説明

電気化学反応用陽極

【課題】電気分解や電解メッキなどの電気化学反応に使用する陽極であって、チタン基体上に金属酸化物を被覆した電極において、金属酸化物として既知の白金族金属酸化物を使用したものにくらべ、貴金属の使用量を低減して、電極製造コストとを廉価にするとともに、資源問題を緩和したうえに、耐久性に関してより改善された電極を提供する。
【解決手段】金属酸化物として、SnおよびSbと、白金族金属の酸化物との複酸化物を使用する。Sn:Sbは陽イオンのモル比で1:1〜40:1の範囲にあり、かつ、SnおよびSbが酸化物の陽イオン全体の1〜90モル%を占め、陽イオンの残部が白金族金属の酸化物である組成とする。電極活性物質は、各金属の可溶性塩の溶液を塗布して焼成し、酸化物に変える焼成法により形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気分解やメッキなどの電気化学反応の陽極として使用したとき、高活性であって、長期間使用しても溶解せず、形状が安定に保たれる電気化学反応用の陽極に関する。
【背景技術】
【0002】
電解質溶液の電気分解や、電解メッキなどの電気化学反応の陽極としては、通常、チタンなどの金属で製作した電極が使用されている。陽極は高い電位に分極され、激しい酸化性条件にさらされるから、そのような条件下では絶縁性の被膜を生じ、腐食溶解しないというチタンの性質を利用したものである。
【0003】
しかし、絶縁被膜が生じたのでは、表面を通して電子の授受を行なう電極としての活性を発揮することができない。このため、激しい酸化性条件に耐え、しかも電極としての活性を有する物質として、白金族貴金属の酸化物でチタンの表面を被覆した電極が用いられてきた。
【0004】
この場合、チタンと電極活物質との一体性を実現するためには、電極活物質である酸化物が、基体のチタン酸化物と同一の結晶構造をもち、チタンと複酸化物を形成するとともに、十分な電導性を備える必要がある。この条件が実現するとき、電極は、[チタン基体]−[チタンイオンと電極活物質金属イオンとからなる複酸化物の電極活物質]という連続した層となるはずである。従来の不溶性陽極は、白金族金属の酸化物であるRuO2,RhO2,PdO2,IrO2などでチタン基体を被覆したものであり、これらの白金族金属の酸化物はTiO2と同じルチル構造をもち、格子定数もほとんど違わないため、チタン基板からの連続性が維持されている。これら貴金属の酸化物の中では、一般に、IrO2が最も好適とされている。
【0005】
しかし、このような貴金属を材料とする陽極の用途が拡大し、大量に製作使用されるようになると、貴金属を多量に消費する結果となるが、貴金属は資源が少なく、不足することが目に見えている。したがって、貴金属の使用量を低減しながらも、電極としての性能は維持した陽極の出現が要望される。
【0006】
発明者らは、チタン基体を被覆する層は、上記のように、TiO2と同じルチル構造をもつとともに、激しい酸化条件下でも安定である物質が望ましいところ、スズの酸化物であるSnO2がTiO2と同じルチル構造であって、激しい酸化条件でも溶解することなく安定であることに着目し、これを貴金属酸化物とともに使用することを着想した。SnO2は導電性が高くないのが難点であるが、Sbを添加することによって導電性を増大できるので、SnとSbを併用するとよいこともまた見出した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上記した発明者らの新しい知見を活用し、電気分解や電解メッキのような電気化学反応用の不溶性陽極であって、電極としての性能が高く、耐久性にすぐれるとともに、電極活物質の材料として使用する貴金属の量を低減し、資源問題を緩和することのできる電気化学反応用の陽極を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的は、本発明に従って、白金族金属にSnとSbを加えた複酸化物をチタンの基体上に生成させた電極により達成される。具体的にいえば、本発明の電気化学反応用の陽極は、チタン基体を電極活物質としての金属酸化物の層で被覆してなる陽極において、金属酸化物がSnおよびSbと、白金族金属との複酸化物からなり、Sn:Sbは陽イオンのモル比で1:1〜40:1の範囲にあり、かつ、SnおよびSbが電極活物質の全陽イオンの90モル%以下を占め、陽イオンの残部が白金族金属の酸化物である組成を有することを特徴とする電気化学反応用陽極である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の電気化学反応用陽極は、電気分解やメッキなどの電気化学反応の陽極として使用したとき、電極としての活性が高く、かつ、長時間の使用に耐えて溶解せず、形状が安定に維持される上、従来の、電極活物質が白金族金属またはその酸化物だけである陽極に比較して、白金族金属の使用量を低減することができるから、製造コストが低廉になり、資源問題を緩和することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の電極製作法の一例を示せば、つぎのとおりである。電気化学反応において高い酸化力を実現する電極の導電性基体としては、耐食性の高いチタンを用いることが好ましい。チタン基体ヘの電極活物質の密着性を高めるため、酸による酸化被膜の除去や、表面粗度を増すエッチングその他、既知の表面処理を施して、導電性基板を用意する。適当な濃度の白金族金属の塩を含む溶液、たとえばブタノール溶液と、SnおよびSbの可溶性塩の溶液、たとえばブタノール溶液を、所望するモル比で与えるように混合して、チタン基体にハケ塗りなどの手段で塗布して乾燥させたのち、高温たとえば550℃に加熱して、白金族金属、SnおよびSbを酸化物に変える、という操作を繰り返し、最後に、再度高温に、たとえば550℃で1時間焼成して、[白金族金属(1種または2種以上)−Sn−Sb]の複酸化物を、電極活物質とした電極を得る。
【0011】
電極活物質である金属酸化物層の、各成分の組成割合を上記のように限定する理由を述べる。白金族金属は、本発明の電極活物質の基礎となる元素であって、Ru,Rh,Pd,Os,IrおよびPtは、大気中における熱処理で、MO2タイプの二酸化物を生じ、このうち白金を除く5種の白金族金属の二酸化物は、酸化チタンTiO2および酸化スズSnO2と同じルチル構造であって、これらと固溶する。二酸化白金PtO2も、結晶格子のa軸とc軸の格子定数がTiO2およびSnO2のそれらにきわめて近く、これら二酸化物と単相酸化物を形成する。
【0012】
このように、本発明で電極活物質とする[白金族金属−Sn−Sb]の酸化物は単相複酸化物を生じるため、結晶構造上は任意の組成をとることができる。しかし、電極の製作コストないし資源問題の観点からすれば、できるだけ[Sn+Sb]の割合を高くし、貴金属の使用量を減らした組成を選択することが有利である。しかし、[Sn+Sb]が過剰であると、従来の白金族金属酸化物の電極にくらべて電極性能が劣るので、[Sn+Sb]は酸化物中の陽イオンの90モル%以下に止める必要がある。また、[Sn+Sb]が1モル%未満である複酸化物を電極活物質とした電極は、従来の白金族金属酸化物の電極にくらべてとりたてて性能がまさっているわけではないため、[Sn+Sb]は1モル%以上とする。好適な[Sn+Sb]の範囲は、1〜70モル%、より好適には30〜60モル%である。
【0013】
Sbは、白金族金属とSnのみからなる複酸化物では不足する導電性を補って、電極活物質に十分な導電性を付与する働きがあり、このために添加する。Sn:Sbのモル比が40:1以上となるようにSbが含まれていれば、形成される酸化物に十分な導電性が与えられるので、Sn:Sbのモル比は40:1以上とする。しかし、過剰のSbが存在すると、形成される複酸化物の導電性をかえって低下させるので、Sbの添加はSn:Sbのモル比で1:1を超えないレベルまでとする必要がある。
【実施例1】
【0014】
チタン板のパンチングにより製造したチタンメッシュを、常温の0.5M HF中に5分間浸漬して、表面の酸化皮膜を除去した。ついで、80℃の11.5M H2SO4中に水素ガスの発生が停止するまで浸漬し、表面粗度を上げるエッチングを施した。流水で約60分洗浄して、表面に生成した硫酸チタンを除去し、乾燥した。最後に、電極活物質で被覆する直前に、純水中で超音波洗浄し乾燥した。
【0015】
いずれもブタノールに溶解して用意した、5M K2IrCl6、5M SnCl4および5M SbCl6の溶液を、それぞれ4.0ml、5.33mlおよび0.67m1とって混合し、上記のチタンメッシュで有効面積が20cm2のものにハケ塗りし、90℃で5分間、大気中で乾燥したのち、550℃で10分間焼成して酸化物に変える操作を、酸化物の重量が約45g/m2となるまで繰り返した。最後に550℃で60分間焼成して、電極とした。製作した電極活物質の陽イオン組成を、EPMAを用いて解析した結果、65.6モル%Ir、29.3モル%Sn、5.1モル%Sbからなっていた。X線回折を用いた解析の結果、この電極の活物質は、IrO2と同じルチル構造の単相複酸化物であることが判明した。比較のため、陽極活物質がIrO2単独であるが、酸化物の重量は同じ約45g/m2である電極も製作した。
【0016】
この電極を陽極として用い、40℃の3M H2SO4を10000A/m2の電流密度で電解し、電解中の電位を測定した。分極した際の酸素過電圧は約0.6Vで、そのまま2000時間を経過しても、電位の上昇がなかった。これに対し、比較例の活物質がIrO2だけの電極は、10000A/m2の電流密度で電解したとき、酸素過電圧は同じく約0.6Vであって、この電位を450時間維持したのち急激に上昇して、電極の寿命が尽きた。したがって、本発明の電極を強酸中の電気化学反応における酸素発生電極として使用した場合、従来の形状安定電極よりも、はるかに耐久性が高いことが明らかである。
【0017】
この電極を、0.5M NaCl溶液の、電流密度10000A/m2の電解の陽極として使用し、塩素を発生させ場合、塩素発生効率は87%であった。
【実施例2】
【0018】
実施例1において用意した、酸化被膜の除去、エッチング、流水洗浄および超音波洗浄を順次おこなったチタンメッシュの、有効面積が20cm2のものに、いずれもブタノールに溶解して用意した、5M K2IrCl6、5M SnCl4および5M SbCl6の溶液を表1に示す種々の割合で混合した混合溶液を使用し、実施例1と同じ、[ハケ塗り−大気中90℃で5分間乾燥−550℃で10分間焼成]の操作を、酸化物の重量が約45g/m2となるまで繰り返した。最後に550℃で60分間焼成して、電極とした。製作した電極活物質の陽イオン組成を、EPMAを用いて解析した。その結果は、表1に示すとおりである。X線回折を用いた解析の結果、この電極の活物質は、実施例1と同様に、IrO2と同じルチル構造の単相複酸化物であった。
【0019】
これらの電極を陽極として用い、実施例1と同様に、40℃の3M H2SO4を10000A/m2の電流密度で電解し、電解中の電位を測定した。分極した際の酸素過電圧が約0.6Vに維持された時間は、表1に掲げるとおりである。表1には、実施例1で述べた比較例のデータを再掲する。本発明の電極が、強酸中の電気化学反応における酸素発生電極として使用した場合、従来の電極よりすぐれた耐久性を示すことが、ここでも確認された。
【0020】
表1

【0021】
この電極を、0.5M NaCl溶液の、電流密度10000A/m2の電解の陽極として使用し、塩素を発生させ場合、塩素発生効率は81〜87%であった。
【実施例3】
【0022】
実施例1において用意した、酸化被膜の除去、エッチング、流水洗浄および超音波洗浄を順次おこなったチタンメッシュの、有効面積が20cm2のものを電極基体として使用した。白金族金属の原料として、RuCl3、RhCl3、PdCl3、OsCl3、K2IrCl6およびK2PtCl6を、それぞれの濃度が5Mのブタノール溶液として用意した。これらの溶液と、同じくブタノールに溶解して用意した、5M SnCl4および5M SbCl6の溶液とを、種々の割合で混合した混合溶液を使用し、実施例1と同じ、[ハケ塗り−大気中90℃で5分間乾燥−550℃で10分間焼成]の操作を、酸化物の重量が約45g/m2となるまで繰り返した。最後に550℃で60分間焼成して、各電極とした。製作した電極活物質の陽イオン組成(モル%)を、EPMAを用いて解析した結果を、表3に示す。X線回折を用いた解析の結果、この電極の活物質も、実施例1および2と同様に、IrO2と同じルチル構造の単相複酸化物であった。
【0023】
これらの電極を陽極として用い、実施例1および2と同様に、40℃の3M H2SO4を10000A/m2の電流密度で電解し、電解中の電位を測定した。いずれの電極も、酸素を発生して正常に作動中は、酸素過電圧が約0.6Vであったが、ある時間経過すると、酸素過電圧が急激に上昇し、電極寿命が尽きた。酸素過電圧が約0.6Vを維持した時間を、表2に示す。したがって本発明の電極を強酸中の電気化学反応における酸素発生極として使用した場合、従来の形状安定電極よりはるかに耐久性が優れたものであることが判明した。
【0024】
表 2


【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンで製作した導電性基体を電極活物質としての金属酸化物の層で被覆してなる、電気化学反応に使用する陽極において、金属酸化物がSnおよびSbと、白金族金属との複酸化物からなり、Sn:Sbは陽イオンのモル比で1:1〜40:1の範囲にあり、かつ、SnおよびSbが電極活物質の全陽イオンの90モル%以下を占め、陽イオンの残部が白金族金属の酸化物である組成を有することを特徴とする電気化学反応用陽極。
【請求項2】
SnおよびSbの酸化物が電極活物質の1〜70モル%を占める請求項1の電気化学反応用陽極。