説明

電解用陽極

本発明は、貴金属前駆体の熱分解によって貴金属で被覆されたチタン合金基材からなる陽極に関する。チタン合金基材の合金は、熱分解工程時に酸化することができる元素を含み、電気エネルギーの節減と工業的電解プロセスにおける継続時間の延長が可能となる。本発明の陽極は、例えば塩素アルカリ電気分解に適しており、酸素含量のより少ない塩素を得ること、および先行技術の陽極よりエネルギー消費量を少なくすることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電解用陽極に関する。
【背景技術】
【0002】
塩素の製造は実質的に、白金族金属及び/又はそれらの酸化物を含む(必要に応じて混合物として)電極触媒被膜を施した発泡チタンシートもしくは種々の形状の孔を有するチタンシートからなる陽極を装備した隔膜電解装置、水銀陰極電解装置、あるいは最も進んだケースではイオン交換膜電解装置に基づいた3つの代替テクノロジーを使用して、塩化アルカリ溶液(特に塩化ナトリウム溶液)の電気分解によって行われている。この種の陽極は、例えば、インドゥストリエ・デ・ノラからDSA(登録商標)の商品名で市販されている。これら3つのテクノロジーに共通した問題は、塩素中における酸素のモル含量を2%未満、好ましくは1%以下に制限する必要があるという点である。酸素は、水の酸化という避けられない二次反応によって生成し、塩素を利用するプロセスのほとんどを、特に、PVC製造の最初の工程であるジクロロメタン合成を妨害する。先行技術の知見によれば、低い酸素含量にするために、チタン基材に貴金属前駆体溶液を塗布し、次いでこれを熱処理にて分解させることによってその被膜が得られるという陽極を引き続き最終的な熱処理に付す。しかしながら、こうした最終的な熱処理を施すということは、幾らかのエネルギー消費量を必然的に伴うという不利益があり、このエネルギー消費量は、継続時間と加える温度に応じて、平均して生成物1メートルトン当たり約50〜100kWhであると推定することができる。
【0003】
さらに、塩酸の電気分解においても同じ陽極が使用されている。従って、塩素を使用する主要な工業的プロセスの殆どにおける典型的な副生物が塩酸であるので、こうした陽極に強い関心が注がれるようになっている。現在のプラントは生産能力が増大していることから、相当多量の塩酸の生成を伴い、マーケットへの塩酸の割り振りがかなり困難な状況になってきている。塩酸の電解により塩素が形成されるが、この塩素が、大きな環境影響を及ぼすことのない、実質的に閉じたサイクルを生じる再循環アップストリームとなる場合があり、この点が今日、関係当局から建設許可を得るための決定的なファクターとなっている。この文脈において貴金属で被覆されたチタン陽極の使用を特徴づける問題は、塩酸のもつ強い侵食性と直接関連している。塩酸は、電極触媒被膜の欠陥を貫通してチタン被膜の界面を腐食し、そして比較的短時間で被膜の剥離を引き起こし、この結果、プラントが運転停止となる。先行技術によって示された、チタン−パラジウム合金(特有の耐食性を有することで定評があり、化学プラントの重要な装置の建設に対して使用される)で造られた基材を使用することからなる第1の対応策は、それほどの成果をもたらさなかった。触媒被膜の厚さを増大させることによってチタン基材の保護を改善することからなる第2の対応策は、ある特定の限度を超えて適用することはできない。なぜなら、被膜が厚すぎると極めて脆くなり、従って単なる機械的な特質にもとづく顕著な剥離現象を起こすということが観察されているからである。これまでの好ましい解決策は、重ねられた(overlay)複数の個別層として得られる電極触媒被膜を提供している。このようにして得られる陽極は欠陥の数が減少しており、従って運転耐用年数が向上することを特徴としている。それにもかかわらず、耐用年数の増大という利点は、運転電圧がより高くなるという不利益によって相殺され、塩素1メートルトン当たり約50〜150kWhの電気エネルギー消費量の増大を必然的に伴う、ということが観察されている。
【0004】
全ての電気化学的プロセス、特に、貴金属で被覆されたチタン電極が酸素発生陽極として使用されるという場合の電気冶金学的プロセスにおいても同様の問題が生じる。これらのプロセスは、高濃度の酸性溶液、特に硫酸溶液を使用することが多く、従って現在使用されているチタン基材に対して侵食性となる。塩酸の場合に対して採られたような対策が、受け入れ可能な耐用年数を得るという目的にて通常の仕方で適用される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の1つの目的は、特に、エネルギー消費量と酸性溶液に対する化学的抵抗性に関して先行技術の限界を克服する工業的な電解プロセス用の陽極を提供することである。
【0006】
本発明の他の目的は、塩素生成物中の酸素含量に関して先行技術の限界を克服する工業的な塩素発生電解プロセス用の陽極を提供することである。
【0007】
本発明のさらに他の目的は、持続時間と運転時のセル電圧に関して先行技術の限界を克服する工業的な酸素発生電解プロセス、例えば電気冶金学的プロセス用の陽極を提供することである。
【0008】
これらの目的および他の目的は下記の説明によって明らかとなるであろうが、下記の説明は本発明を限定するためのものではなく、本発明の範囲は単に、添付の特許請求の範囲によって規定される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の陽極は、貴金属及び/又はそれらの酸化物をベースとする電極触媒被膜を有するチタン合金基材を含み、ここで前記チタン合金が、前記電気触媒被膜の形成時において酸化されるのに適した元素を好ましくは0.01〜5重量%の濃度にて含む。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1つの好ましい態様においては、本発明の陽極が、アルミニウム、ニオブ、クロム、マンガン、モリブデン、ルテニウム、錫、タンタル、バナジウム、およびジルコニウムからなる群から選択される1種以上の元素を含むチタン合金からなる基材を含む。別の態様においては、このような合金がさらに、ニッケル、コバルト、鉄、および銅からなる群から選択される1種以上の元素を含む。
【0011】
本発明の特に好ましい1つの態様においては、陽極の基材として使用されるチタン合金が、0.02〜0.04重量%のルテニウム、0.01〜0.02重量%のパラジウム、0.1〜0.2重量%のクロム、および0.35〜0.55重量%のニッケルを含有する。
【0012】
最終的な利用とは関係なく、貴金属ベースの活性被膜を有するチタン陽極は、サンドブラスティング及び/又は酸性溶液での浸食によってチタン基材を前処理すること;および白金族金属もしくはそれらの酸化物(必要に応じて混合物にて)をベースとする電極触媒被膜を、最終的な金属及び/又はそれらの酸化物の適切な前駆体を含有する塗工物(paint)の450〜550℃での熱分解によって施すこと;を含む方法によって製造される。
【0013】
電極触媒被膜は、細孔や亀裂の形で欠陥を有することがあり、こうした細孔や亀裂の存在が、浸食性の酸性溶液の存在下において、運転の特定のケース、例えば、塩酸の塩素への再転化に対して塩酸溶液が使用されるケースや、多くの電気冶金プロセスにおいて硫酸溶液が使用されるケースで運転耐用年数が減少する重大な原因になると考えられている。これらの溶液は、チタン基材との界面に達するまで欠陥中に入り込み、腐食プロセス(短時間にて被膜の剥離と、それによる電気分解装置の運転停止を引き起こすことがある)をスタートさせることがある。
【0014】
欠陥群の存在(detect population)は被膜を作製する方法の関数である、ということが示されている。特に、これまでの経験によれば、厚さ(あるいは特定の組み込み量)が増すほど、電極触媒被膜中の欠陥の存在が少なくなり;他方、所定の厚さ又は組み込み量に対し、被膜の作製が細分されるほど、言い換えると、作製される個別層の数が多くなるほど、欠陥の数が少なくなる;ということが示されている。後者のケースでは、全体としての熱処理時間(個別層の数の関数である)が、かなり長くなることがある。
【0015】
酸性溶液を電解するための陽極の場合、被膜に充分な耐溶解性を付与するには、同様に長い熱処理時間が必要となる。この好ましい効果(positive effects)は、被膜材料の結晶化プロセスと関連していて、より脆弱な非晶質フラクションの排除を引き起こす、と考えられる。
【0016】
この種の陽極が塩素アルカリ電気分解において使用されるときに同様の状況が見られ、工業上の使用者(industrial users)はしばしば、塩素中の酸素含量を特定の限度未満(例えば、2%未満、そして好ましくは1%未満)に保持するよう要求する。実際、このような結果は、陽極をさらに最終的な熱処理に付すことによって得られる。
【0017】
工業上の経験によれば、450〜550℃での熱処理の継続時間を長くすると、上記の利点を達成することは可能であるけれども、電気化学作動ポテンシャル(electrochemical working potential)が低下し、これに対応して、塩素の製造の場合には、電気エネルギーの消費量が100kWh/トンにまで増大する、という点においてかなり厳しい不利益を必然的に伴う、ということが示されている。
【0018】
このような不利益の例として、電気化学ポテンシャルECl2,SCE(SCE=飽和カロメル基準電極)、および塩素アルカリ電気分解での塩素発生用陽極を使用して得られる、全体としての熱処理時間(d,時間(h)単位にて表示)の関数(他の製造パラメーターは不変のままである)としての塩素中の酸素含量、に関するデータを下記の表1に示す〔基材は、ASTM B265に従った純粋チタン等級1の基材;電極触媒被膜は、ルテニウムとイリジウムとチタンの非化学量論的混合酸化物(RuIrTiO)からなる〕。
【0019】
【表1】

【0020】
チタン−パラジウム合金(ASTM B265,等級7,パラジウム0.12〜0.25重量%)を基材として使用して、ほぼ同様の結果を得た。この合金は高価格であるが、電圧と耐用年数の点で改善の可能性があることから、少なくとも一部の用途に対しては受け入れ可能となっている。
【0021】
先行技術の開示説明とは対照的に、基材が適切なチタン合金からなるときは、全体としての熱処理時間を長くすることで、電気化学作動ポテンシャルの顕著な低下を起こすことなく陽極を製造することができる、ということを本発明者らは観察して驚いた。従って本発明は、塩酸溶液の電気分解において、あるいは電気冶金にて現在使用されている硫酸含有電解質中において、運転耐用年数の増大を伴って機能することができ、しかも塩素−苛性ソーダ電気分解において酸素含量の少ない塩素を製造することができる高品質の陽極を提供する。
【0022】
特に、アルミニウム、ニオブ、クロム、マンガン、モリブデン、ルテニウム、錫、タンタル、バナジウム、およびジルコニウムからなる第1の組の1種以上の元素を含有するチタン合金(必要に応じて、ニッケル、コバルト、鉄、および銅を含む第2の組の元素を加える)を使用すると極めて興味ある結果が得られた。さらに、第2の組の1種以上の元素だけを含有するチタン合金は、長時間の加熱という影響下にて電気化学ポテンシャルの低下を防止するにはあまり効率的ではない、ということも見出された。さらに、イリジウム、ロジウム、パラジウム、または白金等の元素を組み込むことが、どんな場合でも、特定の種類の腐食攻撃(電気分解装置の運転停止処置時に、陽極が浸食性の溶液中に浸漬されたままであるときに起こる;このことは当業者には公知である)を防止するのに有利であるとしても、合金中にこのような元素が存在するのは不適切であることが判明した。
【0023】
特定の理論で拘束されるつもりはないが、上記した第1の組の元素による好ましい効果に対する考えられる説明は、まず第一に、長時間の熱処理に付されるチタン陽極の電気化学ポテンシャルが増大する理由を考慮することでもたらされる。ポテンシャルの低下は、被膜形成工程時での、被膜と基材との界面における酸化チタン皮膜の成長によって引き起こされる、というのが広く行き渡った考えである。なぜなら、熱処理は、空気の存在下にて450〜550℃の温度で行われるので、実際には、チタン金属は、被膜を横切って拡散する酸素によって酸化されやすいからである。このようにして生成される酸化チタンはほとんど導電性がなく、従ってオーム抵抗の低下をもたらす部位となり、結局は、運転時における実際の電気化学ポテンシャルということになる。こうしたオーム抵抗の低下は適度な程度であり、従ってそれが電気化学ポテンシャルに及ぼす影響は、酸化チタン皮膜が充分に薄くなるまではさほど重要ではないままである。後者は、全体としての熱処理継続時間が特定の値を超えない場合にのみ当てはまり、このことは、浸食性の環境での満足できる運転耐用年数を(相当程度の残留欠陥を有する個別層の数が減少)、あるいは塩素アルカリ電解での低酸素含量を特徴とする陽極を得るというニーズとは対照的なことである。
【0024】
上記した第1の組の元素は、まず第一に、電極触媒被膜の作製に典型的なプロセス条件(特に、温度と空気の存在に関して)において容易に酸化されることを特徴とする。従ってこれらの元素は酸化チタンのドーパントとして作用し、これにより合金でないチタン上に成長する対応酸化物よりはるかに高い導電性を獲得する、と考えることができる。第二の態様は、少なくとも低い使用濃度で、一般には、0.01〜5重量%の範囲で固溶体を形成する能力によってもたらされる。合金元素が均一に分散されている固溶体では、同じ元素が、同様の均一な態様にて表面の酸化チタン相中に分散することができ、合金元素の含量が適度な含量であっても導電性を有するという、上記した同じ特徴を酸化チタン相に付与する。それにもかかわらず、第2の組の元素(これらの元素も、被膜の作製時において酸化されやすい)は一般に、隔離された相を、金属マトリックス内に分散された、そして特に、対応する結晶粒の境界に局在化された微粒子の形で生じさせることが知られている。微視的スケールでのこうした不連続分布の考えられる結果として、酸化チタンの内部にこれらが存在すると不均質になる可能性があり、導電性に及ぼす影響はより小さくなる。
【0025】
本発明者らによって得られたより重要な結果のうちの幾つかを下記の実施例に示すが、本発明の範囲がこれらの実施例によって限定されることはない。
【実施例】
【0026】
実施例1
塩酸電解による塩素発生を目的とする幾つかの陽極を、下記の手順を施すことによって作製した。
【0027】
a. 下記のチタン合金を1mm厚さのシートとして得た(追加元素の含量は重量%にて表示)。
【0028】
・合金1:チタン−ルテニウム(0.08/0.14%)
・合金2:チタン−アルミニウム(1.0/2.0%)
・合金3:チタン−タンタル(5%)
・合金4:チタン−アルミニウム(2.5/3.5%)−バナジウム(2.0/3.0%)
・合金5:チタン−モリブデン(0.2/0.4%)−ニッケル(0.6/0.9%)
・合金6:チタン−クロム(0.1/0.2%)−ニッケル(0.35/0.55%)−ルテニウム(0.02/0.04%)−パラジウム(0.01/0.02%)
・合金7:チタン−パラジウム(0.12/0.25%)(基準としての先行技術)
・合金8:チタン−鉄(0.5%)
・合金9:ASTM B265による等級1の純粋なチタン(基準としての先行技術)
b. 上記のシートを1辺が5cmの正方形プレートとしてコールドカッティングした。
【0029】
c. サンドブラストしてから脱脂および塩酸エッチングすることによって、各プレートの一方の側を前処理した。
【0030】
d. 前処理された側に、複数の個別層で構成される、酸化ルテニウムと酸化チタンとの混合物からなる被膜を施した。各層は、2種の金属の塩化物を含有する水性塗工物を、480〜490℃の温度で10分間熱分解することによって得た(合計で25の層は、全体として50mgのルテニウム組み込み量に相当した)。
【0031】
このように活性化されたプレート(追加されたさらなるプレートは、合金9Bとして識別されており、このプレートには同じ組成と組み込み量を有する被膜が設けられているが、13の個別層だけを施してから、9タイプの合金に対し継続して4時間の最終的な熱処理を行うことによって得た)を、14重量%の塩酸を60℃にて供給した電解セル中にて0.5A/mの電流密度で作動させた。米国デュポン社から市販の過フッ化ナフィオン(Nafion)324イオン交換膜を使用して、セルをさらに陽極区画と陰極区画の2つの区画に分割した(それぞれの区画が、同じサイズの試験用プレートとジルコニウム陰極を収容)。電気分解時に、塩素発生用陽極として作用するプレートの電気化学ポテンシャルECl2,SCE(V,基準:飽和カロメル)を測定し、被膜接着性に関する定期的な試験を行った。関連データを表2aと2bに示す。
【0032】
【表2−1】

【0033】
【表2−2】

【0034】
表2aと2bのデータは、第1の組の元素を含有する本発明のチタン合金を使用すると、たとえ、実質的に貫通欠陥のない被膜を得るために、多数の個別層を付着させることを含む製造手順を施すとしても、低い電気化学ポテンシャルにて作動させるという目標を満たすことが可能となる(塩素1メートルトン当たり約50〜100kWhの電気エネルギーの節減を伴う)、ということを示している。高い工業的適切性(industrial relevance)をもつこのような結果はさらに、被膜の著しい安定性をもたらし、従って基材からの剥離という重大な影響を受けない。
【0035】
表2aと2bのデータから、前記した第2の組の元素は、もしそれらがかなりの量にて存在する場合は、第1の組の合金元素を使用して得られる程度よりは低いにもかかわらず、それ自体で先行技術を凌ぐ改善された電気化学ポテンシャルを確実にもたらすことができる(合金8を参照)、ということがわかる。
【0036】
最後に、表2aと2bのデータから、本発明の陽極の性能は、数は少ないがかなり欠陥のある個別層で造られた被膜を含む陽極の性能(先行技術による合金9Bを参照)、および純粋なチタンもしくはパラジウム等の酸化不可能な元素を含有するチタン合金に施された多くの個別僧からなる被膜を有する陽極の性能(先行技術による合金9と合金7を参照)より大幅に優れている、ということがわかる。
【0037】
実施例2
塩化ナトリウム溶液を電気分解するための幾つかの陽極を、下記の手順を施すことによって作製した。
【0038】
a. 下記のチタン合金を1mm厚さのシートとして得た(追加元素の含量は重量%にて表示)。
【0039】
・合金2:チタン−アルミニウム(1.0/2.0%)
・合金5:チタン−モリブデン(0.2/0.4%)−ニッケル(0.6/0.9%)
・合金6:チタン−クロム(0.1/0.2%)−ニッケル(0.35/0.55%)−ルテニウム(0.02/0.04%)−パラジウム(0.01/0.02%)
・合金9:ASTM B265による等級1の純粋なチタン(基準としての先行技術)
b. 上記のシートを1辺が5cmの正方形プレートとしてコールドカッティングした。
【0040】
c. サンドブラストしてから脱脂および塩酸エッチングすることによって、各プレートの一方の側を前処理した。
【0041】
d. 前処理された側に、複数の個別層で構成される、酸化ルテニウムと酸化イリジウムと酸化チタンとの混合物からなる被膜を施した。各層は、3種の金属の塩化物を含有する水性塗工物を、490〜500℃の温度で10分間熱分解することによって得た(合計で11の層は、全体として55mgの[ルテニウム+イリジウム]組み込み量に相当した)。これらのプレートをさらに、1〜4時間の継続時間(d)にわたって最終的な熱処理に付した。
【0042】
このように活性化されたプレートを、電解セル中において0.4A/mの電流密度にて90℃で作動させた。米国デュポン社から市販の過フッ化ナフィオン(Nafion)982イオン交換膜を使用して、セルをさらに陽極区画と陰極区画の2つの区画に分割した(区画中に、同じ寸法の試験用プレートとニッケル陰極を据え付けた)。2つの区画はそれぞれ、220g/lの濃度の塩化ナトリウム溶液(pH3)および32重量%の水酸化ナトリウム溶液を収容した。
【0043】
電気分解時に、塩素発生用陽極として作用するプレートの電気化学ポテンシャルECl2,SCE(V,基準:飽和カロメル)と塩素生成物中の酸素含量を測定した。関連データを表3に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
表3のデータから、適切なチタン合金を基材として含む本発明の陽極の場合には、著しいポテンシャル上の不利益が生じることなく、塩素中の酸素含量を工業的に完全に満足できるレベルにまで少なくするために、最終的な熱処理を行うことができる、ということがわかる。このような結果は、先行技術の陽極を使用して追跡することができない。先行技術の陽極の場合には、チタン基材(本発明による合金元素を含まない)が非導電性の酸化物を形成し、これが成長して厚くなり、陽極が付される熱処理の延長を伴うからである(合金9を参照)。非導電性酸化物の成長は、陽極作動ポテンシャルの明白な悪化を伴い、作動ポテンシャルを塩素1メートルトン当たり約100kWhとして定量化することができる。
【0046】
実施例3
1辺が2cmで厚さ1mmの正方形プレート〔合金6のシートと合金9(先行技術)のシートをコールドカッティングすることによって得た〕を2対、下記のように処理した。
【0047】
a. 高度の表面粗さを生じさせるために激しいサンドブラストを行ってから脱脂および塩酸エッチングすることによって、各プレートの一方の側を前処理した。
【0048】
b. 各プレートの前処理された側に、複数の個別層で構成される、酸化イリジウムと酸化チタンとの混合物からなる被膜を施した。各層は、2種の金属の塩化物を含有する水性塗工物を、490〜500℃の温度で10分間熱分解することによって得た(合計で16の層は、全体として32mgのイリジウム組み込み量に相当した)。
【0049】
60℃の10重量%硫酸溶液と同じサイズのジルコニウム陰極を収容する未分割のセル中にプレートを据え付けた。電気冶金学的プロセス(例えば、鋼板の高速亜鉛電気メッキや制御された厚さの銅箔付着)に典型的な条件よりもかなり厳しい作動条件をシミュレートするために、プレートを2A/cmの電流密度にて酸素発生用の陽極として作動させた。
【0050】
作動中に、プレートの電気化学ポテンシャルを測定した。測定値は、合金6に施された触媒被膜からなる本発明の陽極および先行技術による陽極〔ここでは、合金元素を含まないチタン(合金9)に電極触媒被膜を施した〕に対してそれぞれ1.35V/SCEおよび1.55V/SCEであった。従って、塩酸溶液の電解に関して実施例1で見られた場合と同様に、そしてさらに、腐食性の硫酸性溶液と接触する電気冶金学的プロセスにおいて作動させるのに適した陽極の場合と同様に、複数の個別層で構成される電極触媒被膜を有利に施すことができ、これにより電気化学ポテンシャルの不利益を同時に招くことなく、耐用年数に悪影響を及ぼす欠陥の存在を無くすか、あるいは少なくとも取るに足りないレベルにまで減少させることが可能となる。
【0051】
これまでの説明は、本発明を限定することを意図しておらず、本発明の範囲を逸脱することなく種々の態様に従って本発明を使用することができる。本発明の範囲の程度は、添付の特許請求の範囲によって一義的に規定される。
【0052】
本特許出願の明細書と特許請求の範囲の全体を通して、“含む(comprise)”という用語とそのバリエーション、例えば、“含むこと(comprising)”や“含む(comprises)”は、他の要素や付加物質の存在を除外することを意図していない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可溶性前駆体の熱分解により得られる複数の個別層によって形成される、白金族金属及び/又はそれらの酸化物を含有する電極触媒被膜、を有する金属基材を含み、前記金属基材が、前記熱分解の条件下にて酸化可能な少なくとも1種の元素を含有するチタン合金で造られている、電気化学プロセス用の陽極。
【請求項2】
前記酸化可能な元素が、金属基材と電極触媒被膜との間に介在させた酸化チタン層の内部に部分的に分散されている、請求項1に記載の陽極。
【請求項3】
前記少なくとも1種の酸化可能な元素が、アルミニウム、ニオブ、クロム、マンガン、モリブデン、ルテニウム、錫、タンタル、バナジウム、およびジルコニウムからなる第1の組から選択される、請求項1または2に記載の陽極。
【請求項4】
前記金属基材の前記チタン合金が、ニッケル、コバルト、鉄、および銅からなる第2の組から選択される少なくとも1種の元素をさらに含む、請求項3に記載の陽極。
【請求項5】
前記少なくとも1種の酸化可能な元素が0.01〜5重量%の濃度にて存在する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の陽極。
【請求項6】
前記チタン合金が、0.02〜0.04重量%のルテニウム、0.01〜0.02重量%のパラジウム、0.1〜0.2重量%のクロム、および0.35〜0.55重量%のニッケルを含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の陽極。
【請求項7】
前記触媒被膜を構成している前記個別層が、全体で1時間より長い継続時間の連続的な熱分解工程によって得られる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の陽極。
【請求項8】
前記電極触媒被膜がさらに最終的な熱処理に付される、請求項7に記載の陽極。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の陽極を装備していることを特徴とする電解セル。
【請求項10】
塩酸溶液を電気分解するための、請求項9に記載の電解セルの使用。
【請求項11】
塩素−苛性ソーダ電解プロセスにおける、請求項9に記載の電解セルの使用。
【請求項12】
酸性電解質中にて陽極での酸素発生を伴う電気冶金学的プロセスのための、請求項9に記載の電解セルの使用。

【公表番号】特表2010−507017(P2010−507017A)
【公表日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−532776(P2009−532776)
【出願日】平成19年10月12日(2007.10.12)
【国際出願番号】PCT/EP2007/060863
【国際公開番号】WO2008/046784
【国際公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(507128654)インドゥストリエ・デ・ノラ・ソチエタ・ペル・アツィオーニ (29)
【Fターム(参考)】