説明

電解質保持層の製造方法

【課題】燃料電池の電解質保持層の塗布形成時に欠損部や薄膜部を生じることなく均一な塗膜を形成することができる電解質保持層の製造方法を提供する。
【解決手段】電解質に対して安定な粒子と、バインダーとを混合した後、粘度を0.5〜3.0Pa・sに調整した電解質層形成用ペーストを、ダイコーターにより燃料極又は空気極に塗布して電解質保持層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の電解質を保持するために用いる電解質保持層の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料極と空気極との間に電解質を配置した構成をなしている。そして、燃料極側に水素含有ガスを供給すると共に、空気極側に酸素含有ガスを供給し、両極間で起きる電気化学反応を利用して起電力を得ている。
【0003】
ところで、りん酸形燃料電池では、電解質としてりん酸が用いられるが、液体のりん酸電解質を電解質保持層に含浸、保持させて形成した電解質層を両電極間に配置して燃料電池を形成している。
【0004】
このような電解質層を用いた燃料電池では、燃料極側で生成したプロトンが電解質層を通って空気極側に移動し、そこで酸素イオンと結合することによって、発電に必要な電気化学反応が実現される。そのため、燃料電池の発電能力を向上させるためには、燃料極と空気極の間の電解質層における電気抵抗(イオン移動抵抗)を低減して発電反応をより効率的に行わせることが重要になってくる。
【0005】
電解質層の電気抵抗を低減する方法として、電解質層の厚さを薄くし、その気孔率を高くすることが挙げられる。しかしながら、電解質層が薄すぎたり、気孔率が高すぎたりすると、電解質層内部を電解液で満たした場合でも気密を保つことが難しくなり、電解質層を介して水素含有ガスと酸素含有ガスとが直接反応してしまい、燃料電池の発電能力が著しく低下する。また、そればかりか発熱や発火の危険性も出てくる。
【0006】
このような点から、電解質層は、20μm〜80μm程度の厚さと、40%〜60%程度の気孔率を有していることが望ましい。また、より安定した発電能力を得るためには、電解質層表面が平滑でそこに凹部や欠損部が形成されていないことが望ましい。
【0007】
電解質層の形成方法の一つとして、電解質層の前駆体となるペーストを電極面(触媒層表面)に塗布した後、乾燥・熱処理して、電解質層を形成する方法が知られている。
例えば、りん酸形燃料電池では、前記ペーストとして、主に炭化ケイ素(SiC)の微粒子とポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のバインダーを含んだ混合物が用いられている。このようなバインダーは、通常、適当な溶剤の中にSiCを攪拌翼で混合したり、溶剤とSiCを乳鉢、ボールミル、ポットミル等を用いて混合したりしてから、出来たスラリーにPTFE等のバインダーを混合して調製される。
【0008】
しかしながら、このように調製されたペーストは、常に均一な粘度のものが得られるとは限らず、調製を行う都度変化するものであった。
ペースト粘度が低すぎると、形成される電解質層の厚さが薄くなりやすく、20μm未満になってしまう可能性が高い。このため、反応ガスの気密性を確保することが難しくなる。また、電極面に塗布する際、触媒層に含まれるバインダーの影響でペーストがはじかれて塗布性が悪化したり、コーティングロールを用いたときにロールからの液ダレが発生したりすることがある。このようにペースト粘度が低すぎると、形成される電解質層が薄くなりすぎたり、電極面上の塗膜の厚さが不均一になる可能性が非常に高いため、そのまま乾燥・熱処理を行うのみでは厚さが不均一な電解質層が形成され易い。
【0009】
一方、ペースト粘度が高すぎると、形成される電解質層が厚くなる傾向があり、電気抵抗低減に不利となる。また、コーティングロールでのせん断応力の上昇によってペーストに含まれているバインダーが固結し、ペーストの塗布時に電解質層の厚さを大きく超えてしまうような凝集粒子の生成や電極面へのペーストの転写欠損等が生じる場合がある。また、コーティングロールにはペーストを保持するためにピッチ1mm程度の溝が形成されていることが多いが、ペースト粘度が高いと、その流動性が比較的低いため、塗布後に溝ピッチとほぼ同ピッチの凹凸部が塗膜や電解質層に残ってしまい、その後に平滑化する等の工程が必要になる場合がある。厚さが薄くなる凹部は、例えば、3.0Pa・sを上回る高粘度ペーストでは20μm以下まで薄くなる場合があり、時には欠損部となって、反応ガスの気密性を著しく低下させる一因となる。
【0010】
このように、ペーストを用いて電解質層を形成する方法では、ペースト粘度は、燃料電池特性に大きく影響してくるため、ペースト粘度の管理が重要である。
ペースト粘度を調整するにあたり、ペースト中のSiC等の固形分濃度を調整するなどしてペースト粘度を適当な範囲に調整する方法がある。
【0011】
また、下記特許文献1には、電解質層の前駆体となるペーストの粘度は、pH値と相関があることが記されており、アルカリ性溶液や酸性溶液を添加することによって、ペーストのpH値を制御し、それによってペースト中の粒子の分散状態を変化させてペースト粘度を調整する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−294179号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のコーティングロールを用いた電解質保持層の製造方法においては、必要な塗膜厚さがえられ、かつ、コーティングロールの凹凸が残らないようにするために、電解質保持層形成用ペーストは、電解質保持層の形成が可能な約0.3Pa・s以上かつ、コーティングロールの凹凸が残らない約0.4Pa・s以下という極めて狭い粘度範囲に調整することが必要であり、電解質保持層形成用ペーストの粘度調整および塗布中の粘度管理が難しかった。そして、このような粘度範囲内に調整しても、経時的または部分的に粘度が適正範囲を逸脱して、電解質保持層形成用ペーストの塗膜に欠損部などが生じることがあった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
そこで、本願発明においては、上記課題を解決するために、本発明においては、燃料電池の燃料極と空気極との間に電解質を含浸させて配置される電解質保持層の製造方法において、前記電解質に対して安定な粒子と、バインダーとを混合して電解質保持層形成用ペーストを調製し、前記電解質保持層形成用ペーストの粘度を0.5〜3.0Pa・sに調整して、前記粘度調整後の前記電解質層形成用ペーストを、ダイコーターにより前記燃料極又は前記空気極に塗布して電解質保持層を形成する電解質保持層の製造方法とした。
【0015】
上記製造方法においては、前記電解質保持層形成用ペーストの粘度は、0.5〜1.0Pa・sに調整することが、より好ましい。
また、前記前記電解質保持層形成用ペーストの粘度の調整は、酸またはアルカリを添加することにより行うこととし、前記酸としては、りん酸、塩酸、硫酸、酢酸、蟻酸、硝酸または炭酸の水溶液から、前記アルカリとしては、アンモニア、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムまたは水酸化バリウムの水溶液から選択することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、電解質保持層用ペーストをダイコーターを用いて塗布するので、コーティングロールを用いて塗布する場合のような凹凸発生の問題がなく、より高粘度のペーストを用いることが可能となった。
【0017】
これにより、電解質保持層用ペーストの適用可能な粘度範囲が大きくなり、粘度調整および管理が容易となるとともに、製造過程で適正粘度範囲から外れて塗膜に不具合を生じる恐れを大幅に低減させることができた。
【0018】
さらに、本願発明においては、電解質保持層形成用ペーストの粘度をダイコーターによる塗布に適した粘度範囲に調整することで、欠損部や薄膜部のない均一な塗膜を所望の厚さで形成して、高品質の電解質層を容易に形成することが可能となった。
【0019】
これにより、燃料電池の発電能力を向上させるとともに、信頼性の高い燃料電池を製造することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本実施形態の電解質保持層の製造方法を示すフローチャート
【図2】ペーストのpH値と粘度との関係図
【図3】ペーストの粘度と電解質保持層の形成状態との相関図
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に本発明の電解質保持層形成工程のフローを示す。本発明の電解質保持層の製造方法は、電解質保持層形成用ペーストの調製工程(図1のフローのステップS10およびS11)と、得られた電解質保持層形成用ペーストの粘度を調整する粘度調整工程(S12)と、粘度調整した電解質保持層形成用ペーストを、燃料電池の燃料極又は空気極に塗布し、加熱・乾燥して電解質保持層を形成する工程(S13〜S15)とで主に構成されている。
【0022】
(電解質保持層形成用ペーストの調製工程)
電解質保持層形成用ペーストの調製工程では、電解質に対して安定な粒子と、バインダーと、を混合して固形分濃度が30〜70wt.%の電解質保持層形成用ペーストを調製する。
【0023】
電解質保持層形成用ペーストの調製に用いる上記粒子は、電解質によって分解などされず、電解質と接触してもその化学的構造を維持しうるものであれば特に限定はなく、SiC微粒子などが好ましく挙げられる。例えば、りん酸を電解質として用いる場合においては、耐熱性と耐酸性という理由からSiC微粒子が好ましく用いられる。
【0024】
また、上記粒子の粒径は、0.1〜20μmが好ましく、0.5〜5μmがより好ましい。粒子の粒径が0.1μm未満であると、電解質を保持するための気孔率が下がり、粒子の粒径が20μmを超えると粒子自体により電池の他の構成部材を損傷する可能性がある。
【0025】
また、上記粒子は、溶媒中に分散させて用いることが好ましい。分散溶媒としては、ジエチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、トリエチレングリコール、エチレングリコール、ベンジルアルコールなどの溶剤が挙げられる。また、これらの溶剤は水と混合して、水溶液として用いてもよい。また、粒子の溶媒への分散方法としては、超音波分散などが挙げられる。
【0026】
電解質保持層形成用ペーストの調製に用いる上記バインダーは、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などが好ましく挙げられる。例えば、りん酸を電解質として用いる場合においては、耐熱性と耐酸性という理由からPTFEが好ましく用いられる。
【0027】
電解質保持層形成用ペーストは、例えば、次のようにして調製することができる。すなわち、SiC微粒子をエチレングリコール水溶液等の溶剤と混合し、超音波などを印加しながら攪拌して、SiC微粒子を溶剤中に分散させ、スラリー状物を調製する。続いて、このようにしてできたスラリー状物に、PTFE等のバインダーを混合して電解質保持層形成用ペーストを調製する。
【0028】
(粘度調整工程)
次に、このようにして調製された電解質保持層形成用ペーストの粘度を所定の粘度となるように調整する。本発明では、電解質保持層形成用ペーストのpH値を制御することにより電解質保持層形成用ペーストの粘度が設定範囲となるように調整する。
【0029】
図2に、電解質保持層形成用ペーストのpH値と、粘度との関係図を示す。図2において、横軸は電解質保持層形成用ペーストのpH値を示し、縦軸は電解質保持層形成用ペーストの粘度(mPa・s)を示している。なお、ペースト粘度はB形回転粘度計によって測定した値である。
【0030】
図2に示すように、電解質保持層形成用ペーストは、pH値が増加すると、それに伴って粘度が低下していく傾向が認められる。これは、電解質保持層形成用ペーストのpH値を変化させることで、ペースト中での粒子のゼータ電位が変化して粒子の凝集度が変化し、それがペースト粘度に現れてくるためであると思われる。
【0031】
電解質保持層形成用ペーストのpHの調整は、該ペーストに酸またはアルカリを添加することにより容易に調整することができる。pHの調整用の酸としては、りん酸、塩酸、硫酸、酢酸、蟻酸、硝酸または炭酸の水溶液を用いることができ、pHの調整用のアルカリは、アンモニア、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムまたは水酸化バリウムの水溶液などを用いることができる。
【0032】
本発明では、電解質保持層形成用ペーストの粘度が0.5〜3.0Pa・sとなるように、ペーストのpH値を4.5〜5.1に調整する。図3に示すように、粘度が0.5Pa・s以上であれば、形成される電解質保持層の薄層化や、電極面でのはじきや液ダレの発生を抑えることができる。また、粘度が3.0Pa・s以下であれば、形成される電解質層が厚膜になりにくく、高電気抵抗化を抑えることができ、また、ダイコーターのダイと塗布面との間に形成されるペースト柱切れにより、塗布されない部分が生じるのを防ぐことができる。
【0033】
また、さらには、電解質保持層形成用ペーストの粘度が0.5〜1.0Pa・sとなるように、ペーストのpH値を4.9〜5.1に調整することがより好ましい。これにより、ペースト内でPTFEが凝集し難く、かつ、SiCの分散性が良好となる。さらに、ダイコーターのダイのスリットと、塗布面との間にできる電解質保持層形成用ペーストの液柱が切れ難くなるので、塗布速度を速くすることができる。
【0034】
図3に、電解質保持層形成用ペーストの粘度と、電解質保持層の形成状態との関係を示す。ペーストの粘度が0.5Pa・sを下回る場合は、電解質保持層の厚さが20μm未満の薄膜化部位または塗膜の欠損部が生じた。また、ペーストの粘度が3.0Pa・sを上回る場合にも、塗布膜が形成されていない部位が生じた。
【0035】
(電解質層形成工程)
電解質保持層形成用ペーストの粘度を所定粘度に調整した後、燃料電池の燃料極又は空気極の触媒層形成面にダイコーターを用いて塗布し、加熱・乾燥処理して電解質保持層を形成する。本発明においては、塗布速度5〜50mm/sで塗布することができる。
【0036】
(燃料電池の製造)
燃料極および空気極の各々の電極触媒層上に形成された電解質保持層にりん酸などの電解質を含浸させて電解質層を形成し、この各々の電解質層同士が対向するように重ねて一体化することで、燃料電池の単セル形成することができ、こうして得られた電池単セルをセパレータを介して複数積層して燃料電池を製造することができる。
【実施例】
【0037】
本発明の実施例を図1のフローを参照しながら説明する。
まず、平均粒径約1μmのSiC微粒子粉末を、70%ジエチレングリコール水溶液にSiCの固形分濃度が60wt.%となるように投入し、これを28kHz、1200Wの超音波を印加しながら攪拌翼を使って1時間攪拌して分散させてスラリーを得た(ステップS10)。
【0038】
そして、このようにしてできたスラリーと、固形分濃度60wt.%のPTFEのディスパージョンとをSiCとPTFE固形分質量が100:5の割合で混合して5分間攪拌し電解質層形成用ペーストを調製した(ステップS11)。得られた電解質層形成用ペーストは、pH値5.3、粘度0.35Pa・sであった。
【0039】
そこで、この電解質層形成用ペーストに、pH値を監視しながら2wt%のりん酸溶液を添加することにより、電解質層形成用ペーストのpH値を4.95に調整して、粘度0.8Pa・sのペーストを得た(ステップS12)。
【0040】
このようにして粘度調整した電解質層形成用ペーストを、スリットダイコーターを用いて20mm/sの塗布速度で電極面に塗布し(ステップS13)、温度約50℃に制御された乾燥炉内で15時間乾燥し(ステップS14)、その後、窒素雰囲気で温度約270℃、20分間の熱処理を施して厚さ40μmの電解質保持層を形成した(ステップS15)。
【0041】
そして、このようにして電極触媒層上に形成された電解質保持層にリン酸を含浸させて電解質層を形成し、燃料極と空気極の各々の電解質層とが互いに接するよう重ね合わせて一体化することによりりん酸形燃料電池の単セルを形成し、これをセパレータを介して積層してりん酸形燃料電池を製造した。
【0042】
このようにして製造したりん酸形燃料電池の評価を行ったところ全セルとも950mV以上の開回路電圧を得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池の燃料極と空気極との間に電解質を含浸させて配置される電解質保持層の製造方法において、
前記電解質に対して安定な粒子と、バインダーとを混合して電解質保持層形成用ペーストを調製し、
前記電解質保持層形成用ペーストの粘度を0.5〜3.0Pa・sに調整し、
前記粘度調整後の前記電解質層形成用ペーストを、ダイコーターにより前記燃料極又は前記空気極に塗布して電解質保持層を形成することを特徴とする電解質保持層の製造方法。
【請求項2】
前記電解質保持層形成用ペーストの粘度を0.5〜1.0Pa・sに調整することを特徴とする請求項1に記載の電解質保持層の製造方法。
【請求項3】
前記前記電解質保持層形成用ペーストの粘度の調整は、酸またはアルカリを添加することにより行うことを特徴とする請求項1または2に記載の電解質保持層の製造方法。
【請求項4】
前記酸は、りん酸、塩酸、硫酸、酢酸、蟻酸、硝酸または炭酸の水溶液であり、前記アルカリは、アンモニア、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムまたは水酸化バリウムの水溶液であることを特徴とする請求項3に記載の電解質保持層の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−54552(P2011−54552A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−67570(P2010−67570)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】