説明

電離放射線分解性リポソーム、それを用いたリポソーム製剤、並びにリポソームの調整方法

【課題】電離放射線の照射による活性薬剤の放出の制御が改善されたリポソーム、リポソーム内に薬剤を含んでなるリポソーム製剤、リポソーム膜の成分のモル比を調整することによるリポソームの調整方法並びにリポソーム製剤から薬剤を放出する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】膜成分が、(A)アシル基がリノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体、(B)アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体、及び(C)コレステロール若しくはその誘導体を含んでなり、かつ、前記膜成分から形成される膜が、電離放射線に曝露されることにより少なくとも部分的に分解されることを特徴とするリポソームを使用する。
その結果、電離放射線の照射により、要治療部位でリポソームがより効率的に分解されるので、リポソーム内の薬物をより効果的に与えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電離放射線分解性リポソーム、それを用いたリポソーム製剤、並びにリポソームの調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リポソームは、同心の脂質二重層からなる、微視的な小胞である。リポソームは、構造的に、大きさ及び形について、長い筒型から球形であり、通常数百オングストローム〜ミリメーターの区画の範囲にある。小胞の大きさは通常、直径約20〜30000nmの範囲である。ラメラ間の液体フィルムは通常、約3〜10nmである。リポソームは、その全体的な大きさ及びラメラ構造の性質に基づいて、3つのカテゴリー、すなわち多重ラメラ小胞(MLV’s)、単ラメラ小胞(SUV’s)及び大きな単ラメラ小胞(LUV’s)に分類される。
【0003】
リポソームは、多くの方法によって調製することができ、これらの異なるタイプのリポソームを調製できる。例えば、MLV’sの懸濁液中に直接、金属プローブを浸す方法による超音波分散は、SUV’s調製の一般的な方法である。MLVクラスのリポソーム調製には、適当な有機溶媒に脂質を溶解し、次いで、ガスまたは気流下で溶媒を除去することが、一般に、挙げられる。これにより、容器表面上に乾燥脂質の薄いフィルムが残る。その後、脂質分子を遊離させるために攪拌しながら、この容器の側面から水溶液を容器内に導入する。この過程は脂質を分散し、脂質凝集またはリポソームの形成を引き起こす。LUV類のリポソームは、蒸留水または水溶液を用いて、脂質の薄層をゆっくり水和することにより作製できる。あるいは、リポソームは凍結乾燥により調製できる。この過程には、窒素気流下で脂質溶液を乾燥させ、フィルムにすることが含まれる。その後、このフィルムを揮発性の凍結した有機溶媒、例えばシクロヘキサンまたはt−ブタノール中に溶解し、冷凍し、そして凍結乾燥器に移し、その溶媒を除去する。水溶性薬物を含む医薬品を調製するために、薬物の水溶液を、凍結乾燥した脂質に加えるとすぐに、リポソームが形成される。
【0004】
このようなリポソームは、リポソーム膜の内部に薬物を封入し、体内に取り込んだ後、薬物(薬剤)を徐々に放出する、いわゆる徐放性薬剤としての利用が試みられている。例えば、患者への薬剤の投与後、薬剤の放出速度を調整するためにリポソーム膜を構成する生分解性ポリマーと脂質の比率を変化させることが試みられている(例えば、特許文献1を参照)。
しかしながらこのような徐放性薬剤は、例えば生体内の所定の部位における所望の条件、例えば低pHの条件などによって、リポソーム膜が徐々に分解し、薬剤を放出ものであり、電離放射線の照射により分解するものではなく、また放出の制御も不十分である。
【0005】
また、リポソームは、上記の徐放性薬剤とは別に、例えばリポソーム膜の内部に薬物を封入し、体内に取り込んで、治療が必要とされる部位に到達した後、電離放射線を照射することにより、薬物を一度に放出する、いわゆる薬物運搬体としての利用が試みられている。例えばリポソーム膜に重合可能な共脂質を含有させ、電離放射線に曝露することで、重合可能な共脂質を重合化し、それによりリポソーム膜を不安定にして薬剤を一度に放出することが試みられている(例えば、特許文献2を参照)。
しかしながら、このリポソームは、リポソーム膜の構成成分として人工物質、すなわち生体にとっては異物であるものを使用しているため好ましくない。また、重合性の脂質を用いており、重合後の物質は分子量及び化学構造ともに多種多様になると予想されるため、実際に生体内に投与するリポソームとしては適当ではない。
【0006】
さらに、例えばγ線の照射により大豆レシチンから構成されるリポソーム膜からグルコースを放出することが試みられている(例えば、非特許文献1を参照)。しかしながら、このリポソーム膜の構成成分である大豆レシチンは、様々なリン脂質の集合体であり、また、様々な他種類のリン脂質が含まれているので組成のコントロールが困難である。また、粒径を揃えるいわゆるサイジングを行っていないので平均粒径及び分布が不明であるため、薬剤の放出性のコントロールが困難である。さらに、ここでは、分子量が180であるグルコースを放出しているが、活性薬剤、例えば抗癌剤等は数100〜1000程度の分子量を有しており、上記のγ線の照射による数10Gyで活性薬剤を放出制御ができるかどうかは不明である。
【0007】
一方、ホウ素を含有する中性子捕捉療法(BNCT)のための組成物及びその使用法が試みられている(例えば、特許文献3を参照)。この方法は、ホウ素を含有する化合物を腫瘍に到達させた後、中性子を照射してホウ素から発生するα粒子により腫瘍細胞を攻撃する。また、このホウ素を含有する化合物は、腫瘍部への到達量の改善のために特定の化合物が包埋されたリポソームに包含されることが記載されている。
しかしながら、この組成物及び使用法は、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のためにこの組成物への腫瘍部への到達量の改善を指向しているだけであり、リポソーム膜の分解性については全く指向していない。さらに、このリポソームは、ホウ素を含有する化合物を腫瘍部へ到達させるために用いるものであり、内部に薬剤を封入するものではない。
【0008】
したがって、リポソーム膜の内部に薬物を封入し、体内に取り込んで、治療が必要とされる部位に到達した後、電離放射線の照射による活性薬剤の放出の制御のさらなる改善が望まれている。
【特許文献1】特表2002−520120号公報
【特許文献2】特開2004−346163号公報
【特許文献3】特表平9−501146号公報
【非特許文献1】Nakazawa,T. et al., Radiation-induced lipid peroxidation and membrane permeability in liposomes, Int. J. Radiat. Biol., 38 (1980) pp537-544
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、本発明は、電離放射線の照射による活性薬剤の放出の制御が改善されたリポソーム、リポソーム内に薬剤を含んでなるリポソーム製剤、並びにリポソーム膜の成分のモル比を調整することによるリポソームの調整方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のリポソームは、膜成分が、(A)アシル基がリノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体、(B)アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体、及び(C)コレステロール若しくはその誘導体を含んでなり、かつ、前記膜成分から形成される膜が、電離放射線に曝露されることにより少なくとも部分的に分解されることを特徴とする。上記膜内に、10B含有化合物を含ませる(例えば、封入させる)ことができる。これらのうち、(A)成分については、アシル基が不飽和リノール酸残基である不飽和リン脂質が好ましく、(B)成分については、アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質が好ましく、(C)成分については、コレステロールが好ましい。
【0011】
上記リポソームにおいて、前記膜成分全体に対する、前記(A)成分のモル比が0.05以上、0.5以下であり、前記(C)成分のモル比が0.3以上、0.6以下であり、残部が前記(B)成分であることが好ましい。前記(A)成分のモル比が0.1以上、0.2以下であることがより好ましい。また、上記リポソームにおいて、前記リポソームの全脂質モル濃度が、0.01〜10mMであることが好ましい。前記電離放射線の線量率が、0.01〜1Gy/分であることが好ましい。
【0012】
さらに、本発明のリポソーム製剤は、上記のリポソーム内に薬物(薬剤)を含む(例えば封入する)ことを特徴とする。また、本発明のリポソーム製剤は、上記のリポソーム内に10B含有化合物を含む(例えば封入する)こともできる。この場合、リポソーム膜が熱中性子線に対して耐性となるように調製することもできる。また、上記の薬物としては、抗癌剤が好ましい。
また、リポソームの調整方法は、前記の(A)成分のモル比を0.05以上0.5以下、前記(C)成分のモル比を、0.3以上、0.6以下の範囲で調整し、残部を前記(B)成分とすることを特徴とする。すなわち、上記のリポソームは、前記(A)成分、前記(B)成分及び前記(C)成分のモル比を調整することにより、リポソーム膜成分から形成されるリポソーム(膜)の、放射線の照射による分解性の調整が可能である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のリポソーム及びリポソーム製剤によれば、電離放射線の照射による活性薬剤の放出の制御が改善される。例えば、リポソーム膜の内部に薬物を封入し、体内に取り込んで、治療が必要とされる部位に到達した後、電離放射線を照射する際の、活性薬剤の放出制御がより改善される。また、例えばリポソーム膜の成分の調整により、治療が必要とされる部位に到達した後、電離放射線を照射してリポソームを分解して、要治療部位に、より効果的に(例えば一度に)薬物を与えることができる。さらに、例えば電離放射線として、抗癌作用を有する電離放射線を用い、薬剤として抗癌剤を用いることにより、要治療部位において、電離放射線のみでは処理しきれなかった癌細胞を、リポソームから放出される抗癌剤により除去することができる。
また、本発明のリポソーム膜内に10B含有化合物を含むリポソーム及びリポソーム製剤によれば、リポソーム膜の分解性を制御できるので、活性薬剤の放出の制御が改善される。また、熱中性子線はエネルギーが小さいので人体への影響を低減でき、さらに、10B含有化合物のホウ素中性子補足反応により発生するα粒子及びLi原子核自体も抗癌作用があるので、抗癌効果を高めることができる。
さらに、本発明のリポソームの調整方法によれば、本発明のリポソームが3つの脂質成分から構成されているところ、その構成比を変えることができるので、リポソームの分解性(膜透過性)をコントロールでき、特に数Gy〜数kGyの範囲でコントロールできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のリポソームは、膜成分が、(A)アシル基がリノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体、(B)アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体、及び(C)コレステロール若しくはその誘導体を含んでなり、かつ、前記膜成分から形成される膜が、電離放射線に曝露されることにより少なくとも部分的に、好ましくは全部が分解されるものである。本発明のリポソームは、本発明の効果、すなわち、電離放射線の照射による活性薬剤の放出の制御に影響を与えない程度の不可避不純物を含んでいてもよい。以下、詳しく説明する。
【0015】
用語「リポソーム」は、脂質二重層(群)からなる微視的な小胞を意味する。構造的に、リポソームは、大きさ及び形について長い筒型から球形であり、そして、通常、直径100±10nmであるが、小さいもので25nm程度、大きいもので500nm程度の場合もある。リポソームは、1つ又はそれ以上の二重層(群)を含む場合がある。リポソームは、薬剤をリポソーム中に包含できる。
【0016】
用語「リン脂質」は、適当なリポソーム形成条件下で、リポソームを形成することができる、脂肪酸を含む長い鎖分子のである脂質のうち、リン酸エステル及び/又はホスホン酸エステルを有する脂質をいう。具体的にはグリセロリン脂質、スフィンゴリン脂質等であり、これらのうちグリセロリン脂質が好ましい。
【0017】
本発明のリポソーム膜を構成する(A)成分は、下記化学式で表される化合物、
【化1】


すなわち、アシル基が不飽和リノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体である。式中Rは、任意の置換基であってよいが、生体適合性を考慮すると、コリン残基、エタノールアミン残基、水素が好ましく、さらに、コリン残基、エタノールアミン残基、特にはコリン残基がより好ましい。すなわち、上記化学式中、2本のリノール酸残基(構造)を有し、Rがコリン残基であるジリノレオイルホスファチジルコリン(DLOPC)が最も好ましい。このようなリノール酸リン脂質を使用することにより、X線感受性を高めることが可能になる。
【0018】
また、リポソーム膜中の(A)成分である不飽和リン脂質の割合(モル比)は、リポソーム膜全体に対して0.05モル以上が好ましく、さらには0.1モル以上がより好ましい。また、その上限値としては、0.5モル以下が好ましく、0.3モル以下がより好ましく、0.2モル以下がよりさらに好ましい。すなわち、0.1〜0.2モルがよりさらに好ましい範囲となる。(A)成分である不飽和リン脂質の割合(モル比)が0.05モル未満だと後述の電離放射線感受性指標(IRSI)が小さくなるため好ましくない。また、(A)成分である不飽和リン脂質の割合(モル比)が0.5を超えると同様に電離放射線感受性指標(IRSI)が小さくなるため好ましくない。なお、このような不飽和リン脂質は、公知の方法により作製できる。また、市販品として入手可能である。
【0019】
本発明のリポソーム膜を構成する(B)成分は、下記化学式で表される化合物、
【化2】


すなわち、アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体である。式中Rは、任意の置換基であってよいが、生体適合性を考慮すると、コリン残基、エタノールアミン残基、水素が好ましく、さらに、コリン残基、エタノールアミン残基、特にはコリン残基がより好ましい。すなわち、上記化学式中、2本のステアリン酸残基(構造)を有し、Rがコリン残基であるジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)が最も好ましい。
【0020】
また、リポソーム膜中の(B)成分である飽和リン脂質の割合(モル比)は、リポソーム膜全体に対して、好ましくはリポソーム膜全体から(A)成分である不飽和リン脂質と(C)成分であるコレステロールとの合計のモル比を引いたもの(残部)とすることができる。また、リポソーム膜全体に対して0.2モル以上が好ましく、0.2〜0.6モルがより好ましいとすることもできる。なお、このような飽和リン脂質は、公知の方法により作製できる。また、市販品として入手可能である。
【0021】
本発明のリポソーム膜を構成する(C)成分は、下記化学式で表される化合物、
【化3】

すなわち、コレステロール若しくはその誘導体である。式中、Rは、任意の置換基であつてよいが、生体適合性を考慮すると、水素、又は低級炭化水素(例えば、炭素数1〜4の炭化水素)が好ましく、中でも水素がより好ましい。
【0022】
また、リポソーム膜中の(C)成分であるコレステロール若しくはこれらの誘導体の割合(モル比)は、リポソーム膜全体に対して、0.2以上、さらには0.3以上とすることが好ましい。また上限値としては、0.65以下、さらには0.6以下とすることが好ましい。よって、0.3以上、0.6以下の範囲がよりさらに好ましい範囲となる。(C)成分であるコレステロール若しくはこれらの誘導体のモル比が0.2未満であるとリポソーム膜の粒径が安定せず、また、0.65を超えると、リポソームの形成が不可能となる。
このようなコレステロール若しくはこれらの誘導体は、公知の方法により作製できる。また、市販品として入手可能である。なお、コレステロールの配合(使用)は、コレステロール自体が人体の構成成分であり、人体に悪影響を及ぼしにくい点で好ましい。
【0023】
また、リポソーム膜における(A)成分〜(C)成分の各々の割合(モル比)は、(A)成分のモル比が0.05以上、0.5以下であり、(C)成分のモル比が0.3以上、0.6以下であり、残部が(B)成分である(すなわち、(B)成分のモル比が下記式、1−(A)成分のモル比−(C)成分のモル比である)場合が、電離放射線の照射によるリポソーム膜の制御がより容易に行えるため好ましく、(A)成分のモル比が0.1以上、0.2以下の場合がより好ましい。
【0024】
本発明のリポソームは、上記の(A)成分〜(C)成分から実質的に構成されるが、リポソーム膜の製造に不可避な成分、例えば不純物等を本発明の効果を妨げない範囲で含んでいてもよい。また、本発明のリポソーム(懸濁液)の全脂質濃度は、低線量でのリポソームの分解を実現するため、低濃度の方が好ましく、その全脂質濃度が10mM以下がより好ましい。全脂質濃度の下限値としては0.01mM以上が好ましい。
また、本発明のリポソーム(懸濁液)の粒径は、直径200nmφ以下のものが好ましく、さらに直径100nmφ以下の粒径のものが、肝臓や脾臓等の組織に存在する細網内皮系細胞への取り込みを抑制するため好ましい。リポソーム(懸濁液)の粒径の下限値としては直径50nmφ以上が好ましい。
【0025】
本発明においてリポソーム膜内に封入される10B含有化合物は、10Bを含有する化合物であればよく、例えば、BSH(10B-enriched sodium mercaptododecaborate)、BSSB、BSAA、BSAM、BPAなどが挙げられる。これらのうち、リポソーム膜への低刺激性などの点からBSSB、BSAA、BSAMが好ましい。
BSSBは、例えば2モルのBSHを過酸化水素などにより酸化処理して調製できる。また、BSAAは、BSCとヨード酢酸(IAA)との反応により調製でき、BSAMはBSCとヨードアセトアミド(IAM)との反応により調製できる。図7に、ホウ素含有化合物の合成例(調製例)を示す。
また、10B含有化合物の形態としては、いずれの形態であってもよいが、10Bクラスター化合物が1分子あたりに含まれる10Bが多い(12個)こと、及び水溶性が極めて高いことのため好ましい。
【0026】
10B含有化合物のリポソーム内への封入量(濃度)は、照射する熱中性子線の線量、10B含有化合物のリポソーム膜との反応性などに応じて適宜決めることができる。10B含有化合物を多量に配合すると、10B含有化合物自体のリポソーム膜との相互作用や、リポソーム膜内外の浸透圧差のため、リポソーム膜を不安定化する傾向となるので、その上限量は、リポソーム膜(製剤)全体(100重量%)に対して10Bとして6重量%である。例えば、リポソーム膜(製剤)全体(100重量%)に対して10Bとして0.5〜6重量%、好ましくは1〜5重量%と決められる。
リポソーム内に10B含有化合物を封入する場合も、リポソーム膜の成分は、上述した(A)成分、(B)成分及び(C)成分から構成することができ、また、そのモル比も同様に規定することができる。例えば、(a)成分:(b)成分:(c)成分のモル比が
0.05〜0.3:0.1〜0.65:0.3〜0.6程度である。
この場合、後述のように熱中性子線の照射によるリポソーム膜の分解に関与する直接効果及び間接効果を効果的に調整することにより、活性薬剤の放出の制御を改善することができる。なお、(A)成分は本リポソームに不可欠である。(B)成分及び(C)成分のみのリポソームは100Gy以下の線量では分解しない。
また、本願発明のリポソーム膜は、好ましくは熱中性子線に耐性であるようにも調製できる。なお、リポソーム内に10B含有化合物を封入する場合のリポソームの粒径(φ)は、例えば、10nm〜200nm、好ましくは50nm〜150nm、より好ましくは80nm〜120nmに調製できる。
【0027】
次に、本発明のリポソーム製剤は、上記のリポソーム内に薬物(薬剤)を封入することができる。リポソーム内に包含される薬物(薬剤)としては、種々の薬剤を使用することができる。例えば、抗癌薬(剤)、抗アンギナ薬、抗不整脈薬、抗ぜん息薬、抗生物質、抗糖尿病薬、抗真菌薬、抗ヒスタミン薬、抗血圧降下薬、駆虫剤、抗腫瘍薬、抗ウイルス薬、強心配糖体、除草剤、ホルモン、免疫調節剤、モノクローナル抗体、神経伝達物質、核酸、タンパク質、放射線造影剤、放射性核種、鎮静薬、鎮痛薬、ステロイド、トランキライザー、ワクチン、昇圧薬、麻酔薬、ペプチドなどのような薬剤を含む。これらのうち、抗癌薬(剤)が、電離放射線による癌細胞への処置と、電離放射線によるリポソーム膜の分解による薬剤(抗癌剤)放出による癌細胞への処理への両方の効果が得られるため好ましい。抗癌剤としては、例えばシスプラチン、カルボプラチンなどを使用できる。これらのうち、カルボプラチンは、その分子量(大きさ)や水溶性が電離放射線によるリポソーム膜の分解による薬剤の放出の制御に適しているため好ましく使用される。
また、これらの薬剤(活性成分)の濃度は、適宜決められるが、例えばリポソーム(膜)全体に対して5重量%まで、例えば、2重量%〜3重量%と決められる。また、このようなリポソーム製剤の投与量は任意に決められる。
【0028】
次に、リポソーム膜の製造及びリポソーム膜内への薬剤の包含の方法について説明する。
本発明のリポソームは、例えばBangham法(J.Mol.Biol.13,238(1965)を参照されたい。)により作製することができる。
まず、(A)成分〜(C)成分それぞれのクロロホルム溶液及び薬剤溶液(モデル薬剤カルセイン溶液)を準備する。次に、これらの(A)成分〜(C)成分の溶液を、調整したいモル比(例えば、DLOPC:DSPC:CHOL)及び全(脂質)モル数を決め、それに応じた体積の各(A)成分〜(C)成分の(脂質)溶液を容器(ナス型フラスコ)にとり、例えばロータリーエバポレーターで溶媒(クロロホルム)を留去させることによりリポソーム膜が作成できる。
上記のように得られたリポソーム膜に、薬剤溶液(例えば、カルセイン溶液)を、多層膜リポソーム(MLV)が形成できる最少量を添加し、例えばロータリーエバポレーターで溶媒を留去させることにより薬剤溶液が包含された多層膜リポソーム(MLV)を作成できる。
【0029】
さらに、本発明では、上記で得られたMLV懸濁液を、フィルターでろ過することによりサイジングを行い、所望の大きさ(例えば、〜100nmφ)の一枚膜リポソームを作製できる。このようにして得られたMLV懸濁液は精製して使用してもよい。
【0030】
なお、リポソーム膜内へ薬物(薬剤)及び10B含有化合物を封入させる場合には、薬剤と10B含有化合物との混合溶液、例えば薬剤と10B含有化合物とを生理食塩水に溶解させた溶液を用いて上記と同様の方法を用いて行なうことができる。
【0031】
このような薬剤を包含したリポソーム製剤は、人体へ投与された後、要治療部位へと導かれる。また、リポソーム膜に対して標的化試薬を結合させることにより、リポソーム製剤を要治療部位へとより精度よく導くことができる。具体的には、リポソームに、例えば少なくとも1つのペプチドを連結させ、このペプチドを介して、腫瘍部位に標的化することができる。リポソームを腫瘍部位に標的化するペプチドとしては、ペプチド配列、ペプチド断片、抗体、抗体断片及び抗原が含まれる。腫瘍細胞に特異的な抗体を、リポソームに連結することができ、それにより選択的な標的化が可能となる。そのような抗体は、腫瘍細胞上の抗原に選択的に結合し、それによりリポソームが腫瘍組織又は悪性組織に近接する。抗体が腫瘍抗原に結合することにより、リポソームを腫瘍組織に連結できる。その後、後述のように、電離放射線により、リポソーム内容物、例えば抗腫瘍物質の放出を引き起こすことができる。特定の抗原もまた、リポソームに結合させることができる。
このように、リポソームを標的指向性物質と結合させることにより、要治療部位により効果的に薬物を与える(運搬する)ことができる。
【0032】
次に、リポソームへ照射される電離放射線の種類及び放射線量について説明する。
電離放射線としては、例えばα線、β線などの荷電粒子線、X線、γ線などの電磁波などが挙げられる。リポソームの分解は、これらの電離放射線の効果によって生成するラジカル種が引き起こすので、いずれの電離放射線も有効である。これらのうち、荷電粒子線、X線が好ましい。なお、本発明においては、中性子線は、好ましくは熱中性子線を含まない。
放射線の線量は、人体に投与した後にリポソーム膜を分解できればよく、リポソーム周辺において1〜100Gyが好ましく、また、1〜20Gyがより好ましい。なお、電離放射線として、X線を使用する場合であって、リポソームを構成する(A)成分としてリノール酸不飽和リン脂質を使用する場合には、非常に高い放射線感受性が得られるため好ましい。
なお、放射線の線量率(単位時間当たりの放射線の線量)については、線量率の低い方がリポソームの分解がより起こりやすいため好ましい。線量率としては、1.0Gy/分以下が好ましい。線量率の下限値としては、0.01Gy/分以上が好ましい。
【0033】
また、リポソーム膜中に診断物質を包含した場合には、放射線照射による診断物質の放出の後に、分子映像化技術などを用いて、リポソームから放出された診断物質をスキャンし、記録することができる。これにより、腫瘍および他の悪性腫瘍を早期に検出できるようになる。あるいは、放射線感受性リポソームを色素、蛍光分子、放射性同位体などを用いて、染色することができる。また、本発明のリポソーム膜は上記のように(A)成分〜(C)成分の3つの脂質成分から構成されているが、その構成比を変えることで、リポソームの分解性(膜透過性)をコントロールできる(数Gy〜数kGy)。よって、例えば、リポソーム膜の内外に、そえぞれ試薬A、Bを入れておき、電離放射線によってリポソームの透過性を上げることで、AとBとを接触・反応させて発色させることができる。この発色の程度で線量を見積もることが可能である。さらに、本発明のリポソームは線量率を上げると、封入物質の放出に必要な線量も上がるので、線量率の測定にも利用できる可能性がある。
【0034】
次に、リポソーム膜内へ薬物(薬剤)及び10B含有化合物を包含させたリポソーム製剤から薬物を放出する方法について説明する。
リポソーム中に10B含有化合物を包含するリポソーム製剤に、熱中性子線を照射すると、10B含有化合物は熱中性子線を吸収し、いわゆるホウ素中性子捕捉反応(10B(n,α)反応)によりα線、Li原子核などが放出される。この、α線(粒子)、Li原子核(粒子)などの重荷電粒子(電離放射線の一種)のエネルギーが膜成分、特には脂質成分に付与されてリポソーム膜が直接分解される(直接効果)。またホウ素中性子捕捉反応により発生するα線(粒子)、Li原子核(粒子)及び2次電子のトラック周辺で生じたOHラジカルによる付加反応及び水素引き抜き反応によりリポソーム膜成分がフリーラジカルとなり分解される(間接効果)。このように、熱中性子線の照射によりリポソーム膜の透過性の上昇、あるいは膜破壊が起こり、封入薬剤が放出される。
なお、上記のリポソーム膜の分解のうち直接効果による分解は、リポソーム膜の全成分(成分A,B,C)において行われ、また、間接効果による分解は、主として脂質分子が不飽和結合をもつリポソーム膜の(A)成分において得られるものと推測される。
なお、熱中性子線は、他の電離放射線、例えばγ線などに比べてエネルギー量が小さいが、10B含有化合物中の10Bにより非常に効率よく捕捉され、また、上記のように直接効果及び間接効果を調整することができるので、活性薬剤の放出の制御を改善することができる。
【0035】
本発明において用いられる熱中性子線は、リポソーム製剤が要治療部位に到達した後に照射される。熱中性子線の照射量は、リポソーム内に包含される10B含有化合物の種類や量によって決めることができる。例えば、熱中性子線の照射量は、1.0x10〜3.0x10n/cm/sであり、好ましくは、1.0x10〜1.6x10n/cm/sである。また、照射時間は、30分〜6時間、好ましくは30分〜1時間である。
【0036】
なお、上記のホウ素中性子補足反応(10B(n,α)反応)により生成するα線及びLi(原子核)は、細胞の殺傷能力が高くまた飛程が短い。よって、α線及びLi(原子核)自体も抗癌剤の放出と共に、効果的に抗癌性を高めることができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例及び比較例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0038】
(電離放射線感受性リポソームの作製)
本発明のリポソームは、Bangham法(J.Mol.Biol.13,238(1965))により作製した。
【0039】
(1)(A)成分〜(C)成分それぞれのクロロホルム溶液及び薬剤溶液(モデル薬剤カルセイン溶液)の作製
まず、(B)成分として、100mgの粉状の1,2−distearoyl−sn−glycero−3−phosphatidylcholine(以下、「DSPC」と称する。)(日本油脂株式会社製、商品名:COATSOME MC−8080)をガラス製スクリュー管(20mL用)に正確に取り、10mL(14.9g)のクロロホルム(窒素バブルで脱気済)に溶解し(10g/L)、−20℃で保存した(一部析出するが、使用時に再溶解した)。
次に、(A)成分として、1,2−linoleoyl−sn−glycero−3−phosphatidylcholine(以下、「DLOPC」と称する。)クロロホルム溶液(原液)(Avanti Polar Lipids社製)をガラス製スクリュー管(20mL用)に取り、10g/Lとなるように脱気クロロホルムで希釈し、−20℃で保存した。
さらに、(C)成分として、100mgのコレステロール(以下、「CHOL」と称する。)(和光純薬工業株式会社製)をガラス製スクリュー管(20mL用)に正確に取り、10mL(14.9g)のクロロホルム(窒素バブルで脱気済)に溶解し(10g/L)、4℃で保存した。
また、薬剤として3,3´−bis[N,N−bis(carboxymethyl)aminomethyl]fluorescein(calcein)(以下、「カルセイン」と称する。)(株式会社同仁化学研究所製:CAS No.1461−15−0)を、予め窒素バブルで脱気したPBS(リン酸等張緩衝液:pH7.4)に溶解し、カルセインの飽和溶液を作成した(〜3g/L)。なお、濃度は用途によって適宜決めることができる。また、溶けにくい場合は、超音波と湯浴で完全に溶解させた。
【0040】
(2)脂質膜の作製
まず、(A)成分〜(C)成分について、調整したいモル比(DLOPC:DSPC:CHOL)及び全脂質モル数を決め、それに応じた体積の各(A)成分〜(C)成分の脂質溶液をナス型フラスコに採取した(なお、全脂質量が30μmol程度までなら50mLフラスコで対応可能であった。)。なお、溶液量が極端に少ないと脂質膜の面積が小さくなるので、その場合はさらにクロロホルムを加えた。
次に、これらの脂質溶液の入ったフラスコをロータリーエバポレーター(IWAKI社製、品番:REN−1)にセットした。ロータリーエバポレーターの恒温層を30℃程度に設定し、フラスコ内の液面に注意しながら、注意深くクロロホルム溶媒を留去した。膜が生成したら数10分そのまま真空を引きながら放置した。さらに、窒素置換でエバポレーター内を常圧に戻し、フラスコを取り外した。次いで、フラスコ内の脂質膜に窒素ガスを噴きつけ、残留クロロホルム溶媒を除去した。
【0041】
(3)多層膜リポソーム(MLV)の調製
上記(2)のように作製した脂質膜に、上記(1)で作製した薬剤(カルセイン)溶液(脂質量が30μmol程度であれば〜2mL(MLVが作成できる最小量))を、窒素気流下添加した。このフラスコを再度ロータリーエバポレーターにセットし、回転させながら60℃に保った。
膜が大体剥がれたら、超音波洗浄機にフラスコ底部をつけて、残りの膜も剥がした。また、なかなか剥がれない場合にはガラスビーズ(〜3mmφ)を数粒入れて超音波処理した。膜が完全に剥がれたら、さらに1,2分程度超音波処理して多層膜リポソーム(MLV)懸濁液を得た。
【0042】
(4)リポソームのサイジング(〜100nmφの一枚膜リポソームの作成)
上記(3)で作製したMLV懸濁液を60〜70℃でポアサイズ100nmのメンブレンフィルター(例、ワットマン製ポリカーボネートメンブレンフィルター)に10回以上通して、粒径が100nm以下であるMLV懸濁液を得た。なお、Avanti Polar Lipids社製のMini−Extruder Set(Catalog No.610000:100nmφポアサイズのメンブレンフィルター付)を使用する場合には、1mLづつ作製できた。
次いで、粒径測定装置(大塚電子製、型番:ELS−Z)で粒径を測定し、粒径が100nm以下であることを確認した。この懸濁液は4℃又は薬剤(カルセイン)が析出しない低温で保存した。
【0043】
(5)リポソーム懸濁液の精製
上記(4)で作製したリポソーム懸濁液を超遠心分離用チューブ((株)ベックマン・コールター社製、品番:No.349622)に移し、5倍量程度のクロロホルム溶媒(脱気済)を添加し、チューブを満たした。
次いで、超遠心分離装置((株)ベックマン・コールター社製:型番:Optima(商標)Max Ultracentrifuge)を用いて、10℃で超遠心分離(50000rpm、2時間)を行った。ついで、上清を静かに除去し、沈殿したリポソームに少量の溶媒を加えて再懸濁し溶媒をチューブ上部にまで満たした。超遠心分離から再懸濁までの操作を合計3〜4回行った。最後に、溶媒を適量加え体積を測っておいた(リポソーム懸濁液原液)。得られたリポソーム懸濁液原液はガラス製スクリュー管に移して窒素置換し、4℃又は薬剤が析出しない低温で保存した。
【0044】
上記のリポソーム懸濁液原液を用いて、リポソームの性質について以下の各種の評価を行った。
(DLOPC−DSPC−CHOL系リポソームの電離放射線分解性)
1.脂質組成依存性
まず、リポソームの脂質組成依存性を評価した。
【0045】
(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射
まず、カルセイン封入DLOPC−DSPC−CHOL系リポソームを、30mM(全脂質濃度)に調整した。希釈には脱気していないPBSを用いた。
次に、上記で得られたサンプル液を0.5mLマイクロチューブ3本に20μLずつ入れ、界面活性剤としてTritonX−100(ナカライテスク株式会社製)が1%加えられたPBSを130μL添加し、さらに80℃以上で1分間湯浴して、リポソームを分解して封入物を外に出し、positive controlとした。
次に、上記のサンプル液を1.5mL型マイクロチューブ(限外ろ過用マイクロチューブ、分画分子量10000)2本に200μLずつ入れた。そのうちの一本を37℃で、
軟X線照射装置((株)softex製、M−150WE型)を用いて、次の条件、すなわち、懸濁液面の位置で33.5±1Gy/分で、合計150分間(合計5kGy)でX線を照射した。なお、他の一本は非照射で37℃に保った。上記のX線の照射後、これらの2本の両リポソーム試料を軽く攪拌した後、各々から所定時間毎に20μLサンプリングし、限外ろ過チューブに移した。なお、リポソーム試料は常に37℃に保った。リポソーム試料を移した限外ろ過用マイクロチューブに130μLのPBSを加え、直ちに4℃、6000gで90分間遠心分離(操作)を行った。遠心分離で得られたろ液の蛍光強度を蛍光マイクロプレートリーダー((株)TECAN製 Spectra Fluoro Plus)又は蛍光分光光度計((株)島津製作所製 RF−1500)を用いて測定した。
また、放出率(%E)については、上記のpositive controlの蛍光強度と上記のサンプルの蛍光強度からそれぞれ算出した。
【0046】
(2)電離放射線感受性の評価
上記の項目(1)で算出した放出率(%E)を、下記式(1)に当てはめ直線回帰することによって放出速度定数kを算出し、kirrad/kcont(電離放射線感受性定数:IRSI(Ionizing Radiation Sensitivity Index)を求めた。ここで、kirradは照射、kcontは非照射リポソームの放出速度定数とする。
In[100/(100−%E)]=kt (1)
ここで、tは照射開始後の経過時間を表す。
脂質組成とIRSI値の大きさとの関係を図1に示す。
【0047】
図中、XDLOPC、XDSPC、XCHOLはそれぞれDLOPC、DSPC、CHOLのモル分率を表す。丸の大きさ(直径)は、IRSIと比例させてある。すなわち、一般的にXDLOPCが0.1前後でIRSIは最大となるが、XCHOLが小さいところ、例えば0.2モル未満では粒径が安定しない。また、CHOLはXCHOLが0.65より大きいとリポソームの形成が不可能となる。IRSIの大きい安定リポソームを作成するには図1に示す条件の範囲内、すなわち、XDLOPCのモル比が小さい範囲内で、特にはXDLOPCが0.1以上、0.2以下でリポソームの組成を決定すればよい。なお、XDLOPCは、その目的に応じて、その下限値として0.05以上、また、その上限値として、0.5以下、さらには0.3以下とすることもできる。一方、IRSIの違いを利用する場合は、XCHOLは0.3≦XCHOL≦0.6の範囲に限定して、XDLOPCを変化させればよい。すなわち、この範囲内において、IRSIの大きいリポソームを作製する場合には、XDLOPCを上記と同様小さく、例えばモル比が0.1以上、0.2以下とし、IRSIの小さいリポソームを作製する場合には、XDLOPCを、例えば、0.2を超えるモル比とすればよい。このXDLOPCの上限値は、0.5以下、さらには0.3以下としてもよい。
このように、XDLOPC、XDSPC、XCHOLに関して、特にXDLOPCのモル比を上記の範囲0.1以上、0.2以下と規定することによりIRSIの高い、すなわち少ない線量の電離放射線線量の照射により分解され、内容物である薬剤を放出可能なリポソームを作製することができる。また、コレステロールのモル比(XCHOL)を0.3≦XCHOL≦0.6と規定することにより、さらに、粒径が安定したリポソームを形成させることができる。さらに、(これらのコレステロールの範囲内で)XDLOPCのモル比を上記の範囲へ変動、例えば大きくすることにより、IRSIの小さい、即ち、電離放射線の照射線量による、より精密な制御が可能なリポソームとすることができる。
【0048】
2.脂質濃度依存性
次に、リポソームの脂質濃度依存性を評価した。
【0049】
(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射
まず、上記の(1)(A)成分〜(C)成分それぞれのクロロホルム溶液及び薬剤溶液(モデル薬剤カルセイン溶液)の作成の項で作製した各溶液を用いて、上記の項の手順に準じて、モデル薬物カルセインを封入した、DLOPC−DSPC−CHOL(モル比=2:2:6)のリポソームを作製し、PBSを用いて30及び4mM(全脂質濃度)に調整した。なお、PBSは脱気していないものを用いた。
次に、脂質濃度の違う2種類のサンプル液を0.5mLマイクロチューブ3本に20μLずつ入れ、界面活性剤としてTritonX−100が1%加えられたPBSを130μL添加し、さらに80℃以上で1分間湯浴して、リポソームを分解して封入物を外に出し、positive controlとした。
次に、上記の2種類のサンプル液を1.5mL型マイクロチューブ2本に200μLずつ入れた。そのうちのそれぞれ一本ずつを37℃で、上記と同じ軟X線照射装置を用いて、次の条件、すなわち、懸濁液面の位置で33.5±1Gy/分で、合計15分間(合計500Gy)でX線を照射した。なお、残りの各々一本は非照射で37℃に保った。
上記のX線の照射後、これらの2本の両リポソーム試料を軽く攪拌した後、各々から所定時間毎に20μLサンプリングし、限外ろ過チューブに移した。なお、リポソーム試料は常に37℃に保った。リポソーム試料を移した限外ろ過用マイクロチューブに130μLのPBSを加え、直ちに4℃、6000gで90分間遠心分離(操作)を行った。遠心分離で得られたろ液の蛍光強度を上記の蛍光マイクロプレートリーダー又は蛍光分光光度計を用いて測定した。
また、放出率(%E)については、上記のpositive controlの蛍光強度と上記のサンプルの蛍光強度からそれぞれ時系列的に算出した。その結果を図2に示す。
【0050】
図2から理解できるように、全脂質濃度が低い(脂質濃度4mM)方が、放出率が、時系列的ないずれの時間においても改善されることが確認された。
【0051】
3.線量率依存性
さらに、リポソームの線量率依存性を評価した。
【0052】
(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射
まず、上記の(1)(A)成分〜(C)成分それぞれのクロロホルム溶液及び薬剤溶液(モデル薬剤カルセイン溶液)の作成の項で作製した各溶液を用いて、上記の項の手順に準じて、モデル薬剤カルセインを封入した、DLOPC−DSPC−CHOL(モル比=2:2:6)のリポソームを作製し、PBSを用いて4mM(全脂質濃度)に調整した。なお、PBSは脱気していないものを用いた。
次に、上記のサンプル液を0.5mLマイクロチューブ3本に20μLずつ入れ、界面活性剤としてTritonX−100が1%加えられたPBSを130μL添加し、さらに80℃以上で1分間湯浴して、リポソームを分解して封入物を外に出し、positive controlとした。
次に、上記のサンプル液を1.5mL型マイクロチューブ2本に200μLずつ入れた。そのうちの一本を37℃で、上記と同じ軟X線照射装置を用いて、次の条件でX線を照射した。すなわち、懸濁液面の位置で約3.4Gy/分で、合計500Gy(150分)、200Gy(60分)、100Gy(30分)で、あるいは約0.34Gy/分で、合計100Gy(300分)、50Gy(150分)、20Gy(60分)、10Gy(30分)でX線を照射した。なお、残りの各々一本は非照射で37℃に保った。
上記のX線の照射後、これらの両リポソーム試料を軽く攪拌した後、各々から所定時間毎に20μLサンプリングし、限外ろ過チューブに移した。なお、リポソーム試料は常に37℃に保った。リポソーム試料を移した限外ろ過用マイクロチューブに130μLのPBSを加え、直ちに4℃、6000gで90分間遠心分離(操作)を行った。遠心分離で得られたろ液の蛍光強度を上記の蛍光マイクロプレートリーダー又は蛍光分光光度計を用いて測定した。
また、放出率(%E)については、上記のpositive controlの蛍光強度と上記のサンプルの蛍光強度からそれぞれ経時的に算出した。それぞれの線量での結果を図3、図4に示す。
【0053】
図3から理解できるように、線量率(3.4Gy/min)では、計500Gyの照射で良好な放出率を達成できることが確認された。図4においても、線量率(0.34Gy/min)では、計100Gyの照射で良好な放出率を達成できることが確認された。また、図3及び図4を対比すると、同じ線量(100kGy)では、線量率(単位時間当たりに放射される線量)が小さい(図4)方が良好な放出率が得られること、すなわちX線感受性が上がることが確認できた。
【0054】
4.不飽和リン脂質の種類の比較
まず、不飽和リン脂質の種類について対比した。
【0055】
(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射
まず、上記の2.脂質濃度依存性の(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射の項で用いた脂質のうち、(A)成分として、DLOPCの代わりに、それぞれジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)(AVANTI POLAR LIPIDS 社製、商品名:1,2−dioleoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)、ジリノレノイルホスファチジルコリン(DLNPC)(AVANTI POLAR LIPIDS社製、商品名:1,2−dilnolenoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)、又はジアラキドニルホスファチジルコリン(DAPC)(AVANTI POLAR LIPIDS社製、商品名:1,2−arachidonoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)を用い、全脂質濃度を10mMとする以外は、同様にしてリポソーム(リポソーム組成比、不飽和リン脂質:DSPC:CHOL=2:2:6)を作製し、以下の照射条件で、X線を照射して放出率を測定した。
X線照射条件:0.33Gy/min、合計100Gy(合計300分)、37℃
その結果を図5に示す。
【0056】
その結果、照射開始後5時間後の放射率では、DOPCの場合は〜0%であり、DLOPCの場合は25%であり、DLNPCの場合は5%(非照射と同程度)であり、DAPCの場合は2%(非照射(5%)より低い)であった。よって、DLOPCの場合が放出率がもっとも良好であることが確認された。
【0057】
5.飽和リン脂質の種類の比較
次に、飽和リン脂質の種類について対比した。
【0058】
(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射
まず、上記の2.脂質濃度依存性の(1)X線照射用リポソーム試料の作成とX線照射の項で用いた脂質のうち、(B)成分として、DSPCの代わりに、それぞれジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)(日本油脂株式会社製、商品名:COATSOME MC−6060)、ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)(日本油脂株式会社製、商品名:MC−4040)、又はジラウロイルホスファチジルコリン(DLPC)(日本油脂株式会社製、商品名:MC−2020)を用い、全脂質濃度を10mMとする以外は、同様にしてリポソーム(リポソーム組成比、飽和リン脂質:DLOPC:CHOL=2:2:6)を作製し、以下の照射条件で、X線を照射して放出率を測定した。
X線照射条件:0.33Gy/min、合計100Gy(合計300分)、37℃
その結果を図6に示す。
【0059】
その結果、照射開始後4時間後の放射率では、DSPCの場合は15%であり、DPPCの場合は3%(非照射と同程度)であり、DMPCの場合は11%であり、DLPCの場合は2%(非照射と同程度)であった。よって、DSPCの場合が放出率がもっとも良好であることが確認された。
【0060】
10B含有化合物封入リポソームの作製)
10B含有化合物封入リポソームは、上記の(電離放射線感受性リポソームの作製)の欄で説明した方法に準じて作製した。
【0061】
10B含有化合物(BSSB)の調製例
まず、10Bクラスター(10B-enriched sodium mercaptododecaptododecaborate:BSH:(株)Katchem製)63mg(0.3ミリモル)を3mLの水に溶解することで10Bクラスター溶液(0.1モル/L)3mLを準備した。この溶液に、10Bクラスター2モルに対し1.2モルとなるように30%過酸化水素水を添加し、さらに5モル/L水酸化ナトリウムを適量加えてpHを11程度にした。溶液を50℃に保ち6時間酸化反応を行った。反応開始3時間後、pH調整(反応が進むにつれてpHが下がる)のため5モル/L水酸化ナトリウム水溶液を適量加えpHを11程度に戻した。また酸素ガス発生により消費された過酸化水素を補うため、30%過酸化水素水を1回目と同量追加した。その結果、BSHから水素が脱離したBSSB化合物60mg(0.15ミリモル)が得られた。
【0062】
BSSB及びカルボプラチン混合溶液の調製
カルボプラチン(和光純薬工業株式会社製)100mgを生理食塩水(0.9%NaCl溶液)10mLに溶解させ、10g/L濃度のカルボプラチン/生理食塩水(0.9%NaCl)溶液10mLを得た。
上記で得られたBSSB200mgを、10g/L濃度のカルボプラチン/生理食塩水(0.9%NaCl)溶液1mLに完全に溶解させてBSSB及びカルボプラチン混合溶液を調製した。
【0063】
BSSB及びカルボプラチン封入リポソームの作製
上記と同様の方法でDLOPC:DSPC:CHOLのモル比=2:2:6、及び全脂質モル量が10マイクロモルとなるように調製して得られた脂質膜に、得られたBSSBとカルボプラチンとの混合溶液2mLを窒素気流下添加して多層膜リポソーム(MLV)を得た。さらに、上記と同様に(4)リポソームのサイジング及び(5)リポソーム懸濁液の精製を行い、BSSB及びカルボプラチン封入リポソーム懸濁液(直径100nm程度)を得た(懸濁液中の脂質濃度:10mM)。得られたリポソーム懸濁液中のBSSBの含量は、リポソーム膜(100重量%)あたり10Bとして4重量%、また、カルボプラチンの含量はリポソーム膜あたり0.3重量%であった。
【0064】
熱中性子線の照射及びリポソーム膜分解性の評価
上記で得られたサンプル液を0.5mLマイクロチューブ2本に100μLずつ入れ、界面活性剤としてTritonX−100(ナカライテスク株式会社製)が1%加えられた0.9%NaCl溶液で10倍希釈して、positive controlとした。
次に、上記のサンプル液を0.5mL型マイクロチューブ(限外ろ過用マイクロチューブ、分画分子量10000)2本に400μLずつ入れた。そのうちの一本を熱中性子線発生装置(日本原子力研究開発機構:研究炉JRR−4)を用いて、照射条件:熱中性子束:1.6x10n/cm/s、4時間、37℃で熱中性子線を照射した。なお、他の一本は非照射で37℃に保った。上記の熱中性子線の照射後、これらの2本の両リポソーム試料を軽く攪拌した後、各々から所定時間毎に100μLサンプリングし、限外ろ過チューブに移し、10℃、6000gで90分間遠心分離(操作)を行った。遠心分離で得られたろ液を生理食塩水(0.9%NaCl)を用いて10倍希釈した。この溶液を、高周波誘導プラズマ発光分析装置(ICP−AES)(セイコーインスツル株式会社製)を用いて測定し、カルボプラチンに含まれるPt濃度に基づいて、カルボプラチン(抗癌剤)の放出率を求めた。その結果を、図8に示す。
図8の結果より、BSSBの封入により、リポソーム自体が若干不安定になっているが、熱中性子線の照射により、カルボプラチンが一度に放出されていることが分かる。一方、BSSBを封入していないリポソームからは、カルボプラチンの放出が全くみられなかった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明においては、膜成分が、(A)アシル基がリノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体、(B)アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体、及び(C)コレステロール若しくはその誘導体を含んでなり、かつ、前記膜成分から形成される膜が、電離放射線に曝露されることにより少なくとも部分的に分解されるリポソームを使用しているので、リポソーム内に包含された薬剤の放出制御をより精度よく行うことができる。よって、本発明のリポソームは、要治療部位への薬剤の放出制御をより精度よく行うことが可能な薬物運搬体として利用することができ、また、薬剤を包含させてリポソーム製剤として利用することができる。
さらに、本発明のリポソーム膜中に10B含有化合物を含んでなるリポソーム製剤によれば、エネルギーの小さい熱中性子線の照射によりリポソーム膜を分解でき、活性薬剤の放出の制御を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】電離放射線分解性リポソームの電離放射線感受性(IRSI)と脂質組成の関係を示す図である。
【図2】リポソームの電離放射線感受性とリポソーム懸濁液濃度(脂質量換算)の関係を示す図である。
【図3】リポソームの電離放射線感受性と線量(線量率:3.4Gy/min)の関係を示す図である。
【図4】リポソームの電離放射線感受性と線量(線量率:0.34Gy/min)の関係を示す図である。
【図5】リポソームの不飽和リン脂質の種類別の放出率を示す図である。
【図6】リポソームの飽和リン脂質の種類別の放出率を示す図である。
【図7】ホウ素含有化合物の合成例(調製例)を示す図である。
【図8】ホウ素中性子捕捉反応によるリポソームからのカルボプラチンの放出を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜成分が、(A)アシル基がリノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体、(B)アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体、及び(C)コレステロール若しくはその誘導体を含んでなり、かつ、前記膜成分から形成される膜が、電離放射線に曝露されることにより少なくとも部分的に分解されることを特徴とするリポソーム。
【請求項2】
膜成分が、(A)アシル基がリノール酸残基である不飽和リン脂質若しくはその誘導体、(B)アシル基がステアリン酸残基である飽和リン脂質若しくはその誘導体、及び(C)コレステロール若しくはその誘導体を含んでなり、かつ、前記膜成分から形成される膜が、電離放射線に曝露されることにより少なくとも部分的に分解され、さらに、前記膜内に10B含有化合物を含んでなることを特徴とするリポソーム。
【請求項3】
前記膜成分全体に対する、前記(A)成分のモル比が0.05以上、0.5以下であり、前記(C)成分のモル比が0.3以上、0.6以下であり、残部が前記(B)成分であることを特徴とする請求項1又は2記載のリポソーム。
【請求項4】
前記リポソームの全脂質モル濃度が、0.01〜10mMであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項記載のリポソーム。
【請求項5】
前記電離放射線の線量率が、0.01〜1Gy/分であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項記載のリポソーム。
【請求項6】
前記請求項1ないし5のいずれか1項記載のリポソーム内に薬物を含んでなるリポソーム製剤。
【請求項7】
前記薬物が抗癌剤であることを特徴とする請求項6記載のリポソーム製剤。
【請求項8】
前記(A)成分のモル比を0.05以上0.5以下、前記(C)成分のモル比を、0.3以上、0.6以下の範囲で調整し、残部を前記(B)成分とすることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項記載のリポソームの調整方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−114167(P2009−114167A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−41048(P2008−41048)
【出願日】平成20年2月22日(2008.2.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年8月25日 第4回日本中性子捕捉療法学会学術大会発行の「第4回日本中性子捕捉療法学会学術大会 講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代DDS型悪性腫瘍治療システムの研究開発事業」(委託研究)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願」
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】