErra,Errbとすると,ErraおよびErrbはそれぞれの周波数偏差ΔfaとΔfbに比例するので,図8のようになる。したがって,誤差の大きさの比(=a:b)は,2つのRDFTアルゴリズムの周波数偏差の比にほぼ等しくなる。
【0028】
a:b≒Δfa:Δfb (18)
周波数偏差Δfa,Δfbは文献[1]に記載の方法によって求めることができる。
文献[1] 中野,他:「同期フェーザ計測に基づく実時間電力系統周波数検出」,
電気学会論文誌C, 122,12, pp2076-2082,2002
【0029】
また,誤差の振動分の周波数は,設定周波数に因らず系統周波数の2倍であることから,VraとVrbに含まれる誤差の振動分の周波数は等しくなる。例えば,系統周波数f=60.2[Hz],実効値100.0[V]の交流電圧に対して,第1設定周波数f0a=59.6[Hz],第2設定周波数f0b=60.4[Hz]でRDFT演算を行った結果を図9に示す。VraとVrbの振動分の周波数はお互いに等しいことが分かる。また,この場合,
a:b≒Δfa:Δfb=(60.2−59.6):(60.2−60.4)=3:−1 (19)
となっている。したがって,下記の数式15のように,a:bを重み係数としてそれぞれの実効値を加重平均することにより,誤差を相殺し,誤差を減少した複素数値Vrpを得ることができる。
【数15】
【発明の効果】
【0030】
周波数が変動している電力系統の電圧や電流の計測において,RDFT演算の連続性を失うことなく,簡単な四則演算による補正によって正確な実効値を求めることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
提案法を実装した電力系統高調波解析装置を図10に示す。
【0032】
電圧入力ボックス1aには電圧変換器(PT)1を備え,DSPボード7の入力部にあるアナログ-ディジタルコンバータ(ADC)2の入力上限電圧を超えない値に降圧する。この例では,100[V]の交流電圧を1[V]の交流電圧に変換している。ADC2は,一定のサンプリング間隔でアナログデータをディジタルデータに変換している。この例で用いたADC2のサンプリング周波数は8[kHz]である。変換されたディジタルデータは,メモリ(RAM)4を経由してDSP3に取り込まれ,DSP3において上記で説明したRDFT演算と補正演算が行われる。そしてRAM4に保存された演算結果は,LANポート6を通してパソコン(PC)8へ転送され,PC8上で演算結果が表示される。
【0033】
このシステムを用いて波形発生器で電圧実効値100[V],周波数f=59.9[Hz]の波形を作成し,電圧入力ボックス1aにあるPT1の入力に入れた。設定周波数f0=60.15[Hz](=8[kHz]/133[サンプル])でRDFT演算を行った結果を図11に示す。この電圧波形の周波数と設定周波数に差があるので,演算結果に誤差が生じている。これに対し,第1設定周波数f0a=59.70[Hz](=8[kHz]/134[サンプル])と第2設定周波数f0b=60.15[Hz](=8[kHz]/133[サンプル])でRDFT演算を行い,上記に説明の方法で補正を行った結果を図12に示す。従来の方法に比べて大幅に誤差が低減できていることが分かる。
【0034】
ここで説明した誤差の補正方法は,電圧波形の基本波成分についてのものであるが,高調波成分も同じ方法で補正することができ,高い精度で実効値を求めることができる。また,電流波形についても電流変換器(CT)を用いてADCにデータを取り込むことができれば,求める実効値の大きさが変わるのみであり,同様の方法で誤差を補正することができる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本実施形態において,2つの設定周波数に応じたsin関数のデータおよびcos関数のデータをあらかじめROMに記憶しておけば,DSP内で三角関数の演算を行うことなく,精度の高い実効値計算が可能になる。このため,DSPのプログラムを簡単にすることができ,サンプリング周期を短くして,高い周波数成分の計算が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】サンプル数N=12とした場合のサンプル点
【図2】(4)式の複素平面上のプロット
【図3】サンプル点と再帰的DFT演算タイミング
【図4】周波数偏差によって生じる演算誤差
【図5】周波数偏差と誤差割合の関係
【図6】誤差割合の時間変化
【図7】2つの異なる設計周波数でRDFT演算を行うときのサンプル点と再帰的DFT演算タイミング
【図8】2つの異なる設計周波数でRDFT演算を行ったときの周波数と誤差割合の関係
【図9】2つの異なる設計周波数でRDFT演算を行ったときの実効値
【図10】電力系統高調波解析装置の構成図
【図11】図10の装置において誤差補正を行わない場合の実効値演算結果
【図12】図10の装置において誤差補正を行った場合の実効値演算結果
【符号の説明】
【0037】
1 電圧変換器(PT)
1a 電圧入力ボックス
2 アナログ-ディジタル変換器(ADC)
3 ディジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)
4 メモリ(RAM)
5 メモリ(ROM)
6 LANポート
7 DSPボード
8 パソコン(PC)
【技術分野】
【0001】
本発明は電力系統における電圧・電流に対し,高調波を含む実効値・位相角の高精度な計測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周期的な信号波形に含まれる周波数成分を分析する方法としてフーリエ変換がある。これをディジタル信号処理によって求める場合には,信号波形を等間隔にサンプリングし,得られたデータ列に対して演算を行う。この演算を離散フーリエ変換(以下,「DFT」とする)という。電力系統においては,電圧や電流波形に含まれる高調波成分を解析する場合に用いられる。
【0003】
具体的に,下記の数式1で表される電圧波形を例にして,その波形の実効値Veと位相角φ0を求める計算について説明する。ここでは,基本波成分について説明するが,高調波成分も同様の考え方で求めることができる。
【0004】
【数1】
ここで,fは測定した電力系統の電圧波形の周波数である(以下,「系統周波数」という)。図1は,波形1周期をサンプリング数N=12としてサンプリングする場合を示したものである。TS[s]はサンプリング周期である。このようにサンプリングを行うと,次のデータ列を得る。
【0005】
v0,v1,・・・,v10,v11 (2)
このデータ列に対し,下記の数式2に従ってDFT演算を行うと,複素数値V11を得る。
【数2】
【0006】
f0はフーリエ変換の基本周波数(以下,「設定周波数」とする)を表しており,f0=1/(N・TS)の関係がある。系統周波数fと設定周波数f0が等しければ,数式2の計算結果はV11=Ve・exp(jφ0)となるので,DFT演算によって実効値Veと位相角φ0を求めることができる。
【0007】
ここで,下記の数式3で定義される関数Wi
【数3】
を使って数式2を書き改めると,下記の数式4のようになる。
【0008】
【数4】
Wiは図2に示すように複素平面上で半径1の円周上にプロットされる点になる。この状態で,次のサンプリング時間に新たにv12の値が取り込まるとデータ列は,
v1,・・・,v11,v12 (6)
となるので,DFT演算は下記の数式5のようになる。
【0009】
【数5】
数式5から数式4を引くと下記の数式6が得られる。
【0010】
【数6】
図2から分かるように,W12=W0であるので,下記の数式7のように式を変形することができる。
【0011】
【数7】
この式は,直前の複素数値V11に最新の瞬時値v12を加え,1周期前の瞬時値v0を差し引くことにより,最新の複素数値V12を再帰的に求めることができることを表している。これを再帰的離散フーリエ変換(以下,「RDFT」とする)という。したがって,r番目のデータを取り込んだ場合の計算は,図3の関係を使うと下記の数式8のように書き表すことができる。
【0012】
【数8】
このように電圧波形v(t)が繰り返しの波形であり,f=f0であるならば,RDFT演算によって,連続的に実効値Veと位相角φ0を求めることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし,電力系統の周波数は標準周波数(東日本50Hz,西日本60Hz)に対し最大±0.3Hzの幅をもって周波数が変動している。したがって,電圧波形や電流波形の周波数も時々刻々変動しているため,系統周波数fと設定周波数f0との間に偏差が生じる。この周波数偏差が生じるとVr=Ve・exp(jφ0)とならず,正確に実効値Veと位相角φ0を求めることができないという問題点がある。
【0014】
具体的な例として,系統周波数59.7[Hz],実効値100.0[V]の交流電圧に対して,設定周波数60.0[Hz]のRDFT演算を行った結果を図4に示す。100.0[V]の実効値の波形に対し,演算結果には誤差を含んでおり,正確に実効値を求めることができていない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
このような周波数偏差による誤差の補正方法を説明するため,周波数偏差と誤差の関係について説明する。系統周波数fが設定周波数f0からΔf(=f−f0)だけ偏差を持っている場合を考える。このとき,r番目のサンプリングデータは,下記の数式9で表すことができる。
【数9】
【0016】
このデータに対して数式8を用いてRDFT演算を行うと,下記の数式10で表される演算結果を得る。
【数10】
【0017】
実効値は,複素数値Vrの大きさとして求められるので,数式10の計算結果から,下記の数式11のようになる。
【数11】
【0018】
したがって,元の波形の実効値Veと比較すると下記の数式12の結果が,周波数偏差によって生じる誤差となる。
【数12】
【0019】
したがって,下記の数式13で表されるErrが実効値に対する誤差の割合となる。
【数13】
【0020】
数式10に示すように,A,B,αr,βrは周波数偏差Δfを含む値であるので,周波数偏差Δfと誤差割合Errの関係を計算すると図5のようになる。この計算例における計算条件は,N=128,TS=1/(60Hz×128サンプル)=130.2[μs]である。図から分かるように±0.3Hzの範囲内では,周波数偏差Δfと誤差割合Errの関係は比例関係と見なすことができる。図5はr=0の場合を示したものであるが,rの値によって直線の傾きが変わるのみであり,比例関係は変わらない。
【0021】
次に誤差割合Errの時間変化を計算した結果を図6に示す。図のようにErrの時間変化は振動的に変化するので,その振動周波数について説明する。数式13において,AとBは時間によって変化しない値である。そこで,(αr−βr)をθと表し,これを計算すると下記の式のようになる。
【0022】
θ=αr−βr
=4π(f0+Δf)r・TS+2φ0−2π(f0+Δf)・(N−1)・TS (16)
この式において,第1項目中のr・TSは,r番目のデータをサンプリングした時の時間を表すので,これをtrと表記する。すなわち,第1項目は時間によって変化する項であり,第2項目と第3項目は時間によって変化しない項である。このことから,θ=ωtr+φとするとωとφはそれぞれ下記の式のように表すことができる。
【0023】
ω=4π(f0+Δf)=2π・2(f0+Δf)
φ=2φ0−2π(f0+Δf)・(N−1)・TS (17)
したがって,Errの振動分の周波数は,2(f0+Δf)=2fとなり,系統周波数の2倍の周波数となる。
【0024】
このように周波数偏差によって生じる誤差には,誤差の大きさが周波数偏差に比例し,誤差の振動分は系統周波数の2倍の周波数で変化するという性質がある。
【0025】
これらの誤差の性質を使って,その補正法を説明する。
【0026】
一つの電圧波形に対して,2つの異なる設定周波数でRDFT演算を同時に行う。この設定周波数をそれぞれ第1設定周波数f0a,第2設定周波数f0bとする。サンプリング数をNaとNbとすると第1設定周波数はf0a=1/(Na・TS)の関係となり,第2設定周波数はf0b=1/(Nb・TS)の関係となる。第1設定周波数f0aと第2設定周波数f0bは任意に選ぶことができるが,電力系統の周波数偏差が最大でも±0.3Hzであることを考慮して,電力系統の標準周波数の±0.4Hzを超えない程度に選ぶ。例えば,60Hzの系統の場合,第1設定周波数f0a=59.6[Hz],第2設定周波数f0b=60.4[Hz]というように選ぶ。そして下記の数式14によってRDFT演算を行うと,図7に示すように,それぞれの演算結果として複素数値VraとVrbが得られる。
【0027】
【数14】
VraとVrbに含まれる誤差割合をそれぞれErra,Errbとすると,ErraおよびErrbはそれぞれの周波数偏差ΔfaとΔfbに比例するので,図8のようになる。したがって,誤差の大きさの比(=a:b)は,2つのRDFTアルゴリズムの周波数偏差の比にほぼ等しくなる。
【0028】
a:b≒Δfa:Δfb (18)
周波数偏差Δfa,Δfbは文献[1]に記載の方法によって求めることができる。
文献[1] 中野,他:「同期フェーザ計測に基づく実時間電力系統周波数検出」,
電気学会論文誌C, 122,12, pp2076-2082,2002
【0029】
また,誤差の振動分の周波数は,設定周波数に因らず系統周波数の2倍であることから,VraとVrbに含まれる誤差の振動分の周波数は等しくなる。例えば,系統周波数f=60.2[Hz],実効値100.0[V]の交流電圧に対して,第1設定周波数f0a=59.6[Hz],第2設定周波数f0b=60.4[Hz]でRDFT演算を行った結果を図9に示す。VraとVrbの振動分の周波数はお互いに等しいことが分かる。また,この場合,
a:b≒Δfa:Δfb=(60.2−59.6):(60.2−60.4)=3:−1 (19)
となっている。したがって,下記の数式15のように,a:bを重み係数としてそれぞれの実効値を加重平均することにより,誤差を相殺し,誤差を減少した複素数値Vrpを得ることができる。
【数15】
【発明の効果】
【0030】
周波数が変動している電力系統の電圧や電流の計測において,RDFT演算の連続性を失うことなく,簡単な四則演算による補正によって正確な実効値を求めることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
提案法を実装した電力系統高調波解析装置を図10に示す。
【0032】
電圧入力ボックス1aには電圧変換器(PT)1を備え,DSPボード7の入力部にあるアナログ-ディジタルコンバータ(ADC)2の入力上限電圧を超えない値に降圧する。この例では,100[V]の交流電圧を1[V]の交流電圧に変換している。ADC2は,一定のサンプリング間隔でアナログデータをディジタルデータに変換している。この例で用いたADC2のサンプリング周波数は8[kHz]である。変換されたディジタルデータは,メモリ(RAM)4を経由してDSP3に取り込まれ,DSP3において上記で説明したRDFT演算と補正演算が行われる。そしてRAM4に保存された演算結果は,LANポート6を通してパソコン(PC)8へ転送され,PC8上で演算結果が表示される。
【0033】
このシステムを用いて波形発生器で電圧実効値100[V],周波数f=59.9[Hz]の波形を作成し,電圧入力ボックス1aにあるPT1の入力に入れた。設定周波数f0=60.15[Hz](=8[kHz]/133[サンプル])でRDFT演算を行った結果を図11に示す。この電圧波形の周波数と設定周波数に差があるので,演算結果に誤差が生じている。これに対し,第1設定周波数f0a=59.70[Hz](=8[kHz]/134[サンプル])と第2設定周波数f0b=60.15[Hz](=8[kHz]/133[サンプル])でRDFT演算を行い,上記に説明の方法で補正を行った結果を図12に示す。従来の方法に比べて大幅に誤差が低減できていることが分かる。
【0034】
ここで説明した誤差の補正方法は,電圧波形の基本波成分についてのものであるが,高調波成分も同じ方法で補正することができ,高い精度で実効値を求めることができる。また,電流波形についても電流変換器(CT)を用いてADCにデータを取り込むことができれば,求める実効値の大きさが変わるのみであり,同様の方法で誤差を補正することができる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本実施形態において,2つの設定周波数に応じたsin関数のデータおよびcos関数のデータをあらかじめROMに記憶しておけば,DSP内で三角関数の演算を行うことなく,精度の高い実効値計算が可能になる。このため,DSPのプログラムを簡単にすることができ,サンプリング周期を短くして,高い周波数成分の計算が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】サンプル数N=12とした場合のサンプル点
【図2】(4)式の複素平面上のプロット
【図3】サンプル点と再帰的DFT演算タイミング
【図4】周波数偏差によって生じる演算誤差
【図5】周波数偏差と誤差割合の関係
【図6】誤差割合の時間変化
【図7】2つの異なる設計周波数でRDFT演算を行うときのサンプル点と再帰的DFT演算タイミング
【図8】2つの異なる設計周波数でRDFT演算を行ったときの周波数と誤差割合の関係
【図9】2つの異なる設計周波数でRDFT演算を行ったときの実効値
【図10】電力系統高調波解析装置の構成図
【図11】図10の装置において誤差補正を行わない場合の実効値演算結果
【図12】図10の装置において誤差補正を行った場合の実効値演算結果
【符号の説明】
【0037】
1 電圧変換器(PT)
1a 電圧入力ボックス
2 アナログ-ディジタル変換器(ADC)
3 ディジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)
4 メモリ(RAM)
5 メモリ(ROM)
6 LANポート
7 DSPボード
8 パソコン(PC)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力系統において,電圧・電流波形のサンプリングデータに対し,2つの異なる設定周波数で再帰的DFT演算を行い,それぞれの演算結果に対し,電力系統の周波数とDFT演算の設定周波数との周波数偏差に応じた加重平均を施すことによって演算誤差を補正し,電圧・電流の実効値を高い精度で計測する方法。
【請求項2】
電力系統において,電圧・電流波形のサンプリングデータに対し,2つの異なる設定周波数で再帰的DFT演算を行い,それぞれの演算結果に対し,電力系統の周波数とDFT演算の設定周波数との周波数偏差に応じた加重平均を施すことによって演算誤差を補正し,電圧・電流の高調波実効値を高い精度で計測する方法。
【請求項3】
前記請求項1,請求項2に記載の計測方法を備えた電力系統高調波解析装置。
【請求項1】
電力系統において,電圧・電流波形のサンプリングデータに対し,2つの異なる設定周波数で再帰的DFT演算を行い,それぞれの演算結果に対し,電力系統の周波数とDFT演算の設定周波数との周波数偏差に応じた加重平均を施すことによって演算誤差を補正し,電圧・電流の実効値を高い精度で計測する方法。
【請求項2】
電力系統において,電圧・電流波形のサンプリングデータに対し,2つの異なる設定周波数で再帰的DFT演算を行い,それぞれの演算結果に対し,電力系統の周波数とDFT演算の設定周波数との周波数偏差に応じた加重平均を施すことによって演算誤差を補正し,電圧・電流の高調波実効値を高い精度で計測する方法。
【請求項3】
前記請求項1,請求項2に記載の計測方法を備えた電力系統高調波解析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−276006(P2006−276006A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−51587(P2006−51587)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
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