説明

音波発生装置

【課題】熱誘起音波放射素子を利用して音を発生する装置において、熱誘起音波放射素子の駆動電力を抑えつつ、変換対象の音信号に忠実な音波を発生する。
【解決手段】入力部21に与えられた音信号Xはバッファ23において遅延を与えられてから加算部25に供給される。音信号Xは信号解析部22にも供給される。信号解析部22は、音信号Xの包絡線信号Xをバイアス生成部24に供給する。バイアス生成部24は、熱誘起音波放射素子10のナノ結晶シリコン層12の厚みLで決まる最低再生周波数以下の成分から構成されるバイアス信号Yを加算部25に供給する。加算部25は、信号X及びYを加算した加算信号Zに基づいて熱誘起音波放射素子10を駆動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱誘起音波放射素子を利用して音波を発生する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
熱誘起音波放射素子により電気信号を音波に変換する音波発生装置の開発が進んでいる。熱誘起音波放射素子は、熱導電性の素材からなる基板上に多孔質なナノ結晶シリコン層を形成し、このナノ結晶シリコン層上に発熱体薄膜を形成したものである。発熱体薄膜は、当該膜に供給される電流に応じた熱量の熱を発生する性質を持っている。よって、熱誘起音波放射素子の発熱体薄膜に音信号を与えて膜の周囲の空気の温度を変化させ、この温度の変化により発生する空気の粗密である音波を変換結果として取り出すことが可能である。
【0003】
この種の音波発生装置の中には、音波への変換を要する音信号をそのまま発熱体薄膜に供給するものがある。しかしながら、発熱体薄膜が発生する熱の熱量は、膜に与えられる電流の極性を問わずその大きさのみに依存する。よって、発熱体薄膜に与えられる音信号をそのまま発熱体薄膜に供給した場合、図5に示すように、発熱体薄膜が発生する熱の波形は元の信号を全波整流したような波形となり、変換結果として得られる音波の周波数は元の音信号の2倍の周波数となる。このため、音信号をそのまま発熱体薄膜に供給する技術では音の再現性が低くなる。このような問題を解決する技術を開示した文献として特許文献1がある。この文献1に開示された音波発生装置は、音信号にその最大振幅の半分以上の振幅の直流成分を加えた上で発熱体薄膜に供給するようになっている。特許文献1の技術によると、元の音信号の極性の如何に拘わらず、発熱体薄膜には常に一方向にのみ電流が流れる。よって、この技術によると、図6に示すように、音信号の波形を忠実に再現した音波が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−150797号公報
【特許文献2】特開2005−73197号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、この種の音波発生装置において、音波発生装置の発熱体薄膜に供給される電気信号のうち発熱体薄膜から空気中に放出される成分の最低周波数(以下、最低再生可能周波数fc)とナノ結晶シリコン層の厚さLとの間には次式の関係がある。次式において、α(W/mK)はナノ結晶シリコン層の熱伝導率であり、C(10J/mK)はナノ結晶シリコン層の熱容量である。
L=(α/πfcC)1/2…(1)
【0006】
この式(1)に示す最低再生可能周波数fc以下の成分を含む電気信号が発熱体薄膜に供給された場合、最低再生可能周波数fcより低い周波数成分は、ナノ結晶シリコン層を介して基板に伝わる。また、最低再生可能周波数fc以上の周波数成分は、ナノ結晶シリコン層において遮断されて基板側には伝わらない。よって、発熱体薄膜からはこの最低再生可能周波数fc以上の成分だけが空気中に放出される。このため、特許文献1の技術のように音信号に直流成分を加えたとしても、その直流成分の影響が変換結果である音波に及んで音の再現性が損なわれることはない(ナノ結晶シリコン層の厚みLと最低再生可能周波数fcの関係については、特許文献2の段落0007〜0008を参照)。
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示された技術の場合、変換結果である音波の音圧に寄与せず定常的にナノ結晶シリコン層を介して基板に伝搬されていく熱のために直流電流を流し続けることになり、変換効率が悪いという問題があった。
【0008】
本発明は、このような背景の下に案出されたものであり、熱誘起音波放射素子を利用して音を発生する装置における熱誘起音波放射素子の駆動電力を抑えつつ、音信号に忠実な音波を得られるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、基板と、前記基板上に形成されたナノ結晶シリコン層と、前記ナノ結晶シリコン層上に形成された発熱体薄膜とを有する熱誘起音波放射素子と、音信号のピークに追随して変化する包絡線信号を音信号から生成する信号解析手段と、前記包絡線信号に基づいてバイアス信号を生成するバイアス生成手段と、前記音信号と前記バイアス信号とを加算し、この加算結果である信号を前記発熱体薄膜に供給する加算手段とを具備することを特徴とする音波発生装置を提供する。
【0010】
本発明では、音信号にバイアス信号を加算した加算信号の振幅を0以下にしない程度の振幅を持ってバイアス信号を緩やかに変化させることにより、熱誘起音波放射素子の駆動電力が抑制される。また、本発明では、熱誘起音波放射素子の発熱体薄膜に供給される加算信号のうちバイアス信号の成分は、空気中に伝搬されずに、ナノ結晶シリコン層を介して基板に伝搬される。よって、本発明によると、音信号に忠実な音波を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態である音波発生装置の構成を示す図である。
【図2】同音波発生装置の熱誘起音波放射素子の構成を示す図である。
【図3】同音波発生装置の入力信号X、バイアス生成部の出力信号Y、加算部の出力信号Z、及び同装置が発生する音波の波形を示す図である。
【図4】同音波発生装置の入力信号X、バイアス生成部の出力信号Y、加算部の出力信号Z、及び同装置が発生する音波の波形を示す図である。
【図5】従来の音波発生装置を説明するための図である。
【図6】従来の音波発生装置を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態である音波発生装置1の構成を示す図である。この音波発生装置1は、熱誘起音波放射素子10と制御部20とを有する。図2(A)は、熱誘起音波放射素子10の表面図であり、図2(B)は、熱誘起音波放射素子10の縦断面図である。
【0013】
図2(A)及び図2(B)に示すように、熱誘起音波放射素子10は、熱導電性の基板11上にナノ結晶シリコン層12を形成し、ナノ結晶シリコン層12上に発熱体薄膜13とこの膜13に電流を流す一対の電極14L及び14Rとを形成したものである。この熱誘起音波放射素子10における発熱体薄膜13に電極14L及び14Rを介して電流を供給した場合、供給された電流のうちナノ結晶シリコン層12の厚みLで決まる最低再生可能周波数fc以上の周波数成分が発熱体薄膜13から熱として放出され、この熱により発生する空気の粗密が音波として空気中を伝搬する。また、最低再生可能周波数fcより低い周波数成分は、空気中に伝搬されずに、ナノ結晶シリコン層12を介して基板11に伝搬される。
【0014】
図1において、制御部20は、入力部21、信号解析部22、バッファ23、バイアス生成部24、加算部25、及びアンプ26を有する。制御部20において、入力部21には音波への変換の対象である音信号Xが与えられる。入力部21に与えられた音信号Xは同部21から信号解析部22及びバッファ23に供給される。
【0015】
信号解析部22は、音信号Xに発生するピークに追随して立ち上がり、その後、ある時定数τに従って減衰する包絡線信号Xを発生し、発生した包絡線信号Xをバイアス生成部24に供給する。ここで、時定数τは、音信号Xから生成される包絡線信号Xに最低再生可能周波数fcよりも高い帯域の成分を生じさせない程度の値になっている。また、信号解析部22は、音信号Xの波形に急峻な立ち上がりが発生したか否かを観測し、急峻な立ち上がりが発生した場合にはその旨をバイアス生成部24に通知する。
【0016】
バイアス生成部24は、信号解析部22から供給される包絡線信号Xに基づいて、この包絡線信号Xの波形を内包する波形を持ったバイアス信号Yを生成し、生成したバイアス信号Yを加算部25に供給する。このバイアス生成部24によるバイアス信号Yの生成の手順については後述する。
【0017】
バッファ23は、入力部21から供給された音信号Xに信号解析部22の時定数τ以上の時間Tの遅延を与えてから加算部25へ供給する。加算部25は、バッファ23から供給される音信号Xとバイアス生成部24から供給されるバイアス信号Yとを加算し、その加算結果を示す加算信号Zをアンプ26に出力する。アンプ26は、加算部25の出力信号Zを増幅した信号Z’を熱誘起音波放射素子10の電極14L及び14Rを介して発熱体薄膜13に供給する。
【0018】
次に、バイアス生成部24によるバイアス信号Yの生成の手順について説明する。バイアス生成部24は、信号解析部22からの通知の有無により音信号Xの波形に急峻な波形が発生したか否かを判定し、音信号Xの波形に急峻な立ち上がりが発生していない場合と発生している場合の各々におけるバイアス信号Yの生成を次のようにして行う。
【0019】
まず、図3(A)に示すように、音信号Xの波形に急峻な立ち上がりが発生していない場合、バイアス生成部24は、包絡線信号Xに1/2を乗算した信号をバイアス信号Yとする。そして、バイアス生成部24は、バッファ23から加算部25に出力される音信号Xの包絡線とバイアス生成部24から加算部25へ出力されるバイアス信号Yの包絡線とが同期するように、当該バイアス信号Y(包絡線信号Xの1/2の振幅を持ったバイアス信号Y)を遅延させて加算部25に出力する。
【0020】
図3(B)は、図3(A)の波形を持った音信号Xが与えられた場合におけるバイアス生成部24の出力信号Y(破線)と加算部25の出力信号Z(実線)を示す図である。図3(B)に示すように、この場合におけるバイアス信号Yは、バイアス信号Yと音信号Xとを加算した加算信号Zの振幅を0以下にしない程度の振幅を持って緩やかに変化し、音信号Xの振幅が0に近づくとバイアス信号Yの振幅も0に近づく。よって、一定の振幅のバイアス信号Yを音信号Xに加算し続けるものよりも熱誘起音波放射素子10の駆動電力が抑制される。また、バイアス信号Yは最低再生可能周波数fc以下の周波数成分のみによって構成されており、この信号Yの成分は全て熱として基板11に伝搬される。このため、この信号Yの成分が空気中を伝搬する音波の音圧に寄与することは無い。よって、図3(C)に示すように、発熱体薄膜13から空気中に伝搬される音波の波形は、信号Zにおける信号Yの加算前の信号、つまり、元の音信号Xの波形と同じになる。
【0021】
これに対し、図4(A)に示すように、音信号Xの波形に急峻な立ち上がりが発生している場合、そのような立ち上がりが発生していない場合と同じようにバイアス信号Yを生成することは好ましくない。その理由は次の通りである。音信号Xが急激に立ち上がると、音信号Xに1/2を乗算した信号である包絡線信号Xも急激に立ち上がる。従って、この場合に包絡線信号Xからバイアス信号Yを生成すると、バイアス信号Yに最低再生可能周波数fcより高い周波数成分が含まれることになり、音信号Xの変換結果として得られる音の音質が損なわれる。そこで、音信号Xの波形に急峻な立ち上がりが発生している場合、バイアス生成部24は、急峻な立ち上がり以降の包絡線信号Xから生成されるバイアス信号Yaを出力するのに先立って、緩やかに上昇してそのバイアス信号Yaと繋がるバイアス信号Ybを出力する。より具体的に説明すると、バイアス生成部24は、包絡線信号Xに1/2を乗算し、かつ、バッファ22の遅延時間Tだけ遅延させたバイアス信号Ya(後半部分)と、音信号Xに急激な立ち上がりがあった時点からバッファ22の遅延時間Tに相当する時間をかけて信号Yaの立ち上がり時のピーク値まで緩やかに上昇する波形を持ったバイアス信号Yb(前半部分)とを生成する。そして、バイアス生成部24は、この信号Ya及びYbを加算し、バイアス信号Yとして加算部25へ出力する。
【0022】
図4(B)は、図4(A)の波形を持った音信号Xが与えられた場合におけるバイアス生成部24の出力信号Yb及びYa(破線)と加算部25の出力信号Z(実線)を示す図である。図4(B)に示すように、この場合におけるバイアス信号Yb及びYaの振幅は、音信号Xの急峻な立ち上りがあった時点より時間Tだけ前の時点から緩やかな上昇を始め、時間Tの経過後に音信号Xの1/2に達する。この場合におけるバイアス信号Yb及びYaもまた最低再生可能周波数fc以下の周波数成分のみによって構成される。よって、図4(C)に示すように、発熱体薄膜13から空気中に伝搬される音波の波形は、信号Zにおける信号Yb及びYaの加算前の信号、つまり、元の音信号Xの波形と同じになる。
【0023】
以上が、本実施形態における音波発生装置1の構成である。本実施形態によると、熱誘起音波放射素子10の駆動電力を抑えつつ、音波への変換を要する音信号Xに忠実な変換結果を得ることができる。
【0024】
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明には他にも実施形態があり得る。例えば、以下の通りである。
(1)上記実施形態では、バイアス生成部24は、包絡線信号Xに1/2を乗算した信号をバイアス信号Yとした。しかし、包絡線信号Xに1/2以上の値を乗算した信号をバイアス信号Yとしてもよい。
(2)上記実施形態において、加算部25と熱誘起音波放射素子10との間にアンプ26を介挿せずに、加算部25の出力信号Zを熱誘起音波放射素子10にそのまま供給してもよい。
【符号の説明】
【0025】
1…音波発生装置、10…熱誘起音波放射素子、11…基板、12…ナノ結晶シリコン層、13…発熱体薄膜、14…電極、20…制御部、21…入力部、22…信号解析部、23…バッファ、24…バイアス生成部、25…加算部、26…アンプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板上に形成されたナノ結晶シリコン層と、前記ナノ結晶シリコン層上に形成された発熱体薄膜とを有する熱誘起音波放射素子と、
音信号のピークに追随して変化する包絡線信号を音信号から生成する信号解析手段と、
前記包絡線信号に基づいてバイアス信号を生成するバイアス生成手段と、
前記音信号と前記バイアス信号とを加算し、この加算結果である信号を前記発熱体薄膜に供給する加算手段と
を具備することを特徴とする音波発生装置。
【請求項2】
前記音信号から前記包絡線信号を生成する際の時定数が、前記包絡線信号に前記ナノ結晶シリコン層の厚みに応じて決まる最低再生可能周波数よりも高い帯域の成分を生じさせない程度の時定数であることを特徴とする請求項1に記載の音波発生装置。
【請求項3】
前記音信号を前記時定数以上の時間だけ遅延させて前記加算手段に供給するバッファを具備し、
前記バイアス生成手段は、前記バッファから前記加算手段に出力される音信号の包絡線と、前記バイアス生成手段から前記加算手段に出力されるバイアス信号の包絡線とが同期するように、前記バイアス信号を遅延させて出力することを特徴とする請求億1または2に記載の音波発生装置。
【請求項4】
前記音信号に急峻な立ち上がりが生じた場合に、前記バイアス生成手段は、前記包絡線信号から生成される第1のバイアス信号を出力するのに先立って、緩やかに上昇して前記第1のバイアス信号と繋がる第2のバイアス信号を出力することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1の請求項に記載の音波発生装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−223460(P2011−223460A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92470(P2010−92470)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】