説明

電子放出素子

【課題】 電子放出効率の高い電子放出素子を提供する。
【解決手段】 電子を供給する半導体層、半導体層上に形成された多孔質半導体層及び多孔質半導体層上に形成され真空空間に面する金属薄膜電極からなり、半導体層及び金属薄膜電極間に電界を印加し電子を放出する電子放出素子であって、多孔質半導体層はその膜厚方向において互いに異なる多孔度を有する少なくとも2以上の多孔質層を有する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、電子放出素子、特に、多孔質半導体電子放出素子に関する。
【0002】
【従来の技術】従来から電界電子放出表示装置のFED(field emission display)が、陰極の加熱を必要としない冷陰極の電子放出源のアレイを備えた平面形発光ディスプレイとして知られている。面電子放出源として金属層-絶縁層-金属層(MIM)構造の電子放出素子や、多孔度の均一な多孔質シリコンSiの多孔質半導体を用いた電子放出素子も注目されている。
【0003】多孔質半導体の電子放出素子は、図1に示すように、裏面にオーミック電極11を設けたシリコン層12に多孔質シリコン層13を設け、その上に金属薄膜電極15を形成したものである。多孔質半導体電子放出素子は、表面の薄膜電極を正電位Vpsにし裏面オーミック電極を接地電位としたダイオードである。オーミック電極11と薄膜電極15との間に電圧Vpsを印加し半導体層12に電子を注入すると、ダイオード電流Ipsが流れ、多孔質半導体層13は高抵抗であるので、印加電界の大部分は多孔質半導体層にかかる。電子は、金属薄膜電極15側に向けて多孔質半導体層13内を移動する。金属薄膜電極付近に達した電子は、そこで強電界により一部は金属薄膜電極をトンネルし、外部の真空中に放出される。このトンネル効果によって薄膜電極15から放出された電子e(放出電流IEM)は、透明基板1上の対向したコレクタ電極(透明電極)2に印加された高電圧Vcによって加速され、コレクタ電極に集められる。コレクタ電極に蛍光体が塗布されていれば対応する可視光を発光させる。
【0004】このように、表示装置としては、多孔質シリコン層12と金属薄膜電極15の間に電圧を印加し、電子の一部を金属薄膜電極15をトンネルさせ、蛍光体3R,3G,3B付きの対向電極2に当て、発光させる。しかしながら、多孔質半導体構造の電子放出素子でも、以下ような問題点がある。
【0005】(1) ダイオード電流Ipsが流れすぎ、電子放出効率η(η=放出電流IEM/ダイオード電流Ips)が低くなる。
(2) 多孔質化した表面はかなり荒れており、後で設ける表面金属薄膜電極との接触が悪くなり、電子放出が不安定になる。
(3) 多孔質Siは元のSiに比べ熱伝導率が悪くなっているため、素子の熱破壊が起きやすい。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであり、電子放出効率の高い電子放出素子を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明の電子放出素子は、電子を供給する半導体層、前記半導体層上に形成された多孔質半導体層及び前記多孔質半導体層上に形成され前記真空空間に面する金属薄膜電極からなり、前記半導体層及び前記金属薄膜電極間に電界を印加し電子を放出する電子放出素子であって、前記多孔質半導体層はその膜厚方向において互いに異なる多孔度を有する少なくとも2以上の多孔質層を有することを特徴とする。
【0008】本発明の電子放出素子は電子放出効率が高くなるので、表示素子とした場合、高輝度が得られ、駆動電流の消費及び発熱を抑制でき、さらに駆動回路への負担を低減できる。本発明の電子放出素子においては、前記多孔質半導体層は、その膜厚方向において高い多孔度の多孔質層と低い多孔度の多孔質層とが交互に積層されたことを特徴とする。
【0009】本発明の電子放出素子においては、前記多孔質層はその膜厚方向において漸次上昇又は下降した多孔度を有することを特徴とする。本発明の電子放出素子においては、前記多孔質半導体層は前記半導体層の表面を陽極酸化処理により多孔質化して形成されたことを特徴とする。本発明の電子放出素子においては、前記多孔質半導体層は前記陽極酸化処理の化成電流密度を変化させた処理時間で前記半導体層の表面から陽極酸化されたことを特徴とする。
【0010】本発明の電子放出素子においては、前記多孔質半導体層は前記陽極酸化処理の化成電流密度を低くした処理時間と高くした処理時間とを交互に繰り返し前記半導体層の表面から陽極酸化されたことを特徴とする。本発明の電子放出素子は、面状又は点状の電子放出ダイオードであり、赤外線又は可視光又は紫外線の電磁波を放出する発光ダイオード又はレーザダイオードとして動作可能である。
【0011】本発明の電子放出素子によれば、さらに、多孔質半導体層の多孔質化した表面が平坦になり、表面の金属薄膜電極との接触面積が多くなるので、電子放出が安定する。さらに、多孔度の低い緻密な層が多孔質半導体層内部に存在するため、熱伝導率が上がり、放熱効果により熱破壊が起き難くなる。
【0012】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ説明する。図2に示すように、実施例の電子放出素子は、オーミック電極11を備えた例えばSi基板の電子を供給する半導体層12と、このSi半導体層を陽極酸化により多孔質化したSiの多孔質半導体層13と、真空空間に面する金属薄膜電極15と、からなり、半導体層及び金属薄膜電極間に電界を印加し電子を放出する電子放出素子である。
【0013】多孔質半導体層13は、その膜厚方向において互いに異なる多孔度を有する少なくとも2以上の多孔質層13a,13bからなる。多孔質半導体層13は全体は1〜50μmの膜厚を有する。多孔質半導体層13は、図2に示すように、その膜厚方向において高い多孔度の多孔質層13aと低い多孔度の多孔質層13bとが交互に積層されている。
【0014】また、多孔質層13a及び又は13bはその膜厚方向において漸次上昇又は下降した多孔度を有するように形成してもよい。このように、多孔質半導体層13中において、多孔度に変化を持たせるようにする。少なくとも最上表面には高電気抵抗で平坦かつ緻密な低多孔度層13bを設け、ダイオード電流Ipsの流れすぎを防ぎ、表面の金属薄膜電極15との接触を改善する。また、低多孔度多孔質層13bが交互に積層されているので、素子の放熱が促進されることになる。
【0015】この高多孔度多孔質層13aと低多孔度多孔質層13bと組合わせは1組でも上記の効果が得られるが、何回か繰り返すことでダイオード電流Ipsの流れすぎ抑制と、放熱効果がさらに高まることになる。さらに、かかる電子放出素子は半導体層を多孔質化した多孔質半導体層にPt等の薄膜電極を設けただけで電子放出を達成するが、半導体層の多孔質化後の多孔質半導体層を、下記の条件で、酸化もしくは窒化を行い、その後、Pt等の薄膜電極を設けるとさらに安定性と耐久性がより向上する。
【0016】酸化条件では酸素ガス中で、700〜1200℃、1〜120分間、又は酸素プラズマ中で、200〜900℃、1〜120分間である。さらに窒化条件では窒素ガス中で、700〜1200℃、1〜120分間、又は窒素プラズマ中で、200〜900℃、1〜120分間である。また、多孔質化するSi層は、N型、P型、単結晶、多結晶もしくはアモルファスのSiウエハー自体を基板としてもよく、或いはオーミック電極を予め形成した基板上に形成されたSi薄膜でも良い。複数素子を形成して表示素子とするためには都合がよい。またこれら機能層の成膜法としては、スパッタリング法が特に有効であるが、真空蒸着法、CVD(chemical vapor deposition)法、レーザアブレイション法、MBE(molecular beam epitaxy)法、イオンビームスパッタリング法でも有効である。
【0017】半導体層12の材質は、シリコン(Si)が挙げられるが、本発明の半導体層はシリコンに限られたものではなく、陽極酸化法を適用できる半導体は全て利用することができ、ゲルマニウム(Ge)、炭化シリコン(SiC)、ヒ化ガリウム(GaAs)、リン化インジウム(InP)、セレン化カドミウム(CdSe)など、IV族、III−V族、II−VI族などの単体及び化合物半導体が、用いられ得る。Si層12では単結晶、アモルファス、多結晶、n型、p型の何れでも良いが、単結晶の場合、(100)方向が面に垂直に配向している方が、多孔質Si層の電子放出効率ηの点で好ましい。(100)面Si層はナノメータオーダ内径の孔及びSi結晶が表面に垂直に配向するからであると推定される。アモルファスSi層から多孔質Si層を陽極酸化形成する場合、残留Siもアモルファスとなる。
【0018】多孔質半導体層13は半導体層12を陽極酸化処理を行って得られる。例えば、半導体層にn型Siウエハを用い陽極酸化処理を行う場合、Si層のウエハ12を用意し、その表面に多孔質半導体層用開口を有する絶縁層を積層形成する。開口を有するSi層のウエハを陽極、Pt線を陰極として、弗化水素酸HF溶液内にて両者を対向させ、低い電流密度で陽極化成して、Si層12内に多孔質Si層13を形成する。この場合、多孔質形成にはホールの消費が必要であるからホール供給のために光照射が必要である。多孔質Si層はp型Si半導体層にも形成できるが、この場合は、暗状態でも多孔質Si層が形成される。
【0019】多孔質Si層は多数の微細孔と残留Siとからなる。微細孔径が1〜数百nm内径で残留Siが原子数十〜数百の大きさにした多孔質Si層により、量子サイズ効果による放出現象が得られる。これらの値はHF濃度、化成電流密度、処理時間、光照射の陽極酸化処理条件によって制御される。本発明においては、半導体層の陽極酸化における化成電流密度及び処理時間を制御することによって、多孔質半導体層13の膜圧方向において、多孔度を10〜80%で変化させた多孔質層13a,13bを交互に形成している。すなわち、多孔質Si層の表面ほど微細孔径が小さく(多孔質層13b)、深くなって微細孔径が大きく(多孔質層13b)、また深くなって微細孔径が小さくなる(多孔質層13a)ように、例えば、低い電流密度で短い処理時間の組と、高い電流密度で長い処理時間の組と、を交互に繰り返すことによって、多孔質層13a,13bを交互に形成している。この場合、陽極酸化における電流密度及び処理時間の関係を示す図6(a)及び(b)のグラフに示すように、所定高低電流密度を所定処理時間の間隔で交互に行う。
【0020】また、図6(c)及び(d)のグラフに示す方法で、電流密度及び処理時間を制御して、多孔質半導体層の中で、その膜厚方向において互いに異なる多孔度を有する少なくとも2以上の多孔質層を形成することもできる。図6(c)及び(d)のグラフに示す方法では、電流密度及び処理時間の制御により、多孔質Si層13の表面近傍の比抵抗が大きくSi層12に近いほど比抵抗が小さくなるように、勾配を設けるようにしている。多孔質Si層中の厚さ方向の多孔度に勾配を持たせるためには、陽極酸化中に電流密度を漸次変化させる。
【0021】次に、電子放出側の金属薄膜電極材料15としてはPt, Au, W, Ru, Irなどの金属が有効であるが、Al, Sc, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Zn, Ga, Y, Zr, Nb, Mo, Tc, Rh, Pd, Ag, Cd, Ln, Sn, Ta, Re, Os, Tl, Pb, La, Ce, Pr, Nd, Pm, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Luも用いられ、更に、それらの合金であっても良い。薄膜電極15の材質は、電子放出の原理から仕事関数φが小さい材料で、薄い程良いが、薄膜電極15の材質は極薄化の面では、導電性が高く化学的に安定な金属が良く、たとえばAu、Pt、Lu、Ag,Cuの単体又はこれらの合金等が望ましい。また、これらの金属に、上記仕事関数の小さい金属をコート、あるいはドープしても有効である。AuまたはPt薄膜電極膜厚が1〜50nmで実用化可能な効率が得られる。素子としての安定性を考えるとAuまたはPt薄膜電極膜厚は2〜20nmが最も適当である。
【0022】電子供給側のオーミック電極11の材料としては、Au、Pt、Al、W等の一般にICの配線に用いられる材料である。半導体層12を薄膜として成膜するための素子基板(図示せず)の材質はガラスの他に、Al23,Si34、BN等のセラミックスでも良い。具体的に、14mm×14mmのSiウエハから電子放出素子を作製し特性を調べた。
【0023】Siウエハの陽極酸化法において、化成時の電流密度及び処理時間を変化させ、一例として電流密度を低下させた短時間の処理を間歇的に行い、従来のものに対して細孔の孔径1/20,孔数400倍/cm2の薄い多孔質層を多孔質半導体層の中に複数得た。
(陽極酸化条件)
電解液成分(温度)
HF:エタノール=1:1 (0℃)
電流密度と処理時間(2.5mA/cm2を2秒間と50mA/cm2を10秒間との組)×3回合計 36秒多孔質半導体層の膜厚(多孔質層0.016μmと多孔質層1.67μmとの組)×3回合計 5.058μm比較例として、従来の一様の多孔度の多孔質Si層を有する以外は上記実施例と同一の電子放出素子を作製した。このときは以下の化成条件で行なった。
(陽極酸化条件)
電解液成分(温度)
HF:エタノール=1:1 (0℃)
電流密度 50mA/cm2の一定処理時間 30秒間多孔質半導体膜厚 5μm陽極酸化した各Siウエハの裏面にAlのオーミック電極を設けた。
【0024】最後に、各基板の多孔質半導体層の表面上に直径6mmのPtの薄膜電極を膜厚6nmでスパッタ成膜し、素子基板を多数作成した。さらに、内面にITOコレクタ電極が形成された透明ガラス基板や、各コレクタ電極上に、R,G,Bに対応する蛍光体からなる蛍光体層を常法により形成した透明基板を作成した。
【0025】これら素子基板及び透明基板を、薄膜電極及びコレクタ電極が対向するように平行に10mm離間してスペーサにより保持し、間隙を10-5Paの真空にして、電子放出素子を組立て、作製した。その後、多数の得られた素子についてAlオーミック電極とPt薄膜電極15との間に10〜50Vの電圧Vpsを印加してSiウエハ層に電子を注入し、ダイオード電流Ips及び放出電流IEMを測定した。
【0026】この結果を図3に示す。図からあきらかなように、本発明の素子は、従来の素子に比べて、放出電流IEM低下させずに、ダイオード電流Ipsだけが抑えられ、電子放出効率ηが10-3から10-2に2桁も向上した。また、両素子について20Vの電圧Vpsを印加した場合の放出電流IEMの経時変化を測定した。
【0027】本発明及び従来の素子の結果を図4及び図5に示す。両図からあきらかなように、本発明の素子は、従来の素子に比べて、放出電子流の変動が少なくなった。更に、本発明及び従来の素子では、同一電圧Vps印加時の素子温度について、本発明のものが一様に低下していた。また更に、蛍光体を塗布したコレクタ電極及び薄膜電極の間に約4kVの電圧を印加した状態では、各素子で薄膜電極に対応する形の均一な蛍光パターンが観測された。このことは、その膜厚方向において互いに異なる多孔度を有する少なくとも2以上の多孔質層を有する多孔質半導体層からの電子放出が均一であり、直線性の高いことを示し、電子放出ダイオードとして、赤外線又は可視光又は紫外線の電磁波を放出する発光ダイオード又はレーザダイオードとして動作可能であることを示した。
【図面の簡単な説明】
【図1】 電子放出素子の概略断面図である。
【図2】 本発明による実施例の電子放出素子の概略断面図である。
【図3】 本発明による電子放出素子のダイオード電流及び放出電流対電圧特性を示すグラフである。
【図4】 本発明による実施例の電子放出素子の放出電流の経時変化を示すグラフである。
【図5】 従来の電子放出素子の放出電流の経時変化を示すグラフである。
【図6】 本発明による実施例の電子放出素子作製中の陽極酸化における電流密度及び処理化成時間の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
1 透明基板
2 コレクタ電極
3R,3G,3B 蛍光体層
4 真空空間
11 オーミック電極
12 半導体層
13 多孔質半導体層
13a,13b 多孔質層
15 金属薄膜電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】 電子を供給する半導体層、前記半導体層上に形成された多孔質半導体層及び前記多孔質半導体層上に形成され前記真空空間に面する金属薄膜電極からなり、前記半導体層及び前記金属薄膜電極間に電界を印加し電子を放出する電子放出素子であって、前記多孔質半導体層はその膜厚方向において互いに異なる多孔度を有する少なくとも2以上の多孔質層を有することを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】 前記多孔質半導体層は、その膜厚方向において高い多孔度の多孔質層と低い多孔度の多孔質層とが交互に積層されたことを特徴とする請求項1記載の電子放出素子。
【請求項3】 前記多孔質層はその膜厚方向において漸次上昇又は下降した多孔度を有することを特徴とする請求項1又は2記載の電子放出素子。
【請求項4】 前記多孔質半導体層は前記半導体層の表面を陽極酸化処理により多孔質化して形成されたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1記載の冷電子放出表示装置。
【請求項5】 前記多孔質半導体層は前記陽極酸化処理の化成電流密度を変化させた処理時間で前記半導体層の表面から陽極酸化されたことを特徴とする請求項4記載の冷電子放出表示装置。
【請求項6】 前記多孔質半導体層は前記陽極酸化処理の化成電流密度を低くした処理時間と高くした処理時間とを交互に繰り返し前記半導体層の表面から陽極酸化されたことを特徴とする請求項4記載の冷電子放出表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開平10−269932
【公開日】平成10年(1998)10月9日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平9−71864
【出願日】平成9年(1997)3月25日
【出願人】(000005016)パイオニア株式会社 (3,620)