説明

非ヒトモデル動物を用いたパーキンソン症候群の検査方法

【課題】新規なパーキンソン症候群の検査方法を提供することである。
【解決手段】パーキンソン症状を呈する、変異型ヒトタウタンパク質を発現するパーキンソン症候群非ヒトモデル動物を用いた、パーキンソン症候群の検査方法による。当該パーキンソン症候群非ヒトモデル動物においては、パーキンソン症状を運動症状により評価することができ、有用である。本発明のパーキンソン症候群の検査方法により、パーキンソン症候群の疾患メカニズムを解明することができると考えられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ヒトモデル動物を用いたパーキンソン症候群の検査方法、および、当該パーキンソン症候群の検査方法を用いたパーキンソン症候群に影響を与える物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン症候群とは、広い概念ではパーキソニズム(パーキンソン症状)と呼ばれる症候を有する疾患群の総称であり、パーキンソン症候群には、パーキンソン病と、パーキンソン病とは異なる原因によりパーキンソン病と同様の症状(パーキンソン症状)を示すものが含まれる。パーキンソン病の症状とは、振戦(ふるえ)、筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害などである。パーキンソン症状を示すパーキンソン病以外の原因としては、薬剤や、脳血管障害に起因する疾患、脳卒中、脳腫瘍、脳変性疾患等などが挙げられる。これらの原因により発症するパーキンソン症状は、治療法や予後がパーキンソン病とは異なることが知られている。
【0003】
パーキンソン病は、基底核の黒質−線条体ドパミン作動性神経の変性に基づくドパミンの欠乏により引き起こされることが知られている。パーキンソン病の治療法としては、レボドパなどのドパミン前駆物質を投与するドパミン補充療法が中心となっているが、このドパミン補充療法には、ジスキネジアや精神症状などの副作用が現れるといった問題がある。ドパミン前駆物質以外に抗コリン作用薬やドパミン受容体アゴニストなどが使用されているものの、いずれの薬物治療も対症療法でしかなく、患者にとって病気の進行やこれら薬物の長期服用による薬効低下は避けることができない状況にある。
【0004】
パーキンソン病以外のパーキンソン症候群のうち、薬剤性パーキンソン症候群については、原因となる薬剤の摂取を中止することがパーキンソン症状の緩和に有効である場合が多い。しかしながら、他の疾患に起因して現れるパーキンソン症候群については、原因となる疾患の根治療法が存在しない場合、対症療法的な治療を行っても改善されないケースも多く、パーキンソン病と同様、決定的な治療法が未だに存在していないのが現状である。
【0005】
パーキンソン症候群は、症状発症の病態自体が解明されていないため、決定的な治療法が確立されていない状況である。これは、疾患メカニズムの解明に使用し得るような研究ツールの不足が原因の一つとして挙げられる。
【0006】
認知症のうち、「第17染色体遺伝子に連鎖しパーキンソニズムを伴う家族性前頭側頭葉認知症(Frontotemporal dementia and parkinsonism linked to chromosome17)」(以下「FTDP-17」とも称する。)は、常染色体優性で遺伝することが知られる疾患である。FTDP-17は運動障害、ならびに認知機能障害により特徴づけられる。FTDP-17は、通常40歳から60歳の間に症状が見られるようになるが、発症はそれより早い場合も遅い場合もある。FTDP-17は発症すると、一定年数の間に深刻な認知症に進展することが知られている(非特許文献1〜4)。
【0007】
FTDP-17は、タウタンパク質の異常(タウオパチー)によるものであることが公知である。タウタンパク質は、微小管結合タンパク質で、微小管の集合や安定化に必要とされる。例えば、タウタンパク質の蓄積は、神経死や疾患進展に直接関連していると考えられており、タウオパチーは、FTDP-17以外にもアルツハイマー疾患等の原因であると考えられている。
【0008】
FTDP-17の患者においては、タウタンパク質の遺伝子変異が複数確認されている。FTDP-17に見られる遺伝子変異を持つような、変異型ヒトタウタンパク質遺伝子を導入したトランスジェニックマウスが作製されている(特許文献1)。また本発明者らは、N279K変異に着目し、N279K変異を持つ変異型ヒトタウタンパク質を発現するトランスジェニックマウス(SJLBマウス)を作製した(特許文献2)。SJLBマウスは、タウタンパク質のリン酸化の程度が亢進し、脳内に不溶性の異常タウタンパク質が蓄積している。またSJLBマウスは、空間学習や恐怖の学習の能力が低下しており、認知障害のモデル動物として使用可能なものであることが判明している。しかしながら、SJLBマウスを含む、変異型タウタンパク質を発現するトランスジェニックマウスが、パーキンソン症状を示すか否かは不明であった(非特許文献5〜8)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第6664443号公報
【特許文献2】特開2003-102332号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Poorkaj P et al., Ann Neurol. 1998 Jun;43(6):815-25.
【非特許文献2】Hutton M et al., Nature. 1998 Jun 18;393(6686):702-5.
【非特許文献3】Spillantini MG et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 1998 Jun 23;95(13):7737-41.
【非特許文献4】Clark LN et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 1998 Oct 27;95(22):13103-7.
【非特許文献5】Taniguchi T et al., FEBS Lett. 2005 Oct 24;579(25):5704-12. Epub 2005 Oct 5.
【非特許文献6】Taniguchi T et al., Molecular Neurobiology of Alzheimer Disease and Related Disorders. 2004:183-194.
【非特許文献7】Tanemura K et al., Neurobiol Dis. 2001;8:1036-1045.
【非特許文献8】Tatebayashi Y et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2002;99:13896-13901.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、新規なパーキンソン症候群の検査方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、変異型ヒトタウタンパク質を発現する非ヒトモデル動物が、パーキンソン症状を示すことを新規に見出し、当該非ヒトモデル動物を用いて、パーキンソン症候群の検査を行い得ることに着目して、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.パーキンソン症状を呈する、変異型ヒトタウタンパク質を発現するパーキンソン症候群非ヒトモデル動物を用いた、パーキンソン症候群の検査方法。
2.パーキンソン症候群非ヒトモデル動物において、変異型ヒトタウタンパク質が、配列番号1に記載のアミノ酸配列により表される野生型ヒトタウタンパク質において221番目のアスパラギンがリジンに置換されたものである、前項1に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
3.パーキンソン症候群非ヒトモデル動物において、パーキンソン症状が運動症状により評価される、前項1または2に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
4.パーキンソン症候群がタウオパチーにより誘導されるものである、前項1〜3のいずれか1に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
5.パーキンソン症候群非ヒトモデル動物がマウスである、前項1〜4のいずれか1に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
6.前項1〜5のパーキンソン症候群の検査方法において、被検物質をパーキンソン症候群非ヒトモデル動物に投与することを含む、パーキンソン症候群に影響を与える物質をスクリーニングする方法。
7.パーキンソン症候群に影響を与える物質が、パーキンソン症候群の予防薬または改善薬の有効成分である物質である、前項7に記載のパーキンソン症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の変異型ヒトタウタンパク質を発現する非ヒトモデル動物を用いたパーキンソン症候群の検査方法によれば、パーキンソン症候群の新たな疾患メカニズムを解明することが可能であると考えられる。また本発明の検査方法によれば、ヒトと同様に非ヒトモデル動物のパーキンソン症状を確認することができるため、パーキンソン症候群の検査を生きた状態で行い得るという利点がある。また本発明の検査方法を用いれば、パーキンソン症候群に影響を与える物質をスクリーニングすることも可能である。パーキンソン症候群に影響を与える物質は、新たな作用機序でパーキンソン症状を予防もしくは治療することが可能であると考えられ、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】N279K変異ヒトタウタンパク質トランスジェニックマウスの歩行試験の結果を示す図である。Aは、マウスの後肢の足跡のパターンを示す写真であり、Bは歩幅を測定した結果を示す図である。(実施例1)
【図2】N279K変異ヒトタウタンパク質トランスジェニックマウスについてポール試験をした結果を示す図である。(実施例1)
【図3】6ヶ月齢のN279K変異ヒトタウタンパク質トランスジェニックマウスにレボドパを投与した場合の運動障害への影響を示す図である。Aは、トランスジェニックマウスにおける結果であり、Bはコントロールのマウスにおける結果である。(実施例2)
【図4】4ヵ月齢のN279K変異ヒトタウタンパク質トランスジェニックマウスにレボドパを投与した場合の運動障害への影響を示す図である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、パーキンソン症候群とはパーキソニズム(パーキンソン症状)を有する疾患全般を意味し、パーキンソン病と、パーキンソン病とは異なる原因によりパーキンソン症状を示すものが含まれる。パーキンソン症状とは、振戦(ふるえ)、筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害などを意味する。好ましくはパーキンソン症候群は、パーキンソン病とは異なる原因によりパーキンソン症状を示すものであり、より好ましくはタウオパチーにより誘導されるものである。タウオパチーとは、微小管結合タンパク質であるタウタンパク質が正常に機能していない状態を意味する。
【0017】
本発明においてパーキンソン症候群非ヒトモデル動物は、変異型ヒトタウタンパク質を発現するものである。ヒトタウタンパク質には、選択的スプライシングのため、アミノ酸個数352〜441個の6種の異なるアイソフォームが存在する。本発明において、野生型ヒトタウタンパク質とは、アイソフォームの1種で、エクソン2およびエクソン3を欠きエクソン10を有するアイソフォームを意味し、当該アイソフォームは383個アミノ酸残基からなる(配列番号1)。変異型ヒトタウタンパク質は、配列番号1に記載のアミノ酸配列に変異が導入されたものであり、変異は、置換、欠失、付加、誘導のいずれであってもよい。また変異の個数は1個以上であればよいが、好ましくは1個である。具体的には、変異型ヒトタウタンパク質は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において221番目のアスパラギンがリジンに置換しているものが挙げられる。なお、配列番号1のアミノ酸配列における221番目のアスパラギンは、441個のアミノ酸残基からなる最長アイソフォームの279番目のアスパラギンに相当する。
【0018】
本発明におけるパーキンソン症候群非ヒトモデル動物は、変異ヒトタウタンパク質を発現しているものであれば、動物種や作製方法は問わない。非ヒト動物としては、ヒト以外の哺乳動物が挙げられ、例えば、ウシ、サル、ブタ、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギ、ラット、マウスなどが挙げられる。特に、モルモット、ラット、マウスなどのげっ歯類は取扱いが容易であるため好ましく、中でもマウスが好ましい。
【0019】
パーキンソン症候群非ヒトモデル動物は、変異ヒトタウタンパク質を組み込んだトランスジェニック非ヒト動物であり、かかるトランスジェニック非ヒト動物は、タンパク質発現コンストラクトを含むベクターを使用して、当該コンストラクトを非ヒト動物に導入することにより、一般的には作製可能である。
【0020】
まず、未受精卵、受精卵、精子及びその始原細胞を含む胚芽細胞などに対して、好ましくは、非ヒト動物の発生における胚発生の段階(さらに好ましくは、単細胞または受精卵細胞の段階でかつ一般に8細胞期以前)において、リン酸カルシウム法、電気パルス法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE−デキストラン法などにより変異型ヒトタウタンパク質発現コンストラクトを導入することにより作製することができる。また、該遺伝子導入方法により、体細胞、生体の臓器、組織細胞などに変異型タウタンパク質を転移させ、細胞培養、組織培養などに利用することもできる。さらに、これら細胞を上述の胚芽細胞と自体公知の細胞配合法により融合させることによりトランスジェニック非ヒトモデル動物を作製することもできる。
【0021】
受精卵細胞段階における変異型タウタンパク質発現コンストラクトの導入は、対象動物の胚芽細胞及び体細胞の全てに過剰に存在するように確保することが好ましい。トランスジェニック後の作出動物の胚芽細胞において変異型タウタンパク質発現コンストラクトが過剰に存在することは、作出動物の子孫が全てその胚芽細胞及び体細胞の全てに変異型タウタンパク質発現コンストラクトを過剰に有することを意味する。遺伝子を受け継いだこの種の動物の子孫はその胚芽細胞及び体細胞の全てに変異型タウタンパク質発現コンストラクトを過剰に有する。導入遺伝子を相同染色体の両方に持つホモ接合体の動物を取得し、この雌雄の動物を交配することによりすべての子孫が該遺伝子を安定に保持し、また、該遺伝子を過剰に有することを確認して、通常の飼育環境で繁殖継代することができる。
【0022】
トランスジェニック動物が元来有する内在性の遺伝子とは異なる遺伝子を含んでなる変異型タウタンパク質発現コンストラクトを、対象動物又はその先祖の受精卵に転移させる際に用いられる受精卵は、同種の雄哺乳動物と雌哺乳動物を交配させることによって得られる。受精卵は自然交配によっても得られるが、雌哺乳動物の性周期を人工的に調節した後、雄哺乳動物と交配させる方法が好ましい。雌哺乳動物の性周期を人工的に調節する方法としては、例えば初めに卵胞刺激ホルモン(妊馬血清性性腺刺激ホルモン(PMSG))、次いで黄体形成ホルモン(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG))を例えば腹腔注射などにより投与する方法が好ましい。
【0023】
得られた受精卵に前述の方法により変異型タウタンパク質発現コンストラクトを導入した後、雌動物に人工的に移植、着床させることにより、変異型タウタンパク質を組み込んだDNAを有する非ヒト動物が得られる。好ましくは、黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH)を投与後、雄動物と交配させることにより、受精能を誘起された偽妊娠雌動物に得られた受精卵を人工的に移植・着床させることができる。遺伝子を導入する全能性細胞としては、マウスの場合、受精卵や初期胚を用いることができる。また培養細胞への遺伝子導入法としては、トランスジェニック動物個体の産出効率や次代への導入遺伝子の伝達効率を考慮した場合、マイクロインジェクションが好ましい。
【0024】
遺伝子を注入した受精卵は、次に仮親の卵管に移植され、個体まで発生し出生した動物を里親につけて飼育させる。その後、体の一部(マウスの場合には、例えば、尾部先端)からDNAを抽出し、サザン解析やPCR法により導入遺伝子の存在を確認することができる。導入遺伝子の存在が確認された個体を初代(Founder)とすれば、導入遺伝子はその子(F1)に50%伝達される。さらに、このF1個体を野生型動物または他のF1動物と交配させることにより、2倍体染色体の片方(ヘテロ接合)または両方(ホモ接合)に導入遺伝子を有する個体(F2)を作成することができる。
【0025】
あるいは、変異型タウタンパク質発現コンストラクト導入トランスジェニック非ヒト動物は、上記した変異型タウタンパク質発現コンストラクトをES細胞に導入することによって作製することもできる。例えば、正常マウス胚盤胞に由来するHPRT陰性(ヒポキサンチングアニン・フォスフォリボシルトランスフェラーゼ遺伝子を欠いている)ES細胞(embryonic stem cell)に、変異型タウタンパク質発現コンストラクトを導入する。変異型タウタンパク質発現コンストラクトがマウス内因性遺伝子上に組み込まれたES細胞をHATセレクション法により選別する。次いで、選別した変異型タウタンパク質発現コンストラクトを、別の正常マウスから取得した受精卵(胚盤胞)にマイクロインジェクションする。該胚盤胞を仮親としての別の正常マウスの子宮に移植する。そうして該仮親マウスから、キメラトランスジェニックマウスが生まれる。該キメラトランスジェニックマウスを正常マウスと交配させることによりヘテロトランスジェニックマウスを得ることができる。該ヘテロトランスジェニックマウス同士を交配することにより、ホモトランスジェニックマウスが得られる。
【0026】
例えば、マイクロインジェクションによりトランスジェニックマウスを作製した場合、一般的には、生まれた胚の10〜40%に染色体への導入遺伝子の安定な組み込みが起こっている。選択されたマウス染色体に目的とする遺伝子の組み込みが起こっているかどうかをPCR法、サザンブロット法等により確認することが好ましい。また、変異型タウタンパク質発現コンストラクトが生起しているか否かを確認する方法としては、例えば、上記の方法により得られたマウスからRNAを単離してノーザンブロット法等により調べ、またはタンパク質を抽出してウェスタンブロット法等により調べる方法がある。このマウスを野生型のマウスとインタークロスさせると、ヘテロ接合体マウスを得ることができる。
【0027】
本発明のトランスジェニックマウスは具体的には特許文献2に記載の手法により作製することができる。
【0028】
まず、野生型ヒトタウ遺伝子を作製する。ヒトタウ遺伝子として、アミノ酸383個よりなる0N4Rアイソフォームの野生型ヒトタウタンパク質をコードするcDNA(配列番号2に示す)、または、ヒト変異型タウ断片(病原性変異 N279K)(Yasuda M et al., Neurology, 1999 Sep 11;53(4):864-8)を含んだDNA断片(最長アイソフォーム2N4Rを基準として数えた837番目の塩基TがGに変異したもの(T837G変異)(配列番号2の663番目の塩基TがGに変異したもの))を組み込こんだ形質転換用コンストラクトを作製する。形質転換用コンストラクトに用いる発現ベクターは、マウスプリオンプロモーターを持つMoPrP.Xhoであることが好ましい。MoPrP.Xhoは、Westaway D et al., Neuron, 7:59-68(1991)、Fischer M et al., The EMBO Journal, 15(6):1255-1264(1996)、Borchelt DR et al., Genet Anal. 1996 Dec;13(6):159-163、Borchelt DR et al., Genet Anal. 1996 Dec;13(6):159-163の記載に従って作製することができる。
【0029】
C57BL/6マウスとSJL F2マウスとの交配により、交雑群を作製し、これら交雑群同士の交配より得た受精卵の前核に、変異型ヒトタウ遺伝子を導入した形質転換用コンストラクトをマイクロインジョクションにより注入して、トランスジェニックマウスを作製することができる。変異型ヒトタウ遺伝子を発現しているマウス(ファウンダーマウス)をC57BL/6マウスと交配させることによって、トランスジェニックマウスのラインを作製することができる。
【0030】
本発明の検査方法において、パーキンソン症候群非ヒトモデル動物に対する試験はいかなるものであってもよい。試験としては、非ヒトモデル動物が生きたままの状態で解析するための試験であってもよいし、組織免疫染色等の試験であってもよい。好ましくは、本発明の検査方法においては、非ヒトモデル動物が生きたままの状態で、パーキンソン症状の運動症状により評価することにより解析する。運動症状とは、小刻み歩行、振戦(ふるえ)、筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害などを意味する。これらの症状の観察に用いる試験としては、例えば、実施例に記載の、歩行試験(Footprint test)やポール試験(Pole test)のほか、プレパルスインヒビション試験、ローター・ロッド試験などが挙げられる。
【0031】
本発明の検査方法は、パーキンソン症候群のメカニズムの研究に用いることができる。研究における比較対照としては、変異型および/または野生型のヒトタウタンパク質がトランスジェニックされていないマウスや、野生型ヒトタウタンパク質(配列番号1)を発現するトランスジェニックマウスを用いることができる。野生型ヒトタウタンパク質を発現するトランスジェニックマウスは、上記変異型ヒトタウタンパク質を発現するトランスジェニックマウスの作製方法において、変異型ヒトタウ遺伝子の代わりに、野生型ヒトタウ遺伝子を導入することにより、作製することができる。
【0032】
本発明の検査方法は、被検物質をパーキンソン症候群非ヒトモデル動物に投与することを含む、パーキンソン症候群に影響を与える物質をスクリーニングする方法に用いることが可能である。被検物質の投与後、非ヒトモデル動物のパーキンソン症状を観察することにより、パーキンソン症状を悪化させる物質、緩和させる物質、治療する物質、予防する物質などの、パーキンソン症状に影響を与えうる物質を選択することができる。本スクリーニング方法によれば、パーキンソン症候群の予防薬や治療薬の有効成分を選択することができると考えられる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)運動症状の試験
(1)動物
SJLBマウス(特許文献2)を温度制御室にて12:12時間明暗周期下で適宜食料と水を与えて飼育した。動物の取り扱いは、「姫路獨協大学における動物実験ガイドライン」に従った。
【0035】
(2)歩行試験(Footprint test)
まず、マウスをスロープの下端に置いた(幅5.0 cm、長さ90 cm、傾斜角度30度)。黒色インクをマウスの後肢に塗布し、スロープに設置した紙片上(幅幅5.0 cm、長さ90 cm)をマウスに進ませることにより、歩幅(stride length (cm))を測定した(図1A参照)。各走行から、最長の歩幅3つを採用した。
【0036】
(3)ポール試験(The pole test)
表面が荒いポール(直径8 mm、高さ55 cm)を垂直に立て、その頂上にマウスを、頭部を上向きにして置き、マウスが床に降りてくるまでの時間(locomotor activity time: TLA)を測定した。TLAは最大120秒とした。頭部を下に向けることができなかった場合や、ポールから落下した場合は、TLAを120秒として記録した。これらの症状は最も重症と考えることができるためである。
【0037】
結果を図1および図2に示す。
SJLBマウスの場合、対照(cont.)として使用したトランスジェニックされていないマウス(non-Tg)に比較して、5〜12ヶ月齢で歩幅が短かった。なお歩幅はマウスの個体の大きさに依存するが、SJLBマウスとnon-Tgマウスの間に個体の大きさの有意な差は見られなかった。
またSJLBマウスの場合、non-Tgマウスに比較して、5〜9ヶ月齢でTLAが有意に増加していた。
従って、SJLBマウスではパーキンソン症状と同様の運動障害を示すことが確認された。
【0038】
(実施例2)ドパミン処理のSJLBマウスパーキンソン症状への影響
ドパミンとしてレボドパ(Levodopa)を、マウスに経口投与した。レボドパは、10 mg/ml レボドパ、2.85 mg/ml ベンセラジド塩酸塩(benserazide)(低用量レボドパ)あるいは、 100 mg/ml レボドパ、28.5 mg/ml ベンセラジド塩酸塩(高用量レボドパ)を含む水の入った瓶により与えた。コントロールとしては、レボドパおよびベンセラジド塩酸塩の含まれていない水を与えた。
【0039】
結果を図3および4に示す。
既にパーキンソン症状を顕著に示している6ヶ月齢のSJLBマウスに低用量レボドパ処理したところ、レボドパ処理によるSJLBマウスの歩幅への影響は見られなかった(図3A)。同様にnon-Tgマウスにおいてもレボドパ処理は歩幅に影響しなかった(図3B)。
パーキンソン症状が顕在化していない4ヶ月齢のSJLBマウスに低用量レボドパ処理を施したところ、SJLBマウスの歩幅への影響は見られなかった(図4)。処理開始から15日目に、レボドパ処理を高用量レボドパ処理に変更したところ、若干の歩幅増加が見られたが、有意な増加ではなかった(図4)。
従って、SJLBマウスのパーキンソン症状について、ドパミンは治療的にも予防的にも効果が見られないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明における変異型ヒトタウタンパク質を発現する非ヒトモデル動物を用いれば、パーキンソン症候群の疾患メカニズムを解明することが可能であり、特にタウオパチーにより誘導されるパーキンソン症状のメカニズムを解明するに有用であると考えられる。また本発明の検査方法によれば、パーキンソン症候群の検査を生きた状態で行い得るため、様々な実験系を構築可能であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーキンソン症状を呈する、変異型ヒトタウタンパク質を発現するパーキンソン症候群非ヒトモデル動物を用いた、パーキンソン症候群の検査方法。
【請求項2】
パーキンソン症候群非ヒトモデル動物において、変異型ヒトタウタンパク質が、配列番号1に記載のアミノ酸配列により表される野生型ヒトタウタンパク質において221番目のアスパラギンがリジンに置換されたものである、請求項1に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
【請求項3】
パーキンソン症候群非ヒトモデル動物において、パーキンソン症状が運動症状により評価される、請求項1または2に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
【請求項4】
パーキンソン症候群がタウオパチーにより誘導されるものである、請求項1〜3のいずれか1に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
【請求項5】
パーキンソン症候群非ヒトモデル動物がマウスである、請求項1〜4のいずれか1に記載のパーキンソン症候群の検査方法。
【請求項6】
請求項1〜5のパーキンソン症候群の検査方法において、被検物質をパーキンソン症候群非ヒトモデル動物に投与することを含む、パーキンソン症候群に影響を与える物質をスクリーニングする方法。
【請求項7】
パーキンソン症候群に影響を与える物質が、パーキンソン症候群の予防薬または改善薬の有効成分である物質である、請求項7に記載のパーキンソン症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−43428(P2011−43428A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−192205(P2009−192205)
【出願日】平成21年8月21日(2009.8.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年(2009年)6月1日、日本神経化学会発行の「神経化学48巻 第2,3合併号」に発表、及び、 平成21年(2009年)7月29日、http://www3.interscience.wiley.com/journal/122525583/issue?CRETRY=1&SRETRY=0を通じて発表、及び、 平成21年(2009年)4月24日、東京大学医科学研究所 ヒト疾患モデル研究センター内学術事務局発行の「第56回日本実験動物学会総会講演要旨集」に発表
【出願人】(501296863)
【Fターム(参考)】