説明

静電結合型高分子ミセル薬物担体とその薬剤

【目的】 生体内で分解されやすい荷電性のタンパク質、DNA等の薬物を安定して担持する。
【構成】 非荷電性セグメントと荷電性セグメントとを有するブロック共重合体からなる静電結合型高分子ミセル薬剤担体と、この担体に薬物担持した薬剤。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、静電結合型高分子ミセル薬剤担体とその薬剤に関するものである。さらに詳しくは、この発明は、生体内の許容部位にまで薬物を運搬して、薬物の作用効果を安定して発現させるための薬物運搬システム(DDS)等の分野において有用な、タンパク質、DNA等の荷電性薬物の新しい高分子ミセル薬物担体と、この担体に担持させた薬剤、そして、この担体への薬物の担持方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術とその課題】薬物運搬システム(DDS)等に有用な方法として、高分子ミセル型薬剤が注目されており、すでに、この発明の発明者らによって、疎水性の薬物を親水性セグメントと疎水性セグメントとからなるブロック共重合体に物理的に吸着させる高分子ミセル型薬剤が提案されている。
【0003】この物理吸着による高分子ミセル型薬剤は、これまでにない新しい構造とその利用を可能としたものとして注目されている。しかしながら、この発明の発明者によるその後の検討によると、さらに改善すべき課題があることが明らかになってきた。それと言うのも、この物理吸着による高分子ミセル型薬剤は、疎水性の薬物の投与手段としては極めて優れているが、その構造が、疎水性薬物のブロック共重合体に対する物理吸着を本質的特徴としているため、対象とすることのできる薬剤は、充分に疎水性を有するものに限られるという難点があった。
【0004】そこで、このような疎水性の度合、さらには疎水性、親水性の区別にかかわりなく薬物を安定に担持することができ、広範囲な応用が可能な新しい技術手段の実現が望まれていた。
【0005】
【課題を解決するための手段】この発明は、上記の課題を解決するものとして、非荷電性セグメントと荷電性セグメントとを有するブロック共重合体からなることを特徴とする静電結合型高分子ミセル薬剤担体(請求項1)を提供する。そしてまた、この発明は、上記の担体として、非荷電性セグメントがポリエチレングリコールであること(請求項2)、荷電性セグメントがポリアミノ酸であること(請求項3)、また、ブロック共重合体が次式(I)(II)
【0006】
【化4】


【0007】
【化5】


【0008】(式中のR1 は、水素原子、炭化水素基もしくは官能基あるいは官能基置換炭化水素基を示し、R2 は、NH,CO、またはR6 (CH2 q 7 であって、ここでのR6 は、OCO,OCONH,NHCO,NHCOO,NHCONH,CONHまたはCOOを、R7 は、NHまたはCOを示し、qは1以上の整数を示し、R3 は、カルボキシル基、カルボキシル基置換炭化水素基、アミノ基置換炭化水素基、ヒドラジノ基置換炭化水素基もしくは(CH2 p −NHCNHNH2 基で、pは1以上の整数を示し、あるいはR3 は、含窒素複素環基もしくは含窒素複素環基置換炭化水素基を示し、R4 は、水素原子、ヒドロキシル基またはその結合末端にCO,NHもしくはOのいずれかを有する炭化水素基を示し、mは、4〜2500、nは1〜300、xは0〜300で、x<nであることを示す。)のいずれかで表わされるものであること(請求項4)等をその態様の一つとしている。
【0009】さらにまた、この発明は、上記の通りの担体に薬物が担持されている静電結合型高分子ミセル担持薬剤(請求項6)、並びにその製造のための担持方法(請求項7)をも提供する。
【0010】
【作用】すなわち、上記の通りのこの発明は、従来の物理吸着型高分子ミセル型薬剤の難点を克服するためのこの発明の発明者による検討の結果なされたものであって、物理吸着型のものとは本質的に異なる、新しい静電結合型の高分子ミセル薬物担体と、これを用いた担持薬剤、そして薬物の担持方法を実現したものである。
【0011】上記の通りのこの発明の非荷電性セグメントと荷電性セグメントとからなる静電結合型高分子ミセル担体においては、両セグメントともに各種のものがこの発明に包含される。非荷電性セグメントとしては、たとえばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール、ポリアルキレンオキシド、ポリサッカライド、ポリアクリルアミド、ポリ置換アクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリ置換メタクリルアミド、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリアクルル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリアミノ酸、もしくはそれらの誘導体由来の各種のセグメント等が例示される。
【0012】荷電性セグメントとしては、たとえば荷電性側鎖を有するポリアミノ酸、より具体的には、ポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸、ポリリシン、ポリアルギニン、ポリヒスチジン等が、もしくはポリリンゴ酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリエチレンイミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリビニルイミダゾール、さらにはこれらの誘導体由来のセグメント等が例示されている。
【0013】これらのセグメントから構成されるこの発明のブロック共重合体については、たとえば次のものが例として挙げられる。すなわち、ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体、ポリエチレンオキシド−ポリグルタミン酸ブロック共重合体、ポリエチレングリコール−ポリアルギニンブロック共重合体、ポリエチレングリコール−ポリヒスチジンブロック共重合体、ポリエチレングリコール−ポリメタクリル酸ブロック共重合体、ポリエチレングリコール−ポリエチレンイミンブロック共重合体、ポリエチレングリコール−ポリビニルアミンブロック共重合体、ポリエチレングリコール−ポリアリルアミンブロック共重合体、ポリエチレンオキシド−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体、ポリエチレンオキシド−ポリグルタミン酸ブロック共重合体、ポリエチレンオキシド−ポリリジンブロック共重合体、ポリエチレンオキシド−ポリアクリル酸ブロック共重合体、ポリエチレンオキシド−ポリビニルイミダゾールブロック共重合体、ポリアクリルアミド−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体、ポリアクリルアミド−ポリヒスチジンブロック共重合体、ポリメタクリルアミド−ポリアクリル酸、ポリメタクリルアミド−ポリビニルアミンブロック共重合体、ポリビニルピロリドン−ポリメタクリル酸ブロック共重合体、ポリビニルアルコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体、ポリビニルアルコール−ポリアルギニンブロック共重合体、ポリアクリル酸エステル−ポリグルタミン酸ブロック共重合体、ポリアクリル酸エステル−ポリヒスチジンブロック共重合体、ポリメタクリル酸エステル−ポリビニルアミンブロック共重合体、ポリメタクリル酸−ポリビニルイミダゾールブロック共重合体等である。
【0014】これらのブロック共重合体としては、その代表的構造としていわゆるAB型ブロック共重合体がある。たとえばより具体的に次式で表わされるポリエチレングリコール誘導体由来の非荷電性セグネトとポリアスパラギン酸を荷電性セグメントとするAB型ブロック共重合体
【0015】
【化6】


【0016】について説明すると、このものは、たとえばポリエチレングリコールとポリ(α,β−アスパラギン酸)からなるポリエチレングリコール−ポリ(α,β−アスパラギン酸)ブロック共重合体であって、まず、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を、片末端一級アミノ基のポリエチレングリコール(分子量約200〜250000)を開始剤として重合することにより合成される。このポリエチレングリコール−ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)ブロック共重合体における(β−ベンジル、L−アスパルテート)部分の分子量は約205〜62000まで可変である。この共重合体をアルカリ処理して脱ベンジル化を行うことによりポリエチレングリコール−ポリ(α,β−アスパラギン酸)ブロック共重合体を得る。
【0017】また、ブロック共重合体としてカチオン性セグメントを有する次式で表わされポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体
【0018】
【化7】


【0019】の場合には、まず、ε−カルボベンゾキシ−L−リシン無水物を、片末端一級アミノ基のポリエチレングリコール(分子量200〜250000)を開始剤として重合させることにより合成される。得られたポリエチレングリコール−ポリ(ε−カルボベンゾキシ−L−リシン)ブロック共重合体をメタンスルホン酸を用いて脱保護反応を行うことで、ポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体を得る。
【0020】また、この発明においては、たとえば以上のようなブロック共重合体からなる高分子ミセル中に静電的に担持させることのできる薬物としては、特にその種類に限定はないが、ペプチドホルモン、タンパク質、DNA、RNA、オリゴヌクレオチド等の高分子性薬物、アドリアマイシン、ダラノマイシン等の分子内に荷電性官能基を有する低分子性薬物等が例示される。
【0021】これらの薬物を、高分子ミセルに担持させる際には、ブロック共重合体と薬物あるいはその溶液とを混合することを基本としているが、さらには、透析、攪拌、希釈、濃縮、超音波処理、温度制御、pH制御、有機溶媒の添加等の操作を適宜に付加することができる。
【0022】たとえば、上記の通り例示した[化6]のポリエチレングリコール−ポリ(α,β−アスパラギン酸)ブロック共重合体に、抗菌性酵素であるリゾチームを封入させる場合には、共重合体の水溶液を適切な混合比、イオン強度、およびpH等の条件においてリゾチーム水溶液と混合することで、担持されることができる。
【0023】さらに、たとえば前記の[化7]のポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体にDNAを担持させる場合には、共重合体の水溶液に、適切な混合比、イオン強度、およびpH等の条件においてDNA溶液を混合し、DNAを担持することができる。以上の通りのこの発明の静電結合型高分子ミセル薬剤担体とこれを用いた担持薬剤は、安定な高分子ミセル構造となり、その内核に効率よくタンパク質やDNA等の荷電物質を取り込むことができる。このため、生体内で分解されやすい荷電性薬物を安定化して体内投与することができる。
【0024】以下、実施例を示し、さらに詳しくこの発明について説明する。もちろん、この発明は、以下の例に限定されるものではない。
実施例1ポリ−L−リシン(重合度20、0.43mg)を蒸留水(1.0ml)に、ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(PEG−P(Asp)、PEGの分子量5000、ブロック共重合体1本鎖当たり23個のアスパラギン酸残基のもの、1.0mg)を蒸留水(0.1ml)に溶解した後に、この各々の溶液を混合した。このものについて動的光散乱測定を行うと会合体の重量平均粒径41.3nm、数平均粒径36.0nmと測定された。またこの混合水溶液について電気泳動光散乱測定を行うと、会合体の表面のゼータ電位が0.643,0.569mVと測定された。
実施例2ポリアスパラギン酸(重合度20、0.32mg)を蒸留水(1.0ml)に、ポリエチレングリコール−ポリ−L−リシンブロック共重合体(PEG−P(Lys)、PEGの分子量5000、ブロック共重合体1本鎖当たり20個のL−リシン残基のもの、1.0mg)を蒸留水(1.0ml)に溶解した後に、この各々の溶液を混合した。このものについて動的光散乱測定を行うと重量平均粒径28.2nm、数平均粒径24.8nmと測定された。
実施例3ニワトリ卵白リゾチーム(1.0mg)を蒸留水(1.0ml)に、PEG−P(Asp)(3.0mg)を蒸留水(3.0ml)に溶解した後に、この各々の溶液を混合した。このものについて動的光散乱測定を行うと重量平均粒径24.9nm、数平均粒径23.1nmと測定された。
実施例4牛インスリン(1.42mg)を0.0005N塩酸(1.5ml)に、PEG−P(Lys)粒径(0.58mg)を蒸留水(1.0ml)に溶解した後に、各々の溶液を混合した。このものについて動的光散乱測定を行うと重量平均粒径24.5nm、数平均粒径22.4nmと測定された。
実施例5次の反応式
【0025】
【化8】


【0026】に沿って、ポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体を合成した。図1は、PEG分子量4,300、L−リシン残基20個の場合の 1H−NMRスペクトルを示したものである。このPEG−P(Lys)ブロック共重合体(PEGの分子量4,300、ポリリシン鎖の平均重合度20)を、Salmon Testes DNAの50μg/mlの0.1M PBS(pH7.4)溶液1.0mlと、DNAのリン酸基に対して、PEG−P(Lys)のリシン残基数が0.25,0.50,1.0,2.0,4.0,10,20倍当量となるように0.1M PBS+0.6M NaCl+2mM Na2 EDTA(pH7.4)1.0mlにそれぞれ溶解し、両者を混合した後、3時間室温で静置した。このとき、いずれのサンプルにおいても沈殿は確認されなかった。一方、ポリリシンホモポリマーを用いたコンプレックスでは、リシン残基数:DNAのリン酸基数の比(=r)が1.0,2.0のサンプルにおいて沈殿が形成される。その後、各サンプルから20μl取り、0.9%アガロースゲルにより電気泳動を行ったところ、DNAに対するPEG−P(Lys)の添加量が増すにつれて泳動するDNAの量が減少し、DNAに対して電荷が等量となるPEG−P(Lys)の添加量(r=1.0)でDNAの泳動がほぼ抑えられた。このことから、PEG−P(Lys)ブロック共重合隊とDNAとが定量的に安定なポリイオンコンプレックス形成をしていることを確認した。
【0027】しかし、PEG−P(Lys)ブロック共重合体のリシン重合度と同程度の重合度を有するポリリシンホモポリマー(分子量1000−4000)を用いた場合には、ポリリシンホモポリマー添加によるDNAの泳動の抑制は見られず、安定なコンプレックスは得られなかった。
実施例6PEG−P(Lys)ブロック共重合体を、Salmon Testes DNAの50μg/mlの1mMPBS(pH7.4)溶液1.0mlとDNAのリン酸基に対してPEG−P(Lys)のリシン残基数が0.10,0.20,0.50,1.0倍当量となるように1mM PBS(pH7.4)1.0mlに溶解し、両者を混合してコンプレックスを形成させた。1晩4℃で静置した後、各サンプルの熱融解曲線をメタノールを50vol%加えて、260nmの紫外線吸光度を用いて測定した。
【0028】その結果、コントロールのDNAは約45℃において1段の融解過程を示したが、DNAとPEG−P(Lys)のコンプレックスでは、約45℃と約65℃において2段階の融解過程を示した。約45℃における吸光度の上昇は、PEG−P(Lys)の添加量を増すにつれて順次減少し、代わりに約65℃における吸光度の上昇分が増加した。そして、DNAに対してPEG−P(Lys)1.0倍当量まで加えたサンプルにおいて、約45℃における吸光度の上昇を消滅し、約65℃における吸光度の上昇のみ観測され、DNAの構造が完全に安定化されたことが示された。これによりDNAとPEG−P(Lys)とが化学量論的にコンプレックス形成することが確認された。
【0029】なお、図2は、DNAのリン酸基に対してPEG−P(Lys)のリシン残基数が0.50倍当量の場合と、Free DNA、およびP(Lys)/DNAの場合とを比較したものである。この図2からも顕著な差異が認められる。
【0030】
【発明の効果】以上詳しく説明した通り、この発明により、安定に高分子ミセル構造により薬物担持が可能な担体と、この担体に担持した薬剤が提供される。生体内において分解されやすいタンパク質、DNA等の荷電物質を安定に取込むことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】PEG−P(Lys)の 1H−NMRスペクトル図である。
【図2】PEG−P(Lys)/DNAと、Free DNAおよびP(Lys)/DNAの場合との融解状態の測定結果を対比した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 非荷電性セグメントと荷電性セグメントとを有するブロック共重合体からなることを特徴とする静電結合型高分子ミセル薬物担体。
【請求項2】 非荷電性セグメントがポリエチレングリコールである請求項1の担体。
【請求項3】 荷電性セグメントがポリアミノ酸である請求項1の担体。
【請求項4】 ブロック共重合体が次式(I)または(II)
【化1】


【化2】


(式中のR1 は、水素原子、炭化水素基もしくは官能基あるいは官能基置換炭化水素基を示し、R2 は、NH,CO、またはR6 (CH2 q 7 であって、ここでのR6 は、OCO,OCONH,NHCO,NHCOO,NHCONH,CONHまたはCOOを、R7 は、NHまたはCOを示し、qは1以上の整数を示し、R3 は、カルボキシル基、カルボキシル基置換炭化水素基、アミノ基置換炭化水素基、ヒドラジノ基置換炭化水素基もしくは(CH2 p −NHCNHNH2 基で、pは1以上の整数を示し、あるいはR3 は、含窒素複素環基もしくは含窒素複素環基置換炭化水素基を示し、R4 は、水素原子、ヒドロキシル基またはその結合末端にCO,NHもしくはOのいずれかを有する炭化水素基を示し、mは、4〜2500、nは1〜300、xは0〜300で、x<nであることを示す。)で表わされるものからなる請求項1の担体。
【請求項5】 R3 が、−COOH,−CH2 COOH,−(CH2 3 −NH2 ,−(CH2 2 NHCNHNH2 ,または次式
【化3】


で表わされる複素環基である請求項4の担体。
【請求項6】 荷電性薬物が反対の荷電を有する請求項1ないし5のいずれかの担体に担持されていることを特徴とする静電結合型高分子ミセル担持薬剤。
【請求項7】 荷電性薬物を、これと反対の荷電を有する請求項1ないし5のいずれかの担体と混合し、高分子ミセル内に荷電性薬物を静電結合により担持させることを特徴とする荷電性薬物の静電結合型高分子ミセル担体への担持方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平8−188541
【公開日】平成8年(1996)7月23日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−2210
【出願日】平成7年(1995)1月10日
【出願人】(390014535)新技術事業団 (20)