説明

非線形光学材料およびその製造方法

【課題】本発明は、InSbナノ粒子を用いた非線形光学材料であって、量子サイズ効果を十分に発揮することができ、非線形光学特性に優れる非線形光学材料を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明は、表面に分散剤が付着されたInSbナノ粒子が、マトリックス中に分散されていることを特徴とする非線形光学材料を提供することにより、上記目的を達成するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば光スイッチ等に用いられる非線形光学材料およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光が物質に入射されると、光の電場Eにより電気分極Pが誘起される。通常、電気分極Pは電場Eに比例することが多く(P=χE)、その場合、光学感受率χは電場に依存せず一定である。これを線形性と呼ぶ。一方、電気分極が電場に比例しない場合があり、これを非線形性と呼ぶ。この場合、電気分極は電場のべき乗で展開される(P=χ(1)E+χ(2)2+χ(3)3+…)。3次の非線形感受率とは、光学感受率の高次の項のうち、3次の項の係数をいう。また、3次の項による光学効果を3次の非線形光学効果と呼ぶ。3次の非線形光学効果としては、光第3次高調波発生(THG)、電気光学効果(カー効果)、光カー効果、光誘起屈折率変化、縮退4波混合、光双安定性現象などが知られている。
3次の非線形光学効果を示す非線形光学材料は、例えば光を物質に入射することにより物質の屈折率が変化する現象(光誘起屈折率変化)を利用して、光で光を制御する光スイッチへの展開が期待されている。
【0003】
ガラス、高分子、結晶等の透明なマトリックス中に半導体微粒子を分散させた材料が3次の非線形光学特性を有することが観察されており、これらの材料が比較的大きな非線形感受率χ(3)を示すことが報告されている(例えば特許文献1、特許文献2および非特許文献1参照)。上記の材料が3次の非線形光学特性を有する理由は、半導体微粒子中の励起子がガラス等のマトリックスのつくる深いポテンシャルによって3次元的に閉じ込められる、量子サイズ効果によるものと考えられている。
【0004】
InSbは、78000cm/Vs程度の移動度を有し、Siの移動度1450cm/Vsよりも大きいことから、半導体への利用が注目されている。また、バンドギャップが狭いほど3次の非線形感受率χ(3)が高くなることが知られており、InSbのバンドギャップは0.18eVと比較的狭いことから、InSbは非線形光学材料への利用が期待されている。さらに、半導体ナノ粒子の大きさが半導体のボーア半径より小さい場合には、非線形光学効果が増大することが知られており、InSbのボーア半径は65.5nmと大きいことから、比較的大きいInSbナノ粒子であっても非線形光学効果の増大が期待できる。
【0005】
無機ナノ粒子の合成方法は、固相法、液相法、気相法に大別され、InSbナノ粒子の合成方法としては、液相法および気相法が知られている。
【0006】
気相法による合成方法としては、例えばMolecular Beam Epitaxy(MBE)(非特許文献2)、またはMetal Organic Vapor Phase Deposition(MOVPE)(非特許文献3)により、InSbナノ粒子(量子ドット)をGaAs基板またはGaSb基板の上に作製した報告がなされている。また、RFスパッタリングにより、SiO中にInSbナノ粒子が分散した薄膜を得た報告がなされている(非特許文献4)。さらに、Inナノ粒子をアモルファスカーボン膜上に一旦作製した後に、Sbを真空蒸着してアロイ化し、InSbナノ粒子を作製した報告がなされている(非特許文献5)。
【0007】
しかしながら、非特許文献2、非特許文献3および非特許文献5の手法では、マトリックス中にInSbナノ粒子を固定していないため、基板上に作製したInSbナノ粒子が、容易に基板から剥離してしまう。また、非特許文献4の手法では、SiOマトリックス中にInSbナノ粒子が固定された膜が形成されるが、作製直後のInSbナノ粒子はアモルファスで、アニールしないと結晶化しない。高い非線形光学効果を得るには、InSbナノ粒子がアモルファスであるよりも結晶化している必要がある。アニール条件としては、300℃〜400℃で4時間の熱処理が記載されており、長時間の処理が必要である点で製造上現実的ではない。
【0008】
また、上述の方法で得られるInSbナノ粒子は、基板等の上に固定されているため、InSbナノ粒子の密度が制限される。非線形光学効果は、材料中に含有されるInSbナノ粒子の濃度に比例して増大するので、InSbナノ粒子の密度が制限されると、所望の非線形光学効果を得ることができない。さらに、これらの方法でInSbナノ粒子の密度を増加させると、InSbナノ粒子を均一に分散させることができない。また気相法では、粒径のばらつきが比較的大きいという問題もある。
【0009】
一方、液相法による合成方法としては、例えばSolvothermal Reduction Synthesisにより、InとSbClとをベンゼンを溶媒として180℃〜300℃に加熱することで、粒径が30nm〜50nmのInSbナノ粒子を合成した報告がなされている(非特許文献6)。また、上記のSolvothermal Reduction Synthesisにより、InClと6KBHとSbとをエチレンジアミンを溶媒として200℃に加熱することで、粒径が40nm〜60nmのInSbナノ粒子を合成した報告がなされている(非特許文献7)。さらに、t−BuIn・Sb(SiMeの加熱分解により、粒径が11nmのInSbナノ粒子を合成した報告がなされている(非特許文献8)。
しかしながら、これらの方法により得られるInSbナノ粒子は凝集しているため、マトリックス中でのInSbナノ粒子の分散状態が悪い。InSbナノ粒子がマトリックス中で凝集していると、所望の非線形光学効果が得られない。
【0010】
【特許文献1】特開平6−301071号公報
【特許文献2】特開平10−213823号公報
【非特許文献1】Phys. Rev. B, 47, p.9479-9491 (1993)
【非特許文献2】Appl. Phys. Lett., 68, p.958-960 (1996)
【非特許文献3】Appl. Phys. Lett., 74, p.2041-2043 (1999)
【非特許文献4】Solid State Commun., 107, p.79-84, (1998)
【非特許文献5】PHILOSOPHICAL MAGAZINE A, 80, p.1139-1149 (2000)
【非特許文献6】Adv. Mater., 13, p.145-148 (2001)
【非特許文献7】Can. J. Chem., 79, p.127-130 (2001)
【非特許文献8】J. Cluster Science, 10, p.121-131 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、InSbナノ粒子を用いた非線形光学材料であって、量子サイズ効果を十分に発揮することができ、非線形光学特性に優れる非線形光学材料を提供することを主目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記目的を達成するために、表面に分散剤が付着されたInSbナノ粒子が、マトリックス中に分散されていることを特徴とする非線形光学材料を提供する。
【0013】
本発明によれば、InSbナノ粒子の表面に分散剤が付着していることにより、InSbナノ粒子の凝集を防ぐことができるので、InSbナノ粒子をマトリックス中に均一に分散させることができる。また、InSbナノ粒子の粒径はナノオーダーであり、十分に小さい。したがって、本発明においては、量子サイズ効果を十分に発現させることができ、高い非線形光学特性が得られる。
【0014】
また本発明は、InSbナノ粒子がマトリックス中に分散されており、上記InSbナノ粒子の濃度が1体積%〜50体積%の範囲内であることを特徴とする非線形光学材料を提供する。
【0015】
本発明によれば、InSbナノ粒子の濃度が所定の範囲内であるので、InSbナノ粒子の凝集を防ぐことができ、InSbナノ粒子をマトリックス中に均一に分散させることができる。また、InSbナノ粒子の粒径はナノオーダーであり、十分に小さい。さらに、従来の気相法により作製された、InSbナノ粒子がマトリックス中に分散された材料と比較して、本発明においてはInSbの濃度を高くすることができる。したがって、本発明においては、量子サイズ効果を十分に発現させることができ、高い非線形光学特性が得られる。
【0016】
上記発明においては、上記InSbナノ粒子の変動係数(Dev)が80%以下であることが好ましい。変動係数は粒度分布の指標であり、InSbナノ粒子の変動係数を所定の範囲とすることにより、InSbナノ粒子の粒度分布を狭くすることができる。これにより、量子サイズ効果を十分に得ることができる。
【0017】
また、上記発明においては、上記InSbナノ粒子が、表面に分散剤が付着されたものであることが好ましい。InSbナノ粒子の表面に分散剤が付着していることにより、InSbナノ粒子の凝集を効果的に防ぐことができるからである。
【0018】
また本発明においては、上記分散剤が、1分子中に親水基を1残基以上および疎水基を有する有機化合物であることが好ましい。ホットソープ法によりInSbナノ粒子を作製する際に、分散剤としてこのような有機化合物が好適に用いられるからである。
【0019】
さらに本発明においては、上記InSbナノ粒子の平均粒径が2nm〜500nmの範囲内であることが好ましい。InSbナノ粒子の平均粒径が上記範囲であれば、量子サイズ効果が十分に得られるからである。
【0020】
また本発明においては、上記マトリックスが有機材料であることが好ましい。有機材料は成形性に優れているからである。
【0021】
さらに本発明は、ホットソープ法により、InSbナノ粒子を作製するInSbナノ粒子作製工程と、上記InSbナノ粒子をマトリックスに混合分散して、InSbナノ粒子分散体を得る混合分散工程と、上記InSbナノ粒子分散体を固化させる固化工程とを有することを特徴とする非線形光学材料の製造方法を提供する。
【0022】
本発明においては、ホットソープ法を用いることにより、個々に独立して分散しており、粒径がナノオーダーで十分に小さく、粒度分布の狭い、InSbナノ粒子を得ることができる。また、この独立して分散したInSbナノ粒子とマトリックスとを混合することにより、InSbナノ粒子をマトリックス中に均一に分散させることができる。さらに、InSbナノ粒子を作製した後にマトリックスと混合するので、従来の気相法によりInSbナノ粒子がマトリックス中に分散された材料を作製する場合と比較して、InSbナノ粒子の濃度を高くすることができる。したがって、本発明においては、優れた非線形光学特性を示す非線形光学材料を製造することが可能である。
【発明の効果】
【0023】
本発明においては、ホットソープ法を用いることにより、個々に独立して分散したInSbナノ粒子を得ることができるので、マトリックス中にInSbナノ粒子を均一に分散させることが可能である。このため、本発明の非線形光学材料においては、量子サイズ効果を十分に発現させることができ、高い非線形光学特性が得られるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の非線形光学材料およびその製造方法について詳細に説明する。
【0025】
A.非線形光学材料
本発明の非線形光学材料は、二つの実施態様に分けることができる。以下、各実施態様について説明する。
【0026】
1.第1実施態様
本発明の非線形光学材料の第1実施態様は、表面に分散剤が付着されたInSbナノ粒子が、マトリックス中に分散されていることを特徴とするものである。
【0027】
非線形光学特性の発現は量子サイズ効果によるものと考えられており、この量子サイズ効果を十分に発現させるには、粒子の大きさが十分に小さいこと、および粒子の分散状態が良好であること、が重要である。
本実施態様においては、InSbナノ粒子の表面に分散剤が付着していることにより、InSbナノ粒子の凝集を防ぐことができるので、InSbナノ粒子をマトリックス中に均一に分散させることができる。また、InSbナノ粒子の粒径はナノオーダーであり、十分に小さい。したがって、本実施態様の非線形光学材料においては、量子サイズ効果を十分に発現させることができ、高い非線形光学特性が得られる。
以下、非線形光学材料の各構成について説明する。
【0028】
(1)InSbナノ粒子
本実施態様に用いられるInSbナノ粒子は、表面に分散剤が付着されたものである。
上述したように、量子サイズ効果を発現させるには、マトリックス中のInSbナノ粒子の分散状態が良好であることが重要である。InSbナノ粒子がマトリックス中に均一に分散されていることにより、量子サイズ効果が発現し、非線形感受率が増大する。本実施態様においては、InSbナノ粒子の表面に分散剤が付着しているので、InSbナノ粒子の分散性が良好である。
【0029】
図1に、本実施態様に用いられるInSbナノ粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)写真の一例を示す。図1(a)および(b)においては、個々の粒子が独立して分散しており、凝集していない。本実施態様におけるInSbナノ粒子は、このように個々に独立して分散しているので、凝集したInSbナノ粒子と比較して、マトリックス中に均一に分散させることができる。
【0030】
InSbナノ粒子の表面に付着している分散剤としては、高温液相においてInSb微結晶に配位して安定化する物質であれば特に限定されるものではないが、中でも、1分子中に親水基を1残基以上および疎水基を有する有機化合物であることが好ましい。InSbナノ粒子の表面にこのような有機化合物が付着していることにより、InSbナノ粒子の凝集を効果的に防ぐことが可能となるからである。
【0031】
上記有機化合物としては、1分子中に親水基を1残基以上および疎水基を有するものであれば特に限定されるものではないが、疎水基の片末端もしくは両末端に親水基が結合している有機化合物であることが好ましい。
【0032】
疎水基としては、例えば炭素数が4以上の脂肪族炭化水素基;フェニル基およびナフチル基等の芳香族炭化水素基;ピリジル基、ピロール基およびチオフェン基等の複素環式基;などが挙げられる。また、疎水基はこれらの基の残基であってもよい。
上記の中でも、疎水性基としては、脂肪族炭化水素基であることが好ましい。脂肪族炭化水素基は、鎖状であっても環状であってもよいが、鎖状であることが好ましい。また、鎖状の脂肪族炭化水素基は、直鎖であっても分岐していてもよい。さらに、脂肪族炭化水素基は、不飽和であっても飽和であってもよい。
このような鎖状の脂肪族炭化水素基の炭素数としては、通常、分岐している炭素を除いた直鎖の炭素数が6〜30の範囲内であり、より好ましくは8〜20の範囲内である。
【0033】
また、親水基としては、InSbナノ粒子表面に付着可能な官能基であれば特に限定されるものではなく、例えばカルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール基、アルデヒド基、スルホン酸基、アミド基、スルホンアミド基、リン酸基、ホスフィン酸基、P=O基などが挙げられる。これらの中でも、親水基がカルボキシル基、スルホン酸基、アミノ基または水酸基であることが好ましい。一般に、カルボキシル基、スルホン酸基、アミノ基および水酸基は金属との親和性が高いからである。また、これらの親水性基を有する有機化合物は入手しやすいからである。
【0034】
このような有機化合物としては、例えばオクチルアミン、デシルアミン、ドデシルアミン、テトラデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン等のアミノアルカン類;パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸等の高級脂肪酸;高級アルコール類;などを好ましいものとして挙げることができる。上述したように、上記有機化合物の親水基がアミノ基、スルホン酸基、カルボキシル基または水酸基であることが好ましいからである。
【0035】
高級アルコール類としては、1分子中に長鎖アルキル基を1残基以上および水酸基を2残基以上有するものであることが好ましく、例えば長鎖アルキル−1,2−ジオール等が挙げられる。後述の「B.非線形光学材料の製造方法」の項に記載するように、ホットソープ法によりInSbナノ粒子を合成する際に、前駆体としてアンチモンアルコキシドを用いた場合は、長鎖アルキル−1,2−ジオール等を用いることにより、アンチモンアルコキシドを安定化させることができるからである。
【0036】
InSbナノ粒子表面には、上述の有機化合物のうち、単一種類の有機化合物が付着していてもよく、複数種の有機化合物が付着していてもよい。また、上記有機化合物のInSbナノ粒子への付着量としては特に限定されるものでない。
【0037】
また、上記有機化合物は、InSbナノ粒子の表面に付着していればよく、ここでいう「付着」には、上記有機化合物がInSbナノ粒子の表面に吸着している場合も配位している場合も含まれる。
【0038】
なお、InSbナノ粒子表面に分散剤が付着していることは、あらかじめInSbナノ粒子が所定の分散媒に分散することを確認し、そのInSbナノ粒子に関して、表面分析方法の一つであるX線光電子分光分析(XPS)を用いて、分散剤に相当する元素、例えば炭素および親水基に相当する元素が含まれていることを調べることにより、確認することができる。このとき使用する分散媒は、InSbナノ粒子表面に付着している分散剤の種類に応じて適宜選択すればよい。
【0039】
また、上述したように量子サイズ効果を発現させるには、InSbナノ粒子の粒径が十分に小さいことも重要である。InSbナノ粒子の粒径が十分に小さいことにより、量子サイズ効果が発現し、非線形感受率が増大する。また、量子サイズ効果が発現することにより、吸収スペクトルがブルーシフトする。
図2に、InSbナノ粒子の平均粒径が約130nmおよび約220nmである場合の吸収スペクトルを示す。この吸収スペクトルは、InSbナノ粒子をクロロホルムに分散させた分散液を用いて測定した。
InSbバルクでは、InSbのバンドギャップが0.18eVであるので、吸収スペクトルの吸収端の波長が約6800nmとなる。これに対して、平均粒径が約220nmおよび約130nmであるInSbナノ粒子では、図2に示すように、吸収端の波長が1000nm程度となる。また、InSbナノ粒子の平均粒径が小さくなるほど、吸収端がブルーシフトする。
【0040】
上述したように、InSbバルクは、吸収端の波長が約6800nmであるので、可視光を透過することができず、また多くの赤外光も透過することができない。一方、平均粒径が約220nmおよび約130nmであるInSbナノ粒子は、吸収スペクトルがブルーシフトするので、赤外光を透過することができ、また可視光の一部も透過することができる。このため、可視光や赤外光のレーザー光を用いて、InSbに非線形光学効果を発現させることが可能となる。
【0041】
以上のことから、InSbナノ粒子の平均粒径は、2nm〜500nmの範囲内であることが好ましく、さらに好ましくは3nm〜400nmの範囲内、特に好ましくは5nm〜300nmの範囲内である。平均粒径が小さいほど、吸収端がブルーシフトして、使用波長領域における透過率が高くなるからである。一方、平均粒径が小さすぎるものは製造が困難であり、平均粒径が大きすぎるとInSbナノ粒子が分散しにくくなる場合があるからである。
【0042】
なお、上記平均粒径は、InSbナノ粒子を所定の溶媒に分散させた分散液について、粒度分布計を用いてInSbナノ粒子の粒度分布を測定することにより求めることができる。ナノ粒子の粒度分布測定には、主に動的光散乱方式が用いられる。得られた粒度分布において、粒径の小さい方から積算し、X体積%に達したときの粒径をX%積算値と呼び、50%積算値を平均粒径とする。
図3および図4に、InSbナノ粒子の粒度分布の一例を示す。図3より、平均粒径(50%積算値)は約130nm、また図4より、平均粒径(50%積算値)は約220nmと求めることができる。
【0043】
また、InSbナノ粒子の粒度分布は狭いことが好ましい。量子サイズ効果を発現させるには、InSbナノ粒子の粒度分布が狭いことも重要であるからである。具体的には、粒度分布の指標である変動係数(Dev)が、80%以下であることが好ましく、さらに好ましくは50%以下である。
【0044】
なお、変動係数(Dev)は、上記の粒度分布測定において、下記式(1)から求められる。
Dev[%]=(標準偏差)÷(平均粒径)×100 (1)
例えば、上記式(1)から、図3より変動係数が41%、図4より変動係数が29%と求めることができる。
【0045】
非線形光学材料におけるInSbナノ粒子の粒度分布および変動係数は、非線形光学材料の吸収スペクトルと、InSbナノ粒子を所定の溶媒に分散させた分散液の吸収スペクトルとを比較することにより推定することができる。非線形光学材料の吸収スペクトルの形状が、InSbナノ粒子を所定の溶媒に分散させた分散液の吸収スペクトルの形状とほぼ一致していれば、非線形光学材料におけるInSbナノ粒子の粒度分布は、InSbナノ粒子を所定の溶媒に分散させた分散液におけるInSbナノ粒子の粒度分布とほぼ等しいとみなすことができる。また、上述したように、変動係数は粒度分布から求められるものであるので、上記の場合であれば、非線形光学材料におけるInSbナノ粒子の変動係数が、InSbナノ粒子を所定の溶媒に分散させた分散液におけるInSbナノ粒子の変動係数にほぼ等しいということができる。
【0046】
さらに、上記InSbナノ粒子は結晶性を有していてもよく、アモルファスであってもよいが、中でも結晶性を有することが好ましい。InSbナノ粒子が結晶性を有することにより、移動度を高めることができるからである。一方、InSbナノ粒子がアモルファスである場合は、例えばInSbナノ粒子を加熱することにより結晶性を有するものとすることができる。
なお、InSbナノ粒子が結晶性を有することは、X線回折分析により確認することができる。
【0047】
また、上記InSbナノ粒子は、所定の元素が微量にドープされたものであってもよい。InSbは一般的にはn型半導体であるが、微量の元素をドープすることによってn型半導体としてもp型半導体としても用いることができるようになるからである。
【0048】
InSbナノ粒子をn型半導体とする場合、ドープされる元素としては、例えばS、Se、Te等が挙げられる。一方、InSbナノ粒子をp型半導体とする場合、ドープされる元素としては、例えば12族のZn、Cd、Hgや、3族〜11族の遷移元素などが挙げられる。遷移金属の元素としては、例えばCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu等が挙げられる。
【0049】
また、本実施態様の非線形光学材料中に含有されるInSbナノ粒子の濃度としては、量子サイズ効果が発現される濃度、すなわちInSbナノ粒子の良好な分散状態を保つことが可能な濃度であることが好ましい。具体的には、非線形光学材料中に含有されるInSbナノ粒子の濃度は、1体積%〜50体積%の範囲内であり、好ましくは1体積%〜30体積%の範囲内、さらに好ましくは1体積%〜20体積%の範囲内である。InSbナノ粒子の濃度が高すぎると、マトリックス中のInSbナノ粒子の分散性が低下する場合があるからである。また、上述したように非線形光学効果はInSbナノ粒子の濃度に比例して増大するので、InSbナノ粒子の濃度が低すぎると、所望の非線形光学効果が得られない場合があるからである。
【0050】
背景技術の項に記載した液相法では分散剤を使用しないのに対して、ホットソープ法では分散剤を使用するので、本実施態様におけるInSbナノ粒子は、ホットソープ法で作製されたものであるということができる。ホットソープ法は、個々に独立して分散したInSbナノ粒子が得られるという利点を有する。なお、ホットソープ法によるInSbナノ粒子の作製方法については、後述の「B.非線形光学材料の製造方法」の項に記載するのでここでの説明は省略する。
【0051】
(2)マトリックス
本実施態様におけるマトリックスは、上記InSbナノ粒子を分散させるため、および固定化するために用いられるものである。通常、このマトリックスは、非線形光学効果の発現には寄与しない。
【0052】
マトリックスは、使用波長において透明であることが好ましい。特に、マトリックスは、使用波長から100nm短波長側、中でも200nm短波長側までの範囲に、実質的に吸収がないものであることが好ましい。マトリックスが使用波長において吸収がないものであれば、効率良く量子サイズ効果を発現させることができるからである。一方、使用波長においてマトリックスが吸収を示す場合、非線形光学効果を発現させるための光がマトリックスに吸収されて減衰するおそれがある。
【0053】
また、マトリックスは、InSbナノ粒子との相溶性が良好であるものが好ましい。これにより、マトリックス中でのInSbナノ粒子の分散性を高めることができるからである。
【0054】
さらに、マトリックスは、ガラス転移温度が比較的高いことが好ましく、具体的には非線形光学材料を使用する際の温度である室温(約20℃)よりも高いことが好ましい。これにより、マトリックス子中でInSbナノ粒子が長期にわたって安定に分散された状態を保つことができるからである。
【0055】
また、本実施態様の非線形光学材料を製造する際に、マトリックスとInSbナノ粒子とを分散媒中にて混合する場合には、マトリックスは分散媒に可溶であることが好ましく、架橋により不溶化できることがさらに好ましい。
【0056】
マトリックスは、有機材料であっても無機材料であってもよいが、中でも有機材料であることが好ましい。有機材料の方が、成形性に優れているからである。
【0057】
上記有機材料としては、上述した性質を有するものであればよい。このような有機材料としては、例えばポリスチレン、ポリエチレン、アクリロニトリル/スチレン共重合体、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、ポリ(2−ヒドロキシエチル)メタクリレート、ポリアクリレート、ポリビニルメチルエーテル、ポリエチレンテレフタレート、ポリ塩化ビニル、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル、塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体等が挙げられる。これらは透明性に優れている。中でも、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリスチレン等が好ましい。これらは、ガラス転移点が、非線形光学材料を使用する際の温度である室温(約20℃)よりも高く、耐熱性に優れているからである。また、これらの有機材料は単独で用いてもよく、混合して用いてもよい。
【0058】
また、有機材料としては、光硬化性樹脂または熱硬化性樹脂を用いることができる。
光硬化性樹脂としては、例えばネガ型感光性樹脂およびポジ型感光性樹脂のいずれも用いることができる。ネガ型感光性樹脂は、分子間架橋による光不溶化型の感光性樹脂であり、例えばポリビニルアルコール(PVA)、ノボラック樹脂、アクリル酸系樹脂もしくはエポキシ樹脂等に、ケイ皮酸残基、カルコン残基、アクリル酸残基、ジアゾニウム塩残基もしくはフェニルアジド残基のような感光基を、光二量化、光重合もしくは光分解によりそれぞれ導入することで得られる。また、ポジ型感光性樹脂は、アルカリ水溶液に可溶な光可溶型の感光性樹脂であり、例えばポリビニルアルコール(PVA)、ノボラック樹脂、アクリル酸系樹脂もしくはエポキシ樹脂等に、o−キノンアジド残基のような感光基を、光分解によりそれぞれ導入することで得られる。
また、熱硬化性樹脂としては、例えばフェノール樹脂、フラン樹脂、キシレン−ホルムアルデヒド樹脂、ケトン−ホルムアルデヒド樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、アニリン樹脂、アルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート等が挙げられる。
【0059】
上述した中でも、有機材料は光硬化性樹脂であることが好ましい。本実施態様の非線形光学材料を製造する際に、マトリックスとInSbナノ粒子とを含有するInSbナノ粒子分散体を容易に固化することができるからである。また、光硬化性樹脂を用いた非線形光学材料は、成形性に優れているからである。
【0060】
また、上記無機材料としては、上述した性質を有するものであればよい。このような無機材料の前駆体としては、例えば金属アルコキシド、アセチルアセトナート等の配位子を有するキレート化合物、ゾルゲル材料、有機金属化合物等が挙げられる。このような前駆体を、酸素または窒素雰囲気下で加熱硬化することで、SiO、TiO、Alなどの金属酸化物や、Si、TiN、AlN等の金属窒化物等の無機材料のマトリックスを得ることができる。
【0061】
(3)非線形光学材料
本発明の非線形光学材料は、例えば光スイッチ、光双安定素子、位相補正素子、波長変換素子等に適用することができる。
【0062】
光スイッチは、光を照射すると屈折率が変化する非線形光学特性を有する非線形光学材料を利用して、光をON・OFFスイッチングするものである。図5に光スイッチの光学系の一例を示す。図5に例示する光スイッチ1においては、信号光の光源2、偏光子3、集光レンズ5、非線形光学薄膜(非線形光学材料)6と基板7とを有する非線形光学素子8、集光レンズ9、検光子10、および出力光の受光器11がこの順に配置されている。また、偏光子3と検光子10とはクロスニコルに配置されている。
信号光21を非線形光学薄膜(非線形光学材料)6に照射し、あるタイミングで制御光22を同様に非線形光学薄膜(非線形光学材料)6に照射する。そうすると、非線形光学薄膜(非線形光学材料)6に3次の非線形光学効果が生じて複屈折率が変化し、偏光子3を通過して偏光となった信号光21の偏光の振動方向が変化する。このように、制御光22を照射すると、信号光21の偏光の振動方向が変化して、信号光21が検光子10を透過し、出力光23が得られる。
一方、制御光22を照射しないときには、非線形光学薄膜(非線形光学材料)6に3次の非線形光学効果が発現しないので、信号光21の偏光の振動方向が変化せず、信号光21は検光子10を透過できない。このようにして信号光を制御光によってON・OFFスイッチングすることができる。
【0063】
また、本発明の非線形光学材料の形態としては、用途に応じて適宜選択されるものであり、例えば薄膜、ブロック、レンズ、ファイバーなどが挙げられる。
【0064】
非線形光学材料の大きさとしては、特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜選択される。
【0065】
本発明の非線形光学材料を光スイッチ等に適用する場合には、非線形光学材料の形態が薄膜であることが好ましい。この場合、薄膜の膜厚としては、10nm〜20μm程度であることが好ましく、より好ましくは20nm〜2μm程度である。
【0066】
2.第2実施態様
次に、本発明の非線形光学材料の第2実施態様について説明する。
本発明の非線形光学材料の第2実施態様は、InSbナノ粒子がマトリックス中に分散されており、上記InSbナノ粒子の濃度が1体積%〜50体積%の範囲内であることを特徴とするものである。
【0067】
非線形光学特性の発現は量子サイズ効果によるものと考えられており、この量子サイズ効果を十分に発現させるには、粒子の大きさが十分に小さいこと、および粒子の分散状態が良好であること、が重要である。また、非線形光学効果は、材料中に含有されるInSbナノ粒子の濃度に比例して増大する。
本実施態様においては、InSbナノ粒子の濃度が所定の範囲内であるので、InSbナノ粒子の凝集を防ぐことができ、InSbナノ粒子をマトリックス中に均一に分散させることができる。また、InSbナノ粒子の粒径はナノオーダーであり、十分に小さい。さらに、従来の気相法により作製された、InSbナノ粒子がマトリックス中に分散された材料と比較して、本実施態様においてはInSbの濃度を高くすることができる。したがって、本実施態様の非線形光学材料においては、量子サイズ効果を十分に発現させることができ、高い非線形光学特性が得られる。
【0068】
本実施態様の非線形光学材料中に含有されるInSbナノ粒子の濃度は、1体積%〜50体積%の範囲内であり、好ましくは1体積%〜30体積%の範囲内、さらに好ましくは1体積%〜20体積%の範囲内である。InSbナノ粒子の濃度が上記範囲であれば、量子サイズ効果を発現させることができ、InSbナノ粒子の分散状態を保つことが可能となるからである。一方、InSbナノ粒子の濃度が高すぎると、マトリックス中のInSbナノ粒子の分散性が低下する場合があり、またInSbナノ粒子の濃度が低すぎると、所望の非線形光学効果が得られない場合がある。
【0069】
なお、InSbナノ粒子、マトリックス、および非線形光学材料のその他の点については、上記第1実施態様に記載したものと同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0070】
B.非線形光学材料の製造方法
次に、本発明の非線形光学材料の製造方法について説明する。
本発明の非線形光学材料の製造方法は、ホットソープ法により、InSbナノ粒子を作製するInSbナノ粒子作製工程と、上記InSbナノ粒子をマトリックスに混合分散して、InSbナノ粒子分散体を得る混合分散工程と、上記InSbナノ粒子分散体を固化させる固化工程とを有することを特徴とするものである。
【0071】
ここで、ホットソープ法とは、目的とする化合物の前駆体の少なくとも1種を高温に加熱された分散剤中で熱分解させた結果、開始する反応により結晶の核生成と結晶成長とを進行させる方法である。この結晶の核生成および結晶成長の過程の反応速度を制御する目的で、目的とする化合物の構成元素に適切な配位力のある分散剤が、液相媒体を構成する必須成分として使用される。この分散剤が結晶に配位して安定化する状況が、石鹸分子が油滴を水中で安定化する状況に似ているため、この反応はホットソープ(Hot soap)法と呼ばれる。
【0072】
非線形光学特性の発現は量子サイズ効果によるものと考えられており、この量子サイズ効果を十分に発現させるには、粒子の大きさが十分に小さいこと、粒子の分散状態が良好であること、および粒子の粒度分布が狭いこと、が重要である。また、非線形光学効果はInSbナノ粒子の濃度に比例して増大する。
本発明においては、このようなホットソープ法を用いることにより、個々に独立して分散しており、粒径がナノオーダーで十分に小さく、粒度分布の狭い、InSbナノ粒子を得ることができる。また、この独立して分散したInSbナノ粒子とマトリックスとを混合することにより、InSbナノ粒子をマトリックス中に均一に分散させることができる。さらに、InSbナノ粒子を作製した後にマトリックスと混合するので、従来の気相法によりInSbナノ粒子がマトリックス中に分散された材料を作製する場合と比較して、InSbナノ粒子の濃度を高くすることができる。したがって、本発明においては、優れた非線形光学特性を発現する非線形光学材料を製造することが可能である。
【0073】
また、気相法と比較して、本発明においてはマトリックスの材料選択性が広がるので、製造コストを削減することができる。さらに、本発明は、気相法のような高温プロセス(例えば1000℃以上での加熱や溶融などの熱処理)を必要としないので、容易に安定して、加工性に優れる非線形光学材料を製造することができる。
以下、非線形光学材料の製造方法について説明する。
【0074】
1.InSbナノ粒子作製工程
本発明におけるInSbナノ粒子作製工程は、ホットソープ法により、InSbナノ粒子を作製する工程である。
【0075】
ホットソープ法を用いてInSbナノ粒子を作製するには、例えば分散剤を加熱し、この加熱した分散剤にInSbナノ粒子の構成元素を含む前駆体を注入する方法を用いることができる。
以下、前駆体、分散剤、およびInSbナノ粒子の作製方法について説明する。
【0076】
(1)前駆体
本発明に用いられる前駆体としては、InSbナノ粒子を作製することが可能なものであれば特に限定されるものではないが、通常はインジウム化合物およびアンチモン化合物が用いられる。この際、インジウム化合物とアンチモン化合物との混合比としては、化学量論比に基づいて設定すればよい。
【0077】
前駆体に用いられるインジウム化合物としては、後述する分散剤に均一に溶解するものであれば特に限定されるものではない。例えばインジウムの有機金属化合物が挙げられ、具体的にはインジウムアセチルアセトナート、酢酸インジウム、シクロペンタジエニルインジウム、インジウムアルコキシド、塩化インジウム等を用いることができる。
【0078】
また、前駆体に用いられるアンチモン化合物としては、後述する分散剤に均一に溶解するものであれば特に限定されるものではない。例えばアンチモンの有機金属化合物が挙げられ、具体的にはアンチモンアルコキシド、酢酸アンチモン、トリフェニルアンチモン、トリメチルシリルアンチモン等を用いることができる。
【0079】
本発明に用いられる前駆体は、常温で気体、液体および固体のいずれであってもよい。前駆体が常温で液体である場合は、そのまま使用することができるので、製造操作上簡便であるという利点がある。
また、前駆体が常温で固体または液体である場合は、必要に応じて溶媒に溶解または分散して用いてもよい。用いられる溶媒としては、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン、イソオクタン、ノナン、デカン等のアルカン類;ベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン等の芳香族炭化水素;ジフェニルエーテル、ジ(n−オクチル)エーテル等のエーテル類;クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン等のハロゲン系炭化水素;n−ヘキシルアミン、n−オクチルアミン、トリ(n−ヘキシル)アミン、トリ(n−オクチル)アミン等のアミン類;アルコール類;あるいは後述する分散剤に用いられる化合物;等が挙げられる。これらの中でも、ハロゲン系炭化水素、アルコール類、またはアミン類が好ましく用いられる。
【0080】
また、前駆体の少なくとも1種が気体である場合、上記溶媒もしくは後述する分散剤にバブリング等で溶解させて導入するか、その他の前駆体を注入した反応液相中に、この気体を直接導入することもできる。
【0081】
(2)分散剤
本発明に用いられる分散剤としては、高温液相においてInSb微結晶に配位して安定化する物質であれば特に限定されるものではなく、例えばトリブチルホスフィン、トリヘキシルホスフィン、トリオクチルホスフィン等のトリアルキルホスフィン類;トリブチルホスフィンオキシド、トリヘキシルホスフィンオキシド、トリオクチルホスフィンオキシド、トリデシルホスフィンオキシド等の有機リン化合物;オクチルアミン、デシルアミン、ドデシルアミン、テトラデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン等のアミノアルカン類;トリ(n−ヘキシル)アミン、トリ(n−オクチル)アミン等の第3級アミン類;ピリジン、ルチジン、コリジン、キノリン類の含窒素芳香族化合物等の有機窒素化合物;ジブチルスルフィド等のジアルキルスルフィド類;ジメチルスルホキシドやジブチルスルホキシド等のジアルキルスルホキシド類;チオフェン等の含硫黄芳香族化合物等の有機硫黄化合物;パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸等の高級脂肪酸;アルコール類;等の有機化合物が挙げられる。
【0082】
また本発明において、上記前駆体としてアンチモンアルコキシドを用いた場合には、分散剤として1分子中に長鎖アルキル基を1残基以上および水酸基を2残基以上有する高級アルコール類を用いることが好ましい。このような高級アルコール類を用いることにより、アンチモンアルコキシドを安定化させることができ、酸化アンチモンの析出を抑制することができるからである。この高級アルコール類としては、具体的に長鎖アルキル−1,2−ジオール等が挙げられる。長鎖アルキル−1,2−ジオールの長鎖アルキル基の炭素数としては、通常12〜30の範囲内である。
【0083】
上記の中でも、本発明においては、アミノアルカン類、高級脂肪酸および高級アルコール類からなる群から選択される少なくとも1種の有機化合物を用いることが好ましい。アミノアルカン類、高級脂肪酸および高級アルコール類は、炭化水素と、アミノ基、カルボキシル基または水酸基とが結合したものである。この場合の炭化水素は、鎖状であっても環状であってもよく、また鎖状である場合は直鎖であっても分岐していてもよいが、直鎖であることが好ましい。さらに、上記炭化水素の炭素数は、通常12〜30の範囲内であり、中でも炭素数が14〜20の範囲内であることが好ましい。このような有機化合物を用いることにより、独立して分散したInSbナノ粒子が得られやすくなるからである。
【0084】
上述した分散剤は、単独で用いても、必要に応じ複数種を混合して使用してもよい。
【0085】
また本発明においては、上述した分散剤の中から、アミノアルカン類と、高級脂肪酸と、1分子中に長鎖アルキル基を1残基以上および水酸基を2残基以上有する高級アルコール類とを混合して使用することが好ましい。
【0086】
また、上記分散剤は、溶媒で希釈して使用してもよい。用いる溶媒は、InSbナノ粒子の製造条件によって適宜選択されるものであり、例えばトルエン、キシレン、ナフタレン等の芳香族炭化水素;オクタン、デカン、ドデカン、オクタデカン等の長鎖アルカン類;ジフェニルエーテル、ジ(n−オクチル)エーテル、ジ(n−オクタデシル)エーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類;ハロゲン系炭化水素;等が挙げられる。
【0087】
(3)InSbナノ粒子の作製方法
本工程においては、上記分散剤を加熱し、この加熱した分散剤に上記前駆体を注入することにより、InSbナノ粒子を作製することができる。
【0088】
分散剤の加熱温度としては、上記分散剤および前駆体が溶融する温度であれば特に限定されるものではなく、圧力条件等によって異なるものであるが、通常は100℃以上、好ましくは200℃以上、より好ましくは250℃以上とする。また、この加熱温度は比較的高い方が好ましい。高温に設定することにより分散剤に注入された前駆体が一斉に分解することで、多数の核が一気に生成するために、比較的粒径の小さいInSbナノ粒子が得られやすくなるからである。
【0089】
また、この加熱した分散剤への前駆体の注入方法としては、InSbナノ粒子を形成することができる方法であれば特に限定されるものではない。また、前駆体の注入は、比較的粒径の小さいInSbナノ粒子を得るには1回をさらに可能なら短時間で行うことが望ましい。一方、粒径を大きくしたい場合には、注入を複数回行ってもよく連続して行ってもよい。
【0090】
加熱した分散剤に前駆体を注入した後の、InSbナノ粒子を形成する際の反応温度としては、上記分散剤および前駆体が溶融する、または溶媒に溶解する温度であり、かつ、結晶成長が起こる温度であれば特に限定されるものではなく、圧力条件等によって異なるものであるが、通常は100℃以上、好ましくは150℃以上、より好ましくは200℃以上とする。
【0091】
上述したように前駆体を分散剤に注入することによりInSbナノ粒子を作製した後は、通常、このInSbナノ粒子を上記分散剤と分離する。この分離方法としては、例えば遠心分離、浮上分離、泡沫分離等の沈降分離法、ケークろ過、清澄ろ過等のろ過法、圧搾法が挙げられる。本発明においては、上記の中でも遠心分離が好ましく用いられる。この際、分離操作後に得られたInSbナノ粒子は、少量の分散剤との混合物として得られる。このため、表面に所定の有機化合物、すなわち分散剤が付着したInSbナノ粒子が得られるのである。
【0092】
上述した分離の際に、上記InSbナノ粒子の大きさが極めて小さいためにInSbナノ粒子の沈降が困難である場合は、沈降性を向上させるために、アセトニトリル、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、イソブチルアルコール、第2ブチルアルコール、第3ブチルアルコール等の炭素数1〜4のアルコール類;ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アクロレイン、クロトンアルデヒド等の炭素数1〜4のアルデヒド類;アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン等の炭素数3〜5のケトン類;ジメチルエーテル、メチルエチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等の炭素数2〜4のエーテル類;メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、ジメチルホルムアミド等の炭素数1〜4の有機含窒素化合物;などの添加剤を使用することができる。これらの中でも、水、またはメタノール、エタノール等のアルコール類が好ましく用いられる。上述した添加剤は、単独で使用してもよく、2種類以上を混合して使用してもよい。
【0093】
また、上述したように前駆体を分散剤に注入することによりInSbナノ粒子を作製した後は、InSbナノ粒子と分散剤と溶媒とを含有する分散液が得られるが、これをそのまま、後述の混合分散工程にて用いることもできる。
【0094】
本発明において、上述したInSbナノ粒子の作製は、通常、アルゴンガス、窒素ガス等の不活性ガスの雰囲気下で行われる。
【0095】
また本発明において、粒径の揃ったInSbナノ粒子を得るには、分級を行えばよい。これにより、粒度分布の狭いInSbナノ粒子を得ることができる。InSbナノ粒子を粒径の大きさによって分級する方法としては、例えばInSbナノ粒子に対して親和性の高い親溶媒と親和性の低い貧溶媒との混合溶媒を用いて、親溶媒と貧溶媒との比率を変化させることにより、沈殿するInSbナノ粒子の粒径を制御することができる。これは、親溶媒/貧溶媒の比率が大きいほど粒径の大きいInSbナノ粒子が沈殿し、上記の比率が小さくなると粒径のより小さいInSbナノ粒子も合わせて沈殿する現象を利用するものである。具体的には、まず親溶媒にInSbナノ粒子を分散させた分散液に、少量の貧溶媒を添加し、粒径の大きいInSbナノ粒子のみを沈殿させる。この沈殿を遠心分離等で分離し、粒径の大きいInSbナノ粒子を得る。次に、遠心分離後の分散液にさらに貧溶媒を添加し、先に沈殿させたInSbナノ粒子より粒径の小さいInSbナノ粒子を沈殿させる。この沈殿を遠心分離等で分離し、先に沈殿させたInSbナノ粒子より粒径の小さいInSbナノ粒子を得る。このように貧溶媒の添加と遠心分離の操作とを繰り返すことで、分級を行うことができる。
【0096】
分級に用いられる親溶媒としては、分散剤の種類に応じて適宜選択される。例えば、分散剤が1分子中に親水基および疎水基を有し、疎水基の片末端に親水基が結合した有機化合物である場合、親溶媒は極性が低いことが好ましい。これは、上記有機化合物の親水基がInSbナノ粒子と相互作用し、上記有機化合物は、親水基を内側(InSbナノ粒子側)に、疎水基を外側にしてInSbナノ粒子に付着しているものと想定されるからである。このため、InSbナノ粒子の表面は、疎水基で覆われている状態にある。よって、極性の低い親溶媒であれば、疎水基と相互作用しやすく、疎水基で覆われたInSbナノ粒子が分散しやすいのである。
【0097】
極性が低い親溶媒としては、非極性溶媒であれば特に限定されるものではないが、例えば「溶剤ハンドブック」(浅原照三他編、講談社)p.34に記載の溶解パラメーター:δが10未満の溶媒が好ましい。具体的には、ペンタン、シクロペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、オクタン、イソオクタン等の脂肪族炭化水素;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素;ジクロロメタン、四塩化炭素、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、塩化プロピル、クロロベンゼン、ブロモベンゼン、ヨウ化メチル等のハロゲン化炭化水素;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;酢酸エチル、安息香酸メチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;トリエチルアミン、プロピルアミン等のアミン類;硫化ジエチル;またはこれらの混合物等が挙げられる。これらの中でも、トルエン、クロロホルム、へキサン等が好ましく用いられる。
【0098】
また例えば、分散剤が1分子中に親水基および疎水基を有し、疎水基の両末端に親水基が結合した有機化合物である場合、親溶媒は極性が高いことが好ましい。これは、上記有機化合物の片側の親水基がInSbナノ粒子と相互作用し、上記有機化合物は、片側の親水基を内側(InSbナノ粒子側)に、疎水基を介してもう片側の親水基を外側にしてInSbナノ粒子に付着しているものと想定されるからである。このため、InSbナノ粒子の表面は、親水基で覆われている状態にある。よって、極性の高い親溶媒であれば、親水基と相互作用しやすく、親水基で覆われたInSbナノ粒子が分散しやすいのである。
【0099】
極性が高い親溶媒としては、極性溶媒であれば特に限定されるものではないが、例えば「溶剤ハンドブック」(浅原照三他編、講談社)p.34に記載の溶解パラメーター:δが10以上の溶媒が好ましい。具体的には、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、tert-ブチルアルコール、フェノール、1,2−エタンジオール等のアルコール類;ホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド等のアミド類;ニトロメタン、ニトロベンゼン等のニトロ基含有化合物;アセトニトリル、1,3−ジシアノプロパン、ベンゾニトリル等のニトリル基含有化合物;ピリジン;炭酸プロピレン;2−アミノエタノール;水;酢酸;またはこれらの混合物等が挙げられる。これらの中でも、N,N−ジメチルホルムアミド、2−プロパノール、アセトニトリルが好ましく用いられる。
【0100】
また、分級に用いられる貧溶媒としては、上述したInSbナノ粒子の沈降性を向上させるために用いる添加剤が挙げられる。
【0101】
さらに本発明においては、InSbナノ粒子の表面に付着している分散剤を他の有機化合物に置換することができる。この場合には、多量の置換したい他の有機化合物とInSbナノ粒子を不活性ガス雰囲気下で混合しながら加熱することで、はじめにInSbナノ粒子の表面に付着していた分散剤が、多量に存在する他の有機化合物に置換される。置換したい他の有機化合物の添加量は、InSbナノ粒子に対して重量比で5倍以上であればよい。また、加熱時間は通常1〜48時間である。
【0102】
また本発明において、表面に分散剤が付着しているInSbナノ粒子を加熱することで、分散剤を除去し、表面に分散剤が付着していないInSbナノ粒子を得ることもできる。この場合、InSbナノ粒子とマトリックスとを分散媒中で混合する際に、分散剤を添加すればよい。これにより、InSbナノ粒子を分散媒中で分散させることができる。
【0103】
さらに本発明において、微量の元素がドープされたInSbナノ粒子を作製する場合には、上記分散剤を加熱する際に、分散剤に微量の所定の元素もしくはその元素を含む化合物を添加する。あるいは、上記前駆体に微量の所定の元素もしくはその元素を含む化合物を添加してもよい。この微量の元素がドープされたInSbナノ粒子は、元素の種類によってn型半導体にもp型半導体にもなる。添加される所定の元素を含む化合物としては、ドープされる元素の種類によって異なるが、n型半導体となるInSbナノ粒子を作製する場合は、例えばSeもしくはTeのトリブチルホスフィン溶液、ジイソプロピルテルライド、テルルアルコキシド等が用いられる。一方、p型半導体となるInSbナノ粒子を作製する場合、添加される所定の元素を含む化合物としては、例えば酢酸亜鉛、コバルトカルボニル、塩化カドニウム等が用いられる。
【0104】
2.混合分散工程
本発明における混合分散工程は、上記InSbナノ粒子をマトリックスに混合分散して、InSbナノ粒子分散体を得る工程である。
【0105】
マトリックスにInSbナノ粒子を混合分散する方法としては、例えば分散媒中でInSbナノ粒子およびマトリックスを混合する方法、上記InSbナノ粒子作製工程で得られる、InSbナノ粒子と分散剤と溶媒とを含有する分散液およびマトリックスを混同する方法、粉末状のInSbナノ粒子およびマトリックスを混合する方法、マトリックスが溶融する温度でInSbナノ粒子およびマトリックスを混合する方法などを用いることができる。
中でも、分散媒中でInSbナノ粒子とマトリックスとを混合する方法、およびInSbナノ粒子と分散剤と溶媒とを含有する分散液およびマトリックスを混同する方法は、マトリックスにInSbナノ粒子をより均一に分散させることができ、また複雑な処理や操作を要することなく、簡便であるので好ましい。
【0106】
上記の方法で用いられる分散媒としては、InSbナノ粒子とマトリックスとを所定の割合で溶解または分解できるものであればよい。このような分散媒としては、溶解極性パラメーター40以上の比較的極性が大きく、親水性である溶剤が好ましく用いられる。この溶剤としては、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノールなどのアルコール類;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類;アセトニトリル、プロピルニトリルなどのニトリル類;ジオキサンなどのエーテル類;ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。これらの溶剤は、単独で用いてもよく、混合して用いてもよい。中でも、上記溶剤は、常圧における沸点が250℃以下、特に200℃以下であることが好ましい。
【0107】
さらに、InSbナノ粒子のマトリックスに対する分散性を向上させるために、InSbナノ粒子とマトリックスとを溶解または分散した混合液(InSbナノ粒子分散体)に、例えば陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤などを添加することができる。
【0108】
3.固化工程
本発明における固化工程は、上記InSbナノ粒子分散体を固化させる工程である。
【0109】
上記混合分散工程において、分散媒中でInSbナノ粒子とマトリックスとを混合する方法、またはInSbナノ粒子と分散剤と溶媒とを含有する分散液およびマトリックスを混同する方法を用いた場合には、InSbナノ粒子とマトリックスとを溶解または分散した混合液(InSbナノ粒子分散体)から分散媒を留去する。これにより、InSbナノ粒子分散体を固化させることができる。
分散媒の留去方法としては、(減圧)蒸留など、一般的な方法を用いることができる。分散媒を留去するには、その気圧における分散媒の沸点以上に加熱する必要があるが、必要に応じて減圧下で加熱することにより、比較的低温で分散媒を留去することができる。分散媒を留去する際の温度は200℃以下であることが好ましく、圧力は760mmHg〜10mmHgであることが好ましい。
【0110】
また、マトリックスとして光硬化性樹脂または熱硬化性樹脂を用いた場合には、重合反応により上記InSbナノ粒子分散体を固化させることができる。
【0111】
本発明により得られる非線形光学材料は、用途に応じて任意の形状に加工することができる。InSbナノ粒子分散体を固化させた後に、例えば機械的にカットしたり、圧延、延伸、溶融、射出成形したりして、レンズ、ファイバー等の形態に加工する、また基板上にInSbナノ粒子分散体をスピンコート、ディップコート、スクリーン印刷等の方法で塗布して、薄膜の形態に加工することができる。さらに、上記薄膜を、フォトリソグラフィー、ドライエッチングなどのパターニング方法によりパターニングすることもできる。
【0112】
非線形光学材料を薄膜の形態とする場合、用いられる基板としては、使用波長において透明であることが好ましい。このような基板としては、例えば溶融石英基板、合成石英ガラス基板、アルミノケイ酸ガラス基板等のシリカ系ガラス基板、またはMgO、α−Al、SrTiO等の単結晶基板などが挙げられる。基板の厚みは、通常、10μm〜1mm程度である。また、基板の大きさとしては特に限定されるものではない。
【0113】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0114】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて具体的に説明する。
[実施例]
(InSbナノ粒子の作製)
ホットソープ法の反応場を、下記の分散剤にて構成した。
<分散剤>
・1,2−ヘキサデカンジオール(ALDRICH製)…1.2g
・オレイン酸(ALDRICH製)…1.2g
・ヘキサデシルアミン(関東化学(株)製)…18g
上記の分散剤をフラスコ内で混合し、アルゴンガス雰囲気に置換した後に300℃に昇温した。
【0115】
次に、前駆体混合液を、下記組成で調製した。
<前駆体混合液>
・n−ブトキシアンチモン(アヅマックス(株)製)…0.060g
・インジウムアセチルアセトナート(ALDRICH製)…0.090g
・1,2−ジクロロベンゼン(関東化学(株)製)…0.70g
上記の前駆体混合液を上記反応場へ注入し、295℃に昇温し、この温度にて30分間保持した。その後、反応液を空冷し、60℃まで冷却したところでエタノールを50ml添加した。次いで、遠心分離によって黒色沈殿物を反応液から分離した後、下記に示す手順で再沈殿による精製を行った。すなわち、黒色沈殿物をクロロホルム3gと混合して分散液とし、この分散液をエタノール12gと混合することにより精製された黒色沈殿物を得た。このようにして得られた再沈殿液を遠心分離することにより、精製された黒色粉体aを得た。
【0116】
図1(a)に得られた黒色粉体aの透過型電子顕微鏡(TEM)写真を示す。また、黒色粉体aをクロロホルムに分散させた分散液について、粒度分布を測定した。図3に黒色粉体aの粒度分布の測定結果を示す。図3より、黒色粉体aは平均粒径130nm、変動係数41%の粒子であることが確認された。
また、黒色粉体aのX線回折パターンを図6(a)に示す。なお、図6(b)は、InSbのX線回折パターン(JCPDS No.60208)である。図6のX線回折パターンより、黒色粉体aはInSbの結晶構造を有することが確認された。
さらに、黒色粉体aはクロロホルムに分散することを確認し、X線光電子分光分析(XPS)を用いて、炭素と、アミノ基に含有される窒素と、カルボキシル基および水酸基に含有される酸素とが含まれていることを確認した。これにより、黒色粉体aの表面に分散剤が付着していることを確認した。
【0117】
(非線形光学材料の作製)
次に、上記黒色粉体aを用いて、InSbナノ粒子分散体を、下記組成で調製した。
<InSbナノ粒子分散体>
・黒色粉体a…0.1g
・アクリル樹脂 ダイヤナールBR-118(三菱レイヨン(株)製)…0.8g
・クロロホルム(関東化学(株)製)…20g
上記InSbナノ粒子分散体を、洗浄済みの石英基板上に塗布した後、乾燥し、厚み2μmの非線形光学薄膜を得た。
【0118】
この非線形光学薄膜において、InSbナノ粒子の濃度は、上記のInSbナノ粒子分散体を調製する際の黒色粉体a(InSbナノ粒子)の配合量から、下記式より、2.9体積%と求められる。なお、InSbの比重を5.78、アクリル樹脂の比重を1.4とした。
(0.1/5.78)/((0.8/1.4)+(0.1/5.78))=0.029
【0119】
また、黒色粉体aをクロロホルムに分散させた分散液、および、得られた非線形光学薄膜について、吸収スペクトルを測定した。非線形光学薄膜の吸収スペクトルは、分散液の吸収スペクトルと形状がほぼ一致したため、非線形光学薄膜における黒色粉体aの粒度分布は、分散液における黒色粉体aの粒度分布とほぼ等しいとみなすことができた。したがって、この非線形光学薄膜の変動係数は41%といえる。
【0120】
[比較例]
非線形光学薄膜形成用塗工液を下記組成で調製した。
<非線形光学薄膜形成用塗工液>
・InSb粉体 純度99.99%(ALDRICH製)…0.1g
・アクリル樹脂 ダイヤナールBR-118(三菱レイヨン(株)製)…0.8g
・クロロホルム(関東化学(株)製)…20g
上記非線形光学薄膜形成用塗工液を、洗浄済みの石英基板上に塗布した後、乾燥し、厚み2μmの非線形光学薄膜を得た。
【0121】
InSb粉体としては、メノウ乳鉢で粉砕処理したものを用いた。粉砕処理後のInSb粒子をTEM観察したところ、粒径はおよそ10μm〜100μmであった。
【0122】
[評価]
図5に例示するような光スイッチの光学系を組み、実施例および比較例の非線形光学薄膜の制御光による信号光のON/OFF制御について評価した。
制御光として出力1WのYAGレーザ(1064nm)を、非線形光学薄膜平面に対して45°の角度で入射し、信号光として出力50mWのYAGレーザ(1064nm)を、非線形光学薄膜平面に対して垂直に入射した。
実施例の非線形光学薄膜の場合、制御光がOFFのとき、信号光は検出されないが、制御光をONにすると、応答性良く信号光が検出された。また、制御光をOFFにすると、応答性良く信号光が遮断された。これに対して、比較例の非線形光学薄膜の場合、制御光をONにしても、ほとんど信号光は検出されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】本発明におけるInSbナノ粒子のTEM写真の一例である。
【図2】本発明におけるInSbナノ粒子の吸収スペクトルの一例である。
【図3】本発明におけるInSbナノ粒子の粒度分布の一例である。
【図4】本発明におけるInSbナノ粒子の粒度分布の他の例である。
【図5】光スイッチの光学系の一例を示す模式図である。
【図6】実施例におけるInSbナノ粒子のX線回折パターンである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に分散剤が付着されたInSbナノ粒子が、マトリックス中に分散されていることを特徴とする非線形光学材料。
【請求項2】
InSbナノ粒子がマトリックス中に分散されており、前記InSbナノ粒子の濃度が1体積%〜50体積%の範囲内であることを特徴とする非線形光学材料。
【請求項3】
前記InSbナノ粒子の変動係数(Dev)が80%以下であることを特徴とする請求項2に記載の非線形光学材料。
【請求項4】
前記InSbナノ粒子が、表面に分散剤が付着されたものであることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の非線形光学材料。
【請求項5】
前記分散剤が、1分子中に親水基を1残基以上および疎水基を有する有機化合物であることを特徴とする請求項1または請求項4に記載の非線形光学材料。
【請求項6】
前記InSbナノ粒子の平均粒径が2nm〜500nmの範囲内であることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれかに記載の非線形光学材料。
【請求項7】
前記マトリックスが有機材料であることを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれかに記載の非線形光学材料。
【請求項8】
ホットソープ法により、InSbナノ粒子を作製するInSbナノ粒子作製工程と、前記InSbナノ粒子をマトリックスに混合分散して、InSbナノ粒子分散体を得る混合分散工程と、前記InSbナノ粒子分散体を固化させる固化工程とを有することを特徴とする非線形光学材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−83550(P2008−83550A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−265253(P2006−265253)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】