説明

非侵襲性光電グロトグラフィの方法と装置

本発明は、異なる発声状態(母音、有声子音又は無声子音)での声門の挙動を可視化することを、調音の制限も音素の分析における制約もなしに実現することを目的とする。そのため本発明では、外部光源を使用して声門に散乱光を照射することと、外部の光検出によって光信号を受信することとを具備する、非侵襲的方法を提案する。本発明の装置によれば、光源(10、12)は、被験者(P)の体外にあって下咽頭(HP)に位置する。光検出器(20)は、周囲光に対してマスク(22)で隠されており、被験者(P)の皮膚(11)のすぐ近くに位置する。光検出器(20)は、光源(10、12)からの散乱光の少なくとも1つの波長範囲で感受性を有し、その光検出器から出る信号を増幅する増幅器(24)に接続されており、この様な構成により、信号処理(26)ステップと組み合わされて、声門の開き具合に関する連続したデータを可視化できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、喉頭の声門の挙動を非侵襲性光電グロトグラフィによって分析する方法と、散乱光の放射と検出によってその方法を実施する装置に関する。
【0002】
本発明は、発声器官の挙動、その中でも特に喉頭と声門の挙動の可視化をもとにした、音声的言語と音声的音韻論の科学の分野における臨床的・実験的研究に関する。
【背景技術】
【0003】
声、したがって発話は、声帯を形成するヒダによって縁取られた空間である喉頭の声門の開閉によって特に制御される。声門の開閉状態の変化と開閉の質の変化は声門の挙動を明らかにする因子であるため、それを可視化することが臨床的・実験的研究の重要な1つのステップである。発話器官のメカニズムは複雑であるため、実際には、空気力学的データ、生理学的データ、生体力学的データ、音響学的データを組み合わせ、発声器官(喉頭と肺)と調音器官(舌、唇、口蓋帆、咽頭)の内部作用および相互作用の連係を研究する必要がある。
【0004】
空気力学的データの解釈が正しいかどうかは、声門領域の時間変動に関する情報を提供する光電グロトグラフィのデータによって確認できる。公知の光電グロトグラフィ技術では、鼻ファイバースコープを用いた喉頭の照射と、咽頭外センサーによる検出を利用している。
【0005】
しかし光電グロトグラフィでは、声門の挙動を表す情報を得ることができない。なぜならこうした侵襲的技術による苦痛と信号に生じる変形のために不確実なことが起こって正しい解釈ができなくなるからである。それに加え、既存の技術は、被験者の舌が前に位置することに対応する母音“i”や“e”といった音素の研究にしか役立たない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、世界中で用いられているあらゆる言語に関してさまざまな発声状態(母音、有声子音、無声子音)での声門の挙動を可視化するとともに、声の質(擦過音、破裂音など)を可視化することを、調音の制限も音素の研究における制約もなしに実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そのため本発明では、外部光源から声門に散乱光を照射し、やはり外部で光検出によって光信号を受信することによる非侵襲的方法を提案する。
【0008】
より詳細には、本発明は、被験者が発話の音を形成する領域であって、下咽頭と、咽頭と、声帯によって縁取られる声門とを備える領域における非侵襲性光電グロトグラフィの方法を目的とする。被験者の体外かつこの被験者の皮膚のすぐ近くの環境にある光源の光を、この被験者の皮膚を横断できるパワーかつ波長範囲で、散乱光の形態での伝播によって下咽頭と咽頭を通過させて声門に照射する。散乱された光信号を声門の横断後にこの被験者の体外で光検出によって回収した後、増幅し、処理することにより、次々と起こる声門の連続的な開閉に従う時間的に連続したデータ、すなわち声門の開き具合を規定するデータを出力する。
【0009】
発話中の声門の開き具合は2種類の情報を提供する。すなわち、母音や有声子音などの有声音を発音するための声帯の振動に関する情報と、無声子音と有声子音の区別を可能にする声帯の内転運動/外転運動に関する情報である。この開き具合は、音素が強勢位置であるかないかも示している。したがってこの方法は、臨床的・実験的音声学の分野と言語の比較研究において利用することができる。なぜならこの方法を実施する際に舌の塊が前方位置にあるかないかは影響がないからである。
【0010】
本発明は、この方法を実施する装置にも関する。この非侵襲的な装置は、被験者の体外にあって下咽頭に位置する光源を備えている。この装置は、周囲光から隠されていてこの被験者の皮膚のすぐ近い環境に位置する光検出器も備えている。この光検出器は、光源から出る散乱光の少なくとも1つの波長範囲で感受性があり、この光検出器から出る信号の増幅器に接続されており、この構成により、信号処理と組み合わされて声門の開き具合に関する連続したデータを可視化することができる。
【0011】
特別な実施態様によると、
- 信号処理は、増幅された信号の時系列グラフを出力する記録装置によって実行される;
- 光源は、温度的に隔離された発光体(それよりは発光ダイオード(LED)が望ましい)に接続された光ファイバーであるが、その発光体だけで光ファイバーはなくてもよい;
- 光源は、パルス列発生装置(13)によって制御される高性能LEDである;
- 周囲光は、フォトダイオードの増幅回路により低域フィルタを用いて濾波される;
- LEDは数ワット(典型的には1から3ワット)のオーダーの高出力であり、赤から赤外の波長領域、その中でも特に近赤外の波長領域で発光する;
- 光検出器は、光の伝播方向に沿って声門の下に配置される;
- 光検出器で受信した信号をオシロスコープを用いて、またはコンピュータによって制御される適切なソフトウエアを用いて処理することにより、データの直接的な記録および/または可視化がなされる;
- 発光体の波長領域は、皮膚に効果的に侵入できるようにするため赤から赤外に位置する;
- 光源の光信号を安定化させる手段が設けられていて、特に安定化された直流がその光源に供給されることで信号のゆらぎが防止される;
- 光検出器として、高感度かつ高反応速度のPINタイプのフォトダイオードが可能である;
- 光源は、被験者の体外だが皮膚のすぐ近くに来るようにして、舌骨と甲状軟骨に向かい合っていて甲状軟骨の上部の近くに位置するスペースに配置される;
- 光検出器は、周囲光を吸収または反射するあらゆる手段と組み合わされて、甲状軟骨と輪状軟骨、または気管領域とに向かい合った位置にあるスペースで皮膚に固定することができる。
【0012】
本発明の他の特徴と利点は、添付の図面を参照した例示としての一実施例に関する以下の説明に現われるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、断面図として示した被験者に取り付けられて動作している状態の本発明による装置の全体概略図である。
【図2】図2は、断面図として示した被験者に取り付けられて動作している状態の本発明の別の実施態様による装置の全体概略図である。
【図3a】図3aは、開いた後舌母音“a”と閉じた前舌母音“i”という2種類の音について鼻ファイバースコープ装置を用いて得られた声門の振幅信号の時系列グラフであり、その時系列グラフには、マイクロフォンで同時に得られた声の録音も示されている。
【図3b】図3bは、開いた後舌母音“a”と閉じた前舌母音“i”という2種類の音について本発明による装置を用いて得られた声門の振幅信号の時系列グラフであり、その時系列グラフには、マイクロフォンで同時に得られた声の録音も示されている。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に示した本発明による非侵襲性光電グロトグラフィ装置は、光源として出力が3ワットの発光ダイオード(今後はLEDと表記)10を備えている。LED 10は、(図1に大まかに示した)下咽頭HPの領域、より詳細には舌骨OHと甲状軟骨CTの間にあって甲状軟骨CTの上部HSに近い位置に、被験者Pの皮膚11の表面に接触して配置される。LEDの代わりに、安定化された“冷たい”発光体(例えば熱を吸収するフィルタの付いたハロゲン・ランプ)からの光を伝播させる光ファイバー12を同様の位置に用いることもできる。LEDの波長は、皮膚に効果的に侵入できるよう近赤外に位置する。
【0015】
光源の光信号を安定化させる手段が設けられていて、特に安定化された直流がLEDに供給されることで信号のゆらぎが防止されることが望ましい。
【0016】
この(本発明の)装置は、光検出器20として、高感度かつ高反応速度のPINタイプのフォトダイオードも備えている。光検出器20も被験者の皮膚11に接触して配置されているが、光の伝播方向に沿って声門GLの下の位置にある。より詳細には、光検出器は、気管領域RTに位置するスペースに配置される。したがってLEDからの光Lは散乱され(図1の矢印L)、咽頭PHの中で反射され、(声帯を形成する)ヒダPVによって縁取られている開いた声門GLを横断する。
【0017】
光検出器は、LEDからの光を受信するため、黒い吸収マスク22によって周囲光から隔離されていることが望ましい。
【0018】
光検出器は、LEDの赤外発光領域において感度が最大である。フォトダイオードで受信した信号は、信号記録装置26に接続された信号増幅器24に送られる。この記録装置は、この実施例では、声門GLが開くことによって送られる信号の振幅を標準的な処理によって可視化できるオシロスコープである。(図2に示したように)その信号をコンピュータによって制御される適切な音声ソフトウエアで可視化することもできる。
【0019】
図2に示したような本発明による非侵襲性光電グロトグラフィ装置は、図1に基づいて説明した設備を再現したものだが、光源として、パルス列発生装置13によって制御される高性能LEDを備えている。パルス列は周波数が例えば10kHzである。このようにすると、フォトダイオードがカップルした(組込式)増幅器と、整流回路と、低域フィルタ(周囲光は周波数が1014Hzのオーダーである)を信号増幅器24に統合することで、周囲光に起因する干渉を濾波することができる。当業者であれば、例えばロックイン増幅器を用いてこのフィルタ回路を適合した状態にすることができよう。
【0020】
記録装置は、図3aと図3bに示したように、時間tの関数である信号の振幅Aの時系列グラフ(クロノグラフ)をリアルタイムで出力することができる。ここに示した時系列グラフは、それぞれ、開いた母音[a]を有する音素と無声子音[s]を有する音素からなる“asa”の音(発音は“アサ”)と、閉じた母音[i]を有する音素と無声子音[s]を有する音素からなる“isi”の音(発音は“イスィ”)に対応する。最初の時系列グラフ、すなわち曲線C1aとC1iは、被験者の前に置いたマイクロフォンで得られた音声の振幅を示す。C1aとC1iには、母音[a]と“[i]”を発音する際の音響振動VaとViが現われ、次いで“sa”と“si”の無声子音[s]を発音する際のノイズ領域が現われ、次いで第2の母音[a]と[i]を発音する際の振動VcaとVciが現われる。
【0021】
ファイバースコープを用いた光電グロトグラフィによる録音、すなわち曲線C2aとC2i(図3a)は、それぞれ、録音C1aとC1iと同時に行なわれた。録音C2aとC2iは、この侵襲性技術が、関係する母音の調音に依存することを示している。なぜなら信号C2aは、“sa”の開いた後舌母音“a”の間と、対応する無声子音[s]の間はほぼ平坦なままだからである(後舌母音[a]の間の舌の位置のため、同時調音によって[s]が遅く調音される)。信号C2iが系列ViとVciに対応する応答を出力するのは、“si”の前舌母音[i]、すなわち“i”と、対応する無声子音[s]が発音される場合だけである。
【0022】
さらに、同じ発声条件で録音を行ない、マイクロフォンによって形成された信号の録音(C3aとC3i)と本発明の装置によって形成された信号の録音(C4aとC4i)を比較した。本発明の装置で行なった録音は、この明細書で提案する方法と装置が、関係する母音の調音に依存しないことを示している。確かに、本発明の非侵襲性技術で得られた信号C4aとC4iは、発音された母音の種類(後舌母音または前舌母音)に関係なく、信号の振幅が大きくて測定可能である(LaとLca、それに続くLiとLci)。出力される信号は、[asa]と[isi]に関して全体として似た形状であり、これは生理学的な現実に対応している。これは、曲線C2iに見られるようなファイバースコープによる録音とは異なり、[asa]の場合に後方に位置する舌が測定を邪魔しないことによる。
【0023】
したがって散乱光は、舌の位置に関係なく声門を横断し、変動に関与する声門と声帯の振幅の変動を感度よく伝える。つまり信号は、次々に起こる声門の開閉に従う。その結果、非侵襲的な光散乱による技術は、母音または子音の種類とは独立になる。
【0024】
その場合、発話中の声門の開き具合は、母音を発音するための声帯の振動に関する情報と、無声子音と有声子音の区別を可能にする声帯の内転運動/外転運動に関する情報を提供する。この振幅は、音素が強勢位置であるかないかも示す。そのとき舌の塊が前方位置にあるかないかは、上に説明したように影響がない。
【0025】
本発明が説明したり図示したりした実施態様に限定されることはない。例えば光源として、複数のLEDを気管の近くに、または気管に対称に配置することが可能である。その場合、光をより多く受け取るためにLEDの傾きをさまざまにすることができる。大きなサイズの光検出器、または複数の光検出器を設けることも可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が発話の音を形成する領域であって、下咽頭(HP)と、咽頭(PH)と、声帯(PV)によって縁取られる声門(GL)とを備える前記領域における非侵襲性光電グロトグラフィの方法であって、
前記方法が、被験者(P)の体外かつ前記被験者の皮膚(11)のすぐ近くの環境にある光源(10、12)の光を、前記被験者の皮膚を横断できるパワーかつ波長範囲で、散乱光(L)の形態での伝播によって下咽頭(HP)と咽頭(PH)を通過させて声門(GL)に照射し、散乱された光信号を声門(GL)の横断後に前記被験者の体外で光検出によって回収した後、増幅し、処理することにより、次々と起こる声門の連続的な開閉に従う時間的に連続したデータ、すなわち声門の開き具合と振動の振幅を規定するデータ(A)を出力することからなることを特徴とする方法。
【請求項2】
被験者が発話の音を形成する前記領域が、舌骨(OH)と、上部(HS)を有する甲状軟骨(CT)とを対称に備えていて、前記光源を、前記舌骨(OH)と前記甲状軟骨(CT)に向かい合っていて前記甲状軟骨の上部(HS)の近くに位置するスペースに配置することを特徴とする、請求項1に記載の非侵襲性光電グロトグラフィの方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法を実施する装置であって、
被験者(P)の体外にあって下咽頭(HP)に位置する光源(10、12)と、周囲光から隠されていて前記被験者(P)の皮膚(11)のすぐ近い環境に位置する光検出器(20)とを備える装置において、
前記光検出器(20)は、前記光源(10、12)から出る散乱光の少なくとも1つの波長範囲で感受性を有し、その光検出器から出る信号の増幅器(24)に接続されており、更に信号処理(26)と組み合わされて、声門の開き具合に関する連続したデータを可視化できることを特徴とする装置。
【請求項4】
前記信号処理が、増幅信号の時系列グラフを出力する記録装置(26)によって実行されることを特徴とする、請求項3に記載の装置。
【請求項5】
前記光源が、温度的に隔離された発光体、またはLED(10)タイプの前記発光体に直接接続された光ファイバー(12)であることを特徴とする、請求項3または4に記載の装置。
【請求項6】
前記光源が、パルス列発生装置(13)によって制御される高性能LEDであることを特徴とする、請求項3または4に記載の装置。
【請求項7】
周囲光が、フォトダイオードの増幅回路により低域フィルタを用いて濾波されることを特徴とする、請求項6に記載の装置。
【請求項8】
前記光源が1から3ワットの出力で、赤から赤外の波長領域、その中でも特に近赤外の波長領域で発光する発光ダイオード(LED)であることを特徴とする、請求項5または6に記載の装置。
【請求項9】
オシロスコープを備えおよび/またはコンピュータによって制御される適切なソフトウエアを備えていて、前記光検出器(20)で受信した信号を処理することによって供給されるデータの直接的な記録および/または可視化が可能であることを特徴とする、請求項3から8のいずれか1項に記載の装置。
【請求項10】
前記光源の光信号を安定化させる手段が設けられていて、特に安定化された直流が前記光源に供給されることで信号のゆらぎが防止されることを特徴とする、請求項3から5、8、9のいずれか1項に記載の装置。
【請求項11】
前記光検出器(20)が、高感度かつ高反応速度のPINタイプのフォトダイオードであることを特徴とする、請求項3から10のいずれか1項に記載の装置。
【請求項12】
前記光検出器(20)が、周囲光を吸収または反射するマスク(22)と組み合わされて、甲状軟骨(CT)と、輪状軟骨または気管領域(RT)とに向かい合った位置にあるスペースで皮膚(11)に固定されていることを特徴とする、請求項3から11のいずれか1項に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【公表番号】特表2010−528796(P2010−528796A)
【公表日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−511689(P2010−511689)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【国際出願番号】PCT/FR2008/000838
【国際公開番号】WO2009/010655
【国際公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【出願人】(501089863)サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェサイアンティフィク(セエヌエールエス) (173)
【出願人】(509341798)ユニベルシテ ドゥ ラ ソルボンヌ ヌーブル−パリ トロワズィエーム (1)